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Akashi Taira Band

https://ameblo.jp/atb-2019/theme-10110603273.html

Twitter:

https://twitter.com/orientis312

Google Scholar

https://scholar.google.co.jp/citations?user=hD1-GesAAAAJ&hl=ja&oi=ao

ResearchGate:

https://www.researchgate.net/profile/Akira_Hiraishi

米NIHが武漢の危険ウイルス研究への資金提供を認めた

はじめに

米国国立衛生研究所(NIH)が、中国の武漢ウイルス研究所でのウイルスの機能獲得実験に資金提供していたという事実が明らかになってきました。ウェブ記事やSNS上でこの事実が取り上げられていますが、これはSARS-CoV-2の起源に関わることとしてきわめて重要です。

先のブログ記事(→新型コロナの起源に関して改めて論文を読み、戦慄に震える)で紹介したように、SARS-CoV-2はゲノム上に自然界のコロナウイルスではあり得ないようなきわめて特徴的なセグメントを有します。そこから、このウイルスがコウモリ由来のSARS類似ウイルスをもとに作られた人為的改変ウイルスではないか、それが武漢ウイルス研究所から漏出し、パンデミックを引き起こしたのではないか、と疑いをかけられているわけです。

米国のヴァニティ・フェアも(Vanity Fair)は、NIHが資金提供を認めた書簡を提出したことを10月22日の記事で詳細に伝えました [1]。本誌は米国のコンデナスト・パブリケーションズが発行している月刊誌です。主に大衆文化、ファッション、時事問題を扱っていますが、COVID-19関連の記事も適宜載せています。

ここではヴァニティ・フェアが掲載した記事を翻訳しながら、本件が与える影響について述べたいと思います。

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1. ファウチ博士の憤慨

SARS-CoV-2の起源については米国内で様々なデマが飛び交っていました。COVID-19は実験室で作られた生物兵器であるという主張を含む、主に右派からの外国人嫌いの指弾や明らかな偽情報には、民主党員でなくてもうんざりしていました。

アンソニー・ファウチ博士は、7月20日に行われた上院の公聴会で、何百万人もの米国人の不満を代弁するかのように、ツイッター用に用意された罵詈雑言を浴びせました。ファウチ博士の怒りの矛先は、ランド・ポール上院議員に向けられました。ポール議員は、NIHが武漢ウイルス研究所での危険なウイルス研究に資金を提供したことがあるかどうか、国のトップに君臨する博士に発言を迫ったのです。NIHが公開した新しい情報に、ポール氏は何かを掴んだのかもしれません。

ファウチ博士のスポークスマンは、彼は「完全に真実を語っている」と述べました。しかし、NIHがウイルス増強研究を支援していたことを遅ればせながら認めた新しい書簡は、武漢研究所からのウイルス漏洩がパンデミックを引き起こした可能性があるかどうかについて進行中の論争をさらにヒートアップさせることでしょう。

2. NIHが認めた事実

水曜日(10月20日)、NIHは下院のエネルギー・商業委員会のメンバーに書簡を送り、二つの事実を認めました。

一つ目は、ニューヨークに拠点を置く非営利団体エコヘルス・アライアンス(EcoHealth Alliance)が、武漢研究所と提携して新興感染症の予防研究を行ない、実際にコウモリのコロナウイルスを強化して人間への感染力を高めたという事実です。NIHの書簡では、この研究は、武漢研究所との共同研究に資金を提供したことによる「予期せぬ結果」と説明されています。

二つ目は、資金の助成条件では、研究でウイルス病原体の増殖が10倍になった場合は報告しなければならないとなっているにもかかわらず、エコヘルス・アライアンスが、これに違反していたことです。

NIHは、エコヘルス・アライアンスが約2年後の8月にNIHに送った研究経過報告書をもとに、これらの情報を開示しました。NIHの広報担当者は、ヴァニティ.フェアに対し、ファウチ博士の議会での発言は完全に真実であり、7月20日の証言時には問題となっている研究の詳細を記した進捗報告書を持っていなかったと述べました。

しかし、エコヘルス.アライアンスはその主張を否定するかのように、声明の中で次のように述べています。「これらのデータは、私たちが気付いた時点で、2018年4月の第4年度報告書で報告されている」。

NIHからの書簡とそれに添付された分析結果によると、エコヘルス・アライアンスが研究していたウイルスは、SARS-CoV-2との間に大きな遺伝子の違いがあることから、今回のSARS-CoV-2パンデミックを引き起こした可能性はないとしていています。NIH所長のフランシス・コリンズ(Francis Collins)博士は水曜日に発表した声明の中で、エコヘルス・アライアンスの研究について「記録を整理したい」と述べましたが、パンデミックを引き起こした可能性があるという主張は「明らかに間違っている」と付け加えました。

2. 情報隠蔽の臭い

エコヘルス・アライアンスは声明の中で、自分たちの研究がパンデミックを引き起こす可能性がないことを科学的に明確に証明しているとし、「助成金の報告要件と当社の研究データが示す内容について誤解があると考えられるため、NIHと協力して速やかに対処している」と述べています。

しかし、米国議会が何ヶ月にもわたって情報提供を求めてきた後にNIHから書簡が出てきたということは、NIHの意図がうかがわれます。つまり、米国最高の科学機関が、自ら資金提供したにもかかわらず、危険な研究について適切な監視を怠ってきたということは、研究サポートには積極的ではなかったと強調しているようにも見えます。パンデミックが19ヶ月目に入った今、様々な疑問の声が高まる中、NIHはCOVID-19の起源を探る手助けをするどころか、自らの助成金制度や科学的判断を守るために立ち回ってきました。

スタンフォード大学微生物学者であるデヴィッド・レルマン(David Relman)博士は、「これは、不適切な監視、リスクの軽視、透明性の重要性に対する鈍感さという、悲しい物語の新たな1章に過ぎない」と語っています。「この研究が非常に注目されているにもかかわらず、NIHとエコヘルスが、この助成金に関する報告書の数々の不正をいまだに説明していないのは理解しがたい」と述べています。

ヴァニティ・フェアは、この問題のあるウイルス研究に米国政府が資金を提供したことによる利益相反が、COVID-19の起源に関する米国の調査を妨げていることを初めて明らかにしました。それ以来、この4カ月間に公開された情報は、ますます不穏な様相を呈しています。

先月初め、インターセプト(The Intercept)は、NIHに対する情報公開法に基づく手続きでを経て、エコヘルス・アライアンスの助成金研究に関する900ページ以上の文書を入手し、それを公開しました。ところが、その文書には、エコヘルス・アライアンスが2019年の助成期間終了時に提出を義務付けられていた5回目の最終進捗報告書が1枚だけ欠けていました。

NIHは、2021年8月に発行された漏れていた進捗報告書を、水曜日の書簡で掲載しました。その報告書には、改変されたウイルスに感染した実験用マウスが、自然界に存在するウイルスに感染したマウスよりも「病気になった"became sicker"」という「限定的な実験」が記載されていた、としています。

この書簡では、COVID-19の起源をめぐる論争の中心となっている「機能獲得研究」という言葉は出てきていません。この種の研究は、ヒトへのリスクを測る目的で感染力を高めるように病原体を遺伝子操作するものであって、常に物議をかもし、ウイルス学界を二分しています。2017年に制定された審査制度では、ヒトへの感染力を高めるような病原体の研究提案は、連邦機関が特に厳しく審査することになっています。

ファウチ博士の広報担当者はヴァニティ・フェアに対し、エコヘルス・アライアンスの研究はその枠組みに該当しないと述べています。理由としては、資金提供を受けている実験は「人間への伝染性や病原性を高めることは予想できないからだ」としています。

しかし、"The Search for the Origin of COVID-19"という本の共著者でボストン在住の科学者であるアリナ・チャン(Alina Chan)氏は、NIHは「非常に挑戦的な立場にある」と述べています。NIHは国際的な研究に資金を提供し、新しい病原体の研究や予防に役立てています。しかし、どのようなウイルスが採取され、どのような実験が行われ、どのような事故が起きたのかを知るすべがなかったということであり、難しい立場であると言えます。

3. DRASTICからの情報

科学者たちがCOVID-19ウイルスの起源をめぐって膠着状態に陥っている中、先月、エコヘルス・アライアンスが武漢研究所と提携して、パンデミックにつながった可能性のある研究を目指していたことが、別の情報公開によって明らかになりました。9月20日、DRASTIC(Decentralized Radical Autonomous Search Team Investigating COVID-19の略)と名乗るインターネット調査グループが、リーク情報を公開したのです。それは、2018年にエコヘルス・アライアンスが国防高等研究計画局(DARPA)に提出していた1,400万ドルの助成金申請書に関するものです。

この申請書は、武漢ウイルス研究所と提携し、SARSに関連するコウモリのコロナウイルスを使って、そこに「ヒト特有の切断部位」を挿入することで、病原体の「増殖可能性」を評価するというものでした。当然のことながら、DARPAは機能獲得型研究のリスクを十分に考慮していないと判断し、この申請を却下しました。

この助成金申請書は、ある理由から多くの科学者や研究者に重要なインパクトを与えました。SARS-CoV-2の遺伝コードの特徴的なセグメントの1つに、ウイルスがヒトの細胞に効率的に侵入できるようにすることで感染力を高めるフーリン切断部位があります。それはまさに、エコヘルス・アライアンスと武漢ウイルス学研究所が2018年の助成金申請で遺伝子改変を提案していた機能そのものでした。

世界保健機関のヒトゲノム編集に関する諮問委員会のメンバーであり、COVID-19の起源について透明性のある調査を求めているアジア・ソサエティの元執行副会長、ジェイミー・メッツル(Jamie Metzl)氏は、「もし私がセントラルパークを紫色に塗るための資金を申請して却下され、1年後に目が覚めたらセントラルパークが紫色に塗られていたとしたら、私は第一容疑者になるだろう」と語っています。

2020年4月にドナルド・トランプ大統領(当時)が根拠なく主張していたウイルス漏出説は、米国の諜報機関でも判断できそうにないものですが、今度は"正統派"による長期的な真相究明の課題となっています。この夏、ジョー・バイデン大統領が命じた諜報活動のレビューでは、決定的な結論は出なかったものの、ウイルスが武漢の研究所から流出した可能性は残されました。

NIHが議会に提出した書簡には、エコヘルスが資金提供した実験の未発表データを提出するために、5日間の猶予を与えると書かれていました。6月にデータの提出をNIHに求めた下院エネルギー商業委員会の共和党リーダーは、水曜日に発表した声明の中で、「NIHがエコヘルス社に対して、助成金の条件で要求されていた危険な研究に関する未発表データの提出を遅らせたことは受け入れられない」と述べています。

一方、「DRASTIC」のメンバーは調査を続けています。メンバーの一人であるニュージーランドのデータサイエンティスト、ジル・デマネフ(Gilles Demaneuf)氏は、ヴァニティ・フェア誌に次のように語っています。「ウイルスが研究関連の事故やサンプリングの際の感染に由来するとは断言できない。しかし、大規模な隠蔽工作があったことは100%間違いない」。

おわりに

前のブログ記事では、遺伝子改変した痕跡を残さずに改変ウイルスを作製できるノーシーアム(シームレス)技術を紹介しました(→新型コロナの起源に関して改めて論文を読み、戦慄に震える)。もし、SARS-CoV-2が人為的改変体だとしても、ノーシーアムが使われていれば分かりようがないということになります。人為的改変ウイルスだとしても研究所から漏出したとしても多分それは永遠に分からないかもしれません。

それとは別に、SARS-CoV-2には怪しい特徴がいくつかあり(上記のフーリン切断部位など)、何よりも自然界から分離されたことがないという事実があります。これらを踏まえて、パンデミックの原因ウイルスの起源に関する調査・研究は必須なわけですが、今回の記事を読むと、実は米国のNIHや科学者がそれを邪魔しているという構図がやはり見えてきました。

中国のウイルスの機能獲得実験に資金供与をしていた、共同研究をしていたという事実や、資金供与のプロセスに不正があったかもしれないということを隠したい気持ちは当然出てくるでしょうが、それにしてもNIHの態度は怪しさ満点です。まさか、ウイルスの起源に迫る情報を中国とともに持っているとでも言うのでしょうか。

引用記事

[1] Eban, K.: In major shift, NIH admits funding risky virus research in Wuhan. Vanity Fair Oct. 22, 2021. https://www.vanityfair.com/news/2021/10/nih-admits-funding-risky-virus-research-in-wuhan

引用したブログ記事

2021年8月5日 新型コロナの起源に関して改めて論文を読み、戦慄に震える

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:ウイルスの話

流行減衰の再考と第6波に備えて

はじめにー異常な流行減衰

大きな被害を出したCOVID-19第5波流行ですが、現在、感染者数が急減して昨年の10月レベルほどになっています。今日(10月22日)の新規陽性者数は全国で325人、東京で26人であり、東京は全国の8%を占めるにすぎません(図1)。この好転した状況は、社会・経済活動に向けての動きを加速化しているようです。

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図1. 2021年10月22日における全国のSARS-CoV-2新規陽性者数(NHK特設サイト「新型コロナウイルス」より).

テレビの情報・ニュース番組でも感染者数の急減を毎日のように伝えています。TBSテレビの「Nスタ」では、ニュースキャスターが「新規陽性者数に一喜一憂すべきでない」と普段よく言っていましたが、いざ急減すると「ここまで減りました」「今年で最も少ない」風の強調コメントを毎日のように繰り出しています。

それとともに強調されるようになったのが、「感染者ゼロの県がいくつになった」という報道です。普段から「ゼロコロナは不可能」、「ウィズコロナをいかに進めていくか」などと宣っている各局のキャスターが、「新規陽性者数ゼロが◯◯県になった」とはしゃぎながら伝えているのは何とも皮肉なことです。

しかし、このような伝え方は実状を正確に捉えているとは言えないかもしれません。私はこのブログやツイッターでも何度も指摘していますが、現在のゼロコロナの県の増え方が以前と比べて異常なのです。すなわち、これまでだと新規陽性者数が千人を切るようになると、地方から急速にゼロコロナ県が増えていきましたが、今はその増え方がきわめて緩やかであり、かつ首都圏での感染者数の減り方が急なのです。

たとえば、今日の全国の新規陽性者数は325人ですが、同じレベルの陽性者数を昨年の第2波が減衰した同時期で探してみると、10月19日の318人というのがあります。この日の東京の新規陽性者数は132人で、全体の42%を占めており、今とはまったく異なることがわかります。というか、このように首都圏の陽性者数の割合が高いというのが従来の一般的傾向でした。

そして、新規陽性者数ゼロを数えてみると、昨年の10月19日は24県になります。一方で今日のゼロコロナは13県です(図1)。このように従来は新規陽性者数が数百人のレベルになると全国の半数以上の県がゼロコロナであったのに対し、いまは一桁か、二桁でも20以下という状態なのです。

このような全国の異常な感染者数の消長は何を意味しているのでしょうか。従来と今までと異なる大きな点と言えば、一つはデルタ変異体の流行であったということ、もう一つはワクチン接種が進んだということです。

1. 流行減衰をもたらした要因の再考

1-1. 第5波の特徴

ここで再度、第5波流行の減衰要因を考えてみましょう。第5波はこれまでのSARS-CoV-2の中で最も感染力が強いデルタ変異体(B.1.617.2)によってもたらされたように、感染者数が最多になりました(図2上)。それにもかかわらず、死者数は3、4波と比べて低く抑えられています(図2下)。これは何を意味するのでしょうか。

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図2. 新規陽性者数(上)および死者数(下)の推移(Our World in Dataからの転載図). 上図では、5回の流行の主要な原因ウイルスと感染ピークに合わせた2ヶ月間の幅を色つき影として明示.

第5波では医療崩壊を起こし、自宅療養(自宅放置)が圧倒的に増え、自宅で死亡する人も増えました。にもかかわらず死亡率が低くなっているということは、やはりワクチン接種の広がりによって、重症化・死亡リスクの高い高齢者層の感染・発症が抑えられ、ワクチン未接種の若年層で感染者が増えたことは明らかです。

1-2. ワクチン・ブレイクスルー感染

ワクチン接種の拡大によって未接種者のリザーバーが縮小していけば、当然、感染・発が可能な人口密度が低くなり、流行は減衰していきます。ただし、これは見かけ上の話であり、ワクチン・ブレイクスルー感染は当初から起こっていたと推察されます。ワクチン未接種者よりも接種者の割合が高くなってくると、ウイルス伝播の対象集団はワクチン接種者に移ると考えられます。

英国での最近のレポートでは、30代以上の世代では、ワクチン接種者の方が未接種者よりも感染の割合が高いです [1](図3)。30代以上では70-90%がワクチン完全接種を受けており、もはやここがウイルスの感染・伝播の主要な集団になっていることがわかります。これはワクチン接種者の集団の方が人口密度が高くなっており、伝播しやすいためです。

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図3. ワクチン感全接種者と未接種者における100万人当たりの年代別感染者数(文献 [1] からの転載).

