Dr. Tairaのブログ

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40-50代の重症者が増えているという情報の検証

はじめに

新聞、テレビ各社は、最近、東京都における新型コロナウイルス感染症患者のなかで、40-50代の入院数と重症者数が増えているということを伝えています [1, 2, 3]。小池知事は7月8日の記者会見で、ワクチン接種で高齢者の重症化が抑えられている可能性を指摘し、「陽性者、入院患者は高齢者から50歳代に移ってきた」、「50代問題と言っても過言ではない」と警戒を呼びかまし [3]

これらの報道に対して、昨日(7月13日)、「40-50代の重症者の急増はウソ」というツイートが目に留まりました(以下)。このツイートには、東京都福祉保健局が発表している7月に入ってからの年代別重症者数と「40–50代の重症者増」を伝えるTBSの報道が引用されており、それらを対比させながら「報道はウソでした」と述べています。

このツイートは、千件以上のリツイートと二千件以上の「いいね」ボタンが押されており、それなりに情報拡散しています。

私はこれらの報道やツイートを見ながら、新型コロナに関するウェブ情報リテラシーの弱さを再認識しました。 なぜそう思うかという理由を述べながら、40-50代の重症者が増えているという情報の真偽の程を検証したいと思います。

1. マスコミは何をどのような根拠で伝えたか

まずは、報道の一例として、テレビ朝日が取り上げた東京都における最近の重症者の年代別内訳の推移を図1に示します。この図は、出典元が明記されているように、7月7日に開催された厚生労働省アドバイザリーボード会議の資料に基づいてリトレースしたものです。各社の報道内容もこのアドバイザリーボードの発表に基づいています。

図1からわかるように、6月下旬から7月上旬にかけて、40-50代の重症者が急増しています。他の年代と比べた時にこの増え方の傾きが急であることは誰の目にも明らかです。そして、アドバイザリーボードも東京都の専門家会議も、この傾向についてはっきりと言及しています。

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図1. 東京都における40-50代の重症者の増加を伝えるテレビ報道(2021.07.08. TV朝日「モーニングショー」より).

したがって、マスコミは、この時点においては「40-50代の重症者の急増」を間違いない事実として報道していると言えます。

2. 事実とツイッターでのミスリード

一方、「40-50代の重症者の急増」はウソとした上記ツイートは、7月上旬(7月1日−12日)に限定した情報に基づいています。そこで、東京都福祉保健局の発表データに基づいて、6月20日から7月13日までの重症者数の推移についてグラフ化し、マスコミ報道とツイート内容の真偽を再チェックしてみました。

図2に示すように、6月20日から1週間程は重症者数が減少しており、その後6月26日から7月6日まで増え続けていることが分かります(図2A)。40-50代についての推移をみると、やはり6月26日から増え始め、7月7日までそれが続いていることが分かります(図2B)。60代以上では6月20日からの1週間は減り続け、6月26日から7月7日までは比較的一定の数で推移しているように見え、また7月4日からの約1週間は微増しているように見えます(図2C)。

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図2. 東京都における重症者総数(A)、40–50代の重症者数(b)、および60-80代の重症者数(C)の推移(東京都福祉保健局の報告データに基づいて筆者作図)

図2では、各年代の推移が比較しやすいように6月26日から7月7日の期間に影をつけてあります。要するにアドバイザリーボードやマスコミが言っていることは、この影をつけた期間における40-50代の急増に関してのことであり、その意味では正しいです。

一方、上記ツイートは7月1日以降の数字について述べているのであって、そこに限定すると40-50代の重症者が急増しているようには見えません。そこまでは事実ですが、そこから「マスコミが言っていることはウソ」というと、それこそウソになってしまいます。両者は比べている期間が違うので、一方への見解についてはもう一方は言及することができないのです。

ツイッター上での「マスコミはウソを言っている」というコメントについて、そのまま拡散されているようですが、一次情報をよく確認もせずにリツイートされる結果、いわゆるデマが広がるという怖さを感じます。

3. 重症者の推移で見えること

図2を見ると、40–50代の重症者が増えていることは事実ですが、最近ではその数は落ち着いているようです。小池知事や大方の専門家は、ワクチン接種で高齢者の重症化が抑えられ、その結果ワクチン未接種の40–50代の重症者が増えているという見解を示しています。果たしてそうでしょうか?

気をつけなければならないことは、新規感染者数は1回限りの事例であるので、毎日の数字のダブりはありませんが、重症者数の推移については同じ患者についてのものなのか、違う患者のものなのかが数字を見ただけではわからないことです。そして、回復したり亡くなったりした時点で重症者数としてカウントされなくなります。

たとえば、図2Cの60-80代の高齢者層でみてみましょう。6月20日から6月27日まで重症者数が減少し、その後7月4日まで比較的一定数となり、そして7月10日まで増加してているように見えます。では重症者数が一定である期間(図2Cの影付きの部分)をどのように解釈したらよいでしょうか。

一つの考え方として、6月27日までの減少は第4波感染における重症者に由来するとみなすことが可能です。同様に7月4日から7月10日までの増加は、第5波感染における重症者が現れたものとみなすことができます。そうすると、第4波の減少の続きと第5波の増加の立ち上がり部分ではその二つが重なり、その傾向が相殺されてしまうということが考えられるのです(図3)。

f:id:rplroseus:20210714140006j:plain図3. 東京都における60-80代の重症者数の増減に関する考察.

すなわち、実際は60–80代の高齢者層の重症者も40-50代と同様に増えているのに、数字やグラフ上では、その傾向が見えなくなっていることが考えられます。図2Bと図2Cを比べてみるとわかりますが、現時点での重症者数の増加分は40-50代よりも60-80代の方が多いのです。

40-50代の重症者が増えているのは事実ですが、それは第4波におけるその年代の重症者数が下がりきった状態からの立ち上がりが明確であり、絶対数(例: 図1における6月23日と7月7日の数字)が大きく異なるためにため単純に目立っているだけ、と言えます。

そうやって考えると、高齢者はワクチン接種が進んだために重症化率が減少し、ワクチン未接種の40-50代の重症者が増えているという見解は、現段階ではいささか状況を見誤っているのではないかという気がします。ワクチンの効果が出ていると考えるには、まだ時期尚早でしょう。

確かに、感染者の年代別割合で見ると第4波と比べて、若年層が増えています(図4)。入院患者数や重症者数は感染者数に関係ありますので、より若い年代で重症者が出る傾向にあるのは当然です。ただし、若年層への広がりは、高齢者へのワクチン接種が本格化(2回接種完了)する以前から続いている傾向であり、若年層に感染が広がりやすい、感染力の強いデルタ型変異ウイルスへの置き換わりと感染拡大に関係していると考えた方が合理的です。この点については前のブログ記事でも述べています(→感染五輪の様相を呈してきた)。

専門家やマスコミは、この傾向をすっ飛ばして、現段階で、いきなり高齢者へのワクチンの効果と結びつけるべきではありません。

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図4. 東京都における感染者数の年代別割合(NHK特設サイト「新型コロナウイルス感染症」からの転載図).

全人口に対する2回のワクチン接種が完了した人の割合は、現時点で19%にしかすぎません。高齢者での接種率で言えば約50%ですが、感染拡大抑制に及ぼすその効果についてはまだ小さく、7月中旬以降に顕著になってくるのではないでしょうか。つまり東京五輪が始まる前後から、高齢重症者の伸びが鈍くなり、65歳未満の世代の重症者が急激に増えてくると予測されます。

注意しなければならないのは、ICU治療患者、人工呼吸器装着患者、ECMO装着患者のいずれかに該当すれば重症者という厚生労働省の定義と東京都のそれが異なっていることです。東京都はICUに入っているだけでは重症者と認めていないので、全国的な基準に照らし合わされば、重症者の数は公表数よりはるかに多いですそのことが、重症者の実態を見えにくくしています。

もう一つの注意点は、高齢者は実質重症であっても体力に負担がかかる高度医療(ICU治療)を希望せず、中等症病床で治療する人が多いことです。一方、50代以下の患者は重症化するとほぼ高度医療を受けるので、その分統計的に重症者としてカウントされやすくなっていると考えられます。

おわりに

マスコミによって報道された「40-50代の重症者が増えている」というのは事実です。しかし、それをウソと断定したツイートはデマです。そのようなデマ情報を確認もせずに安易に拡散するSNSユーザーの怖さも感じます。

一方で、「40-50代の重症者が増えている」ことを、安易に高齢者層のワクチン接種の効果とみなす東京都やメディアの取り上げ方にも問題があると思います。絶対数でみれば、60代以上の高齢者についても、40-50代以上に重症者が増えているのです。デルタ型変異ウイルスの感染が若年層に急速に広がっているとみなすべきです。

私は常々、高齢者から順に(40代以上に)ワクチン接種を優先して行なうことを提言してきましたが(→新型コロナウイルスのRNAがヒトのDNAに組み込まれる核酸ワクチンへの疑問ーマローン博士の主張を考える)、まさしくこれは年齢が高いほど重症化しやすいという事実に基づくものです。

政府や都がワクチン接種の促進のために、50代問題として情報を流すのなら、実際にそれに対処するようにワクチン接種を行なえばよいのです。ところが、政府による集団接種や職域接種という思いつきのワクチン戦略によって、「年齢の高い人と基礎疾患を持つ人を優先する」という計画はガタガタになりました。ワクチン供給が滞り、40–65歳の層に打てなくなっています。

40-50歳の重症者が増えるという問題は、それこそ東京五輪大会の始まりとともに深刻になっていくのです。

引用記事

[1] FNN ライムオンライン: 40代、50代が危ない…感染再拡大の東京で中高年の陽性者と入院が増加 五輪期間中には1日1192人にも. 2021.07.08. https://www.fnn.jp/articles/-/207428

[2] NHK NEWS WEB: 東京都 40から50代で重症患者増加 第4波のピーク超える. 2021.07.11. https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20210711/1000067139.html

[3] 読売新聞オンライン: 小池知事「東京のコロナ対策は50代問題」…重症者の4割が40~50代に. 2021.07.12. https://www.yomiuri.co.jp/medical/20210712-OYT1T50227/

引用した拙著ブログ記事

2021年6月26日 核酸ワクチンへの疑問ーマローン博士の主張を考える

2021年6月13日 感染五輪の様相を呈してきた

2021年5月15日 新型コロナウイルスのRNAがヒトのDNAに組み込まれる

                 

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

ワクチン推進論文のミスリード−低所得者層が接種をためらう?

はじめに

先月(2021年6月)下旬、日本経済新聞が「ワクチン拒否は1割 全国ネット調査、若い女性目立つ」という記事 [1] を配信しているのが目に留まりました。この記事は、国立精神・神経医療研究センターによる新型コロナウイルスワクチンに関するインターネット調査の結果を紹介したもので、「接種したくない」理由として副作用への懸念が7割を占め、特に若い女性でワクチンをためらう傾向がみられた、と伝えていました。

この時は、「そんなものだろう」とあまり気に留めないで流し読みしていたのですが、数日後に時事メディカルが、この調査結果を引用記事 [2] 付きでツイートしてしているのを見て、少し驚きました。なぜなら「一人暮らし、低所得(年収100万円未満)、学歴が中学校または短期大学/専門学校卒業の者も(ワクチン)忌避率が高かった」と記していたからです。

本当にそうなのか?と思いつつ、引用されていた国立精神・神経医療研究センターの原著論文 [3] を当たってみました。そうしたら、どうやら、この元論文のミスリードぶりがわかってきました。このブログ記事でそれを指摘したいと思います。

1. 時事メディカルの記事

時事メディカルの当該ツイートを以下にリンクします。このツイートには「新型コロナワクチン拒否、その理由は?」という題目のウェブ記事が引用されています。

上記ツイートは、このブログを書いている時点で、引用ツイートも含めて3千以上リツイートされ、「いいね」も2千以上押されていますので、情報がそれなりに拡散し、影響を与えていることが考えられます。

引用されている記事 [2] を見ましたが、この記事自体は原著 [3] の内容をほぼ正確に伝えていました。ただ、当該原著もこの記事も、mRNAワクチンプラットフォーム自体の問題(前例がなく、"遺伝子治療"の審査なしで緊急使用許可 [EUA] されたワクチン)はスルーしているので、それに帰因する受け手の不安感は全く考慮されていません。

その前提しての大きな問題はありますが、原著論文の内容をチェックしながら問題点をあげて行きたいと思います。

2. Okuboらの論文の概要 

当該論文 [3] は国立精神・神経医療研究センターの大久保亮臨床研究計画・解析室長を筆頭著者として、VaccinesというMDPIの電子ジャーナルに掲載されたものであり、ワクチン推進の立場から書かれた論文です。

余談ですが、MDPI系雑誌はかつて”ハゲタカ”ジャーナルとも揶揄され(時事メディカルのツイートに対してもそういうリプが見られました)、審査よりも営利(掲載料金)を優先していると言われた時期もありましたが、今では電子ジャーナル分野の一角を担う地位を確立しています。Vanccine自身も今ではそれなりのインパクトファクター(IF=4.422 [2020])が付与されており、一定の評価を得ているようです。

今回のOkuboらの論文では、日本の全都道府県をカバーする大規模なサンプル(N = 26,000)について、インターネット調査によってデータ収集されました。その結果、日本人におけるCOVID-19ワクチンのためらいは調査対象の11.3%に見られ、忌避の割合は、若年層や女性回答者で高いと述べられています。COVID-19ワクチンをためらう理由のトップは、副反応への懸念で、70%以上の人が言及しており、次いでワクチンの有効性への疑問が20%と示されています。

躊躇する要因としては、女性であること一人暮らしであること社会経済的地位が低いこと重度の心理的苦痛があることなどが挙げられ、若年層よりも高年齢層の方が顕著であったと述べられています。

COVID-19 ワクチンの接種をためらう年齢層別オッズ比をみると、以下のようになりました。

若年層(20-39歳*1)の回答者における有意に関連する因子は、低所得既婚一人暮らし、飲酒中、合併症(高血圧、糖尿病、喘息またはCOPD、慢性疼痛)の有無、コロナ死への恐怖、政府への不信感、重度の心理的苦痛の有無でした。

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*1 本文では20–39歳となっているが、方法や表の記載では15–39歳と示されているので記述ミスだと思われる。

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中年層(40-64歳)では、低所得既婚一人暮らし、医療関係以外の職業、食品産業での必須業務以外の職業、飲酒中、合併症(糖尿病、慢性疼痛、精神疾患)の有無」コロナ死への恐怖、政府のへの不信感、重度の心理的苦痛の有無、が重要な要素となりました。

高齢者(65-79歳)では、女性、低所得既婚一人暮らし、医療関係以外の職業、食品関係以外の職業、低学歴アルコール依存症、合併症(糖尿病、心血管疾患、がん、慢性疼痛、精神疾患)の有無、COVID-19の感染歴、COVID-19による死への恐怖、政府への不信感、COVID-19に感染することが恥ずかしいと思うこと、重度の心理的苦痛があることが因子として抽出されました。

論文の考察では、上記に加えて、政府への不信感やCOVID-19に関する政策への不信感も、接種をためらう要因として観察され、これは過去の研究と一致していると述べています。この要因のオッズ分析については、時事メディカルの記事にもグラフで示されています [2]

さらに、既出の論文 [4] を引用して、COVID-19ワクチンに特有のためらいの理由としては、mRNAの投与という新しいメカニズムを採用していることや、ワクチン接種の承認プロセスが早いことなどが挙げられるとしています。これは、mRNAワクチンプラットフォーム自身の問題ですが、それ以上は論文では触れられていません。

さらに、COVID-19の誤報・不評、政治家の行動の影響、血液凝固異常などの観察された副作用などについては、ワクチン躊躇の変動に関連する要因は評価されていません。

結論として、本論文は、COVID-19ワクチンの接種をためらう要因としては、性別が女性であること一人暮らしであること社会経済的地位が低いこと、特に高齢者では重度の心理的苦痛があることが挙げられるとし、これらの要因を持つ人々にワクチンを確実に届けるために、十分な対策を講じる必要がある、と結んでいます。

3. 論文の結論の問題点

上記論文の結論をみると、あたかも、社会経済的地位の低い一人暮らしの女性が、COVID-19ワクチンに消極的であるような印象を受けます。果たしてそうでしょうか? ここでもう一度、論文のデータを精査してみたいと思います。

表1に、ワクチンためらいの因子としての、低所得(年収100万円以下)、既婚、一人暮らしのオッズ比を論文から拾って、年齢別に並べてみました。そうすると、確かに低所得と一人暮らしは、いずれの年齢層でも1.0を大きく超え、特に高齢層で低所得と一人暮らしが顕著です。

表1. ワクチンためらいの因子としての、年齢層による低所得(年収100万円以下)、既婚、一人暮らしの調整オッズ比(文献 [3] に基づいて作表)

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ここで低所得者層とされた年収100万円以下の女性の生活水準を考えてみましょう。端的に言えば、年収100万円以下で生活できるのかという疑問が出てきます。 不可能ではないにしても、一部自給自足に頼るか、よほど切り詰めた生活をするかでないと無理でしょう。実質困難だと思われます。

そこでこの低所得で暮らしができる条件を想定するならば、これは、親などに養ってもらっている高校生や大学生、あるいは夫や同居者の収入に全部あるいは一部頼って生活している女性(妻)というポジションしか考えられません。つまり、低所得ではあるけど、必ずしも生活水準は低くないということになります。場合によっては世帯としては富裕層であることも考えられます。少なくともインターネットを利用できる環境にはある人たちです。

したがって、100万円以下の年収の女性を「社会経済的地位が低い」と言うには語弊があり、それを論文では一律に低所得者層と扱っていることが問題なのです。

次に、一人暮らしを考えてみましょう。一人暮らしをするためには、ある程度の年収が必要です。あるいは、相当の仕送り(援助)をしてもらうかです。とても100万円以下の年収では一人暮らしはできないでしょう。したがって、因子として挙げられている低所得と一人暮らしは結びつきません。

しかし、一義的に、女性であること一人暮らしであること社会経済的地位が低いことをワクチンへの忌避の因子として並列的に記述すると、「低所得=低い生活水準の一人暮らしの女性がワクチンを忌避している」という大きなミスリードになる可能性があります。

次に、学歴をみてみましょう。論文中のTable S5の一部分を抜き出して加筆したのが図1です。大卒を対象としたオッズ比では、15–64歳まではそれほど顕著な傾向はありませんが、65–79歳では中卒、高卒、短大卒のオッズ比が高くなり、高齢層の低学歴が因子として見てとれます。

ただ、95%信頼区間をみると、全年代層において、大学院修了(修士、博士)のオッズ比の上限値が低学歴と比べて比較的高いこともわかります。低学歴がワクチンためらいの因子の一つだとしても、高学歴(とくに博士)についてもより詳細な調査が必要でしょう。

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図1. ワクチンのためらいに対する因子として年齢別における学歴(文献 [3] からの転載に加筆).

