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Akashi Taira Band

https://ameblo.jp/atb-2019/theme-10110603273.html

Twitter:

https://twitter.com/orientis312

Google Scholar

https://scholar.google.co.jp/citations?user=hD1-GesAAAAJ&hl=ja&oi=ao

ResearchGate:

https://www.researchgate.net/profile/Akira_Hiraishi

海外メディアが伝えた国葬に抗議する焼身事件

9月21日朝、首相官邸近くの路上で男性が自らの体に火をつける事件が起こりました。報道によると、男性が火に包まれているのを見た人たちが警察に通報し、駆けつけた警官が火を消し止め、その男性を病院に運びました。意識はあるようですが、その後容体についての報道はないようです。

男性は70代とみられ、警官に安倍元首相の国葬への反対を伝えたといいます。現場では、国葬に断固反対などと手書きされた手紙のようなものが見つかったそうです。この抗議行動について、政府はまだコメントを出していません。

国内メディアは、当日、すぐにこの事件のニュースを流しましたが、事実のみをごく簡単に伝える内容で、詳しい続報はありません。一部メディアでは、どちらかと言えば、国葬への賛否をめぐる国内世論や安倍明恵夫人への配慮に関する感情論などを交えた伝え方になっています [1]

一方、ロイター [2]、ガーディアン [3]BBC [4] などの海外メディアも早速この事件を取り上げました。日本メディアとは対照的に、事実のみだけでなく、その背景まで掘り下げて包括的に報道していることが特徴です。国葬反対の世論の高まり、統一教会をめぐる問題、英女王の国葬との対照性についての日本人が評価などを交えながら伝えています。税金で賄われる費用の大きさもさることながら、招待者リストにミャンマー国軍の代表も含まれていて、批判の的になっていることまで紹介しています [4](下図)

このブログ記事では、「元首相の国葬に抗議する日本人男性の放火」"Japanese man sets himself on fire in apparent protest at former PM's state funeral"というロイターの記事 [2] を翻訳して紹介します。

以下翻訳文です。

----------------

今年の以前に暗殺された安倍晋三元首相の国葬を行うという政府の決定に抗議するため、ある男性が首相官邸の近くで放火したとメディアが報じた。この男性は全身にやけどを負って病院に運ばれ、消火にあたった警察官も負傷した。

70代のこの男性は、最初に発見された時は意識がなかったが、その後、わざと自身に油をかけたと警察に話したことをメディアは伝えた。近くで見つかった安倍元首相の国葬に関する手紙には「強く反対する」と書かれていた。

警察は、安倍元首相の68歳の誕生日に起こったこの事件について、その意図の確認を避けた。

松野博一官房長官は、記者会見で、「警察が政府機関の近くで火傷を負った男性を発見したと聞いており、警察が捜査していることは承知している」と述べた。

安倍元首相は日本で最も長く首相を務め、2020年に体調不良を理由に退任したが、7月8日の選挙の街頭演説の最中銃殺された。 彼の国葬は9月27日に行われ、日本や海外から約6000人が参列する予定である。

国葬イベントに対する反対意見は高まりつつある。それは安倍元首相殺害後、彼が有力議員であった自民党と、いま論争の的になっている旧統一教会のつながりが明らかになったためである。安倍殺害の容疑者は、統一教会が母親を破産させ、元首相がそれを支援していると思った、と語っている。

1950年代に韓国で設立された統一教会とのつながりは、安倍元首相殺害後に浮上し、岸田文雄現首相と自民党にとって大きな問題へと発展している。自民党は今月初め、379人の自民党議員のうち、半数近くが何らかの形で教会と交流があるとの調査結果を発表した。

安倍元首相が亡くなった直後、国葬が発表された時、社会の感情は僅差で国葬に好意的であったが、世論は大きく変わった。多くの世論調査で日本人の大半が国葬に反対しており、岸田氏の支持率は急落している。

毎日新聞が週末に行った世論調査では、岸田氏の支持率は29%で、8月下旬から6ポイント低下した。アナリストは、首相が政策を実行するのに十分な支持を得るのは難しい水準だと指摘する。自民党の支持率は6ポイント下がって23%になった、と毎日新聞は伝えている。

岸田氏は国葬決定を何度も擁護してきたが、有権者の大多数は納得しておらず、一般市民の経済的痛みが増しているときに、このような経費がかかる式典を行う必要性にも疑問を持っている。政府の最新の費用見積もりは、警備やレセプションを含めて16億5千万円である。

2014年には、安倍政権下で日本が戦後の平和主義から脱却したことに抗議し、2人の男性が別々の事件で放火した。うち1人は死亡した。

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翻訳は以上です。

筆者あとがき

上記のように、短いロイターの記事ですが、警察の反応、世論や統一教会の問題まで挙げて、簡潔でありながら関連情報の要素をうまく織り込んで伝えています。BBCなどの他の海外メディアもおしなべてそのような論調であり、この国葬をめぐる問題の核心部分が何かを的確に伝えているように思います。

それにしても、わざわざ安倍元首相の誕生日に焼身自殺を図ったと思われるこの事件は、国葬に対する強い抗議の意図があったと思われますが、日本のメディアの伝え方はきわめて抑制的です。続報もあえて避けているような気がします。

今回の事件について、ロイターはわざわざ2014年の焼身自殺まで引用しています。これは、2014年6月29日、東京新宿で1人の男性が衆人環視の中、焼身自殺を試みた事件であり、当時の安倍政権が進める集団的自衛権の行使容認に抗議したものといわれています。SNS上では大きな話題となりましたが、大手新聞やテレビでは、それほど大きく報じられませんでした。

当時のあるウェブ記事では、大手メディアが大々的に報じなかった理由として以下のように書かれています [5]

今回の場合、政治的主張があり、報道することでその主張を広く伝えてしまえば、今後、同様の手口で自らの主張を行う模倣、もしくは同一人物による再発の可能性も考えられる。そういう意味でも、報道を抑え気味にした理由があったと言えるだろう。

報道抑制について、これは理由にはならないでしょう。権力に媚びた、あるいは忖度したジャーナリズムを捨てた言い訳にしか過ぎないと思います。芸能人や有名人が自殺したとするなら、模倣誘導の可能性もおかまいなく、ガンガン取り上げるテレビのワイドショーや情報番組を見ればわかります。

それにしても安倍元首相は、焼身自殺や火炎瓶や官僚の死など人の不幸につくづく縁がある人だと思います。何よりも、自らも暗殺されるというこれ以上ない不幸な目に遭ってしまいましたが、死してもなお人の不幸を招いているような気がします。

引用記事

[1] Flash:「誕生日」を迎えた安倍元首相 「身内」自民からも国葬批判が出る中、昭恵さんを慮る声が続々. Yahoo Japan ニュース 2022.09.21. https://news.yahoo.co.jp/articles/feb06152d19ec057c5687c4870e81966765ba91b

[2] Katsumura, M. and Lies, E.: Japanese man sets himself on fire in apparent protest at former PM's state funeral. Reuters Sept. 21, 2022. https://www.reuters.com/world/asia-pacific/man-who-set-himself-fire-near-japans-pm-office-is-unconscious-tv-asahi-2022-09-21/

[3] McCurry, J.: Shinzo Abe: man sets himself alight in protest at state funeral for killed Japan PM. Guardian Spt 21, 2022. https://www.theguardian.com/world/2022/sep/21/shinzo-abe-man-sets-himself-alight-in-protest-at-state-funeral-for-killed-japan-pm

[4] Mao, F.: Japan man sets himself on fire in apparent protest at Abe funeral. BBC News Sept 21, 2022. https://www.bbc.com/news/world-asia-62976842

[5] PAGE: 新宿での焼身自殺未遂事件 報道が少なかったのはなぜ? Yahoo Japan ニュース 2014.07.03. https://news.yahoo.co.jp/articles/fd609fa665e22b8f44200a4b0261dc771bd7c43d

                               

カテゴリー:社会・政治・時事問題

パンデミックは終わっていないー米国メディアの論調

今日(9月21日)午前の記者会見において、松野博一官房長官は、日本で新型コロナウイルスパンデミック終了宣言をすることは「現時点で考えていない」と述べました [1](以下の動画参照)

これは、ニコニコの記者から、日本政府が近い将来にパンデミックの終了宣言を出すのかどうか問われたことに対して答えたものです(上記記者会見動画の10分過ぎあたりから)。この記者は、質問に際して、米国のバイデン大統領が18日に放送された米CBSの番組 "60 Minites" のインタビューで、「パンデミックは終わった」との見解を示していたことに触れていました。

私はこのやり取りを視聴していて、聞く方も聞く方だし、答える方も答える方だと、率直に思いました。なぜなら、パンデミック終了は「パンデミック宣言した人が唯一宣言できる行為」だからです。パンデミック宣言したのは世界保健機構(WHO)のテドロス事務局長です。したがって、パンデミック終了もWHOから宣言されます。

もう一つ、この質問がダメだなと思ったのは、バイデン大統領のパンデミック終了発言に対して、すぐにそれを批判する米メディアの記事が出ていて、それを読んだ上での記者質問とは思えなかったからです。私は、今日、ツイッター上でこの記者会見でのやりとりを批判しました。

上記のバイデン批判記事はワシントンポスト紙が配信したものです [2]下図)。私はツイートでこの記事を引用していますが、ここであらためて翻訳文を紹介したいと思います。

以下、筆者による全翻訳です。

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パンデミックは終わる」は、きっと誰もが聞きたかった言葉だろう。バイデン大統領は、日曜日の "60 Minutes" の放送で、このように宣言した。しかし、テロップのパレードを追いかけるる前に腰を据えてほしい。パンデミックはまだ続いている。危険なウイルスが人々を感染させ、病気にさせ、殺し、存続するために変異し、世界中を悩ませているという意味においてだ。パンデミックは変化し、多くの点で平常心を取り戻したが、まだ終わってはいない。

一方で、バイデン氏が、なぜそのように言ったかは明白である。中間選挙が近づいており、米国人は圧倒的な疲労感がある。大統領は、ジャーナリストのスコット・ペリーに告げた、「気がつけば、誰もマスクをしていない」。「みんな元気そうだ。だから、変化しているのだと思う」。

パンデミック(世界的大流行)が終わる正確な瞬間を示す厳密なルールはない。初期のロックダウンや壊滅的なデルタ波、オミクロン波から、米国も世界も長い道のりを歩んできた。コロナウイルスに対するワクチンは安全で効果的であり、人々は多くの活動を再開する自信を持つことができた。教室は元の状態に戻り、空の旅は復活し、通勤の交通手段も回復している。最悪の事態の多くは、過去の出来事としてバックミラーに映し出されている。

しかし、パンデミックは確実に終わっていない。米国における1日の死亡者数の7日間移動平均は約400人で、4月以降この酷いレベルで停滞している。新規感染者は1日平均6万人で、春よりずっと多くなっている。ウイルスが重くのしかかり、米国人の平均寿命は2020年と2021年に減少し、この100年近くで最も急激な2年間の寿命減少を記録した。COVID-19は、心臓病と癌に次いで、米国で3番目に大きな死因となっている。長期コロナ症(long COVID)、すなわち、急性症状が消失した後、一連の悪病に苦しむ人々は何百万人もいて、その脅威に曝されている。

パンデミックの緊急事態は、このまま自然に行くならば、より予測可能なパターン、つまりインフルエンザのような風土病へ変わるであろう。しかし、新しい変異体の波はこれまで予測可能とは言い難いものだった。オミクロンの登場は、ちょうど昨年の感謝祭の頃だった。次は何が起こるのだろうか? ウイルスがまだ変異し続けていることを除いては、確実なことは何もない

バイデン氏は公式にパンデミック緊急事態を終わらせていない。公式の緊急事態が終了すれば、約1500万人がメディケイド(Medicaid)*の適用を失い、学生ローンの返済を一時停止する理由も終わり、裁判所によってまだ実施されているトランプ時代の国境規制の根拠も消滅することになる。このような政策の転換はすべて、不用意に、あるいは急いで行ってはならない。

*訳者注 メディケイドは低所得者向けの医療保険制度

おそらく、バイデン氏の発言から派生する最大の懸念は、COVIDとの闘いを続けるとした議会の政治的決意をさらに弱めるだろうということだ。すでに、バイデン氏によるワクチン、診断検査、治療薬への追加資金提供の要請は止まった状態だ。自己満足と疲労が支配し続ければ、この国は最も必要とされる時に新しい変異体に備えることができなくなる。「パンデミックは終息した」という言葉は心地よい。しかし、私たちはまだそこに到達していない。

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翻訳は以上です。

筆者あとがき

為政者はいつでも国民の受けを狙う発言をするものです。今回のバイデン大統領の「パンデミックは終わる」発言は、ワシントンポストの記事にあるように、中間選挙が念頭にあることは明白です。英国における、今年2月のコロナ規制全面解除も、国民の批判をかわすというジョンソン前首相の政治的意図があったことも明白ではないでしょうか。専門家はいずれも全面規制解除に批判的でした。

米国の状況は「最悪の事態の多くはバックミラーに映し出されている」という文章に現れています。つまり、流行の最悪の被害をくぐり抜け、オミクロンになって犠牲者は激減しているという意味です。世界のほとんどの国はこのような状況です。

それでも、米国では、今でも4百人/日の死亡者を出していて、これを「恐ろしいレベルだ」とワシントンポストは表現しています。同紙は、過去の流行と比べれば改善したけれども、依然として、ウイルスは危険であり、人々を感染させ、病気にさせ、悩まし続けていると警鐘を鳴らしています。これは基本的に米CDCと同様な見解です(COVID-19インパクトの最小化ー米CDCガイドライン)。

翻って、日本はどうでしょうか。最新の第7波で過去最悪の犠牲者数になりました。医療崩壊、救急医療崩壊も起こしました。このような、流行を経るごとに被害を拡大している国はきわめて珍しいです。にもかかわらず、事態は一向に改善されていないにも関わらず、「普通の病気」という意味不明のフレーズとともに、規制緩和だけなし崩し的に進んでいます。これを先導しているのが政府系専門家集団であり、情けないことにメディアがこれに追従しています。

引用記事

[1] ロイター編集: 日本での新型コロナのパンデミック終了宣言、現時点で考えていない=官房長官. Reuters 2022.09.21. https://jp.reuters.com/article/japan-matsuno-coronavirus-idJPKBN2QM05F

[2] The Editorial Board: Opinion | No, President Biden, the pandemic is not over, The Washington Post September 19, 2022. https://www.washingtonpost.com/opinions/2022/09/19/biden-pandemic-over-60-minutes-wrong/

引用したブログ記事

2022年8月12日 COVID-19インパクトの最小化ー米CDCガイドライン

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

ニューヨーク交通局の新しいマスク画像をめぐる話題

私は日頃、海外の研究者(主に微生物やウイルス学)と情報交換をしていますが、COVID-19パンデミックに対する各々の国の対策についても教えてもらっています。その中で、ニューヨーク市(NYC)にいる知人からのメールで、先日、公共交通機関におけるマスク着用義務が解除されたことを知りました。彼は、それでも、これからもマスクを着用をして外出すると言っていました。

その時に彼に教えてもらったのが、NYC交通局(MTA)が出した新しいマスクの画像(ポスター)が物議を醸していて、ツイッター上でも話題になっていることでした。私は早速こられらのツイートを見ていて、米国のマスクの考え方を知るのに参考になると思いました。

そしたら、米国の経済誌フォーブスが、「ニューヨーク市交通局の新しいフェイスマスクのグラフィックは、COVID-19の誤ったメッセージを送ることになるのか?」(Will New NYC Transit Face Mask Graphic Send Wrong Covid-19 Messages? )という記事 [1] を掲載していることを知りました。当該ツイートのスレッドを紹介するなかなか興味深い記事なので、ここで翻訳して紹介したいと思います。

以下、筆者による翻訳文です。

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Will New NYC Transit Face Mask Graphic Send Wrong Covid-19 Messages?

この水曜日、ニューヨーク州知事のキャシー・ホークル(Kathy Hochul)は、公共交通機関におけるフェイスマスクの着用義務を解除した。ホークルは、ニューヨーク市(NYC)MTAの2つのグラフィックを以下のツイートで共有しながら、これを発表した(図1)。

図1. ニューヨーク州知事キャシー・ホークルのツイート.