しかし、ブレイクスルー感染者では無症状や(発症しても)軽症が多く、検査しない限りので気づかれない(疑いも起きない)ということになるでしょう。ワクチン接種率84%のシンガポール迅速抗原検査を拡大実施したら、98%は無症状・軽症だったという結果が出ていますが [2]、まさしくブレイクスルー感染の気づきにくさを現していると思われます。

日本の場合、新規陽性者数は確実に減っているとは言え、元々が検査が抑制的ですから、多くのサイレント・ブレイクスルー感染者がいると考えた方が妥当です。図1に示したように、従来の減衰の場合とは異なり、ゼロコロナの県が一気に増えないという現象は、発症したブレイクスルー感染者がポツポツと検出されていることが原因だと考えることができます。

1-3. 長雨と人流低下がトリガーになった

先のブログでは、夏の雨天続きと相対湿度上昇によるエアロゾルの減少、雨天による外出控え、緊急事態宣言に伴う人流低下の偶然の重なりによって実効再生産数が1を切るような状況が生まれ、そこにワクチン接種率の上昇によって、感染可能な未接種者のリザーバーの縮小が加わり、一気に感染の機会を減らすような状況になったと考察しました(→第5波感染流行が首都圏で減衰した理由感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長)。つまり、まずは、気象・環境条件や人流低下というものがトリガーになって減衰が始まったと個人的に推察しています。

夏の長雨は全国的な傾向でしたが、特に関東圏でそれが著しく、昨年夏と比べれば、東京五輪閉会の前後から8月中旬すぎまで、9月上旬の相対湿度の高さ(80–100%)が顕著でした。首都圏から先行して減衰が始まったことを考えれば、この長雨と人流低下が減衰のきっかけを作ったと考えていいのではないでしょうか。

ちなみに、8月10日におけるワクチン完全接種率は65歳以上では7割を達成していましたが、全体ではたかだか36%です。接種後の抗体価の上昇までの期間をも考慮すると、新規陽性者数の減少に及ぼすワクチン接種の影響は、この時期はまだ小さかったと思われます。9月10日前後にやっと完全接種率が50%を超えていますので、この頃からワクチン接種の好影響が本格的に出てきたのではないかと推察します。

2. 減衰過程のウイルス伝播のメカニズム

感染が減少していく主因は、空気感染の機会(ウイルス量)の減少と宿主リザーバーの減少(人口密度)の低下です。その観点から、第5波流行の減衰過程におけるウイルス伝播の過程を考えてみます。

中国の研究チームは、デルタ変異体のブレイクスルー感染者は、未接種感染者に比べてウイルス排出量はPCRCt値が約1サイクル分高く、排出期間が短いと報告しています [3](→デルタ変異体の感染力の脅威)。そうだとするなら、無症状や軽症のブレイクスルー感染者が排出するウイルス量と排出時間は、いわゆるスーパースプレッダーと比べて全般的に小さいのではないかと考えられます。

この夏から秋にかけてワクチン接種率が高まるにつれて感染・伝播の主体は、ワクチン接種集団に移行したと考えられます。しかし、無症状・軽症のブレイクスルー感染者はウイルス排出量が低く、排出期間が短いとするなら、ウイルスがワクチン接種者への感染を繰り返すほど、社会全体のウイルス量が少なくなっていったのではないでしょうか。もしこれが事実なら、8月から現在までの新規陽性者のPCR検査のCt値は、全国的にどんどん高くなっているはずです。

つまり、ワクチン接種者の人口密度の増大と未接種のリザーバーの縮小でスーパースプレッダーの発生率がきわめて低くなり(クラスタ発生が起こりにくくなり)、ウイルスが末端の感染者で自然消滅しているのではないかと思われます。これは、見かけ上、集団免疫が働いているということになります。

この自然消滅というのは、昨今やたらと言われてきた「ウイルスの自壊」とはまったく異なります。ウイルスの自壊は変異を起こし過ぎて宿主に適応できずに排除されていくという考え方ですが、生物進化の理論ではこのような個体は駆逐されていくだけで、集団内で広がったり固定化されることはありません。つまり、変異は中立的であり、有害な変異は起こる度により適応した個体との競争に負けて淘汰されていく、逆に適応したものだけが残存・拡大していくというのが進化のメカニズムです。

ただ、コロナウイルスの変異の頻度の高さは、宿主によるウイルスRNAの編集によってもたらされている可能性が高く、何か未知のウイルス排除メカニズムが働いているのかもしれません。宿主によるウイルスの修飾が起こるとウイルスの増殖・伝播性が弱まり、次の変異ウイルスが出てくるまで流行が収束すると考えられなくもありません。

3. ブレイクスルー感染を起点とするアウトブレイクの懸念

上記のように、首都圏や全国の新規陽性者数の急減は、見かけ上ワクチン接種による集団免疫効果が起こっていると考えることもできますが、実際は市中でブレイクスルー感染者だらけということが想像できます。ワクチン接種は、接種後まだ日が浅い間は全体的に社会のウイルス量を減らす方向に働いていると思いますが、ワクチン完全接種者が起点となるスーパースプレッダー現象の火種は常にあちこちにあると考えた方がよいです。

米国の研究グループはプレプリント段階ですが、完全にワクチン接種した人からデルタ変異体が伝播した、マサチューセッツ州内の複数の集団感染を報告しています [4]。しかし、その規模の大きさにもかかわらず、州内および米国での感染の影響は限定的であり、ワクチン接種率の高さと公衆衛生上の対応がしっかりしていたためと考えられるとしています。ブレイクスルー感染者が起こした集団感染はベトナムでも報告されています(→COVID-19ワクチン接種者はスーパースプレッダーになり得る?)。

先のブログ記事(高齢者で高まるブレイクスルー感染のリスク)でも述べたように、先行してワクチン接種した高齢者や医療従事者から順に抗体価が下がってくると予測されます。そうなると、特に高齢者層でワクチン接種者同士の感染リスクが高くなり、ブレイクスルー感染者自身がスーパースプレッダーとなって集団感染が広がる可能性は十分にあります。

おわりに

今、日本ではワクチン・検査パッケージといっしょの実証実験とやらが行なわれています。しかし、実験とは名ばかりで、オペレーションの確認のため以上のものではなく、目的が不明瞭です。事後の感染状況を検査で把握するという設計が一切なされておらず、社会経済活動再開のために実証実験とエクスキューズしているととられても仕方ないでしょう。

このままでは、実証実験やGoToキャペーンのような事業が、ブレイクスルー感染を促進しかねず、次の大きな流行の波(第6波)を作るエンジンとなる可能性があります。これを防止するためには、具体的な検査システムの構築(例:即日簡易検査の導入、Ct値にもとづくクラスター追跡など)や非医薬的介入の対策強化が必要です。

ワクチン接種率の上昇で死者数は抑えられるとしばしば言われますが、このような矮小化した意見は危険です。入院患者が増えてくればまた医療ひっ迫という状態になります。医療ひっ迫に死者数は直接関係ありません。

図2上に示したように、各流行の波は異なるウイルス変異体とともに訪れています。その意味で、今最も警戒すべき次の流行のウイルスは、特定のデルタ型亜系統(デルタプラス→AY変異体の変異ウイルス [5] ではないかと予測できます

引用文献・記事

[1] UK Health Security Agency: COVID-19 vaccine surveillance reportWeek 41. October 14, 2021. https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/1025358/Vaccine-surveillance-report-week-41.pdf

[2] NHK特設サイト「新型コロナウイルス」: シンガポール ブレイクスルー感染拡大もロックダウンは行わず. 2021.10.09. https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/world-situation/detail/singapore_01.html

[3] Kang, M. et al.: Transmission dynamics and epidemiological characteristics of Delta variant infections in China. medRxiv Posted Aug. 13, 2021.
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.08.12.21261991v1

[4] Siddle, K. J. et al.: Evidence of transmission from fully vaccinated individuals in a large outbreak of the SARS-CoV-2 Delta variant in Provincetown, Massachusetts. medRxiv Posted Oct. 20, 2021. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.10.20.21265137v1.full-text

[5] Bai, W. et al.: Epidemiology features and effectiveness of vaccination and non-pharmaceutical interventions of Delta and Lambda SARS-CoV-2 variants. China CDC weekly 3, 863-868 (2021). http://weekly.chinacdc.cn/fileCCDCW/journal/article/ccdcw/newcreate/CCDCW210195.pdf

引用したブログ記事

2021年10月11日 高齢者で高まるブレイクスルー感染のリスク 

2021年9月28日 感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長

2021年9月7日 第5波感染流行が首都圏で減衰した理由

2021年8月26日 COVID-19ワクチン接種者はスーパースプレッダーになり得る?

2021年8月16日 デルタ変異体の感染力の脅威

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

SARS-CoV-2変異体の疫学的特徴およびワクチン・非医薬的介入の効果

はじめに

現在、日本ではCOVID-19の第5波流行が減衰し、全国の新規陽性者数が数百人のレベルで推移しています。社会・経済活動の再開へ向けてワクチン・検査パッケージといっしょの「実証実験」なるものも行なわれ始め、テレビのワイドショーや情報番組も楽観ムードに包まれている印象を受けます。しかし、確実にやってくる次の流行の波については警戒を怠ることはできません。

世界を見渡せば日本が参考にできる状況が少なからずあります。ワクチン接種先進国の中でも、英国やシンガポールのように感染再拡大を起こしているところもあれば、中国のようにほぼ流行を抑え込んでいるところもあります。

このブログではこれらの国の状況 [1, 2] に簡単に触れながら、そして中国研究チームが出版した最近の総説 [3] を取り上げながら、日本がとるべき今後の対策を考えてみたいと思います。

1. ワクチン接種先進国における感染拡大

核酸ワクチン接種で先行した英国ですが、ワクチン接種率が5割ちょっとという早い段階(7月)から制限緩和策に転換し、現在の接種率は68%まで上昇しているものの、感染者数の拡大が続いています [1]。ジョンソン首相は、COVID-19関連のデータ内容が悪化していることを認めた上で(図1)、感染拡大に伴う国家医療制度(NHS)への負荷で今年は厳しい冬になると警戒しています。

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図1. 英国における2020年3月から現在までの新規陽性者数(上)と新規死者数(下)の推移(ブルームバーグの記事 [1] より転載).

英国では過去6週間、週間ベースの死亡者数は毎週800人を超えており、主要な西欧諸国よりも高い水準で推移しています。10月21日には、新規陽性者数が7月中旬以来初めて5万人を超えました。

このように、今後の厳しい状況が危惧されているにもかかわらず、ジョンソン首相は「専門家が予測した範囲内」と述べ、現在の対応策によって新型コロナは引き続き抑制されているとの見方を示しました。そしてワクチンの追加接種を加速すると述べました。これに対し、英国の医師会は「感染拡大を抑制するためのさらなる対策をとらないということは政府の意図的な怠慢」と批判し、医療ひっ迫への懸念を伝えています。

シンガポールは、現在、ワクチン完全接種率84%という高さを達成していますが、やはり制限緩和策が裏目に出て、過去最大の感染状況に見舞われています(図2)。これは検査拡大策を実施した結果でもあり、98%以上は無症状や軽症と言われていますが、死者数は過去になく増えています。

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図1. シンガポールにおける2019年12月31日から現在までの新規陽性者数(左)と新規死者数(右)の推移(Reuters COVID-19 Trackerより転載).

シンガポール政府は、9月末から、社会的交流や外食時の人数を2人までに制限するなどの措置に乗り出していますが、10月20日、感染拡大による医療への圧迫を軽減するため、この規制を1カ月前後延長すると表明しました [2]

リー・シェンロン首相は重症者数や死者数は抑えられていると言っていますが、軽症の感染者が継続的に増加し、病院や医療従事者が一段と圧迫されている状況です。そもそも医療ひっ迫に死者数は関係ありません。感染者数が増え、入院患者が増えれば医療ひっ迫は起きるのです。

政府のコロナウイルス対策本部で共同責任者を務めるローレンス・ウォン財務相は、「病院の隔離病床使用率は90%近くに達し、ICUの病床は3分の2以上が埋まっている」、「病床を増やして機器を追加購入するという単純な話ではない。医療従事者は限界にきており、疲れ切っている」と懸念を表明しています。

英国もシンガポールもワクチン戦略で制限緩和策に転換した結果、感染者数を増やし、医療ひっ迫を起こしている、あるいはそれが懸念される状況になっています。

2. 中国研究チームの見解

同じくワクチン接種先進国(こちらは不活化ワクチン)である中国は、感染の封じ込め策を継続中であり、ほぼ成功していると言えます。過去1年間の新規陽性者数の一週間移動平均は50人以下であり、スパイク的に100人を超える局所的流行が起こっている程度です。

中国のBaiら [3] は、今月、「デルタ型およびラムダ型SARS-CoV-2ウイルスの疫学的特徴とワクチンおよび非医薬的介入の効果」という総説を発表しました。この総説は、中国の考え方のみならず、今のパンデミックを疫学的見地から理解する上で、そしてこれからの対策をとる上においてきわめて有用だと思われます。そこで、この総説の大部分を翻訳して以下に紹介したいと思います。

以下翻訳文です(ラムダ変異体の部分は省略)。

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Epidemiology features and effectiveness of vaccination and non-pharmaceutical interventions of Delta and Lambda SARS-CoV-2 variants (by Bai et al. [3])

SARS-CoV-2ウイルスは、COVID-19の世界的な流行時期の長期化と流行範囲の拡大に伴い、絶えず進化と変異を繰り返し、複数のウイルス変異型を次々と生み出している。近年、中国では、デルタ型ラムダ型のウイルスがその感染力、感染潜伏期間、病原性などの点で注目されている。

2019年12月下旬に武漢で発見されたコロナウイルス感染症2019(COVID-19)は、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2SARS-CoV-2)を原因とする急性呼吸器感染症である。2020年3月13日、世界保健機関(WHO)は、COVID-19を世界的なパンデミックと宣言した。2021年9月21日現在、世界で2億2,800万人以上が感染し、460万人近くが死亡している。

COVID-19のパンデミックの進行と拡大につれて、さまざまなSARS-CoV-2の変異型が出現している。これらの変異型は、複製・伝播速度が速い、病原性が高い、免疫系から逃れられる可能性があるなどの特徴があり、最近では流行の再燃につながっている。

世界保健機構(WHO)は、いくつかの変異型を伝達性と病原性の違いからVOC(variant of concern)VOI(variant of interest)に分類し、残りの子孫系統を監視中の変異型としている。現在、4つのVOCが存在しており、その中でもデルタ変異体は多くの国で優勢になってきている。最近、中国で発生した輸入症例に関連した国内のアウトブレイクは、主にデルタ変異体によって引き起こされた。2つのVOIのうち、ラムダ変異体 は、最近、南米や一部の国で出現し、デルタ型に代わって優勢になる傾向があった。

現在、COVID-19ワクチンは、mRNA-1273 (モデルナ)、BNT162b2 mRNA (ファイザー)、AZD1222(オックスフォード/アストラゼネカ)、Janssen Ad26.CoV2.S (ジョンソン&ジョンソン)など、4種類のワクチンが世界的に使われている。中国では、BBIBP-CorV (シノファーム)、WIBP-CorV (シノファーム)、CanSinoBIO(Ad5-nCoV)、CoronaVac(シノバック・バイオテック)の4種類のCOVID-19ワクチンが承認されている。

2021年9月21日現在、全世界で24.8億人がワクチン接種を完了しており、そのうち上位3カ国は中国、EU、米国で、中国は10.22億人で第1位となっている。SARS-CoV-2ウイルスに対する効果、特に現在主流となっているデルタ変異体に対するワクチン接種の効果は、世界的な関心事となっている。

非医薬的介入(non-parmaceutical interventions, NPI)とは、主に、安全で効果的なワクチンや治療法、その他の予防法がない場合に、ウイルスの拡散を遅らせるために取ることのできる効果的な手段を指す。 中国の武漢で起こったCOVID-19の最初の流行では、社会的距離、個人の衛生管理、マスクの着用、患者の隔離、学校や企業の閉鎖、交通機関の停止、集会の中止などのNPIが、ウイルスの感染拡大を止め、流行のピークを抑えるのに重要な役割を果たしたことが明らかになっている。  

