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https://www.researchgate.net/profile/Akira_Hiraishi

東京五輪のオープニングを飾った悪名高き音楽家の曲

昨日の東京オリンピックの開会式では、ビックリすることが起こりました。噂されてはいましたが [1] 、選手の入場行進のオープニングで「ドラゴンクエスト」(ドラクエ)のテーマ曲が流れたからです。なぜ驚いたかと言えば、この曲の作曲者は反LGBTQ超国家主義者として知られているすぎやまこういち氏だからであり、この不祥事続きのなかの出来事だったからです。

国内外のメディアは、早速、一連の不祥事の延長とも思えるこの開会式の出来事を批判的に伝えています [2, 3]。とは言っても、大手新聞やテレビは私が知る限りは無視を決め込んでいるように思えます。

そこでこのブログでは、米国のリベラル系ニュースサイトであるデイリー・ビースト(The Daily Beast)が掲載した「東京オリンピックのオープニングを飾った、悪名高き日本人作曲家の曲」(A notoriously hateful Japanese composer’s music just opened the Tokyo Olympics)という題目のウェブ記事 [3] を紹介したいと思います。以下に私が訳した全文を記します。

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筆者全訳

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組織委員会は、多くの警告を受けていたにもかかわらず、強烈な同性愛排斥者で超国家主義者の歌をオリンピックのオープニングに使用するという、またしてもトンチンカンなことをやらかした。

世界の多様性と調和を称えるはずの2020年東京オリンピックパラリンピックは、スキャンダルとCOVID-19に悩まされてきた。外国人排斥、差別、残酷さを象徴するようになり、金曜(7月23日)の夜には、加えて、同性愛排斥・歴史修正主義を見ることができる。

日本の平和主義者である天皇陛下皇后陛下である雅子様が開会式を欠席したかったのは当然のことである。天皇は1ヶ月前にこっそりと、大会が日本にとってよくないかもしれないという懸念を口にしていたが、その最悪の懸念が現実のものとなった。

今夜のオープニングでは、組織委員会は、きわめて悪い状況を生むという警告にもかかわらず、同性愛排斥の超国家主義者として知られる日本人作曲家、すぎやまこういちの音楽を使用した。

すぎやまこういち氏は、ゲーム「ドラゴンクエスト」シリーズの音楽で知られる作曲家だが、過激な思想の持ち主としても知られている。自民党杉田水脈氏のようなLGBTQバッシングをする人と仕事を共にしたことがある。1930年代後半の日本軍による南京大虐殺を否定している。日帝の性奴隷として働いていた朝鮮人女性は、実は幸せな売春婦だったと発言している。彼は男女の平等を信じないミソジニストであり、子供たちに同性愛について教えるべきだとは思わないし、LGBTQの人々が "子供を生まない "として政府の支援を受けるべきだとも思わない、という同性愛排斥主義者である。

彼はまた、保守的なテレビ局の番組では、杉田氏と一緒に人種や民族の違いを笑いのネタにしていた。また、杉田氏は、安倍晋三(元)首相の伝記作家にレイプされたとされるジャーナリストの伊藤詩織さんを揶揄している。すぎやま氏はおかしな付き合いをしているものだ。

多くの人は、アーティストとその芸術を切り離すことができると主張するかもしれない。しかし、多様性を祝福するはずの大会において、それに声高に反対する人の音楽を使う正気の人がいるだろうか? 確実に、日本の戦争犯罪についての彼の発言は、調和を生み出すものとは言えない。

午後8時38分、「ドラゴンクエスト」のテーマに乗って新国立競技場にオリンピック第1号選手が入場すると、お馴染みだが"おぞましい"曲のイントロがテレビを通じて世界中に鳴り響いた。

日刊スポーツは、開会式に向けた競技場の準備状況を取材した際に、すぐにこの曲を確認した。JOC組織委員会が、2度にわたるクリエーターの不祥事の傷跡を癒すなか、日刊スポーツの記者は、オリンピック関係者にこの曲について尋ねた。

スタッフは「入場練習をカモフラージュするために、ダミーの曲を使うことがあります」と答えた。

それはウソだった。

2020年の東京オリンピックの人材採用・審査の担当者は、この数日間、見事に失敗している。この開会式は、始まる前から大失敗だった。先週だけでも、事態は最悪の方向に向かっている。

月曜日(7月19日)、オリンピック開会式の作曲家である小山田圭吾氏が、少年時代に障害を持つ仲間への性的暴行、傷害、殺人未遂をおもしろがりながら語っている雑誌のインタビュー記事が再浮上し、辞任した。