そして、MTAの2つ目のグラフィックを示したツイートがこちらだ。

ここで、MTAは "Metropolitan Transportation Authority"の略であり、"Most troubling advertisement "の略ではない。しかし、MTAはこの新しいグラフィックで一体何を伝えようとしたのだろうか。マスクをしている人、鼻が出ている人、口元が出ている人、そしてマスクをしていない人の4人の顔が描かれている。しかし、4つは明らかに異なるにもかかわらず、グラフィック上の1番目、2番目、4番目の顔の下に「Yes」、そして3番目の顔の下に「You do you」という文字が書かれているのだ。

うーん、"You do you"って何? この新しいグラフィックを見た科学者、公衆衛生・医療の専門家、科学コミュニケーションの専門家など多くの人が、SNS上で "they did what? "という反応を示した。たとえば、March for Scienceの主催者であり、コロンビア大学の科学コミュニケーターであるラッキー・トラン(Lucky Tran)博士は、次のようにツイートしている(図2)。

図2. ラッキー・トラン博士のツイート.

MTAの新しいグラフィックは、マスクを鼻につけても、口につけても、大して違わないことを示唆しているようだが、これは事実ではない。科学ジャーナリストのショーン・ラドクリフ(Shawn Radcliffe)がツイートしたように、これは、たとえマスクを着用する場合においても、きちんと着ける必要はないというメッセージを送ることになりかねない。

図2. ショーン・ラドクリフのツイート

これは、パンツを履くことは奨励されるが、パンツを頭に履こうが、手に履こうが、下半身に履こうが関係ないと言っているようなものだろう。

この新しいMTAのグラフィックは、パンデミックの初期にニューヨーク中の地下鉄の駅に貼られたオリジナルのMTAのグラフィックのパロディに近いように思える。実際、@tomtomorrowはオリジナルのMTAのグラフィックを並べてツイートし、「彼らがあざ笑い、傷つけることになったオリジナルの広告キャンペーン」と称した(図3)。

図3. @tomtomorrowのツイート.

このように、以前のMTAのグラフィックでは、マスクをしていない顔の下に「Nope」、口を開けた顔の下に「Not quite」、鼻を開けた顔の下に「Try again」、そして唯一マスクをした顔の下に「That's the one」と明確に書かれていた。そして、そのような以前の説明の方が、科学的にはずっと理にかなっていた。

もし、あなたの隣にいる人がSARS-CoV-2に感染して、ウイルスを含んだ呼吸器の飛沫を口や鼻から吐き出していたら、どちらを選ぶだろうか? あなたはその人の口と鼻を覆った方がいいと思うか、それとも覆わない方がいいと思うか?  もし「しない」と答えたら、それは最終的な答えなのだろうか、それとも友人に電話する? 科学者、公衆衛生の専門家の友人はどうだろう?

「マスクがあった方が外部に漏れる可能性が低い」という考え方は、今に始まったことではない。もし、あなたがバリスタにラテのカバーを頼んだら、「カバーがあろうとなかろうと、そんなことはどうでもいい。私は私でやるわ」と言われたらどうする?  MTAが、以前のマスクの要求の根拠と本質的に矛盾し、パロディになりかねないグラフィックをなぜ出したのかは不明である。MTAは、テレビ番組「ダラス」で起こったように、これまでの指導をすべて夢物語だと言い切ることはできないのだ。

パロディといえば、ニューイングランド複雑系研究所の疫学者でCOVIDリスクタスクフォースのチーフであるエリック・フェイグル–ディング(Eric Feigl-Ding)博士が、MTAの新しいグラフィックに対する本物のパロディをいくつかツイッターで公開している(図4、5)。最初のものは、MTAのグラフィックが、4人が同等であることを誤って示唆しているとして、プール内でうんち(おしっこ)をしている絵である(図4)。

図4. エリック・フェイグル–ディング博士のツイートによるパロディ-1.

2つ目のパロディグラフィックでは、マスクをきちんとつけている1人目の顔の下にだけ「yes」の文字を入れ、他の3人の下には少し余分な味付けを行なった(図5)。

図5. エリック・フェイグル–ディング博士のツイートによるパロディ-2.

ご覧のように、フェイスマスクの上から鼻を突き出している2番目の顔には、右側に次の言葉が。「マジかよ。もう2年以上も前のことなのに、正直言って、こんな風にマスクをしているなんて」

口元が露出している3つ目の顔には、次のような言葉が添えられていた。「いや、マジで、ほとんどの5歳児はこれが間違いだってこと知ってるよ」

そして最後に、4人目のマスクなしの顔には、次のような言葉が添えられていた。「障害者や免疫不全者の命より、自分勝手な権利と共感能力の欠如を優先してくれてありがとう」

そういえば、ニューヨーク障害者自立支援センター(CIDNY)は、公共交通機関でのマスク着用義務解除に反対する声明をツイッターで発表している。

CIDNYは、マスクを義務付けないことは、障害者や免疫力の低い人など、より深刻なCOVID-19の結果を招く高リスクの人々をより危険にさらすことになると強調した。また、彼らの声明では、「不適切なマスクの着用が紹介されている画像は、危険なものである。マスクが奨励されることは喜ばしいが、奨励は必要ない。必要なのは安全だ」と述べてる。

繰り返すが、MTAの新しいグラフィックは誰が考え出し、どのような目的を期待されているのかは不明である。なぜ、マスク着用義務の撤廃に伴い、このようなグラフィックが必要だったのだろうか?  マスクが有効であることは、すでに多くの証拠がある。マスクをつけても、適切に装着しても、違いがないことを何らかの形で示唆することは、科学的証拠とは折り合わない。その上、将来マスクが必要になったとき、たとえば今度の冬にCOVID-19が再び急増したときなど、どこでもマスクの義務付けを復活させることがより一層難しくなる。

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翻訳は以上です。

筆者あとがき

今回のフォーブスの記事は、米国でのマスクの考え方をあらためて知るのに参考になります。日本のメディアを通じて伝えられる欧米の状況は、全くと言っていいくらいマスクをつけていない日常を取り戻したかのような光景ですが、専門家はCOVIDはまだ終わっていないとしてマスク着用を推奨しているし、行政や公共組織も科学的情報に基づいてそれなりの対策をとっているということがうかがわれます。

とはいえ、今回のMTAのポスターは意図が謎です。どういうつもりなのでしょうか? それはともかく、一連のツイッター上のスレッドは、シビアな見解も兼ね備えたユーモア感覚に溢れかつものになっていて楽しめます。特に、フェイグル–ディング博士のCOVIDに関連するツイートは私も普段から注視していますが、今回のパロディツイートは秀逸です。

引用記事

[1] Lee, B. Y.: Will new NYC transit face mask graphic send wrong Covid-19 messages? Forbes Sep. 11, 2022. https://www.forbes.com/sites/brucelee/2022/09/11/will-new-nyc-transit-face-mask-graphic-send-wrong-covid-19-messages/?sh=9bd954b76882
Bruce Y. Lee

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

長期コロナ症状を抱える"long haulers"

世界保健機構(WHO)のテドロス事務局長は、9月14日の記者会見において、パンデミックの終わりは見えている("The end is inside")と述べました [1]。世界におけるCOVID-19の死者数が、流行初期である2020年3月以来の低水準になったことを受けての発言だと思われます。一方で、日本のように、世界の潮流に取り残された国も稀ですが存在します、日本は第7波で過去最多の死者数を記録しようとしています。

世界的に死者数が低水準になったことは歓迎すべきことですが、一方で感染者数がどうなっているかは、もはや統計が意味をなさなくなっているので、現在は実態を掴むことは難しいです。COVID-19の被害は、もちろん犠牲者の数で一義的に表されますが、この病気にはもう一つの脅威である"long COVID"の問題があります。感染者数が増えれば増えるほど、自ずから、いわゆる「後遺症」の患者も増えるでしょう。なぜならこの長期症状は急性の症状の程度とは関係なく起こるからです。

COVID-19の発症時は比較的軽症であるにもかかわらず、持続的・長期的な不調(long COVID)を訴える人たちはかなりの割合で存在し、COVID-19の「ロングホーラー"long haulers"」と呼ばれています [2, 3]。この分野での世界の第一人者として、神経学科医イゴール・コラルニク(Igor Koralnik)博士(米ノースウェスタン病院、ノースウェスタン大学医学部、Feinberg School of Medicine)が知られていますが、最近、シカゴ・マガジン(Chicago Magazine)に記事に彼の活動が紹介されています [4](下図)

この雑誌は米国Tribune Publinshingから出版されている月刊誌です。主にライフスタイルや食、旅行、ファッションなどの大衆の興味に関する記事を配信していますが、今回はコラルニクのパーソナル・ヒストリーとともに、long COVIDの問題を詳しく報じています。そこで、このブログで翻訳文を紹介したいと思います。

なお、long COVIDについては、日本ではもっぱら「コロナの後遺症」とよばれていて、深刻な病気としての認識が甘いような気がします。適当な邦訳がないので、ここでは、私がこれまで使ってきた「長期コロナ症」をそのまま邦訳とします(→"Long COVID"という病気)。

以下、筆者による翻訳文です。

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主題:The Long Haul(長く抱えるもの)

副題:COVIDの最も不可解な合併症の謎を解く、ある神経科医の探求の内側

ストリートビルにあるノースウェスタン大学医学部サール医学研究棟のコンパクトなオフィスで、イゴール・コラルニクは、整然とした机の上に置かれた2つのコンピュータ画面のうちの1つに身を乗り出していた。医師、研究者、医学生からなる神経科医のチームがビデオ会議に参集し、COVID-19の長期投与による影響を受けた患者についての最新知見を発表していた。60歳になったコラニクは、新しいデータを発表する若い医師に、やんわりと、しかししつこく質問を投げかけた。

「私たちがこれまで考えもしなかったようなことはありますか?思い当たることは?」

神経免疫学主任研究員のジーナ・ペレス・ギラルド(Gina Perez-Giraldo)によると、うつ病や不安症の割合が、入院した患者で9%であるのに対し、入院しなかった長期コロナ症患者では16%と高かった。彼女はこれに驚いたという。軽症であれば、合併症も少ないと直感すると思うが、これはそれに反しているからだ。

たとえば、COVID後に長引く頭痛は、入院していない患者にも多くみられる。嗅覚や味覚の喪失も同様だ。ブレイン・フォグというのは、さまざまな神経認知症状の総称だが、入院している人とそうでない人とでは、同じ程度の症状が出ていても、その原因が異なる場合がある。コラルニクは、「入院中の脳障害が主な原因だと考えています」と、人工呼吸器装着がもたらしているトラウマを挙げてくれた。入院しない場合では、ウイルスが体内に残っているか、それに対する自己免疫系の反応に起因している可能性が高い。

これらは、当初から医学専門家を困惑させてきたコロナ病態に関する不可解な知見の一部に過ぎない。米国疾病対策予防センター(CDC)は、「ポストCOVID症状」とも呼ばれる長期コロナ症を、最初の感染から少なくとも4週間後に現れたり、持続したり、再発したりする症状として定義している。しかし、パンデミックから2年以上経った今でも、この症候群の多くの側面、特にその原因や治療法は謎のままである。

スイス生まれのコラルニクは、ノースウェスタン大学で神経感染症およびグローバル神経学のチーフを務めており、COVIDの脳への影響をより深く理解するための最前線にいる人物である。HIVを含むさまざまな神経疾患の研究で名を馳せた後、パンデミックの前夜にノースウェスタン大学に着任した。以来、この分野での世界有数の専門家として、神経学的影響を受けた長期コロナ症患者を治療するクリニックを開設し、数多くの論文を発表し、この症状と私たちに対するその「不気味な意味合い」についての理解を深めようとしている。

結論から言うと、COVIDの重症度と脳への影響の持続性には相関がない可能性がある。あなたはCOVIDは風邪のようなものだと思うか?  まあいいだろう、しかし、あなたはまだ知らないだけなのだーウイルスがあなたの体に何をしたのか、あるいは何をしているのか。「急性COVID-19は呼吸器系の病気です」とコラルニクは言う。「しかし、長期コロナ症はほとんど脳に関するものです」。

そして、多くの人が長期コロナ症を発症している。米国神経学会は、この7月、「長期コロナ症は今や米国で3番目に主要な神経疾患である」と宣言した。2022年5月末現在、米国には8,250万人のCOVID回復者がいるが、そのうちの30%にあたる約2,480万人が "long-haulers"(ロングホーラー、長く不調を抱え込んだままの長期コロナ症の人) とされている。ノースウェスタン大学の神経COVID-19クリニック患者を対象とした最近の研究では、ほとんどの神経症状が発病後平均15カ月近くも続くことが明らかになっている。

ワクチンは確かに役に立っている。ワクチンが普及する前は、ウイルスに感染した人の約3分の1が長期コロナ症に罹っていたと、コラルニクは言う。「新しいデータでは、ワクチン完全接種とブースターを受けた場合、COVIDになったとしても、長期コロナ症になるリスクは16から17%程度でしょう」。これは良いニュースだろう。一方、悪いニュースは、この6分の1の確率は、まだ多くの人に当てはまるということだ。ワクチン接種してCOVIDに罹った100万人に対し、16万人から17万人が長期コロナ症を発症することになる。

多くの人が、COVIDはもう終わりだ、と思っています、しかし、実際はそうではありません」とコラルニクは言う。「人々はワクチン完全接種とブースターの後でもCOVIDに罹患し、それでもなお長期コロナ症にかかることがあります」。

だからこそ、コラルニクと彼の神経COVID研究チームは、長期コロナ症の暗号(code)を解読し、しばしば「衰弱してしまう神経症状」を緩和するために治療法を開発するなど、あらゆる手を尽くしているのである。そして、研究資金を提供する権力者たちを含め、他の人たちを説得するために奔走している。

コラルニクは、重要な資金調達が遅々として進まないことに憤慨している。「危機感はあるのでしょうか」と彼は問いかける。「これが緊急性を高めるのに十分でないとしたら、何が緊急なのでしょう?」。

2020年1月、ノースウェスタン医療の国内メディア担当マネージャー、ジェニー・ノヴァツキ(Jenny Nowatzke)は、コラルニクに面会し、中国からの新しいウイルスについて地元のテレビニュース番組で話してもらえないかと尋ねた。「それについてはよく知らないんです」と彼は答えた。「それは呼吸器系の病気です、私は神経科医です」。

しかし、ノースウェスタン大学に入ってまだ2ヵ月しか経っていないコラルニクは、「ネクタイが必要だ」という条件で撮影に応じることになった。ノヴァツキは、廊下にいた人からネクタイを借りた。

コラルニクは、3年前までラッシュ大学医療センターで神経科部長を務めていた。その前の21年間は、ハーバード・メディカル・スクールにおいて、ベス・イスラエル・ディーコネス・メディカル・センター(Beth Israel Deaconess Medical Center)の神経免疫学部長にまで上り詰め、HIVの研究で有名になった。

コラルニクは、HIV/AIDSが流行り始めた1980年代半ばに、ジュネーブの医学部に入学した。神経学を学んだのは、コラルニクいわく、「脳の働きに興味があったから」。HIVは当初、神経疾患とは考えられていなかったが、次第に若い患者たちが認知症や脊髄の問題などの症状を経験するようになり、コラルニクは「新しい研究分野」を予感した。「神経科医は必ずしも感染症に惹かれるわけではありませんし、感染症医が神経科を開業することもありません」、「そこで私は、HIV神経症状を専門にして、そこから感染症神経症状に広げて研究することにしたのです」。

ベス・イスラエルでは、HIV/神経学センターを設立し、HIV神経症状が見落とされがちな治療に焦点を当てたクリニックを運営している。ノースウェスタン大学の神経学准教授で、コラルニクの研究チームの神経救急専門家であるエリック・リオッタは、「彼は、HIVに神経学的な影響があることを認識して、それらの患者を救うことで有名になりました」と話す。「彼は、ある意味で、COVIDで歴史を繰り返しているのです」。

コラルニクはまた、進行性多巣性白質脳症progressive multifocal leukoencephalopathy, PML)という、稀で致命的な神経疾患の研究で知られるようになった。この原因ウイルスは、ほとんどの人には無害だが、免疫力が低下した人には致命的となる。

「私がPMLに特に興味を持ったのは、治療法が確立されていない病気だからです」とコラルニクは言う。「脳内でウイルスがどのように増殖し、免疫系がどのようにウイルスと戦うかを研究することで、新しい治療法を開発することができたのです」。ハーバード大学医学部神経学助教授のオマー・シディキ(Omar Siddiqi)によると、コラルニクのPMLに関する画期的な研究により、ある著名な神経学者はこの病気を「コラルニク病」と呼んだことがあるそうだ。