私の知り合いでもワクチン接種を忌避する人達がいますが、学歴はすべて大学院修了(博士)です。そして、ワクチンに関する論文をよく読み、mRNAワクチンプラットフォームの欠陥や遺伝子治療の面の審査が行なわれていないことを問題視し、日本の政府や医者のワクチン妄信ぶりを批判しています。

おわりに

Okuboらの論文で言われている「ワクチンへのためらい」の因子としての「低所得者層」は、インターネット調査の回答を直接見ただけではそうなりますが、これは生活水準、社会経済的地位の低い人がワクチンに消極的ということを意味するものではありません。しかし、論文の結論の書き方ではそう思えてしまうことに問題があります

あらためて、上記の時事メディカルのツイートをみると「ワクチン忌避に関わる要因については、政府やコロナ政策への不信感がある者や、重度の気分の落ち込みがある者で忌避率が高かった」はよしとしても、「一人暮らし、低所得(年収100万円未満)、学歴が中学校または短期大学/専門学校卒業の者も忌避率が高かった」という書き方は問題でしょう。

あたかも、一人暮らしで社会経済的地位が低い低学歴の人たちだけがワクチンを嫌っているように見えますが、これはミスリードです。

引用文献・記事

[1] 日本経済新聞: ワクチン拒否は1割 全国ネット調査、若い女性目立つ. 2021.06.25. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE251BP0V20C21A6000000/?n_cid=SNSTW001&n_tw=1624610622

[2] 安部重範: 新型コロナワクチン拒否、その理由は? Medical Tribune/時事メディカル 2021.06.28. https://medical.jiji.com/news/44651

[3] Okubo, R. et al.: COVID-19 vaccine hesitancy and its associated factors in Japan.  Vaccines 9, 662 (2021). https://doi.org/10.3390/vaccines9060662 

[4] Lin, C. et al.: Confidence and receptivity for COVID-19 Vaccines: A rapid systematic review. Vaccines 9, 16 (2020). https://doi.org/10.3390/vaccines9010016

                  

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題

 

ウィズコロナを意味のないスローガンとして否定するNZ

はじめに

2021年7月7日、ニュージーランド(NZ)が、英国式のCOVID-19と「共存」すべきだという提案(いわゆるウィズコロナ)を退け、ボリス・ジョンソンBoris Johnson)首相が提案した死のレベル(the level of death)は「受け入れられない」と述べたことを、英国ガーディアン(Guardian)紙は伝えました [1]。ここでは、このガーディアンの記事の内容を中心に紹介したいと思います。

1. ガーディアンの記事

記事では、7月5日のジョンソン首相の表明を伝えています。すなわち、彼は、マスクや社会的距離の取り方などの規制を7月19日までに撤廃する計画があるとし、英国はウイルスと共存することを学ばなければならないと述べました。また、2週間以内にCOVID-19感染者が1日5万人に達する可能性があるとし、「悲しいことだが、COVID-19による死亡者が増えることを受け入れなければならない」と述べました。

このような英国式の「COVID-19による死亡者を受け入れるかどうか」という問いに対するアーダーン首相の反応は、次のようなものでした。「国によって選択の仕方は異なる。私にとっての優先事項は、NZが得たものをいかにして維持し続けるか、そしてそれによっていかなる選択肢があるかということである。なぜなら、世界はこのウイルスでまだ終わっていないのだから」。

記事では、アーダーン首相とともに記者会見に列席したCOVID-19対策担当大臣のクリス・ヒプキンス氏(Chris Hipkins)、アシュリー・ブルームフィールド(Ashley Bloomfield)保健省長官、疫学・公衆衛生学者でもあるマイケル・ベイカー(Michael Baker)教授の発言も紹介しています。

ヒプキンス大臣は「NZでは、このような事態(英国式やり方)を喜んで受け入れることはできない」と述べました。

ブルームフィールド長官は、状況を注意深く見守っていると述べ、感染者がコントロールできなくなった場合、英国を飛行禁止リストに載せる可能性があるとしています。NZが4月にインドとの間で行ったように、フライトを停止する可能性があるかどうかについての質問には、「毎週、すべての国のリスク状況を確認していおり、決定を下さなければならないような英国からの入国者にリスクの状況についても注視している」と述べました。

つまり、規制解除により英国での感染者が爆発的に増加した場合、NZは英国を飛行禁止リストに載せることを検討する可能性があるということです。

イカー教授は、NZの将来のロードマップは、高いワクチン接種率、マスク着用の義務化、流行を抑えるための外出制限などの対策の組み合わせになるだろうと述べています。そして、NZは「恵まれた立場」にあり、排除措置を継続するか、方針を変更するかについて、十分な情報を得た上で選択することができると述べています。さらに、NZの排除型アプローチ(いわゆるゼロリスク)は、「公衆衛生の観点からも、公平性の観点からも、自由の観点からも、そして経済の観点からも、すべての指標において いかなる代替策よりも優れている」と強調しています。

記事では、オーストラリアのCOVID-19の現状も伝えています。オーストラリアはNZと状況が似ているけれども、スコット・モリソン(Scott Morrison)首相のレトリックは最近、ジョンソン風にシフトしていること、オーストラリアの再開ロードマップを4段階に分け、第3段階までにCOVID-19をインフルエンザや「他の感染症」と同様に扱うと述べたことを伝えています。

記事では最後に、英国の対策に対する専門家の困惑と批判も伝えています。ベイカー教授によれば、公衆衛生の専門家は、英国がCOVID-19を野放しにしていることに心を痛めており、ウィズコロナ(“living with it”)という言葉は、何百万人もの感染者の影響やウイルス制御のための代替手段を伝えていない、「意味のないスローガン」だと言います。

さらに、「私たちは、パンデミックの制御ができていないヨーロッパや北米から多くのレトリックを、頻繁に吸収している。ボリス・ジョンソンらの言うことに必ずしも従うべきではないと考えるし、ウイルスと共存することを学ばなければならないということも受け入れられない」と述べています。

記事の最後にあるベイカー教授の発言は以下のようになります。

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We always have to be a bit sceptical about learning lessons from countries that have failed very badly.

"大失敗した国から教訓を得ることについては、常に少し懐疑的でなければならない"

ーーーーーーー

記事の内容は以上ですが、翻って、日本の場合はどうかと言えば誠にお粗末の一言です。菅首相は「日本は欧米と比べて格段に感染者数と死者数が少ない」と都合良く述べたかと思えば、ウィズコロナの考え方やmRNAワクチンの普及については疑いもなく真似をするという状況になっています。

2. 流行状況

それではNZのCOVID-19の流行状況はどのようになっているのか、同じ島国・地域である、英国、日本、台湾とあらためて比べてみたいと思います。

図1は4カ国の感染状況の推移を示していますが、英国が突出しているので、ほかの3ヶ国の状況が見づらいです。図からは、英国における、デルタ型変異ウイルスによる再燃が見てとれます。

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図1. 英国、日本、台湾、ニュージーランドにおける新規陽性者数(人口百万人当たり)の推移(Our World in Data [2021.07.09]からの転載).

図2は、英国を除いた3ヶ国の流行状況の推移を示します。日本における陽性者数の圧倒的な多さ、台湾での最近の流行とその抑え込み、NZにおける初期の流行などが読み取れます。

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図2. 日本、台湾、ニュージーランドにおける新規陽性者数(人口百万人当たり)の推移(Our World in Data [2021.07.09]からの転載).

図3には4カ国におけるCOVID-19の死者数の推移を示していますが、やはり英国が突出しているので、ほかの3ヶ国の状況が見づらいです。

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図3. 英国、日本、台湾、ニュージーランドにおける新規死者数(人口百万人当たり)の推移(Our World in Data [2021.07.09]からの転載).

図4に英国を除いた死者数の推移を示します。図2に示した流行に対応するように、日本における死者数の多さ、台湾での最近の死者数の増加とその抑え込み、NZにおける初期の死亡事例などが読み取れます。

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図3. 日本、台湾、ニュージーランドにおける新規死者数(人口百万人当たり)の推移(Our World in Data [2021.07.09]からの転載).

このようにしてみると、NZでは初期の流行からすぐに何をなすべきかを学び、ゼロリスクを目指した対策を立て、それが功を奏してきたことがわかります。台湾も同様ですが、ちょっとした防疫対策の気の緩みで、たった1人の国際線パイロットの感染者の侵入を許し、最近の急速な流行拡大に至ったことが分かります。しかしそれも抑え込みに成功しているようです。

一方、日本は最初から何も学ばず、ズルズルとここまできたということでしょう。

おわりに

同じ島国・地域である英国、日本、台湾、NZのなかで、その利点を最大限生かして対策をとったのが台湾とNZということになるでしょう。加えて。NZは人口密度が低いということも味方になったと思います。

しかし、何と言っても今回のガーディアンの記事からもわかるように、アーダーン首相の傑出した能力と指導力・決断力、そしてNZのウィズコロナ否定という独自性がこの国の成功をもたらしている要因ということが言えます。記者会見での記者の質問に的確かつ丁寧に答えるアーダーン首相や担当大臣の姿勢は印象的です。

対照的に、記者の質問には答えず、質問も遮り、科学と学者を軽視し、思いつきと思い込みで突き進むわが国の首相とは雲泥の差です。それが図2、4で示される両国の差になって現れていると思います。

そして、「死のレベルを受け入れる」という欧州のウィズコロナの概念をおそらく考慮することもなく、無頓着にウィズコロナという言葉を使っている日本の為政者、TVコメンテータ、マスコミのいい加減さには閉口します。一体どう意味で使っているのでしょうか。

最後に、自国の対策について否定的な見解を取り上げて記事にする英国の新聞についても、本来のマスコミのあり方として印象づけられます。

引用記事

[1] McClure, T.: New Zealand not willing to risk UK-style ‘live with Covid’ policy, says Jacinda Ardern. The Guardian July 7, 2021. https://www.theguardian.com/world/2021/jul/07/new-zealand-not-willing-to-risk-uk-style-live-with-covid-policy-says-jacinda-ardern

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

またもや飲食店狙いの感染対策への疑問

まえがき

昨日(7月8日)、菅義偉首相は、東京都に4度目の緊急事態宣言を発出することを表明しました。東京はCOVID-19の第5波に見舞われつつありますが、前回の宣言解除から3週間も経たたないなかでの宣言になります。新聞報道によれば、東京五輪の開催を最優先した菅政権の対応に、不備はなかったのか、首相の政治責任が大きく問われるとしています [1]

それはともかく、緊急事態宣言に伴って、まともや感染対策に飲食店がやり玉に挙げられ、酒類提供停止が要請されるようです。この政府の動きに対して、私は疑問を抱かざるを得ません。ここでは、その理由を挙げながら、感染拡大抑制策について考えてみたいと思います。

1. メディアの報道

今朝のテレビ朝日の「モーニングショー」では、早速、飲食店の酒類提供の一律停止について伝えていました(図1)。菅首相は、昨日の記者会見において、酒類停止は感染防止に大きな成果を上げてきたことから、緊急事態宣言下の地域ではもちろんのこと、まん延防止措置の地域でも酒類提供は原則禁止という判断をすると述べました(図1右)。

その根拠して挙げられているのが、3人以上の会食における感染リスクが、その回数とともに「酒あり」で大きく上がることです。たとえば、3人で2回以上酒ありで会食すると、3人で1回酒なしで会食した場合に比べて4.94倍感染リスクが上がることが報告されています(図1左)。

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図1. 菅首相による飲食店の酒類提供に関する記者会見コメント(右)および3人以上の会食における感染リスク(後述のアドバイザリーボード資料に基づく)(2021.07.09. TV朝日「モーニングショー」より).

また、西村康稔経済再生担当大臣は、酒の卸売り業者に飲食店との取引停止を要請するとし、飲食店共々要請に応じない場合は、金融機関に情報提供すると述べたことを番組は伝えていました。

しかし、これは菅首相からも「承知していない」と言われ(この発言自体もトボケていて無責任ですが)、与野党から批判を浴び [2]、今日夕方の加藤官房長官の記者会見で「金融機関からの働きかけに」については撤回するとされました。しかし、内閣官房国税庁はすでに連名で、酒店宛に、注文に応じないことを要請する文書を送っています。こちらは撤回されていません。

2. アドバイザリーボードの見解ー会食・酒がリスク因子

これまでも感染リスクが高いとして飲食店が散々やり玉に挙げられてきましたが、菅首相の頭にはそれが完全にインプットされているようです。その情報源は政府アドバイザーボードの見解にあると思われます。

7月7日に開催された第42回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードでは、「新型コロナウイルス感染症の社会行動リスク解析:パイロット調査の暫定報告」という資料が提出されています [3]。これは、国立感染症研究所感染症疫学センターが行なった調査で、東京都内の2医療機関における発熱外来受診者と検査を受けた407名のうち、未成年者、年齢記載なしの人、発症から15日以降の受診者を除いたものについて、過去2週間における行動歴と感染リスクの関係を解析したものです。

検査は、症状ありかつ/または濃厚接触者に実施されており、陽性者と陰性者の行動歴が分析されています。そして陰性者をコントロールとした陽性者のオッズ(odds)比で、その事象の起こりやすさが求められています。ちなみに、ある事象が起こる確率を P とすると、その事象が起こらない確率は 1-P になります。その事象のオッズ比はこの2つの値の比 P/(1-P) になります。

その結果、図2にあるように、「会食2回以上お酒のある会食2回以上で高いオッズ比が出ています。

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図2. 新型コロナウイルス感染症の社会行動リスク解析における行動歴データ([3]より転載).

また、いわゆる「3密」や「5つの場面」に関連するリスク因子として、特に高いオッズ比が出ているのが「大人数や長時間におよび飲食」です(図3)。そのほか、「換気の悪い場所にいた」、「手の届く範囲で会話をする機会」でも、比較的高いオッズ比が見られます。

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図3. 新型コロナウイルス感染症の社会行動リスク解析における3密と5つの場面に関するリスク因子([3]より転載).

図2図3の結果をふまえて、この調査では図4に示す考察がなされています。強調されていることは、リスク因子としての会食です。特に、複数で回数を重ねるお酒付きの会食が感染リスクを高めることが述べられており、米国やフランスにおける「レストランの利用がリスク因子」とする調査結果と一致するとしています。

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図4. 新型コロナウイルス感染症の社会行動リスク解析における考察([3]より転載).