しかし、SARS-CoV-2の優占株はその後大きく変異しており、変異型間の違いは何かという課題に加えて、特に現在優占するデルタ変異体とラムダ変異体に対してNPIはまだ有効なのかという疑問が生じている。

ここでは、これからに向けた事前に準備として、感染制御の根拠を提供するために、デルタとラムダの変異体の病原性、有病率、伝達性、そしてワクチンとNPIの有効性についてレビューする。

2-1. デルタ変異体

デルタ変異体(B.1.617.2)は、2020年10月にインドのマハラシュトラ州で初めて確認され、2021年5月にWHOによってVOCに分類された。2021年7月29日現在、デルタ型は少なくとも132の国や地域で報告されており、多くの国で優占株となっている。

・病原性

デルタ変異体には、スパイク糖タンパク質に3つの必須変異、L452R、E484Q、D614Gを含む10の変異部位が存在する。 L452R変異は、スパイク糖タンパク質のS1領域に位置し、ACE2受容体に直接結合する受容体結合ドメイン(RBD)を持ち、SARS-CoV-2中和抗体の主要な標的でもある。L452R変異は、デルタ型の感染力を高め、中和逃避能力を高めることが示されている。また、S-タンパクのS1/S2切断部位の近傍に位置するP681R変異は、S-タンパクの切断を促進し、これもデルタ変異体の感染力を高め、抗体認識を完全に阻害する。 さらに、いくつかの研究では、T478K変異がウイルスのヒトへの結合能力を高めることがわかっている。

現在までに、デルタ変異体はデルタプラス(Delta plus)変異体としてさらに派生しているが、これは後にAY.1変異体と名付けられている。AY変異体には、イギリスのAY.4-AY.11、イスラエルのAY.12、シンガポールインドネシアのAY.23、そして北米で流通しているAY.25がある。 このデルタプラス変異体には、オリジナルのデルタ型と比較して、K417NというS-タンパクの変異が追加されている。この変異はベータおよびガンマ変異体にも見られた。デルタプラス変異体は、元々のデルタ型よりも感染力や病原性が高いとの報告もある。

・疫学的特徴

2021年4月中旬に英国で最初のデルタ型感染者が確認された後、デルタ型が原因でSARS-CoV-2の第3波が発生し、英国政府は全面的な再開を6月21日まで延期せざるを得なくなった。 英国以外では、デンマークでもデルタ型の感染者が着実に増加し、デルタ型が主流となった。米国では、全国規模のサンプリング調査で、ウイルスの原型であるアルファ型の割合が4月下旬には70%以上あったのが、2021年6月中旬には約42%にまで減少し、すでにデルタ型が優勢になっていたことがわかった。

アフリカでは、コンゴマラウイウガンダ南アフリカでデルタ型に感染した症例が報告されており、ワクチンへのアクセスが限られているため、アフリカ諸国で症例が急増し、アフリカにとって最大のリスクとなることが懸念されている。

デルタプラス変異体については、GISAID(Global Initiative on Sharing All Influenza Data)関連のオンラインウイルス統計データベースであるREGENERONによると、イスラエルで現在発生している症例の70%以上がデルタプラスであり、その中にはAY.12、  AY.12、AY.4、AY.5、AY.6、AY.9が含まれていた。 また、ラテンアメリカ(AY.12、AY.4)、シンガポール(AY.23)、インドネシアでは、全症例に占めるデルタプラスの割合は、それぞれ38%、98%、71%であった。

・感染力と伝播性

デルタ変異体の高い感染力とウイルス量は、世界的なCOVID-19パンデミックの継続の大きな要因になっている。 英国での研究によると、デルタ型の入院リスクと感染力はアルファ型よりもそれぞれ100%と60%高い。また、デルタ型の感染力は武漢で分離された原型株(2~3人)よりも多く、5~9人に感染する可能性があることが示された。

広州で発生したデルタ変異体による集団感染では、他のSARS-CoV-2と比較して、第1世代、第2世代、第3世代の感染者の潜伏期間はそれぞれ4日、5~6日、10日と5日短縮され、感染してから感染するまでの日数は約2~4日と大幅に短縮された。 デルタ型に感染した人は、感染後2~3日で典型的な臨床症状を呈し、10日以内に5世代の症例を引き起こす可能性があり、基本再生産数R0は4.04~5.0で、武漢で分離されたプロトタイプ株のR0(2.2~3.77)よりもはるかに高かった。

・ワクチン効果

重症化や死亡を防ぐための重要な手段の一つにワクチン接種があるが、デルタ変異体によってワクチンの効果が弱まり、ブレイクスルー感染が継続的に報告されている。

ある研究では、デルタ変異体は、ファイザーによるワクチン接種の1ヵ月後に、他の先行株に比べて中和力価が2倍に低下することがわかった。 シンガポールの研究では、5つの研究施設におけるデルタ型感染218件のうち、全体で71件がワクチンブレイクスルーの定義に合致した。

英国の研究では、アストラゼネカ社とファイザー社のワクチン接種者から採取した血清中のデルタ変異体の6種類の中和抗体が5倍以上減少したことがわかった。別の英国の研究では、アストラゼネカ社またはファイザー社のワクチンを1回接種することで、デルタ型の個人感染のリスクを33%減少させることができたが、これはアルファ型のリスク(50%)よりも低いものだった。 さらに、アストラゼネカ社のワクチンを2回接種した場合、デルタ型に対する予防効果は60%増加したが、これはアルファ型に対する予防効果(66%)よりも低かった。一方、ファイザー社のワクチンを2回接種した場合、デルタ型に対する予防効果は88%増加したが、アルファ型に対する予防効果は93%だった。

イスラエルの研究では、2回目のファイザーワクチン接種後4日から14日の間に、デルタ型では中和力価が2.5倍に低下し、アルファ型では1.7倍、ベータ型では10倍、ガンマ型では2倍に低下した。その結果、デルタ型の症候性感染に対する防御率は39%にとどまった。

米国CDCの報告によると、デルタ型感染に対するワクチン接種後の防御率は66%で、継続的なワクチン接種キャンペーンの後にわずかに低下したと考えられている。米国の老人ホームを対象とした別の研究では、デルタ変異体への感染を予防するためのmRNAワクチンの効果が、この変異型が出現する前の2021年3月1日から5月9日の間に74.7%だったのに対し、デルタ型が国内で優占になった後には53.1%と大幅に低下したことが報告されている。

最近、広東省で発生したアウトブレイクでは、中国で開発された不活化ワクチンが、デルタ変異体に対して、感染を69%予防し、重症化を95%以上予防するなど、高い効果があることが明らかになった。 Jiffy 遺伝子組換えCOVID-19ワクチンの第3相臨床データによると、総防御効率は82%、デルタ変異体に対する防御率は78%だった。

2-2. 対策と予防について

COVID-19の世界的な大流行は現在も続いており、ウイルスは感染性、伝達性、病原性などの特性を変えながら適応を続けている。 2021年8月30日、WHOはミュー変異体(B.1.621)を発表し、免疫逃避の可能性がある変異を持つVOIに分類した。  ミュー変異体の表現型と臨床的特徴のさらなる研究と、デルタ、ラムダ、およびその他の変異体の流行に伴う変化の監視が必要である。

SARS-CoV-2の変異体の出現は、疫病の予防と制御に大きな課題を投げかけている。WHOは、現在進行中のパンデミック予防戦略と対策が、変異体に対しても継続して取り組むことを推奨している。  中国の経験によれば、ウイルスの極めて短い潜伏期間のために、ワクチン接種だけでは感染と伝播をブロックできないことを示している。

デルタ型とラムダ型の変異体の感染を予防・制御するために、中国は引き続き積極的な戦略を採用し、一連のNPIを実施する。さらに、デルタおよびラムダの変異体に関する研究、特に免疫認識とワクチン効果に関連する変異部位に関する研究をさらに推進する必要がある。

WHOは、各国が遺伝子モニタリングとウイルスシークエンスの能力を強化することを奨励し、バリエーションのモニタリングと変異体の生物学的特性の評価を強化するために各国が緊密に協力することを求めている。重要な免疫逃避性変異体の可能性を早期に警告するためにタイムリーに情報を共有する必要がある。

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以上がBaiらの総説 [3] の主要部分の翻訳です。中国ではワクチン接種拡大はもとより、従来の非医薬的介入を継続して、ウイルスを抑え込む戦略をとっていることがわかります。これはおそらく先進国の中でウイルスの怖さを一番よく認識しており(本質に迫るデータを持っている)、ワクチン接種だけでは感染拡大抑制はできないと理解しているからだと思います。そして、科学技術力は世界トップにありながら、なぜ核酸ワクチンではなく、不活化ワクチンを使っているのかも示唆的です。

なお、デルタ変異体には多くの亜系統があり、上記の総説にもあったように現在はAY変異体として名称変更されています。それぞれの亜系統の発生時期はほぼ同じです。

おわりに

ワクチン接種先進国である英国、シンガポール、中国のコロナ戦略と現況を比べてみると日本でも大いに参考になる部分があります。日本は今流行が収束気味で、気を抜いているようなところがありますが、感染拡大を抑えるためにはワクチン接種に加えて従来の非医薬的介入による公衆衛生対策が必須だということが理解できます。つまり、ワクチン接種をしようがしまいが、先端的な検査に加えて古典的な物理化学的対策を継続することが大事だということです。

今の世界の流行状況を見ると、デルタ変異体でひとまず適応しきったように見えます。これからは、その亜系統であるデルタプラス (デルタ型にK417N変異が起こったもの)とその系統群である特定のAY変異体が、流行の主体になることが予測されます。その意味で、遺伝子モニタリングとゲノム解析による監視が非常に重要になります。

引用文献・記事

[1] Mayes, J & Ashton E.: U.K.’s Boris Johnson predicts difficult winter as Covid deaths rise. Bloomberg 2021.10.19. https://www.bloomberg.com/news/articles/2021-10-19/u-k-s-johnson-predicts-difficult-winter-as-covid-deaths-rise

[2] ロイター編集: シンガポールがコロナ規制を1カ月延長、感染者増で医療逼迫. 2021.10.21. https://jp.reuters.com/article/health-coronavirus-singapore-idJPKBN2HA2PE

[3] Bai, W. et al.: Epidemiology features and effectiveness of vaccination and non-pharmaceutical interventions of Delta and Lambda SARS-CoV-2 variants. China CDC weekly 3, 863-868 (2021). http://weekly.chinacdc.cn/fileCCDCW/journal/article/ccdcw/newcreate/CCDCW210195.pdf

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

海外のメディアが伝えた日本の第5波流行の減衰

はじめに

日本ではCOVID-19の第5波流行が急速に萎み、現在、昨年の10月を下回る感染状況になっています。今日の新規陽性者数は月曜日ということもありますが、全国で231人、東京で29人です。この急速減衰の理由については理由がはっきりせず、専門家の間でも意見が分かれるところです。私も独自に急速減衰の要因を考察し、先のブログ記事で紹介しました(→第5波感染流行が首都圏で減衰した理由感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長)。

日本の急速な流行減衰については海外のメディアも興味をもって伝えています。今日、YahooニュースでNewsWeekの記事を伝えていました [1]。その内容は、英紙ガーディアン(Guardean) [2] とi 紙 [3] の報道を引用したものであり、きれいにまとめられていますが、元記事の内容で省略されたものもあります。ここでは、英国両紙の記事を翻訳して紹介したいと思います。

1. ガーディアンの記事

ガーディアンの記事 [2] は10月13日に掲載されました(図1)。タイトルに「いかにして日本は驚くべきCOVID成功物語を導いたか」とあります。

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図1. ガーディアンの記事のヘッダー [2].

以下、記事の翻訳です。

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東京オリンピックが閉幕した数日後、日本ではコロナウイルスによる大惨事が発生した。8月13日、東京では、デルタ変異体によるCOVID-19の新規陽性者数が過去最高の5,773人に達した。全国的には25,000人を超えた。

感染者数の増加は、オリンピック開催に反対していた人々の憤りに拍車をかけた。病院はかつてないほどのひっ迫状態となり、病床不足であったため、陽性反応が出た何千人もの人々が自宅療養することを余儀なくされ、場合によっては死亡することもあった。

当時の首相である菅義偉氏は、自らが衛生対策の最高責任者であることを無視して大会を推進したことで、支持率が落ち込んだまま退陣を余儀なくされた。半年近く続いていた首都圏やその他の地域での緊急事態は、さらに延長される可能性が高くなっていた。

ところが、天皇陛下が閉会宣言をされた後の2ヶ月間で、日本では驚くべきことが起こった。

緊急宣言措置が解除されてから約2週間が経過した今週、東京をはじめとする日本全国で新規陽性者数が減少し続けている。英国を含むヨーロッパの一部では、8月以降、世界的に感染者数が減少しているにもかかわらず、感染者数を減らすことに苦慮している。一方、日本では感染者数が1年以上前の最低レベルにまで減少しており、世界第3位の経済大国にとって最悪の事態は終わったのではないかという楽観的な見方が広がっている。

月曜日(10月11日)、東京での感染者数は49人で、昨年6月下旬以来の低水準となり、全国では369人となった。専門家は、驚くほど好転した日本の状況は、単一の要因では説明できないとしている。

しかし、日本のワクチン接種開始が遅々として進まなかった後、大々的な公衆衛生キャンペーンへと変貌を遂げたことについては、大方の意見が一致している。このキャンペーンは、これまでの予防接種に関する複雑な事情にもかかわらず、米国での展開を遅らせたような抵抗をほとんど受けなかった。

現在までに、日本では、1億2,600万人の人口の約70%を保護できるレベルのCOVIDワクチンを接種している。政府は、11月までに希望者全員にワクチンを接種するとしているが、今週、岸田文雄新首相は、12月から医療従事者や高齢者を対象にした追加接種(ブースター)を行うと述べた。

専門家の間で挙げられているワクチン接種以外の要因としては、パンデミック前のインフルエンザシーズンに習慣化されたマスクの着用が広まっていることがある。諸外国では室内などでのマスク着用が義務付けられていないが、多くの日本人にとっては、マスクなしで外出することに未だにゾッとすることだ。

夏のスパイクの終わり

オリンピック期間中の気の緩みが、夏の感染スパイクに貢献したのかもしれない。猛暑が続いた数週間の間、人々は会場に入ることができなくても、グループで過ごす時間を増やした。感染症モデリングの専門で政府顧問である京都大学の西浦博史氏は、「休日には普段あまり会わない人と会い、さらに顔を合わせて食事をする機会が増えた」と語った。

しかし、キングス・カレッジ・ロンドンの人口保健研究所の元所長である渋谷健司氏は、「人の流れが8月の感染症を引き起こした」とは疑わしいと述べている。渋谷氏は、「8月の流行は、主に季節的要因、次にワクチン接種、そしておそらく我々が知らないウイルスの特性によって影響を受けた」と述べている。

今のところ、日本では楽観的なムードが漂っており、「普通」が戻ってきているという感覚がある。緊急宣言の間、悪戦苦闘しながら営業していたバーやレストランは、月末までは早めに閉店することが推奨されているものの、再びお酒を提供している。多くの企業が在宅勤務を推奨しなくなったことで、駅は再び通勤客で賑わっている。県境を越えてレジャーに出かけることは、もはや大きなリスクではない。

菅前総理はウイルス対策よりも経済を重視していると批判された。一方で、最近の世論調査では、岸田総理は抗ウイルス剤の早期承認や将来の感染症発生時の対応力強化など、公衆衛生を優先すると予想されている。

しかし、専門家によると、危険が去ったと考えるのは愚かであり、寒い季節が近づき、忘年会シーズンに風通しの悪いバーやレストランで人々が交流するようになると、感染者数が再び増加し始める可能性があると警告している。

政府の主任医療顧問である尾身茂氏は最近、「緊急事態が終わったからといって、100%安心できるわけではない」、「政府は国民に、少しずつしか緩和できないという明確なメッセージを送るべきだ」と警告している。

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以上ガーディアンの記事です。海外からも「菅前首相が、自らが衛生対策の最高責任者であることを無視して大会を推進した」と見られていることは興味深いです。日本の大手メディアだったらこのように書けないでしょう。

西浦氏と渋谷氏のコメントはロイター通信の記事からの引用ですが(後述)、両氏の見解が異なるところも、この第5波流行減衰の解釈が難しいことを物語っています。

2. i 紙の記事

i 紙の記事 [3] はガーディアンよりも先んじて報道されました。10月5日の掲載です(図2)。 こちらはタイトルに「感染は不思議なほどに急落した」とあります。

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図2. i Newsの記事のヘッダー [3].

