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あらためてマスクの効果について

2020.11.28: 08:07更新

はじめに

3月18日の本ブログ記事「新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効用」で、感染リスクを下げる効果としてのマスク着用の重要性を述べました。当時は第1波が立ち上がり始めた頃で、世界保健機構WHOがマスクの効果は薄いという見解を示したり、日本の医療専門家の中にもテレビで「新型コロナはインフルエンザ並みでおそれることはない」、「マスクの効果はない」という人がいて、疑問を感じたものです。

また、当時の厚生労働省も、政府専門家会議も、テレビも、対面時、会話時におけるマスクの着用の重要性についてはほとんど言及していませんでした。これらも「果たしてこれでいいのか?」と思ったものです。感染源となる飛沫を防止するという意味で、マスクの効果はいまでは常識になっていますが、当時でもそれまでの科学知見に基づけば、十分にマスクの効果を強調できたはずですが、そうではなかったということになります。

そのときのブログでも述べたのですが、当時は不織布マスク不足ということもあって、ウレタンマスクを着けている人が多かったことを記憶しています。しかし、ウレタンマスクは、感染予防効果として効果はより低いのではないかと疑問に思いました。

先日久しぶりに東京都区内で電車に乗ったときにも、ウレタンマスクをしている人が、想像以上に多くて驚いたものです。それを以下のようにツイートしました。

今日のテレビの情報番組は、マスクの活用や効能について触れていましたが、ここでその一部を紹介しながら、あらためてマスクの効用について考えてみたいと思います。

1. ウレタンマスクについて

上述のように、とくに若い人を中心にウレタンマスクをしている人が多いですが、メリットは3Dマスクとも言われているように、伸び縮みすることでピタッとしたフィット感があり、ファッション性もあるということだと思います。顔との隙間が少なくなるので、花粉症対策としても人気のあるマスクです。

スーパーや薬局を訪れてチェックしてみましたが、ウレタンマスクや3Dマスクと言われて言うものは、実際はポリエステルとポリウレタンの混合製品が多いようです(図1)。

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図1. ウレタン3Dマスク製品(ポリエステル+ポリウレタン)の表示.

私はウレタンマスクを着けて外出したことはないですが、購入して着けてみるとやはりピッタリとした感じと、呼吸が楽というのを感じます。しかし、それだけスカスカしているということで、感染対策としてはやはり大丈夫か?という印象をもってしまいます。

今朝のテレビの情報番組(TBS「あさチャン」)で、3Dスキャン自分専用マスクについて紹介していましたが、ウレタン製の基本的に1層構造のマスクであり、果たしてこの感染拡大時期に宣伝してよいのか、という気もしました。

2. マスクの素材と構造

もう一つ、今朝のテレビの情報番組「モーニングショー」で、マスクの素材と構造による効能の違いについて紹介していました。ここでは、具体的に一般的な不織布マスク布マスク、およびウレタンマスクについて特徴や効果を比較していました(図2)。これらの中では、不織布マスクがもっとも性能が高いということになります。

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図2. 不織布、布、およびウレタンマスクの特徴(2020.11.27 TV朝日「モーニングショー」より).

性能と通気性という面から3つのマスクと医療用のN95マスクをみると、図3のようになります。基本的に通気性がよいものほど、性能は悪くなると思っていいようです。つまり、着けてみて呼吸が楽なものほど、効果は落ちるということで判断してもよさそうです。

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図3. 不織布、布、およびウレタンマスクの性能と通気性(2020.11.27 TV朝日「モーニングショー」より).

なお番組中で、松本哲哉主任教授(国際医療福祉大学)が出ていて、図3の中で、N95の位置が違うと指摘していました。すなわち、通気性が悪いので、図中もっと右側に置くべきだという指摘です。

放送では、スーパコンピューター「富岳」のシミュレーション結果も紹介していました(図4)。不織布、布、ウレタンマスクを着けた場合の飛沫・エアロゾルの拡散について比べたものですが、布、ウレタンではマスク前面からの漏れが見られる一方(図2青い点)、不織布ではほとんど漏れが防止できること(図2赤い点)が示されていました。一方で、着け方が悪いと、隙間から上部への拡散が見られること(図2黄色の点)も紹介されていました。

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図4. 不織布、布、およびウレタンマスクからの飛沫・エアロゾルの拡散の比較(赤色: マスク内に捕捉されるもの; 黄色, マスクと顔の隙間からの漏れ; 青色: マスクからの拡散、2020.11.27 TV朝日「モーニングショー」より).

富岳のシミュレーション結果は、これまでの定説どおりの結果ですが、不織布マスクではやはり上部のワイヤーを利用してピッタリと顔に着けないと、上部からの漏れが多くなるということがあらためてわかりました。

4. マスクの選択の重要点

これまで、いくつかの論文でもマスクの構造と効果の関係が報告されていますが、物理的捕捉静電吸着という2つのメカニズムが働いて、マスクの効果を最大限に発揮できるということになります(図5[1]不織布マスクはこの構造と効果を満たすものとして、一般人向けには最も推奨されるものでしょう。 

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図5. エアロゾルを防ぐためのマスクの基本(物理的捕捉と静電吸着)[1].

市販のマスクのパッケージには図6に示すような説明図がついているものがあります。私たちは、このような説明書きを参考にして、選択することができます。不織布マスクの材質はプロピレンです。選択のキーワードは、「不織布」、「3層構造」、「プロピレン」などです。

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図6. 不織布マスク市販品に添付されているフィルター機能の説明図.

5. マスク着用はワクチン接種と同様な効果をもつ?

以上のように、適切な材質と構造のマスクを正しく着ければ、他の人に感染させるリスクを減らす効果があることは、すでに世界的に共有されていることです。一方、マスク着用の感染予防効果については、まだはっきりしませんが、すべての人が着用すれば、ウイルスの暴露量も明らかに減るでしょう。

米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の感染症専門家、モニカ・ガンジー(Monica Gandhi)博士は、マスクの効果について興味深い仮説を述べています。すなわち、マスク着用はある程度の免疫を付与し、ワクチンまで実用化までの"つなぎ役"を果たせるかもしれないという仮説です [2, 3]

この仮説は、体内に入るウイルス量が多いほど症状が重くなるという前提で立てられていますが、マスクの着用によって吸入するウイルス量が減り、その結果、不顕性感染率が上昇し、免疫獲得につながるというものです。不顕性感染は、白血球の一種のTリンパ球による免疫反応と関連しているので、これがCOVID-19に対しても有効な可能性があるという主張です。

ガンジー博士の言説はまだ仮説の段階であり、批判もあります。しかし、もし本当であれば、マスクの着用は、ワクチン接種と同じような効果があると言えるかもしれません。

おわりに

一般用に市販されているマスクは、その「穴」の大きさからみたらウイルスよりはるかに大きく、基本的にウイルスを全部カットできるものではありません。しかし、図5に示すようなメカニズムによって、かなりの割合でウイルス粒子を捕捉できることが考えられます。

つまり、着けないよりは着けた方がはるかにマシということになります。マスクには、鼻やのどの保湿・保温効果もあります。そして性能から見れば、布やウレタンよりも不織布マスクが推奨されるということになるでしょう。

しかし、政府は国民に向けて盛んにマスクの着用を要請している割には、マスクの素材や構造からみた効果についてはあまり情宣してこなかったように思います。アベノマスク(ガーゼ製布マスク)の効能を貶めるような説明は、国民に対してできなかったということでしょうか。

引用文献

[1] Konda, A. et al.: Aerosol filtration efficiency of common fabrics used in respiratory cloth masks. ACS Nano Apr. 24, 2020: acsnano.0c03252.
Published online 2020 Apr 24. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7185834/

[2] Gandhi, M. et al.: Masks do more than protect others during COVID-19: reducing the inoculum of SARS-CoV-2 to protect the wearer. J. Gen. Int. Med. 35, 3063–3066 (2020). https://link.springer.com/article/10.1007/s11606-020-06067-8

[3] Gandhi, M. and George W. Rutherford, G. W.: Facial masking for covid-19 — potential for “variolation” as we await a vaccine. N. Eng. J. Med. 2020; 383, e101 (2020). https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp2026913

引用した拙著ブログ記事

2020年3月18日 新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効用

             

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:生活・健康と科学

 

無症状者から広がるウイルス感染とGoToトラベルへの示唆

2020.11.24: 20:08更新

はじめに

今朝(11月24日)のテレビ朝日「モーニングショー」を観ていたら、コメンテータの玉川徹氏が、無症状者(無症候性+発症前無症状)からの新型コロナウイルスの感染についてコメントしていました。無症状者が媒介するウイルス感染はすでに常識になっており、今回のパンデミックを招いた要因として大きな問題になっています。

ここで、無症状者からのSARS-CoV-2の二次感染に関する世界での認識を踏まえながら、GoToトラベル事業が招いた感染拡大の可能性について考えてみたいと思います。

1. CDCの見解

玉川氏は、番組中で、新型コロナ感染の24%は無症者が関わるという、具体的な数字を挙げて述べていました。私は直ぐに、「ああ、CDCが公表しているデータを引用している」と思いました。このデータは米国CDCが公表しているスライド [1に書かれているもので、"Community use of cloth masks to control the spread of SARS-CoV-2"という11月20日(現地)付けの記事 [2] の中に、"more information"として紹介されています。

それによれば、新型コロナ感染はの大部分(59%)が無症状者によって広がり、そのうち無症候性(symptomatic)感染者が24%、発症前(pre-symptomatic)無症状者が35%を占めるとされています(図1)。そして感染力のピークは感染5日前後とされています。

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図1. 大部分のSARS-CoV-2感染は無症状者から広がる [1].

さらに、図1の右下にもあるように、無症状感染者の割合を24%–30%として、感染後4日−6日の感染が起きたとすれば、無症状者からの二次感染は51%–70%の範囲になる、としています。すなわち、新型コロナ感染の大半は無症状者から起こっているということになります。

5月にサイエンス誌に発表された数理モデル解析の論文では、無症状者からの二次感染は全体の52%(無症候性感染6%+発症前感染46%)とされていました [3]。その後、米国科学アカデミー紀要に出版されたMoghadasらの論文では、無症候性感染の貢献度がより高く見積られました [4]。今回のCDCの報告 [1, 2] (図1)は、このMoghadas論文とJahanssonらの投稿中データも踏まえた見解です。

上記したように、そして前のブログ「無症状感染者は発症者と同じウイルス量を保持する」、「発症前から発症時の感染者のウイルス伝播力が強い?」でも述べましたが、発症前後(感染後5日前後)で感染力は高くなり、ウイルス排出量は無症状、有症状に関係ないことが報告されています [5, 6]

2. WoW! Koreaのウェブ記事

昨日出た日本語のウェブニュースを見ていたら、米CDC「新型コロナ患者の半数は“無症状者”からの感染」という、WoW! Korea(エイアイエスイー株式会社)の記事が出ていました [7]。当該記事は「米CDCは去る20日(現地時間)に改定した“新型コロナ拡散を統制するための布マスク使用指針書”で「新型コロナウイルスは、主に人々が咳・くしゃみをするときに出る飛沫を通して拡散するが、対話や歌、呼吸だけでも拡散する可能性がある」と伝えた」と紹介しています。

この記事は、上記のCDCの記事 [2] のことを紹介しているものと思われますが、出典のリンクがありませんでした。原題を考えれば、「使用指針書」というのは少しニュアンスが違います。そして、「CDCによると、新型コロナウイルスを他人にうつした中で 24%は咳・発熱などの症状が全くなく、35%は症状が出る前の段階で、残りの41%だけが症状が出ていたということであった」、「CDCは「マスクの着用と個人衛生の徹底などを強調する地域社会の努力が、新型コロナの拡散を減らすのに役立つだろう」と伝えた」と記述しています。

日本語のウェブ記事の悪いところですが、二次情報としての記述をする場合に、オリジナルの出典へのリンクがほとんどありませんし、引用論文の記載もありません。これでも情報が正しく伝えられているか、真偽のほどを判断するのが容易でありません。先日NHKが、オバマ前大統領の回顧録に出てくる鳩山元首相に関する記述を誤訳して伝えたことなど、メディアによる二次情報の間違いは枚挙にいとまがありません。

WoW! Koreaの記事はほぼ正確に伝えていましたが、ウェブメディアには出典へのリンクを是非お願いしたいものです。

3. GoToトラベルによって感染が拡大した?

菅首相は、GoToトラベルの一時停止を決めたことに関し、「延べ4千万人が利用しているが、その中で現時点での感染者数は約180人だ」と述べ、トラベル事業が感染拡大の原因との見方に否定的な考えを示しました [8]