それでは図4で引用されている、Gaimicheらの調査研究 [4] を例に見てみましょう。この研究では、フランスにおける3,426人の症例と1,713人の対照者を対象にした調査の多変量解析を行ない、リスクの高い場所や場所を考察しました。その結果、世帯内に保育園、幼稚園、中学校、高校に通う子どもがいると、感染リスクが高まることがわかりました。また、感染リスクの上昇と個人的な集まりへの参加、バーやレストランへの出入り、屋内でのスポーツ活動との関連性が認められました。

一方で、ショッピング、文化的・宗教的な集会に参加すること、相乗りを除く交通機関を利用については感染リスクの増加は認められれず、テレワークは、感染リスクの低下と関連していました。

すでに多くの論文で指摘されていますが [5]、マスクを外し、口を開き、近接対面で会話も行なうような会食で感染リスクが高まることは、誰でも容易に想像できます。酒が入ればさらにリスクは高まるでしょう。

5. 感染経路での会食の割合は低い

では、いま都市圏を中心に感染が拡大しているわけですが、陽性者の感染経路として会食が中心になっているかと言えば、実状はまったく違います。最近のメディア報道 [6] に基づいて、東京都についてのさまざまな感染経路の割合を示したのが図5左です。感染経路としては家庭内がトップで50%、次が職場内が17%、施設内が11%で、会食となると9%です。

家庭内というのは外から誰かがウイルスを持ってきて、家族に感染が広がるというイメージですが、外での感染経路としては会食は決して上位にはなっていないのです。

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図5. 東京都におけるさまざまな感染経路の割合(左は感染経路がわかっているものだけの割合、左は感染経路不明者を加えた割合、[6]に基づいてグラフ化).

実は図5左は感染経路が分かっている人についての感染経路の割合であり、感染経路不明者を加えると圧倒的にこれがトップになります。それが図5右であり、東京では常に感染経路不明者が6割以上いるので、仮に経路不明者を60%として加え、再グラフ化してあります。そうすると、会食はわずか3%にしかすぎないことが分かります。

つまり、現在リスク因子としてあげられている環境や機会に心当たりのない人達が市中感染していて、それを家庭に持ち込むことにより感染を広げているということが推察されます。また上記の例にあるように、幼稚園や中学校、高校が感染源になり、家庭内感染を広げていることも考えられます。

上述したように、会食やお酒がリスク因子として高いことは事実ですが、現在の感染状況でそれが主要な感染経路になっているかと言えば、はなはだ疑問なのです。今回の国立感染のリスク行動分析はきわめて限られた範囲の限られた人数を対象としたものであり、分析をするならば、図5右にある感染経路不明者を含めてやるべきなのです。それとも図2、3のデータは、感染経路不明者も含めた解析から導き出されたものでしょうか。

感染経路不明者ということは、3密とか会食とか感染リスクの高い経験に心当たりのない陽性者ということでしょうから、おそらくは図23には含まれていないと想像されます。

今回の緊急事態宣言も含めて、主要感染経路ではない、非常に低い割合の会食をやり玉に挙げながら、感染対策を講じているのが現在の政府です。そしてこの会食制限と禁酒令が唯一の策とも言ってもいいくらいの、中途半端な対策が問題だと言えます。これが今の政府の感染対策へ抱く私の疑問の理由であり、アドバイザリーボードの分析と提言についても疑問を抱かざるを得ません。

この背景にある一つの大きな問題は、厚生労働省SARS-CoV-2空気感染(エアロゾル感染)を(言葉上)認めていないことです(→あらためて空気感染を考える)。感染力を増した変異ウイルスの場合は、特に空気感染が考慮しなければなりません。言葉上だけならいいですが、古典的医学ドグマに拘泥して、空気感染をきわめて限定してリスク因子分析をしているとするなら、明らかに手落ちです。

おわりに

先のブログで感染拡大抑制に向けた政府がとるべき対策について提言しました(→下げ止まりの時こそ行なうべき強化策)。基本は濃厚接触者の範囲を取払い、ウイルス排出量の高い感染者周辺の面的な検査拡大を行なうことです。英国や豪州のように、下水検査を駆使した地域の網羅的検査も有効です。感染リスク因子については、空気感染を想定して、感染経路不明者を対象としたより幅広い環境と行動歴の分析が必要だと思われます。

しかし、面的な検査拡大の戦略はこれ以上感染者が増えると困難になりますし、政府はもとより検査拡大を行なうつもりもないようです。リスク因子分析も然りで、有症状者と狭い範囲の濃厚接触者に限定して行なう方針は変わらないようです。

飲食店対策の一つとしては、換気と席数制限とともに、飲食店利用者に事前に簡易抗原検査やPCR検査を受けてもらい、陰性者のみ店を利用できるような仕組みを導入できないものでしょうか。そして飲食店への営業制限を要請するなら、その分協力金による補償を急ぐべきでしょう。

菅首相の頭の中にはワクチンと前述のような飲食店対策しかありません。思いつきと思い込みで途中で修正が効かないことが今の政府の最大の欠点です。これが彼が首相に就任してから14,000人近い死者数と東アジア・西太平洋地域で2番目の被害を出している理由の一つです。おそらくこの被害の重みの自覚はないと思いますが。

引用文献・記事

[1] 西村圭史ら: 五輪を最優先、崩れた方程式 楽観論に流された菅首相. 朝日新聞デジタル 2021.07.09. https://www.asahi.com/articles/ASP787H28P78UTFK007.html?oai=ASP786TD7P78ULBJ01J&ref=yahoo

[2] JIJI.COM: 西村担当相、要請拒否の店舗情報を金融機関に 菅首相「承知せず」、野党反発. Yahoo ニュース 2021.07.09.
https://news.yahoo.co.jp/articles/e1d67c29c9fa71c0b88d3b852466745d61c6982a

[3] 厚生労働省: 第42回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(令和3年7月7日)資料. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000803143.pdf

[4] Galmiche, S. et al.: Exposures associated with SARS-CoV-2 infection in France: A nationwide online case-control study. Lancet Reg. Health 7, 100148 (2021) https://doi.org/10.1016/j.lanepe.2021.100148

[5] Chang, S. et al.: Mobility network models of COVID-19 explain inequities and inform reopening. Nature 589, 82–87 (2021). https://www.nature.com/articles/s41586-020-2923-3

[6] FNNプライムオンライン: 感染再拡大の予兆みられる」 宣言解除後に人出が増加…東京で“感染者急増”に現実味. Yahoo Japanニュース 2021.06.24. https://news.yahoo.co.jp/articles/57181dc6535c027f837ea98c6e013b00bbf56360

引用した拙著ブログ記事

2021年 7月5日 あらためて空気感染を考える

2021年 6月14日 下げ止まりの時こそ行なうべき強化策

                

カテゴリー: 感染症とCOVID-19

 

あらためて空気感染を考える

はじめに

新型コロナウイルスウイルスSARS-CoV-2の感染については、飛沫感染接触感染エアロゾル感染の三つの感染様式があると言われてきました。1年以上も前、このブログでもそれらを取り上げました(→新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効果)。しかし、この1年間の研究調査データから、研究者は一つの事実を明らかにしつつあります。それは主要感染経路が空気感染(airborne transmission)であるということです。それも新しい概念の空気感染です。

空気感染については、特に感染力が高い変異型ウイルスへの対策として考慮すべきであり、マスクの着用の仕方も強化すべきことだと思われます(→感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスク)。しかし、科学論文上はもとより、さまざまなウェブ記事、SNS上でも空気感染という言葉について混乱があります。このブログ記事で、あらためて空気感染とは何かについてまとめてみたいと思います。

1. 用語の定義

まずは、呼吸器系感染症の病原体の感染に関する用語の定義を示したいと思います。2014年に報告された世界保健機構WHOによる見解と用語の定義を、室内環境学会がまとめていますので [1]、それを表1に示します。

表1. 呼吸器系感染症の感染に関する用語の定義(文献 [1] に基づいて作成)

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表1によれば、飛沫感染は 5 μm より大きい飛散・吸入性エアロゾルにより、1 m 以内の距離で生じる感染と定義されます。それに対し、空気感染は飛沫核(5 μmより小さいエアロゾルが乾燥した残渣)の吸入により感染ということになります。医学・微生物学の古典的概念でも、5 μm を基準にして、それ以下のエアロゾルによる感染を空気感染、それ以上の場合を飛沫感染と考えています。

それでは、エアロゾルとは何かということになりますが、日本エアロゾル学会によれば、「気体中に浮遊する微小な液体または固体の粒子と周囲の気体の混合体」をエアロゾル(aerosol)と言う、と示されています [2]

エアロゾル粒子は,その生成過程の違いから粉じん(dust)、フューム(fume)、ミスト(mist)、ばいじん (smoke dust))などとも呼ばれ、粒径や化学組成,形状,光学的・電気的特性など多くの因子によって表され,きわめて複雑であると述べられています。そして、大きさ(粒径)についていえば,分子やイオンとほぼ等しい 0.001 μm=1 nm 程度から、100 μm 程度まで約5桁にわたる広い範囲が対象となるとあります。

したがって、エアロゾル感染という言い方をした場合、その範囲はきわめて広く、空中に浮遊する飛沫から飛沫核に至るまでの吸入による感染ということになるでしょう。そして、WHOの見解(表1)に照らし合わせれば、病原体の最大濃度部分から 1 m 以上の距離を超えて感染が起こる場合がエアロゾル感染ということになり、そのうち乾燥したエアロゾル、すなわち、飛沫核による感染が古典的(狭義の)空気感染ということになるでしょう。

2. 感染様式とエアロゾル感染

SARS-CoV-2を含めた呼吸器系病原ウイルスの感染・伝播様式については、国内外のたくさんの論文やウェブ記事の紹介があります。ここでは、Nature Review Microbiology に掲載されたナンシー・リョン博士の総説論文 [3] のなかで挙げられている図解がわかりやすいので、それを引用しながら説明したいと思います。

この総説では、呼吸器系ウイルスは、直接(物理的)接触、間接接触フォマイト)、飛沫、エアロゾルという4つの主要な感染様式で感染すると書かれています。さらに、一次感染者の排出から short range(短時間内)で起こるものと long range(長時間の範囲)で起こるものがあるとしています。

図1のように、短時間で起こる感染として、飛沫、エアロゾル、直接接触、間接接触による感染があります(図1左)。長時間にわたるものとしては、エアロゾルと付着物(フォマイト)を介した接触感染があります(図1右)。

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図1. 呼吸器系ウイルスの主要感染様式(文献 [3] からの転載図).

上記のように、この総説では空気感染(airborne transmission)という言葉は使われていません。おそらくエアロゾルの範囲を飛沫核まで広くとり、エアロゾルによる感染で空気感染を網羅しているというニュアンスです。一方、飛沫感染の"飛沫"は短時間で消失する(落下する)ものという捉え方です。

実際、エアロゾル感染(空気感染)と飛沫感染という2つの感染経路は、必ずしも相互に排他的ではなく、「飛沫」と「エアロゾル」の定義が問題となります。英国レイチェスター・ロイヤル病院のコンサルタントウイルス学者であるジュリアン・タン(J. Tang)博士は、「用語を変えるべき」、「飛沫は地面に落ちたもので、吸い込むものではない」と述べています [4]

Lancet Rspiratory Medicine に掲載された論文は、さまざまな呼吸器感染症の患者の咳のエアロゾルや呼気の研究によれば、小さな粒子(< 5 μm)に病原体が多く含まれていることがわかっていると報告しています [5]。これにはウイルスも結核菌のような細菌も同じです。

従来、呼吸器ウイルスは接触飛沫感染すると考えられており、エアロゾル感染の可能性を考慮する際には注意が必要とされてきました。 しかし、近年では、エアロゾル感染の重要性を認識する研究者が増え、特にSARS-CoV-2のエアロゾル感染に関する最近の見解では、各感染経路の相対的な重要性を評価する上で中心になっています。

3. SARS-CoV-2の空気感染についてのWHOの見解

WHOは当初、SARS-CoV-2の空気感染を認めておらず、主な感染経路は飛沫と付着物であるという認識でした。2020年2月28日に発表された「コロナウイルス感染症に関するWHO-中国合同ミッション2019」の報告書には、「COVID-19については空気感染の報告はなく、既知情報からは感染の主要な要因とは考えられないが、医療施設で特定のエアロゾルを発生させる処置が行われた場合には想定される」と記載されています。

しかし、SARS-CoV-2の感染に関するデータが増えるにつれ、空気感染(airborne transmission)という言葉を使うようになりました。続く3月には、飛沫感染とは、感染者の周辺環境にある直径 5 μm以上、10 μm 以下の感染性呼吸器飛沫や付着物を介して起こる感染であり、空気感染とは、5 μm 以下の感染性飛沫核を介して起こる感染であると、古典的概念で述べています [6]

さらに、2020年7月、豪州、欧米、中国、日本などの研究者が連名で、"It is time to address airborne transmission of COVID-19"と題した声明の論文(著者は二人)を発表し、COVID-19の空気感染に対応すべきと訴えました [7]。強調されたのは、公共施設、学校、病院、オフィスなどの効果的な換気です。

WHOは直ぐに反応し、7月9日に Sciemtific Brief を出し、初めてまともにSARS-CoV-2の空気感染について取り上げました [8]。これが現在までの最新の見解です。

そこでは、空気感染を、「空気中に浮遊した状態で感染力を維持する飛沫核が長距離・長時間にわたって拡散すること」と定義しています。 そして、SARS-CoV-2の空気感染は、エアロゾルを発生させる医療行為で起こる可能性があると述べる同時に、換気の悪い屋内環境でも伝播する可能性があるということについて、議論・評価してきたと述べています。

また、呼気や流体の物理学の観点から、エアロゾルを介したSARS-CoV-2感染の可能性のあるメカニズムについてのいくつかの仮説があることを述べています。これらの仮説理論は、1)多数の呼吸器の飛沫が蒸発することで微細なエアロゾル(≤ 5 μm)を生成する2)通常の呼吸や会話によって呼気エアロゾルが発生する、というものです。

そして、感染しやすい人がエアロゾルを吸い込み、そのエアロゾルに十分な量の感染性ウイルスが含まれていれば、感染する可能性があるとしています。しかし、呼気中の飛沫が蒸発してエアロゾルを生成する割合や、他の人に感染を引き起こすのに必要な感染性SARS-CoV-2の量は不明であるとしています。

以上のように、WHOはCOVID-19の空気感染を認めていますが、依然として 5 μm 以下の飛沫核に拘泥しているようです。2020年12月のマスク使用に関する中間報告書では、「SARS-CoV-2は、感染者が咳やくしゃみをしたり、歌ったり、大きく息をしたり、話したりしたときに広がるが、この液体粒子の大きさはさまざまで、大きな呼吸系飛沫から小さなエアロゾルまである」と述べています [9]

2021年4月30日にアップデートされた"Coronavirus disease (COVID-19): How is it transmitted?"というウェブページでは、空気感染という直接的な言葉は見られず、「ウイルスを含む飛沫やエアロゾルを吸い込むことで、あるいはそれらが直接眼、鼻、口に接触することで感染する」という伝え方になっています。

4. 米国CDCの空気感染に関する見解

米国CDCもSARS-CoV-2の感染様式について逐次情報をアップデートしています。2020年10月のバージョンでは空気感染という言葉を使っていたのですが(→感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスク)、2021年5月の最新アップデート版ではそれが消えました [10]。それどころか、エアロゾル感染、飛沫感染接触感染という直接的な言葉もありません。非常に慎重な物言いになっており、そして、以下のように感染の3様式について具体的に触れています。

・ウイルスの吸入(inhalation of virus)

・露出した粘膜へのウイルスの沈着(deposition of virus on exposed mucous membranes)

・ウイルスで汚染された手で粘膜に触れること(touching mucous membranes with soiled hands contaminated with virus)

このなかで、「ウイルスの吸入」が空気感染に相当するものと思われます。それについて次のような説明があります。

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Inhalation of air carrying very small fine droplets and aerosol particles that contain infectious virus. Risk of transmission is greatest within three to six feet of an infectious source where the concentration of these very fine droplets and particles is greatest.