その2日後には、開会式の音楽監督を務めた小林賢太郎氏が、ホロコーストを「ユダヤ人を虐殺するゲーム」と表現したことが、コメディーパフォーマンスの古い映像に残っていたことが表面化し、辞任した。

サイモン・ウィーゼンタール委員会の副学部長であり、グローバル・ソーシャル・アクション・ディレクターでもあるラビ・エイブラハム・クーパー(Rabbi Abraham Cooper)氏は、ナチス強制収容所でも障害者を殺害しており、その殺害を冗談で表現することは、特にこの大会においては非常に不適切であると指摘した。

パラリンピックは障害者を祝福するものであり、障害者を侮辱するものではない。それだけでなく、ナチスは同性愛者も殺害した。東京2020オリンピックの秘密のテーマは、ナチスドイツ1936年のベルリンオリンピックへの頌歌(捧げる歌)なのだろうか? 誰か国際オリンピック委員会に訊いてみてほしい。

東京2020組織委員会は、野党のリーダーや一般市民が、すぎやま氏の極右的な意見をつかみ始めていることを知っていた。木曜日(7月22日)には、ツイッターの投稿やニュースは、この曲が今週の恥の上塗りになるのではないかという世間の不安を予感させた。おそらく、入場曲を変えるにはあまりにも遅すぎたのだろうか? JOC組織委員会)は、懐かしいビートに合わせて整然と行進する練習をしている選手たちに公平ではないと考えたのかもしれない。

日中戦争で日本帝国軍に殺された中国・南京の10~30万人の民間人や降伏兵、そしてその過程でレイプされ、体を切り刻まれ、殺された2万人の女性や少女の記憶に、同じ配慮がなされなかったのは恥ずべきことだ。日本が東アジアや東南アジアを占領していた時に、「慰安婦」として性的奴隷にされた何千人もの民間人女性や少女は一体何なのか?

慰安婦問題の解決と教育のための行動(The Comfort Women Action for Redress and Education )は、すぎやま氏の曲が使用されたことに対し、Twitterで次のように反論した。「オリンピックは「友情、尊敬、卓越」の象徴であると主張している。すぎやま氏は、戦時中にレイプの被害に遭った若い女性や子供たちを否定し、見下しており、これらの原則に反する。他の多くの日本のアーティストの方が、もっと良い人間性を表現することができます」

東京2020オリンピックは、日本の良いところをすべて見せてくれるはずだった。しかし、不注意、貪欲、無能さが露呈したことで、日本が基本的な人権や寛容さ、常識を理解していない骨抜きのエリートによって牛耳られていることが明らかにされ続けている。オリンピック招致に(数百万ドルの賄賂も使って)成功したことに協力した安倍(元)首相は、かつて日本のソフトパワー(文化的資産)を「クールジャパン」として押し出そうとした。今回のオリンピックでは、"クールジャパン "は完全に死んでしまい、"残酷な日本 "しか残っていないことを証明しているように思える。

次は何が起こるかわからない。

組織委員会は「前進」と「感動の一体化」をテーマに開会式を行ったが、反LGBTQの歴史修正主義者が指揮を執り、600万人のユダヤ人を虐殺することに笑いを見出したコメディアンや劇団員が演出し、障害者の同級生を辱めたり拷問したりすることに喜びを感じた作曲家がいた。オリンピックの理念である包容性と世界平和はもうこれまでだ。

筆者あとがき

上記のように、デイリー・ビーストの記事はかなり過激で批判的です。ドラクエの曲からその作曲者であるすぎやま氏の思想・信条に言及し、それを旧日本軍やナチスが犯した蛮行へと投影させています。「東京2020オリンピックの秘密のテーマは、ナチスドイツのベルリンオリンピックへの頌歌なのだろうか?」とまで言っています。

ナチスへの頌歌というところまでいくと、さすがにこれは飛躍し過ぎとは思いますが、そう思わせるほど、大会組織委員会の人種とジェンダーの多様性、人権、人道に対する鈍感さやいい加減さの問題が根底にあるということでしょう。そうでなければ、これほど不祥事が出てくるということはありません。

ドラクエも含めて、普段は一般大衆、個人レベルの娯楽として消費物であっても、オリンピックのような建前上でも崇高な理念を掲げている世界的イベント(もはや世界へ向けた外交と化している存在)の前では、その採用にあたっては世界の歴史観や価値観に耐えうるようなものでなければならないということでしょう。