以下、記事の翻訳です。

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アジア諸国が感染率の上昇に悩まされている中、日本におけるCOVID-19の感染事例が不思議なほどに約1年ぶりの低水準にまで減少している。東京での1日あたりの新規陽性者数は87人となり、2020年11月2日以来の低水準となった。 これは、8月の大流行の際には1日あたり5,000人を超えていたため、大幅に減少したことになる。

この傾向は全国的に見られ、1日あたりの新規陽性者数の平均は、この3週間で8,000人以上減少している。しかし、その理由については専門家の間でも意見が分かれている。

エディンバラ大学の疫学者であるマーク・ウールハウス(Mark Woolhouse)教授は、今回の急落は、日本の8月の流行の原因となったデルタ変異体が「集団の中をより速く移動する」ためではないかと述べている。「デルタ変異体の感染スパイクは、よりとがっている傾向がある。上がるのも下がるのも速いのだ」と彼はiニュースに語った。

彼は、感染者数の減少は、ワクチン接種や緊急事態に伴う最近の規制によるところが大きいとしている。また、夏に急拡大した感染流行は、日本で休暇や交流を楽しむ旅行者が減少して人流が変化したために終わったという説もある。

また、ウイルスはある特定の年齢層を中心に悪循環に陥っているという説もある。

2-1. 予防接種と行動制限

日本のワクチン接種の展開は、英国や他のG7諸国に比べて当初は遅かった。最前線の医療従事者は2月17日に接種されたが、高齢者への展開は4月19日になってからだった。

英国では、2020年12月8日に1回目の接種が行われ、クリスマスイブまでに80万人近くが1回目の接種を受けていた。

しかし、日本はペースを上げ、現在では1億5,800万回以上の接種が行われており、12歳以上の63.5%、つまり人口の57%の人が2回接種を受けている。

さらに言えば、日本の住民は約6ヶ月間の緊急事態宣言下の制限に耐えてきたため、COVID-19の拡散を抑えることができたと思われる。

「これらの措置は、症例数を減少させることを目的としており、成功していると思われる」とウールハウス教授は述べている。症例数の減少自体は「特別な驚き」ではないが、症例数は確かに「急速に」減少している」と彼は語った。

「我々が最初に見たのは、インドで発生したデルタの第一波で、これも同じ特徴を持っていたように、日本でも非常に速く上昇し、非常に速く下降した」。ウールハウス教授によると、デルタ変異体は「世代時間」が短いため、1人の感染者が他の感染者に感染するまでの時間が短くなっているという。

2-2. 夏休み中の人流

京都大学の西浦博史氏は、日本政府の顧問を務めるトップレベルの感染症モデリングの専門家であり、ロイター通信に対して、患者数の減少は行動によるものではないかと述べている。「休日には、普段あまり会わない人と出会い、しかも顔を合わせて食事をする機会が充実している」と彼は語った。

同氏は、韓国やシンガポールでの最近の流行が休暇に関連している可能性を示唆し、欧米の冬の流行がアジアの休暇の季節に到来し、「悪夢」につながった可能性があると述べた。

COVID-19は冬に増殖する季節性ウイルスであることが知られているため、他の専門家はこの説に納得していない。

ロンドンのキングス・カレッジの人口保健研究所の元所長である渋谷健司氏は、ロイター通信に対し、「人の流れ」説がウイルスを動かしている可能性は低いと述べた。日本のワクチン接種活動の一翼を担った渋谷氏は、次のように述べている。「これは主に季節性によって引き起こされ、その後にワクチン接種が行われ、そしておそらく我々が知らないウイルスの特質があるのでないか」。

ウールハウス教授は、行動の変化が感染の減少に一役買っていることは「間違いない」としながらも、「他の要因もあるはずだ」と述べている。

2-3. ウイルスの悪循環

感染症の専門家であるジェイソン・テトロ(Jason Tetro)氏は、「ウイルスは悪循環を繰り返す」という説を提唱している。テトロ氏はロイター通信に対し、ワクチン接種や感染により、ある年齢層がその時点でどれだけの免疫を持っているかによって、その年齢層がウイルス株の活動を維持するための「燃料」になると述べた。

カナダを拠点とする『The Germ Code』の著者であるテトロ氏は、「ウイルスを除去しなければ、人口の85%が支配的な株に対する免疫を持つようになるまで、ウイルスの急増が続くだろう」と述べている。「このような悪循環から抜け出すには、この方法しかない」とテトロは言う。

専門家の中には、COVID-19とその変異体は2ヶ月周期で流行すると指摘する人もいるが、テトロ氏はこの周期は「母なる自然」というよりも「人間の本性」の産物であると述べている。

ウールハウス教授は、特定の人口層に感染スパイクが現れるが、その後病気がコミュニティの他の部分に広がり、スパイクが一般的な流行曲線に吸収されてしまうため、この主張には「完全には納得できない」と述べている。

感染者数の減少の原因が何であるかにかかわらず、専門家たちは、冬の感染者数が増加する前に、今こそ日本は行動を起こすべきであると考えている。渋谷氏は、「1ヶ月」という時間的猶予があるため、病床を確保し、ワクチン接種を強化するために迅速に行動すべきだと語った。

2-4. 日本の教訓とは?

データを比較すれば、日本の主要な報道機関では否定的な記事がしばしば見出しになるが、日本は他のG7諸国に比べてパンデミックへの対応がおおむね良好であることがわかっている。

CTスキャナーでみれば、英国の人口100万人あたり9台に対し、日本は人口100万人あたり111台と、世界で最も多く設置されている。CTスキャナーは、COVIDに関連した間質性肺炎の患者を特定することができる。

また、日本には英国よりもはるかに多くのECMO装置がある。ICUに収容されているCOVID患者の治療にこの装置が使用された場合、生存率は80%に達する。

日本は英国や他のG7諸国に比べて、一人当たりの病床数は多いが、患者を治療する医師や看護師の数は少ない。

日本ではワクチン接種の開始が遅かったものの、現在では高齢者の90%以上が完全接種を受けているが、英国では83%と遅れている。

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筆者あとがき

海外からの報道をみると、日本国内での見方とはちょっと異なることがわかります。またメディアでも異なります。日本の流行減衰については、ガーディアンでは「成功」という伝え方ですが、i 紙では「ミステリアス」というニュアンスです。第1波の流行減衰でも多くの海外メディアはミステリアス、謎めいたという言葉を使いました(→世界が評価する?日本モデルの力?)。

i 紙が伝えたウールハウス教授のコメントは示唆的です。感染力が強く伝播が速いウイルスでは流行の立ち上がりも減衰も速いことは、先のブログ記事で書いたとおりです(→第5波感染流行が首都圏で減衰した理由)。なぜなら、宿主リザーバーの数は一定なので、速くそれが埋まれば速く収束し、遅い場合はその分収束も遅くなるからです。そして、公衆衛生対策や予防接種による介入は流行ピークの高さに影響を与えます。

英国のメディアの記事は、やはり欧州と日本との比較ベースでしか記事が書けないことがわかります。「日本は他のG7諸国に比べてパンデミックへの対応がおおむね良好」というところにそれが現れています。東アジア・西太平洋諸国の中では、日本は最悪レベルの流行であることまでには想像が行っていません。CTやECMOの比較に至っては的外れであり、ガーディアンが自宅療養には触れているものの、日本が医療崩壊を起こしたことまでにはたどり着いていません。

ワクチン接種の効果については、日本のメディアでも英国のメディアでも専門家の間でも大方の一致があります。しかし、前のブログ記事(→東アジア・西太平洋地域の感染流行から見えてくるもの)でも紹介したように、ワクチンの効果と一元的に論じるのも危険です。日本とほぼ同じワクチン接種率であり、部分的ロックダウンも行なっているマレーシアでは感染ピークが穏やかです(図3)。その国独自の対策やその他の要因の影響があることをうかがわせるものです。専門家には慎重な検証をお願いしたいところです。

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図3. 日本とマレーシアの感染事例数の推移(Our World in Dataより).

i 紙の記事にもあるように、日本はこの冬の第6波について至急防疫対策をとるべきです。SARS-CoV-2の感染力はデルタ変異体でひとまず最適化したように思われます。第6波は、とくにデルタ変異体の亜系統の変異ウイルス [4] に要注意です。

引用文献・記事

[1] NewsWeek 青葉やまと: 日本のコロナ感染者数の急減は「驚くべき成功例」─英紙報道. Yahooニュース 2021.10.18. https://news.yahoo.co.jp/articles/90555a85cf4fc1e5457e21be7208ec629ef994b9

[2] McCurry, J.: Back from the brink: how Japan became a surprise Covid success story. Guardian Oct. 13, 2021. https://www.theguardian.com/world/2021/oct/13/back-from-the-brink-how-japan-became-a-surprise-covid-success-story

[3] Dimsdale, C.: Covid cases in Japan have mysteriously plummeted, and scientists have a few theories about why. i News Oct. 5, 2021. https://inews.co.uk/news/world/covid-cases-japan-rate-plummeted-scientists-theories-why-explained-1233148

[4] Bai, W. et al.: Epidemiology features and effectiveness of vaccination and non-pharmaceutical interventions of Delta and Lambda SARS-CoV-2 variants. China CDC weekly 3, 863-868 (2021). http://weekly.chinacdc.cn/fileCCDCW/journal/article/ccdcw/newcreate/CCDCW210195.pdf

引用したブログ記事

2021年10月3日 東アジア・西太平洋地域の感染流行から見えてくるもの

2021年9月27日 感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長

2021年9月7日 第5波感染流行が首都圏で減衰した理由

2020年5月26日 世界が評価する?日本モデルの力?

                                  

カテゴリー:感染症とCOVID-19

mRNAワクチンと免疫記憶

はじめに

COVID-19 mRNAワクチンは、大量接種プログラムのワクチンとしては前例のないものです。パンデミックという危難時だからこそ、緊急使用許可を経て使われてきました。その効果については一定の治験を経て確認されているわけですが、通常のワクチン開発にかける時間が大幅に省略されており、効果や安全性についてわからないこともたくさんあります。いままさに世界中で「人体実験」されているわけです。

したがって、mRNAワクチンの効果に関する研究報告も後追いするような形で出てきています。最近、mRNAワクチンの意義について、核心部分とも言えるモリーB細胞免疫記憶の誘導に関する論文がネイチャー誌 [1] とサイエンス誌 [2] に掲載されました。このブログではこの論文内容を簡単に紹介したいと思います。

1. 免疫機構の概要

ここで、今回の論文のキーワードとして出てくる免疫記憶とは何か、メモリーB細胞とは何かを理解するために、ヒトの免疫機構について簡単に復習したいと思います。

1-1. 自然免疫

免疫には「自然免疫」と「獲得免疫」があります。自然免疫は先天的に備わっている免疫システムで、病原体が体に侵入してきた際の一次防衛の役割を果たします。侵入してきた病原体をマクロファージ(白血球の一種)が食べたり、ナチュラルキラー(NK)細胞(リンパ球の一種)が攻撃して破壊するといった働きが、これに当たります。一方、獲得免疫は後天的に得られる免疫システムであり、一度身体に侵入してきた病原体の種類を記憶し、再度それが侵入してきた際に排除する機能をもちます。

病原体が体内に侵入すると、まず樹状細胞マクロファージが現場に駆けつけます。樹状細胞は表面にベタベタと病原体をくっつけてその情報を免疫の司令官であるT細胞に伝えます。一方、マクロファージは、上述したように、ウイルスを含めて異物なら何でも食べる大食漢細胞で、その食べかすの情報をやはりT細胞に伝えます。

1-2. 獲得免疫

次にT細胞の出番となりますが、ここからが獲得免疫のプロセスです。T細胞は、キラーT細胞ヘルパーT細胞サプレッサー(制御性)T細胞の3種類に大別されます。キラーT細胞は、樹状細胞から抗原情報を受け取り、ウイルスに感染した細胞を見つけ出して排除します。ヘルパーT細胞は、樹状細胞やから抗原情報を受け取ると、サイトカインなどの免疫活性化物質などを産生し、マクロファージや抗体を生産するB細胞を活性化します。サプレッサーT細胞は、キラーT細胞の働きを抑制したり、免疫反応を終了させたりする制御の役割をもちます。

以上の、細胞が直接関わる(抗体が関わらない)獲得免疫は細胞性免疫とよばれます。

サイトカインで刺激されたB細胞は形質細胞に分化し、抗体を作り始めます。抗体は体液中を循環して全身に広がり、補体と協力して標的の病原体にくっついて無力化します。この標的病原体に直接効く抗体が中和抗体とよばれるものです。実際には、強い攻撃力を持つキラーT細胞や、自然免疫系のNK細胞なども同時協働体制で病原体排除を行ないます。B細胞は、一つの病原体に対して1種類の特異的抗体しか作れません。しかし、抗体遺伝子の組み合わせを変える(DNAスプライシングの組み合わせを変える)ことで、多種多様な病原体に対応できる抗体を生産できます

以上の、B細胞を中心とする抗体による免疫は液性免疫とよばれます。

1-3. 免疫記憶

このように獲得免疫系のT細胞やB細胞は、強力な二次防衛機能として病原体を排除しますが、それらの多くは病原体消失とともに死滅します。しかし、これらの細胞の一部は、病原体が消失した後でもそれを記憶した細胞として長く残り、それぞれモリーT細胞およびモリーB細胞とよばれます。そして、次回に同じ病原体が侵入の場合に、素早く抗体をつくることができます。この働きが免疫記憶とよばれるもので、ワクチンの接種で「免疫をつける」こともこの機構を利用したものです。 

ここで紹介するネイチャーとサイエンスの論文は、mRNAワクチンを接種したあとのメモリー細胞の応答と進化に関するものです。どちらも、mRNAワクチン接種によって、少なくとも半年間におけるメモリーB細胞や細胞性免疫の進化と持続が起こることを証明しており、ワクチンが免疫記憶に果たす有効性を示しています。

1. ネイチャー論文の概要

今回の論文 [1] は、米国ロックフェラー大学分子免疫学研究所のミシェル・ヌッセンツバイヒ(Michel C. Nussenzweig)所長の研究チームによるもので、筆頭著者はアリス・チョー(Alice Cho)氏です(下図)。本論文は、このブログ記事を書いている段階では、まだ編集の途中であり、変更があるかもしれないというネイチャー編集部の但し書きがあります。

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以下に、添付した英文アブストラクトの翻訳を示します。

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SARS-CoV-2に感染すると、少なくとも1年間はB細胞の応答が進化し続ける。その間、メモリーB細胞は、VOC(variant of concern、懸念される変異体)に見られる突然変異に耐性のある、ますます広範で強力な抗体を発現する。その結果、COVID-19の回復期にある人に、現在のmRNAワクチンを接種すると、試験したすべての変異体に対して高レベルの血漿中和活性が得られる。ここでは、SARS-CoV-2未感染者のコホートにおいて、モデルナ(mRNA-1273)またはファイザー/ビオンテック(BNT162b2)のmRNAワクチンを接種した際の5カ月後のメモリーB細胞の進化を調べた。接種1回目からブースター接種までの間に、記憶B細胞は中和活性を増強した抗体を産生するが、その後、効力や範囲はそれ以上には増えない。その代わり、ナイーブな人にワクチンを接種してから5カ月後に出現したメモリーB細胞は、初期反応を支配していた抗体と類似した抗体を発現している。自然感染によって選択された個々の記憶抗体は、ワクチン接種によって誘発された抗体よりも効力や幅が大きいが、血漿の全体的な中和力はワクチン接種後に大きくなる。これらの結果は、現在のmRNAワクチンを接種した人にブーストをかけると、血漿中和活性は増加するが、回復期の人にワクチンを接種した場合と同等の広さの抗体は得られない可能性があることを示唆している。

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2. サイエンス論文の概要

今回のサイエンス論文 [2] は、米国ペンシルバニア大学の研究グループを中心とする研究結果をまとめたもので、48人の著者が名を連ねています。筆頭著者はリシ・ゴエル(Rishi R. Goel)氏、責任著者はジョン・ウェリー(E. John Wherry)教授です。

