はじめに
先月(2021年6月)下旬、日本経済新聞が「ワクチン拒否は1割 全国ネット調査、若い女性目立つ」という記事 [1] を配信しているのが目に留まりました。この記事は、国立精神・神経医療研究センターによる新型コロナウイルスワクチンに関するインターネット調査の結果を紹介したもので、「接種したくない」理由として副作用への懸念が7割を占め、特に若い女性でワクチンをためらう傾向がみられた、と伝えていました。
この時は、「そんなものだろう」とあまり気に留めないで流し読みしていたのですが、数日後に時事メディカルが、この調査結果を引用記事 [2] 付きでツイートしてしているのを見て、少し驚きました。なぜなら「一人暮らし、低所得(年収100万円未満)、学歴が中学校または短期大学/専門学校卒業の者も(ワクチン)忌避率が高かった」と記していたからです。
本当にそうなのか?と思いつつ、引用されていた国立精神・神経医療研究センターの原著論文 [3] を当たってみました。そうしたら、どうやら、この元論文のミスリードぶりがわかってきました。このブログ記事でそれを指摘したいと思います。
1. 時事メディカルの記事
時事メディカルの当該ツイートを以下にリンクします。このツイートには「新型コロナワクチン拒否、その理由は?」という題目のウェブ記事が引用されています。
ワクチン忌避に関わる要因については、政府やコロナ政策への不信感がある者や、重度の気分の落ち込みがある者で忌避率が高かった。また、一人暮らし、低所得(年収100万円未満)、学歴が中学校または短期大学/専門学校卒業の者も忌避率が高かった。#ワクチン #コロナhttps://t.co/qExGC1exUx pic.twitter.com/g2oLWAeuIn
— 時事メディカル (@jijimedical) 2021年6月29日
上記ツイートは、このブログを書いている時点で、引用ツイートも含めて3千以上リツイートされ、「いいね」も2千以上押されていますので、情報がそれなりに拡散し、影響を与えていることが考えられます。
引用されている記事 [2] を見ましたが、この記事自体は原著 [3] の内容をほぼ正確に伝えていました。ただ、当該原著もこの記事も、mRNAワクチンプラットフォーム自体の問題(前例がなく、"遺伝子治療"の審査なしで緊急使用許可 [EUA] されたワクチン)はスルーしているので、それに帰因する受け手の不安感は全く考慮されていません。
その前提しての大きな問題はありますが、原著論文の内容をチェックしながら問題点をあげて行きたいと思います。
2. Okuboらの論文の概要
当該論文 [3] は国立精神・神経医療研究センターの大久保亮臨床研究計画・解析室長を筆頭著者として、VaccinesというMDPIの電子ジャーナルに掲載されたものであり、ワクチン推進の立場から書かれた論文です。
余談ですが、MDPI系雑誌はかつて”ハゲタカ”ジャーナルとも揶揄され(時事メディカルのツイートに対してもそういうリプが見られました)、審査よりも営利(掲載料金)を優先していると言われた時期もありましたが、今では電子ジャーナル分野の一角を担う地位を確立しています。Vanccine自身も今ではそれなりのインパクトファクター(IF=4.422 [2020])が付与されており、一定の評価を得ているようです。
今回のOkuboらの論文では、日本の全都道府県をカバーする大規模なサンプル(N = 26,000)について、インターネット調査によってデータ収集されました。その結果、日本人におけるCOVID-19ワクチンのためらいは調査対象の11.3%に見られ、忌避の割合は、若年層や女性回答者で高いと述べられています。COVID-19ワクチンをためらう理由のトップは、副反応への懸念で、70%以上の人が言及しており、次いでワクチンの有効性への疑問が20%と示されています。
躊躇する要因としては、女性であること、一人暮らしであること、社会経済的地位が低いこと、重度の心理的苦痛があることなどが挙げられ、若年層よりも高年齢層の方が顕著であったと述べられています。
COVID-19 ワクチンの接種をためらう年齢層別オッズ比をみると、以下のようになりました。
若年層(20-39歳*1)の回答者における有意に関連する因子は、低所得、既婚、一人暮らし、飲酒中、合併症(高血圧、糖尿病、喘息またはCOPD、慢性疼痛)の有無、コロナ死への恐怖、政府への不信感、重度の心理的苦痛の有無でした。
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*1 本文では20–39歳となっているが、方法や表の記載では15–39歳と示されているので記述ミスだと思われる。
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中年層(40-64歳)では、低所得、既婚、一人暮らし、医療関係以外の職業、食品産業での必須業務以外の職業、飲酒中、合併症(糖尿病、慢性疼痛、精神疾患)の有無」コロナ死への恐怖、政府のへの不信感、重度の心理的苦痛の有無、が重要な要素となりました。
高齢者(65-79歳)では、女性、低所得、既婚、一人暮らし、医療関係以外の職業、食品関係以外の職業、低学歴、アルコール依存症、合併症(糖尿病、心血管疾患、がん、慢性疼痛、精神疾患)の有無、COVID-19の感染歴、COVID-19による死への恐怖、政府への不信感、COVID-19に感染することが恥ずかしいと思うこと、重度の心理的苦痛があることが因子として抽出されました。
論文の考察では、上記に加えて、政府への不信感やCOVID-19に関する政策への不信感も、接種をためらう要因として観察され、これは過去の研究と一致していると述べています。この要因のオッズ分析については、時事メディカルの記事にもグラフで示されています [2]。
さらに、既出の論文 [4] を引用して、COVID-19ワクチンに特有のためらいの理由としては、mRNAの投与という新しいメカニズムを採用していることや、ワクチン接種の承認プロセスが早いことなどが挙げられるとしています。これは、mRNAワクチンプラットフォーム自身の問題ですが、それ以上は論文では触れられていません。