デイリー・ビーストは「日本が基本的な人権や寛容さ、常識を理解していない骨抜きのエリートによって運営されている」と言っていますが、これは先のブログ記事で紹介したニューヨーク・タイムズの記事(→東京五輪を支える見えざる手)に通じるところがあります。日本の政治、社会に横たわっている構造的問題です。

すぎやま氏は自身の公式ホームページで、「LGBTである事で理不尽に差別されるのは是正されなければならないと思います。そのために政治や行政の力が必要になる場面もあるかもしれませんね」と述べています。しかし、これで彼の思想・信条が変わったとはとても思えません。

海外メディアによる東京大会に横たわるさまざまな問題について批判的な記事が出てくると、国際的に東京大会がどのように見られているかということがよくわかります。広告代理店に支配された日本のメディアでは、このような記事はとても書けないのでしょうね。

愚民政策と言われる3S(sports, screen, sex)政策のなかで、オリンピックは二つの要素(スポートと映像)をもっています。開会式は、ゲーム世代を虜にする音楽も含めて、まさしく視聴者の思考を停止させるのに十分な効果をもったのかもしれません。これからのテレビから流れる"感動"の競技、スポーツも、東京オリンピックに批判的な見解を持っていた人さえ、取り込んでしまう媚薬効果を発揮するのかもしれません。

引用記事

[1] Buisiness Journal: 開会式『ドラクエ』曲?報道…作曲者すぎやま氏、過去に「同性愛から子ども生まれない。決定的」発言. 2021.07.23. https://biz-journal.jp/2021/07/post_239947.html

[2] 日刊ゲンダイ:東京五輪入場行進にドラクエのテーマが…作曲家は”安倍応援団” 過去にはLGBT巡り物議醸す発言. 2021,07.24. https://news.yahoo.co.jp/articles/9fd9526d43e5bf636e1258409a1ad45f9501edda

[3] Adelstein, J. & Kai, C.: A notoriously hateful Japanese composer’s music just opened the Tokyo Olympics. Daily Beast 2021.07.23. https://www.thedailybeast.com/music-of-koichi-sugiyama-the-notoriously-hateful-japanese-composer-opens-tokyo-olympics-in-latest-gaffe

引用したブログ記事

2021年7月21日 東京五輪を支える見えざる手

              

カテゴリー:社会・時事問題

 

東京五輪で露呈したホロコーストジョークの炎上

2021.07.23: 13:14 更新

今回の東京オリパラ大会は、パンデミックという危難に直面し、1年延期したにもかかわらず第5波流行の中での開催という難しい状況になり、さらに開会直前になって、立て続けのスキャンダルに見舞われています。

東京大会に関わるこれらの問題について、国内外のメディアはこぞって大々的に報道を続けていますが、海外の方がより客観的な内容で報道しているように思えます(図1)。

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図1. 日本のテレビが伝える東京大会の問題に関する海外の報道(2021.07.23. TBS 「ひるおび」より).

今朝の新聞各紙の五輪に関する社説を見ましたが、問題を表面的になぞって批判しながらも、「大会の成功を祈る」的な論調が多いです。一方で海外のメディアはより厳しい目で東京大会を捉えており、日本の歴史的な背景や社会に横たわる構造的問題にまで踏み込んで、記事を発信しています。

その一つが、一昨日(7月21日)、ニューヨーク・タイムズ紙が掲載した東京五輪と広告会社電通との関係についての記事であり、このブログでも紹介しました(→東京五輪を支える見えざる手)。

今日は、米国ワシントン・ポスト紙が、”Firing over Holocaust joke latest scandal exposing Japan’s elite, critics say"というタイトルで、今回の小林賢太郎氏解任に関わる五輪スキャンダルを掲載しています [1]。そこで、このブログ記事でその内容を全訳で紹介したいと思います。

以下、筆者による全訳

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20年以上前の反ユダヤ主義的なジョークが原因で、東京五輪の運営に関わった人物がまたもや解任された。多くの人が差別を無害なものとして感じている日本において、オリンピックが不快な事実を露呈させた最新の事件である。

東京大会は「Unity in Diversity(多様性の中の統一)」というスローガンを掲げており、一方のオリンピック憲章には、あらゆる差別との戦いについて少なくとも6つの項目が盛り込まれている。