コラルニクはベス・イスラエルに在籍中、アフリカの恵まれない人々に神経学的治療を施したいと考えていた神経学の研修医、シディキを指導した。ザンビア神経科医をもたず、HIVや神経系疾患の治療経験が乏しい国だが、シディキとコラルニクは、後にそこに神経科学センターを設立するための共同研究を行なった。2010年にザンビアに移住したシディキは、コラルニクが研究支援をするだけでなく、国立衛生研究所助成金制度を利用して、助成金の支給を指示してくれたと語る。「コラルニクは2〜3年間、私の給料の大部分を援助してくれました」と、当時若い家庭を持っていたシディキは言う。「感謝してもしきれないほどです」。

ジョンズ・ホプキンス医学の神経学者であるディアナ・セイラーが指揮するザンビアのプログラムは、現在、入院治療センターと神経学者を養成する教育病院を備えている。

コラルニクは、現在、ナイジェリアとコロンビアで神経COVIDプログラムの作成に協力しており、後者では、コロンビア出身のペレス・ギラルド(Perez-Giraldo)が主導している。「世界中のさまざまな場所でデータを集めることで、長期コロナ症をより広く理解できるようになることが期待されます」と彼女は言う。

コラルニクは、そのような答えの探求、そして次世代の医師の指導を、大学病院における自分の使命として捉えている。「彼は確かに冷静沈着な人物ですが、自分が重要だと思う質問に答え、患者のケアを確実に行うことに非常に意欲的です」と、彼の研究チームの医学部4年生、ジェフリー・ロバート・クラーク(Jeffrey Robert Clark)は話す。

クラークは当初、JCウイルスに関する神経学者の研究をもとに、コラルニクを探した。2020年初頭、ノヴァツキがテレビの生中継に出演して、中国から来た新しい感染症について話してほしいと博士に頼んでいた頃のことだ。このウイルスが、やがて彼の職業人生を、そしてその夜見ていたすべての人々の人生を支配することになるとは、コラニクも知る由もなかった。

2020年4月、世界は変わっていた。COVIDが全米で爆発的に流行し、入院者数と死亡者数が飛躍的に増加していたのだ。この病気は肺を侵すことが知られていたが、コラルニクはもっと大きな意味を持つのではないかと考え、その月、リオッタとクラークを含む神経COVID研究チームを結成した。

彼らは、ノースウェスタン記念病院で治療を受けた最初の509人のCOVID患者を分析し、同年末に発表した論文で、COVIDに感染した時点で42%、入院した時点で63%、そして病気の全経過で82%が神経症状を経験したと報告している。

2020年5月、コラルニクらはノースウェスタン記念病院に「Neuro COVID-19 Clinic」を開設した。この種のクリニックとしては全米で初めてである。患者の治療だけでなく、人口統計、QOL、認知機能検査の結果などのデータ収集も行なう。

「入院して一命を取り留めた患者のほとんどが、外来で神経学の継続的な治療を必要としていると考えていました」とコラルニクは言う。「しかし、私たちが見たものは、その反対でした」、「このクリニックの主な対象者は、COVIDで入院したことのない人々で、軽い喉の痛みや咳が治まっただけ、あるいは少し熱が出ただけでした、そして、長引き、持続し、衰弱する脳霧、頭痛、めまい、筋肉痛、匂いや味の問題、目のかすみ、耳鳴り、激しい疲労を経験していました」。

他の研究でもそれは裏付けされている。NIHの国立神経疾患・脳卒中研究所の臨床部長であるアビンドラ・ナス(Avindra Nath)は、「軽い風邪のような症状の人は、神経症状がある人だということがわかりました」と言う。

これらの症状は、患者が自己申告したQOLの低下や、認知、不安、抑うつ、睡眠に関する問題と対応していた。また、処理速度、注意、実行機能、記憶に関するテストでも、患者の成績は予想以上に悪かった。

その結果は深刻になる可能性がある。コラルニクは、「認知機能が低下し、これまで行っていたようなマルチタスクができなくなる可能性があります」と述べている。「たとえば、記者であれば、さまざまな締め切りを把握することができないので、記者にはなれません。警察官や看護師、ビジネスパーソンにもなれません。だから、今の仕事を続けられるかどうかに影響します」。

ブルッキングス研究所は8月に、200万から400万人のアメリカ人が長期コロナ症の影響のために働いていないと報告しました。「一度、脳にダメージを与えると、社会的な影響は甚大です」とナスは言う。

ノースウェスタン病院(Northwestern Medicine)は、2021年1月、包括的COVID-19センターを開設してCOVID患者への取り組みを拡大し、呼吸器科、心臓科、皮膚科、内分泌科、耳鼻科、消化器科、血液科、感染症、腎臓科のクリニックなど12のサブの専門科をカバーするようにした。コラルニクは、神経COVID-19クリニックが圧倒的に患者数が多いと言う。

コラルニクと彼のチームは、すでにCOVID関連の論文を12本出版し、さらに3本の論文を執筆中であり、彼らの研究は医学界だけでなく広く注目されている。コラルニクは、データ追跡ツール Altmetric を使って、自分たちの研究に関するメディアにおける多くのコメントをチェックしている。

「あなたがやっていることを人々が知るという意味で、COVIDが脳にどんな影響を及ぼしているかを知ることは重要です」と彼は言う。リオッタとノースウェスタン大学の神経学者エディス・グラハムとともに執筆した論文は、7月に雑誌 Neurotherapeutics に掲載された。この論文では、生活の質や生産性が低下している人が多数いることから、長期コロナ症による神経症状は、個人、公衆衛生、経済に大きく、長期にわたる影響を及ぼす可能性があると述べてる。そして、この病気の仕組みをより深く理解し、これらの深刻で持続的な症状の治療法を開発することが「非常に重要」であると述べている。

コラルニクの現在のフラストレーションの背景には、まさに、この「クリティカル・ニーズ」がある。HIVの神経系への影響については、十分な研究資金を確保することができた。PMLも同様だ。「世界でほんの一握りの人しか発症しない」稀な脳疾患である。25年にわたる資金獲得の実績を挙げ、彼は「私はNIHが大好きです。NIHは世界で最も偉大な研究支援機関だと思います」と言い切る。

とはいえ、2500万人近いアメリカ人を苦しめているCOVIDに関連する神経学的問題に対して、公衆衛生を監督する政府機関があまりに無関心であることに、彼は落胆している。「私は今、世界で最も頻度の高い病気であるCOVIDと、現在米国で3番目に頻度の高い病気である長期コロナ症を研究しています。1つは、これは現実であり、2つは、研究すべきであり、3つは、NIHの資金援助を受けるべきであると人々を説得するためにさらに時間を費やさなければなりません」と彼は話す。

では、連邦政府の長期コロナ症の研究資金はどこに向かっているのだろうか。2020年末、議会はNIHに11億5000万ドルを交付した。NIHは、COVIDの長期的効果を評価しようとする4年間のデータ収集研究である、"RECOVER"と呼ばれるイニシアチブ(構想)に関わっている。RECOVERには、17,680人の予定者のうち、7,758人が登録されたと報告されている。2022年6月のサイエンス誌の記事によると、この研究は「透明性を欠き、あまりにも進捗が遅い」という非難を、患者支援団体や一部の科学者から浴びている。

コラルニクは、COVIDの重大な神経学的症状に関する研究に特別に割り当てられた国費はなく、NIHはそうした助成金申請を審査する神経科医を配置していないと不満を述べている。「したがって、神経COVIDの研究のための資金を得ることは、不可能ではないにしても、非常に難しいことなのです」と、彼は言う。

ノースウェスタン大学のチームは、米国、ラテンアメリカ、ヨーロッパの研究チームからなる大規模なコンソーシアムと組んで助成金を申請したが、採択されなかったという。コラルニクのチームはこれまでに8件のCOVID関連の助成金申請をNIHに提出したが、唯一成功したのは、高齢者の認知機能に及ぼす睡眠の影響を調べる神経科医に対する既存の助成金を、1年間追加したものであった。その研究の一環として、コラルニクはCOVIDを持つ高齢者の睡眠が認知に与える影響に注目する予定だ。

一方、ノースウェスタン大学の神経COVID-19クリニックには1,450人以上の患者が来院し、その多くが「ワクチンを接種してブースターも行なったにもかかわらず、ひどいブレインフォグや頭痛、倦怠感に悩まされている」とコラルニクは言う。彼らは、治療を受けたいがために、臨床試験に参加できないか、あるいは自分の症状の原因を特定できないか、とコラルニクに尋ねる。コラルニクは、「これは私たちが生きている間に起こった最も重要な健康危機ですが、RECOVERの取り組み以外にもっと包括的な対応がなされていないという事実は、本当に呆れるばかりです」と話す。

RECOVERの共同議長であるNIH国立神経疾患・脳卒中研究所のウォルター・コロシェッツ(Walter Koroshetz)所長に、コラルニクの研究についてインタビューを申し込んだが、「不在」との回答が返ってきた。しかし、NIHのナスは、長期コロナ症の研究の必要性についてコロルニクと同意見である。「慢性疲労症候群湾岸戦争症候群、ライム病後症候群、シックハウス症候群、これらの原因は誰も知りませんが、見てみると、非常によく似た訴えです」とナスは言う。「長期コロナ症を研究して、これを解明すれば、同時に他のものの解明にも効果があるかもしれません」。

コラルニクにとっては、「困難で挫折しそうな道のりでした」と言うが、悲観はしていない。「一日の終わりには、より大きな善が勝つという、ある種の楽観主義が必要なのです」と言う。だから、彼は再び、科学、研究、そして脳の力に賭けているのだ。それが、今のところはうまくいっている。

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翻訳は以上です。

筆者あとがき

COVID-19パンデミックは、これから長期コロナ症の個人的健康問題ばかりでなく、公衆衛生、経済活動に長期にわたる影響を及ぼす問題として焦点が変わっていく可能性があります。すでに米国では、1600万人が長期コロナ症を発症し、400万人が失職して人手不足に陥った結果、年間23兆円の損失になっているという報告は衝撃的です [5](→全数把握見直しをめぐる混乱と問題)。その意味で、米国神経学会が「長期コロナ症は今や米国で3番目に主要な神経疾患である」と宣言したことは、重要でしょう。

一方、日本における長期コロナ症の問題は、いささか軽視されているのではないかと思われます。後遺症という名称で軽く扱われている印象で、いまだに"long COVID"に対する邦訳もありません(政治的な意図もある印象)。長期コロナ症に取り組む日本の問題は、以前のブログ記事でも指摘しています(CDCの研究:COVID-19生存者の20%以上が長期症状を経験Long COVIDのリスクを否定するのはやめよう治っていないコロナの病気を後遺症とよぶべきでない)。

この記事 [4] を読むと、米国でさえ、長期コロナ症の研究でも資金獲得の面では大変なようです。米国神経学会が重要性を宣言したものの、研究者はそれほど増えていない印象を受けます。この記事で批判的に出てくるNIHのこれまでの取り組みや、アビンドラ・ナスの研究は、以前のブログでも紹介しています(→コロナワクチンはLong COVID症状を起こす)。

引用文献・記事

[1] 時事通信社: パンデミックの終息視野に コロナ死者、初期以来の低水準 WHO. Yahoo Japan ニュース  2022.09.14. https://news.yahoo.co.jp/articles/e9c91ffe6f0243da5c18ead1dec2875738ef7bce

[2] Graham, E. L. et al.: Persistent neurologic symptoms and cognitive dysfunction in non-hospitalized Covid-19 "long haulers". Ann. Clin. Transl. Neurol. 8, 1073-1085 (2021). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8108421/

[3] li, S. T. et al.: Evolution of neurologic symptoms in non-hospitalized COVID-19 "long haulers". Ann. Clin. Transl. Neurol. 9, 950-961 (2022). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9268866/

[4] Caro, M: The Long Haul. September 13, 2022. https://www.chicagomag.com/chicago-magazine/october-2022/the-long-haul/

[5] Smith-Schoenwalder, C.: Report: 16 million working-age Americans have long COVID, keeping up to 4 million out of work. U.S.News August 25, 2022. https://www.usnews.com/news/health-news/articles/2022-08-25/report-16-million-working-age-americans-have-long-covid-keeping-up-to-4-million-out-of-work

引用した拙著ブログ記事

2022年8月27日 全数把握見直しをめぐる混乱と問題

2022年5月27日 CDCの研究:COVID-19生存者の20%以上が長期症状を経験

2022年5月14日 Long COVIDのリスクを否定するのはやめよう

2022年4月21日 治っていないコロナの病気を後遺症とよぶべきでない

2022年3月31日 コロナワクチンはLong COVID症状を起こす

2020年10月12日 "Long COVID"という病気

子どもへのCOVIDワクチンの影響:NEJM vs. デイリー・セプティック

最近、子どもに対する COVID-19 mRNAワクチンの効果に関する調査研究結果が、コレスポンデンス論文としてニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)誌に掲載されました [1]。これは、米ノースカロライナ大学 Gillings School of Global Public Health などの研究チーム(ダンユ・リン博士が筆頭著者)によるものですが、著者らがこの結果をワクチンの効果としてポジティブに伝えている一方で、この論文をデイリー・セプティック(Daily Sceptic、DS)が、ワクチンのネガティブ効果として論評しています [2]

このウェブサイトは疑似科学扱いされていることで知られているので気をつけなければいけませんが、今回の論文に対する論評は、ところどころ私が論文に対して疑問に思ったこととダブります。SNS上でもDSのツイートが取り上げられているようなので、リン論文とDSの論評の両方のどこがどのようにおかしいか、このブログで考えてみたいと思います。結論から言うと、リン論文では、データを都合よく解釈している一方(都合の悪いところは考察なし)、DSは考察されていないデータ部分を取り上げて、飛躍した解釈をしています。

1. デイリー・セプティックとは?

DSは、ジャーナリストであるトビー・ヤング(Toby Young)を中心として数人の研究者らを中心として運営されているウェブサイトです。巷の懐疑的な記事、学術論文、インタビューなどを論評したり、また専門家や非専門家が他では発表できないような見解を発表する場として設けられています。しかし、一般的には、DSは極右に偏った疑似科学ウェブサイトであり、COVID-19や科学一般に関する誤った、誤解を招く情報を頻繁に掲載しているとネガティブに評価されています。

ヤング氏は、当該NEJM論文について以下のように「新しい研究はワクチンが自然免疫を破壊することを示している」とツイートしました。しかし、論文にはそのようなことは決して書かれていませんし、そのように解釈することも無理なので、このコメントは間違いです。

このツイートのリプ欄を見るとわかりますが、多くの否定的なコメントが寄せられています。

2. NEJM論文とデイリーセプティックの解釈

では、NEJMに掲載されたリン論文 [1] とDS記事(著者はウィル・ジョーンズ博士)[2] のデータ解釈の違いがどこにあるか、このブログで紹介したいと思います。最初に指摘しておきたいことは、ジョーンズ氏は「NEJM誌に掲載された新しい研究によると、ファイザーワクチンの効果は5カ月以内に意味がなくなる(つまり、ワクチン接種者が未接種者よりも感染しやすくなる)だけではなく、ワクチンによって人が持つ自然免疫による防御力が破壊されてしまうことが明らかになった」と結論づけていますが、これは完全なミスリードです。

この調査研究 [1] では、ノースカロライナ州の5歳から11歳の小児887,193人について、SARS-CoV-2感染歴とワクチンファイザー・ビオンテック製BNT162b2)接種が及ぼす再感染への影響を調べた結果を示しています。パンデミック初期の2020年3月11日から2022年6月3日の間に193,346人が感染し、そのうち入院が判明したのは309人、死亡が判明したのは7人でした。2021年11月1日から2022年6月3日の間に、ワクチンを少なくとも1回接種していた小児は合計273,157人になりました。

これらの調査データについて、Coxモデルの計数過程拡張を用いて、人口動態変数を調整した上で、SARS-CoV-2感染率に対するワクチンとSARS-CoV-2感染歴の時変効果を定式化し、グラフ化したのが図1です。

図1. 小児(5–11歳)における感染症およびコロナウイルス疾患2019関連入院に対するBNT162b2ワクチンの2回投与およびSARS-CoV-2感染歴によりもたらされる防御効果(文献 [1] より転載). (A) ワクチン接種による感染防御効果、(B) 感染歴が及ぼすワクチン接種後の再感染防御効果、(C) ワクチン未接種児における感染歴が及ぼす再感染防御効果、(D) ワクチン接種児における感染歴が及ぼす再感染防御効果、(E) ワクチン接種が及ぼす入院防止効果、(F) 感染歴が及ぼす入院防止効果.