"感染性ウイルスと一緒の非常に微細な飛沫やエアロゾル粒子を含む空気を吸い込むこと。感染のリスクは、これらの非常に微細な飛沫や粒子の濃度が最も高い感染源から3~6フィート以内で最大となる"

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微細な飛沫やエアロゾル粒子を含む"空気を吸い込むことによる感染"と表現していますので、これは”実際上の空気感染”に他ならないと思います。

5. 空気感染とエアロゾルの拡大

2020年10月、サイエンス誌に掲載されたPratherらのLetterでは、COVID-19は空中に漂うウイルスを吸入することによって感染するという圧倒的な証拠があるとして、エアロゾルと飛沫を区別する用語を明確にする必要があると提言しています [11]。すなわち、エアロゾルの空気力学的挙動、吸入能力、介入の効果をより効果的に分けるために、従来の基準の 5 µm ではなく、100 µm サイズの閾値を使用する必要があるとしています。

その根拠として、液滴(100 µm以上)に含まれるウイルスは、通常、発生源から 2 m以内であれば数秒で地面に落下することを挙げ、飛沫の飛散範囲は限られているため、物理的に距離を取ることで、飛沫への曝露を減らすことができるとしています。一方、エアロゾル(100 µm 以下)に含まれるウイルスは、煙のように数秒から数時間にわたって空気中に浮遊し、2 m以上も移動し、換気の悪い室内の空気中に蓄積され、スーパースプレッダー現象を引き起こすこともあるとしています。

著者らが強調していることは、SARS-CoV-2の感染者は、その多くが無症状であり、呼吸や会話の際に数千個のウイルスを含んだエアロゾルを放出するが、飛沫の数ははるかに少ないということです。そのため、飛沫を浴びるよりもエアロゾルを吸い込む方がはるかに多く、空気感染(=エアロゾル感染)を防ぐことに注意を向けなければならないとしています。

最後に、マスク着用、社会的距離の取り方、衛生面での処置といった従来の努力義務に加えて、屋外での活動、換気やろ過による室内空気の改善、リスクの高い労働者の保護の改善の重要性について、公衆衛生当局が明確な指針を加えることを強く求めると提言しています。

2021年4月には、「空気感染を支持する10の科学的理由」と題する論文がランセット誌に掲載されました [12]。この論文でも、エアロゾルや液滴の直接測定では、呼吸器系の活動で発生するエアロゾルの数が圧倒的に多いことや、エアロゾルと液滴の粒径の境界が 100 μm ではなく、5 μm という恣意的なものであることなどの欠陥を指摘しています。その上で、空気感染を支持する以下の理由を挙げています。

1) スーパースプレッダー現象、2) 対面したことない離れた場所での感染、3) 咳やくしゃみをしていない無症状者からの感染が3–6割、4) 屋内感染が換気で減少、5) 厳格な接触・飛沫予防策がとられた病院での院内感染、6) 空中からの感染性ウイルスの検出、7) 病院のエアフィルターや建物のダクトからのウイルス検出、8) 別ゲージに入れられた動物の送風管を通じた感染、9) 空気感染を否定する強力かつ一貫した証拠を示した研究はなし、10) 近距離での感染と、空気を共有した際の遠距離での少数感染は、感染者からの距離に応じた呼気エアロゾルの希釈によって説明可能。

これらの論文に共通することおよび公衆衛生分野の世界的潮流は、5 μm 粒子を閾値にする空気感染の古典的な医学的概念・ドグマから脱却して、エアロゾル吸引を含めて空気感染としてとらえ、適切な危機管理の範囲を考えようということです。そのことで換気対策などを施し、COVID-19の拡大を抑えようという狙いがあります。

古典的空気感染の概念に当てはまらない事例や考え方が出てきたことで、上記のように、逆に米国CDCは空気感染という言葉を使うことを止め、「エアロゾルを含む空気を吸うことによる感染」という表現に変えているのだと思います。

メディアもCOVID-19は空気感染であるという記事を配信し、関係公共機関もそれを支持していると伝えています [13]。 

6. ウイルスの残存性

SARS-CoV-2が空気感染あるいはエアロゾル感染するなら、実際にエアロゾルの中でどのくらいの時間まで感染力を維持して残存できるのかというのが問題になります。実際に患者が入院している病室の空気から、感染性のあるウイルスが分離された例もあります [14]

残存性についてはいくつかの報文がありますが、その一つにコレスポンデンスとしてNEJM誌に掲載された論文があります [15]。この論文は昨年4月に掲載されて以来、被引用数が3千回を超える有名な論文です。

それによると、感染性SARS-CoV-2は3時間以上にわたってエアロゾル(< 5 μm)中から検出され、SARS-CoV-1並みの残存力だとされました(図2)。ベイズ回帰モデルを使った減衰パターンに基づく解析では、エアロゾル中の半減期は 0.64–2.64 h となりました。固形物での残存性はより長く、ステンレスおよびプラスチック上の半減期のメディアン値は、それぞれ 5.6 h および 6.8 h となりました。

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図2. SARS-CoV-2およびSARS-COV-1のエアロゾル中、銅、ステンレス、およびプラスチック上における残存性(文献 [15]からの転載図).

米国安全保障省のウェブサイトには、SARS-CoV-2 Airborne Decay Calculator というページがあり、紫外線、温度、相対湿度のパラメータを変えることで、ウイルスが空気中でどの程度残存するかを計算することができます [16]。UVインデックス=2、温度=20℃、相対湿度=40%で計算すると、50% 残存性は約10分、1% 残存性は約1.1時間となります。

ウイルスの二次感染性は、感染者のウイルス排出量に関わってきますので、感染リスクを空中の残存性の時間から単純に判断するのは危険です。スーパースプレッダーと呼ばれるウイルス排出量が高い感染者は、1%の残存量でも十分な感染性ウイルスが含まれます。

7. 厚生労働省の見解

翻って、厚生労働省のCOVID-19感染に関する認識はどうかというと、これはもう絶望的なくらい情報が遅れていて(あるいは恣意的にそうしているのか)用をなしていません。例として、厚労省のホームページにある一般向けのQ&Aコーナーにある「新型コロナウイルス感染症はどのように感染しますか」という問いに対する答えが以下です。1年以上も前に掲載されてから更新されていません

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一般的に飛沫感染接触感染で感染するとあり、空気感染はもとより空気、エアロゾルという言葉も出てきません。主に、飛沫が飛んできてそれを吸って感染するというようなイメージにとれます。感染様式についてWHOのリンクを参照しろというような主体性のなさも問題です。

日本では、政府や厚労省に忖度しているのか、NHK理研のシミュレーションなどにおいても、「エアロゾル」や「空気」という言葉を使わず、マイクロ飛沫(microdroplets)なる言葉を使っています。COVID-19感染についてマイクロ飛沫感染なんて言っている論文はほとんどありません。ちなみに、microdroplets, transmission, SARS-CoV-2というキーワード、直近1年間の条件でPubmed検索すると、20件ほどしか出てきません。一方、aerosol, transmission, SARS-CoV-2だと945件ヒットします。同様に、airborne, transmission, SARS-CoV-2では454件です。

専門家の間では空気感染という言葉がだんだんとメジャーになっている印象は受けます。そのなかで、坂本史衣氏によるCDCの見解を中心とする記事 [17] はほぼ正確なものですが、「こびナビ」を紹介しているところは、後述の理由で、個人的にはいただけません。彼女はことさらPCR検査の精度を問題にし、感度70%を広めた当事者でもあります。

おわりに

世界の医学、微生物・ウイルス学、公衆衛生学分野は、明らかにSARS-CoV-2は空気感染するという認識に変わっています。しかもそれは、医学ドグマにあるような古典的空気感染ではなく、「感染性ウイルスを伴うエアロゾルを含む空気を吸うことによる感染」という新しい概念です(WHOは依然として飛沫核による感染という風に捉えているようですが)。何よりも一般人には、エアロゾルとか飛沫核とか言われるよりも、病原体を含む空気を吸って感染することを空気感染と言われた方が理解しやすいです。

一方で、厚労省は依然としてSARS-CoV-2の感染についての古い認識をアップデートしておらず、危機管理意識が低いままであり、国民に誤ったメッセージを発信し続けています。「3密の回避」という日本発のオリジナル感染対策は、空気感染(エアロゾル感染)防止のためにあるようなスローガンですが、一体どうしたことでしょう。

周辺の医療クラスター、研究者、メディアも厚労省の認識を追従している状態です。いい例が、「こびナビ」というCOVID-19やワクチンの情報サイトです。ここのメンバーには、ベイズ定理を用いたPCR検査の精度に関する数々の学術論文を曲解し、検査抑制論に走った人達がいますが、SARS-CoV-2の空気感染についても、古典的医学ドグマに拘泥し、アップデートな情報を読み誤っています [18]

引用文献・記事

[1] 篠原直秀: 新型コロナウイルスの感染対策に有用な室内環境に関連する研究事例の紹介(第一版). 室内環境学会. http://www.siej.org/sub/sarscov2v1.html

[2] 日本アエロゾル学会:エアロゾルとは. https://www.jaast.jp/new/about_aerosol.html

[3] Leung, N. H.: Transmissibility and transmission of respiratory viruses. Nat. Rev. Microbiol. 19, 528–545 (2021). https://doi.org/10.1038/s41579-021-00535-6

[4] Baraniuk, C.: Covid-19: What do we know about airborne transmission of SARS-CoV-2?. BMJ 373, n1030 (2021). https://doi.org/10.1136/bmj.n1030

[5] Fennelly, K. P.: Particle sizes of infectious aerosols: implications for infection control. Lacet Res. Med. 8, 914–924 (2021). https://doi.org/10.1016/S2213-2600(20)30323-4

[6] World Health Organization: Modes of transmission of virus causing COVID-19: implications for IPC precaution recommendations: scientific brief, 29 March 2020. World Health Organization. https://apps.who.int/iris/handle/10665/331616.

[7] Morawska, L. & Milton, D. K.: It is time to address airborne transmission of coronavirus disease 2019 (COVID-19). Clin. Infect. Dis. 71, 2311–2313 (2020). https://doi.org/10.1093/cid/ciaa939

[8] World Health Organization: Transmission of SARS-CoV-2: implications for infection prevention precautions. July 9, 2020. https://www.who.int/news-room/commentaries/detail/transmission-of-sars-cov-2-implications-for-infection-prevention-precautions

[9] World Health Organization: Mask use in the context of COVID-19. Interim guidance. Dec. 1, 2020. https://apps.who.int/iris/handle/10665/337199

[10] Centers for Disease Control and Prevention: Scientific Brief: SARS-CoV-2 transmission. Updated May 7, 2021. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/science/science-briefs/scientific-brief-sars-cov-2.html?CDC_AA_refVal=https%3A%2F%2Fwww.cdc.gov%2Fcoronavirus%2F2019-ncov%2Fmore%2Fscientific-brief-sars-cov-2.html

[11] Prather, K.A. et al.: Airborne transmission of SARS-CoV-2. Science 370, 303-304 (2020). https://science.sciencemag.org/content/370/6514/303.2

[12] Greenhalgh, T. et al.: Ten scientific reasons in support of airborne transmission of SARS-CoV-2. Lancet 397, 1603-1605 (2021) https://www.thelancet.com/article/S0140-6736(21)00869-2/fulltext

[13] Gale, J: Covid is airborne, scientists say. Now authorities think so, too. Bloomberg 2021.05.17. https://www.bloomberg.com/news/articles/2021-05-16/covid-is-airborne-scientists-say-now-authorities-think-so-too

[14] Lednicky J. A. et al. Viable SARS-CoV-2 in the air of a hospital room with COVID-19 patients. Int. J. Infect. Dis. 100, 476–482 (2020). https://doi.org/10.1016/j.ijid.2020.09.025

[15] van Doremalen, N. et al. Aerosol and surface stability of SARS-CoV-2 as compared with SARS-CoV-1. N. Engl. J. Med. 382, 1564–1567 (2020). https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMc2004973

[16] U.S. Department of Homeland Security: Estimated airborne decay of SARS-CoV-2 (virus that causes COVID-19). https://www.dhs.gov/science-and-technology/sars-airborne-calculator

[17] 坂本史衣: 新型コロナの感染経路 いま分かっていること、いまできること. Yahoo Japn News 2021.05.08. https://news.yahoo.co.jp/byline/sakamotofumie/20210508-00236853/

[18] こびナビ: 新型コロナウイルスは、空気感染するのか?(5月13日こびナビTwitterspacesまとめ). note 2021.06.24. https://note.com/cov_navi/n/nc18332e1f521

引用したブログ記事

2021年4月13日 感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスク

                         

カテゴリー: 感染症とCOVID-19

 

ついに検査抑制方針を改善できないまま感染五輪を迎える

はじめに

パンデミック宣言以来、日本はクラスター対策とともにPCR検査抑制を貫いてきたことは公然の事実です。検査を限定するために、当初は「37.5℃で4日間」などの検査の目安さえ設けていました。クラスターに集中して患者確定にPCR検査を集中適用するという方針は、主に無症状のスーパースプレッダーがSARS-CoV-2感染を広げる(→感染者の2%がウイルス伝播の90%に関わるということから考えると、感染拡大を抑えるという面からは完全に的外れなことをやっていたわけです。

しかし、この方針は現在まで基本的に変わっていません。そして、現在、首都圏を中心にして第5波流行の入り口に立っています。政府も分科会専門家もマスコミも、第5波、ワクチン、五輪のことは話題にしても、感染拡大抑制に向けての検査戦略についてはほとんど口にしなくなりました。検査抑制のまま東京五輪と第5波の流行を迎えることになろうしています。

1. 検査陽性率にみる検査抑制

感染者数に検査が追いついているかどうかをみるために、最もよい指標となるのは検査陽性率です。そこで、東アジア・西太平洋の諸国・地域のなかで比較的感染を抑えているシンガポール、ヴェトナム、オーストラリア、ニュージーランド、それにお隣の韓国を加えて、1年間における検査陽性率を日本と比べてみました。

図2から明らかなように、比較した国・地域のなかでは、日本は常に最も高い陽性率で推移しているのがわかります。しかも日本は圧倒的に高い陽性率であり、5%を前後を蛇行しながら、ときには10%を超えることもありました。他の国・地域では5%を超えたことはなく、おおむね3%以内に抑えられています。

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図2. 日本およびその他の東アジア・西太平洋諸国における直近1年間の検査陽性率の推移(Our World in Dataからの転載図に筆者加筆).

図1から学べることは、感染拡大の予兆を感知し、抑制のための手を打つ指標として、検査陽性率をできる限り下げることが重要であり、たとえば、陽性率3%程度が目安になるかもしれないということです。このブログでも検査陽性率3%を指標にすることは何度も言ってきました(→政府分科会が示した感染症対策の指標と目安への疑問遅すぎたそして的外れの"感染再拡大防止の新指標"の提言)。

しかし、政府分科会が感染状況のステージIII/IVの目安としてきたことと言えば、何と陽性率10%です。この10%を今年の4月まで続けていました。これでは、感染拡大の傾向に対して何か手を打ったとしても手遅れになるのは明白です。今年の4月以降この目安は変更されましたが、それでもステージIIIが5%、ステージIVが10%であり、依然としてユルユルです。

ここで図3に、感染被害が顕著な米国および英国の検査陽性率の推移を日本と比較して示します。ここから明らかなように、日本の陽性率の値と変動パターンは米国に類似していることがわかります。一方、英国はむしろ日本よりも低い陽性率で推移しています。つまり、日本の検査陽性率は世界で最多の感染者数を出している米国並みであるということです。

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図2. 日本、米国、および英国における直近1年間の検査陽性率の推移(Our World in Dataからの転載図に筆者加筆).

日本における検査陽性率の意味をよりわかりやすくするために、日本と各国・地域の人口当たりの陽性者数、死者数、および検査数と陽性率の具体的数字を比較して、表1に示します。

表1. 日本と主な国・地域(図1、2掲載)における人口当たりの陽性者数、死者数、検査数と陽性率の比較(wordometerに基づいて作成)

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表1からわかるように、米国は人口比で日本の16倍の感染者数を出しているので、自ずから検査数はそれだけ増えるわけですが、陽性率も6.8%と検査が追いついていないという状況です。とはいえ、100万人当たりの検査数は約152万件になっていますので、数字上は全国民を検査したことになり、人口比で日本の10倍以上は検査していることになります。

英国は、人口比で日本の11倍の感染者数を出しながら、100万人当たりの検査数は約313万件であり、人口の約3倍の検査数を達成しています。その結果陽性率は2.3%と低くなっています。感染対策として努力している証だと言えます。

結局日本は、検査陽性率では感染抑制に比較的成功している東アジア・西太平洋諸国の足下にも及ばず、最悪の感染大国である米国の1/16の感染者数でありながら、米国をちょっと下回る陽性率でしか検査をしていないということになります。そして、東アジア・西太平洋諸国・地域と比べると、高齢者が多いことも一因と思われますが、人口比の死者数(百万人当たり117人)が多いことが目立ちます。

もちろん日本においては、1年前よりは確実に検査は増えていますが、当初の検査抑制方針が今日に至るまでずうっと尾を引き、検査不足状態であることがわかります。それが、ステージIII/IVにおけるユルユルの検査陽性率の指標に現れておりであり、この指標のために感染が拡大してからやっと腰を上げるということになり、その後手後手の対応が重症者を増やし、そして死者数を増やしてきたということになるでしょう。

感染拡大を抑制するという面からは、陽性率はステージIIIで3%ステージIVで5%程度に設定するのが、より合理的だと言えます。

2. 首都圏の現況

検査抑制という消極的戦略が後を引いているのは、東京都の検査数にもそれが現れています。 図3に、直近2ヶ月近くの検査数と検査陽性率(1週間移動平均)の推移を示します。一見して東京都の検査数は下がり続けていることがわかり、5月上旬と比べると現在は67%の検査数しかありません。陽性率も5%前後を推移し、6月13日の3.9%と最低記録したのを最後に上昇転じ、最近は5%を超えています。

第5波に向かっているというのにどうしたことでしょう。東京五輪開催を前に、陽性者数を少なく見せようという意図でもあるのでしょうか? 