そのため、組織委員会は、木曜日、開会式のディレクターである小林賢太郎氏を、大会開催のわずか1日前に解雇せざるを得なくなったという大きな困惑の下にあった。

組織委員会は、日本の伝統的な礼儀正しさやおもてなしの心、犯罪率の低さ、清潔で整然とした街並みなど、日本の優れた点の多くがオリンピックで強調されることを期待していた。しかし、ほとんど男性と高齢者のエリート層で占められている組織メンバーが、大衆の反感を買うような見解を持ち続けていることを、この大会は露呈させた。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch、ニューヨーク)のグローバル・イニシアチブ・ディレクターであるミンキー・ワーデン(Minky Worden)氏はメールで次のように述べている。「指摘しなければならないこととして、このような男性リーダーたちの状況は、世界の注目を浴びることなく、あるいはオリンピックの聖火の炎を浴びることもなく、そのような彼らの態度や行動として日本社会で受け入れられていることを表しているということだ」。

組織委員会の前会長である森喜朗氏の「会議で女性がしゃべりすぎていると感じる」という発言から、開会式のクリエイティブディレクターである佐々木宏氏の「オリンピグ」に扮した太った女性の登場提案、そして作曲家の小山田圭吾氏による障害を持つ同級生へのいじめの暴露まで、公表、解雇、謝罪が相次いでいる。

これまでの日本では、このような発言は軽視されていたかもしれない。麻生太郎副総理は、2017年にヒトラーを称賛し、その2年後には日本の少子化を女性のせいにした。どちらの場合も、彼は発言を撤回し、仕事を続けている。

しかし、パンデミックの影響で1年遅れで開催されるオリンピックの準備に世界の注目が集まっているなかで、最近のこれらの論争は、すぐにではないものの、辞任という形に追い込むことになった。

それぞれの問題の前には、ソーシャルメディアでの怒りの嵐があった。その多くは、公式の謝罪が不十分だと感じた日本の若年層が主導したものであり、さらに、世界のメディアからの激しい注目と、オリンピックがもたらす監視とが組み合わさった結果である。

これまでのオリンピックでも論争や汚職のスキャンダルはあったが、東京大会での幹部スタッフ・関係者の入れ替わりは他に類を見ないものだった。

今、支持者が言うことは、日本の文化に永続的な変化をもたらすことができるかどうか、という難しい問題が待ち受けているということだ。

「ここからどうやって前進していくのでしょう? 結局のところ、オリンピックは一瞬の出来事なのです」と、マーク・ブックマン(Mark Bookman)は述べる。彼は、障がい者支援者であり、東京の大学の博士研究員として障がい者政策と活動の歴史を研究している。「大会そのものだけではなく、そのあとの波及効果も重要です。この大会のレガシーは何なのでしょう?」と話した。

今回のスキャンダルは、コメディアン、映画監督、漫画家として活躍する小林氏がホロコーストに言及したジョークを言っている動画が浮上したことから始まった。

小林氏ともう一人の芸人が、紙のバットとボールを使って野球の試合をするという演出を提案した。もう1人の芸人は、切り絵の人型を集めるためにステージの片隅に駆け寄ったと思われるが、ここで小林氏が言った。「ああ、あの時から『ホロコーストごっこをしよう』と言っていたんですね」。

サイモン・ウィーゼンタール・センターSimon Wiesenthal Center)は、このジョークが悪意に満ちた反ユダヤ的なものであるとし、さらに、小林氏が障害者に対して不快な発言をしていたというメディアの報道を引用した。

センターの副学部長兼グローバル・ソーシャル・アクション・ディレクターのラビ・アブラハム・クーパーAbraham Cooper)氏は、声明の中で「どんなにクリエイティブな人でも、ナチスの大虐殺の犠牲者をあざ笑う権利はありません」と述べた。そして「この人物が東京オリンピックに関わることは、600万人のユダヤ人の記憶を侮辱し、パラリンピックを残酷に嘲笑することになります」と述べた。

茂木敏充外務大臣は、小林氏の発言について、「文脈や状況にかかわらず、深く攻撃的であり、容認できません。また、このような発言は、オリンピック・パラリンピックが目指す一体感という価値観や、誰もが調和して暮らせる社会を実現するという我々の目標に完全に反するものです」と述べた。

「日本政府としては、2020年の東京大会がオリンピック・パラリンピック精神を真に表現するものとなるよう、引き続き全力で取り組んでまいります」と茂木大臣は述べている。

セレモニーのすべての要素を統括することになっていた小林氏は、謝罪の声明を発表し、橋本聖子東京2020会長がその声明を読み上げて、更迭を発表した。

「振り返ってみると、人々に笑顔を届けることができず、だからこそ深く考えていなかった」、「しかし、実際には史実をバカにしていたわけで、その後、後悔しています」という彼の言葉が引用されている。

しかし、ワーデン氏(上記)は、一連のスキャンダルは、世界経済フォーラムが発表した最新のジェンダーギャップランキングで120位と、主要先進7カ国の中で最悪の位置にあるこの国の、より深い側面を反映したものだと述べている。