上記モーニングショーにおける玉川氏の発言は、このGoToトラベルによる感染拡大の可能性に関するものです。つまり、報告ベースの感染者の実数は180人かもしれないが、4千万人の利用者の中には感染の自覚がない無症状者が相当いて、旅行によって感染を広げたのではないか、と言うのが彼の指摘です。

玉川氏の指摘を待つまでもなく、これ以外にも、相当数の濃厚接触者やGoToトラベル事業そのものに関わって感染した人もいるでしょう。日本医師会中川俊男会長は「感染者増とGoToトラベルの関連についてはエビデンスがなかなかはっきりしないが、きっかけになったことは間違いない」と述べましたが [9]、当然のことでしょう。

ウイルスは人と人との接触によって伝播します。そして、GoToによって旅行を促進するということは、人の移動と行動範囲を広げ、接触機会が増えることは自明であり、感染の機会が増えることにも想像が行きます。その特徴を踏まえた上で、GoToトラベル利用者の直接的な感染だけではなく、その利用者から2次感染、3次感染した被害者、それらすべての濃厚接触者、さらに旅行者が訪れた周辺の地域への影響なども考慮しなければなりません。

4. 西浦氏の論説

医療維新(11月22日付)記事には、「GoToトラベルと感染拡大の因果関係について考える、無防備なヒトの移動で感染拡大は自明」という題目の、西浦博教授(京都大学大学院)の記事が出ていました [10]。この記事では、いわば為政者のGoToトラベルの影響に関する想像力となさと、分析の欠如が批判されています。

西浦氏は、「GoToトラベルを実施すると、通常の心理としては「旅行してもいいのだ」として緩和ムードが増したと感じることにつながる」、「それによって利用者以外も含めて移動が活発化する」、「直接的因果ではないが、間接的な政策的インパクトが確かならば為政者はその点に配慮して分析・判断すべきなのは当然である」と述べています。

さらに、そもそも論としての見解を強調しながら、「ヒトが無防備に移動をすると感染症の流行が空間的に拡大することは理論的・定性的に自明のことである」、「それは理論疫学におけるメタ個体群流行モデルを取り出さなくても想像することができる」と述べています。

この記事には専門的な内容も出てきますが、結論は上記のそもそも論に集約されており、まさに、GoTo推進を一刀両断という感じで批判しています。

記事では、「GoToにお墨付きを与えた」新型コロナウイルス感染症対策分科会にも触れています。分科会が「人の動きそのものが感染拡大の主要因とはならない」というような見解を持っていたときに、適時助言を与えられなかった後悔の念が述べられています。そして、「そう言った傾向は、理論疫学の科学的側面を十分に理解した立場からすればあまりにも為政者に気を遣ったものであったと思う」と、批判的に述べています。

西浦氏がいう「無防備に移動」というのは、何も感染症対策をとらないで移動した場合という意味です。実際は、マスク着用、手洗い、対人距離の確保などの個人レベルでとれる対策とともにGoToトラベルは実施されたわけであり、その万全の対策の上でも感染拡大を抑えるのはむずかしかったというトーンで、記事は書かれています。

とはいえ、政府自身の感染拡大抑制対策については触れられていません。つまり、社会政策としての検査や、検査とセットのGoTo推進の可能性については、多くの人が提言しているわけですが、「検査」に関することは記事には出てきません。西浦氏の記事はできる限りフォローするようにしていますが、この記事に限らず、どういうわけか検査の意義に関する言述は見たことがありません。さらには、無症候性感染に関することも記事にはありませんでした。

おわりに

新型コロナウイルス感染症は、無症状の人が無自覚のまま感染を広げるということを前提しなければならないことは、これまでの多くの知見の中で言えることです。これは個人レベルでの行動変容で抑制できるというものではありません。 マスク着用、手洗い、消毒、対人距離の確保、換気、遮蔽などに加えて、検査による安全確保の基に、経済を回すという考え方が必要です。そして感染増加の間は、決して経済も回りません。

社会政策としてのマス・スクリーニング下水監視システムなどの施策があれば、安全に経済を回すということがより可能になるでしょう。たとえば、できる限り陰性者を確保した上でビジネスやイベントを行なう、下水からウイルスが検出されたらその地域でのGoToトラベルの出入は一時停止する、などの方策が考えられます。

不幸にして、GoToトラベルキャンペーンは政府による具体的な感染抑制対策がないままに始められてしまいました。そして、今度は札幌市と大阪市を対象から外すという措置がとられています。手遅れ感もありますし、措置も中途半端です。ゴマカシの効かない容赦ないウイルスに対して、政府も各都道府県知事もどこまでも想像力がないように思えます(→為政者と専門家の想像力のなさが感染拡大を招く)。

引用文献・記事

[1] Centers for Disease and Control and Prevention (CDC): The science of masking tocontrol COVID-19. Nov. 16, 2020. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/downloads/science-of-masking-full.pdf

[2] Centers for Disease and Control and Prevention (CDC): Scientific Brief: Community use of cloth masks to control the spread of SARS-CoV-2. Nov. 20, 2020. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/more/masking-science-sars-cov2.html

[3] Ferretti, L. et al.: Quantifying SARS-CoV-2 transmission suggests epidemic control with digital contact tracing. Science 368, eabb6936 (2020). https://science.sciencemag.org/content/368/6491/eabb6936

[4] Moghadas, S. M. et al. : The implications of silent transmission for the control of COVID-19 outbreaks. Proc. Natl. Acd. Sci. USA. 117, 17513-17515 (2020); first published July 6, 2020. https://doi.org/10.1073/pnas.2008373117

[5] Lee, S. et al.: Clinical course and molecular viral shedding among asymptomatic and symptomatic patients with SARS-CoV-2 infection in a community treatment center in the Republic of Korea. JAMA Intern. Med. Published online August 6, 2020. https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/fullarticle/2769235

[6] Singanayagam, A. et al.: Duration of infectiousness and correlation with RT-PCR cycle threshold values in cases of COVID-19, England, January to May 2020. Euro Surveill. 25, pii=2001483 (2020). https://www.eurosurveillance.org/content/10.2807/1560-7917.ES.2020.25.32.2001483#html_fulltext

[7] YAHOO JAPANニュース: 米CDC「新型コロナ患者の半数は“無症状者”からの感染」と推定. WoW Korea. 2020.11.23. https://news.yahoo.co.jp/articles/0219be0098a92ed78b27f653347edc023722cc87

[8] 時事ドットコムニュース: 菅首相、トラベル感染原因に否定的. 2020.11.23. https://www.jiji.com/jc/article?k=2020112300258&g=pol

[9] 井上靖史:「Go To」感染拡大のきっかけ 日本医師会長 「コロナ甘くみないで」. 東京新聞 2020.11.19. https://www.tokyo-np.co.jp/article/69221

[10] 西浦博:「GoToトラベル」と感染拡大の因果関係について考える「無防備」なヒトの移動で感染拡大は自明. 医療維新 2020.11.22. https://www.m3.com/news/iryoishin/845371

引用した拙著ブログ記事

2020年11月19日 為政者と専門家の想像力のなさが感染拡大を招く

2020年8月15日 発症前から発症時の感染者のウイルス伝播力が強い?

2020年8月10日 無症状感染者は発症者と同じウイルス量を保持する

             

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

マスコミが報じない東アジアの中の日本の流行状況

はじめに

新聞、テレビなどのマスコミは、連日、新型コロナウイルス感染症COVID-19の感染急増について報道しています。自国における感染拡大で、そこにばかり目が向いている状況ですが、ほとんど報じられていないのが、東アジアの周辺の諸国と比較した日本の流行状況です。

周辺国との流行状況を比較すれば、季節や地域性、ファクターXなどの影響を考慮することなしに、日本の感染対策の良し悪しを評価することができるでしょう。今さら感もありますが、worldometerやOur World in Dataの集計データを引用しながら、考えてみたいと思います。

1. 東アジアでの流行状況

まず、東アジア各国・地域における、11月21日時点での感染状況を比較してみましょう。表1に示すように、日本は累積陽性者数で東アジア3位につけています。1、2位のインドネシアとフィリピンは、効果的な感染症対策がなく、医療機能不全状態に陥っている国で、言わば別格です。そうなると、東アジアの先進諸国・地域のなかでトップに躍り出る、不名誉な位置にあるのが日本です。百万人当たりの死者数検査陽性率も、他国と比べると高くなっています。

表1. 東アジアの国・地域における新型コロナウイルス感染症の流行状況(2020.11.21時点、出典:worldmeter)

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2. 陽性者数

現在の流行状況がわかりやすいのが、毎日の新規陽性者数の推移です。表1の中から、日本および感染を比較的抑えられている5カ国(中国、韓国、シンガポール、タイ、ヴェトナム)と一つの地域(台湾)を抜き出して、それを比べたのが図1です。日本はいわゆる第3波の感染拡大が訪れ、陽性者が急増しています。それに対して、他国・地域では夏以降感染拡大は抑えられており、韓国でわずかの増加が見られる程度です。

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図1. 日本および東アジア5カ国・1地域における新規陽性者数の推移(3月22日〜11月20日、出典:Our World in Data).

つまり、日本では寒い季節になったから必然的に感染者が増えたということではなく、対策のまずさから感染拡大を許し、それに季節(気温低下、乾燥)という要因が重なって、余計に増えているということが言えるでしょう。

累積陽性者数で比べた場合も、日本の突出ぶりがよくわかります。他国・地域においては陽性者はほとんど増えていないか、微増なのに対し、日本は7月後半から増加し続けています。

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図2. 日本および東アジア5カ国・1地域における累積陽性者数の推移(3月22日〜11月20日、出典:Our World in Data).

3. 死者数

表1にあるように、日本の現在の死者数は現在1969人ですが、すでに、6月20日以降の死者数が、4月をピークとする第1波のそれを超えました。第1波と比べて、重症数も死者数も抑えられているというメディアの報道は、実状を正しく伝えていないように思います。

東アジアのなかでの百万人当たりの死者数の推移を比べると、日本の断トツぶりが顕著です(図3)。ちなみに図3に見える薄い線は、全世界の国々の状況を示しています。ヨーロッパや南北アメリカでは、日本とは比較にならないくらい人口当たりの死亡率が高いことは、よく知られています。

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図3. 日本および東アジア5カ国・1地域における百万人当たりの死者数の推移(出典:Our World in Data).

日本では8月以降、毎日死亡する人が出ており、次第に増えています。死亡の絶対数でいえば、まだ中国が日本の2倍以上ありますが(表1)、来春までには日本が中国を追い抜くことも考えられます。医療崩壊が起これば(その危険性が高まっていますが)、あっという間です。

4. 検査数と陽性率

日本では、PCR検査を含めた検査数が少ないことはずうっと言われ続けてきました。実際にどうなのか、1人の陽性者を探し出すのに費やした検査数で見てみましょう。図4に示すように、日本と上記の5カ国・1地域で比べた場合、日本は最低になります(ただし、中国ではあまりにも検査数が多くて正確な統計情報がなく、グラフが途中で切れています)。

これは、日本では少ない検査数で効率的に陽性者を見つけているということではなく、検査のカバー率が低いとみなすのが妥当です。すなわち、見逃している陽性者がそれだけ多いということになるでしょう。

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図4. 日本および東アジア5カ国・1地域における累積陽性者数当たりの累積検査数の推移(3月22日〜11月20日、出典:Our World in Data).

検査拡充が叫ばれ、事実、第1波の頃と比べて大幅に検査数が増えた日本ですが、周辺国と比べればやはり少ないということになります。厚生労働省の統計を見れば、やっと1日3万件を超えたところです。

検査数が少なければ、検査陽性率は高くなります。図5に示すように、周辺国と比べた中で日本は最も陽性率が高くなっています。現在の累積陽性率は4%を少し切った値ですが(図5上)、これでも圧倒的に高いということになります。直近の7日移動平均では8%を超えています(図5下)。

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 図5. 日本および東アジア5カ国・1地域における累積検査陽性率(上)および日ごとの検査陽性率(7日移動平均、下)の推移(3月22日〜11月20日、出典:Our World in Data).