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図3. 東京都における最近の検査人数と検査陽性率の推移(東京都新型コロナウイルス感染症対策サイトより転載).

NHKのニュースは、首都圏や関西の府県において、1週間平均の感染者数が前週比で1倍を超えることを報道していました(図4)。このまま検査不足を改善できないまま、デルタ型変異ウイルスの台頭による第5波流行と感染五輪に突っ込むことになります。

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図4. 第5波に入ったことを示す感染者数の週間増加比(2021.07.02. NHK 7NEWSより).

おわりに

結局、日本は当初の検査抑制方針が尾を引き、これまで検査が足りないという問題を克服できませんでした。ステージIII/IVの感染経路不明率の50%という指標にも見られるように、きちんと追跡するという姿勢も見られません。濃厚接触の範囲も狭められたままです。ワクチンもここにきて、自治体の要望に対して供給が足りないという問題が出てきました。

7月11日に期限が切れるまん延防止措置緊急事態宣言再発出についてもどのような判断をするのか、基準が定かではありません。五輪の観客をどうするかという判断も未確定です。もう何もかもが不十分、中途半端のままです。

今、ウイルスとの戦いに敗色濃厚でありながら、なお感染五輪に向かって突き進もうとしています。太平洋戦争中の旧日本軍部のやり方の再現を見るような思いです。

引用した拙著ブログ記事

2021年5月25日 感染者の2%がウイルス伝播の90%に関わる

2021年4月15日 遅すぎたそして的外れの"感染再拡大防止の新指標"の提言

2020年8月8日 政府分科会が示した感染症対策の指標と目安への疑問

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

mRNAワクチンへの疑念ー脂質ナノ粒子が卵巣に蓄積?

はじめに

COVID-19-mRNAワクチンについては、主として安全性の面から、ツイッターなどのSNS上でさまざまな懸念や噂が広がっています。また、根拠のない明らかなデマと思われる情報までが飛び交っています。国や専門家は当然ながらこれらの噂やデマを否定し、ワクチン接種を推奨しています。河野担当大臣もデマ情報を打ち消す見解を自身のブログで示しました [1, 2]

しかし、ツイッターやブログ上での安全性への懸念のコメントは相変わらずです。新しいワクチンに対する懸念やデマはいつもあることですが、今回のmRNAワクチンは緊急使用許可された前例のないワクチンということで特別だと言えるでしょう。とくに、細胞がワクチンの生産工場となるプロセスに対する安全性の審査が行なわれないまま、接種が推奨されているということが手続き上問題だと言えます。いわば、今まさに世界中で人体実験中なわけです。

そして日本で言えば、感染リスクに対するワクチン接種の利益の程度が不明確なまま接種が行なわれています。医療従事者、高齢者、基礎疾患のある人に対するワクチン接種は利益があると思いますが、若年層、子供、妊娠可能な女性に対しては果たしてどうなのだろうか?という疑問があります。

前のブログ記事で、核酸ワクチン(とくにmRNAワクチン)に関する安全性について考察しました(→核酸ワクチンへの疑問ーマローン博士の主張を考えるCOVID-19ワクチンは妊娠、生殖への影響があるか?)。国際的な専門家による、mRNAワクチンが妊娠や生殖に及ぼす悪影響は現在のところ認められない、という見解も紹介しました。

その上で、ここではあらためてmRNAワクチンの安全性に対する疑念や噂を考えてみたいと思います。

1. ファイザーワクチンに対する噂の経緯

ファイザー社のmRNAワクチンについてSNS上で噂されている情報の一つとして、「ワクチンの脂質ナノ粒子が卵巣に蓄積する」というのがあります。

事の始まりは、ゲルフ大学オンタリオ医科大学のウイルス免疫学者、バイラム・ブライドル(Byram Bridle)博士が、ファイザー社による薬物動態研究の極秘データのコピーを入手し、それを今月(6月)初めに公開したことによります。これは日本政府に対して、ファイザーの未公開データを求める情報公開請求を行った結果、入手したものだとされています。

その少し前、彼は、カナダのラジオ番組司会者アレックス・ピアソンのインタビューに応えています。そして「私たちは大きな間違いを犯した。スパイクタンパクは優れた標的抗原だと思っていたが、それ自体が毒素であり、それを知らないまま、ワクチンとして接種することで、誤って毒素を接種してしまった」という主旨発言をしました。

このブライドル博士の発言は、SNS上でまたたく間に拡散しました。他の専門家はすぐに反応し、こぞって彼の発言内容(スパイクタンパク質は毒素)を否定しました。また、多くのファクトチェックのサイトもおおむね「誤り」という判断を下しています [3, 4, 5]。とはいえ、彼が公開したファイザー社の未公開データは疑念をもつ内容になっています。

ちなみに、遊離のスパイクタンパク質自身の毒性に関わるような状況証拠を示す論文はいくつか出ています。プレプリント段階ですが、COVID-19患者では、循環中のスパイクタンパクの存在が凝固亢進の一因となっており、線溶の障害を引き起こしている可能性が示唆されています [6]。また、スパイクタンパク質単独でもACE2を低下させ、その結果、ミトコンドリア機能を阻害することで、血管内皮細胞にダメージを与えることが報告されています [7]

6月10日、mRNAワクチン技術の生みの親であるロバート・マローン(R. Malone)博士は、進化生物学者のブレット・ワインスタイン(B. Weinstein)博士とともに、Dark Horse Podcast で3時間にわたって対談し、ファイザー社とモデルナ社のmRNAワクチンに関連する複数の安全性の懸念について議論しました。マローン博士については先のブログ記事で紹介しています(→核酸ワクチンへの疑問ーマローン博士の主張を考える

このポッドキャストでは、マローン博士、ワインスタイン博士、技術起業家のスティーブ・カーシュ氏の3人が、物議を醸した日本由来のファイザー社の薬物動態研究データの意味について触れていますが、Defenderがこれを詳しく報じています [8]

このウェブ記事によれば、ファイザー社の研究が公開される前は、規制当局やワクチン開発者は、mRNAワクチンで生成されたスパイクタンパク質は、注射された肩に留まり、生物学的活性はないと信じていたか、少なくとも表面的にはそのように装っていたようです。

ところが、ブライドル博士が入手した極秘データによれば、ワクチンの脂質ナノ粒子は、注射された三角筋に留まらず、全身を循環し、脾臓、骨髄、肝臓、副腎、そして「かなり高い濃度」で卵巣を含む臓器や組織に高濃度で蓄積されていたことを示すものだと、Defenderは伝えています。これは、開発者が主張していることとはまったく異なるものです。

2. ファイザーの薬物動態研究の内容と解釈

それでは、ブライドル博士が公開した研究コピー「ファイザー薬物動態試験概要」を、実際に見てみましょう。これは、SARS-CoV-2 mRNA Vaccine (BNT162, PF-07302048) 2.6.4 と名付けられた文書のコピーであり、レイアウトが一部崩れ、クロ塗り部分もあって見づらいですが、当該部分だけを抜き出して考えてみたいと思います。この試験の概要は厚生労働省の報告書 [9] でも見ることができます。

世の中ではmRNAワクチンと一言で表されていますが、mRNAそのものは体内で"ワクチン"の本体であるスパイクタンパクを製造するように指示するものです。実際はmRNAを脂質でコーティングした脂質ナノ粒子として、腕の筋肉内に注射します。もし脂質ナノ粒子が臓器や組織の中に見つかれば、筋肉領域に留まらず、それぞれの場所に"薬"が届いたことになります。

ファイザーはこれをラットを使った動物実験で調べています。ルシフェラーゼをコードするmRNAを一部トリチウムで標識した脂質でコーティングし、その脂質ナノ粒子をラットに筋肉注射し、各臓器や組織にどのように到達するかを調べました。脂質の分布は各臓器・組織の放射性活性をシンチレーションカウンターで測定することで確かめました。また、UPLC-質量分析で脂質の分布や分解も追跡しています。mRNAの発現はルシフェラーゼ発光のイメージングで見ています。

表1に、主な臓器での分布を抜き出して示したデータを示します。

表1. ラットに模擬mRNAワクチン(脂質ナノ粒子)を接種した後の臓器・組織内の分布(ファイザー薬物動態試験概要に基づいて筆者作表)

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脂質ナノ粒子は、当然ながら注射筋肉部分での濃度が最も高く検出されましたが、4時間以内に全身を循環する全血中に検出され、その後、肝臓、脾臓、卵巣、骨髄、リンパ節に高濃度で定着しました(表1未表示)[8]表1左からは、時間経過とともに、脂質が肝臓、脾臓、卵巣に高濃度に蓄積されていることが見てとれます。しかし、48時間までのデータしか公表されていないので、それ以降どうなっているかはわかりません。

一方、投入量に対する相対放射性活性(%)で見ると、卵巣では特に値が低くなり、最も高い48時間後の数値(0.095%)でも、注射筋肉部位での0.004%にしかすぎませんでした(表1右)。このままだと非常に低い値に思えますが、これは、臓器.組織全体の大きさ・重量の違いによって、このような現れ方になることに気をつけなければなりません。

たとえば、ラットの肝臓と卵巣では約100倍の重量差があります [10]。単純に言い換えると、絶対量として卵巣では肝臓の1/100量しか溜まりようがないのです。したがって、卵巣の放射性活性の値を100倍(あるいは重量当たりの比活性)にすることで、初めて肝臓と比較できるということになります。

そうすると、表1左にある脂質重量の相対値と近くなります。つまり、卵巣に脂質ナノ粒子が蓄積しているということは表1右のデータからも揺らぎません。

事実、ファイザーの当該文書には以下のように記述されています。

"Other than the site of administration, the liver was the highest and then detected in the spleen, adrenal and ovaries"

(投入された部位以外では、肝臓での値が最も高く、次いで脾臓、副腎、そして卵巣に検出された)

厚労省の報告書でも、「投与部位以外で放射能が認められた主な組織は、肝臓、脾臓、副腎及び卵巣であり、投与8~48時間後に最高値(それぞれ26、23、18及び12 μg lipid eq./g)を示した」となっています [9

では、「卵巣に蓄積」の噂に対してデマだと言っている河野大臣がブログ [1] でどのように書いているか見てみましょう。図1注1に示すように「卵巣では0.095%以下と肝臓と比較して著しく低くなり、ピークも48時間でした」と述べ、「蓄積というのは明らかに誤りです」と断定しています。

しかし、これらの文章は二つの点で誤謬があります。一つは「ピークが48時間」と言っているところです。48時間以上は調べられていない(公表されていない)ので正確に言えばピークは分かりようがなく、「調べられた48時間の範囲内で」と述べるべきです。

もう一つは、肝臓18%、卵巣0.095%と放射性活性比率を単純に比較して、「肝臓と比較して著しく低くなり..」と言っているところです。上述したように、肝臓と卵巣の大きさ(重量)は100倍違うので、比較するなら重量当たりの脂質量(表1左)で述べるべきでしょう。

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図1. 衆議院議員河野太郎公式サイトの「ワクチンデマについて」([1]からの抜粋に加筆).

河野大臣のブログは、「ワクチン接種で遺伝子が組換えられる」、「治験が終わっていないので安全性が確認されていない」という噂や疑問に対しても答えていますが、それぞれ正確性に欠けます。

「mRNAは細胞の核の入ることができない」というのは、一般理論上ではそうです。しかし、レトロウイルス(逆転写活性をもつRNAウイルス)がDNAに変換されてヒトゲノムの中に入ることや、RNAウイルスのレトロポジション現象が知られている事実から言うと(→新型コロナウイルスのRNAがヒトのDNAに組み込まれる)、厳密に言えば誤解を与えるメッセージです。

また、「リスクを上回る臨床的に意味のある有効性」については、リスクとしてのmRNAワクチンの重篤有害事象や死亡をほとんど評価不能として扱っている(つまりリスク評価データがない)厚生労働省の現状に基づけば、リスク/ベネフィット比(つまり、意味のある有効性)を述べることは実際難しいです。リスクを上回る意味のある有効性を言いたいなら、対象のリスクがきちんと評価されていなければなりません

有害事象が起こるということに関連して、上述したように、遺伝子情報を取り込んだ細胞でタンパク合成が起こるプロセスの安全性/有害性については、まったくヒト細胞で調べられていません。タンパク合成細胞自体が細胞性免疫の標的になる可能性(→mRNAワクチンを受けた人から抗原タンパクと抗体を検出)やスパイクタンパクの毒性を容易に想像できるにも関わらず、です。

上述した河野大臣と同じ間違いは、ワクチンのプロパガンダサイトである「こびナビ」でも見ることができます [11]

3. Defenderの記事での指摘

Defenderの記事 [8] によれば、ファイザーのデータについて、精巣には脂質の蓄積があまりないため、卵巣のシグナルは不可解である、とマローン博士は述べています。また、脂質ナノ粒子が骨髄やリンパ節からも検出されていることから、ワクチン接種者の白血病やリンパ腫のモニタリングをすべきと指摘しています。しかし、そのようなシグナルは、半年から数年先まで現れないことが多いというモニタリングの難しさがあります。

また、マローン博士によれば、通常、このようなシグナルは動物実験や長期の臨床試験で検出できるものの、今回のmRNAワクチンでは調べられていないということです。そして、オリジナルのデータパッケージにはこの薬物動態研究情報が含まれていたということですが、実際は、世界中の規制当局が保護している非開示の範囲内として処理されていたと彼は言っています。

さらに、マローン博士は、遊離型スパイクタンパクの危険性をFDAに警告した多くの科学者の一人ですが、米国食品医薬品局(FDA)はスパイクタンパク自身が生物学的に活性であり、注射部位から移動して有害事象を引き起こす可能性があることを知っていたと述べています。

可能性として考えられるが自己免疫問題であり、自由に循環するスパイクタンパクが関係しているのではないかと彼は示唆しましたが、開発者はそのようなことは起こらないと断言しています。自己免疫の可能性を明らかにするためには、ワクチンによる自己免疫の影響を監視するための3相(フェーズIII)患者の2~3年のフォローアップ期間が必要ですが、ファイザー社とモデルナ社のワクチンでは、そのような検討はなされていません。

また、ポッドキャストの対談相手であるワインスタイン博士は、ファイザー社とモデルナ社は、適切な動物実験を行っていなかったと述べています。開発者のデータには、短期的には、どこに脂質があるのか、どこにスパイクタンパクがあるのかという点で、そして有害性や死亡率等の点で憂慮すべきシグナルがあり、著しく過少報告であると考えられる理由がそこにあると述べています。

ワインスタイン博士によると、ワクチンによる潜在的な害のひとつは、ウイルス学者のヴァンデン・ボッシュ(Vanden Bossche)博士によって明るみになりました。それは、ボッシュ博士が世界保健機関WHOに対して、世界規模の大規模なワクチン接種キャンペーンによって、潜在的な「制御不能な怪物」が世界に解き放たれる可能性があると、12ページの文書で呼びかけを行なったことです。制御不能な怪物とは免疫をかわすウイルスのことです。

すなわち、ロックダウンと、世界的な大規模なワクチン接種プログラムによるウイルスへの選択圧の組み合わせにより、短期的には感染者数、入院者数、死亡者数は減少するかもしれませんが、最終的にはより懸念される免疫逃避ウイルス変異体を多く生み出すことになり、制御不能な状態になる可能性があるということです。免疫逃避が起こると、ワクチン会社はワクチンをさらに改良しようとしますが、これはさらに選択圧を高めてしまい、これまで以上に感染性が高く、死に至る可能性のある変異体を生み出すことになります。

このような免疫回避の問題は、私も含めて薬剤耐性菌の実例を知っている微生物学者ならすぐに想像がつきます。抗生物質の使用によってそれが選択圧になり、もっと強力な薬剤耐性菌を生まれるという現実は、人類が直面している大きな問題です。COVID-19ワクチンが変異体の出現を促し、感染拡大させるというのはきわめて現実的なシナリオです。