5月、自民党は、性的指向や性別による差別を禁止する法律の導入を、自民党議員の反対により断念した。保守派の議員の中には、党の会合で、LGBTは「種の保存」に反すると発言した人もいたと報じられ、その無神経さが露呈した。

また、ヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch)は、LGBTの子どもや人々、スポーツ選手に対するいじめの問題を広く取り上げてきた。

「これらのスキャンダルは『単発な出来事』や『悪いリンゴ』ではなく、国に人権を守る基本的なシステムがないことの結果です」、「アジアでは一般的ですが、国の人権機関や委員会はありません」とワーデン氏は書いている。

とはいえ、活動家の中には、近年の日本には進歩の兆しがあり、悪いニュースが続く中で希望の光を見出す人もいる。

障害者政策の歴史家であるブックマン(Bookman)氏は、日本の障害者に対する理解や対応は変化しているが、意識やリソースの面ではまだギャップがあると述べている。

「このような問題は、オリンピックのように、変革を促す何らかの力を持っていたとしても、それがあまりにも早すぎた場合には、顕在化します」とブックマン氏は話す。「これらの問題意識や過去の問題の再燃という点では、一方では......失敗が明るみに出てしまっているということです。しかし、それは必ずしも悪いことではありません」と彼は言う。

さらにブックマン氏は「スポーツの場は(LGBTQコミュニティにとって)最も困難なフィールドであり、私たちはそれを最後のフロンティアと呼んでいます」、「LGBTQコミュニティに対する多くの差別や偏見が起こっています」と述べている。そして彼は、いろいろな不祥事があっても、東京大会が社会にとって多様性と包容性を知るための強力なエージェントになることに期待を寄せた。

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筆者あとがき

今回のワシントン・ポストの記事は、東京大会のスキャンダルの背景には、日本社会に長年にわたって横たわる、人権、ジェンダー、差別に対する低い問題意識や人道主義、政治の後進性があることを指摘しているように思えます。それは、記事がわざわざ取り上げている、日本の男性上位社会、ジェンダーギャップランキングで120位、自民党による性的指向や性別による差別を禁止する法律の導入断念、などに表されています。

先のブログ記事でも紹介した「自民党電通がセットになった日本社会の支配」の問題も考え合わせると(→東京五輪を支える見えざる手)、旧態依然の政治体制と社会の意識の問題が、東京大会で露呈したということになるでしょう。

今回の小林賢太郎氏解任の後、開会式をどうするかについて、出席理事全員が開会式中止化か簡素化に賛同したということですが、組織委員会はその要望を聞かず、計画どおりの演出で開会式を行うようです。それについて私は以下のようにツイートしました。

IOCNBC、大会組織委員会などのスークホルダー間の意識の問題はあるとしても、民主的で真っ当な意見を反映させることができない、世界標準からズレた組織委員会の独善性と後進性は根深いと思います。まさに今の菅政権と自民党政治の相似形がそこにあるようです。

そして、「スポーツの場は(LGBTQコミュニティにとって)最も困難なフィールドである」というブックマン氏の言葉にはあらためてハッとさせられます。多様性を宣っている東京オリパラそのものが、実はLGBTQという性質を排除しているという現実があります。これはLGBTQを公言して参加する選手は多数いるものの、男女どちらかにソートされ、かつ差別的傾向があるということです。たとえば、世界的には、男性から女性に転換した選手を排除しようという動きもアスリート自身にあります。

引用記事

[1] Denyer, S. & Lee, M. Y. H.: Firing over Holocaust joke latest scandal exposing Japan’s elite, critics say. The Washington Post. 2021.07.23. https://www.washingtonpost.com/sports/olympics/2021/07/22/kentaro-kobaysahi-fired-tokyo-olympics-opening-ceremonies/

引用したブログ記事

2021年7月21日 東京五輪を支える見えざる手

              

カテゴリー:社会・時事問題

 

東京五輪を支える見えざる手

米国のニューヨーク・タイムズ紙は、7月20日、「東京五輪を支える見えざる手」"The invisible hand behind the Tokyo Olympic"と題した記事を掲載しました [1]。見えざる手とは日本の広告会社電通のことです。

記事の冒頭に「電通は、日本の主要な機関に深く食い込む広告会社であり、今年の大会で日本最大の勝者となるはずだった。しかし、パンデミックはその計画を台無しにしてしまった」と書かれています。このブログでは、こので記事の筆者による全訳を載せたいと思います。