論文では、SARS-CoV-2感染に対して、小児にワクチンを2回接種すると、時間の経過とともに効果が薄れるものの、感染防御として有効であることがわかったとしています。すなわち、初回接種から同程度の日数では、2021年11月に接種した子どもの方がそれ以降の月に接種した子どもよりも有効性が高く(図1A)、B.1.617.2(デルタ)変異体よりもオミクロン変異体に対してワクチン接種が有効ではないことを示す所見でした。そして、ワクチン単独接種の効果は、既感染児の方が既非感染児よりも高くなりました(図1B)。

感染歴がある場合のワクチン未接種と接種との違いは図1B、Cに示されています。論文では、感染により獲得された免疫力は、時間経過とともに低下するものの、接種、未接種とも高く維持されたとしています。すなわち、ワクチン未接種児では、オミクロン感染の再感染に対する推定有効率は2カ月で90.7%、4カ月で62.9%でした(図1C、赤色のライン)。ワクチン接種を受けた小児では、オミクロン感染単独での再感染に対する推定有効率は、2カ月で94.3%、4カ月で79.4%でした(図1D)。ただし、不思議なことに、デルタやそれ以前の変異体に対する効果(青色緑色のライン)への言及はありません。

ワクチン接種を受けた273,157人の小児のうち、入院は合計15件、死亡は確認されませんでした。COVID-19関連入院に対するワクチン2回接種およびSARS-CoV-2感染歴の有効性の推定値は、感染に対する有効性の推定値よりも高い傾向にありましたが、事象数が少ないために不確実性が大きかったとしています(図1E、1F)。

では、ジョーンズ氏によるDS記事では、図1のデータに対してどのようなコメントをしているのでしょうか。

まず、図1Aでは、11月と12月にワクチン接種を受けた子どもを表すの線が、最初の注射から5カ月以内にゼロから負の領域に入り、急激な勾配になっていることに注目してほしいと言っています。これを見る限り、ワクチンの有効性はマイナスの領域に深く落ち込んでいくように見えますし、図1Bでも、ワクチン接種後5ヶ月以内に再び急勾配でゼロを通過していることがわかるとコメントしています。

そして、自然免疫を持っている人が、持っていない人よりも感染しやすいとは考えられず、かつ自然感染の免疫を持つワクチン接種者がマイナスの効果を示していることは驚きであると述べています。

図1C、Dは、リンらとジョーンズ氏の見解の核心部分でしょう。リン論文では、上記のように、オミクロン(のライン)には言及しているものの、なぜかデルタ(のライン)やそれ以前(のライン)については触れていません。一方、ジョーンズ氏は、図1Dラインが示す過去に感染したワクチン接種者の間のデルタ変異体に対する防御が、7ヶ月以内に急勾配でゼロになっているのと対照的に、図1Cのライン(以前に感染したワクチン未接種者のデルタに対する防御)は減衰がずっとゆっくりで、8ヶ月後にはまだ50%以上と非常に高い正の領域にあると述べています。同じことが初期の変異型に対する自然免疫(のライン)にも言え、こちらはゆっくりと減少し、16ヵ月後も保たれているとしています。

図1は、ワクチン未接種者では自然感染免疫が防御力を維持しているのに対し、ワクチン接種者では自然免疫があっても「防御力」がマイナスになっています。この疑問に対してジョーンズ氏は 「これは、ワクチンが数ヶ月後に負の防御効果を与えるだけでなく、自然免疫によって提供されるはずの防御を破壊することを示唆しており、非常に憂慮すべきことである」と述べています。つまり、ワクチン接種は自然感染免疫を破壊し、以前よりも感染しやすくしているように見えると語っています。

そして、最近の研究では、ファイザー社のようなmRNAワクチンは、他の病原体に対する免疫系の反応を阻害することが判明したとしながら、犯人はワクチンのmRNAを運ぶ脂質ナノ粒子(LNP)であると思われるとしています。

最後には、mRNAワクチン技術の市場投入を急いだのは間違いであり、その効果の全容と安全性プロファイルがもっとよく理解されるまで、このワクチンを使用中止にして研究段階に戻す必要があることはますます明白になってきていると結んでいます。

上記のように、「ワクチン接種が自然免疫によって提供されるはずの防御を破壊する」とジョーンズ氏が述べているところは、明らかに飛躍し過ぎです。リン論文の中では、これに関連するいかなる考察もありません。

一方で、図1A, Bにあるワクチンの経時的防御効果がゼロを越えてマイナスになる意味については論文中では全く触れられていません。さらに、図1Cのワクチン未接種者と図1Dのワクチン接種者を比べると、明らかにワクチン未接種の方が感染防御の持続効果が高いと思われるのに、論文では、なぜか、同じような効果に見えるオミクロン(赤いライン)についてのみ言及されています。少なくとも論文では、ワクチン接種の防御効果が時間が経つにつれてマイナスになることについて、そしてワクチン未接種の方が防御の持続性が高いことについて、説明・考察すべきだと思います。

おわりに

今回のNEJM論文 [1] の内容とDS記事 [2] の比較をすることで、双方のおかしいところが分かりました。一次情報に触れることなく、ウェブサイトのフィルターを通して情報を受け取ってしまうと、その情報のバイアスにも、元の論文のおかしいところにも気がつかず、それがSNS上で拡散されてしまうという恐さがあります。

NEJM論文では、ワクチン未接種の方がワクチン接種よりも自然感染の免疫性が高いと思われるのに、それに全く言及していないことは、明らかに恣意的と思われます。普通の基礎科学系の雑誌でしたら、このようなデータの考察を欠く論文の場合、査読過程で書き直しを指摘されたり、掲載却下されたりします。一方で、NEJM誌のような医学系雑誌の場合は、割とこのような都合のよい解釈の論文が掲載されたりします(今回はコレスポンデンスですが)。逆に、ワクチンに対して否定的な見解を示す論文原稿は、現段階においてはまず通らないでしょう。

一方で、ジョーンズ氏のDS記事は、論文に対する疑問や目の付け所はいいのですが、そこから出てくる解釈や結論が飛躍し過ぎていて、記事自体の信頼性を下げていると言えるでしょう。今回で言えば、「ワクチン接種が自然免疫を低下させている可能性がある」程度に留めておけばよかったのですが、「自然免疫を破壊することが研究によってわかった」と断定的に述べてしまいました。これが一部で疑似科学よばわりされる所以でしょうか。

引用文献・記事

[1] Dan-Yu Lin, et al.: Effects of Vaccination and Previous Infection on Omicron Infections in Children. N. Eng. J. Med. Sept, 7, 2022. https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMc2209371

[2] Jones, W.: Covid Vaccine Destroys Natural Immunity, NEJM Study Shows. The Daily Sceptic September 12, 2022. https://dailysceptic.org/2022/09/12/covid-vaccine-destroys-natural-immunity-nejm-study-shows/

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

被害拡大させて規制緩和する不思議な国

はじめに

日本国内の新型コロナウイルスの感染者数の累計は、今日時点で2000万人を超えました [1]。 このわずか2カ月弱で1000万人も増えたことになります。オミクロン変異体亜系統のBA.5ウイルスの伝播力の凄まじさを物語っています。

それにしても、日本は新しい流行の波が来る度に被害を拡大し、犠牲者を増やしていった世界でも珍しい国です。その結果、今の第7波でまた医療崩壊を起こし、最悪の犠牲者数になろうとしています。いかに過去に学ばず、手を打ってこなかったかということが如実に現れていると思います。にもかかわらず、ここに来て今までの規制を次々と緩め始めています。

このブログでも何度となく世界の流行と比較を行なってきましたが、ここでまた、欧米先進国と対照的な日本の時系列的な被害拡大と規制緩和の不思議を見てみたいと思います。

1. COVID-19死亡率の国際比較

まずは、EU先進国のイタリア、スペイン、ドイツ、およびフランスにおけるCOVID-19死亡率(百万人当たりの死者数)の推移を、図1に示します。欧州では大きな波が4度襲ってきましたが、図から分かるように、流行の度に死者数が低下しているのが、よく分かります。COVID-19で多くの死亡を記録したEU諸国ですが、最新のBA.5流行での死亡率は日本よりも低くなっています。

図1. EU先進国におけるCOVID-19死亡率(百万人当たりの死者数)の推移(Our World in Dataから転載).

次に、英国の場合を図2に示します。英国もEU諸国と同様に、新しい波が来るごとに犠牲者の数を減らし、ワクチン完全接種が完了した2021年以降、死者数が激減していることがわかります。最近は統計がしっかりとられていないので、少しグラフがでこぼこしていますが、死亡率はEU諸国と同様な推移を示しています。

図2. 英国における死亡率(百万人当たりの死者数)の推移(Our World in Dataから転載).

一方、北米諸国ではどうでしょうか。米国もカナダでの減り方は欧州ほどではありませんが、少なくとも最新のBA.5流行では、著しく死者数を減らしています(図3)。

図3. 北米諸国における死亡率(百万人当たりの死者数)の推移(Our World in Dataから転載).

それでは世界平均で見たらどうでしょうか。世界の推移は、欧州と北米を合わせたような傾向になっていて、昨年冬以降徐々に死者数を減らし、BA.5流行では大きく低下しています(図4)。

図4. 世界における死亡率(百万人当たりの死者数)の推移(Our World in Dataから転載).

では日本はどうかと言うと、世界とは全く対照的です。オミクロンの第6波で過去最多の死者数を記録したと思ったら、第7波でまたそれを上回ろうとしています(図5)。過去最悪になることは確実です。

図5. 日本における死亡率(百万人当たりの死者数)の推移(Our World in Dataから転載).

このように被害の時系列的推移において対照的な世界と日本ですが、欧米諸国は曲がりなりにも被害や死者数を抑えられるようになったという実績に基づいて、規制解除や規制緩和に踏み切ったと言えます。欧米には、彼らの基準に照らした規制緩和の合理的な理由があるわけです。

たとえば、米国疾病管理予防センター(CDC)は、この8月、COVID-19対策の改訂ガイドラインを発表しましたが、ここには規制緩和の理由が明確に示されています(→COVID-19インパクトの最小化ー米CDCガイドライン)。大まかに言えば、COVID-19は依然として公衆衛生場の脅威ではあるけれども、そのリスクを医薬的、非医薬的介入によって低減できるようになったとし、加えて緩和の理由として国民の高い抗体保有を挙げています。その上で、COVID-19の影響を軽減するための行動を、長期的に持続可能な日常業務に組み込むことは、社会と公衆衛生にとって不可欠であるとしています。

英国は完全解除に至っていますが、ジョンソン前首相の政治的意図が大きいのであまり参考にはできません。とはいえ、過去の波に比べて死亡リスクを大幅に低下させているのは、図2のとおりです。英国に限らず、欧米では過去に比べれば大幅に被害が減っているわけですから、為政者や国民が行動制限やマスク着用なんかする必要もないと考えるのはむしろ当然でしょう。

要約すれば、欧米では、国民の抗体保有率の高さ(全数把握をやめている現状で統計上は人口の3–5割が自然感染)と対策による死亡リスク低減の実績が、規制解除・緩和の大きな理由になっていることがわかります。一方、日本では、この二つの要因が全く当てはまりません。自然感染率は16%ですし、被害や死者数は時を経て激増しています(図4)。

2. 日本の規制緩和

日本は、コロナ被害や死者数を増やしているにも関わらず、検疫緩和、全数把握見直しに続き、次々と規制緩和に乗り出しています。普通は医薬的、非医薬的介入の効果が、被害や犠牲者数の減少という形で現れたときに、規制を緩和していくのが常識だと思うのですが、日本は全く逆です。テレビに出てくる専門家もメディアも、この矛盾を指摘することなく、「欧米ではこうだから」と言いながら、政府の方針、決定を追従するような姿勢を見せていて、全く不思議な国です。

全数把握見直しについては、患者が増え過ぎて手に負えなくなったという理由なのに、大流行の最中に、「もはや必要ない」という雰囲気で当然のごとくで決定してしまいました。日本にはせっかく国民皆保険制度があるのに、これを全数把握に活用しなかったのは何とも不思議です。つまりこれをデータベース化し、ハーシス(HER-SYS)とリンクしておけば、検査陽性確定現場で医者や患者自身が保険者番号だけ入力すれば、大幅に作業が軽減できたはずです(→全数把握見直しをめぐる混乱と問題)。韓国はこのような国民番号で全数把握を実現しています。

加藤勝信厚生労働相は、9月7日、新型コロナ感染者が療養のため待機する期間を原則10日間から7日間に短縮する措置を適用すると記者会見で語りました [1]。無症状の場合は検査で陰性と確認できれば7日間を5日間にするということです。そして、自宅療養中の外出については、症状軽快から24時間経過した場合や、無症状の場合にマスクを着用するなどの対策を前提に、食料品の買い出しといった必要最低限の外出を認めることになりました。

加藤氏は、尾身氏もメンバーとして参加している厚労省の専門家会議「アドバイザリーボード」での長い議論を強調しながら、「何人かの方からは、リスクの観点から懸念を示す意見があったが、多くの方からは『理解する』と意見をいただいた」と語りました。しかし、上記のように、日本の流行状況が改善しているわけでもなく、待機期間をめぐっては、単純に5日間の待機を求めている米国などの例を参考しているだけのように思われます。

米国では、感染者は5日間以上隔離し、他の人と一緒にいる必要がある場合は、密着性の高品質のマスクを着用する必要があるとしています。薬を使わずに24時間以上熱がなく、他のすべての症状が改善した場合にのみ隔離を終了することができ、10日目までは家庭や公共の場でマスクや呼吸器を着用し続ける必要があるとしています。

尾見氏は、待機期間の変更について「短縮に懸念を持つ専門家が十分に議論する場がなかった」と苦言を呈しながら、「政府と専門家の間のコミュニケーションが前に比べて希薄になっていた。今回は少し距離感が出てきたというのが多くの専門家の感覚だ」と述べました [2]。加藤氏は「専門家とは意見が異なったり見解が異なったりすることはあるが、よくコミュニケーションをはかっていくことが大事だ」と話している一方で、今のウィズコロナの方針は専門家のお墨付きだと発言しています [3]

ここにいまの岸田政権の質がよく出ているように思われます。専門家の意見を軽視したり、科学的根拠に基づかない独断的方針は、岸田政権に限らず、安倍政権、菅政権と続いてきた傾向ですが、今の政権では第7波の「行動制限なし」に見られるように、特に顕著になっているように思います。週刊誌の報道では、岸田政権は濃厚接触者も就労を許容するという「ダメもと案」を用意していたようです [4]

岸田首相は、経済活動を推進する一方で、感染症対策にほとんど関心がないのではないでしょうか。それが、いま世界最悪のCOVID-19死亡率(人口比死者数)を出しながら、規制緩和をするということに現れていると思います。

おわりに

パンデミック期間中死亡リスクを大幅に低下させ、規制を緩和してきた欧米と対照的に、日本は現在死者数を激増させ、世界最悪の死亡率で推移しているにもかかわらず規制を緩めています。このブログでもSNS上でも何度も指摘してきましたが、日本メディアは、海外での状況を「日常に戻っている」「マスクも着用していない」と、表面的にとらえて報道するのみで、規制緩和に至った背景や要因を一切とりあげません。これでは、日本国民は、岸田政権が何もせずに世界最悪の被害を発生させている状況など知る由もなく、「海外そうなのだから日本もそうすべき」と単純に思ってしまうかもしれません。

もう一つ気をつけなければいけないことは、欧米における死亡率のレベルです。欧米は死亡リスクを低下させたと言っても、その死亡率は日本をやや下回るレベルであって、現在の流行状況は日本に匹敵すると考えた方がよさそうです。つまり、COVID-19は今なお世界的に流行段階であり、いつまた新しいウイルス変異体(→新型コロナウイルスはどのように、どこまで変異するのか)が次の流行をもたらすかわからない状況なのです。

医療提供体制も感染対策も改善されていない状況で規制緩和に走った日本は、この秋冬、またもや大きな流行の波に襲われ、多大な被害を出すことになるでしょう。

引用記事

[1] 日本経済新聞: コロナ療養7日間に短縮、即日適用 買い出し容認. 2022.09.06. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA0633I0W2A900C2000000/?unlock=1

[2] 原田啓之: 尾身氏「政府と距離感」療養期間の短縮で苦言「十分な議論ない」. 毎日新聞 2022.09.08. https://mainichi.jp/articles/20220908/k00/00m/010/336000c