おわりに

上述したように、公開されたファイザー社の薬物動態解析データからは、mRNAを包む脂質ナノ粒子を筋肉注射されたラットが、それを卵巣を含むさまざまな臓器に蓄積することが明らかなように見えます。これはmRNAワクチンの懸念される課題として、早急にヒトの臨床研究で検討されべきでしょう。

スパイクタンパク質の毒性についても、現段階では確実な科学的証拠はなく、デマ扱いされていますが、状況証拠は毒性の疑いが濃いものになっています。mRNAや作られた抗原タンパクの体内での動態とともに、緊急の検討を要する研究課題だと思われます。

そして、利権が絡むと、ウイルス変異体に応じて臨機応変にワクチンを改良することなく、言わば在庫処分のように、繰り返しの接種(ブースター)ということで対処することになるでしょう。これは非中和抗体の産生を促し、抗体依存性増強(ADE)や自己免疫疾患に繋がる可能性もあります。

いまワクチン接種はスラムダンク状態であり、国策に対してモノを言うことは、河野大臣のブログにもあるように、容易にデマ扱いされてしまうようなタフな行為です。リスクに対する利益を盾にワクチン接種を促す声は大きいですが、上述したようにワクチン接種に関わる重篤有害事象や死亡についてはほとんど評価されておらず、そのせいでリスク/ベネフィット比を定量的に論じること自体が日本では難しいです。だからこそ、ワクチン提供側や推進派、その情宣役のメディア [2] による逆のインフォデミックには注意したいものです。

引用文献・記事

[1] 衆議院議員河野太郎公式サイト: ワクチンデマについて.2021.06.24. https://www.taro.org/2021/06/%E3%83%AF%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%9E%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6.php

[2] 籏智広太: 河野担当相、7つの「ワクチンデマ」をブログで否定。「医師にもかかわらず流す人も」と注意呼びかけ. BuzzFeed News 2021.06.24. https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/taro-kono-blog

[3] Kertscher, T.: No proof for researcher claim that COVID-19 vaccines’ spike protein is a ‘toxin’. POLITIFACT June 7, 2021. https://www.politifact.com/factchecks/2021/jun/07/facebook-posts/no-proof-researcher-claim-covid-19-vaccines-spike-/

[4] Carballo-Carbajal, I.: Byram Bridle’s claim that COVID-19 vaccines are toxic fails to account for key differences between the spike protein produced during infection and vaccination, misrepresents studies. Health Feedback June, 8, 2021. https://healthfeedback.org/claimreview/byram-bridles-claim-that-covid-19-vaccines-are-toxic-fails-to-account-for-key-differences-between-the-spike-protein-produced-during-infection-and-vaccination-misrepresents-studies/

[5] Dupuy, B.: Spike protein produced by vaccine not toxic. AP NEWS June 10, 2021. https://apnews.com/article/fact-checking-377989296609

[6] Grobbelaar, L. M. et al.: SARS-CoV-2 spike protein S1 induces fibrin(ogen) resistant to fibrinolysis: Implications for microclot formation in COVID-19. medRxiv Posted Mar. 8, 2021. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.03.05.21252960v1.full

[7] Lei, Y.: SARS-CoV-2 spike protein impairs endothelial function via downregulation of ACE 2. Cir. Res. 128, 128:1323–1326 (2021). https://doi.org/10.1161/CIRCRESAHA.121.318902 

[8] Redshaw, M.: Inventor of mRNA technology: Vaccine causes lipid nanoparticles to accumulate in ‘high concentrations’ in ovaries. Defender 2021.06.17. https://childrenshealthdefense.org/defender/mrna-technology-covid-vaccine-lipid-nanoparticles-accumulate-ovaries/

[9] 厚生労働省医薬・生活衛生局医薬品審査管理課:審議結果報告書. 2021.02.12. https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000739089.pdf

[10] 田所作太郎ら:ラットの体重の臓器重量について. 北関東医学(北関東医学会) 12(7), 250–265 (1962). https://www.jstage.jst.go.jp/article/kmj1951/12/4/12_4_250/_pdf

[11] こびナビ: ワクチンQ&A:みなさんへ. https://covnavi.jp/category/faq_public/

引用した拙著ブログ記事

2021年6月27日 COVID-19ワクチンは妊娠、生殖への影響があるか?

2021年6月26日 核酸ワクチンへの疑問ーマローン博士の主張を考える

2021年5月27日 mRNAワクチンを受けた人から抗原タンパクと抗体を検出

2021年5月15日 新型コロナウイルスのRNAがヒトのDNAに組み込まれる

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

COVID-19ワクチンは妊娠、生殖への影響があるか?

はじめに

COVID-19ワクチンについては、ネット上で様々なデマ情報が飛び交っています。最も有名になったデマ情報の一つは、2020年12月にアップされたブログ記事です。ファイザー社の上級社員が、ワクチン接種によってつくられる抗体が胎盤を攻撃する可能性があることを懸念しているというものです。この投稿はすぐに削除されましたが、またたく間にこの噂は拡散しました。

英国の市場調査会社である Find Out Now が実施した調査では、英国の若い女性の4分の1以上が、生殖能力への影響を懸念してワクチンを拒否していることがわかりました [1]。このようなワクチンと不妊を結びつける根拠のない噂は今回に始まったことではありません。2003年にはナイジェリア北部でポリオワクチンの接種がボイコットされ、最近ではヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの接種を拒否する原因にもなっています。

日本でもSNS上を中心に根拠のないワクチンのネガティヴ情報が駆け巡り、河野担当大臣がmRNAワクチンについて、わざわざ自身のブログで安全性を強調するまでになっています。ウェブメディアとしてはBuzzFeedが「ワクチンが卵巣に蓄積、不妊の原因に、は誤り」という記事を出しました [2]

ここでは、このBuzzFeedの記事やネイチャー系総説雑誌に掲載された論説 [1] を中心に参照しながら、妊娠や生殖への影響に関するmRNAワクチンの情報の受け取り方について考えてみたいと思います。

結論から言えば、国際的な専門家の見解では、mRNAワクチンが妊娠や生殖に及ぼす悪影響は現在のところ認められない、ということです。その上で、mRNAワクチンのプラットフォーム自体に問題が残されており、「mRNAワクチンは安全だ」と言っている政府、専門家やウェブサイトの情報の信憑性にも注意を要するということを指摘したいと思います。

1. 妊娠した人の臨床試験

文献 [1] の論文は、英国インペリアル・カレッジ・ロンドンの生殖免疫学の専門家であるヴィクトリア・メイル(マレ)(Victoria Male)博士によって書かれたものです。ここではこの論文の翻訳を要約しながら紹介します。

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今回の核酸ワクチンに開発における臨床試験では、妊娠中の人は除外され、参加者は妊娠しないように求められていた。ところが、それにもかかわらず、英国ではこれまでに承認された3つのワクチンの試験で57件の妊娠が発生した。そのことから、意図せずして、ワクチンの妊娠への影響を知ることになった。

それらの経過観察の結果、ワクチン接種群の偶発的な妊娠の割合は対照群と比較して有意な差はなく、少なくともこの接種群においては、ワクチンがヒトの妊娠を妨げないことがわかった。同様に、流産率も両群間で同程度であり、ワクチン接種が妊娠初期に悪影響を及ぼさないことが示唆された。

また、COVID-19ワクチンが生殖能力に害を及ぼすかどうかという疑問に対しては、臨床試験そのものから得られた回答がある。すなわち、発育・生殖毒性試験では、ワクチンがメスのげっ歯類の妊娠を妨げたり、妊娠中に投与した場合に子犬に悪影響を与えたりしないことが明確に示されている。

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2. mRNAプラットフォームの問題

メイル博士は、下記のように、mRNAワクチンのプラットフォーム自体の問題についても取り上げています。

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ワクチンによる有害事象の大部分は臨床試験でチェックされ、それを除外するような対策がとられる。しかし、COVID-19の場合は臨床試験の期間が短いため、数十年先に発生する可能性のある事象を除外することは困難である。

実際、mRNAワクチンは比較的新しいプラットフォームであるため、今、具体的に受けることをためらう人も少なくないことは事実だ。こうした懸念に関しては当初からあったが、mRNAワクチンの最初のヒト臨床試験が2006年に開始されて以来、15年の歳月を経て、やっとプラットフォーム自体に起因する長期的な問題が明るみになったと言える。

COVID-19ワクチンが生殖能力を損なう可能性があるという噂の多くは、特にmRNAワクチンを巡っての話であり、おそらくファイザー/ビオンテック社のワクチンに関連して最初に浮上したものだと思われる。

噂の元になっている具体的な主張は、SARS-CoV-2スパイクタンパク質を認識する抗体が、ヒト胎盤タンパク質であるシンシティン(sincytin)と交差反応し、それによって胎盤を損傷するというものだ。もし、このような交差反応が起こるのであれば、自然感染やスパイクタンパク質を抗原とする、あらゆるプラットフォームのワクチンが胎盤の病態に関連することが予想される。

ところが、実際の自然感染ではどうであろうか。妊娠直前または妊娠初期にSARS-CoV-2に感染した人たちはいるが、感染していない人に比べて流産する可能性が高いという事実はない。SARS-CoV-2のスパイクタンパクとシンシティン1のアミノ酸配列には有意な類似性がなく、COVID-19患者が回復した後の血清はシンシティンと反応しないと考えられる。

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ちなみに、メイル博士の論文 [1] で紹介されているシンシティンは、母体と胎児との間で栄養素、ホルモン、ガスの交換に基本的な役割を果たし、正常な胚の成長に必要とされる胎盤タンパク質です。実は、シンシティン遺伝子の配列は、ヒト内在性レトロウイルス(human endogenous retroviruses、HERVs)エンベロープ遺伝子envの配列と相同であることが知られています [3]

HERVsとは、外来のレトロウイルス(逆転写活性を有するRNAウイルス)がヒトのゲノムに組み込まれて恒久的な配列になったものと考えられており、ヒトゲノムの5〜8%を占めると推定されています。シンシティンの場合は、組み込まれたレトロウイルスの遺伝子がヒトの機能としてポジティブに利用されるようになった例と言われています。

シンシティンがレトロウイルスのエンベロープ遺伝子の産物ということで、そこからSARS-CoV-2のスパイクタンパクとシンシティンが関係するという噂が出てきたのでしょうか。それとも、メイル博士は否定していますが、実際にスパイクタンパク質とシンシティンの類似性があるのでしょうか。

3. それで妊娠や生殖への影響は? 

結論としてメイル博士は、妊娠や生殖に対してのmRNAワクチン接種の安全性は今までのデータで支持されるとしており、妊娠中の人々にワクチンをより広く展開すべきかどうかについては、今後の研究で勧告を行うことができるという立場をとっています。

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mRNAワクチンについては、まだデータは少ないが、今のところそれは安心感を与えるものである。米国では、2021年2月10日までに2万人の妊婦がCOVID-19ワクチンの接種を受けており(6月現在では12万人)、懸念されるような問題は起きていない。 また、英国では、接種者数は少ないものの、状況は似ている。このため、英国、欧州連合、米国の規制機関は、メリットが潜在的なリスクを上回る場合には、妊娠中の人にもワクチンを提供すべきであると勧告している。

ワクチン接種者の広範なモニタリングに加えて、ワクチンを接種した妊娠中の人々の集団(コンホート)を追跡する正式な研究も進行中である。これは主に安全性と有効性を確認するためのものであるが、COVID-19のワクチン接種が妊娠中に特に有効である可能性についても検討されている。

また、妊娠中のワクチン接種が胎児に影響を与えるかどうかという疑問についても、さらなる研究が行われる予定である。もちろん、これらの研究は有害な影響を排除することを目的としているが、現時点で予想される影響の多くは有益なものだ。

あるケーススタディでは、母親が妊娠中にワクチンを接種した際、新生児から抗スパイクIgGが検出されている [4]。このような現象が広く見られるのだとしたら、胎盤を介して移行した抗体は、SARS-CoV-2感染やCOVID-19に対する保護機能を新生児に与えるのだろうか。同様に、スパイクタンパクに対するワクチンによって誘発された抗体がどの程度母乳に入るのか、そしてそれが母乳で育った乳児に何らかの保護効果をもたらすのかどうか、についても研究が進められている。

妊娠中におけるワクチン接種は、これまでのデータでは安全であることが示されている。また、妊娠中の感染リスクの増加を考慮して、多くの妊娠中の人々がワクチンの接種を受け入れている。これらの人々とその赤ちゃんの結果をモニターすることで、妊娠中の人々にワクチンをより広く展開すべきかどうかについて、証拠に基づいた勧告を行うことができるようになるだろう。では、それまでの間どうするかということだが、妊娠を計画している人は、ワクチン接種が生殖能力にも悪影響を与えないことを示す複数の証拠があるので、安心してほしい。

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4. BuzzFeedの記事

今回のBuzzFeedのワクチンに関する記事内容 [2]下図)は、メイル博士の論文 [1] をも含めておおむね既出文献の内容に沿った合理的なものと言えます。とはいえ、これまでPCR検査については「抑制論」とともに散々誤謬、詭弁、デマを展開してきたウェブメディアであり、その後修正記事も一切ないということもあり、その点注意して見て行く必要があります。

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この記事で引用されている「こびナビ」というウェブサイトも同様です。新型コロナやワクチンに関する正確な情報発信を推進する日米の専門家によるプロジェクトという位置づけらしいですが、メンバーをよく見ると、BuzzFeed同様にPCR検査について誤謬やデマを飛ばしてきた人達が含まれています。

当該記事は「こびナビ」の監修の下、ファクトチェックをしたとありますが、やはりBuzzFeed、「こびナビ」自体のファクトチェックも必要ではないかと思います。彼らの主張には、そう思うほどおかしな点もあります。その一つは以下の引用1の文です。

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引用1

新型コロナワクチンにおいて、遺伝子組込みの心配は現時点で不要と考えます。海外では特殊な環境下で新型コロナウイルスに感染させた細胞において『遺伝子組込み』が生じるとした論文がありましたが、人工的に生じたエラーではないかなどと多くの専門家から批判を集めています。ヒトで実際に起きるのかについての考察やデータは示されていません。

ーーーーーーーーー

これはZangらがPNAS誌に出した論文 [5] のことだと思います。最初この論文はプレプリントサーバーであるバイオアーカイブ(bioRxiv)に投稿されましたが、内容的に穴が大きく、ヒトゲノムに組み込まれたとする配列はアーチファクト(人工の産物)を拾った結果だという批判を許しました。この経緯は先のブログ記事でも示しています(→SARS-CoV-2の遺伝子がヒトDNAと組み込まれることを裏付ける新たな証拠)。

しかし、内容を強化した論文がPNAS誌に掲載され、アーチファクトという疑念は払拭されています(→新型コロナウイルスのRNAがヒトのDNAに組み込まれる)。COVID-19患者の培養細胞からはSARS-CoV-2由来のマイナス鎖RNAが検出されています。つまり、ウイルスRNAがゲノムに取り込まれ、それが転写されているという証拠です。

新型コロナワクチンにおいて、遺伝子組込みの心配は現時点で不要」というBuzzFeedの見解はいいとして、あたかもZhangらの論文を否定するような言い方は恣意的というかミスリードでしょう。BuzzFeedによく見られる傾向です。

引用1に関連する以下の引用2の文も正しく書かれていないように思います。

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引用2

別の論文では、実際のCOVID-19に感染した患者の遺伝子配列解析結果から、感染後にも実質的にウイルスRNA配列がヒト細胞の染色体に組み込まれている現象は認められなかったとも述べられています。

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この別の論文というのが何を指しているのかよくわかりません。今年5月に Journal of Virology に掲載されたYanらの論文 [6] のことでしょうか? 