5. 政府の対応

菅首相は、今日、政府分科会の提言を踏まえ、これまでの知見に基づいて感染拡大防止に向けた対策を強化し、迅速に実行すると述べました [1]。具体的には、GoToトラベル事業については、感染拡大地域を目的地とする旅行の新規予約を一時停止するなどの措置を導入し、GoToイート事業については、食事券の新規発行の一時停止やポイント利用を控えることについて検討を要請するとしました。

もともと感染が収束したら始めるとしていたGoTo事業ですが、7月下旬から強引に導入し、推進してきたのは政府であり、それにお墨付きを与えたのは政府分科会です。見直しのタイミングとしては遅きに失した感があり、両者の責任は重大です(→為政者と専門家の想像力のなさが感染拡大を招く)。しかも、菅首相はGoToの一時停止の時期も対象地域もまだ示していません。

また、今日、首相官邸の以下のツイートを見て、私は気が抜けてしまいました。

医療施設や介護施設等において、陽性者が確認された場合には、入所者・従事者全員に、直ちに国の費用負担で検査を実施します」とありますが、これは当たり前のことであり、何を今さらという感じがします。もし言うなら、「(陽性者が確認されなくても)医療施設や介護施設等で定期的にスクリーニング検査をする」ということでしょう。それでさえも、遅すぎる感があります。定期スクリーニング検査のタイミングは遅くとも9月だったと思います(→為政者と専門家の想像力のなさが感染拡大を招く)。

菅首相は、さらに、国民のみなさんの協力が不可欠であり、あらためて、会食時を含めたマスクの着用、手洗い、3密の回避、基本的な感染対策の徹底をお願いする、と述べました。しかし、周辺の国々が徹底的な検査システムの導入やICT活用などの近代的戦略で封じ込めに成功しているのに対し、日本ではマスク会食という宴会芸のようなことを含めて、国民の自助に頼っている時点ですっかり後進国に成り果てています。

国民レベルではすでに十分に対策をとっており、さらに対策を国民に押し付けても、もはや感染拡大を抑制できるものでもありません。政府による行動制限や営業制限などの、より強力な対策が必要なのです。このままでは、やがて医療崩壊が起きます。

おわりに

今の感染拡大は、夏に流行が収まらないままに、国策としての感染症対策を施すことなしに、無理に経済を回そうとし、それを感染対策と経済活動の両立という建前で強引に進めてきた結果であると言えます。その日本の無策ぶりは、東アジアの周辺国との状況比較によって、余計あらわになるということでしょう。

そしてマスコミはそれを報じることもなく、政府の国民自助戦略をそのまま垂れ流している状況です。

引用記事

[1] 朝日新聞DIGITAL: GoTo見直し「国民の命守るため」 菅首相の発言全文. 2020.11.21. https://www.asahi.com/amp/articles/ASNCP5RZSNCPUTFK00F.html?ref=tw_asahi&__twitter_impression=true

            

カテゴリー:感染症とCOVID-19

  

為政者と専門家の想像力のなさが感染拡大を招く

2020.11.20. 20:55更新

はじめに

11月19日、東京では新規陽性者が初めて500人を超えて534人となり、全国では2388人を数え、これまでの最多となりました(図1)。これから、しばらく各地で記録が更新されていくでしょう。

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図1. 11月19日までの全国の新規陽性者数の推移(新型コロナウイルス感染症まとめ - Yahoo! JAPANより).

そして、11月17日、6月20日以降の死者数がそれ以前の第1波における死者数を超えました。これについて以下のようにツイートしました。

私は本ブログで再三再四、日本の新型コロナ感染症対策のお粗末さと、この秋冬における感染拡大の懸念を述べてきましたが、残念ながら、その予測が当たってしまいました。ここで、最近3ヶ月近くの本ブログを振り返りながら、為政者と政府系の感染症専門家がいかに想像力が欠落しているか、そしてそれが感染拡大を招く結果になっていることを、あらためて考えてみたいと思います。

1. 新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す

8月30日のブログ「新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本」では、世界保健機構WHOが指摘した日本のコア・キャシティとリスクコミュニケーションの欠如を紹介しました。日本のリスク・コミュニケーションのシステム不備はきわめて重大です。つまり、行政、専門家、市民などのステークホルダー(利害関係者)間におけるリスクに関する意思疎通を図ることを困難にし、何が起こっているかを的確に把握することができなくなっています。これは依然として改善されていません。

そして、これまでの日本のクラスター対策の失敗を指摘した、英国のE. モシアロス教授の研究チームの論説を紹介しました。この論説でも指摘されているように、7月下旬に流行が再燃すると同時にGo Toトラベルキャンペーン(domestic tourism campaign)が始まり、防疫対策は置き去りにされてしまいました。政府お墨付きのGo Toトラベルの実施は、国民の移動感覚を緩める結果になりました。

さらに、米国ワシントン大学のIHME (Institute for Health Metrics and Evaluation)が予測する、12月における日本のCOVID-19累積死者数が、衝撃的な数字(>6万人)になっていることを紹介しました。この数字は現在下方修正されていますが、それでも2月までに死者数は1万人を超えると予測されています。

海外からも失敗を指摘されている日本のクラスター対策ですが、政府系専門家がこれに拘泥している限り、失敗はまた繰り返されます。事実そうなっています。感染症対策を厚生労働省に助言する専門家組織「アドバイザリーボード」(座長=脇田隆字・国立感染症研究所長)は、11月19日夜、現状評価をまとめましたが、会合後の報道陣に「感染をコントロールできない」と述べています。クラスター対策から脱却しなければ決して感染拡大は防止できないのです。

2. 菅政権の新型コロナ対策の危うさ

9月18日のブログ「菅政権の新型コロナ対策の危うさ」では、発足したばかりの菅政権の、感染症対策における認識の甘さと的外れを指摘しました。菅首相は、9月14日のNHK NEWS WARCH9で生出演したときに、新型コロナ対策どうするのかを問われて、「以前と違ってだいぶわかってきた」、「キャバクラとかホストクラブを重点的に抑えれば...」という主旨の返しをしていました。GoTo事業の開始以前は「東京問題だ」とも発言していました。

その当時から今日までの再燃流行(いわゆる第2波以降)では、「会食」「職場」「家庭内」が主要感染源となっています。それを考えると、菅首相の認識はまったく的外れであったということであり、「最優先の課題は新型コロナウイルス対策だ」と述べている割には、真剣に考えているのかどうか、疑問符がつく内容でした。

政府の感染症対策として、「感染対策と社会経済活動との両立を図る」と第一に掲げていることについては、経済優先の意図があり、両立と言いながら、その実、感染対策は何もないという印象を受けました。

そして、9月18日のブログでは最後に、本格的な秋を迎え、冬に突入すると流行は必ずぶり返し、これまで以上の感染拡大になることを予測しました。

3. 社会政策としてのPCR検査

9月25日のブログ「コロナ禍の社会政策としてPCR検査」では、社会政策としてのPCR検査の重要性に触れ、ソフトバンクの検査センターの紹介とともに、政府分科会、関連学会、そして米国FDAマス・スクリーニング検査についての見解などを記しました。そして、中国での全員検査の事例、東京都世田谷区、大学、民間での社会検査の事例を紹介しました。 

一方で、政府分科会の感染症専門家の見解では、無症状者に検査を広げることは効果が薄いとして、マス・スクリーニング検査には否定的な立場をとっていることを指摘しました。この政府分科会の見解は、11月17日、尾見茂会長の弁としてフィナンシャル・タイムズ(FT)に掲載され、世界に発信されることとなりました。

クラスター対策に見切りをつけ、事前確率の高い場所のマス・スクリーニングや社会検査、デジタル追跡の方針に舵を切れば、有効な感染防止策と機能する可能性がありました。にもかかわらず、尾見会長を含めた政府系専門家の言説には想像力や合理性が感じられず、その結果、事態は悪くなる一方になったと言えます。

国が主体的に感染対策を実施するとすれば、おそらくこの頃(9月下旬)が最後のチャンスだったかもしれません。つまり、新規陽性者数が下がらなくなったこの時期から、行動・営業制限とともに、事前確率の高いと考えられる飲食業種、介護施設、エッセンシャルワーカーを中心とするマス・スクリーニングや、ビジネス・イベント事業における事前検査の実施を徹底していれば、今のような感染拡大には至らなかった可能性もあります。

対策は早いほど被害は少なくなり、そして経済回復も早いです。それを理解せず、突き進んでしまう政府の姿勢は、戦前・戦時中の大本営と重なります。

4. 世界と比べた日本の流行

10月9日のブログ「世界と比べた日本の今の流行ー第1波から何を学んだのか?」では、世界の主な国と日本の10月初旬の流行状況を比較しました。そして、累積陽性者数で中国を抜いて東アジア先進諸国でトップに立ったことを述べました。さらに、1日500人前後の新規陽性者数の高いベースラインから、いよいよ晩秋・冬に向けて爆発的感染拡大が始まること、そしてまずは北日本が危ないことを予測しました。

このブログの10日前にも述べていますが(→今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?)、早急に高リスクの環境(飲食業や介護施設)やエッセンシャルワーカーの事前スクリーニング検査を徹底し、市中感染者のあぶり出しをやるべきことを再度強調しました。

5. 冬に向けて大流行の兆し

11月1日のブログ「冬に向けて大流行の兆し」では、いよいよ冬に向けて大流行が始まる兆しがでてきたことを述べました。ヨーロッパの国々では先がけて感染急増が見られていること、冬に向けて気温低下や乾燥によって感染が起きやすいことも指摘しました。

もうこの時点では、時すでに遅しの感があり、マスク着用、手洗い、消毒、換気、対人距離の維持などの、個人の行動様式の徹底だけでは限界があることを述べました。国、自治体が主導する検査・追跡・隔離、社会政策としての事前検査、リスクの高い施設・環境でのスクリーニング検査、そして行動制限など、すべての対策を効果的に組み合わせて迅速に対処し、この晩秋・冬に臨む必要があることを再々度強調しました。

6. GoTo事業の功罪

菅前官房長官の肝いりで導入されたGoTo事業ですが、もともと新型コロナ流行が落ち着いたら開始されるはずでした。しかし、この事業は7月下旬から、強引に前倒しで始められました。その結果、確かに経済の活性化に一役かったと言われる一方で、現在の感染拡大にきっかけになったとする見方が増えています。つまり、このままでは、かえって年末に向けて、中小企業を中心に経済をガタガタにしてしまうことでしょう。

政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の会長代理を務める脇田隆字・国立感染症研究所長は、11月16日、北海道新聞のインタビューに答えています [1]。それによれば、GoToトラベルの対象に10月1日から東京発着の旅行が追加されたことで、10月後半からの北海道内の感染状況を加速させた可能性があります。

脇田氏の発言の根拠は、SARS-CoV-2のゲノム解析によるものです。感染研が国内約1万件のゲノム解析を行なった結果、4月ごろに東京から道内に持ち込まれたウイルスは一旦なくなったものの、夏に東京から再び流入し、札幌・ススキノを中心に広がったことが推定されています。脇田氏は「北海道は外から来る人のほとんどが東京という事情があり、東京の感染状況がかなり影響している」と述べています。

菅首相は、11月20日、GoToトラベルについて、のべ4千万人が利用し、判明した感染者は176人であったことを述べました。4千万人に対してこの数字はきわめて小さいように感じますが、これは宿泊・日帰り旅行をし、検査陽性と診断された人のなかで、運営事務局から観光庁に報告があったものに限ります。実際は未報告の、もっと多くの自覚のない無症状感染者がいるのではないでしょうか。それらの濃厚接触者やそこからの二次感染、三次感染を考えたら影響は相当に大きいと想像されます。

実際GoToトラベル事業が始まって以来、約10万人の累積陽性者が出ていますが、これが、GoTo利用の4千万人からではなく、GoToを利用していない残りの8千万人からすべて出ていると考えるのはきわめて不自然です。

テレビのニュースでは、GoTo開始からの176人の陽性者の時系列での出方を報道していました(図2)。これを見ると、陽性者は時間を経るごとに増え、とくに東京が事業に追加されてから急増していることがわかります。このGoTo利用陽性者の増加傾向は、全国的な感染拡大を反映していると見ることができます。

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図2. GoToトラベル事業開始からの、利用者における陽性者の推移(2020.11.20 TBSテレビNスタからの改変図).