[3] 枝松佑樹: 厚労相、ウィズコロナは専門家の「お墨付き」強調 尾身氏の発言に. 朝日新聞アピタル 2022.09.09. https://digital.asahi.com/articles/ASQ9945T9Q99UTFL00R.html

[4] FLASH: 岸田首相の場当たり的コロナ対策を示す秘密資料入手「濃厚接触者も就労を許容」の“ダメ元”提案. Yahoo Japan ニュース 2022.09.08. https://news.yahoo.co.jp/articles/51b6d7cceac5b5dd9ab2f9ea845001f43b2dedaa

引用した拙著ブログ記事

2022年8月28日 新型コロナウイルスはどのように、どこまで変異するのか

2022年8月27日 全数把握見直しをめぐる混乱と問題

2022年8月12日 COVID-19インパクトの最小化ー米CDCガイドライン

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

コロナ被害の認知的錯覚による誤解

はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックによる感染者数、重症者数、死者数などは、毎日各々の実数が報告されています。私たちはこれらを参考にしながら、流行や被害の状況を知ることができます。ところが、メディア報道やウェブ記事などを見ていると、これらとは別に、重症化率、致死率、死亡率などとともに他の事象とも比較しながら、実際の被害を矮小化したり、歪めたりするケースも多々あるようです。簡単に言うと、これらの多くは錯視効果(opitical illusion)あるいは認知的錯覚(cognitive Illusion)による、誤った解釈です。

今日も読売新聞の記事 [1] を見ていたら、コロナ死について大阪が東京よりも多い事実を挙げていましたが、「高齢化の割合」や「3世代同居率」をその要因としてあげているところは、どうやら認知的錯覚と思われました。ここでは、この読売の記事を紹介しながら、コロナ被害の認知的錯覚による誤解について説明したいと思います。

1. 認知的錯覚とは

分かりやすくするために、災害の犠牲者をモデルにして、この錯覚を考えてみましょう。たとえば、日本が津波に襲われ、ある島では100人の島民のうち20人が亡くなったとします。一方、本土では100万人が被災し、そのうち1万人が亡くなったとします。被災者や犠牲者の規模からみたら後者の方が圧倒的に大きいことになります。

ところが人口比の死者数でみたらどうなるでしょう。当該の島では100人中20人が亡くなったわけですから死亡率20%です。一方、本土の被災地では100万人のうち1万人の犠牲者数ですから死亡率1%になります。ここで死亡率だけに着目して被害を論じてしまうと、島の方が本土の被災地よりも20倍も被害が大きいという、誤った解釈に導かれてしまいます。これが認知的錯覚です。本来、災害では死亡率などの相対値で言及されることはなく、被害は実数で表されます。

ニューヨークの精神科医であるジョナサン・フォワード(Jonathan Howard)博士は、実際に錯視図を使って認知的錯覚を説明しています [2]図1のオレンジ色の円は同じ大きさですが、周囲の薄青色の円をいっしょに見てしまうと、左側の方が小さく見えてしまいます。

図1. 認知的錯覚の例:左と右のオレンジ円は同じ大きさだが、周囲と比較することによって大きさが異なってみえる(文献 [2] より転載).

ここで災害の犠牲やコロナ死に当てはめてみると、犠牲者数はオレンジ円で表されるのでここだけ見ていればいいことになります。ところが私たちは、周囲の被災者(感染者)もいっしょに見てしまうので、相対的に周囲が小さいほどオレンジ円が大きく見えてしまうのです。つまり、論点としては分子(死亡数)や分母(感染者数)のそれぞれだけを見ていればいいのに、相対的な関係を気にするあまり、分子の絶対数を過小評価したり、被害の全体でさえ矮小化してしまうのです。

COVID-19の重症化率や致死率は病気の性質(危険度)に関するものであって、被害の大きさを表すものではありません。被害の規模は、感染者数、死者数などの実数そのものです。にもかかわらず、しばしば、アルファやデルタ変異体に比べてオミクロン変異体では致死率が低くなったと強調されてきたことで、あたかも被害の程度も小さいかのようにメディアや市民は錯覚してしまう効果があったと思われます。

また、コロナ被害を語る上でよく出てくるものとして、相対的窮乏の誤謬(fallacy of relative privation)があります。これは、ある害が論点にある場合に、より深刻な害を指摘したり、他の害を比較することによって論点の害を最小化する誤りのことです。たとえば、2020年の自殺者は2万人を超えるので、自殺に比べればコロナ死者はたいしたことはないという言い方が、これに当たります。COVID-19とインフエンザの比較でもよく出てくる誤謬です。

2. 読売記事の誤謬

日本はCOVID-19による死者が4万人を超え、世界的には現在最悪の死亡率(100万人当たりの死者数)で推移しています。都道府県別では、大阪府が死者数6千人を突破し、全国最悪の状態が続いています。今回の読売の記事では、人口、感染者がいずれも1.5倍の東京都よりも大阪の死者数が約700人多く、全国の15%を占めているのはなぜなのか、という観点から解説しています。

大阪の死者数が多い要因として記事で挙げられているのが、高齢者の割合が高いこと、3世代同居率が高いこと、そして世帯収入が低いことです(表1)。そして専門家の以下の言述が紹介されています。

名古屋市立大の鈴木貞夫教授(公衆衛生学)は「大阪の高齢者の割合は東京に比べて高いが、それだけで死者が多いことの説明にはならない。3世代同居率が高く、高齢者と若者の接触が多いことも背景にある」と指摘する。

表1. 大阪府と東京都の人口、高齢者の割合、3世代同居率、および世帯収入の比較(文献 [1] より転載).

しかし、高齢者の割合と3世代同居率に関しては全く的外れだと思います。なぜなら、大阪の感染者数自体が東京の67%しかなく、高齢者の感染者数も少ないからです。つまり、大阪では高齢者の感染者数が東京より少ないのに、死者数が多いという事実に対して、高齢者が多いからという理由付けはできないのです。

全く同じことは3世代同居率にもいえます。3世代同居が多いということは感染の機会は増えるとしても、同じ高齢感染者であるなら、同居でも施設でも一人暮らしでも死亡のリスクはほとんど同じでしょう。3世代同居していると死亡リスクが高くなるとはとても思えません。何よりも大阪は高齢の感染者数が東京より少ないのですから、高齢化率も同居率も死亡の高さの理由付けにはできないのです。関係するとすれば感染の機会が増えるということですが、大阪と東京の感染者数はほぼ人口比率で記録されていますから、これもほぼ否定されます。

なぜこのような誤謬が出てくるのかと言えば、被害の実数(高齢の感染者数および死者数)をよく見ずに、高齢化率や3世代同居率などを単純に引き出して結びつけているからです。つまり、然したる科学的根拠も考察もなしに、自らが認知的錯覚を起こすことで誤解してしまったということが言えます。

3番目の理由として挙げられている世帯収入については、日本人研究者による原著論文 [3] があり、収入が低い人は感染しやすく、死亡しやすいというのは世界的傾向にあることが述べられています。これは、収入が少ないと医療アクセスへの機会や治療の機会が少なくなるからだと思われます。

この論文では、47都道府県を対象とした調査の結果が示されており、COVID-19の患者数および死亡数が多いのは、世帯収入が低い、生活保護受給者の割合が高い、失業率が高い、小売業、運送・郵便業、飲食業の従事者が多い、世帯の混雑度が高い、喫煙率および肥満率が高い、などの条件を満たす場合と結論づけられています [3]。一方、保健所の体制や医療提供体制については、特段述べられていません。

大阪の世帯収入は34位とありますので [1]、この条件の一部に入ると思われます。上記の要件は複雑で、もっぱら政策に関わることなので、やはり府政の出来具合が死亡の高さに関わっているとも言えるでしょう。

読売記事にはそのほかにも誤謬が出てきます。たとえば、以下の記述で「国民皆保険で医療アクセスがよいとされた日本」がありますが、COVID-19に関しては全く医療アクセスが悪く(発熱外来が全医療機関の35%しかない、オンライン診療が普及していないなど)、医療崩壊を起こしてしまったことは周知の事実です。

三つめは、経済格差。健康と経済には強い相関関係があるとされる。新型コロナでも欧米では関わりが強いと指摘されたが、国民皆保険で医療へのアクセスがよいとされた日本でも、その関係が示された。

記事の後半部分には、致死率(記事では死亡率)に基づいた錯視効果がまた出てきますので以下に引用します。

第5波で3・7%、第6波で2・1%だった60歳以上の死亡率も、第7波では、0・48%で、朝野氏は「8月下旬の60歳以上の死亡率は、厚労省の提示した季節性インフルエンザの死亡率(60歳以上0・55%)と、ほぼ同じ水準になったと言える」と話す。

第7波では、第5波、第6波と比べて致死率0.08%へと大きく下がり、高齢者のそれも0.48%と低くなったと記述されていますが、被害の実態を見れば大きく改善されたとは思えません(図2)。致死率で第5波0.4%、第7波0.08と記載してしまうと、一見、感染対策が大幅に向上した印象を受けますが、これは主にウイルス変異体や病気の質が変わったことによる現象であって、被害の規模は第7波の方が圧倒的に大きいわけです。まだこの波は途中ですが、最終的には第4波並みあるいは第6波に匹敵するほど死者数になるのではないかと予測されます。

図2. 大阪府におけるCOVID-19の死者数の推移(FNNプライムオンラインより転載).

おわりに

重症化率や致死率に基づいて、コロナ被害を一見低く思わせるような専門家の言述やメディア記事は枚挙にいとまがありません。おそらく、語っている本人が認知的錯覚による誤謬だと気づいていない例がほとんどでしょう。繰り返しますが、重症化率や致死率は病気の質に関する指標であって、被害の実態を表すものではありません。被害の規模は、感染者数や死者数のような実数で表されるべきです。

同じ実数でも、「感染者数よりも重症者数が重要」という専門家の発言やメディアの報道も、被害の実態を矮小化してしまう錯視敵効果があったと考えられます。科学的根拠の基づかない専門家やメディアの取り上げ方に、ここでも日本の科学の脆弱性を思い知った次第です。

引用文献・記事

[1] 読売新聞オンライン: コロナ死者なぜか大阪最多、東京と比較した3要因…府は変異株に翻弄され続ける.  Yahoo Japan ニュース 2022.09.04. https://news.yahoo.co.jp/articles/0a33d7624b142b14f3cb7f12b5dcbb5f3af2cc57

[2] Howard, J.: Cognitive illusions and how not to write about COVID-19 and children. Science-Based Medicine July 30, 2021. https://sciencebasedmedicine.org/cognitive-illusions-and-how-not-to-write-about-covid-19-and-children/

[3] Yoshikawa, Y. and Kawachi, I.: Association of Socioeconomic Characteristics With Disparities in COVID-19 Outcomes in Japan. JAMA Netw. Open 4, e2117060 (2021). https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2781935

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

新型コロナウイルスはどのように、どこまで変異するのか

はじめに

新型コロナウイルスSARS-CoV-2)が媒介するCOVID-19は、今なお世界中に被害をもたらしています。最も困難な問題の一つは、このウイルスのゲノム配列が継続的に変異・進化していることであり、流行の制御が難しいことです。ウイルスの変異は、感染力、病毒性、ワクチン抵抗性などを変化させ、病気の予防と診断を複雑にします。現在、日本は第7波流行の真っただ中ですが、これを媒介しているウイルスは、感染力が強い、ワクチン免疫逃避型のオミクロン変異体の亜系統BA.5です。

COVID-19の病態を理解し、パンデミックの現在を把握し、さらその行方を予測するためには、ウイルスのゲノミクスとサーベイランスへの応用 [1]、そして進化を支える分子メカニズムの解明が必要です 。生物進化においては、中立的分子進化やダーウイン進化という概念がベースになりますが、SARS-CoV-2においてはこの常識が通用しにくく、宿主のRNA編集機能(宿主のRNA脱アミノ化システム)がきわめて重要であることが最近の研究でわかってきました [2, 3]

このブログ記事では、SARS-CoV-2の変異に関する最近の知見を紹介するとともに、この先ウイルスはどのようになるのかを考えてみたいと思います。

1. 背景-変異の概要

SARS-CoV-2は、一本鎖RNAゲノムを持つエンベロープコロナウイルスです。そのゲノム複製には、RNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRP)が働きますが、この複製システムには自動校正機構が組み込まれており(Nsp14タンパク質が担う)、複製や転写の際に生じるコピーミスを修復することができます(→流行減衰の原因ーウイルスが変異し過ぎて自滅?)。それでもこの校正機構をすり抜けてランダムエラーが発生し、突然変異が起こります。

このように複製エラーの校正機能をもつSARS-CoV-2ですが、実際は、自然発生的なランダムエラーとは思えないほど、非常に速いスピードで変異し続けています。この原因として考えられているのが、宿主因子を介したウイルスゲノムの突然変異です。SARS-CoV-2は現れた当初から、そのゲノムに遺伝子のランダムな変異とは異なる、特定の変異パターンが高い頻度で起こることが示されていました [2]。この特異的な変異は、宿主因子によるRNA編集機構によるものと考えられています。

宿主因子によるSARS-CoV-2の変異には、活性酸素種(ROS)が関わるもの、およびヒトのRNAデアミナーゼの2つのファミリーが関与するものがあります。デアミナーゼの一つはADARs (adenosine deaminases acting on RNA) であり、もう一つは APOBECs (apolipoprotein-B (ApoB) mRNA editing enzyme, catalytic polypeptide-like proteins、アポリポプロテインRNA編集酵素) です。

活性酸素はウイルスRNAを酸化して変異を引き起こす可能性があり、G(グアニン)→ U(ウラシル)変異や C(シトシン)→ A(アデニン)変異との関連が提唱されています。ADAR酵素はアデノシンをイノシンに修飾し、二本鎖RNA(dsRNA)のA→G変異を引き起こしますが、これは免疫制御に重要な役割を果たしていると考えられています。

APOBEC酵素は、シトシン(シチジン)デアミナーゼファミリーに属するタンパク質でであり、シトシン(C)を脱アミノ化してウラシル(U)に変換し、ウイルス性病原体に対する自然免疫や適応免疫など、様々な生物学的プロセスに関与しています。APOBEC3サブファミリーに属する7種類の酵素A3A、A3Hなど)は、DNAおよびRNAウイルスに対する抗ウイルス作用を示します。大部分のAPOBECは一本鎖DNAを基質として用いますが、APOBEC1 (A1) 、APOBEC3A (A3A) 、APOBEC3G (A3G) の3つのAPOBEC酵素は、一本鎖RNAを基質として用いることができます。

COVID-19患者由来のSARS-CoV-2のゲノム解析では、C→U の変異に強い偏りが見られ、幅広い抗ウイルス活性を持つ宿主APOBECが変異を引き起こしている可能性が強く示唆されてきました。SARS-CoV-2や他のコロナウイルスにおける配列変化の多くが、APOBEC的編集プロセスによって駆動されているという可能性は、これらのウイルスの短期的および長期的進化を理解する上で、きわめて重要な意味をもちます。

このようなC→U変異の偏りは、ウイルスにとって適応的価値のない(非淘汰性の)広範なアミノ酸変化(置換)を生みます。これは、中立的進化やダーウィン的進化の枠組みとは全く異なるものであり、分子疫学調査に用いられる標準モデルには適用できないものです。

宿主のAPOBEC的文脈で C→U 変異が起こるという発見は、抗レトロウイルス防御と知られてきた宿主主導のウイルス編集機構が、SARS-CoV-2にも強力に働いていることを証明しています。そして、非パンデミック性のヒトコロナウイルスに見られる顕著な塩基非対称性(U ≫ A > G ≫ C)低いG+C含有量は、宿主における長期の C→U 超変異の影響である可能性があり、SARS-CoV-2の変異の行方を占うものでもあります [2]。つまり、パンデミックを起こすようなSARS-CoV-2ですが、C→U 変異の蓄積により、いずれは通常のヒトコロナウイルス(いわゆる風邪ウイルス)になるという可能性が示唆されます。

しかし、従来のヒトコロナウイルスと異なることは、ワクチンや抗ウイルス剤の普及により、SARS-CoV-2の新型変異体の出現には薬剤耐性や免疫逃避という強い選択圧がかかっていることです。これは、単純に従来の C→U 変異の蓄積という面からのみ、ウイルスの行方は語れないものです。さらにパンデミックが長期化したことにより、ヒトー動物間のスピルオーバーが起きるようになり(→スピルオーバー:ヒトー野生動物間の新型コロナ感染)、共感染による組換えの頻度を高め [4, 5]、ウイルスの変異が複雑化しています。

いずれにしろ、まずは、SARS-CoV-2の変異の主因である宿主のRNA編集の機構と意義について精査し、より理解を深めことが必要です。

2. 最新研究でわかったこと

今年の4月に、プレプリントサーバー「リサーチ・スクエア」にきわめて興味深い論文が投稿されました [6]。米国南カリフォルニア大学の研究チーム、Kimらによるこの研究は、APOBECがSARS-CoV-2のRNA配列を直接編集して C→U 変異を発生させることができるかどうかを実験的に調べ、このような変異がウイルスの複製や子孫ウイルス生産に与える影響についても評価したものです。

まだ、最終審査前の段階ですが(6月の段階で major revision の審査結果)、本研究は、APOBECのサブファミリー(APOBEC1、APOBEC3A、APOBEC3G)によるSARS-CoV-2のRNA編集が C→U 変異を生み出すことを実験的に証明した最初の例として非常に価値が高いと思われます。

本研究の最も重要な部分は、A1+A1CF、A3A、A3GのAPOBECがSARS-CoV-2 RNAの特定構造部位を認識して編集しウイルスの複製と体力を強化する変異を引き起こす可能性があることが示されたことです。つまり、宿主酵素のウイルスに対する攻撃が、必ずしもウイルス活性を弱める方向には働かないということです。

このプレプリントの研究の重要性が高いためか、ウェブ記事 [7] としても紹介されています(図1)。

図1. 実験系でAPOBECによるSRARS-CoV-2のRNA編集を証明した研究を紹介するウェブ記事 [7].