この論文では、ヒトのRNAとミバエなどの無関係な種のスパイクインRNAからRNA-seqライブラリを構築し、そのRNA-seqリードの結果から約1%が人工的にキメラ化していると推定しています。そこから、ZhangらのプレプリントにおけるSARS-CoV2のRNA-seqでは、ヒト・ウイルスのキメラ発生の頻度は、実際には、このバックグラウンドの"ノイズ"の範囲に含まれるとして、RNAウイルスのゲノムへの組み込みを否定しています。

しかし、Yanらの論文については、上記のバイオアーカイブプレプリントの掲載と同時に研究が進められたと思われ、ZhangらのPNAS論文 [5] の修正内容を見ないままに、投稿・受理されたものと思われます。事実、このPNAS論文は引用されていません。 

また、Frontiers in Microbiology に掲載された論文も、同様に、「RNA-seqデータに見られるヒト-SARS-CoV-2のキメラリードは、ライブラリの調製時に生じる可能性があり、必ずしもSARS-CoV-2の逆転写、宿主DNAへの組み込み、さらに転写を意味するものではない」と結論づけていますが、この論文もZhangらのPNAS論文を引用していません [7]

もし、BuzzFeedが言う引用2の論文がこれらの論文だとすれば、おそらく論文の内容をよく見ないまま、理解しないまま言及している可能性があります。

「こびナビ」

5. 何が問題か

まえがきで結論を述べていますが、mRNAワクチンによる妊娠や生殖への悪影響を示唆する科学的データは今のところないと思われます。一方で、上述したように、前例のないmRNAワクチンのプラットフォーム自体に関する問題があります

第一の問題は、先のブログ記事でも述べたように(→核酸ワクチンへの疑問ーマローン博士の主張を考える)、mRNAワクチンは、活性物質を投入するという本来のワクチンではなく、その前の指令書(遺伝子の転写物)を包んだ脂質ナノ粒子(LNP)注射して体内で"ワクチン"をつくらせるという"シロモノ"です。したがって、ワクチンと"遺伝子治療"の両面からの評価・規制がなされるべきだったということです。

現状は、米国FDAはmRNAワクチンに対して遺伝子治療としての審査を経ずして、緊急使用許可(Emergency Use Authorization: EUA)を与えています。つまり、1) 対象が生命を脅かす疾患である、2) ワクチンとして一定の有効性が認められる、3) ワクチンを使用した際のメリットが製品の潜在的なリスクを上回ると判断できる、4) 当該製品以外に適当な代替品がない、という面からEUA判断されたものです。

それゆえ、mRNAワクチンの誘発によるヒト体内の抗原タンパク質の生成量、残留期間、体内での循環性、スパイク自身の健康への影響などについては詳細なデータがありません。そしてmRNAを内包するLNP自体が、エクソソーム(細胞外小胞、exosome)にきわめて類似しており、後者と似たようなメカニズムで様々な臓器に取り込まれる可能性があります。しかし、その持続性や影響についてもまったくわかっていません。

このような疑問については、現段階では、どの専門家に訊いても確信をもって答えられないでしょう。今まさに、世界中で人体実験されている最中です。米国、英国、イスラエルなどでは様々な接種後の有害事象が報告されており、その中には稀ながら心筋炎や心膜炎も含まれています。これらの有害事象は現在調査中ですが、ひょっとしたらスパイク自身の影響かもしれません。

第二の問題は、これも先のブログ記事で示したように、英米のCOVID-19死者数/人口比、感染者数/人口比は日本の11〜16倍であり、リスク/ベネフィット比は日本よりも格段に低いです。ワクチンを打つ方が打たないよりもはるかに利益があるわけです。

一方、日本は現在、COVID-19死者数1万5千人のうち、20代は8人しかおらず、10代にいたってはゼロです。重症化率と死亡率が高い高齢者にとってはワクチンの利益はあると思われますが、若年層においては、ワクチンを打つことによる有害事象と死亡、将来の潜在的悪影響が不明ということを考慮して天秤にかければ、利益がそれほど高いとは思われません。

少なくとも、英米で言われているようなリスク/ベネフィット比をそのまま日本に持ち込むことは危険であり、より慎重に対処する必要があるでしょう。欧州の共同研究チームは、イスラエルでの実施調査に基づいて、ワクチン接種によって防止できる(感染の)3人の死亡に対して、ワクチン接種によって引き起こされる2人の死亡を受け入れなければならないとし、ワクチン接種政策の再考を促しています [8]。この論文における研究方法や結果の妥当性は別にして、日本においても独自のリスク/ベネフィット比を定量的に求める必要があると思われます。

第三の問題は、体格で勝る欧米人の治験結果の基準でつくられたワクチンの用量が、そのまま日本人に当てはめることができるかということです。ファイザー社ワクチン(コミナティ)の例で言えば、日本人治験データは160人分しかありません。特に日本人女性で言えば、英米男子の半分程の体重しかない場合が多いです。ポリエチレングリコールを含む脂質粒子の影響が大きかったり、余分にスパイクタンパクをつくることにならないでしょうか。

その上で、ワクチン接種はあくまでも個人の判断に委ねられるべきというのが私の現時点での見解です。その理由は、繰り返しますが、妊娠や生殖への悪影響を示す科学データはないという一方で、mRNAワクチンプラットフォーム自体の問題が残されているからです。子供の集団接種や同調圧力がかかりやすい職域接種などは避けるべきだと考えています。職場での集団接種を行なっているのは日本くらいなものでしょう。

いずれ不活化ワクチン組換えタンパク質ベースのワクチンが出てくるでしょう。それまで判断を待ってもいいような気がします。個人的には、国によるスパイクコードmRNAワクチンの集団接種プログラムは、高齢者に対してはまだしも、ほとんどの世代を対象とすることは「はやまった」政策だと考えています(→ワクチンとしてのスパイクの設計プログラムの可否 )。

おわりに

ワクチンに噂やデマ情報はつきものですが、それは健康な人に敢えて"治療"をするわけですから、当然のことと思います。しかし今回の核酸ワクチンについては、新興ワクチンということもあって様々な情報が飛び交い、ワクチンを拒否する人がけっこうな数に上り、ワクチン接種が進んだ国においても、2回接種済みが人口の5割を過ぎて頭打ちになっている場合が多いです。

mRNAワクチンの問題は上述したとおり、安全性評価が不十分な点にありますが、さらに付け加えるならば、ワクチンを推進する側の情報のいかがわしさも感じます。つまりワクチン推進側からのインフォデミックです。mRNAワクチンには分からないたくさんあるにもかかわらず、断定的に主張する推進側の情宣(ウェブ上のQ&Aサイトなど)には気をつけたいものです。

菅首相PCR検査拡大に消極的でしたがワクチンとなると途端にやる気を見せています。PCR検査抑制論を主張していた医療クラスターやメディアが、mRNAワクチンとなると一気に積極推進派に転じています。厚生労働省によればワクチン接種後の死亡例は現時点で355人となっていますが、ワクチンとの関係についてはほとんど全部が評価不能となっています。デマ情報に惑わされるなと言われても、これでは怪しさ満載です。

引用文献・記事

[1] Male, V.: Are COVID-19 vaccines safe in pregnancy? Nat. Rev. Immunol. 21, 200–201 (2021). https://www.nature.com/articles/s41577-021-00525-y?s=09

[2] 籏智広太:「ワクチンが卵巣に蓄積、不妊の原因に」は誤り。「一生妊娠できなくなる」とYouTube動画も拡散、若い女性に影響か. BuzzFeed News 2021.06.25. https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/vakzin-fc-4?utm_source=dynamic&utm_campaign=bfsharetwitter 

[3] Luganini, A. & Gribaudo, G.: Retroviruses of the human virobiota: The recycling of viral genes and the resulting advantages for human hosts during evolution. Front. Microbiol. May 28, 2020. https://doi.org/10.3389/fmicb.2020.01140

[4] Paul, G. & Chad, R.: Newborn antibodies to SARS-CoV-2 detected in cord blood after maternal vaccination – a case report. BMC Pediatrics 21, article number 138 (2021). https://bmcpediatr.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12887-021-02618-y

[5] Zhang, L. et al.: Reverse-transcribed SARS-CoV-2 RNA can integrate into the genome of cultured human cells and can be expressed in patient-derived tissues. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 118, e2105968118 (2021). https://www.pnas.org/content/118/21/e2105968118

[6] Yan, B. et al.: Host-virus chimeric events in SARS-CoV2 infected cells are infrequent and artifactual. J. Virol. May 12, 2021. https://doi.org/10.1128/JVI.00294-21 

[7] Kazachenka1, A. & Kassiotis, G.: SARS-CoV-2-Host Chimeric RNA-Sequencing Reads Do Not Necessarily Arise From Virus Integration Into the Host DNA. Front. Microbiol. June 2, 2021. https://doi.org/10.3389/fmicb.2021.676693

[8] Walach, H. et al. The safety of COVID-19 vaccinations—we should rethink the policy. Vaccines 9, 693 (2021). https://doi.org/10.3390/vaccines9070693 

引用した拙著ブログ記事

2021年6月26日 核酸ワクチンへの疑問ーマローン博士の主張を考える

2021年6月9日 ワクチンとしてのスパイクの設計プログラムの可否

2021年5月26日 SARS-CoV-2の遺伝子がヒトDNAと組み込まれることを裏付ける新たな証拠

2021年5月15日 新型コロナウイルスのRNAがヒトのDNAに組み込まれる

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

核酸ワクチンへの疑問ーマローン博士の主張を考える

カテゴリー:感染症とCOVID-19

はじめに

私は1年以上も前に、新型コロナウイルス感染症COVID-19パンデミックを終息させるものとして、ワクチンに期待するとの主旨のブログ記事を書きました(→集団免疫とワクチンーCOVID-19抑制へ向けての潮流)。そして今世界的にワクチン接種が進められているわけですが、この半年間の新たな情報を見聞きする中で、核酸(遺伝子)ワクチンについての根本的な疑問ももつようになりました。

その一つが、昨年12月にネイチャー姉妹誌に掲載された論文 [1] に驚きを受けたことです。この論文では、市販のCOVID-19スパイクのS1をマウスに注射すると、血液脳関門を容易に通過し、調べた11の脳領域すべてで確認され、脳実質空間(脳内の機能組織)に入っていくことが示されていました(→ワクチンとしてのスパイクの設計プログラムの可否)。

そのような中、最近、SNS上でRW Malone MD社のロバート・マローン(Robert W. Malone)博士の主張を見聞きする機会がありました。彼の主張は、私が抱いている疑問と重なる部分があるので、ここで紹介したいと思います。

あらかじめ断っておきますが、私は反ワクチン派ではありません。今のところ、核酸ワクチン接種は慎重にすべきであり、もし使うならリスク/ベネフィット比を十分に考慮して、高齢者や基礎疾患を持つ人から優先的に接種して、人口の50%くらい(50代より高齢の層)で留めておくべきではと考えています。年齢が若くなるほど、COVID-19よりもワクチンのリスク比が高くなると思われるからです。

現状では核酸(遺伝子)ワクチンよりも従来の不活化ワクチンを使用すべきと考えています(→ワクチンとしてのスパイクの設計プログラムの可否)。

1. 核酸ワクチンに対する疑問

ワクチンは、感染症の予防に用いる医薬品であり、感染症に対する免疫を獲得させるものです。従来の考えでは、対象となる病原体から作られた無毒化あるいは弱毒化されたものを抗原として接種することで、体内の病原体に対する抗体産生を促すものです。最近ではインフルエンザワクチンに見られるように、組換えタンパク質を抗原として注射するという方法に変わってきました。

ところが現在用いられているファイザー/ビオンテック社のワクチン(コミナティ)やモデルナ社のワクチンは、抗原を投与するのではなく、その指令書であるmRNAを脂質の膜に包んで注射するというものです。いわば、私たちの体をダマして、抗原であるタンパク質(ワクチン本体)を作らせるということであり、前例のない"ワクチン"です。

また、今回のワクチン開発は、ワープスピード作戦という、製造と治験を同時平行で行ない、従来の1/6に開発期間を短縮するという前例のないプロセスで進められました。しかもこの作戦を言い出したのが、およそ科学とは縁がないトランプ大統領であり、開発の総指揮をとったのが軍人です。

おそらく、十分な科学的根拠に基づいて進めるというよりも、スピード重視と政治的思惑で戦略的に行なわれた感があります。感染拡大が世界一顕著であった米国にとって、リスク・ベネフィット比で少しでも後者が上回れば、それで作戦成功ということになるのでしょう。

しかし、一般的にワクチンとして成立するためには、十分な治験に基づく安全性と副反応に関する基礎データが必要であり、それに基づいて規制もかけられるべきだと思います。核酸ワクチンについては、個人的に以下の6点が、実用化の前提条件になると考えてきました。

・抗原となるタンパク量を制御できること

・生成したタンパクが注射部位の細胞に留まること

・スパイクタンパク質自身に毒性がないこと

・変異したタンパクができないこと

・mRNAやスパイクタンパク質が長時間残留しないこと

・mRNAを包むポリエチレングリコールの安全性

まず、タンパク量を制御できるかどうかという点ですが、従来の不活化ワクチンや組換えタンパクであれば、接種量は一定となり、注射後はそれ以上体内で増えることはなく、分解して行くだけです。一方、mRNAワクチンはどれだけ翻訳活性があるか、それが持続するかに依存しますので、個人差がきわめて大きいと考えられます。そして、タンパク合成を行なう細胞自身が、持続性が高いほど、そしてその範囲が広いほど、自己免疫系の標的となる可能性があります。

この面で作られる中和抗体と同様に、作られる抗原タンパクの量、その行方、残留期間も調べられる必要があると思います。さらには、ポリエチレングリコールを含む脂質ナノ粒子(LNP)の安全性も問題になります。

しかしながら、すでにmRNAワクチンの集団接種プログラムが進行しているにも関わらず、上記の6点について公表された有力な科学的な知見はほとんどないように思います。これが私が疑問に思っていることです。

2. マローン博士の主張

RW Malone MDのウェブサイト [2] によると、マローン博士はin-vivoトランスフェクション実験を設計・開発し、mRNAワクチン接種に関する多くの論文と10件以上の特許を取得したとあります(下図)。そして、バイオディフェンス、臨床試験開発、リスク分析などの分野でコンサルティングと分析を行うRW Malone MD社を設立したとあり、2001年10月の設立以来、同社の最高経営責任者を務めています。また、様々な准教授職、ディレクター職、編集者職を歴任してるようです。

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マローン博士は、最近、タッカー・カールソンのフォックス・ニュース・ショーへ出演し、それに続くデイリー・メール紙によるインタビューが記事で紹介され、一躍注目されるようになりました [3]。それは彼自身がmRNAワクチン、DNAワクチン、脂質を介したネイキッドRNAトランスフェクション技術を発明したと述べているからです。

フォックス・ニュースでカールソン氏は、マローン博士がmRNAワクチンに関する専門家として「最も適格な唯一の人物」であると紹介しました。それは彼が関連技術に精通しているからです。ただ、T. カールソンという気候変動の影響も否定するような司会者のコテコテの保守系メディアでの紹介ですから、おそらくそちらの筋から刺激的に伝えられたのだろうと推測します。デマ情報を得意とするデイリー・メールでの記事も然りです。

とはいえ、マローン博士の発言の主旨は、「人々はワクチンを受け入れるかどうかを決める権利がある。なぜなら、これは実験的なワクチン(experimental vaccines)であるから」ということです [3]。これは個人的に一聴に値すると思います。

しかし、彼の主張はワクチン推進派や科学者からは異端視されてようです。そして、彼がCOVID-19のmRNAワクチン技術の発明者であるという主張は、関連する知的財産権の状況を報告している研究者によって受け入れられていません [3]。とはいえ、マローン博士は、大学院生時代にmRNAワクチンやmRNA治療薬開発の先駆けとなる研究成果を上げ、1989年に論文として発表してします [4]

マローン博士は、昨日、以下のようにツイッター上で核酸ワクチンを遺伝子治療ベースのワクチン(gene therapy-based vaccines)と形容しながら、リンクトイン(Linkedin)に「なぜそのように呼ぶべきか」についての彼の解答を示しています。

マローン博士がワクチンを遺伝子治療と呼んでいるところは、mRNAワクチンの潜在的悪影響を指摘したセネフらの論文と同じです(→mRNAワクチン接種は実験的遺伝子治療?)。ここでリンクトインに示された彼の見解を紹介したいと思います。

核酸ワクチンはいずれも、ワクチンを受ける人の細胞に外来の遺伝子を導入し、その細胞を体内でワクチン抗原を製造するミニチュア工場にするという技術を採用しています。これがなぜ問題なのかというと、ワクチンとしての「活性物質」は遺伝子治療ベクターではなく、接種後に細胞内で製造されるタンパク質だからだ、とマローン博士は述べています。

そのため、彼が強調していることは、米国食品医薬品局(FDA)による認可・規制の観点からは、従来のワクチンの審査にはない、「遺伝子治療」製品に適用される規制「ワクチン」に適用される規制の両面から、これらの製品を審査する必要があったということです。 つまり、FDAは、ワクチンを受けた人の体内で、どのくらいの量のスパイクがどのくらいの期間作られているかについて十分に把握されているかを主張すべきであったということです。これは簡単なことですが、 とても重要なことです。

しかし、FDAはそのように考えてはいなかった、あるいは考えようとはしなかった、 これらの製品を他のワクチンと同じように扱ったのだと、マローン博士は指摘しています。

この背景として、FDAには既存のチェックリストがあり、かつ彼らの考え方では、製剤化されたmRNAとアデノウイルスベクターが有効な医薬品であるという認識がありました。すなわち、製品開発者に対して、抗原となるスパイクが体内でどれくらいの量、どれくらいの期間生成されるのかを特性評価することを要求する必要はなかったのだ、と加えて述べています。