テレビが伝える、政府関係者や与党議員の「GoTo事業が感染を広げたというエビデンスはない」という言述も想像力に欠けます。感染が拡大している今、エビデンスを検証しているヒマはないのです。感染拡大を抑制するための即応力とあらゆる手段が求められているのです。

おわりに

私は感染症や公衆衛生の専門家ではありませんが、微生物学を専門とし、環境の細菌・ウイルス分析の知識と経験があります。PCRによる細菌・ウイルスの検出には30年の経験があります。この程度の専門性があれば、誰しも十分に今回のパンデッミクの予測はできると思います。4月にピークとなる第一波の流行が来ること(新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策 [2月19日])、夏に流行が再燃すること(再燃に備えて今こそとるべき感染症対策 [6月1日])、そしてこの秋冬に感染が拡大がすること(世界と比べた日本の今の流行ー第1波から何を学んだのか? [10月9日])、はすべて予測したとおりになっています。

小池百合子東京都知事は、「"1日1000人感染"念頭に」と発言しましたが、菅首相と同様に想像力がなさすぎます。私は、以下のようにツイートしましたが、せめて1ヶ月前に「“1日300人感染”念頭に」として、対策を打っておくべきでした。

マスメディアはほとんど報道しませんが、東アジアの先進諸国の中でこのような感染拡大を招いているのは日本だけです。お笑いのような「マスク会食」なども出てくる始末です。

7月のGoTo事業開始にお墨付きを与えたのは政府分科会です(→早期の検査・隔離が重要)。そして、その分科会が、今になって、GoTo事業の見直しを求めました。

今となっては、残された手は、できる限り早いロックダウン接触削減)営業制限しかないように思います。でなければ、最悪の医療崩壊に至ります。モタモタしているヒマはありません。

引用文献・記事

[1] 荒谷健一郎、小森美香:「GoTo東京追加で道内の感染加速」 脇田・国立感染症研究所長. 北海道新聞2020.11.17.
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/482243

          

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

連日の千人超えは危険信号

2020.11.08:00:05更新

今日(11月7日)の全国の新型コロナウイルスSARS-CoV-2新規陽性者は、1,331人になりました(図1)。一昨日の1,048人、昨日の1,145人と3日連続の1,000人超えであり、5都道府県で100人を超えています。今日は土曜日で、米国大統領選挙の陰に隠れてニュースでの取り扱いも今ひとつですが、確実に危険水域に入ってきたと思います。

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図1. 11月7日の都道府県別SARS-CoV-2新規陽性者数(出典:新型コロナウイルス 感染者数やNHK最新ニュース|NHK特設サイト).

これまでのこのブログで何度となく指摘してきましたが(新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?日本と世界の今の流行ー第1波から何を学んだか?冬に向けて大流行の兆し)、日本では有効な防疫対策がほとんどとられておらず、いよいよ冬に向けて、大流行が始まる兆候です。

これまでの流行の中では、8月7日に最大の新規陽性者数1,605人を記録しています。しかし、この時は夏の暑い盛りであり、ウイルスの感染力が比較的抑えられる時期にありました。しかし今回は違います。ベースラインが約500人/日という高いところから増加が始まっており、種火としての市中感染者数が夏とは比べものにならないほど多く、それだけ感染拡大しやすいという懸念があります。そして、これからますますウイルスの感染力が維持されやすい冬に向かいます。北海道での爆発的とも言える陽性者数の増加は、全国の流行拡大の先駆けとも言えるものです。

加えてGoTo事業はいまフル稼働であり、人の移動がこれまでより激しくなっています。さらにイベントやスポーツ観戦における入場制限が緩和され、海外からの入国も緩和されています。テレビで観る映像では、人々の警戒感も以前よりは緩んでいるような印象も受けます。

このような状況にも関わらず、国の防疫対策はきわめてお粗末です。大流行に備えて、今まで以上の有効な対策をとらなければいけないと思いますが、国の動きは相変わらず鈍いです。今年2月24日、厚生労働省は、「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた専門家の見解」を発表しましたが(図2)、このときの基本方針の失敗がいまだに尾を引いているように感じます。 

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図2. 新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた専門家の見解(2020年2月24日)(厚生労働省ホームページより).

厚労省と政府専門家会議は、当初から無症状感染者からの二次感染を認識しておきながら(図2赤線部)、PCR検査については、感染症予防の観点からはすべての人に検査することは有効ではないということ、および重症化しやすい人に集中的に適用されるべきという見解を示していました(図2赤枠部分)。しかしこの検査方針は、防疫対策としてはまったく不備であることは、専門家からも指摘されていました。

厚労省や政府専門家会議・分科会は、初動の方針の失敗を公式には認めておらず、何事もなかったかのように、検査方針を変更しながら、現在に至っています。そして、おそらく初動からの一連の対策の無謬性に拘泥するあまり、現在でも検査拡充や検査方針がきわめて不徹底です。

今では無症状の濃厚接触者までが行政検査の対象となっているものの、その範囲は依然としてあいまいです。分科会は、感染リスクの高い状況・場での事前スクリーニングの必要性を強調していますが、それが徹底的に行なわれている状況ではありません。そして、分科会の感染症専門家は、偽陰性偽陽性の発生推測を盾にして、「無症状者のスクリーニングPCR検査は有効ではない」ということを今でも主張しています。

NHK NEW WATCH9は、11月5日、「大きなクラスターになる前にしっかり見つけてしっかり防ぎ込む」という日本感染症学会の舘田一博理事長(東邦大学教授、政府分科会メンバー)の話を紹介していましたが、あまりにも当たり前すぎて拍子抜けしてしまいました(以下ツイート)。

当該学会は「無症状患者にはPCR検査をしない」というPCR検査限定の方針の旗を、先頭きってふってきましたが、 現在の理事長の言述(それ自体は当然なのですが)、これとはまったく整合性がとれません。クラスターの芽をつむためには、感染源となる無症状感染者をあぶり出すという事前の効果的なスクリーニング検査が必要ですが、当初からの専門家会議・分科会の消極的姿勢と矛盾が、これを実効性あるものにしていないと言えます。

米国ワシントン大学のIHME(Institute for Health Metrics and Evaluation)は、各国のこれからの流行に伴う死者数を予測しています。当初の日本のシナリオ(→新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本)からはだいぶ下方修正されましたが、それでも2月の累積死者数が11,398人と予測されています(図3[1]。このまま防疫対策の消極的姿勢の状態が続くと、この数字が現実のものとなりかねません。

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図3. 米国ワシントン大学のIHMEによる日本の死者数のシナリオ([1]より).

菅首相は、今日、感染再拡大に強い懸念を示しながら「爆発的な感染拡大は絶対に阻止し、国民の皆さんの命と健康をしっかりと守り抜きます」と述べました [2]。そうしてもらいたいと思いますが、現時点で感染拡大抑制策は何も示していません。このままでは、行動制限(接触削減)大規模な営業制限という、前回の方法を繰り返すことになるでしょう。そして、医療崩壊という最悪の事態に陥ることが危惧されます。

菅首相が述べた「爆発的な感染拡大」という言葉は気になります。なぜなら、以前の尾見茂専門家会議座長が「欧米のような爆発感染には至っていない」という言葉が耳に残っているからです。つまり、たとえ図3のような衝撃的な結果になったとしても、「欧米に比べたら抑えられた」といういい訳に使われる可能性もあります。

引用文献・記事

[1] IHME: COVID-19 Projections. IHME COVID-19 Projections. https://covid19.healthdata.org/japan?view=total-deaths&tab=trend

[2] TBS NEWS: 菅首相「爆発的な感染拡大は絶対阻止する」 2020.11.07. http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4121376.html

引用した拙著ブログ記事

2020年11月1日 冬に向けて大流行の兆し

2020年10月9日 日本と世界の今の流行ー第1波から何を学んだか?

2020年9月30日 今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?

2020年8月30日 新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

冬に向けて大流行の兆し

はじめに

今朝(11月1日)のTBSテレビ「サンデーモーニング」で、ヨーロッパにおいて、そして国内では北海道や宮城県において、新型コロナウイルスSARS-CoV-2の新規陽性者が増加していることを伝えていました。陽性者数が増えている要因として気温低下や湿度低下を挙げています。

冬に向けてCOVID-19の流行が顕著になることは、このブログでも繰り返し伝えてきました。すなわち、冬の始めにおいて、日本での死者数が激増することが予測されていること(新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本)、インフルエンザの流行といっしょのツインデミックで検査・診断の混乱が懸念されること(今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?)、流行の予兆に対して実質無策であること(日本と世界の今の流行ー第1波から何を学んだか?)などを記してきました。そして飲食業やエッセンシャルワーカーに対して、早急にスクリーニング検査が必要なことも指摘してきました。

ここで、テレビが伝えた情報を踏まえながら、世界と日本の現在の流行を今一度確認しておきたいと思います。

1. 世界の流行と対策

まず、世界、ヨーロッパ、北アメリカ、アジアにおける新規陽性者数の推移を、図1に示します。現在、世界の1日当たりの新規陽性者数は50万人を超えており、この数字を押し上げているのが、主にヨーロッパであることがわかります。北米でも増える傾向を示していますが、アジア全体では顕著ではなく、むしろ減少傾向にあります。これは東アジアの主な先進諸国が、今のところ感染者数を抑え込んでいるためです。

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図1. 世界、ヨーロッパ、北アメリカ、アジアにおける新規陽性者数の推移(出典: Our World in Data).

テレビでは、ヨーロッパでの再燃流行に対して、各国で行動規制が行なわれていることを伝えていました(図2)。部分的なロックダウンや、飲食店の営業規制が多いようです。ジョンソン首相の会見を観ていると、対策が後手後手になった印象は否めません。

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図2. テレビが報道するヨーロッパでの相次ぐ行動規制(2020.11.01 TBS「サンデーモーニング」より).

2. 国内の流行の現状

日本の現状はどうかというと、全国レベルではやはり増加傾向にあります(図3)。10月30日には、ついに累積陽性者数が10万人を超えました。晩秋から冬にかけて激増する可能性を示していますが、主要ニュース(米国大統領選挙、GoToキャンペーン、国会、学術会議任命拒否問題、大阪都構想、芸能人の事故など)の報道の影に隠れてしまっている印象があります。図示はしていませんが、死亡も依然として続いており、10月から微増傾向にあります。

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図3. 日本全国における新規陽性者数の推移(出典:新型コロナウイルス感染症まとめ - Yahoo! JAPAN).

報道でも言われていますが、日本でも気温低下が先行する北海道や北日本で陽性者の増加が顕著です(図4)。これまでの北海道でのクラスター発生の半分は10月に集中しており、クラスター発生のタネ(市中感染)が広がっていることをうかがわせます。危惧していたことが起こってしまったようです。

鈴木直道知事は10月30日の記者会見で、「これ以上感染が拡大した場合、不要不急の外出の自粛をお願いしなければならない。集団感染対策で連鎖を断ち切る」と強調しています [1]f:id:rplroseus:20201101103444j:plain

図4. 北海道における新規陽性者数の推移(出典:新型コロナウイルス感染症まとめ - Yahoo! JAPAN).

北海道と並んで、北日本で増加が顕著なのは宮城県です(図5)。やはり、大都市を抱えている都道府県では、とくに警戒しなければならないことをうかがわせます。このような北日本における新規陽性者の急増は、これから全国の流行がどうなるかということを予兆させるものです。

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図5. 宮城県における新規陽性者数の推移(出典:新型コロナウイルス感染症まとめ - Yahoo! JAPAN).

大都市圏でとくに増加が懸念されるのが大阪府です。このところ新規陽性者が急増しています(図6)。今日は大阪都構想住民投票を行なっていますが、ホントならそんなことやっているヒマはないと思えるのですが。

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図6. 大阪府における新規陽性者数の推移(出典:新型コロナウイルス感染症まとめ - Yahoo! JAPAN).

一方で東京はどうでしょうか。一見すると、新規陽性者数は横ばいで続いているように思えますが、週始めにおけるパターンから見ると、やはり微増傾向にある印象です。これから急増することは間違いないでしょう。

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図7. 東京都における新規陽性者数の推移(出典:新型コロナウイルス感染症まとめ - Yahoo! JAPAN).

このところ、吉村府知事とともに、めっきりメディアでの露出が少なくなった小池都知事ですが、この先に向けての対策はどうなっているのでしょうか。都医師会はかなりの危機感を持っているようですが。

3. 感染力に及ぼす気温と湿度の影響

香港大学の研究チームは、すでに今年4月の段階で、SARS-CoV-2は気温が低下するとそれだけ感染力を維持しやすくなることを報告しています [2](この論文は日本語でも紹介されています [3])。すでにスパコン富岳のシミュレーション解析からも出ているように、空気が乾燥すると、飛沫粒子が小さくなり、空気中に浮遊しやすくなります。その分エアロゾル感染(空気感染)が起こりやすくなると考えられます。

上記した「サンデーモーニング」でも、湿度とウイルスの感染力との関係について、各国の研究チームの研究成果に基づいて伝えていました(図8)。

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図8. SARS-CoV-2の感染力に及ぼす湿度の影響(2020.11.01 TBS「サンデーモーニング」より).