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以下、筆者による全訳です。

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電通は、東京五輪の公式スポンサーではない。今週を待ち望んでいる何百万人もの視聴者には見えないままの存在だ。しかし、電通がなければ、東京大会は実現しなかった。

オリンピックの幕引きをしているのは、日本では神話的レベルの権力と影響力を持つ広告界の巨人、電通である。

電通は、世界第3位の経済大国の門番として、国際的なスポーツ界でも大きな存在となっている。東京五輪の招致に重要な役割を果たした後、オリンピックの独占広告パートナーに選ばれ、日本のスポンサーから36億ドルという記録的な金額を手に入れた。

電通は、オリンピックのマーケット利益をほぼ完全に掌握しており、今年のオリンピックでは日本最大の勝者となるはずだった。しかし、パンデミックの影響でオリンピックは大混乱に陥り、いつもトップを取ることに慣れていた電通は不慣れな状況に立たされることになった。

莫大な利益を期待していた電通の期待は裏切られた。オリンピック前の数ヶ月間にスポンサーが行う広告キャンペーンやプロモーションイベントが、中止されたり、縮小されたりして、電通はスポーツの祭典で最も儲かる部分の一つを奪われてしまったと分析されている。

そして、オリンピックが始まろうとしている今、電通の最大のクライアントのいくつかは手を引き始めている。トップスポンサーであるトヨタは、月曜日、オリンピックをテーマにしたテレビ広告を大会期間中に日本で行なわないと発表した。これは、イベントを主催する企業に対する世間の反発を懸念してのことである。

オリンピックの広告キャンペーンを継続するクライアントのためにどうすべきか、電通はメッセージコントロールのための重大なテストに直面している。世論調査では、国民の約80%がオリンピック開催に反対しており、東京は非常事態の中での開催となる。

今、どのようなメッセージを発信するのか。電通のスポーツマーケティング部門のベテランで、現在は桜美林大学(東京)の客員教授経営学)を務める海老塚修氏は、「これは本当に難しい問題で、スポンサーは間違いなく悩んでいます」と語る。

電通は、オリンピックに対するクライアントのアプローチをどのように形作っていくのか、という質問に対して、「スポンサーではない」ので、「コメントする立場にない」と答えている。

困難な状況にあっても、電通は日本で比類のない力を持つ存在だ。電通は国内最大のマーケティング会社であり、日本の膨大な広告予算の約28%を握る

電通は1901年に通信社としてスタートしたが、やがてコンテンツを広告としてパッケージ化した方が収益性が高いことに気づいた。第二次世界大戦前には、国営の通信社に統合され、日本帝国陸軍プロパガンダを流していた。

米国の占領下で、電通は広告代理店の電通と、日本の二大通信社である共同通信社時事通信社の三つに分かれた。それ以来、電通は日本のほぼすべての主要機関に深く根を下ろしている。多くの企業やメディアとのつながりに加えて、75年以上にわたってほぼ連続して政権を握ってきた自民党の非公式な広報部門としても機能してきた。

陰謀論者の間では、電通は「日本のCIA」としばしば呼ばれるが、それは、その広大なネットワークを駆使して情報を収集し、国の運命を左右する操り人形の担い手のような存在だからだ。

ライバル社である博報堂を経て、電通についての記事を書き始めた作家の本間龍氏は、この比較は想像にすぎないと言う。しかし、電通は間違いなく、日本株式会社にとって必要不可欠な存在である。

電通は国のフィクサーであり、どんなに困難なことでもやり遂げるという世評がある。長年にわたり、「悪魔の十戒」と形容される冷酷な労働倫理主義で知られ、社員には「死んでも仕事を手放すな」と指示してきた。

電通のクライアントは日本の企業の顔であり、世界のトップ広告主100社のうち95社が電通のクライアントであると言われている。電通は、東京の一流大学から社員を採用し、政治家や有名人、業界の大物の子息を好むと言われている。

日本以外の広告会社の多くは、特定の業界の1社のみを担当することで利益相反を回避しているが、日本の広告会社はしばしばそうではない。電通は、同じ業界の競合企業を担当することが多く、それが電通が幅を効かしていることでもある。

電通は、コミュニケーションに関わるほぼすべてのサービスを提供している。電通の広告担当者は、電通が監督するCMを売り込むが、それは電通が担当する俳優を起用し、電通が広告販売を担当するテレビ局に売り込むというやり方である。

