Dr. Tairaのブログ

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政府分科会が示した感染症対策の指標と目安への疑問

はじめに

現在、日本では、新型コロナウイルス感染症COVID-19の再燃流行状況下(マスコミが言う第2波)にあります。これに際して、政府分科会は、8月7日、感染症対策の指標と目安を含めた提言を行ないました。しかし、この提言には疑問に思う点があります。ここでそれを述べてみたいと思います。

1. 分科会の提言にみる指標と目安

分科会の提言は、内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室が各都道府県知事宛に通知した「今後の感染状況の変化に対応した対策の実施に関する指標及び目安について」 [1] という文書の中にあります。その中から、分科会の指標と目安に関するスライド原稿の一部を示したのが図1です。

図1には、ステージIIIおよびステージIVの指標として、医療提供体制の負荷監視体制感染の状況という三つの指標があり、監視体制にPCR陽性率、感染の状況に感染経路不明割合が示されています。PCR陽性率はステージIII、IVともに10%、感染経路不明割合は同じく両ステージで50%となっています。

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図1. 政府分科会が示す感染症対策の指標と目安 [1]

ここで疑問に思うのは、これらの数値の妥当性と、ステージIIIとステージIVでなぜ数値が同じに設定されているかということです。普通に考えれば、ステージが異なれば数値も変わってくるのが常識でしょう。結論を言えば、なぜステージIIIの数値をもっと低くしないのか、ということです。

そして最も大きな問題は、図1の目安では前線の防疫対策と後段の患者対策(医療提供体制への負荷)がごちゃ混ぜになっており、うまく連携して感染拡大を防ぐ対策になっていないことです。つまり、医療提供体制への圧迫をなくすためには、図1の監視体制と感染状況の目安はもっと厳しくしなければならないということです。

言い換えるとステージIIIの医療提供体制の基準に至らないようにするためには、ステージII以下の状況を維持できるような監視基準と感染状況基準にしなければならないということになります。医療提供体制に赤信号が点滅する前に、先行指標としての監視・感染状況が赤信号になるように、基準を下げなければならないのです。現状ではまったく監視体制の役目を果たしていません。

多分このままの数値だと、防疫対策としてのPCR陽性率や感染経路不明者が赤点滅しないうちに、いきなり医療提供体制への負荷(病床ひっ迫)がかかり、対応が遅れるのは間違いないです。

2. 検査陽性率と感染状況の国際比較

ここで、上記の数字の妥当性を考えるために、各国のPCR検査陽性率の状況を見てみたいと思います。東アジア・西太平洋諸国およびヨーロッパの代表国(英国、フランス、ドイツ)における、検査陽性率の推移を示したのが図2です。これは3月22日からの推移を示していますが、現在日本は5%を超え、比較した国の中でトップに立っています。

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図2. 東アジアおよびヨーロッパの代表国における検査陽性率の推移(3月22日−8月5日)

図2では少し見づらいので、直近2ヶ月の陽性率の推移を示したのが図3です。他国のほとんどで陽性率は2%以下(東アジアでは1%以下)に抑えられているのに対し、日本は7月上旬から2%を超え、現在6%程度になっていることがわかります。この変化は他国と比べて突出しています。

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図2. 東アジアおよびヨーロッパの代表国における検査陽性率の推移(6月5日−8月5日)

他国と比べて日本で検査陽性率が上昇しているのは、いわゆる第2波流行における感染者の急増に検査が追いついていないことが考えられます。ところが、図3に示すように、日本と同様にフランスでも新規陽性者が増えており、若干少ないですがドイツでも同様な傾向になっているにもかかわらず、陽性率は2%以下に抑えられているのです(図2)。

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図3. 東アジアおよびヨーロッパの代表国における新規陽性者数の推移(6月5日−8月5日)

つまり、各国では感染の初期兆候で陽性者が増えた場合でも、濃厚接触者を含めて幅広く検査して、低い陽性率(<2%)を維持していると考えられるのに対し、日本では陽性者が増えてくると、検査の絞り込みをせざるを得ない状況になっていることがわかります。言い換えると、感染経路不明の市中感染者が多くて、濃厚接触者をトレースできず、結果として検査が追いついていない可能性があります。