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以下に、添付した英文アブストラクトの翻訳を示します。

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SARS-CoV-2 mRNAワクチン接種後の免疫記憶の持続性はまだ不明である。本研究では,SARS-CoV-2の感染を受けていない人と回復した人を対象に、ワクチン接種後6カ月間の反応を縦断的に観察した。抗体はピーク時から減少していくが,6カ月後もほとんどの被験者で検出可能であった。その結果、mRNAワクチンによって機能的なメモリーB細胞が生成され、その数はワクチン接種後3~6カ月の間に増加し、これらの細胞の大部分はアルファ、ベータ、およびデルタ変異体と交差結合することがわかった。mRNAワクチン接種はさらに、抗原特異的な CD4+ および CD8+ T細胞を誘導し、初期のCD4+ T細胞反応は長期的な液性免疫と相関していた。また、既存の免疫を持っている人のワクチン接種に対する想起反応は、抗体減衰率を大きく変えることなしに、抗体レベルを増加させた。以上の結果を総合すると、SARS-CoV-2およびその変異体に対して、mRNAワクチン接種後少なくとも6カ月間は、強固な細胞性免疫記憶が維持されることが証明されたことになる。

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3. 今回の研究の意義

私たちの身体の中で変化が起こることで、COVID-19のパンデミックの終息につながる希望があるとすれば、それは体中を循環する抗体と免疫記憶にあると言えます。

循環抗体は、自然感染やワクチン接種後すぐにピークに達し、数ヵ月後には消えてしまいます。今回のチョーらの研究では、ワクチンを接種してから、あるいは自然感染から回復してから5カ月以内に、SARS-CoV-2を抑えるのに十分な循環抗体を保持できなくなる人がいることが示されています。一方で、メモリー細胞は生き残り、何十年にもわたって病原体を記憶し、重篤な疾患を予防する可能性があります。

これまで科学者たちは、ワクチン接種によって、自然感染後に見られるような強固なメモリーB細胞の反応が期待できるかどうかについては、答えをもっていませんでした。この意味では、今回のチョーらの論文 [1] やゴエルらの論文 [2] は、mRNAワクチンによっても、長期間の免疫記憶という私たちの体のウイルス防御を成立させる有効性を初めて示したと言えます。

ロックフェラー大学は、今回ネイチャー誌に発表されたチョーらの研究成果について、一般にもわかりやすい解説記事を出しました [3]。そこで、この記事を翻訳しながら、適宜捕捉しながら、彼らの研究成果の意義について考えたいと思います。

ウイルスが体内に侵入すると、免疫細胞は直ちに大量の抗体を作り出します。これらの抗体は、言わば免疫システムの歩兵であり、ワクチンや感染症に応じて、素早く反応しますが、時間とともに減衰していきます。しかし、免疫系にはバックアッププランがあります。それは、モリーB細胞というエリート集団で、循環している抗体よりも長生きして、長期的な保護を提供する記憶抗体を作り出します。

これまでの研究によると、天然痘のメモリーB細胞はワクチン接種後少なくとも60年、スペイン風邪(インフルエンザ)のメモリーB細胞はほぼ100年持続すると言われています。メモリーB細胞は必ずしも再感染を防ぐわけではありませんが、少なくとも重症化を防ぐことができます。

チョーらの研究で明らかになったことは、メモリーB細胞は時間の経過とともに進化し、ウイルスを中和する能力が高く、変異にも対応できるより強力な「記憶抗体」を次々と作り出すようになるということです。しかし、重要な点として、自然感染とワクチン接種とではメモリーB細胞の応答が違うことが挙げられます。

今回、研究チームは、メモリーB細胞の進化の違いを明らかにするために、COVID-19患者の回復期の血液サンプルと、自然感染したことのないmRNAワクチン接種者の血液サンプルを比較しました。

ワクチン接種と自然感染では、同数のメモリーB細胞が誘発されました。メモリーB細胞は、mRNAワクチンの1回目と2回目の投与の間に急速に進化し、増強された記憶抗体を産生しました。しかし、その進化は2ヵ月で失速しました。これらの抗体の中にはデルタ変異体や他の変異ウイルスを中和できるものもありましたが、全体的に幅が広がることはありませんでした。一方、回復期の患者では、感染から1年後までメモリーB細胞が進化し続けました。メモリーB細胞が更新されるたびに、より強力でより広い範囲を中和する記憶抗体が出現していました。

ワクチン接種は自然感染に比べて大量の循環抗体をつくり出しますが、この研究では、すべてのメモリーB細胞が同じように作られるわけではないことが示されています。ワクチン接種では、数週間かけて進化するメモリーB細胞が生まれるのに対し、自然感染では、メモリーB細胞が数ヶ月かけて進化し、ウイルスの変異体であっても排除できる強力な抗体が作られます。

チョーらの研究結果は、ワクチン接種よりも自然感染の方がメモリーB細胞の強化において有利であることを示しています。しかし、COVID-19に罹患することは障害や死亡のリスクがあり、メモリーB細胞が強くなることによるメリットは、このリスクを上回るものではないでしょう。著者らも、「自然感染では、ワクチンよりも広い範囲で抗体の成熟が誘導されるかもしれないが、自然感染では死に至ることもある」、「ワクチンはそのようなことにはならず、むしろ感染による重篤な病気や死亡のリスクを防ぐものだ」と述べています。

研究チームは、自然感染によって作られたメモリーB細胞が、mRNAワクチンによって作られたそれよりも優れていると予想されるいくつかの理由を挙げています。

呼吸器系から侵入したウイルスと、上腕部に注射されたmRNAワクチンとでは、体の反応が異なる可能性があるといいます。あるいは、mRNAワクチンで作られる単独のスパイクタンパク質ではできない方法で、無傷のウイルスが免疫系を刺激するのかもしれないと述べています。また、自然に感染したウイルスが何週間も持続することで、体がしっかりとした反応を起こす時間が増えるということもあるかもしれません。一方、ワクチンは、期待される免疫反応を引き起こした後、わずか数日で体外に排出されてしまいます。

このような理由の如何を問わず、その意味するところは明らかです。モリーB細胞は、mRNAワクチンに反応して、限られた範囲内で進化を遂げると考えられます。現在実施されているmRNAワクチンでブースターを行うと、メモリー細胞が循環抗体を産生することが期待されますが、その抗体は、オリジナルのウイルスに対しては強い防御力を持つものの、変異ウイルスに対してはやや弱いと、責任著者のヌッセンツバイヒ氏は述べています

「ブースターをいつ投与するかは、ブースター接種の目的によって異なる」と彼は言います。「感染予防が目的であれば、個人の免疫状態にもよりますが、6カ月から18カ月後に投与する必要がある。重篤な病気の予防が目的であれば、何年もかけてブーストを行う必要はないだろう」というのが彼の見解です。

4. ファクターXに関して考えたこと

今回のネイチャーとサイエンス論文は、mRNAワクチン接種後、循環抗体は比較的急速に減衰していくものの、少なくとも試験された半年間くらいは、強固なメモリーT細胞やメモリーB細胞が維持されることを証明しています。そして、チョーらの論文では、ワクチンよりも自然感染の方がメモリーB細胞の強化において有効なことを示しています。

私はこれらを読んでいて、COVID-19感染者数や死者数における日本を含む東アジアと欧米との大きな差異を生む要因としてのファクターX(→COVID-19を巡るアジアと欧米を分ける謎の要因と日本の対策の評価をあらためて思い起こしました。つまり、東アジアでは、過去の季節性コロナウィルス流行によってメモリーB細胞と交差免疫力が強化されており、SARS-CoV-2に対してもある程度働いているのではないかということです。

私たちはしばしば風邪をひきますが、これらの中には数種のコロナウイルスによるものもあります。風邪に効くワクチンはないと言われますが、逆にコロナウイルスの感染による免疫記憶や交差免疫が備わっており、ワクチンが要らない程の軽い症状ですんでいるのではないかと推察します。

さらに訓練免疫 [4] の関わりを考えることができます。病原体が侵入すると、まず一次防衛隊として、マクロファージ、樹状細胞、NK細胞などからなる自然免疫細胞が働きます。これらは、獲得免疫系と比べて、働きは前座みたいなもので持続時間も短いと考えられてきました。しかし自然免疫細胞も自然感染や生ワクチン接種により強化され、防御作用も持続することが明らかになっています。いわゆる訓練免疫とよばれる機構です。

訓練免疫の例として提唱されているのが、結核菌用のBCG接種です [5]日本株やロシア株を接種している国はCOVID-19による死亡率が低いことが報告されており、これがいわゆるファクターXの候補として当初から挙げられています(→BCG接種が新型コロナウイルス感染抑制に効く?)。

SARS-CoV-2の感染においては、無症候性感染者が多いことも上記の免疫機構が関わっていることをうかがわせるものです。日本人は、コロナウイルスに対するメモリーB細胞や細胞性免疫の強化、交差免疫力の維持、そして訓練免疫の下地があって、欧米に比べてCOVID-19の被害を少なくしているのでは?と、あらためて想像を膨らませました。

ただ、当初からのお粗末さな防疫対策はデルタ変異体には容易に突破され、これらの要素の効き目も薄まり、被害を大きくしたのではないかと思われます。

おわりに

今使用されているmRNAワクチンは、素早い循環抗体の生産と長期間の免疫記憶の強化をもたらすことが明らかになってきました。一方で、従来のワクチンに比べて副反応や接種後の死亡を含めた有害事象がきわめて多いことも周知の事実です。mRNAワクチンの効果の研究は盛んですが、安全性や負の影響に関する研究は少なく、現在の世界中で繰り広げられている人体実験での結果を待つしかないというところでしょうか。

今回のネイチャー論文の著者らは「COVID-19の死亡リスクを考えれば、ワクチンはそのようなことはなく、むしろ感染による重篤な病気や死亡のリスクを防ぐものだ」と述べていまが、これは少なくとも若年層や子供には当てはまらないでしょう。

そして、もし欧米人に比べて日本人がSARS-CoV-2に対する免疫記憶、交差免疫、訓練免疫の点において有利さがあるとしたら、彼らの治験や研究に基づいて立てられたmRNAワクチン・プランをまるごと適用するのは非合理ではないかと思われます。特に子供・若年者への接種やブースター接種は、ベネフィットよりもリスクが上回る可能性もあり、熟考すべきと考えます。

引用文献・記事

[1] Cho, A. et al.: Anti-SARS-CoV-2 receptor binding domain antibody evolution after mRNA vaccination, Nature Published Oct. 7, 2021. https://doi.org/10.1038/s41586-021-04060-7

[2] Goel, R. R. et al.: mRNA vaccines induce durable immune memory to SARS-CoV-2 and variants of concern. Science Published Oct. 14, 2021. https://www.science.org/doi/10.1126/science.abm0829

[3] Rockefeller University: Natural infection versus vaccination: Differences in COVID antibody responses emerge. EurekAlert/AAAS Oct. 7, 2021. https://www.eurekalert.org/news-releases/930912

[4] Netea M. G. et al.: Trained immunity: A program of innate immune memory in health and disease. Science 352, aaf1098 (2016). https://science.sciencemag.org/content/352/6284/aaf1098

[5] de Vrieze, J.: Can a century-old TB vaccine steel the immune system against the new coronavirus? Science Mar. 23, 2020. https://www.sciencemag.org/news/2020/03/can-century-old-tb-vaccine-steel-immune-system-against-new-coronavirus

引用したブログ記事

2020年5月18日 COVID-19を巡るアジアと欧米を分ける謎の要因と日本の対策の評価

2020年3月28日 BCG接種が新型コロナウイルス感染抑制に効く?

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

高齢者で高まるブレイクスルー感染のリスク

私は8月16日のブログ記事「デルタ変異体の感染力の脅威」において、雨天続きによるエアロゾルの減少人々の外出控え・自粛行動、それにワクチン未接種のリザーバーの縮小によってCOVID-19の第5波流行は減衰していくだろうと予測しました。事実、8月中旬以降、首都圏の新規陽性者数は急速に減少していきました。これを受け、9月7日のおよび9月28日のブログ記事(第5波感染流行が首都圏で減衰した理由感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長)で、あらためて流行減衰の要因について考察しました。

最近では昨年の同時期のレベルまで新規陽性者数は激減しています。これについて、私は昨日以下のようにツイートしました。

つまり、8月の長雨によるエアロゾルの減少と人流低下で空気感染の機会が激減し、一気の実効再生産数Rtが1を切る状況が生まれ、かつSARS-CoV-2が感染可能なワクチン未接種リザーバーの縮小で、首都圏のような人口密度の高い地域でその影響が効果的に出てきたものと考えています。地方では元々首都圏よりも人口密度が低いので、未接種リザーバーの縮小の効果は首都圏程ないと考えられます。これが、地方よりも首都圏や大都市圏で感染者数の減少が目立つ理由でしょう。

今日の全国の新規陽性者巣は369人で、東京はわずか49人(全国の13%)です(図1)。1週間前はそれぞれ602人、87人(全国の14%)でした。東京では、8月13日に5,773人という最多の新規陽性者数を記録しましたが、このときの全国に対する割合は28%でした。地方よりも急速に東京の割合が減っていることがわかります。

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図1. 10月11日の全国の新規陽性者数(NHK 7 NEWSより).

とはいえ、ゼロコロナの県数は今日でさえまだわずか9県しかありません。これだけ感染者数が減ったのに、まだ一桁ということは。これまでの流行のパターンから考えると奇妙です。何かの要因があるはずです。

いまワクチン完全接種者は64%を超え、65歳以上に限って言えば約90%に達します。このようにワクチン完全接種者優占する状況では、もはやSARS-CoV-2感染の主要な相手はワクチン接種者に移行していると考えられます。しかし、ワクチンのおかげで罹っても発症が抑えられている、軽症で気づいていないということがあり、また、検査されていない、あるいは検査陽性でもブレイクスルー感染として具体的に報告されていないということがあるでしょう。

現在の感染状況においては見かけ上ワクチンが効いている状態になっており、事実スーパースプレッダーからブレイクスルー感染したとしてもそこで歯止めになっている可能性があります(高いCt値のウイルス排出量しかない)。とはいえ、時間とともに歯止め効果は低下し、無症状、軽症のブレイクスルー感染者が二次感染させるポテンシャルは次第に大きくなっていくでしょう。→COVID-19ワクチン接種者はスーパースプレッダーになり得る?)。

これから懸念されることは、行動制限緩和、経済活動促進、GoTo事業の促進に伴って人流が増え、ブレイクスルー感染が次々と起こることです。もとより政府の感染症対策はきわめてお粗末です。そして、重要なことは、免疫力が落ちてくる(ワクチンの抗体価が低下してくる)高齢者からそのリスクが高まってくるということです。その意味で医療従事者も同様です。それでもワクチンの効果で重症化のリスクは低減されていますが、感染者数が増えれば増える程一定の割合で重症者も死亡者も出てきます。

その兆候はすでに現れているように思います。図2は東京都における年齢別の新規陽性者数の割合の推移を示したものです。注目すべきことは、8月上旬まで減っていた高齢者の割合が、第5波流行が減衰するとともにまたじわじわと増えていることです。これはワクチン効果が低下したブレイクスルー感染者の増加を示唆しているのではないでしょうか。

ちなみに8月上旬の10日間の65歳以上の新規陽性者数の割合はわずか3.2%でしたが、10月上旬の10日間のその割合は12.7%と4倍に増えています。

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図2. 東京都における新規陽性者数の年齢別割合の推移(東京都モニタリング会議の資料より).

日本はいまや流行収束のムードで経済活動促進に舵を切っています。しかし、忘れてならないのは防疫対策や医療提供体制は一向に改善されないまま、いきなりウィズコロナというスローガンの下で行動制限緩和されていることです。次の波に対して何も準備はできていないのです。

北海道ではすでに下げ止まりの傾向が出ているようです。寒くなり、乾燥し、室内に閉じこもる時期になれば自ずからリバウンドが始まるでしょう。このままだと、この冬に向けてイスラエルシンガポールの失敗を日本は後追いすることになります。特にデルタ変異体のいくつかの亜系統ウイルス(AY.12, AY.23, AY.25, AY.4など)[1] は要注意です。分科会専門家もワクチン・検査パッケージなんてのんびり言っている場合じゃないのです。いわゆるワクチンパスポートは防疫対策としては無意味ですから。

引用文献

[1] Bai, W. et al.: Epidemiology features and effectiveness of vaccination and non-pharmaceutical interventions of Delta and Lambda SARS-CoV-2 variants. China CDC weekly 3, 863-868 (2021). http://weekly.chinacdc.cn/fileCCDCW/journal/article/ccdcw/newcreate/CCDCW210195.pdf

引用したブログ記事

2021年9月28日 感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長

2021年9月7日 第5波感染流行が首都圏で減衰した理由

2021年8月26日 COVID-19ワクチン接種者はスーパースプレッダーになり得る?