図8に示したシドニー大学武漢大学の共同研究によれば、湿度1%の低下で新規感染者が7–8%増加するようです [4]。研究を担当したWard教授は、湿度が低いと空気が乾燥してエアロゾルが小さくなり、感染性の微粒子が空気中に長く浮遊したままになって他の人への影響が大きくなると述べています。

また、乾燥によって、私たちの粘膜のウイルス排除機能や鼻粘膜の修復機能も低下するようです(図8)。

少し前に発表された生のコロナウイルスの実験では、気温低下で明らかにウイルスの活性は維持されやすくなりますが、湿度との関係は単純ではなさそうです。固体表面においては、相対湿度50%に比べて、20%や80%でウイルスの活性が残りやすいことが報告されています [5]

おわりに

今朝配達された新聞の折り込みの中に、私が住む街の広報が入っていました。その一面を見たら市内の新規陽性者数のグラフが載っていて、9月8日の週からの1ヶ月間で約1.4倍に増えていることが示されていました。このうち、半数以上が常に感染経路不明者で占められていることもわかりました。

この傾向は日本の主要都市にも当てはまるのではないかと思います。政府は依然としてクラスター対策を推進と強調していますが、市中感染者数が過半数を超えるような状況ではもはやクラスター対策は意味をなしませんクラスターのタネが市中のいくらでもあるからです。

政府分科会は、感染拡大の急所である大都市の歓楽街や飲食店の集中的な検査が急務であることを強調しています。一方で、この期に及んで、依然として「広く検査すると誤った結果が出る場合がある」、「無症状者に広く検査して感染制御に成功したという科学的根拠はない」と言い続けています [6]。検査とセットで経済を回すという発想はないのでしょうか。

現段階で、国や自治体は何も手を打っていません。そして、この先起こるであろう惨状に想像が働かないのか、GoToキャンペーン事業の推進に、相変わらず旗を振り続けています。

マスク着用、手洗い、消毒、換気、対人距離の維持などの、個人の行動様式の徹底はもちろんのことですが、国民の努力だけでは感染拡大は抑えられるものではありません。国、自治体が主導する検査・追跡・隔離、社会政策としての事前検査、リスクの高い施設・環境でのスクリーニング検査、そして行動制限など、すべての対策を効果的に組み合わせて迅速に対処し、この晩秋・冬に臨む必要があります。時すでに遅しの感もありますが、これからが本番です。

引用文献・記事

[1] 日本経済新聞: 北海道、コロナ最多69人感染 知事「対策で連鎖断つ」 2020.10.30. https://r.nikkei.com/article/DGXMZO65687170Q0A031C2L41000?s=4

[2] Chin A.W.H. et al.: Stability of SARS-CoV-2 in different environmental conditions. Lancet Microbe 1, E10. DOI:https://doi.org/10.1016/S2666-5247(20)30003-3

[3] 大西淳子: 多くの環境下でSARS-CoV-2は長時間安定. 日経メディカル 2020.04.14.
https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/report/t344/202004/565136.html

[4]  Ward, M. P. et al.: The role of climate during the COVID‐19 epidemic in New South Wales, Australia. Transbound. Emerg. Dis. 2020;00:1–5. https://doi.org/10.1111/tbed.13631

[5] Casanova, L. M. et al.: Effects of air temperature and relative humidity on coronavirus survival on surfaces. Appl. Environ. Microbiol. 76, 2712–2717 (2010).  https://aem.asm.org/content/76/9/2712.long 

[6] NHK: 政府の分科会 歓楽街での感染対策 PCR検査など議論. 2020.10.29. https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/committee/detail/detail_19.html

引用した拙著ブログ記事

2020年10月9日 日本と世界の今の流行ー第1波から何を学んだか?

2020年9月30日 今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?

2020年8月30日 新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

COVID-19パンデミックの科学的コンセンサスー私たちは今行動すべき

2020.10.18: 23.49更新

10月15日、医学雑誌ランセット(The Lancet)に、"Scientific consensus on the COVID-19 pandemic: we need to act now"というタイトルの書簡記事が掲載されました [1]図1。このブログのタイトルはそれを邦訳したものです。この記事は英国、ドイツ、スイス、米国、オーストラリアの16名の研究者の連名によるもので、現時点におけるCOVID-19の科学的コンセンサスを集約した内容になっています。

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図1. Lancetに掲載された書簡記事 [1].

ツイッターなどのSNS上でもこの記事はすぐに取りあげられて話題になっていますが、投稿の中には少し誤解も見られるようです。加えて、この記事には事実誤認もあります。最後のパラグラフに以下の文章が出てきます。

             

Japan, Vietnam, and New Zealand, to name a few countries, have shown that robust public health responses can control transmission, allowing life to return to near-normal, and there are many such success stories.

             

つまり、「日本が強固な公衆衛生対策で感染をコントロールできている」と言っています。日本を含む東アジア・西太平洋諸国は、西洋諸国に比べて圧倒的にCOVID-19患者も死者数も少ないので、こう言いたいいのはわかりますが、この地域の先進諸国のなかで日本は最悪の成績です(→日本と世界の今の流行ー第1波から何を学んだか?)。ここで挙げられているヴェトナム、ニュージーランドとは比較になりません。韓国、台湾などいくらでも成績がよい国はあるのに、なぜ日本が挙げられているのか不思議です。

本ブログでは、以下に、この記事のほぼ全訳を文体で載せたいと思います。

             

10月12日のWHOの報告によれば、世界的にすでに3500万人以上がSARS-CoV2に感染し、100万人以上が死亡した。ヨーロッパは第2波に見舞われているように、冬が迫るとともに 私たちはCOVPID-19がもたらす危険性について、明確なコミュニケーションとウイルスと闘う効果的戦略をもつ必要がある。ここでは、COVID-19に関する証拠に基づく統一的見解を共有したい。

SARS-CoV-2は飛沫やエアロゾルに触れることで、そしてより広範囲にはエアロゾルを通じて拡散する。とくに換気が不十分な条件では広がりやすい。ウイルスの高い感染力は、新型ウイルスに暴露されたことがない人々の感受性と相まって、急速に社会に拡散していく条件をつくりだす。COVID-19の致死率は季節性インフルエンザよりも数倍高く、感染すれば若い人や健康な人でも病気が継続する。免疫がどの程度の期間効果を発揮するかは明らかになっておらず、季節性コロナウイルスと同様に、すでに病気にかかった人であっても再感染する可能性がある。しかし、再感染の頻度については不明である。ウイルスの感染は、物理的距離の維持、フェイスガード、手洗いなどの衛生管理により、そして密集や換気の悪い環境を避けることで緩和できる。また、迅速な検査、濃厚接触者の追跡、そして隔離は感染制御に必須である。WHOはパンデミックの初期からこれらの対策を提唱している。

パンデミックの初期において、多くの国がロックダウン(自宅待機や在宅勤務を含む移動制限)を実施し、ウイルスの急速な広がりを抑えようとした。これは死者数を減少させ、医療崩壊を防ぐとともに、ロックダウンの次への感染抑制対策を錬るための時間稼ぎとして必須であった。ロックダウンは、人々の精神と身体の健康をかなり害することになり、経済に損害を与えなど混乱を招いたが、これらの悪影響は、ロックダウンの間あるいはその後、パンデミック制御のシステムを構築する時間を有効に使えなかった国々においてより大きかった。パンデミックに対処するための適切なストックと社会へのインパクトがない状態で、これらの国々では制限を継続する羽目になっている。

これは、当然のことながら、広範囲の意気喪失をもたらし、信頼性を失わさせた。第2波の襲来とともにそれへ向けた現実的対処法として、いわゆる集団免疫獲得アプローチへの興味が再度持ち上がっている。集団免疫は、低リスクの人たちに対する広範囲の制御なしの集団感染を許すことで、脆弱な人たちへの保護効果をもたらすことを示唆する。集団免疫支持者は、低リスク集団の自然感染による集団免疫獲得によって、結果的に脆弱な人たちを保護することができるだろうと提案している。

しかし、これは科学的証拠としては支持されない危険な推論である。

COVID-19の自然感染による免疫に頼る、いかなるパンデミック対処法も欠陥がある。若年層における野放しの感染伝播は全世代にわたって病気と致死の危険性をもたらす。人件費に加えて、これは全体として労働力に影響を与え、救急医療体制に大打撃を与えるだろう。さらに、自然感染後SARS-CoV-2に対する獲得免疫が持続するという証拠はないし、免疫が弱まる結果として風土病的な感染が起こるようになれば、脆弱な人たちを将来の見通しがないまま危険にさらすことになろう。そのような戦略はCOVID-19パンデミックを終わらせることにはならないばかりか、流行を繰り返す結果になるだろう。これはワクチンが発明される前のたくさんの感染症で見られたことである。それはまた、経済や医療従事者に対して受容できないほどの責任を負うことになるだろう。すでに多くの医療従事者がCOVID-19で亡くなっているし、医療災害の結果としてのトラウマを抱えている。加えて、誰が”long COVID”に苦しむことになるか、今なお理解していない。誰が脆弱であるか定義することはむずかしいが、たとえ重症化の危険にある人として考慮した場合でも、いくつかの地域では人口の30%の比率になる。人口のある大集団を長期間隔離することは実際上不可能であり、かつ著しく非倫理的である。多くの国に実証された根拠として、市中感染の流行を特定の社会集団に限定して制御することはできないことを示している。また、そのようなアプローチはパンデミックによって露にされた社会経済の不公正を悪化させ、構造的差別を増長させる危険をはらんでいる。最弱者を保護するための特段の努力は必要であるが、それは緊密な協力の下で、各世代・集団別に対する戦略として進めなければならない。

再度、我々はCOVID-19陽性者数の急増に直面しているが、それはヨーロッパで顕著であり、米国やその他の国々おいても見られる。断固として緊急に行動することが重要である。感染拡大を抑える効果的な対策が施される必要があるし、それらは社会の反応を勇気づけるような、そしてパンデミックによって増幅された不公正を是正するような財政的、社会的プログラムによってサポートされなければならない。行動制限の継続は将来のロックダウンを避けるためには必要であり、感染を軽減するために、そして効果的でないパンデミック対策を改善するために、短期間では必要であろう。このような行動制限の目的は、局所的な感染発生を迅速に検出できる程度の、そして効果的な発見、検査、追跡、隔離を通じて迅速な対応ができる程度の低レベルに、SARS-CoV-2感染を抑えることである。それによって全面的な制限をすることなしに日常に近い生活に戻すことができる。我々の経済を守るということは、COVID-19をコントロールすることと密接に関係している。我々は全労働を守り、そして長期の不確実性を避けなければならない。

比較的少数の国を挙げるとすれば、日本、ヴェトナム、ニュージーランドは強力な公衆衛生対策で感染をコントロールできており、日常に近い生活に戻すことができている。そして成功事例がたくさんある。証拠は非常にクリアであって、安全と効果的なワクチンと治療法が数ヶ月後に登場するまでに、COVID-19の感染拡大を制御することが社会や経済を守るための最良の方法である。我々は効果的な対策に躊躇している余裕などないのだ。証拠に基づいて緊急に行動することが必要である。

             

上記したように、ランセット誌の記事は「感染拡大抑制が社会経済を守る」という主旨で、これがCOVID-19の科学的コンセンサスだということを明確に伝えています。そして、対人距離の維持、密集の回避、マスク着用や手洗いなどの公衆衛生学的管理という人々の行動変容とともに、迅速な検査、濃厚接触者の追跡、そして隔離が感染制御に必須であることを強調しています。

記事の中で"long COVID"という言葉が出てきますが、これはネイチャー誌の記事 [2] を引用したものであり、COVID-19に罹患した人が「長期間症状に苦しむ状態」を指しています(図2)。検査陰性でCOVID-19が治ったということではなく、いわゆる後遺症としての有症状期間も加味して「治癒した」と定義すべきというニュアンスです。前のブログ記事「"Long COVID"という病気」で紹介しています。

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図2. "Long COVID"を伝えるネイチャーの記事 [2].

引用文献

[1] Alwan, N. A. et al.: Scientific consensus on the COVID-19 pandemic: we need to act now. Lancet. Published October 15, 2020. https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(20)32153-X/fulltext

[2] Nature Editorial: Long COVID: let patients help define long-lasting COVID symptoms. Nature 07 October 2020. https://www.nature.com/articles/d41586-020-02796-2

引用した拙著ブログ記事

2020年10月12日 "Long COVID"という病気

2020年10月9日 日本と世界の今の流行ー第1波から何を学んだか?