さらに、COVID-19の誤報・不評、政治家の行動の影響、血液凝固異常などの観察された副作用などについては、ワクチン躊躇の変動に関連する要因は評価されていません。
結論として、本論文は、COVID-19ワクチンの接種をためらう要因としては、性別が女性であること、一人暮らしであること、社会経済的地位が低いこと、特に高齢者では重度の心理的苦痛があることが挙げられるとし、これらの要因を持つ人々にワクチンを確実に届けるために、十分な対策を講じる必要がある、と結んでいます。
3. 論文の結論の問題点
上記論文の結論をみると、あたかも、社会経済的地位の低い一人暮らしの女性が、COVID-19ワクチンに消極的であるような印象を受けます。果たしてそうでしょうか? ここでもう一度、論文のデータを精査してみたいと思います。
表1に、ワクチンためらいの因子としての、低所得(年収100万円以下)、既婚、一人暮らしのオッズ比を論文から拾って、年齢別に並べてみました。そうすると、確かに低所得と一人暮らしは、いずれの年齢層でも1.0を大きく超え、特に高齢層で低所得と一人暮らしが顕著です。
表1. ワクチンためらいの因子としての、年齢層による低所得(年収100万円以下)、既婚、一人暮らしの調整オッズ比(文献 [3] に基づいて作表)
ここで低所得者層とされた年収100万円以下の女性の生活水準を考えてみましょう。端的に言えば、年収100万円以下で生活できるのかという疑問が出てきます。 不可能ではないにしても、一部自給自足に頼るか、よほど切り詰めた生活をするかでないと無理でしょう。実質困難だと思われます。
そこでこの低所得で暮らしができる条件を想定するならば、これは、親などに養ってもらっている高校生や大学生、あるいは夫や同居者の収入に全部あるいは一部頼って生活している女性(妻)というポジションしか考えられません。つまり、低所得ではあるけど、必ずしも生活水準は低くないということになります。場合によっては世帯としては富裕層であることも考えられます。少なくともインターネットを利用できる環境にはある人たちです。
したがって、100万円以下の年収の女性を「社会経済的地位が低い」と言うには語弊があり、それを論文では一律に低所得者層と扱っていることが問題なのです。
次に、一人暮らしを考えてみましょう。一人暮らしをするためには、ある程度の年収が必要です。あるいは、相当の仕送り(援助)をしてもらうかです。とても100万円以下の年収では一人暮らしはできないでしょう。したがって、因子として挙げられている低所得と一人暮らしは結びつきません。
しかし、一義的に、女性であること、一人暮らしであること、社会経済的地位が低いことをワクチンへの忌避の因子として並列的に記述すると、「低所得=低い生活水準の一人暮らしの女性がワクチンを忌避している」という大きなミスリードになる可能性があります。
次に、学歴をみてみましょう。論文中のTable S5の一部分を抜き出して加筆したのが図1です。大卒を対象としたオッズ比では、15–64歳まではそれほど顕著な傾向はありませんが、65–79歳では中卒、高卒、短大卒のオッズ比が高くなり、高齢層の低学歴が因子として見てとれます。
ただ、95%信頼区間をみると、全年代層において、大学院修了(修士、博士)のオッズ比の上限値が低学歴と比べて比較的高いこともわかります。低学歴がワクチンためらいの因子の一つだとしても、高学歴(とくに博士)についてもより詳細な調査が必要でしょう。
図1. ワクチンのためらいに対する因子として年齢別における学歴(文献 [3] からの転載に加筆).
私の知り合いでもワクチン接種を忌避する人達がいますが、学歴はすべて大学院修了(博士)です。そして、ワクチンに関する論文をよく読み、mRNAワクチンプラットフォームの欠陥や遺伝子治療の面の審査が行なわれていないことを問題視し、日本の政府や医者のワクチン妄信ぶりを批判しています。
おわりに
Okuboらの論文で言われている「ワクチンへのためらい」の因子としての「低所得者層」は、インターネット調査の回答を直接見ただけではそうなりますが、これは生活水準、社会経済的地位の低い人がワクチンに消極的ということを意味するものではありません。しかし、論文の結論の書き方ではそう思えてしまうことに問題があります。
あらためて、上記の時事メディカルのツイートをみると「ワクチン忌避に関わる要因については、政府やコロナ政策への不信感がある者や、重度の気分の落ち込みがある者で忌避率が高かった」はよしとしても、「一人暮らし、低所得(年収100万円未満)、学歴が中学校または短期大学/専門学校卒業の者も忌避率が高かった」という書き方は問題でしょう。
あたかも、一人暮らしで社会経済的地位が低い低学歴の人たちだけがワクチンを嫌っているように見えますが、これはミスリードです。
引用文献・記事
[1] 日本経済新聞: ワクチン拒否は1割 全国ネット調査、若い女性目立つ. 2021.06.25. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE251BP0V20C21A6000000/?n_cid=SNSTW001&n_tw=1624610622
[2] 安部重範: 新型コロナワクチン拒否、その理由は? Medical Tribune/時事メディカル 2021.06.28. https://medical.jiji.com/news/44651
[3] Okubo, R. et al.: COVID-19 vaccine hesitancy and its associated factors in Japan. Vaccines 9, 662 (2021). https://doi.org/10.3390/vaccines9060662
[4] Lin, C. et al.: Confidence and receptivity for COVID-19 Vaccines: A rapid systematic review. Vaccines 9, 16 (2020). https://doi.org/10.3390/vaccines9010016
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