2021年8月16日 デルタ変異体の感染力の脅威

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

ニュージーランドのゼロコロナ戦略転換

はじめに

ネットニュースを見ていたら、「NZ、感染ゼロ戦略断念 ワクチン普及でコロナとの共生模索へ」というロイターの記事 [1] が目に飛び込んできました。AFP [2] やガーディアン [3] も同様に伝えています。ニュージーランドはいわゆるゼロコロナ戦略でCOVID-19パンデミックに対応してきたわけですが、記事のタイトルだけ見ると今直ぐにでも、ゼロコロナを断念するというニュアンスにとれます。

しかし、ロイターの原英文の記事やガーディアンの記事、加えてニュージーランドのアーダーン首相の会見を観ると、今直ぐ断念というのではなく、「感染者ゼロは難しいけれども、ワクチン接種率が90%に達するまで、現在の厳しい措置を続ける」というものです。

ところが、早速、橋下徹氏がAFPの記事 [2] を引用しながら、ニュージーランドのロックダウンがあたかも効いていないかのようなツイートをしていました。私は以下のようにそのツイートを引用しながら事実誤認であることを指摘しました。

このようにニュージーランドの「ゼロコロナ断念」記事を誤解しているようなSNS上のコメントが散見されるますし、そもそも日本の大手新聞 [4] でさえゼロコロナを誤解しているフシがあるので、このブログで原記事を参照しながらまとめてみたいと思います。

1. ゼロコロナ戦略

ニュージーランドや日本の野党のゼロコロナ戦略の考え方については前のブログ記事で紹介しています(→withコロナ vs. zeroコロナ)。しかし、日本でこの戦略を理解している人は一体どれくらいいるでしょうか。おそらく、ほとんどの人がゼロコロナ戦略に関する論文もウェブ上の公開文書も読んでいないと思われ、従って「ウイルスをゼロにする」という目的の意味にしかとっていないのではないでしょうか。実際は対策と運用の話です。

現状ではSARS-CoV-2をゼロにすることは不可能です。ただ、不可能なことを恣意的に挙げてゼロコロナ戦略自体を否定することはダミー論証(ストローマン論法)であり、詭弁になります。交通事故ゼロは現実的には不可能ですが、だからといって「交通事故ゼロ」を目指す対策を否定してしまったら、話はすべて成り立たなくなります。尾見茂分科会会長が「コロナ撲滅は幻想だ」と言ったことも一種の詭弁になります。

ゼロコロナ戦略について、テレビを含めて日本のメディアが取り上げることはほとんどありません。テレビは対比的なウィズコロナという言葉しか発しません。一般大衆がゼロコロナ戦略を知る機会などないわけです。

ゼロコロナ戦略をとりやすい物理的条件としては、検疫監視が容易な地理的に隔離された地域(島国など)であること、人口密度が比較的低いことなどがあります。ゼロコロナ戦略をとってきたニュージーランドや台湾はこの条件に当てはまります。事実、この二つの地域は戦略的にほぼ成功してきました。

一方で、この条件に当てはまらない中国も完全な封じ込め戦略をとっています。中国の場合は、国家統制が効いた厳格な法的な管理.監視体制と不活化ワクチンの高い完全接種率(約70%)をベースとして、徹底した検査・隔離・追跡を行なっています。おそらく中国のデータベースにしかない、SARS-CoV-2の本質に迫る豊富なデータ(→新型コロナの起源に関して改めて論文を読み、戦慄に震える)に基づく感染対策の印象を受けますが、皮肉にもパンデミックのような危難に対しては、強権国家でないときちんとした対応をとれないという風にも見えます。

2. ガーディアンの記事

今回の「ニュージーランド、ゼロコロナ断念」の件については、私が読んだ中では、ガーディアンの記事 [3]下図)が最も正確かつ詳細に伝えていると感じました。そこで、この記事を翻訳して紹介したいと思います。

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以下、記事の全訳です。

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ジャシンダ・アーダーン首相は、ニュージーランド排除戦略(elimination strategy)は段階的に廃止され、ワクチン接種率を考慮した新しいモデルが採用されると述べた。そして、オークランドを封鎖から解放するための3段階の「ロードマップ」を作成した。

「ワクチンがなかったので、排除が重要だった。今はワクチンがあるので、やり方を変えることができる。選択肢が増え、将来を楽観視できるようになったが、急ぐことはできない」とアーダーン首相は述べた。

だからこそ、可能な限りウイルスを封じ込め、コントロールし続ける必要がある。その一方で、厳重な規制のみを行う場所というものを、日常的な公衆衛生対策にワクチンを使用する場所へと移行する必要がある」と彼女は述べた。

これまで政府は国をウイルスから守るための野心的な排除戦略を行なってきたわけだが、その戦略からの移行を発表するのは初めてのことである。アーダーン首相は、この戦略はニュージーランドのためによく機能してきたが、そこから移行するポイントは常に存在すると述べた。

「ワクチンは、将来的には私たちが異なる方法を取ることができることを意味している。とはいえ、その場合でも、私たちの戦略は変わらない。つまり、感染者が続いている間は、ウイルスをコントロールし、感染者を根絶し、入院を防ぎたいと考えている。ただ、ワクチンがあるとするなら、私たちはより選択肢をもつことになる」。

週末には新たに50人の陽性者が報告され、その中にはオークランドから約 500 km 離れたパーマストンノースに感染した状態で旅行していたトラック運転手も含まれている。月曜日にはさらに29名の陽性者が報告され、1名を除いてすべてオークランドで発生したため、今回の感染者数は1,314名となった。ノースショア病院の産科病棟に入院していた新生児が、最新の感染者の1人となった。

週末には、ワイカト地域で新たな感染者が発生したことを受けて、ロックダウン規制がオークランド最大の都市の南側の地域にも拡大された。疫学者は、この2週間の間に21人の感染者が出ており、これは地域内での未検出の感染株を示しているのではないかと懸念している。

マオリ族(Māori)とパシフィカ族(Pasifika)は、ウイルスの悪影響を受けるリスクが高く、今回の流行では、これら2つのグループに属する患者がかなりの割合を占めている(パシフィカ族62.6%、マオリ族19.5%)。また、緊急避難所での感染も確認されている。

オタゴ(Otago)大学の副学部長(太平洋地域)である免疫学者のダイアン・シカ–パオトヌ(Dianne Sika-Paotonu)博士は、規制の緩和などの早急な変更は、最も弱い立場にあるニュージーランド人にとって悲惨な結果をもたらすと述べている。

「注意を怠れば、COVID-19のパンデミックが始まる前から医療システムに負担がかかっていたことを考えると、医療システムに深刻なリスクを生じる。入院患者数や死亡者数が多い諸外国の状況を見れば、現実を知ることができる」。

テ・プナハ・マタティニ(Te Pūnaha Matatini)社の主任研究員であるディオン・オーニール(Dion O'Neale)博士は次のように述べている。「感染経路不明の症例による地域感染がまだ続いていることを考えると、このロードマップはより広い範囲での感染リスクを増加させるように見える」。

接触を制限すれば、人々が会ったときの感染リスクを減らすことができるが、それはロシアンルーレットで、銃の中の少ない弾丸でプレイするのと同じことで、プレイする回数を最小限に抑えることではない」。

テ・プナハ・マタティニとカンタベリー(Canterbury)大学のCOVID-19モデラーであるマイケル・プランク(Michael Plank)氏は、ウイルスの社会での感染とそれを抑制するための継続的な対策は、現在の生活の一部であるとしながらも、人々は引き続き警戒しなければならないと述べている。

「排除が不可能であることを受け入れることは、白旗を振って放っておくことではない。ウイルスを放置しておくと、ワクチンを接種していない人や一部の人の間で野火のように広がり、医療システムを圧迫する危険性がある」、「完全にワクチンを接種した人の数が大幅に増えるまでは、感染を可能な限り抑制する以外に方法はない」、「政府は、病院がオーバーフローするのを避けるために、非常にトリッキーなルートを操縦する必要があるだろう」。

オークランドの国境は今のところ閉鎖されたままだが、プランク氏は、国内の他の地域は地域社会での感染や事例が発生した場合の制限に備えるべきだと述べている。

おわりに

以上のように、ニュージーランドはゼロコロナを今断念するというわけでもなく、ワクチン接種率が90%に達成するまで従来の徹底策を続けると言っているだけで、ましてや橋下氏が言うようにロックダウンが効果がないということでもありません。現在の新規陽性者数は数十人規模で、人口比でも今の日本より低い状態にあります(→東アジア・西太平洋地域の感染流行から見えてくるもの)。ただ、これをゼロにするのは難しいと言っているだけです。

日本でゼロコロナ戦略を唱えている政党は立憲民主党です。これは「感染拡大の繰り返しを防ぐことで早期に通常に近い生活・経済活動を取り戻す戦略」であり、「ウイルスゼロを目指すものではない」ことも今年2月25日公開のページに書かれています。

然るに、読売新聞は、「立民によれば、水際対策や検査を駆使し、新型コロナウイルスの市中感染を徹底的に封じ込めることを意味する」と書いています [4]。その上で、東大名誉教授唐木英明氏が「立民には実現可能な対策を提案すべきだ。ゼロコロナができると主張するなら、国民が納得できるデータを示すべきだ」と述べたことも引用しています。

ゼロコロナ戦略もウィズコロナ戦略も、目標に向けてどのような感染対策をとるか、どのように運用していくかの道標の問題であって、コロナをどのレベルにするということでもデータを示すということでもありません。ゼロコロナ戦略が感染者0人というなら、じゃあ、ウィズコロナは感染者何人というレベルの話になってしまいますが、そこは不問にされています。

一つハッキリしているのは、ゼロコロナ戦略では感染対策としての具体策が明示されているのに対し、日本政府や与党のウィズコロナには感染対策が一切示されていないことです。あるのは行動制限緩和策と経済対策だけです。メディアもこの点は何も指摘していません。感染対策上、ウィズコロナをどのような意味で使っているのかもわかりません。

いずれにしろ、今回のニュージーランドの件を受けて、野党のゼロコロナ戦略は来る選挙用には至急修正を迫られると思います。何しろ国民はウィズコロナを刷り込まされ、逆にゼロコロナはダメ一択の烙印を押されているわけですから。

引用記事

[1] ロイター:NZ、感染ゼロ戦略断念 ワクチン普及でコロナとの共生模索へ. 2021.10.04. https://www.reuters.com/article/health-coronavirus-newzealand-idJPKBN2GU0BA

[2] AFP News: NZ首相、「コロナゼロ」戦略断念 デルタ株封じ込めできず. 2021.10.04.

[3] Corlett, E.: New Zealand Covid elimination strategy to be phased out, Ardern says. The Guardian Oct. 4, 2021. https://www.theguardian.com/world/2021/oct/04/new-zealand-covid-strategy-in-transition-ardern-says-as-auckland-awaits-lockdown-decision

[4] 読売新聞オンライン:「ゼロコロナ」突然提唱、立民「上意下達」不満も [政治の現場]緊急事態再発令<8>. 2021.03.01. https://www.yomiuri.co.jp/politics/20210228-OYT1T50210/

引用した拙著ブログ記事

2020年10月3日 東アジア・西太平洋地域の感染流行から見えてくるもの

2020年9月24日 withコロナ vs. zeroコロナ

2020年8月5日 新型コロナの起源に関して改めて論文を読み、戦慄に震える

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

東アジア・西太平洋地域の感染流行の比較から見えてくるもの

はじめに

日本のCOVID-19第5波流行は過去最大の感染者数を出し、7月12日の緊急事態宣言発出後から今日(10月3日)までの累計では、約88万人の陽性者数になりました。これは、これまでの全陽性者数の52%に相当します。ワクチン接種が進んでその分重症者数や死者数は減ったと言われていますが、それでもこれまでの全死者数の16%に相当する約2,800人の方が亡くなりました。

一方、8月中旬頃からの急速な感染者減少で、いま日本全体で収束気分になっています。緊急事態宣言も全面解除されました。なぜ、急速に流行は減衰したのか、専門家の間でもいろいろと分析がなされているようですが、はっきりとした要因がよく分かりません。私は人流の低下と夏の長雨という偶然の重なりで急速に流行が減衰したと推察しています(→第5波感染流行が首都圏で減衰した理由感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長)。台風も2度やってきて減衰促進の要素として働いたかもしれません。

日本だけの感染流行だけを見ていると、対策の効果や感染者増減の要因についてよく分からないことでも、周辺の国や地域と比べてみれば見えてくることもあります。そこでこのブログでは、これまでの流行について、人種的あるいは地理的に近い東アジア・西太平洋の諸国・地域と比べてみることにしました。

1. 東アジア・西太平洋諸国・地域における流行

まずは、世界保健機構(WHO)がWestern Pacificとして分類している東アジア・西太平洋(EA/WP)諸国・地域におけるこれまでの感染流行を見てみましょう。このカテゴリーから、中国、韓国、日本、台湾、フィリピン、マレーシア、シンガポール、タイ、ヴェトナム、オーストラリア、ニュージーランドの11カ国・地域を選択し、新規陽性者数(絶対数)の推移を示したのが図1です。

これまでいくつかの流行の波がありましたが、一目瞭然なのがこの夏における突出した感染ピークです。これはデルタ型変異ウイルスによるもので、EA/WP地域においても、感染力が強いこの変異体がいかに猛威をふるったかがわかります。

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図1. 東アジア・西太平洋諸国・地域における新規陽性者数の推移(7日移動平均). Our World in Dataより転載.

しかし、よく見ると各国の流行パターンは大きく異なります。それらのパターンに基づいて、私はEA/WP諸国・地域を以下の4つに大別しました。

1) 対策が不十分で流行を繰り返した国(フィリピンや日本)

2) 対策は有効であったがデルタ変異体に突破された国(タイとヴェトナム)

3) 対策は有効であったが緩和策でリバウンドしている国(シンガポールなど)

4) 封じ込め策が機能している国(中国、ニュージーランドなど)

以下、この四つのカテゴリーごとに、Our World in Data や worldometer から得られる感染流行パターンのデータを示しながら、考察します。

2. 対策が不十分で流行を繰り返した国

このカテゴリーに入るのがフィリピン、マレーシア、そして日本です(図2)。感染者数と死者数に基づけばEA/WPの中でワースト3に入ります(表1)。世界的にみても、それぞれ、10位、20位、24位につけており、世界ワースト上位に分類されます。人口百万人当たりにすると、1、2位が逆転しますが、EA/WP内での日本の順位は変わりません。

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図2. フィリピン、マレーシア、および日本における新規陽性者数の推移(7日移動平均). Our World in Dataより転載.

表1. EA/WPにおける感染流行ワースト3の国(フィリピン、マレーシア、日本)のデータ(比較のために封じ込め対策をとっている台湾とニュージーランドのデータを併記)

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これらの3カ国は、この夏に過去最大のデルタ変異体による感染ピークを示しましたが、よく見ると日本のピークが他国のそれと比べて非常に鋭いことがわかります(図2緑色のライン)。つまり、日本の場合、日本特有の事情で波が一気に押し寄せ、そして急速に引いていったと考えた方がよさそうです。

他国にない感染急速拡大の要因の一つとして考えられるのが東京五輪大会です。この大会開催が決まり、無観客になったとは言え、人々のお祭り気分と高揚感、気の緩みを促したのは間違いないでしょう。7月12日に東京に緊急事態宣言が発出されましたが、人流低下は期待した程ではなく、発出が遅れたこともあり、デルタ変異体の急速な広がりを押さえつけるまでの効果はありませんでした。容易に突破され、過去最大の流行となりました(→東京オリパラと第5波感染流行)。

8月中旬から流行は急速に減衰していきましたが、少なくとも感染対策が功を奏してそうなったわけではないことは明白です。東京大会が終わると人々は我に返り?、リスク回避行動が覚醒され、7月半ばから続いていた人流低下はノロノロとは言え、お盆の頃になると、パンデミック前の3-6割にまでのレベルに達していました。これに偶然にも長雨が重なり、さらに外出控えとなると同時に、湿度上昇によるエアロゾルの減少で空気感染の機会を激減させたのではないかと、前のブログで考察しました(→第5波感染流行が首都圏で減衰した理由感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長)。

ワクチン接種の効果を考える向きもありますが、ほぼ同じワクチン接種率であり、ロックダウン策をとっているマレーシアの流行減衰は日本と比べると緩やかです。ワクチンの効果は少なからずあるとしても、日本固有の事情を考えないとこの鋭い感染ピークは説明できません

3. 対策は有効であったがデルタ変異体に突破された国

タイとヴェトナムは感染対策が機能し、長期間(最初のほぼ1年間)ウイルスを封じ込めてきました国として知られてきました。対策の基本は徹底した追跡と隔離です。しかし、デルタ変異体には突破されてしまい、この夏大きな流行に見舞われました(図3)。今日までの累計の感染者数はタイで160万人、ヴェトナムで80万人を超えています。

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図3. タイおよびヴェトナムにおける新規陽性者数の推移(7日移動平均). Our World in Dataより転載.