         

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

"Long COVID"という病気

はじめに

昨日(10月11日)、NHKのテレビ番組「令和未来会議」で、「COVID-19流行下において、感染拡大防止と経済活動のバランスをどう考える?」というテーマで、討論会が行なわれました。参加者は、大学教授、医師、感染症対策の専門家、フリーアナウンサー、タレント、フリーランス訪問看護師などさまざまな職業の人たちです。

その中の1人、高橋泰教授(国際医療福祉大学、医療制度)は「新型コロナを怖がりすぎているのが根本的な問題だと思う」と発言していました。この意見に対して、賛成の意を示していたのがフリーアナウンサー赤江珠緒氏、反対の手を上げたのがタレント武井荘氏です。

赤江氏は「罹っても治せばいいという意識がないと経済生活と罹患の対立構造がつづいてしまう」と述べていました。新型コロナに感染しても、問題なく治って復帰するとこのような考えになるものなのかと、率直に思いました。経済生活と罹患は対立構造にはなり得ないです。なぜなら、経済生活は感染状況や病気の状態に完全に依存するからです。

一方、武井氏は「新型コロナを怖がっているから感染者や死亡者が少ないのでは」、「感染者が少ないのに怖がり過ぎというのはちょっと違う」と発言していました。その意味で、この討論会では、彼の発言だけが際立っていたように思います。

番組のテーマが感染対策と経済のバランスということであったので、COVID-19そのものに焦点が当たることはほとんどありませんでしたが、やはり「コロナを怖がるな」という発言が出てきたことには、ちょっと違和感を抱きました。メディアやSNS上でもよく見られる「罹っても治せばいい」、「罹っても死ななければいい」という主張とともに、COVID-19の本質を表しているとは思われないからです。

COVID-19の特徴として、長く続く症状やいわゆる後遺症があります。国内外でこれらの症状に苦しむ人たちの実態が、論文やメディアを通じて伝わってきています。そしてこれらを包括的に表すものとして、”Long COVID"という新しい用語も出てきました。ここでは"Long COVID"とはどういうものか、紹介してみたいと思います。

1. 長く続く症状と後遺症

COVID-19に罹患して重症化に至り、人工呼吸器やECMOを利用した患者さんには、肺や呼吸器等に機能低下等が起こることが知られています。このため、退院後に呼吸器関連のリハビリを行うことも行なわれています。一方、後遺症として認識されているのは、重症、軽症に関わらず、新型肺炎にかかった多くの患者が、退院後にもさまざまな症状に悩まされていることです。

後遺症の実態が顕著になったのは海外の報告からです。発端の一つとなったのが、7月9日に、イタリアの研究チームがJAMA誌に報告した事例です [1]。この報告では、ローマ病院に入院した患者143人(男女比63:37、年齢19–87歳 [平均56.5歳])の退院後の症状が追跡されています(図1)。入院時では約73%が間質性肺炎を起こしており、15%が非侵襲的換気療法(noninvasive ventilation)、7%が侵襲的換気療法の処置を受けていて、平均入院期間は13.5日でした。

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図1. イタリアの研究チームが報告したCOVID-19の退院後の症状 [1].

退院後の症状(発症から平均2ヶ月後)としては、図1にあるように、多いものから順に倦怠感(fatigue)、呼吸困難(dyspnea)、関節痛(joint pain)、胸痛(chest pain)、(cough)、嗅覚障害(anosmia)、シェーグレン(乾燥)症候群(sicca syndrome)、鼻炎(rhinitis)、眼の充血(red eyes)、味覚障害(dysgeusia)、頭痛(headache)があります。症状は多岐にわたっており、倦怠感や息苦しさなどの入院時と同様なものが上位にありますが、各々の症状の割合は必ずしも入退院時で一致していません。

このイタリアからの報告は、すぐに世界中のメディアで大々的に取りあげられ、日本でもテレビや新聞で報道されています [23]。厚生労働省は、上記のJAMA論文出版と時を同じくして、後遺症の実態を調べる研究を2020年8月から始めることを発表しました [4]

医療レポーターであるElisabeth Mahaseは、7月14にBMJ誌に掲載された記事で、COVID-19の後遺症について、イタリアの事例を取りあげながら報告しています [5]。この記事では冒頭で、英国の感染症の専門家であるPaul Garner教授が、自らがSARS-CoV-2に感染した経験を7週間にわたってBMJ Opinionに詳しくレポートしていることを紹介しています。この教授は入院はしませんでしたが、数週間にわたる闘病を「恐ろしくて長い」と形容し、その長く続く症状とともに、7週間後も回復していない機能があったことが述べられています。

Mahase氏は、JAMA誌に発表したローマ病院での事例 [1] をかいつまんで紹介しています。患者の87%は退院後2か月で、少なくとも1つの何らかの症状が残っており、まったく症状がなかったのは13%であったこと、そして32%の人は1つか2つの症状があり、55%の患者は3つ以上の症状がまだ残っていたこと報告しています。

上記の患者の中で、熱や急性疾患の兆候や症状を示した人はいませんでしたが、多くの人がなお、疲労感(53%)、呼吸困難(43%)、関節痛(27%)、胸痛(22%)を訴えていました(図1)。そして40%の人たちが生活の質が悪くなったと報告しています。

後遺症については、米国や英国を含む多くの国で報告されています。基礎疾患がない若年成人でも、かなりの割合で通常の健康状態にまで回復していないことが報告されており、入院時の重症度や年齢とは関係ない症状として認められています。世界保健機関WHOは「呼吸器だけでなく心血管や末梢神経への後遺症」、「精神的な後遺症」も報告されていると指摘しており、各国に継続的な追跡と支援が必要と訴えています。

日本国内では、ツイッター上でも「#コロナ後遺症」のハッシュタグとともに、後遺症に苦しむ様子が投稿され、一躍注目され始めました [6]。しかし、なぜかそれに対する非難・中傷も多く、理解不足を嘆く声が多く寄せられています。罹患した人、医療従事者に対する差別や中傷が多いことは、とくに日本に多く見られる現象のようです。

2. "Long COVID"とは?

WHOはまだ正式に"Long COVID"という用語を認知していないものの、後述のように高い関心を持って注視しているようです。そして、すでに世界中の研究者や専門家が、この用語の概念に関心を寄せています。上述したBMJ記事で、Mahase氏は、”Long COVID-19"を次のように説明しています [5]

            

“Long covid” is a term being used to describe illness in people who have either recovered from covid-19 but are still report lasting effects of the infection or have had the usual symptoms for far longer than would be expected.

            

すなわち、COVID-19が治ったとされていても感染の持続的な影響があるか、もしくは通常の症状が予想よりもはるかに長期間持続し、改善されないという状態を示す用語である、と説明しています。

 "Long COVID"という言葉は、最初に、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのElisa Perego博士によって、ツイッター上でハッシュタグとして使われました。2020年5月のことです。

彼女の研究グループは、10月1日にBMJ誌に掲載された論説で、「なぜ"Long COVID"という言葉を使うべきか」を解説しています [7]そこで、その意義が以下のように要約されています。

 1) 病気の原因や病状の進行は未知であることの認知
 2) 軽症者とされても必ずしも軽症ではないことの明確化
 3) 慢性、後遺症、症候群といった呼称の回避
 4) Long COVIDは病気であることへの注目
 5) 障害者への関心の集中

3. ネイチャーの記事

英国サウサンプトン大学の公衆衛生の専門家であるNisreen A. Alwan准教授は、8月11日、ネイチャー誌に"Long COVID"に関する論説を発表しました [8]。この論説の主旨は、検査の陰性は回復を意味しないということ、そして検査陰性だけに頼らない新しいCOVID-19治癒の基準を求めていることにあります。

ネイチャー編集部は、10月9日、COVID-19患者をどう捉えるかという観点においては、「長引く症状(後遺症)」と「回復をどう定義するか」を考慮すべきである、という記事を掲載しました [9]。上述したように、息苦しさと倦怠感は、COVID-19を発症した後長期間続く症状であり、治癒したと宣告された後でもしばしば観察されます。

記事では、研究者や医者はこれらの症状についての病名についてまだ合意に達していないこと、文献上は”COVID後遺症(post-COVID syndrome)とか慢性COVID-19と呼ばれていること、そして今、研究者や患者は”Long COVID”と呼ぶべきと主張し始めていることを紹介しています。

そして、Alwan准教授が先行してネイチャー誌で論じているように、検査が陰性というだけではなく、胸の重苦しさ、息苦しさ、筋肉痛、動悸、倦怠感などの症状を含めた新しい基準に照らしたCOVID-19治癒の定義が求められていることを述べています。

さらに、WHOがこの話題の動向を注意深くフォローしていること、研究者や研究資金配分機関もまた、COVID治癒の定義と“longCOVID”の呼称を採用するかどうかについて緊急に考えなければいけないこと、そしてこのプロセスの中心に患者の声を反映させる必要性についても指摘しています。

記事では、"Long COVID"をどのように扱うかを決定する場合には、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)の症例を注意深く考慮する必要があると述べています。なぜなら、ME/CFSを煩った人たちは、特定の医療的処置と研究が必要な症状に長年苦しんでいますが、これは"Long COVID"と共通した症状であるからです。

とはいえ、ME/CFSを煩う患者の声は隅に追いやられているという問題があり、ME/CFS自体もよく研究されていないという現状があります。症状の輪郭がクリアでないME/CFS同様、"Long COVID"が抱える病気の認知の課題があります。この点で、鍵になるのは、"Long COVID"というネーミングについての合意を見ることであるという、グラスゴー大学Felicity Callardの弁を記事は伝えています。

少なくともWHOは、"Long COVID"認知の声を前向きに捉えているようです。記事では、テドロス事務局長がCOVID患者の会合で語った「あなた方のSOS発信は受け取った、まさにここからWHOが対処すべき、Long COVIDの認知、ガイドライン、研究、患者の声の必要性は明確にわかった」という回答を載せています。

おわりに

冒頭で述べたように、日本ではしばしば「新型コロナを怖がるな」と言う人がいますが、この主張はもとより「正しく恐れる」というフレーズも私は好きではありません。というか、意味がよくわかりません。なぜなら、正しく恐れようにも、COVID-19およびその原因となるウイルスのことが、よく理解されているとは言えないからです。

まず、パンデミックについては、終息の目処がまったく立っていないどころか、拡大し続けています。ここで紹介した後遺症を含めた"Long COVID"については、原因もわからず治療法も確立されていません。また、SARS-CoV-2に対する抗体の発現や持続性についても明確でなく、「一度罹ったからもう罹らない」といった免疫にも期待できない可能性もあります。さらには、効果的なワクチンがうまく実用化されるかどうかについても現時点ではまだまだ不透明です。

私たちは、日常の生活においては、疲労感・倦怠感と言っても数日休めば回復すると考えがちですが、"Long COVID"の場合は、生活に支障をきたすほどの疲労感をもたらしています。そして、これがいつまで続くのかわからないといった精神的悪影響もあります。海外やWHOの動きを見ていると、こういう症状を単にコロナの後遺症と捉えるのではなく、COVID-19の長引く症状をも含めて、"Long COVID"という病気としてみるべきという動きが急速化しています。

"Long COVID"という用語自体は、世界的にもまだ正式に受け入れられている状況ではありませんが、一方の日本では、"Long COVID"の認識さえまだ不十分です。日本語の対訳も確定していません。ロイターの邦訳記事では、「長期コロナ感染症」と表現しています [10]

日本では病気としてではなく、後遺症という捉え方が主流のようですが、関連学会も実態を調べ始めていまようです [6]厚労省による後遺症の調査も始まったばかりであり、結果が出るのは来年の3月だと言います。感染抑制対策もお粗末な日本ですが、"Long COVID"の対策についても周回遅れという状況のようです。

引用文献・記事

[1] Carfi, A. et al.: Persistent symptoms in patients after acute COVID-19. JAMA 324, 603-605 (2020). https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2768351

[2] 熊井洋美、三上元、合田禄: 治っても後遺症? 新型コロナの恐ろしさ、新たな闘い. 朝日新聞DIGITAL 2020.07.18. https://digital.asahi.com/articles/ASN7K41JSN7FULBJ005.html

[3] 今村節、赤川肇: 抜け毛300本、無味無臭、息切れ…「#コロナ後遺症」解明が本格化. 東京新聞 2020.09.25. https://www.tokyo-np.co.jp/article/57563

[4] NHK NEWS WEB: 新型コロナ 後遺症の実態を研究へ 2000人対象 厚労省https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200710/k10012508211000.html

[5] Mahase, E.: Covid-19: What do we know about “long covid”? BMJ 370, m2815 (2020) doi: https://doi.org/10.1136/bmj.m2815

[6] NHK NEWS WEB: コロナ陰性後も続く“後遺症” 実態調査へ 日本呼吸器学会. 2020.07.02. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200702/k10012492951000.html

[7] Perego, E. et al.: Why we need to keep using the patient made term “Long Covid”. BMJ October 1, 2020. https://blogs.bmj.com/bmj/2020/10/01/why-we-need-to-keep-using-the-patient-made-term-long-covid/

[8] Alwan, N. A.: A negative COVID-19 test does not mean recovery. Nature 11 August 2020. https://www.nature.com/articles/d41586-020-02335-z

[9] Nature Editorial: Long COVID: let patients help define long-lasting COVID symptoms. Nature 07 October 2020. https://www.nature.com/articles/d41586-020-02796-2

[10] REUTERS: アングル:治癒後も続くコロナ後遺症、完治のめどなく心にも傷. 2020.09.05. https://jp.reuters.com/article/coronavirus-long-haulers-idJPKBN25V0HD

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

世界と比べた日本の今の流行ー第1波から何を学んだのか?