以下、Kimら [6] の研究の概要を紹介します。

本研究では、RNA編集の実験系としてHEK293T細胞アッセイシステムを採用しました。すなわち、細胞にA1(+A1CF [補因子])、A3A、あるいはA3Gを組み込んだ「エディター」コンストラクト、およびSARS-CoV-2 RNAセグメント(200 nt)とeGFPレポーター遺伝子とを組み込んだコンストラクトをトランスフェクションし、APOBECを発現させて選択的C→U編集活性を調べました。このシステムでは、編集活性の程度をレポーター遺伝子の発現による蛍光強度で知ることができます。基質となるRNAセグメントは、5’ UTR-ORF1a、ORF1b [Nsp12]、スパイク (S) 遺伝子RBD部分、S遺伝子、E遺伝子、M遺伝子、N遺伝子に相当する7つ(各々200 nt)です。

RNAの配列解析にはSSS("error-free" safe sequencing system)法を用いました。APOBECで編集されたRNAセグメントをcDNAに逆転写し、それを鋳型として1度PCR増幅し、さらに次世代シーケンサー「イルミナ」(illumina)解析用にアダプターを付加してPCRを行ない、それをイルミナで解読しました。

その結果、3種のAPOBEC酵素は、選択されたRNA転写産物の異なるRNA部位において、さまざまな C→U 編集率を示すことがわかりました。A1+A1CF、A3A、およびA3Gの最も高い編集率は、それぞれ22.2%、4.6%、0.18%となりました(図2)。この編集効率は、コロナウイルスで従来報告されているランダム変異と比べると数オーダー高いことがわかりました。

APOBECによるRNA編集はランダムに起こるわけではなく、たとえばA1+A1CFは、ジヌクレオチドのACモチーフシリーズを標的にして効果的に編集することが示されました。一方、A3AはUCモチーフを標的にすることがわかりました。

しかし、UCやACモチーフだけで効率的に編集が起こるというわけではなく、これらのジヌクレオチドモチーフの周辺にあるRNAの構造が重要であることもわかりました。すなわち、A1やA3Aは、ステムループ(ヘアピン)構造を持つ特定のRNAのジヌクレオチドモチーフを好んで編集することが示唆されました(図2)。とはいえ、編集効率を高める二次構造や三次元構造については、さらなる研究が必要です。

図2. SARS-CoV-2 RNAにおいてAPOBEC編集の最も標的となりやすい配列部位の特徴. A1+A1CF(A)、A3A(B)、A3G(C)による編集度の高い上位3つのCサイト付近の配列の予測RNA二次構造(文献 [6] より転載). 各サイトの編集効率は、各パネルの上部に記載. 二次構造では、標的となるCサイトを赤で、標的Cサイトの-1位置をそれぞれ、Aは緑、Uはピンク、Cは青で色付けしている. パネルAでは、A1+A1CFの提案された canonical mooring 配列(空色でハイライト)は、Cの下流に比較的高いU/A/G含量を含んでいる.

この研究で示されたもう一つ重要なことは、臓器や組織によってAPOBECの種類の発現レベルが異なることとヌクレオチドモチーフとの関係です。自然感染したヒトの細胞や臓器では、A1+A1CFやA3Aは発現していますが、A3Gは発現していません。A3Aの発現は、SARS-CoV-2感染により促進され、肺上皮細胞で起こります。一方、A1(補因子-A1CFとRBM47を含む)は肺での発現はみられず、自然感染した場合に下部消化管や肝臓で発現します。

今回の研究では、ACモチーフ上のA1+A1CFの編集効率は、UCモチーフ上のA3Aよりもはるかに高いことが示されました。さらに、データベースから得られるSARS-CoV-2変異体の配列解析でも、先行研究の結果どおりに、UCモチーフの変異(31.2%)よりもACモチーフの変異(38.3%)が高いことが示されました。

これらの結果は、患者由来のSARS-CoV-2ゲノムにおけるACからAUへの変異の多くは、感染に伴う小腸や肝臓でのA1+A1CFを介したRNA編集により引き起こされる可能性があることを示しています。A1によるACからAUへの編集には、補因子であるA1CFが必要ですが、この補因子はウイルスRNAとの相互作用が確認されています。したがって、これらの補因子はA1を利用して、感染宿主細胞内のウイルスRNAを標的としている可能性があります。

この実験では、3つのAPOBECがウイルスの複製と子孫の生成に与える影響についても解析しました。その結果、脱アミノ化とは関係ない増強効果も否定できないものの、A3Aがウイルスゲノムを変異させるデアミナーゼ活性を持つことが、プロウイルス生産に重要な役割を果たすことがわかりました。

 C→U 変異の大部分はウイルスにとって有害であるため、おそらく失われる一方、ウイルスの生存を高めるわずかな変異が選択され、より新しい株が生成されると考えられます。つまり、SARS-CoV-2は、宿主のAPOBEC変異防御機構によって進化していることになります。ウイルスRNAの複製、タンパク質の発現、宿主の免疫反応の回避、受容体の結合と細胞への侵入など、ウイルスにとってポジティヴない意味で変わり得る可能性があります。

A3Aを介した変異が、ウイルスの利益のために利用することが示されたのがU241変異です。今回の実験で、A3Aによる5’ UTR-ORF1aセグメント(この部分は遺伝子をコードしていない)の編集において、UC241よりもUC203がより多く選択されることがわかりました。ところが、2020年からのパンデミック開始以来、データベースから得られるウイルスのこの部分の変異は、逆にUC203よりもUC241をより選択していることがわかりました。すなわち、UC241の変異の大部分が、ウイルスの体力増強のために選択されたことが推察されます。

いまウイルス変異体が、ワクチン接種の有無に関わらず世界中で流行し続けていることや、広範な抗ウイルス剤の使用により、ウイルスの変異には多大な選択圧力がかかっています。したがって、APOBECの標的位置の変異予測解析は、懸念される新しい変異体や薬剤耐性変異体の出現を予測するのに役立つと思われます。

2. スパイク遺伝子

中国の研究チーム、Liuら [8] は、スパイク(S)遺伝子がSARS-CoV-2の全遺伝子の中で高い変異率を持っている謎について、宿主のRNA編集が関わっていることを報告し、RNAの構造が影響していること示唆しました。

RNAの複製において、RdRPはウイルスRNAに沿って移動し、ヌクレオチドごとに反対側の鎖を合成しますが、S遺伝子のような一本鎖のRNA領域はRdRPの動きを速くし、二本鎖のRNA構造はRdRPの動きを阻害します。一般に、合成速度が速いほど、エラー率が高くなる可能性があり、S遺伝子はエラーを起こしやすいと考えられます。

しかし、S遺伝子の本質的に高い複製エラー率を持っているとしても、RNAの脱アミノ化による置換率よりもはるかに低く、ゲノムの突然変異プール全体にわずかに寄与しているに過ぎません。ADARを介した A→I 脱アミノ化、あるいはAPOBECによるC→U脱アミノ化を考える必要があります。この観点から、研究チームはS遺伝子の脱アミノ化の機構について検討しました。

SARS-CoV-2とコウモリ由来の類縁ウイルスRaTG13の間で、固定同義置換変異の発生状況を解析し、データベースから得られる数百万のSARS-CoV-2株の中で、多型同義部位のDAF(derived allele frequency、対立遺伝子頻度)をプロファイリングしました。その結果、固定変異、多型変異ともにS遺伝子が他の遺伝子より高い変異率をもつことがわかりました。そして、変異の大部分は C→U であり、従来提唱されていた A→I の脱アミノ化ではなく、APOBECを介した C→U の脱アミノ化であることが示唆されました。

S遺伝子は他のSARS-CoV-2遺伝子に比べて、二次構造的に一本鎖である可能性が高いことがin silico 解析とin vivo 系の両方で示され、APOBECがssRNAを好むということと一致しました。

結論として、S遺伝子は二次構造上一本鎖であるため、APOBECによるC-U脱アミノ化の標的となりやすく、他のSARS-CoV-2遺伝子と比較して変異率が非常に高くなるとしています(図3)。

図3. Liuらが提唱するモデル(文献 [8] より転載). (A)S遺伝子が特異的に高い変異率を持つというモデル: S遺伝子はssRNAである可能性が高く、APOBECの標的となりやすくCからUへの脱アミノ化が起こる. SARS-CoV-2 RNAの「編集長」は、ADARではなくAPOBECである. (B)APOBECを介した C→U 脱アミノ化は、2つのウイルス種間の分岐時間の推定に強く影響する. (C)RdRPは、S遺伝子の複製エラー率を高くする原因ともなりうる. (D)それでも、複製エラーの寄与は、RNAの脱アミノ化に比べれば、わずかなものである.

Liuらの報告 [8] は、一見、前出のKimらの報告 [6] と矛盾します。前者では二次構造上の一本鎖になりやすい(ステムループをとりにくい)RNAがAPOBECの標的になりやすく、これがS遺伝子の変異の多さに繋がっていると考察しています。一方、後者ではステムループ構造上のジヌクレオチドモチーフがAPOBECに狙われやすいことを指摘しています。ただ、ヘアピン構造でも標的になるのはステム部分ではなく、ループ上の、あるいはそれに近い一本鎖部分なので、APOBECの基質としては問題ありませんが。

また、Liuらの報告では、S遺伝子を標的としたワクチン(mRNA生物製剤)の普及に伴うウイルスの免疫逃避の選択効果になっていることには全く触れていません。現在の変異体におけるスパイクタンパク質の変異の多さは、ワクチンの淘汰圧が多少なりとも影響していることは確かでしょう。さらに、オミクロンにおけるS遺伝子の変異の多さが組換え起源であること [4, 5] については言及されていません。

Liuらは、ウイルスの感染率と病原性の反相関理論について触れています。感染症の致死率が高ければ伝播しにくいというのは、言わば結果論の帰結による考え方です。一方、現在流行しているオミクロンの致死率は、伝播ー致死関係の閾値よりはるかに低いものです。したがって、感染力の強いオミクロン変異体は、感染力が強いから毒性が弱まっていくというのではなく、C→U 脱アミノ化によって「毒性変異」を獲得し、世界に拡散するチャンスがまだ多く残っているということを述べています。

この例として、Liuらは、中国上海でみられた致死率3%前後(2022年4月25日~28日)の流行に触れ、感染率が高いからと言って、必ずしも病原性が低いとは限らないと述べています(この流行全体としては致死率0.2%)。したがって、SARS-CoV-2の宿主因子の変異を減らすためには、やはりウイルス伝播を防ぐことが有効なアプローチであり、反相関理論にこだわっても、パンデミックの抑制にはつながらないと強調しています。

おわりに

A3Aを含むいくつかのAPOBECは宿主の抗ウイルス因子と考えられていますが、リサーチ・スクエアに投稿されたKimらの研究 [6] は、A3AによるSARS-CoV-2のRNA編集がウイルスの複製/増殖を促進することを明らかにしています。これらの結果は、SARS-CoV-2がAPOBECを介した変異を、進化的に体力維持・増強に利用できることを意味します。

2年前の論文 [2] では、SARS-CoV-2は C→U 変異の蓄積により、いずれは通常の風邪ウイルスになるという可能性が示唆されましたが、そんな単純なものではなさそうです。Liuら [8] も述べているように、宿主因子による C→U 変異が強毒性獲得の方向に働き、そのようなクローンを選択的生残・拡散させる可能性も大いにあるのです。

データベースにあるSARS-CoV-2ゲノムのACモチーフの変異が高いことは、感染者の体内でのウイルスの消長に関連して興味深いものと言えます。つまり、ウイルスは患者の肺や上気道よりも小腸や肝臓でより長期間残存し、そこでA1+A1CFを介したAC→AU変異を受けており、さらに伝播・拡大していることを想像させるものです。患者が回復し、咽頭スワブ液や唾液などではPCR検査陰性であっても、実は小腸などに長期間ウイルスが潜んでいる可能性があるわけです。

RNA複製や活性酸素によるランダムな変異とは異なり、APOBECによる脱アミノ的変異は、SARS-CoV-2ゲノムRNA上の有限な数として存在するUC/ACモチーフの存在に依存します。つまり、APOBECによって編集されるコード領域と非コード領域の両方の可能な標的C部位をすべて予測することが可能であることを示唆しています。上述したように、こうしたモチーフの位置と数に基づく変異予測解析は、潜在する新たなウイルス変異体や免疫逃避・薬剤耐性株の出現を予測する上で有意義と考えられます。

引用文献

[1] 黒田誠: SARS-CoV-2ゲノミクスとサーベイランスへの応用. ウイルス 70, 147–154 (2020). http://jsv.umin.jp/journal/v70-2pdf/virus70-2_147-154.pdf

[2] Simmonds, P.: Rampant C→U Hypermutation in the genomes of SARS-CoV-2 and other coronaviruses: Causes and consequences for their short- and long-term evolutionary trajectories. mSphere 5, e00408-20 (2020). https://doi.org/10.1128/mSphere.00408-20

[3] Zhao, M. et al.: Nothing in SARS-CoV-2 makes sense except in the light of RNA modification? Future Virol. published online 19 July 19, 2022. https://doi.org/10.2217/fvl-2022-0043

[4] Ou, J. et al. Tracking SARS-CoV-2 Omicron diverse spike gene mutations identifies multiple inter-variant recombination events. Sig. Transduct. Target Ther. 7, artcle number 138 (2022). https://doi.org/10.1038/s41392-022-00992-2

[5] Wang, L. et al.: Potential intervariant and intravariant recombination of Delta and Omicron variants. J. Med. Virol. 94, 4830–4838 (2022). https://doi.org/10.1002/jmv.27939

[6] Kim, K. et al.: The roles of APOBEC-mediated RNA editing in SARS-CoV-2 mutations, replication and fitness. Research Square. Posted April 5, 2022.  https://www.researchsquare.com/article/rs-1524060/v1

[7] Saha, N.: Study explores role of APOBEC-mediated RNA editing in SARS-CoV-2 fitness. News Medical Life Sciences April 14, 2022. https://www.news-medical.net/news/20220414/Study-explores-role-of-APOBEC-mediated-RNA-editing-in-SARS-CoV-2-fitness.aspx

[8] Liu, X. et al.: Rampant C-to-U deamination accounts for the intrinsically high mutation rate in SARS-CoV-2 spike gene. RNA 28, 917–926 (2022). https://rnajournal.cshlp.org/content/28/7/917.long

引用した拙著ブログ記事

2022年3月9日 スピルオーバー:ヒトー野生動物間の新型コロナ感染

2021年10月31日 流行減衰の原因ーウイルスが変異し過ぎて自滅?