同社は、広告を販売する前に、放送時間をすべて買い取ってしまう。テレビ広告に対する同社の支配力は非常に強く、公正取引委員会から2度にわたって警告を受けている。

電通は、放送局や印刷会社などの伝統的なメディアに大きな影響力を持っている。そのため、彼らは広告費を失うことを恐れて、電通やそのクライアントを怒らせることを嫌がる。

電通によるテレビの支配は、もはや日本の政治家にとって電通が必要不可欠なパートナーということである。2016年のリオデジャネイロ・オリンピックの閉会式で、安倍晋三首相に任天堂のゲームソフト「マリオ」のキャラクターに扮して登場するように説得したのも電通であり、この任天堂電通のクライアントである。

スポーツは長い間、電通のビジネスの重要な位置を占めてきた。電通は、国際的なスポーツイベントがクライアントの海外での知名度を高め、新たな市場への参入に役立つことをいち早く認識した広告代理店のひとつだったと、国際オリンピック委員会マーケティング部門を長年にわたって率いてきたマイケル・ペイン氏は話している。

電通は、日本の広告費の窓口としての役割を活かし、世界の陸上競技や水泳の財政に欠かせない存在となった一方で、サッカーの統括団体であるFIFAメジャーリーグ野球などとも強い関係を築いてきた。

オリンピックとの関わりは、電通が広報を担当していた1964年の東京大会にさかのぼる。当時のオリンピックはまだ商業化されておらず、電通の役割は、電通の地位と政治的影響力を示すということだった。

しかし、1984年にロサンゼルスオリンピックが初めて全額民間資金で開催されたとき、電通は急いでクライアント企業を参入させた。日本で2回目のオリンピックである、1998-冬季オリンピックが長野で開催されたときも、電通は招致活動を主導した。そして、東京が2016年の夏季オリンピックに立候補することを決めたときも、電通は当然のように選ばれた。

東京は、電通が主導した招致活動の際に、マズいやり方で法外な予算を使ったと広く批判され、リオデジャネイロに敗れた。しかし、当時の政府のヒアリングによると、電通は東京都の招致委員会の支出の約87%を手に入れた。

電通の2016年の業績に対する懸念は、2020年の招致活動で電通が重要な役割を果たすことを妨げるものではなかったと、プレゼンテーションの進行役として招かれたコンサルタントのニック・ヴァーレイ(Nick Varley)氏は話した。

招致委員会は、ヴァーレイ氏に、電通は関与しないと断言していたという。しかし、契約書を受け取ったとき、それが電通との契約であることに彼は驚かされた。少なくとも表面上は、電通が後方支援を行い、国内でのキャンペーンを担当していたと、ヴァーレイ氏は語った。

しかし、その裏では、状況はより不透明なものになっていたようだ。

フランス当局は、2020年の東京招致活動をめぐる汚職疑惑を何年もかけて調査してきた。その疑惑の中には、電通の有力な元社員が、結果に影響するような、電通と長年のつながりを持つ人々にロビー活動を行ったという役割も含まれている。

このスキャンダルにより、東京オリンピック委員会の委員長が辞任した。電通は、この問題には一切関与していないと述べている。

大会の勝敗にかかわらず、電通は莫大な利益を得ることができた。東京五輪委員会は、1年以内に電通マーケティング・パートナーに指名した。競合他社が「当然の結果」と評した入札プロセスを経てのことだった。

電通が最初に行ったのは、商品カテゴリーごとに1社しか代表になれないという慣習をなくすことだった。これまでの大会では、例えば銀行や航空会社が1社しかスポンサーになっていなかったが、東京2020大会ではそれぞれ2社がスポンサーになっている。これにより、電通は人脈を駆使して、70社近い国内企業を説得し、30億円以上の協賛金を支払ってもらうことができた。

スポーツコンサルタントで元国際オリンピック委員会役員のテレンス・バーンズ(Terrence Burns)氏は、「東京大会は、我々業界人の間ではさりげなく「電通大」と呼ばれてきたが、これは決して蔑称ではない、と述べている。

「日本でスポーツ・マーケティング・ビジネスをするなら、正直なところ、(電通は)最初で最後の砦のようなものだ。彼らは多くのカードを握っている」と付け加えた。

電通は勝利を必要としていた。一方で、デジタルメディアの台頭への対応に苦慮していた。巨額の過大請求を伴うスキャンダルや、過重労働文化に関連した自殺によってダメージを受けていた。また、新型コロナウイルスが発生する前から、同社は損失を計上し始めていた。

しかし、パンデミックの発生により、電通のオリンピックへの賭けは失敗に終わったのである。電通への正確な経済的影響はまだ不明だが、元役員の海老塚氏は「苦しんでいることは間違いない」と話す。