2020.10.10: 08:15 a.m. 更新

10月に入り、日本はついに、新型コロナウイルス感染症COVID-19の累計陽性者数で中国を抜いてしまいました。10月6日、この件についてツイートしましたが↓、10月8日0:00現在(厚生労働省)の累計陽性者数は 86,571人、累計死者数は1,612人、100万人当たりの死者数は13人です。これらの数字は東アジアの先進諸国の中では最悪の部類になります。

一部のジャーナリストや医療専門家が、2–3月の流行の始めに、中国のような感染拡大は起こらないと言っていたことが記憶に残っています。中国は全員検査という明確な方針でとりあえず感染を封じ込め、経済再開に至っています。一方日本はほぼ無策のまま経済再開です。

現在、国内のテレビはGoToキャンペーンの報道でにぎわっています。流行を忘れさせるような画像が流れてきますが、もちろん状況は好転していません。むしろ、これから危機的に悪くなるでしょう。そこで、ここでは、日本の現況をより理解するために、あらためて世界の国々の流行と比べてみたいと思います。ここで示すデータ(図)は、すべてOur World in Dataから取得したものです。

まず、世界全体の流行を示すのが図1です。毎日の新規陽性者数は依然として右肩上がりであり、パンデミックは下降傾向どころか、ますます拡大・進行していることがわかります。最近では30万人/日を超える陽性者が出ています。

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図1. 世界における日当りの新規陽性者数.

次に北米(米国およびカナダ)の状況を示したのが図2です。米国は3月と7月に流行の山があり、現在は4–5万人/日の陽性者数で横ばいですが、この冬に向かってまた増えそうな予感のパターンです。カナダは米国比べると圧倒的に陽性者数が少ないですが、すでに陽性者が増え始めています。

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図2. 北米における日当りの新規陽性者数.

図3は、日本を含む東アジアと西太平洋先進諸国の新規陽性者数のパターンを示します。上述したように、日本はこの地域の先進諸国の中で最悪の陽性者数を出しています。ちなみに東アジアの中で日本より上位の国は、検査・医療態勢とともに感染症対策が不備なフィリピンとインドネシアだけです。

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図3. 日本を含む東アジア・西太平洋先進諸国における日当りの新規陽性者数.

具体的に、東アジア・西太平洋諸国における現在の流行のデータを表1に示します。日本は、先進諸国の中では、累積陽性者数でトップであり、死者数や人口当たりの死亡率でもいずれも2位と悪いです。検査陽性率に至っては3.9%と抜きん出ています。この数字自体は低い印象を受けますが、それでも周辺の国々に比べると検査数が追いついていない状況がうかがわれます。

表1. 東アジア・西太平洋主要先進諸国・地域における現在の流行状況(worldometerの統計データに基づいて作表、インドネシア、フィリピンを参考として比較)

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日本では4月をピークとする最初の流行を招き、緊急事態宣言に至り、見かけ上流行が減衰した5月下旬に宣言解除となりました。しかし、その後の社会経済活動の再開によって、流行は再燃し(いわゆる第2波流行)、8月初旬にピークとなりました。その後感染拡大は抑えられたような傾向になりましたが、この間、国民の行動変容以外にこれと言った感染症対策がなく、今は下降傾向が止まって新規陽性者数400-600人/日で推移しています。つまり、この高い位置でのベースラインから、いよいよ次の感染拡大が始まると考えられるのです。

流行パターンから見れば、対策も感染者数もまったく異なりますが、米国と似ていると言えなくもありません。一方、周辺諸国における第2波なるものは、日本と比べると格段に抑えられています。

図4は、ヨーロッパの主要先進国(フランス、英国、スペイン、ドイツ、イタリア)の流行パターンを示しています。夏が終わっていずれの国でも陽性者数が増え始めており、フランス、英国、スペインでは第1波を大きく超えています。

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図4. ヨーロッパの先進主要国における日当りの新規陽性者数.

日本ではじまったGo To Eatキャンペーンと同様な対策を行っていた英国では、ボリス・ジョンソン首相が「この支援策がCIVID-19再拡大の一因となった」との考えを示しています [1]。英国ではフランス、スペイン共々再ロックダウンも考えられているようです。

比較的抑えていたドイツ、イタリアでも陽性者数が増え始めています。これを受けて、ドイツでは深夜営業禁止などの感染抑制対策の強化が行なわれ、イタリアでは非常事態宣言が延長されました [2]

ヨーロッパの流行状況は、やはり寒期へ向かうと流行しやすいことを暗示しています。冬は乾燥するので、飛沫からのエアロゾルの発生頻度が高くなり、空気感染が起こりやすくなることが懸念されます。

一方で南半球の国々ではどうなっているでしょうか(図5)。対策が国によって大きく異なり、アルゼンチンのように増え続けている国もありますが、おおむね冬のピークから減衰に向かっているように見えます。

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図5. 南半球の主要国における日当りの新規陽性者数.

このように世界や東アジアの流行状況と比べてみると、日本政府は最初の流行への対策の失敗からほとんど何も学ばず、第2波の流行を招いてしまったということが言えます。

第2波では、それまで発症者検査限定で見逃されていた若年層を中心とする無症状の人が優占陽性者として多数検出されているため、見かけ上致死率は大幅に下がっています。しかし、累積死者数1612人のうちの40%は、7月1日以降の第2波で生じていることは、第1波から学んだことが十分な生かされていない(学んでいない)ということが言えます。

かろうじてこの流行水準を保っているのは、ひとえに国民の自粛や行動変容が徹底されたこと、PCR検査が増え、検査の対応が早くなったこと、それに医療現場の対処療法が進歩したことによるものだと思います。国はGoTo事業を始めとする、経済を回すことに注力していて、防疫対策としては実質無策です。菅総理大臣は新型コロナ感染症に関心がないようにさえ思われます。

シンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ(API船橋洋一理事長)」が発足させた「新型コロナ対応・民間臨時調査会」は、昨日(10月8日)、第1波の流行に関する報告書を発表しました。本調査会の小林善光委員長は記者会見で、安倍前首相がいう「日本モデル」(→世界が評価する?日本モデルの力?)とされる政府対応について、「戦略的な政策パッケージではなく、場当たり的な判断の積み重ねだった」と総括・批判しています。

新聞はこの報告書の概要をまとめています [3, 4]。とくにPCR検査に関わる部分をまとめると以下のようになります。

                 

厚労省は当初、PCR検査を、中国湖北省などに渡航歴がある人、濃厚接触者も含めて有症状の人に限定し、無症状は対象外だった。

厚労省国立感染症研究所は2月10日までには不顕性感染が低くないことを認識していたが、公に認めようとしなかった。

・新型コロナはの感染は発症直前がピークという論文が4月15日に発表されたが、厚労省が、無症状でも医師が必要と認めれば検査できると表明したのは5月15日であり、無症状の濃厚接触者も検査の対象になったのは同29日であった。

                 

私はまだ民間臨時調査会の報告者は読んではいませんが、メディアの報道から伝わってくることを参照すると、最初の流行時の節目節目において、政府がエリートパニックを起こし、情報を恣意的に曲げたり、隠したりして、対策が遅れてしまった様子がうかがわれます。世界保健機構WHOからも指摘されていますが、日本のリスクコミュニケーションのシステムが、きわめて脆弱であることを物語るものです(→新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本)。

そして、時間の力で検査を増やさざるを得ない状況にはなったものの、第1波の反省も十分にないままに、第2波を迎えてしまい、図3、表1に示すように、東アジア・西太平洋先進諸国の中で最悪の結果を招いているということが言えます。

ヨーロッパ(図4)と南半球(図5)の国々の対照的な流行を参照すると、晩秋から冬にかけて、日本では大規模な流行(しかもインフルエンザといっしょのツインデミック)が起こると予測されます。しかし、これに向けての近隣かかりつけ医の相談・診療体制や検査体制は不備であり、かついろいろと疑問の余地が残ります(→今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?)。

諸外国では、インフルエンザウイルスとSARS-CoV-2の同時検出を行なうマルチプレックスRT-PCRのキットがすでに緊急認可されており、日本でも30分以内に検査が完了できるポータブルRT-PCR装置が市販されたりしています。しかし、日本政府はなぜか町の病院の検査レベルでは、精度ではるかに劣る抗原検査キットを主として勧める方針のようです [5]。このままでは大きな混乱を生じることが目に見えています。

上述したように、冬は乾燥するので空気感染が起こりやすくなると推察されます。こういう時にこそ、スパコン富岳のシミュレーションの出番だと思うのですが、どうなっているのでしょうか。

そして先月末も述べましたが(今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?)、早急に高リスクの環境(飲食業や介護施設)やエッセンシャルワーカーの事前スクリーニング検査を徹底し、市中感染者のあぶり出しをやるべきです。でなければ、これから確実に爆発的感染拡大に見舞われることになります。しかもベースラインが高い分、これまでとはるかに大きい感染の規模になることが予想されます。とくに先に冬を迎えている北日本は危ないです。すぐに対応すべきでしょう。

引用文献・記事

[1] 松丸さとみ: イギリス版Go To Eatが「コロナ感染拡大の一因に」、英首相認める. Newsweek日本版. 2020.10.08. https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/10/go-to-eat.php

[2] Reuters: 欧州でコロナ再拡大、イタリア非常事態延長 ドイツ抑制策強化. 2020.10.08. https://www.reuters.com/article/health-coronavirus-italy-idJPKBN26S36H

[3] 姫野直行: コロナ政府対応は「場当たり的だった」 民間臨調が検証. 朝日新聞DIGITAL. 2020.10.08. https://digital.asahi.com/articles/ASNB80SXKNB7ULBJ01C.html?iref=pc_rellink_01

[4] 阿部彰芳: 無症状でも感染、背を向けた厚労省 「パニックになる」. 朝日新聞DIGITAL. 2020.10.09. https://digital.asahi.com/articles/ASNB92FL2NB8ULBJ011.html

[5] 首相官邸政策会議: 新型コロナウイルス感染症対策本部(第 43 回). 2020.09.25.
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/th_siryou/sidai_r020925.pdf

引用した拙著ブログ記事

2020年9月30日 今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?

2020年8月30日 新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本

2020年5月26日 世界が評価する?日本モデルの力?

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

菅総理大臣の学術会議任命拒否に対する海外の反応

2020.10.08: 08.06 a.m. 更新

はじめに

2020年10月1日、日本学術会議総会において推薦された新会員105名の内の6名が、菅首相によって任命を拒否されたことがわかりました。これに対し、日本学術会議は首相あてに、任命拒否の理由の説明と新会員候補6名の任命を求める要望書を送付するという、前例のない行動に出ました。
菅首相は「法律に基づき任命した」とお得意の強弁で対応し、加藤官房長官および政府の担当部署も「義務的に任命しなければならないというものではない」と開き直った説明をしています。


任命を拒否されたのは、芦名定道京都大学教授、宇野重視東京大学教授、岡田正則早稲田大学教授、小沢隆東京慈恵会医科大学教授、加藤陽子東京大学大学院教授、松宮孝明立命館大学大学院教授の6名です。この全員がこれまで安保法制・戦争法、特定秘密保護法、および「共謀罪」のいずれかにおいて、反対する見解を示しています。
したがって、各方面から、この人たちの政府方針の批判が今回の任命拒否の理由ではないかという疑念が出され、もしそうであれば、それは憲法第23条に規定される学問の自由への国家による侵害にほかならないという批判が出ています。

菅首相はこれまで任命拒否の理由を一切説明していません。理由を示さないのはなぜでしょうか。一つは、疑念どおりに、もろに政府に反対する学者への見せしめということから、口にできないということがあるでしょう。もう一つは、理由を明かさないことで学者側に「何がいけなかったのか?」と疑心暗鬼の気持ちを抱かせ、政権への忖度を加速させるという意図もあるかもしれません。つまり、萎縮効果を狙ったものです。

彼の官房長官時代の強弁と人事権を盾に官僚支配する態度は、誰の目にも焼き付いています。いずれにせよ、理由を明かせないようなことをやっている自覚はあるわけです。逆に6人以外の99人を任命した理由も言えないでしょう。

最新の世論調査では内閣支持率は高いものの、今回の任命拒否については、国民の過半数が否定的に回答しています。菅首相が任命拒否の理由を一切明かさないという態度を見ていると、あらためて「国民のために働く」と表明したことの薄っぺらさを感じざるを得ません。

国内では、今回の菅首相や政府の対応について多方面から批判が出ていますが、それは学術会議の元会長である広渡清吾氏の論評に代表されます [1]。ここでは、国際的には今回の任命拒否がどう見られているのか、海外メディアや学術雑誌から論評を紹介してみたいと思います。

1. 海外メディアによる報道

1-1. ロイター通信
英国のロイター(Reuter)通信は、10月5日、「日本のスガ、学術会議の任命拒否に炎上した中で弁明」という見出しで、本件を全世界に伝えました [2]図1)。

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図1. ロイター通信が伝える学術会議任命拒否問題.