4. 対策は有効であったが緩和策でリバウンドしている国

シンガポールとオーストラリアは初期の感染流行を経験し、その教訓から以降徹底した感染対策でほぼウイルスを封じ込めました。PCR検査も、それぞれ、国民1人当たり3.2件および1.5件実施しており、徹底的な検査・追跡を行なってきました。ちなみに日本のPCR検査数は国民1人当たり0.2件です(表1)。

しかし、シンガポールではワクチン接種率があがったことで、その後緩和策に転換し、それに伴ってデルタ変異体の亜系統AY.23による感染者数が急上昇しています [1]図4)(縦軸のスケールが図1の1/10になっていることに注意)。オーストラリアも英国と同じようなwithコロナ戦略に転換し、それと同時に感染者数が急上昇しました。

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図4. シンガポールおよびオーストラリアにおける新規陽性者数の推移(7日移動平均). Our World in Dataより転載.

このような傾向は、緩和策に転換している英国やイスラエルでも見られます(→withコロナ vs. zeroコロナ)。これらの国ではワクチンで死者数は比較的抑えられているとは言え、社会・経済活動再開のための緩和策がいかに難しいかを物語っています。

5. 封じ込め策が機能している国

封じ込めにほぼ成功している国が中国、台湾、およびニュージーランドです(図5)。(縦軸のスケールが図1の1/5になっていることに注意)。それぞれの国では単発的に小規模の感染の波が押し寄せていますが、その都度抑え込んでいます。ニュージーランドでは、いま二桁の新規陽性者数が続いていますが、死者数で言えば、COVID-19で亡くなるよりもワクチン接種後の死亡の数が多いくらいです(→withコロナ vs. zeroコロナ)。

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図5. 中国、台湾、韓国、およびニュージーランドにおける新規陽性者数の推移(7日移動平均). Our World in Dataより転載.

図5には韓国の感染流行の推移も入れていますが、この流行パターンを見た場合、どのカテゴリーに入れるかは難しいです。しかし、日本のような急速の感染ピークがなく、対策の介入の効果の跡が見られるとも言えます。基本的には韓国政府の対策は封じ込め路線です。

6. ワクチン接種状況

感染流行と対策の関係を考える上では、ワクチン接種率の推移も見ることも重要です。図6に示すように、ワクチン接種率で言えばシンガポールがトップで中国がこれに次ぎます。ただし、中国の場合はmRNAワクチンではなく、不活化ワクチンです。日本とマレーシアがほぼ同率でこれを追っています。ウイルス封じ込めがほぼ成功している台湾やニュージーランドは日本よりかなり下の位置にいます。

このようにしてみると、少なくともデルタ変異体の感染流行においては、これまでのところワクチン接種率の影響はむしろ小さく、政府が介入する感染対策や緩和策の影響が圧倒的に大きいと言えます(ただし、個別的にはワクチン接種が大きく影響)。

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図6. EA/WP諸国・地域におけるワクチン接種率(完全接種)の推移. Our World in Dataより転載.

おわりに

以上、日本の感染流行をEA/WP諸国・地域のそれと比較しながら述べてきました。EA/WP諸国の中で見た場合、日本のCOVID-19感染流行が、いかに何度となく繰り返され、被害が大きいものかわかります。そして、デルタ変異体による第5波流行が急拡大し、かつ急速に減衰したことは、日本の特別な事情にあるのではないかということが推察されます。

上述したように、私の個人的見解としては、その増減要因は東京五輪緊急事態宣言に伴う人流変化、そして8-9月の長雨です。9、10月には台風もやってきました。雨による相対湿度の低下、それに伴うエアロゾルの減少と空気感染の機会の減少は誰も指摘していませんが、その可能性は検討に値すると思います。

このような偶然と時間とともにワクチン接種の効果も加わって第5波流行が減衰したとするならば、そのことをしっかりと頭に入れた上で、この先の防疫対策と医療提供体勢の強化を図る必要があると思います。流行の収まりをいいことに、ただ漫然と制限緩和策と経済促進策に走るようでは、この先また失敗を繰り返すことになるでしょう。

引用記事

[1] Maruyama, M: Singapore hits highest daily number of Covid-19 cases since the start of the pandemic. CNN October 2, 2021. https://edition.cnn.com/2021/10/02/asia/singapore-highest-coronavirus-numbers-intl-hnk/

引用したブログ記事

2021年9月29日 感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長

2021年9月24日 withコロナ vs. zeroコロナ

2021年9月7日 第5波感染流行が首都圏で減衰した理由

2021年9月6日 東京オリパラと第5波感染流行

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

mRNAワクチンで作られたスパイクタンパクは血管を駆け巡る

はじめに

COVID-19 mRNAワクチンを注射した際に、ヒト体内でどの程度抗原ができるか、その運命はどうなるのか、よくわかっていません。唯一の研究例として、ワクチンを接種した人の血液中にスパイクタンパク質を検出したOgataらの報告 [1] があります(→mRNAワクチンを受けた人から抗原タンパクと抗体を検出)。

今回、米国の生物物理学と工学を専門とする研究チームは、光リング共振センサーチップとプラスチック製マイクロピラーカードを組み合わせたデバイスを開発し、このセンサーを用いて、ワクチンを受けた人の血液中からスパイクタンパク質を迅速検出することに成功しました [2]

1. 論文の要旨

まず、今回の論文 [2] がどういう内容か、以下に要旨を翻訳して示します。

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COVID-19用のmRNAワクチンは、実際に接種プログラムとして使用される前に、試験管内や動物で十分に研究され、多数の人での治験を経て適用性が調べられた。しかし、体内での抗原タンパク質の消長やその免疫誘導の正確なメカニズムはまだ解明されていない。これらのメカニズムを完全に理解するために必要な大規模なデータ収集、および異種集団間での変動性を理解するためには、ワクチン接種後の免疫反応に関わるさまざまなバイオマーカーを正確に測定する迅速な診断検査が必要である。当研究室では、ラベルフリーで迅速かつスケーラブルな診断を実現するために、新しい「ディスポーザブルフォトニクス」プラットフォームを開発した。これは、光リング共振センサーチップとプラスチック製マイクロピラーカードを組み合わせたものである。このシステムを用いて、ワクチンを接種した被験者の血清中にSARS-CoV-2スパイクタンパクが存在することを確認し、ワクチン接種後の抗SARS-CoV-2抗体の上昇を追跡することができた。スパイクタンパクは、ワクチン接種後1日目に最大濃度が検出され、10日以内に検出限界以下まで減少した。この結果は、SARS-CoV-2 mRNAワクチンに対する個々の患者の反応だけでなく、大規模なワクチンのメカニズムを理解するために必要なデータを取得するための、この迅速光センサー・プラットフォームの有用性を示している。

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2. 研究の背景

それでは、この論文 [2] のイントロダクションを翻訳しながら、適宜補足説明を加えながら、研究の背景を考えてみましょう。

現在の mRNAワクチンは、SARS-CoV-2特異的な抗体、および長期的な免疫を付与するB細胞とT細胞を生成する優れた能力を示しています [3, 4]。しかし,mRNAワクチン接種によって引き起こされる生理学的反応がどのようなものであるかについて、集団レベルでの詳細な理解はまだ得られていません。このような知識は科学的に重要であるだけでなく、まだ予防接種をためらっている人たちの警戒を減らすためにも重要な要素と言えます。

ファイザー/ビオンテック社やモデルナ社のmRNAワクチンは、従来の抗原を直接投与するというワクチンではありません。すなわち、その製造指令書(mRNA)を包んだ脂質ナノ粒子(LNP)をヒト体内に注入して、ヒト細胞自身に抗原(ワクチン)を作らせるという、これまでにないアプローチを採用しています。SARS-CoV-2の完全なスパイクタンパク質をコードするmRNA+LNPををヒトに注射すると、注射部位付近の宿主細胞(通常は樹状細胞 [5])がLNPを取り込み、mRNAをスパイクタンパクに翻訳し、合成します。これらのスパイクタンパクが、T細胞 [4] B細胞 [6] からの免疫反応を誘発し、その結果、抗体が産生されます。

しかし、宿主細胞で産生されたスパイクタンパクがどのような運命をたどるのかは不明であり、全身に行き渡るかどうかについても十分に検討されていません。また、スパイクタンパクのオフターゲット効果(=本来の目的以外の作用)は、mRNAワクチンに関しては、ヒトでは研究されていません。ここが重要な点で、以前のブログ記事でもこの問題点を指摘しています(→核酸ワクチンへの疑問ーマローン博士の主張を考える

スパイクタンパクのS1サブユニットを比較的高濃度でラットに注入すると、血液脳関門が破壊されることが実証されています [7]。ファイザー社のラットを使った薬物動態試験では、mRNA+LNPが投入された部位以外だけではなく、比較的高濃度で肝臓、脾臓、副腎、そして卵巣に行き渡ることが示されています(→mRNAワクチンへの疑念ー脂質ナノ粒子が卵巣に蓄積?)。最近のOgataら研究 [1] では、mRNAワクチンを受けた人の血液中にSARS-CoV-2スパイクタンパクが存在することが判明しています (→mRNAワクチンを受けた人から抗原タンパクと抗体を検出。すなわち、体内で作られたスパイクタンパクは全身を駆け巡るということの状況証拠があります。

したがって、実際のワクチン用量で接種した被験者の血中に、「スパイクタンパクがどの程度の濃度で、どのくらいの期間存在するのかを詳しく知ること」は、この新しいタイプのワクチンの免疫応答メカニズム、副反応、安全性を理解する上できわめて重要です。そして、先行研究のデータをさらに検証し、より広範な規模でこれを迅速判定できるプラットフォームを開発する必要があります。

論文の著者らはこのニーズに応えるために、フォトニクスをベースとした迅速診断プラットフォームを開発しました。このプラットフォームは、共鳴型の屈折率センシングを利用したフォトニック集積回路(PIC)とマイクロ流体工学を組み合わせた検出システムです。このシステムは、SARS-CoV-2の受容体結合ドメイン(RBD)特異的抗体の存在を迅速に感知する能力があることが、すでに実証されています [8]

3. リング共振器センサーの感度と定量

共鳴型の屈折率センサーを利用したフォトニック集積回路(PIC)は感度が高く、ウェハスケールでの製造が可能という利点があります。研究チームは、バス導波路に近接して配置された、周囲の屈折率に基づいて特定波長で共振する光導波路構造からなるリング共振センサーを開発しました。それを、患者の体液サンプルを導入するマイクロ流路に組み込むという新しい方法で、測定に供試しています。すなわち、PICとパッシブ・マイクロ流体工学を統合した使い捨てセンサーという新しいプラットフォームであり、迅速かつ安価という測定技術を提供します。

研究チームはこのセンサーを用いて,ワクチン接種を受けた被験者の血清中のフルスパイクタンパク質とウイルスRBD抗体の存在を、わずか3分で定量測定しました。この点で著者らは、このプラットフォームがmRNAベースのワクチンに対する免疫反応を理解する上で重要で、より幅広い研究を可能するだけでなく、被接種者固有のオフターゲット効果を迅速に検出し、モニタリングできる可能性を示していると述べています。

図1にこのセンサーで得られた市販のスパイクタンパク質の検量線を示します。マイクロスケール(10 μg/mL 以上)程度のレベルでの検出ができるようですが、数字を見ただけでは思ったほどの感度はないように思います。定量抗原検査では pg/mL オーダーの精密分析ができますので [1, 9]、感度が100万分の1程度ということになります。

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図1. 光リング共振センサー測定による市販のスパイクタンパク質の検量線 [2]. 組換えスパイクタンパク質S1+S2 ECDを、20%FBSを含むAWBで既知の濃度に希釈し、抗スパイク抗体で機能化したチップ上に流した。各濃度で3回のアッセイを行った. エラーバーは各濃度の標準誤差を示す.

4. フォトニックセンサーによる血清中の抗原と抗体の測定

実際に、研究チームが被験者の血清の抗原量とRBD抗体量を追跡したのが図2です。これは、スパイクタンパクの光応答データを時間に対してプロットしたもので、0日目と21日目に2回のワクチン投与がなされています。

センサーの3分後応答の相対的なスパイクタンパク量は,-5~78 pmの範囲でした。.ワクチン接種前のサンプル(n=4)を用いてアッセイのノイズを測定したところ、平均相対シフト量は15 pm(95%信頼区間8.8-21.2 pm)であり(図2aの緑色の線と斜線)、図1の検量線に基づけば、これは最大濃度14.6 μg/mLに相当することになります。

4人の被験者では、最大濃度、タンパク質濃度がピークに達する時間、スパイクタンパク質が血中から完全に除去されるまでの時間に違いが見られました。しかし、明確な傾向として、各注射の直後(1〜3日)にスパイクタンパクが急激に増加し、1カ月以内にベースラインレベルに戻ることがわかりました。これは、Ogataらが報告した時間経過とよく一致しています。

さらに,ワクチン接種後の抗体産生の時間的経過を追跡するために,各サンプルの抗SARS-CoV-2抗体の有無を測定しました(図2b)。ここで見られるパターンも同様で、ほとんどの被験者において、最初の3週間で緩やかな増加が見られ、2回目の投与後には顕著な増加が見られました。抗RBD抗体で見られた3分間のシフトは、約75~600pmの範囲でした。

ワクチン接種後の抗体濃度はよく知られているため、研究チームは抗体の反応曲線は作成していません。しかし、抗体とスパイク全体のタンパク質の大きさが似ていることから(抗体は約150kDa、S1+S2は134.6kDa)、抗体のフォトニックレスポンスが高いのは、循環している抗体の濃度が非常に高いからだと述べています。これは、COVID-19患者の回復期における抗RBD抗体を記録した研究チームの以前の研究と一致しているとしています。

1人の被験者(図2赤点)については、73日目の最終タイムポイントが、スパイクタンパクと抗RBD抗体の両方の測定で異常値を示しました。この被験者は、この最後のサンプリングと同時に風邪をひいたと伝えてきました。著者らは、これらの異常な測定値は、被験者の血流中の免疫活動の増加と、OC43などの一般的な風邪のコロナウイルスのスパイクタンパクとの交差反応によるものかもしれないと述べています。

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図2. 4人の被験者におけるスパイクと抗スパイク抗体の時間経過 [2]. (a) スパイクタンパク質は各投与後に急速に増加し、1-2週間以内にベースラインに戻って減少する. ワクチン接種前の陰性コントロールのシフト(緑の線、緑の斜線=95%信頼区間)は、アッセイノイズを示す. (b) 同じ時間経過における抗SARS-CoV-2 RBD抗体の消長. 臨床試験とよく一致しており、1回目の投与後に抗体の緩やかな増加を示し、2回目の投与後に高力価に達していることを示す.