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

カテゴリー:ウイルスの話

全数把握見直しをめぐる混乱と問題

はじめに

日本における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の新規陽性者は、7月終わり頃から20万人を超える日が多くなり、入院患者と自宅療養者の数は200万人近くに達し、医療崩壊に至りました。それに伴い、新規陽性者数の全数把握の作業の過重負担が問題化し、為政者や医師会などからもこの作業を見直し意見が出るようになりました。

COVID-19は、感染症法上、医師が直ちにすべての感染者の発生を保健所に届け出る必要があります。この発生届けにオンライン入力システムであるハーシス(HER-SYS)が使われています。しかし、この入力作業が医療現場や保健所自身の負担となり、すでに破綻しているとして、東京都医師会の尾崎治夫会長は見直しを求め、全国知事会の平井知事もさらなる入力緩和策を訴えていました [1]

すでに政府は、全数把握を見直すことを決定しましたが、この一連の流れでいささか混乱も生じています。そして、この国が抱えている感染症対策の根本的な問題点もあらためて露呈しているように思います。この問題が根底にあることで、第7波で流行で被害を拡大していることも理解できるような気がします。このブログ記事でその問題点を考えたいと思います。

1. 全数把握見直しのドタバタ

全国知事会は、8月22日、COVID-19感染者の全数把握をめぐって、早急の見直しと地域の状況に応じた届け出対象を設定する仕組みの導入などを政府に求める緊急提言をまとめました [2]。会長の鳥取県平井知事は「全数把握にこだわりすぎて、医療機関や保健所が崩壊しかけているという危機感がある」、「対策を転換し、重症者をフォローする対策に移行すべきだ」と述べました。

これを受ける形で岸田文雄首相は、8月24日、オンライン会見上で、全数把握の見直しに言及しました [3]。すなわち、感染拡大で保健所などがひっ迫した地域では、都道府県の判断で全数の発生届を高齢者らに限定できるようにする方針を明らかにしました。この政府による見直しを今朝のテレビの情報番組が伝えていました(図1)。

図1. テレビの情報番組が伝える政府の全数把握見直し方針(2022.08.27. 日本テレビ「ウェークアップ」より).

ところが、岸田首相の全数把握見直しの方針に、今度はそれを要求していたはずの全国の知事から戸惑いの声も聞かれるようになりました。なぜなら、おそらく全国一律の変更方針を期待していたと思われる知事らに対して、岸田首相の発言は「都道府県の判断で変更できる」という自治体任せの方針になっていたからです。自治体の判断となると、今度は全数把握から外れたところで重症者や死亡が出てくると自治体の責任になります。

全数把握見直しの急先鋒であった神奈川県黒岩知事も、政府の方針を歓迎しながらも、見直しの責任が自治体に被さってくることの警戒感からか、あるいは県独自に進めている自宅療養制度と矛盾が発生するためか、課題があるとして全数把握の見直しを行なわないと述べました(図2)。東京都、和歌山県島根県などは今のところ全数把握を維持すると表明しています。

図2. テレビの情報番組が伝える政府の全数把握見直し方針に対する神奈川県の反応(2022.08.27. 日本テレビ「ウェークアップ」より).

政府は「行動制限なし」や基本的に国民の自己責任に依存した感染対策など、普段から責任をとらない丸投げ方針が得意なのですが、今回の全数把握見直しもそのラインでの発言だったと思われます。さすがに、丸投げという批判を恐れたのか、岸田首相は今日になって全数把握見直し 今後全国一律で行なうことを表明しました [4]

とはいえ、今回のドタバタ劇の顛末は、全数把握の意義をすっ飛ばした、どうにもならなくなった作業の負担軽減のためのルール変更という、本末転倒の議論の結果にしか過ぎません。これは、上記の「全数把握にこだわりすぎて、医療機関や保健所が崩壊しかけているという危機感がある」という平井知事の発言に象徴されます。

2. 全数把握の意義

では全数把握にはどんな意義があるかみていきましょう。全数把握には、大きく分けて防疫流行把握)と医療(患者の管理)という二つの側面での意義があります。そもそも、平井知事が言う「全数把握にこだわりすぎて」という性質のものではないのです。逆に言えば、日本は全数把握のデータをうまく活用できないために、いたずらに感染拡大を許し、医療崩壊に至り、過去最悪の犠牲者数になろうとしているのです。

日々の新規陽性者数は流行の先行指標としてきわめて重要であり、感染者数の増減とそのスピードを分析しながら、いつ、どの程度の規模の流行になるか、いつ減衰するかということを予測しながら、必要な検査資源、治療薬、病床数を用意していくわけです。為政者はこの情報に基づいて、必要な医薬的、非医薬的介入のタイミングを図り、公衆衛生的取り組みの導入・強化を判断します。

また、リアルタイムの全数把握と同時にあるいは付随して、ウイルス変異体の解析が行なわれます。その結果、ウイルスの伝播力はどの程度か、重症化リスクは高いのか低いのか、そしてどの程度致死的であるかなどの判断も可能となります。

これらの分析が的確に行なわれないと、あるいは情報が得られなくなると、早期検査、早期診断、早期治療が難しくなり、政府の介入のタイミングがずれ、いたずらに感染者数と患者数を増やすことになります。その結果、医療ひっ迫、医療崩壊に繋がり、さらには犠牲者を増やしていくことになります。日本はこのような防疫上の全数把握の重要性について、専門家も為政者も意識が希薄であり、上記のように、この意味で全数データを十分に活用できているとは思えません。結果として感染者を爆増させ、医療崩壊に至りました。

防疫上の全数把握の重要性について、いかに医療専門家の意識が希薄であるかという例を、昨日NHKのニュースで国立病院機構三重病院の谷口清洲院長の発言にみることができました。「(全数ではなく)定点でみたとしてもその代表性が保たれる」という発言がそれです。これについて、私は即座に以下のようにツイートしました。

次に、全数把握の医療面での意義として、患者の健康状態を把握・管理し、適時医療に繋げるという機能があります。入院患者のみならず、自宅療養者についても全員のデータが記録されているからこそ、病状変化に応じた適切な処置が可能になるのです。民間保険への申請においても、入院、罹患、療養等に関するこの記録がベースになります。

健康状態のモニターという面では、従来の概念の重症化というプロセスを経ないで、軽症から急速に死亡に至るオミクロン変異体の場合は特に重要です。たとえば、全数把握をやめ、重症化リスクの高い患者を重点的に把握するとなると、補完的システムが新たに創られないい限り、そこから外れた軽症患者はモニターされなくなります。その結果、軽症者が急速に重篤化したり全身衰弱したりして、最悪死亡するというリスクが回避できなくなります。

全数把握をやめた場合のもう一つの問題として、長期コロナ症(long Covid)の実態が分かりづらくなるという点が挙げられます。COVID-19パンデミックの特徴の一つは、感染者がかなりの割合で長期コロナ症(いわゆる後遺症)になることです。

米国においては18歳から65歳までの現役世代の感染者のうち、1,600万人が長期コロナ症であると報告されています [5]。そして、400万人が失職して人手不足に陥った結果、年間23兆円の損失になっているとブルーキングス研究所は報告しています。米国のこの状況は、昨日のテレビ朝日「モーニングショー」でも紹介していました。

3. 重症者と死亡者

繰り返しますが、日本は先行指標として新規感染者数(全数把握)のデータをうまく活用してきたとは思えません。その一つの現れが、「感染者数よりも重症者数、医療ひっ迫が重要」という言わばプロパガンダ的な言述です。このフレーズを好んで使ってきたのが政府や分科会の尾見茂会長です [6, 7, 8]。テレビでお馴染みの医療専門家の多くも、重症者や重症化率を重視という立場をとってきました。そしてテレビをはじめとするメディアは、「重症者数が重要」とオウム返しのように追従してきました。

重症者数や医療ひっ迫が重要と言いながら、時間的に先行する感染者数を軽視してしまうと、結局対応が後手後手になり、医療ひっ迫させてしまうということに気づくべきです(→政府分科会が示した感染症対策の指標と目安への疑問遅すぎたそして的外れの"感染再拡大防止の新指標"の提言)。そして、ウイルス変異体や病態、ワクチン接種の状況によって、重症化、致死のプロセスも多種多様化することを認識すべきでしょう(→オミクロンは軽症なのになぜ病院をひっ迫させるのか?)。

今の重症者の基準は、少なくとも肺炎を起こし人工呼吸器やECMOを装着されている患者ということになります(図3)。これはデルタ変異体以前の病態に合わせて作られた基準であり、オミクロン変異体の実態には全く即していません。今のBA.5では、軽症状態から持病が悪化したり、脱水や全身症状で容態が急変して亡くなるという例が大多数です。このため、毎日重症者ほとんど増えないにもかかわらず、300人前後が亡くなるということが起こっています。

図3. テレビの情報番組が伝える重症者の定義(2022.08.27. 日本テレビ「ウェークアップ」より).

専門家やメディアがつくり出した「重症者が重症」、「オミクロンは軽症」という風潮は、オミクロン変異体への警戒感を弱めるのに十分に貢献したと思われます。その結果、大きな被害を出したのが第6波であり、そして第7波でその上積みを行なおうとしているわけです。

先行指標としての感染者数データを活用できず、相変わらずの検査資源不足でオンライン診療も無料検査も充実していない日本では、第7波流行と医療崩壊は起こるべくして起こったと言えます。図4に示すように、最新のBA.5流行で最悪の感染者数と死亡者数を出している日本は世界でも希有な国です。図4では、比較のために世界平均と人口規模と島国ということで類似するフィリピンのデータを示してありますが、それらと比べても日本の突出ぶりが著しいです。リアルタイムの人口比(100万人当たり)の死者数(死亡率)では、豪州と並んで日本は世界最悪となっています。

図4. パンデミック期間の日本の100万人当たりの感染者数と死者数の推移(世界平均およびフィリピンとの比較、Our World in Dataより転載).

4. 国民にとって何一ついいことはない

上記のように、全数把握の見直しは、医療現場の作業の負担軽減のためのルール変更という以上のものではなく、一般の国民にとっては何一つメリットはありません。国民に直接関わる大きなデメリットの一つは、コロナ陽性になったときに、軽症であれば公的な健康観察の対象から外れるということです。

このほかにも、配食サービスや療養証明書の発行なども全数把握に紐づいていますから、見直しとなればこれらのサービスもなくなります。さらには、保険金給付の対象も限定されてくるでしょう。おそらくは、全数把握の見直しに伴い、カウントは65歳以上の高齢者、重症患者、妊婦などに限定されるでしょうから、自宅療養などのいわゆる「みなし入院」では、保険金給付もなされなくなる可能性があります。

おわりに

全数把握見直しをめぐる混乱と顛末をみるにつけ、日本では先行指標としての感染者数の重要性に対する意識がきわめて低いことが改めてわかりました。防疫上のこの先行指標をうまく活用できないために検査、診療が遅れ、適切な感染対策の介入ができず、いたずらに感染拡大させ、医療崩壊に至るということが起こっています。すると、感染拡大のために全数届けの作業に負荷がかかり、どうにもならなくなって、今度は全感染者数を記録する作業自体をやめるという本末転倒のことが起ころうとしています。

要は、全数把握という仕事の現行キャパシティ以上に感染拡大をさせない、あるいは想定できる感染規模に対応できるようなシステムの効率化(ハーシス入力項目の簡略化、労力の分散化、流行把握と患者管理の分別化など)が求められていたにもかかわらず、そのどちらもできていなかったということが露呈したわけです。以前のブログ記事(コロナ禍の社会政策としてPCR検査)で指摘したように、ハーシスについて言えば、健康保険証番号で一元管理すれば入力作業は軽減できたはずです。加えて、防疫上の感染者数把握の重要性や、オミクロンの病態に対する知事らの理解が希薄であることも、あらためてわかりました。

全数把握をやめるとどうなるかは英国の例を見るとよくわかります。テレビでは英国について「マスクを着けていない」とか「日常を取り戻している」とか表面的な報道をしていますが、これは日英両国民が「知らぬが仏」状態であって、パンデミックの実態は依然として脅威であることには変わりないのです。英国の知人の微生物学、ウイルス学の専門家に尋ねても、異口同音にそのような答えが返ってきます。

英国は半年前に全数把握をやめたために、流行状況を入院者数と死者数からのみ判断せざるを得なくなりました。感染して発症しても重篤既往症、高齢者等などの条件で認定患者にしてもらわないと検査が受けられませんので、市販の抗原検査で済ませる場合がほとんどです。これはもちろんカウントされません。100万人当たりの死者数は日本と同等かやや下回る程度であり、おそらく日本に近い感染者数が発生していると思われます。そして、米国と同様に [5]、多数の長期コロナ症の人たちが発生し、社会問題化しています。

政府は重症化リスクのある感染者を従来どおり記録し、軽症者は年代ごとの全数でまとめる方針を示しています。これでオミクロン変異体の病態に対応できるのでしょうか。これまでの「感染者数よりも重症者数が大事」、「オミクロンは軽症」の固定観念から抜け出しきれていないと思います。依然としてパンデミック下でありながら、もし全数把握をやめてしまうと、もう元に戻れないでしょう。もともと日本は防疫対策がきわめてお粗末な上に、全数のデータがないとどうなるでしょうか。考えただけでも恐ろしくなります。

引用記事 

[1] NHK首都圏ナビ: コロナ感染者の全数把握 医師会「すでに破綻」国も見直し検討. 2022.08.17. https://www.nhk.or.jp/shutoken/newsup/20220817b.html

[2] NHK WEB NEWS: 全国知事会 新型コロナで緊急提言 “全数把握見直し柔軟に”. 2022.08.23. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220823/k10013783411000.html

[3] 産經新聞: 岸田首相、全数把握の見直しを正式表明. 2022.08.24. https://www.sankei.com/article/20220824-LU46QBUL5NPL7OEL5QNNR6BNEM/

[4] NHK WEB NEWS: 岸田首相 新型コロナ 感染者の全数把握見直し 今後全国一律で. 2022.08.27. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220827/k10013790701000.html

[5] Smith-Schoenwalder, C.: Report: 16 million working-age Americans have long COVID, keeping up to 4 million out of work. U.S.News August 25, 2022. https://www.usnews.com/news/health-news/articles/2022-08-25/report-16-million-working-age-americans-have-long-covid-keeping-up-to-4-million-out-of-work

[6] nippon.com: 宣言解除「医療逼迫を重視」=新規感染者数よりも―尾身会長. 2021.08.17. https://www.nippon.com/ja/news/yjj2021081701214/

[7] SankeiBiz: 政府がコロナ指標を見直しへ…新規陽性者数より重症者数 緊急事態発令基準も. 2021.08.19. https://www.sankeibiz.jp/macro/news/210819/mca2108191943014-n1.htm

[8] 小川洋輔:「感染者微増でも解除していい」尾身会長. 医療維新. 2022.03.11. https://www.m3.com/news/iryoishin/1025461

引用した拙著ブログ記事

2022年2月1日 オミクロンは軽症なのになぜ病院をひっ迫させるのか?

2021年4月15日 遅すぎたそして的外れの"感染再拡大防止の新指標"の提言

2020年9月25日 コロナ禍の社会政策としてPCR検査

2020年8月8日 政府分科会が示した感染症対策の指標と目安への疑問

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

ウィズコロナの不平等リスクが顕著化した日本

はじめに

オミクロン変異体BA.5亜系統による第7波流行は、不幸にして急拡大し、犠牲者を増やし続けています。これは、ウィズコロナ戦略における不平等リスクが、政府、為政者の不作為によって、そして担当専門家による認知バイアスによって顕著化した結果と考えられます。このブログ記事でそれを説明しながら、現況を考察したいと思います。

1. 不平等リスクとは

ウィズコロナの不平等リスクとは、一つ目が個人の経済面での不平等、二つ目は病気が社会に及ぼす影響の偏り、そして三つ目として病気が個人に及ぼす影響の偏りを含むものです。つまり、COVID-19はすべての人たち、社会分野、業種などに均等に悪影響を及ぼしているのではなく、経済的弱者や病気の面での脆弱者により集中的に悪影響を及ぼしているということです。

英国の健康財団(Health Foundation)のデビッド・フィンチ(David Finch)は、ウイルスの蔓延を抑えるために一般人に個人的な責任を期待することは、経済的支援が不十分な多くの人々が感染したまま社会に出てしまう危険性を無視していると述べました。英国のウィズコロナ戦略は、COVID-19がこれまでに社会全体に及ぼした不平等な影響と、"コロナとともに生きる "ことによる不平等なリスク(unequal risks from ‘living with covid")を認識すること、およびそれに備えることに「失敗している」と主張しています [1]

経済的不平等リスクの面から言えば、日本では国民全員に10万円給付などの事例はありましたが、経済的弱者である人たちや経済基盤が脆弱な中小企業に対する経済補償、経済支援は十分であるとは言い難い状況です。パンデミック期間で日本全体で自殺者が増加した傾向は見られませんが、女性や若い人に限ってみると増加の傾向があるという報告があります [2] 。その理由として、自殺者が増えていない他の国で十分な支援が受けられている一方、日本では経済的弱者に支援が行き届いていないのではないかと指摘されています。

経済的弱者は、生活のためには、たとえ感染リスクが高い場合においても働かざるを得ない状況にあります。この面で、経済的弱者の支援と公衆衛生対策は一体化したものと考えるべきでしょう。

SARS-CoV-2感染は、多くの無症状者や症状の軽い(いわゆる季節性インフルエンザ並みの)人たちを生じる一方で、病気のリスクは高齢者、基礎疾患を有する人、免疫不全者等の脆弱者に対して著しく高くなることが知られています。このパンデミックの対策の焦点は、当初からこれらの脆弱者対策であり、オミクロン流行になった現在でも変わりません。米CDCも、これらの脆弱者のリスクを最小化するのが肝だと言っています(→COVID-19インパクトの最小化ー米CDCガイドライン)。

日本の高齢化率(65歳以上の全人口に占める割合)は28.7%で世界トップであり、2位のイタリア(23.6%)を大きく引き離しています。他のG7諸国では、順に、6位ドイツ(22.0%)、14位フランス(21.1%)、30位英国(18.9%)、31位カナダ(18.6%)、39位米国(17.0%)と続いています [3]

この意味で、日本は最もコロナ対策に気をつけなければいけないはずですが、残念ながら第7波で死亡者数を急拡大しており、現在、死亡者数、死亡率ともに世界上位クラスになっています(図1)。

図1. 日本、韓国および欧米先進国におけるCOVID-19の死亡者数(上)および死亡率(人口比死者数、下)の推移(Our World in Dataより転載).