記事では、菅首相は、携帯料金値下げやデジタル化の政策に賛同する国民による高い内閣支持率に気をよくしているかもしれないが、"安倍政権の政策を批判した学者らを任命拒否"したことで、この蜜月期間に大炎上を引き起こした、と伝えています。

そして、日本学術会議ができた経緯と組織を紹介しながら、野党勢力が本件について菅首相に説明を求めていること、Change.orgが当該週月曜日までに学者任命要望に関する10万人の署名を集めたこと、一方で菅首相が年間10億円を学術会議に拠出していることを挙げながら任命拒否が合法であると主張したこと、などを伝えています

さらに、任命拒否された当該者である岡田教授や宇野教授のコメントも紹介しています。保守層から学術会議と中国との関係を指摘されていることについて、岡田教授はこれを否定していることを伝えています。

記事のトーンは菅政権批判であり、今回の任命拒否は政治の学問への介入と学問の自由への脅威であること、その理由も自身が官房長官を務めていた安倍政権の政策への批判が原因と指摘しています。

記事は、最後に、「民主主義社会の最大の強みは批判に対してオープンであり、その都度修正していく能力である」という宇野教授の言葉で結んでいます。

1-2. フィナンシャル・タイムズ
英国の経済紙、フィナンシャルタイムズ(Financial Times, FT)も、同日、「日本学術会議スキャンダルがヨシヒデ・スガ政権の蜜月期間を脅かす」という見出しで、大きく取り上げました [3]図2)。本件をすでに"スキャンダル"として取り扱っていることに、海外の認識と問題の大きさがうかがわれます。

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図2. フィナンシャル・タイムズが伝える学術会議任命拒否問題.

FTの記事は有料で詳細を見ることができなかったので、この記事を取りあげているアルメニアン・レポーター(Armenian Reporter)から概要を拾ってみました [4]図3)。アルメニアン・レポーターは米国の独立メディアで、週単位で記事を配信しています。

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図3. アルメニアン・レポーターによるFT記事の要約画面.

記事では、「政権発足早々の最初のスキャンダルで菅政権の蜜月期間は実質終わってしまった、6人を任命拒否したということは、彼の政治的見解を示す明らかな報復である」と冒頭から断言しています(原文↓)。

          

Japan’s brand-new prime minister Yoshihide Suga has actually ended up being involved in his very first scandal after declining to verify the election of 6 teachers to an advisory council, in evident retaliation for their political views.

          

そして、この任命拒否は、鼻っぱしらの強い黒幕(hard-nosed powerbroker)としての菅氏の印象を浮かび上がらせ、今の彼に対するソフトイメージを弱めることになる、と続けています。

記事では、世論調査で70%以上の内閣支持率がありながら、国民の過半数が、彼の任命拒否は間違っていると回答していること、立憲民主党安住淳国会対策委員長が「客観的組織に対する任命は政治的であってはいけない」と主張したこと、6人の学者らが安倍政権時代の安保法制や共謀罪に反対していたこと、を紹介しています。

また、6人のうちの1人である立命館大学教授松宮孝明氏(法学、刑法)が、今回の任命拒否は学界の柔軟性を損なう危険性があると説明したことを取りあげています。

さらに、加藤官房長官が、この任命拒否を合法である、会議に年間10億円の国費を拠出している、彼らは国家公務員である、ことを主張していることに対して、学界のリーダー達は法律違反であると主張していることも紹介しています。

1-3. ル・モンド

フランスの夕刊紙、ル・モンド(Le Monde)も、「日本の菅義偉首相が知的世界と戦争」(Le premier ministre japonais, Yoshihide Suga, en guerre avec le monde intellectuel)というタイトルで、本件を取りあげました [5]。私はフランス語が不得手なので、辞書と格闘しながら読むしかありませんでしたが、フランス語の得意な知人にもアドバイスをもらいました。

記事ではのっけから、「日本の菅新首相は批判的な声が嫌い」(Le nouveau premier ministre japonais, Yoshihide Suga, n’aime pas les voix critiques.)と皮肉たっぷりに表現しながら、日本学術会議推薦候補の6人が前代未聞の任命拒否にあったことを伝えています。

記事では、菅首相がこの任命拒否の理由についていかなる説明していないこと、一方で、ノーベル賞授与者で学術会議現会長の梶田隆章氏が任命拒否の理由説明と撤回を要請したこと、これに対して加藤官房長官が実質的に拒んだことも伝えています。

2. 学術誌による掲載

世界で最も権威があり、高インパクトを有する二大学術雑誌、サイエンス誌(Science)ネイチャー誌(Nature)も、この問題を早速取り扱っています。

2-1. サイエンス

サイエンス誌は、10月5日、「日本の新首相は日本学術会議との闘いを選んでいる」というタイトルで、本件の記事を掲載しました [6]図4)。 

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図4. サイエンス誌が掲載した学術会議任命拒否問題記事のウェブページ.

本記事は冒頭で、菅首相が学術会議の推薦を拒否したこと、そして研究者たちは学術会議に対するこのような動きを学問の自由の侵害として見ていることを報じています

記事は、学術会議の組織と運営の概要を加えながら、6人の社会科学、法学、人文系の学者がこれまでの慣習を破って任命拒否されたこと、菅首相が拒否の理由を説明しなかったことを伝えています。そして、広報担当が首相は推薦に従う義務はないと述べたことに対して、この6人の学者が、菅首相官房長官を務めていた安倍政権の政策を批判していたという事実を挙げています

さらに、日本科学者会議の井原聰事務局長が「任命拒否が違法である」と主張したことも紹介しています。

記事では最後に、毎日新聞の「この国の学術の自由を脅かす重大な菅政権の介入」という言及を載せており、10月3日の首相官邸前のデモ行進についても伝えています。

2-2. ネイチャー

ネイチャー誌は、10月6日(PDF版は8日付け)、「なぜ今ネイチャーが、かつてないほどに政治を取材しなければならないか」というタイトルで社説を掲載しました [7]図5)。副題で「科学は政治は不可分である」、「今後しばらくの間、より多くの政治ニュースを取り上げるつもり」とあります。

この社説は、科学と政治の関係についての今の世界的な流れを特集したものであり、COVID-19パンデミックや環境問題の中で両者の関係性がより重要になる一方で、学術的な自治が脅かされていることを主旨として述べたものです。

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図5. ネイチャー誌が掲載した科学と政治に関する記事のウェブページ.

社説では、トランプ大統領(名指しは避けていますが)がCOVID-19や環境問題で科学的証拠を無視したり、ブラジルの大統領がアマゾンで森林破壊が加速したという報告書を受け入れなかったり、英国でCOVID-19の統計データが不正確になったりした例を挙げています。そして、「議論の余地のない科学的証拠を為政者が無視する事態が頻繁に起こっている」と指摘しています。ちなみに、トランプ大統領がいかに科学にダメージを与えたかについては、別記事で述べられています [8]

さらに、日本学術会議の会員候補6人の任命拒否問題にも触れ、「学術会議は科学者の声を代弁する独立した組織であるが、菅首相は"政府の政策に批判的"だった6人の学者の任命を拒否した」、「首相が任命する制度になって以来、初めてのことだ」と報じています。

そして、「国が学問の自立性や自由を尊重するという原則は、現代の研究を支える基盤の一つであり、もし政治家がこの原則を破れば、人々の健康、環境、社会を危険にさらす」と懸念を示しています。

ネイチャー誌の記事では、トランプ、ボルソナロ大統領とともに菅首相がやり玉に挙がっているところがミソです。米国、ブラジルはCOVID-19対策で失敗し、世界で最も被害を出している国々です。日本は東アジア・西太平洋先進諸国の中では最悪の被害を出しています(→日本と世界の今の流行ー第1波から何を学んだか?)。

3. 論点のすり替え

上述したように、菅総理の学術会議任命拒否の件について、海外のメディアや学術雑誌はおしなべて批判的です。問題の核心は、「菅首相がなぜ6人に限って任命を拒否したのか?」というきわめて単純で当然な疑問に対して彼が何ら理由を示していないということです。加えて、この政権の姿勢が学界や学者の研究・行動の自由を侵害するのではないか、という懸念と、この任命拒否が、法律に触れる行為ではないかという問題があります。

海外の新聞は本件をスキャンダル扱いし、「なぜ理由を述べないのか」という論点に関連して、世界的な著名学術誌も、ズバリ、「政府に批判的な学者が切られた」というニュアンスで伝えているわけですが、これらの見解は誰が見てもそう捉えるという証明でしょう。しかし、早くも政権や自民党からは、学術会議の活動や組織改革を問うという、論点のすり替えと考えられる動きが出てきています。

もとより、菅氏が叩き上げの中で学んだことは、処世術と人事掌握の方法であり、大した知識や政治理念があるとも思えません。政権運営のベースとして、基礎科学に対する理解があるわけでもなく、そこには反知性的な自己流のやり方での実務主義の感覚しかないように思えます。官僚組織とメディアに加えて、政府批判の知識層を忖度・萎縮効果で抑え込んでしまえば、大衆は玉を転がすような存在として見ているかもしれません。このためには論点のすり替えなど何でもないことなのでしょう。

自民党内からは任命拒否についての批判の声はほとんど聞こえてきませんし、今後学術会議のあり方という、論点とは異なる課題を広げる動きがますます顕著化してくると思われます。これらの動きを見えると、ひょっとしたら、与党議員そのものが政権に対する忖度や忠誠に囚われているかもしれません。

おわりに

日本学術会議は、2017年3月、「軍事的安全保障研究に関する声明」を発出し,近年,防衛装備庁が創設した「安全保障技術研究推進制度」に大学等は慎重であるべきことを主張しました。これは、このような軍事研究が、学問の自由および学術の健全な発展に対して、阻害的な緊張関係を生むことを認識したものです。政権の学術会議に対するそれまでの圧力は、これが契機となって強まったことを間違いないと思われます。

この2年前、私が以前勤めていた大学の教授会で、軍事研究の問題が討議されました。当時、防衛装備庁の研究制度を大学の1人の研究者が受託していたからです。私はその会議で「そもそも軍事研究と民生用研究は区別などできるはずがない、それができるとすれば、研究を科研費でやるか防衛装備庁の紐付き補助金でやるかだけだ」と発言しました。その際、誰か援護射撃をしてくれるかと期待していましたが、その場にいたすべての教員が沈黙したままでした。そのとき、大学の教員はこんなにまで保守化・ノンポリ化しているのかと、ふと思ってしまいました。

今はネイチャー誌でさえ、科学は政治は不可分であり、今後政治ニュースを取り上げると言っているわけです。今回の任命拒否の件を受けて、日本のアカデミア人は、全力を上げて声を出すべきではないかと考えます。でなければ、たとえ自覚がなく、否定したとしても、全員がいつのまにか御用学者になっていることでしょう。

引用文献・記事

[1] 広渡清吾: 科学と政治:日本学術会議の会員任命拒否問題をめぐって(広渡清吾). Web評論日本: 2020.10.06. https://www.web-nippyo.jp/20948/2/

[2] Sieg, L. and Takemoto, Y.: Japan's Suga, under fire, defends rejection of scholars for science panel. REUTERS Oct. 5, 2020. https://www.reuters.com/article/uk-japan-politics-academics/japans-suga-under-fire-defends-rejection-of-scholars-for-science-panel-idUKKBN26Q1HO

[3] FInancial Times: Science Council scandal threatens Yoshihide Suga’s honeymoon period. 2020.10.05. https://www.ft.com/content/da2086e9-543d-4784-990f-82c75e66d2c8

[4] Armerian Reporter: Science Council scandal threatens Yoshihide Suga’s honeymoon period. 2020.10.05. https://www.reporter.am/science-council-scandal-threatens-yoshihide-sugas-honeymoon-period/

[5]  Le Monde: Le premier ministre japonais, Yoshihide Suga, en guerre avec le monde intellectuel. 2020.10.06. https://www.lemonde.fr/international/article/2020/10/06/le-premier-ministre-japonais-yoshihide-suga-en-guerre-avec-le-monde-intellectuel_6054962_3210.html

[6] Normile, D.: Japan’s new prime minister picks fight with Science Council. Science Oct. 5, 2020. https://www.sciencemag.org/news/2020/10/japan-s-new-prime-minister-picks-fight-science-council

[7] Nature Editorial: Why Nature needs to cover politics now more than ever. Nature 586, 169-170 (2020). https://www.nature.com/articles/d41586-020-02797-1

[8] Tollefson, J.: How Trump damaged science — and why it could take decades to recover. Nature 586, 190-194 (2020). https://www.nature.com/articles/d41586-020-02800-9

             

カテゴリー:科学技術と教育