様々な抗原を発現する組換えアデノウイルスベクターワクチンは、何年も前からヒトの臨床試験で研究されています。 ところが、それらのワクチンによって引き起こされた凝固の問題については、知られていない(知らなかった)、だから、今回の凝固との問題は、抗原にあると結論づけるのが妥当であると、彼は述べています。

ただし、2007年に発表された論文では、外来性(細胞外)のRNAによって血液凝固促進反応が引き起こされることが報告されています [5]。この論文で示されているのはウサギを使った実験なのですが、真核生物および原核生物のさまざまな形態のRNAが血液凝固のプロモーターとして機能するという証拠が得られています。

最後にマローン博士は、FDAは開発者に対して、スパイクの量や生産期間に加えて、生成されたスパイクタンパク質が生物学的に活性ではないこと、そのレベルが安全であること、ACE2と結合しないこと、血液脳関門を通らないこと、細胞毒性がないことなどを証明することを要求すべきだったと強調しています。同じ論理がmRNAワクチンにも当てはまります。

マローン博士は、このような彼の見解の上に、スパイクタンパク質について細胞毒性や体内循環の可能性があるというニュアンスでメディア、SNS上で主張しているようです。

3. マローン博士の主張の否定

ロイター通信は、マローン博士らが主張する「mRNAワクチンにつくるスパイクタンパク質には細胞毒性がある」ということについて、最近、ファクトチェックを行ないました [3]。結論として、COVID-19ワクチンのスパイクタンパク質が細胞毒性を持つという証拠はないということになりました。この結論は、他の多くの情報源によっても裏付けられていると伝えており、マローン博士らの主張が最初にある程度の支持を得た理由も説明されています。

さらに、医薬品開発に携わる有機化学者デレク・ロウ(Derek Lowe)博士は最近発表した論説で中で、マローン博士の「スパイクが駆け巡る」という主張を否定し、疑念を振り払っています [6]。この論説には現時点で420もの賛否両論のコメントが寄せられており、関心の高さがうかがわれます。

この論説では、ワクチンは筋肉注射であり、静脈内ではないので、スパイクタンパクが被接種者の血流中を「自由にさまよう」ことはありえないと述べられています。言い換えると、注射部位に静脈や動脈が当たりやすいことを避けるために、三角筋のような厚い筋肉組織をターゲットにしているとしています。

そして、このタンパク質は、実際のコロナウイルス感染症で起こるように、感染力のあるウイルス粒子に組み立てられるのではなく、細胞の表面に移動し、そこに留まっているとし、そこで細胞表面に侵入した異常なタンパク質として、免疫系に認識されるとしています。

スパイクタンパク質は、膜貫通型のアンカー領域を持っているため固定化され、それだけでは血流中を自由に歩き回ることはできないと述べています。ウイルスの中でも、人間の細胞でも同じだと指摘しています。

しかし、ロウ博士が言っていることが当たらないことは、文献 [1の研究結果がありますし、mRNAワクチンを受けた人の血液から、S1やスパイクタンパク質が長期間にわたって検出されている事例もあります。これらについては先のブログ記事(→mRNAワクチンを受けた人から抗原タンパクと抗体を検出)で紹介したとおりです。

おわりに

フォックス・ニュースやデイリー・メールにマローン博士が応えていることはいかにも怪しげな感じは受けますし、彼の主張が米国でデマ扱いされている現状も見え隠れします。しかし、彼がリンクトインで言っていることは、私が普段から思っていたことと重なる部分が多く、誰もが思う疑問ではないでしょうか。

彼による「実験的ワクチン」という形容はまさに言い当てているというべきであり、mRNAワクチンの特に安全性に関する手続きの不完全さを物語っているように思います。にもかかわらず、日本では海外で開発された核酸ワクチンの接種を、ほぼ無条件で脇目もふらずに進めている現状は心配になります。

そもそも米英と日本のワクチンについてのリスク/ベネフィット比は異なるはずです。100万人当たりのCOVID-19の死者数は米国1860人、英国1877人に対して日本は116人です(2021年6月25日時点)。すなわち、米英は日本の約16倍の死者数/人口比になります。同様に100万人当たりの感染者数でみると米国16.5倍、英国11倍になります。 ワクチン接種に伴う有害事象や死亡が同じように起こるとすれば、日本におけるリスク/ベネフィット比は米英に比べて格段に高くなります。そしてCOVID-19死亡例が少ない若い人ほどリスクは高くなります。

しかも、欧米人の治験に基づいて決められたワクチンの用量が、人種・体格などが違う日本人(特に女性や子供)にそのまま当てはめられていることも疑問に感じざるを得ません。

そして、そもそも重症化リスクを減らすために進められているワクチン接種が、日本ではあたかもそれで感染・伝播させないような(あなたの家族や周囲の人達を守りましょう的な)プロパガンダ風の言い方をされているのは問題だと思います。

引用文献・記事

[1] Rhea, E. M.: The S1 protein of SARS-CoV-2 crosses the blood–brain barrier in mice. Nat. Neurosci. 24, 368–378 (2021). https://www.nature.com/articles/s41593-020-00771-8

[2] RW Malone MD. https://www.rwmalonemd.com/

[3] Cooke, B.: Who is Dr Robert Malone? Meet the physician who invented MRNA technology. The Focus 2021.06.25. https://www.thefocus.news/lifestyle/who-is-dr-robert-malone/

[4] Malone, R. W. et al.: Cationic liposome-mediated RNA transfection. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 86, 6077-6081 (1989). https://doi.org/10.1073/pnas.86.16.6077

[5] Kannemeier, C. et al.: Extracellular RNA constitutes a natural procoagulant cofactor in blood coagulation. Proc. Natl. Acd. Sci. USA. 104, 6388-6393 (2007). https://doi.org/10.1073/pnas.0608647104

[6] Lowe, D: Spike protein behavior. Sci. Trans. Med. May 4, 2021. https://blogs.sciencemag.org/pipeline/archives/2021/05/04/spike-protein-behavior

引用した拙著ブログ記事

2021年6月9日 ワクチンとしてのスパイクの設計プログラムの可否

2021年6月4日 mRNAワクチン接種は実験的遺伝子治療?

2021年5月27日 mRNAワクチンを受けた人から抗原タンパクと抗体を検出

2020年3月21日 集団免疫とワクチンーCOVID-19抑制へ向けての潮流

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

下げ止まりの時こそ行なうべき強化策

前のブログ記事(→感染五輪の様相を呈してきた)で、このまま6月20日緊急事態宣言が解除されて東京五輪が開催されれば、デルタ型変異ウイルスによるリバウンド(感染拡大)につながる感染五輪になることを指摘しました。感染拡大を表面的に抑える効果的対策はワクチン接種ですが、接種が進むであろう高齢者の発症と重症化を防ぐ効果はあっても、それ以外にはとても間に合いそうもありませんし、ワクチン作戦に感染抑制効果としての過大な期待を寄せることも禁物です。

今は全国的に新規感染者に減少しつつありますが、東京では下げ止まりの傾向が見られ、20–30代に限ればすでにリバウンドが始まっているようです。こういう時だからこそ、今のうちに政府や東京都は強化策を打ち出し、五輪開催による人流増加に伴う感染被害を最小限に留める必要があるでしょう。

図1は東京都の新規陽性者数の推移を示します。これまで4回のピークを示す流行の波がありましたが、その谷間にある期間の週間移動平均最低値は昨年の5月で約20人、10月で約150人、今年3月で約300人であり、現在は約380人です。このように谷間のバックグランド値は流行を重ねるごとに高くなっており、かつ間隔が短くなっています

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図1. 東京都における新規陽性者数の推移(2021.06.14. テレビ朝日「モーニングショー」より、筆者加筆).

流行の谷間の値が高ければ高いほど次にくる流行ピークは高くなる傾向にありますが、第4波は第3波ほどの高さにはなりませんでした。これは、東京では緊急事態宣言の発出が早めに行なわれたことで人流がある程度抑制されたことと、N501Y変異ウイルス(アルファ変異体)の侵入が遅れたためと考えられます。

一方で、緊急事態発出が遅れた大阪や周囲の関西県では、最悪の感染拡大と医療崩壊を招きました。感染流行の下げ止まりのときに緊急宣言を解除したまま何も強化策を打たなければリバウンドを招くと、このブログでも警鐘を鳴らしましたが(大阪府の勘違い−緊急事態宣言解除要請緊急事態宣言解除後の感染急拡大への懸念)、残念ながらそのとおりになってしまいました。

ここに強い教訓があります。感染がまん延してしまえば積極的疫学調査による追跡・検査はお手上げ状態になります。感染者数が少なくなった時こそ、この調査を拡大する残されたチャンスと言えます。ではどのように行なうべきか、ここで考えてみたいと思います。防疫対策として追跡・検査をする場合の重要な点は以下の4点です。

一つ目は現行の濃厚接触の定義の縛りを外して、マスク着用に関わらず一次感染者と15分以上の接触していた人にまで検査を広げるべきです。不思議なことに、現在はマスク着用していれば濃厚接触者に該当しません。感染力の強い変異ウイルスによる空気感染の可能性を考えれば、これはおかしいですし、この縛りによって被害を拡大しかねません。

5月には「感染者の85%がマスクなしで会話や飲食で感染」と福井県知事が発言し、菅首相が大いに参考にすべきと賞賛していましたが [1]、何のことはない、マスクをしていれば濃厚接触者になりませんので最初から調べていない可能性が高いのです。自ずから検出される陽性者の大部分はマスクなしになります。

二つ目は、これはもう1年以上前から指摘していますが(→あらためて日本のPCR検査方針への疑問)、スーパースプレッダーが発生した周辺は、濃厚接触者に関わりなく、面的に徹底的に調べることです。スーパースプレッダーかどうかは、リアルタイムPCR閾値サイクル数(Ct値)である程度判断できます。たとえばCt値20以下の陽性者が発生した場合には、濃厚接触者のみならず、その陽性者の職場や関係する場所にまで検査対象を広げることが重要です。

前のブログ記事(→感染者の2%がウイルス伝播の90%に関わる)でも紹介したように、ウイルス感染の90%は、たった2%の無症状のスーパースプレッダーによって拡散している可能性があります [2]。ここを抑えるのが肝です。日本のクラスター対策も同様な理屈によるものですが、クラスター発生という事後になって対応していることと、検査を限定してクラスター周辺に面的に広げていないことが失敗でした。クラスター発生にかかわらず、低いCt値を有する感染者を検出できたら、即座にその周辺を徹底的に調べるということが重要です。

この方法を効果的にするものとしてブール式検査があります。コスト的にもメリットがありますが、採用している自治体はほとんどないようです。陽性率が低いブール検査では、簡易抗原検査よりもむしろコスト安になる可能性があります。

三つ目は、検査・追跡の機能していることを保障する指標としての検査陽性率をできる限り下げることです。世界保健機構(WHO)は、たとえば、流行を制御できている陽性率として5%を挙げていますが、できれば3%以下にすることが望ましいです。このためには一定水準の検査数を維持する必要がありますが、なぜか東京都は5月のピーク時から検査数を減らし続けており(図2左)、減少率は1週間の移動平均で約30%にもなります。陽性率も4%と依然として高いです(図2右)。

東京都の場合、いま400人前後の新規陽性者数だとすれば、陽性率3%とするには1日13,000件以上の検査数を維持することが必要になります。

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図2. 東京都における検査数と陽性率の推移(2021.06.14. TBSテレビ「Nスタ」より) .

陽性率を下げるためには(つまり、検査不足を解消してより幅広く感染者を見つけ出すためには)、保健所を通す行政検査のあり方を見直すことも考えられます。濃厚接触者に近い疑いのある人に対しては保健所の判断を待たなくとも検査に回すとか、市中の民間検査の検査数と陽性結果を届け出制にして、行政検査のシステムに紐づけるということが考えられます。

四つ目は変異ウイルスの検査対象を拡大し、監視体制を強化することです。現在の陽性者中のデルタ型変異ウイルス検査割合はまったく足らず、デルタ型や他の変異型の広がり方を察知する体勢になっていません。陽性者の半分は検査する必要があるでしょう。そして、スーパースプレッダー周辺およびデルタ型検出周辺の検査を徹底的に追跡・検査することが重要です。

加えて、変異ウイルスのゲノム解析の割合を高めることが必要です。とくに検疫での陽性者、スーパースプレッダー、長期入院のウイルス排出者(免疫不全者など)などの集中的な追跡解析が考えられます。日本は英国などと比べるとゲノム解析による変異体の監視体制が脆弱です。国立感染症研究所、大学病院、自治体の衛生研究所、民間検査会社をネットワーク化して、迅速なゲノム解析と情報共有を行なうべきですが、現状はどうなのでしょうか。

いずれにせよ、第5波はデルタ変異体による感染流行になることは確実であり、早期情報共有、早期介入、早期対策が、少しでも被害を少なくする鍵になります。

現在、東京都の新規陽性者の6割以上は感染経路不明であり、上述したように、年代別では20代の感染者が増加しています。これは行動範囲の広い若者が、たとえマスクをしていたにもかかわらず、どこで感染したかわからないというケースが増えていることを暗示します。空気感染を起こす、伝播力の強いデルタ変異体の感染がひそかに広がっている状況を示しているのではないでしょうか。

この状況を考えると、従来の3密などのクラスターが発生しやすい場所だけに拘泥していると、デルタ型による空気感染の広がりを見過ごしてしまうこともなりかねません。満員電車、デパートなどの商業施設、競技スタジアムなどの人が集まりやすい場所について今まで以上に気をつける必要があると思います。

商業施設では、仮にお客同士のクラスターが発生していたとしてもわかりようがありません。しかし、空気感染どころか"fleeting" infection(すれ違い感染)にさえ注意しなくてはならないかもしれません。商業施設では、店員に伝播してクラスターが検出されるようになってからでは遅いです。たとえば、デパートの地下売り場などの人が混む場所では、換気対策、お客数の制限など強化する必要があるでしょう。

菅首相の頭には、感染対策としてもうワクチンしかありません。そして、マスコミのワクチン接種加速の報道が、すぐにでも感染拡大抑制に向かうような国民への誤ったメッセージにもなりかねない状況です。ワクチンでは、これから本格化するデルタ型ウイルスの流行は抑えられません。そもそも現行のワクチン戦略は、感染拡大抑制には通用しないのです。

ワクチンどころか、今早急にやらなければいけない重要なことは、上記の検査・追跡に加えて医療供給体制の強化と保健所の担当部署の増員です。今からでもよいので、新型コロナの治療に携わってこなかった医療従事者(たとえば開業医)を感染・医療対策に組み込むことや、自宅療養と入院の間を繋ぐ、治療を可能とする臨時の大規模宿泊療養施設、あるいは臨時病院の設置・拡大を行なうべきでしょう保健所がひっ迫することも目に見えていて、増員は喫緊の課題です。医療資源・医療従事者を五輪につぎ込むことには熱心なのに、この点についてはまだ動きが鈍いです。

政府や五輪組織員会は、どうも観客を入れた五輪開催に突き進もうとしています。マスコミや専門家の口から出てくるそれらに対する感染対策も、有観客にするか、無観客にするか、人流をどうするかなどに焦点が当てられ、検査・追跡の拡大や医療提供体制の強化は忘れられている感さえあります。

政府は緊急事態宣言解除の後はまん延防止措置で対応しようとしているようですが、上記のような検査・追跡の強化策がなければ、必ずや、解除後の人流増加とともに1ヶ月以内に本格的なリバウンドを許すことになるでしょう。それもデルタ型変異ウイルスによる強烈な感染拡大になるはずです。まさに、デルタウイルス蔓延の中でお祭り騒ぎをしている感染五輪と化すことでしょう。もうその兆候は出ています。

切望することは、制御不能なくらいに感染拡大して時すでに遅しとならないことですが、やっぱり今の政府では期待できないのでしょうね。

引用文献・記事

[1] NHK NEWS WEB: 福井県 感染者の85%がマスクなしで会話や飲食で感染か. 2021.05.15. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210515/k10013033081000.html

[2] Yang, Q. et al.: Just 2% of SARS-CoV-2−positive individuals carry 90% of the virus circulating in communities. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 118, e2104547118 (2021). https://doi.org/10.1073/pnas.2104547118

引用した拙著ブログ記事

2021年6月13日 感染五輪の様相を呈してきた

2021年5月25日 感染者の2%がウイルス伝播の90%に関わる

2021年3月23日 緊急事態宣言解除後の感染急拡大への懸念

2021年2月25日 大阪府の勘違い−緊急事態宣言解除要請

2020年4月6日 あらためて日本のPCR検査方針への疑問

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19