一方で、英国は高齢化率で世界30位という比較的低い水準なのに、日本と同様、死亡者という指標で世界のトップクラスに名を連ねています。これは、後述のように、ウィズコロナの不平等リスクが規制全面解除によって顕著化した例だと考えられます。

2. 不平等リスクの無理解

2-1. 重症者重視というバイアス

新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾見茂会長や医療専門家たちは、事あるごとに感染者数よりも「重症者数が重要」と言ってきました。私はこれを聞いていて、全く不適切な発言だと感じてきました。なぜなら、パンデミック対策は、先行指標としての感染者数を把握しながら、脆弱者に対するその影響をどれだけ最小化するのが最重要であり、この面からみると「重症者が重要」というのは的外れの感があるからです。

重症者は感染流行に遅れて生じることは周知の事実であり、重症者の病態も患者によって、そして流行るウイルス変異体によっても変わってきます。重症者だけに目が囚われていると対策が遅れ、かつ一定の基準で重症者が括られることにより、さらに被害の実態からかけ離れた判断ミスになってしまうのです。

今の重症者の基準は、デルタ以前の肺炎を起こして人工呼吸器やECMOを装着された患者に基づいています。政府系分科会や自治体のアドバイザリー委員会が「重症者が重要」と言えば、行政はその基準(定義)に基づいてしっかり重症者をカウントします。ところが、この基準から外れれば、どれだけ重篤化しようが重症者ではないということになってしまいます。

今朝のテレビ番組では、この乖離の実態が示されていました。すなわち、大阪府の第6波以降(オミクロン流行)の死者数2168人の死亡割合を見ると、約9割が軽症、中等症から発生しており、重症者は1割にしか過ぎないのです。

図2.

図1で示した日本における死亡者数の急増が、この判断ミスから起こっているとしたら恐ろしいことです。テレビで顔なじみの専門家が、医療現場に見合った重症者の基準をきちんと修正し、かつ先行指標である感染者の全数把握に基づいて、脆弱者対策をとるように提言していれば、これほどの死亡者急増にならなかったかもしれません。

重症化予防の薬としてはモルヌピラビルパクロキッドがあり、高齢者感染者や基礎疾患を有する感染者に使うことができますが、実際には投薬のタイミングと制限の問題を抱えています。これらは発症から5日以内に処方するというのが条件ですが、このためには、たとえ軽症であったとしても早期の検査と診断が必要なのに、医療崩壊の中で必ずしもうまくいっていません。しかも、これらは国が管理している薬であり、発熱外来のどこでも使えるというものではありません。

現実は、重症者が大事と言いながら、不平等リスクの一つである「脆弱者は誰か」ということ真に目が向けられず、医療面でもうまく対応されていないということになるでしょう。

2-2. 専門家の認知バイアス

担当専門家は、悪化する感染状況に対しては、有効な対応策の提言の必要性に迫られます。このようにして、一生懸命考えようとした結果、かえって脳の誤作動(バグ)が起こったり、想定外のことが重なったり、逆境に追い込まれるとあらぬ方向へ結論を導いたりします。

このような認知バイアスと思われることが、政府系専門家でも起こっています。先日、専門有志は「新型コロナの出口戦略」に関する提言(いわゆる阿南提言)を行ないましたが、どこをどう勘違いしたのか、このパンデミック下で最悪の流行状況にあるにもかかわらず、COVID-19を「当たり前の病気」として考えるエンデミックへの道筋を提示したのです。

COVID-19がエンデミックになるという科学的根拠は依然としてありませんし、欧米が先んじて導入した全面解除のウィズコロナ戦略を真似しても、自動的にエンデミックになるはずもありません。先進国の選択を無批判に無防備状態で導入しても、日本がうまくいくはずもなく、ますます被害拡大させるだけでしょう(→起こるべくして起こった医療崩壊、そして専門家有志提言の無味乾燥感)。

この阿南提言には、そもそもパンデミックという概念が抜けているので、COVID-19の脆弱者や不平等リスクについては、全く念頭にないようです。

海外でも、全面解除で感染制御なしになっている英国と、依然として脅威として考えている米国(→COVID-19インパクトの最小化ー米CDCガイドライン米CDCガイドラインとwithコロナ)の間でも見解、路線の差があります。

このような専門家による認知バイアス、意図的な誘導、誤謬等によって、政府、社会、メディアに大きな影響を及ぼしていると言えるでしょう。あちこちから聞こえてくる「コロナは軽症」、「季節性インフルエンザ並み」、「2類から5類へ」、「全数把握とりやめ」などの声は、この影響を受けたものですが、いま喫緊の課題である第7波感染拡大の抑制には何の役にも立ちません。

2-3. 政府と為政者の勘違い

過去のパンデミックの中で最悪の流行波を迎える段階で、全面規制解除をした国はありません。ロックダウンをするなり、何らかの部分的な非医薬的介入と公衆衛生の取り組みを行なって対処してきました。一方で、日本は過去最悪のBA.5流行になっているのに、岸田政権は行動制限なしという方針を打ち出しました。何というチグハグさでしょう。各国が規制緩和する中で、自分たちもそれで行けると勘違いしたのでしょうか。

第6波と比べて第7波は2倍以上の新規感染者数の発生になっています。この違いは何でしょうか。もちろん、それぞれ流行の主体がBA.1/2型とBA.5型というオミクロン亜系統の違いがありますが(伝播力が後者が前者の1.3倍)、それだけでこの感染者数の開きがあるとも思えません。

大きな違いは政府や自治体の介入の差があります。政府は今年1月9日からの沖縄、山口、広島の3県を皮切りにまん延防止等重点措置を適用し、最終的に対象地域は36都道府県まで拡大しました。加えて県によっては非常事態宣言が発出されました。介入の効果が定かでないと言われるこれらの措置ですが、それが発出されたことによる人々の行動変容や行動自粛に多少なりとも影響した可能性があります。

それが第7波では何も行動制限がないわけですから、ウイルスに広がって下さいというようなものです。各地で大規模音楽コンサート、花火大会、お祭りのイベントも開催され、感染が広がったこともちらほらニュースになっています。感染者がでない方がおかしいわけで、逆にニュースにならない方が追跡不作為、情報隠蔽を疑ってしまいます。今は医療負荷を極力避けなければいけないのに、結果としてこれらの非日常的活動が追い負荷をかけることになっています。

若年世代で感染が蔓延し、それがリスクが高い高齢者に伝わっていくということを考えれば、これらのイベントの中止や縮小規模開催、人々の県外移動などの自粛を政府がよびかける手段もあったのではないかと思われます(もちろん緊急事態宣言の発出という手もあるわけですが)。介護施設や高齢者施設などにおけるサーベイラインスや高齢者が同居する家庭に対する注意喚起など、いくらでも対策をとることができたはずです。しかし、やっていたことは「野外ではマスクを外しましょう」という大キャンペーンです。

都道府県の知事の対応もおかしいです。第6波で犠牲者が続出した経験が全く生かされていません。たとえば、大阪府は、第6波流行の際、診断から死亡までの期間が従来に比べて短くなっていることを報告しました(→短期間での重篤化・致死はオミクロンの特徴?–その2)が、従来の基準で言う重症化のプロセスを経ないで亡くなっている人が多いことを示唆していました。吉村洋文知事も記者会見でこれに触れていました。にもかかわらず、大阪府は第7波でまた同じことを繰り返し、多数の犠牲者を出しています。

そして、全国知事会や医師会などから出てくる声と言えば、いかにして感染拡大を抑えるかということではなく、その身替わりとして「2類相当見直し」とか「全数把握見直し」とか、ルール変更に関することばかりです。

2-4. メディアの偏向報道ー英国の例

日本のテレビの偏向報道プロパガンダ風の報道は、政府や為政者のコロナ対策の不作為を後押しする形になっています。普段から「コロナと共存」とか「コロナとの共生」などのフレーズを盛んに使いながら、ウィズコロナの不平等リスクという本質を見えなくさせる負の役割を果たしてきたと言えます。

昨日のテレビ朝日報道ステーション」でも英国の特派員の報告を取り上げ、市民は「マスクをしていない」、「風邪のようなもの」と言ってる、「コロナ前の日常を取り戻している」という伝え方で、視聴者の危機感を緩和するのに十分な内容でした。

英国の実情は、日本のメディア報道とはかけ離れたものです。ここで、既出記事、文献、現地専門家からのメール情報などを参考にしながら、やや詳しく英国の現状を紹介したいと思います。

英国では今年の2月に規制が全面解除となりましたが、これは科学的根拠に基づくというよりも、国民の世論向けになされた為政者の政治判断が色濃くにじみ出たものです。全面解除とともに全数把握もなされなくなり(サンプル調査のみ)、国民は流行状況を知ることがなくなりました。

そして、もともとマスク着用の習慣がない国民は規制されることを嫌がり、それが解除されたことであたかも流行前の平時に戻ったように錯覚し、見かけの自由を謳歌し、罹っても「風邪みたいなものだ」と振る舞っているにすぎません。感染の実態と社会的悪影響はまったく別問題であり、図1のように、先進国の中でも高い死亡率になって現れているのです。

ジョンソン首相は、ワクチン接種プログラムの成功、オミクロンの波が去ったこと、イングランドでCOVID-19に感染して入院する人の数が1万人を下回り減少していること、感染と重症化との関連が「かなり弱まった」ことが、全面解除措置を可能にしたと述べました [1]。そして経費面にも言及しており、検査・トレーシング・隔離の体制は、最新の会計年度で157億ポンドの費用がかかっており、縮小しなければならないと主張しました。

しかし、これは上述したように、国民世論を味方にすることに前のめりになった政治判断であることは明らかであり、ジョンソン氏と彼のアドバイザーの間の溝が指摘されています。全面規制解除の当時、依然として感染者が多く、隔離、換気、手洗い、密閉空間でのマスク着用などの公衆衛生対策を維持する必要があることをアドバイザー強調していました [1]。そして、すべての規制を解除する前に感染者数がもっと少なくなることが望まれていました。

英政府の全面解除の決定に対して、3,360人以上の科学者や医師が、イングランドのクリス・ウィティ最高医学責任者とパトリック・バランス英国最高科学顧問に宛てた公開書簡に署名し、政府の決定の根拠を明らかにするよう求めました [1]。この政府の方針が「ウイルスの循環を拡大し、懸念すべき新型ウイルス変異体の可視性をなくす可能性があるという懸念もあるからです。

専門家が危惧した通り、英国は、国民が知ることもない感染流行の継続とともに、長期コロナ症(long Covid)の増加と労働者不足という新たな問題を抱えつつあります [4]。英国の公的医療(NHS)はすでに長い間破綻しており、感染患者や長期コロナ症患者の増加とともに、その他の慢性疾患の患者の診療、治療も滞る状態になっています。COVID-19感染者と長期コロナ症の人の増加は、英国のみならず各国の公共サービスの多くの分野で人手不足をもたらしており、郵便事業、公共交通機関、航空交通、そして緊急サービスにも影響が出ています [5, 6]

エクセター大学医学部のデビッド・ストレイン(David Strain)博士は、「入院と死亡のリスクのみに基づいてCovidを管理するという最近の英国の戦略を考えると、長期コロナ症の症例数が増加していることは全く驚くべきことではない」と述べています [4]。長期コロナ症を抱えたまま放置される人々の数が、これから増え続けるだろうと指摘です。長期コロナ症では、性差、年齢による変化、および免疫と呼吸器の健康状態が発症に影響している可能性があり、併存疾患の多い高齢の勤労者は、特に支援を必要とするという指摘もあります [7]。

おわりに

私は二ヶ月前のブログ記事(→この夏の第7波?流行)でこの夏の第7波流行を予測し、以下のように述べました。

過去最大の被害となった第6波の二の舞だけにはなってほしくありませんが、それも淡い願望に終わるでしょう。なぜなら、もはや国による感染対策の介入がない成り行き任せの現状、改善されていない検査・防疫システム、前のめりの経済優先の姿勢、国民の馴れと嫌気から来る気の緩みなどが、伝播力を増したBA.5の爆発的感染を許すからです。そして、救急医療を含めた医療ひっ迫、医療崩壊が繰り返されるでしょう。

そして、一ヶ月前のブログ記事(→第7波流行での行動制限なしの社会実験)で以下のように述べました。

若年層の病気の"軽さ"を基準にするという、コロナの本質(不平等リスク)を忘れた姿勢、および日本特有の不都合な条件を考えないで経済を回す選択は、感染者と患者を大量発生させ、医療を圧迫し、第6波以上の犠牲者を出すことになり、そして多数の長期コロナ症(long COVID)の人たちを生むことになる可能性大です。

私が予測したとおりのことが、いま目の間の現実として起こりつつあります。こんな簡単なことが、政府は予測できなかったのでしょうか。まったく無防備であることにも気づかず、(あるいは気づいていても)そのままやり過ごし、いずれ流行は減衰するという考えの政権でしたら、即刻退陣を願いたいものです。

引用文献・記事

[1] Limb, M.: Covid-19: Scientists and medics warn that it is too soon to lift all restrictions in England. BMJ 376, o469 (2022). https://doi.org/10.1136/bmj.o469  

[2] Yoshioka, E. et al.: Impact of the COVID-19 pandemic on suicide rates in Japan through December 2021: An interrupted time series analysis. 
Lancet Reg. Health West. Pac. 24, 100480 (2022). https://doi.org/10.1016/j.lanwpc.2022.100480

[3] GLOBAL NOTE: 世界の高齢化率(高齢者人口比率) 国別ランキング・推移. 更新日: 2022.07.29. https://www.globalnote.jp/post-3770.html

[4] Davis, N.: Two million people in UK living with long Covid, find studies The Guardian June 1, 2022. https://www.theguardian.com/world/2022/jun/01/two-million-people-in-uk-living-with-long-covid-say-studies

[5] Reuters: アングル:英経済に人手不足の暗雲、コロナ後遺症やEU離脱で. 2022.05.31. https://jp.reuters.com/article/analysis-britain-workforce-idJPKCN2ND09E

[6] Hofmann, F.: COVID numbers soar causing labor shortage. DW July 1, 2022. https://www.dw.com/en/covid-numbers-soar-causing-labor-shortage/a-62328357

[7] Thompson, E. I. et al.: Long COVID burden and risk factors in 10 UK longitudinal studies and electronic health records. Nat. Commun. 13, 3528 (2022). https://www.nature.com/articles/s41467-022-30836-0

引用した拙著ブログ記事

2022年8月13日 米CDCガイドラインとwithコロナ

2022年8月12日 COVID-19インパクトの最小化ー米CDCガイドライン

2022年8月8日 起こるべくして起こった医療崩壊、そして専門家有志提言の無味乾燥感

2022年7月20日 第7波流行での行動制限なしの社会実験

2022年6月21日 この夏の第7波?流行

2022年3月17日 短期間での重篤化・致死はオミクロンの特徴?–その2

                      

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)