Ogataらの研究 [1] では,Quanterix社 Simoa 自動イムノアッセイシステムを用いて、同様のタイムスケールで血液中スパイクタンパクを 50 pg/mL 未満の濃度で測定しています。今回のフォトニックアッセイとOgataの研究との間に大きな相違(約100万倍)があったことについては、研究チームは、検量線作成に使った市販タンパク質の構造とセンサーの応答性に関係があるのではと考察しています。

今回の校正データは、市販のS1 + S2 ECDタンパク質から得られたものです。一方、BNT162b2 mRNAワクチン接種後に生体内で生成されるタンパク質は、プレフュージョンで安定化された完全長スパイクタンパク質です [3]。Ogataらが用いたSimoa抗原測定法は、S1とS2の両方のサブユニットに抗体が結合しするとシグナルを検出できるように設計されているので、切断されたSタンパクは検出できません。一方で、今回のセンサーでは分解されて生じるS1、S2タンパクも検出できている可能性があります。

3. 研究の意義

以下、本論文 [2] の考察を参照しながら、今回のセンサー研究の意義を考えたいと思います。

COVID-19ワクチン接種後の血中スパイクタンパクの存在についてのデータは、その重要性にも関わらず、ほとんどありません。さらに、ヒトの血液中でスパイクタンパクがどのように分解されるかについても、知見に乏しいです。現在、米国疾病管理センター(CDC)の情報サイトでは、血流中のスパイクの寿命は「不明であり、数週間である可能性がある」とされており、今回のような研究の必要性が強調されています。

先に述べたように,ワクチンには,膜貫通ドメインを含むスパイクタンパク質の全長の配列が含まれています。このため、スパイクタンパク質が宿主細胞の膜に付着するだけなのか、その後どのように宿主細胞から切り離されるのか、血流に乗るのかなど、免疫反応の正確なメカニズムについては多くの疑問があります。

しかし、今回のデータは、ワクチン接種に反応して生成されたスパイクタンパク質が実際に血流に入り、1週間以上持続し、1か月以内に消失することを確認し、全体的な反応を理解するための重要な第一歩を示しています。また、抗体の生成や長期的な免疫には、循環する免疫細胞が関与していることが示唆されていますが、これを確認するにはさらなる研究が必要です。

今回の研究では、迅速フォトニックセンサーとマイクロピラーカードの組み合わせが、診断用の有望なプラットフォームを構成できることが明らかになりました。 研究チームが提示したアッセイの現在の感度は、臨床的に広く利用するためには改善が必要です。とはいえ、プラスチック製のマイクロピラーマイクロ流体カードの流入特性と再現性が改善されれば、その多くは達成可能であると著者らは述べています。

当該センサーの特徴としてサイズが非常に小さいことが挙げられます(200 μm以下)。このため、チップのフットプリントが小さくて済み、多重化の可能性もあります。 この技術が開発されれば、病気の進行状況やワクチンの効果に関するデータを早期に入手することができ、将来のパンデミックの抑制に役立つことが期待されます。

おわりに

今回の光リング共振センサーでの測定で私が驚いたのは、mRNAワクチンを受けた人の血清中に、先行研究の結果とは桁違いのスパイクタンパク量が検出されていることです。Ogataらの論文 [1] と比較すると、その検出量は100万倍のスケールでの高い濃度になります。それが1週間から数週間血流に乗って体内を駆け巡るわけです。

これは、上述したように、スパイクタンパク質全体を検出しているのか、その分解物を検出しているのか、の測定技法の違いに由来するのかもしれません。後者だとしたら、ワクチン接種後数週間は、高濃度のスパイクタンパク質の分解物が全身に存在することになります。

従来のワクチンに比べて、COVID-19 mRNAワクチンでは副反応、有害事象、接種後死亡がきわめて多く発生していますが、これは個人によって抗原の合成量と残存性が大きく異なることと関係があるような気がします。つまり、mRNAワクチン戦略は分子生物学の理論上の話だけで進められたプラットフォームであり、実際の応用にあたっては抗原量が制御不可になることで予期しない状態に陥る可能性もあるということです。中和抗体を作る以前の問題です。治験ではこの問題はスキップされています。

考えてみれば、体内で抗原タンパクがどのくらいできるかもわからずに、そのタンパクや分解物がどこへ行くかもわからずに(ろくに調べもせずに)注射しているわけですから、無茶な話です。

仮にmRNAワクチンに重大な薬害があったとしても、それを科学的に、リアルタイムで見つけることは難しく、国策で進められている現状では、システム上・政治的にも困難です。事実、ワクチン接種後の死亡例はほとんどすべて評価不能とされています。それを承知の上で、抗原制御不可のワクチン接種が進められています。その意味で、老若男女の不特定多数を相手に一律に進められる大量mRNAワクチン接種プログラムは失敗であると個人的には思います。mRNAプラットフォームは個人レベルでの治療や予防に限定すべきだと考えます。

高齢者の発症、重症化防止に対しては明らかに効果があるmRNAワクチンですが、若年層に対するリスクははるかに高いです。mRNAワクチンよりも、抗ウイルス経口薬とそれを飲むタイミングを早期診断する検査のセットがこれから重要になると思います。

引用文献

[1] Ogata, A. F. et al. Circulating severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2) vaccine antigen detected in the plasma of mRNA-1273 vaccine recipients. Clin. Infect. Dis. ciab465, May 20, 2021. https://doi.org/10.1093/cid/ciab465

[2] Cognetti, J. S. et al.: Monitoring serum spike protein with disposable photonic biosensors following SARS-CoV-2 vaccination. Sensors 21, 5857 (2021). https://doi.org/10.3390/s21175857

{3] Polack, F. P. et al. Safety and efficacy of the BNT162b2 mRNA Covid-19 vaccine. N. Engl. J. Med. 383, 2603–2615 (2020). https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejmoa2034577

[4] Sahin, U. et al.: COVID-19 vaccine BNT162b1 elicits human antibody and TH1 T-cell responses. Nature 586, 594–599 (2020). https://www.nature.com/articles/s41586-020-2814-7

[5] Liang, F. et al. Efficient targeting and activation of antigen-presenting cells In vivo after modified mRNA vaccine administration in Rhesus Macaques. Mol. Ther. 25, 2635–2647 (2017). https://doi.org/10.1016/j.ymthe.2017.08.006

[6] Goel, R. R. et al. Distinct antibody and memory B cell responses in SARS-CoV-2 naïve and recovered individuals following mRNA vaccination. Sci. Immunol. 6, eabi6950 (2021). https://www.science.org/doi/10.1126/sciimmunol.abi6950?url_ver=Z39.88-2003&rfr_id=ori:rid:crossref.org&rfr_dat=cr_pub%20%200pubmed

[7] Rhea, E. M. et al.: The S1 protein of SARS-CoV-2 crosses the blood–brain barrier in mice. Nat. Neurosci. 24, 368–378 (2021). https://www.nature.com/articles/s41593-020-00771-8

[8] Cognetti, J. S. et al. Disposable photonics for cost-effective clinical bioassays: Application to COVID-19 antibody testing. Lab Chip 21, 2913–2921 (2021). https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2021/lc/d1lc00369k

[9] 谷本佳彦ら: SARS-CoV-2検出検査のRT-qPCR法と抗原定量法の比較. 国立感染症研究所 IASR 42, 126-128 (2021). https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2502-idsc/iasr-in/10464-496d03.html

引用したブログ記事

2021年6月28日 mRNAワクチンへの疑念ー脂質ナノ粒子が卵巣に蓄積?

2021年6月26日 核酸ワクチンへの疑問ーマローン博士の主張を考える

2021年5月27日 mRNAワクチンを受けた人から抗原タンパクと抗体を検出

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長

はじめに

私は、8月16日のブログ記事で、第5波感染流行が首都圏で頭打ちになったのではないか、そして、これ以降減衰するのではないかと予測しました(→デルタ変異体の感染力の脅威)。減衰の要因として考えたのが、7月12日の緊急事態宣言発出以降の人流の減少と、東京五輪大会終了前後からの雨天続きと室内外環境における相対湿度上昇に伴うエアロゾルの減少です。

予想どおり、8月中旬から首都圏では新規陽性者数が減少し始め、それを追うように全国的にも感染者数が急激に減っていきました。そこで、9月7日のブログ記事であらためて、第5波流行の減衰要因を考察しました(→第5波感染流行が首都圏で減衰した理由)。緊急宣言発出に伴う人流減少雨続きによるエアロゾルの減少とさらに外出控え、五輪というお祭り気分の終焉と感染者急増による警戒感の覚醒と人々のリスク回避行動などの偶然の重なりによって、急激に陽性者数が減っていったと考察しました。

9月初旬からはまた雨続きだったので、この後急激に減るだろうと思っていたら、予測どおり急減しました。やはり、雨が大きな要因だったと個人的に思います。同時に、ワクチン接種が進んだことも要因の一つとして考えられるでしょう。

1. 政府の報告とテレビの報道を受けて

西村経済再生相は尾見茂分科会長ら専門家との分析に基づき、「なぜ感染者数が急減したか」の最新見解を発表しました。それを今日テレビの情報番組が報じていました(図1)。感染者減少の要因として、10個の項目が挙げられています。

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図1. テレビが伝える感染者急減の要因(2021.09.28. TBSテレビ「ゴゴスマ」より).

この中には、要因としての長雨の影響は10番目に出てきますが、その中身は活動、消費の低下となっています。残念ながら、降雨や相対湿度上昇によるエアロゾルの減少は考えられていません。というか、これまでウェブ情報やSNS情報を見渡してみても、エアロゾルの減少に言及しているものは見つけることができません。

空中や固体表面のウイルスの残存性は、相対湿度の上昇によって低くなることは知られていますし、高い相対湿度がエアロゾルのサイズが大きくし、沈着させやすくなることも報告されています [1](→第5波感染流行が首都圏で減衰した理由)。長雨が続けば、室内環境の相対湿度を高めるだけでなく、外環境のエアロゾルや浮遊微粒子の洗浄・除去効果も出てくると推察されます。

今日、テレビを観ていたら、専門家のコメンテータが、「確かに首都圏では雨が続いていたが、感染者急減は全国的な現象なので...」と、あたかも雨の影響を否定するようなコメントをしていました。私はこれを視聴していて「8月の長雨は全国的な傾向だったはずだが?」と思い、全国の天気を振り返ってみました。そうしたら、やはり8月から9月にかけて全国的に雨が多かったことを確認できました。

そこで、代表として、宮城県、東京都、大阪府、および福岡県の4地域を選択して、この夏における新規陽性者数の推移と雨天の日をグラフ化してみました(図2)。図2は、7月末から現在までにおける4都府県における新規陽性者数の推移の棒グラフに、雨天の日を影をつけて記してあります。

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図2. 宮城県、東京都、大阪府、および福岡県における7月末からの新規陽性者数の推移と雨天日(薄青の影部分、雨天は中心都市の記録). Yahoo新型コロナウイルス感染症まとめからの転載図にgoo天気からのデータを追記.

から明らかなように、8月は雨が多く、とくに東京五輪大会が終わる前後からお盆にかけて4都府県すべてにおいて、雨続きであったことがわかります。そして、多少のズレはありますが、いずれも8月中旬をピークとして(感染日はピークよりも約1週間前であることに注意)後半から急激に新規陽性者数が減り続けていることがわかります。

SARS-CoV-2の主要感染様式は空気感染エアロゾル感染)です [2](→あらためて空気感染を考える新型コロナの主要感染様式は空気感染である)。そしてウイルスは宿主(ヒト)の中でしか増殖できません。したがって、室内外のエアロゾルの消長と人流(人出)は、流行の増減を考察する上での大きな要素になるはずです。

全国における8月中旬の長雨は、物理的に外環境のエアロゾル・微粒子を洗い流し、室内の相対湿度を高めてエアロゾルの沈着を促進したと推察されます。同時に、長雨は人々の外出控えを促し、エアロゾル・微粒子減少との相乗効果で、ウイルスの空気感染の機会を減らしたのではないかと、個人的に推察しています。ワクチン未接種のリザーバーの縮小も激減の要因となるでしょう。これが、私が考える第5波流行の急激な減衰の要因です。

室外にいても、雨の日は花粉が洗い流され、花粉症が楽になることを考えれば想像しやすいかと思います。また、同様な効果は、保護メガネとマスクを併用することで得られますが、エアロゾル感染を想像できるいい例だと思います。

2. 空気中のウイルスをミツバチが運ぶ

空気中のエアロゾルや微粒子に付着したSARS-CoV-2の分布についてはあまり報告が多くありませんが、気流が感染の拡大を支えており、密集した都市部では空気中の粒子状物質がウイルス感染を悪化させていると考えられています [3, 4, 5, 6]

イタリアの研究チームはこの作業仮説に基づいて、セイヨウミツバチの体に付着した微粒子(PM)を解析することで、SARS-CoV-2の空気中の分布について考察しました [7]。この研究は、ミツバチのモニタリングを空気中のウイルスによるヒトの感染症の検出にまで拡大した初めての試みです。

研究チームは、イタリアのパンデミックの第3波がピークに達したボローニャ市内において、空気中のPM濃度が高い環境条件にある1日を選んで調査・分析しました。巣箱の入り口に滅菌した綿棒を並べ、帰巣したミツバチの体に付着しているPMを含む"埃"を綿棒にトラップさせて採取しました。そして、この綿棒ごとの集塵物を検体として、SARS-CoV-2のN1、N2遺伝子を標的とするプローブRT-PCRを行ないました。

その結果、すべての検体でSARS-CoV-2が検出されました。同時に、巣の中のミツバチの"生産物"も採取してPCRを行ないましたが、標的配列の増幅は見られませんでした。したがって、ミツバチが巣の入り口に残したSARS-CoV-2が空気中のPMと関係していると仮定すれば、空気中に浮遊するヒトの病原体を環境中で検出するという目的に、ミツバチのコロニーの採餌行動を利用できる可能性を示していると述べています。

少なくとも都市化が進んだ地域において、空気中のヒト由来の病原体を環境中で検出するためにミツバチの行動とコロニーが利用できるものであり、この示唆を確かめるために、今後自動空気採取装置のデータと照らし合わせることが必要であると述べています。

ハチを使ったモニタリング・ネットワークは、人が住居地域で、簡単に適用でき、取り扱いも容易です。そのため、この革新的なアプローチを他の植物、動物、人間の空気中の病原体にも適用し、季節性インフルエンザのような繰り返し発生する病原体の予測に利用することも考えられると述べています。

私はこの研究論文について、空気中のエアロゾルや微粒子に付着したSARS-CoV-2が雨で洗い流される可能性を考え、以下のようにツイートしました。

おわりに

都市化が進んだ地域では当然感染者数が多く、その分、空気中のエアロゾルや微粒子に付着したSARS-CoV-2濃度も高くなっていると推察されます。この濃度は感染を成立させるほど高いとは到底考えられませんが、気流によって局所的には濃縮される可能性があり、施設内、店内、室内に入り込み、滞留することも考えられます。

一方、降雨はこれらを洗い流し、さらに室内外の湿度を上昇させて、ウイルスの残存率を低下させます。実際のウイルスの伝播、感染ということを考えれば、室内の湿度上昇がきわめて大きな要因として働くのではないかと思われます。この意味で、この夏の長雨は、日本全体で相対湿度を上昇させ、空気感染の機会を減らしたのではないかと推察します。その結果、実効再生産数が1.0を割り込む状況を生み、その後坂を下るように減少したのではないでしょうか。

空気中のエアロゾルや微粒子の消長は、流行期における都市内のSARS-CoV-2の感染制御や、ウイルスを少しずつ吸い込むことによる免疫感作にも影響する可能性を考えると、非常に重要な要素だと思います。一方で、政府や分科会の専門家はそもそも空気感染を認めていませんので、空気中エアロゾルの消長なんてハナから念頭にないのでしょうね。

イタリアの研究チームの報告 [7] は非常に興味深いです。下水監視とともに、ミツバチのモニタリング・ネットワークが呼吸系感染症の流行予測に使える可能性があります。

引用文献

[1] Feng, Y.et al.: Influence of wind and relative humidity on the social distancing effectiveness to prevent COVID-19 airborne transmission: A numerical study. J. Aerosol Sci. 147, 105585 (2020). https://doi.org/10.1016/j.jaerosci.2020.105585

[2] Wang, D. C. et al: Airborne transmission of respiratory viruses. Science  373, eabd9149 (2021). https://science.sciencemag.org/content/373/6558/eabd9149

[3] Fattorini, D. & Regoli, F:  Role of the chronic air pollution levels in the Covid-19 outbreak risk in Italy. Pollut, Environ. 264, 114732 (2020). https://doi.org/10.1016/j.envpol.2020.114732

[4] Borro, M. et al.: Evidence-based considerations exploring relations between SARS-CoV-2 pandemic and air pollution: involvement of PM2.5-mediated up-regulation of the viral receptor ACE-2. Int. J. Environ. Res. Public Health 17, 5573 (2020). https://doi.org/10.3390/ijerph17155573

[5] Belosi, F. et al.: On the concentration of SARS-CoV-2 in outdoor air and the interaction with pre-existing atmospheric particles
Environ. Res. 193, 110603 (2021). https://doi.org/10.1016/j.envres.2020.110603

[6] Chirizzi, D. et al.: SARS-CoV-2 concentrations and virus-laden aerosol size distributions in outdoor air in north and south of Italy
Environ. Int. 146, 106255 (2021). https://doi.org/10.1016/j.envint.2020.106255

[7] Cilia, G. et al.: Honey bee (Apis mellifera L.) colonies as bioindicators of environmental SARS-CoV-2 occurrence. Sci. Total Environ. 805, 20 January 2022, 150327. https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2021.150327

引用したブログ記事

2021年9月7日 第5波感染流行が首都圏で減衰した理由

2021年8月27日 新型コロナの主要感染様式は空気感染である

2021年8月16日 デルタ変異体の感染力の脅威

2021年7月5日 あらためて空気感染を考える

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19