3. 何が問題か

なぜ感染者を追えなくなるかと言えば、これはもう第1波の時から言われているようにクラスター対策と検査方針の問題です。クラスター発生に伴う濃厚接触者に限定的に検査を適用する方針に固守し、弧発例における無症状者の検査や、「事前確率が低い」という理由でマス・スクリーニング検査は行なわないという方針であれば、ダダ漏れが起きるのは自明であり、感染経路不明率はいつまで経っても下げられません。

厚生労働省や旧専門家会議は「8割の人は他人にうつさない」と言ってきましたが [2]、この言説は防疫対策の上においては何の意味もありません。なぜなら、残りの2割が確実に2次感染させるからであり、そのなかの多くは無症状感染者だからです。ひょっとして、厚労省や分科会は、「うつさないという8割」はほとんど無症状だから、無症状者は検査しなくてもよいとでも思っているのでしょうか。

ここで、図1に戻りますが、ステージ3で検査陽性率を10%、感染経路不明を50%としたのは、感染を予防するための段階的数字ではなく、日本の流行の現況に合わせた数字ではないかということです。つまり、これ以上に目安を厳しくすると、日本の状況が常に最悪の段階になってしまい、何らかの強い対策(行動制限など)を打ち出さないといけなくなるからです。このような被害の拡大に応じて基準が甘くなっていくことは、原発災害で経験していることです。

そして、PCR陽性率10%と感染経路不明50%という目安を設けることで、なかなかそれを超える状況にならず、社会が抱く警戒感が希薄になるという懸念があります。それを超えた時にはもう手遅れという事態になりかねないのです。

ステージIVは最悪の状況であり、そこには至ってはいけない段階です。そのためのステージIIにあるにもかかわらず、検査陽性率が10%、感染経路不明率が50%というのは、ユルユルもいいところで、本気で防疫対策を考えているのか、疑ってしまいます。

陽性率と感染経路不明率ということであれば、お隣の韓国がお手本になります。韓国では陽性率2%以下、感染経路不明率10%以下を維持しています。そこで、ステージ3としては、せめて韓国の1.5倍程度の陽性率3%、感染経路不明率25%が妥当ではないかと考えています。ただし、このためには、社会検査に否定的な分科会専門家の方針、および現行のクラスター対策と濃厚接触者の定義を早急に変更する必要があります

そして、重症者について「現時点の確保病床の占有率1/4以上」というのも、甘いような気がします。単に数字が上がってきたという現状把握では困るのです。重症者は新規陽性者の伸びより遅れて出てきますので、病床の占有率が上がってきたと認識する頃には、感染はすでに拡大してしまった後ということになります。そして新規陽性者数は1–2週間前の感染の反映と考えられるわけですから、その分も考慮して、指標としての重症者病床の数字はもっと厳しめに設定されるべきでしょう。

おわりに

いま新規陽性者数は高止まりしそうな状況ですが、依然として高い感染状況に国民はやや自粛気味です。そして8月3日には、東京で飲食営業の時短要請が発出されました。これらの自粛効果、時短営業に夏という季節の要因が加わって、この先新規感染者数は一時的には下がっていくかもしれません。

しかし、GoToトラベルキャンペーンは先月下旬から始まっており、国民は民族移動のお墨付きを得て、動いてもいいという解放感があります。このGoTo事業が走っている限りは決して5月のような見かけの流行収束にさえならず、高い流行状況を維持していくでしょう。そして、この夏はまだしも、この先の秋冬にはさらに感染拡大して、深刻な事態になると予測されます。

流行収束したときにGoToを開始するという閣議決定を変更してまでも強引に前倒しで進めた安倍政権、そしてそれを承認し、流行の歯止めにならないようなきわめて甘い感染症対策の指標と目安を設定した政府分科会、そのどちらにも重大な責任があります。実際機能しないと考えられるこのステージの基準は、この先大きな禍根を残すことになるでしょう。

引用文献・記事

[1] 内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室: 今後の感染状況の変化に対応した対策の実施に関する指標及び目安について. 2020.08.07. https://corona.go.jp/news/pdf/jimurenraku_0811.pdf

[2] 日本経済新聞: 新型コロナ感染者「8割は他にうつさず」厚労省見解. 2020.03.01. https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56252770R00C20A3CE0000/

              

カテゴリー:感染症とCOVID-19