今のところ、電通にできることは、クライアントがこの不透明な状況を乗り切れるよう、最善を尽くすことだけだと海老塚氏は言う。

電通ができることといえば、クライアントのために最善を尽くすこと。そして「未来に向かって、一緒にパンデミックを乗り越えていきましょう」と彼は言う。

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筆者あとがき

今回のニューヨークタイムズの記事ですが、電通とはどういう会社か、そしてオリンピックにどのように関わっているかを簡単に知るのに格好の内容だといます。一方で、この会社に支配されている日本のメディアは、なかなかこのような記事は書けないのではないでしょうか。

パンデミックということがなければ、東京五輪はすんなりと開催され、日本中で盛り上がり、電通のことなど話題にならなかったかもしれません。一方で、危難時ほど、その国の体制の矛盾や欠陥が露呈しやすいものです。記事にあるように、ほぼ自民党1党と電通がセットになった戦後独占支配の問題点が、はからずしもパンデミック下の五輪強行開催で一気にあからさまになったと言えるのではないでしょうか。

電通のマインドで進められてきた東京五輪の活動が、おそらく大会組織委員会のマインドにまで影響し、人権や差別等に関する世界の常識や商業主義の問題に対してきわめて鈍感になっていたことが、当初の招致活動時や最近の関係者辞任に至るプロセスの各所に見ることができるようです。

引用記事

[1] Dooley, B. & Ueno, H.: The Invisible Hand Behind the Tokyo Olympics. The New York Times July 20, 2021. https://www.nytimes.com/2021/07/20/business/tokyo-olympics-dentsu.html

               

カテゴリー: 社会・時事問題

 

シミュレーションによる感染予測はなぜ外れるか

はじめに

シミュレーションとは、科学や工学の分野で言う場合は、ある事象を説明するのに、その場面を再現したモデルを用いて分析することです。モデル式およびさまざまなパラメータ(変数)の条件設定に基づいてコンピューターで計算し、実測データと照らし合わせることによって、そのモデルの正否を評価します。

実測が難しい未来の事象の予測については、シミュレーションがよく使われます。新型コロナウイルス感染症COVID-19)の流行予測にもしばしば使われています。シミュレーションによる感染予測はよく当たらないと言いますが、いままさにそんな感じです。

なぜ、当たらないかと言えば、人と人との接触によって伝搬する病原体の感染症の流行については、人の属性や行動生態による伝播の異質性 [1](→感染症と集団免疫)があり、対策の有無などにも強く依存するため、簡単な流行モデルでは説明が難しいからです。また、しばしば「こうなってほしい」あるいは「こうなってほしくない」という恣意的な操作が加わる場合があり、平行して大小さまざまな対策が進行していると、ますます複雑になり、予測は外れていきます。

理論疫学の専門家である西浦博教授(京都大学大学院医学研究科)は、BuzzFeed岩永直子氏のインタビューにおいて「あまり予測通りになってほしいとは思っていないのです」、「僕はSNSでも「西浦外れたな」とよく言われるのですが、外れてなんぼのおじさんです」と答えています [2]。これは「こうなってほしくないということでシミュレーションを出して問題提起されていますからね」という、岩永氏の誘導質問に対しての言葉です。

しかし、このやりとりは、冗談にしろ(?)、いささかいい訳じみていますし、少なくとも理論疫学の専門家が言うべきことではないと思います。「こうなってほしくない」というシミュレーションならば、「こうなるべき」といういくつかのオプションも同時に示すべきでしょう。

1. 筆者および大会組織委員会(三菱総研)の予測

約一ヶ月前になりますが、6月13日のブログ記事で、私はこの夏がデルタ(L452R)変異ウイルスの感染拡大とともにある感染五輪になることを予測しました(→感染五輪の様相を呈してきた)。ちょっと考えれば、誰だってそのような予測に至ると思います。その記事で、五輪大会組織員会が三菱総研に依頼した公表した感染予測シミュレーションの報道 [3] を引用しながら、私の感染予測も紹介しました。あらためてそれを並べながら図示して掲げます(図1)。

私の予測(茶色のライン)では、新規陽性者が1,000人に達する時期が7月15日頃であり、現時点(7月17日)までの、実際の東京の新規陽性者の報告数(水色のヒストグラム)ときわめて近似していることがわかると思います。一方で、三菱総研のシミュレーション結果(青色のライン)は、まったく現実とは異なる外れたものになっています。

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図1. 東京都における2021年6月20日を起点とする新規陽性者数の推移の予測(青色および茶色のライン)と実際の推移(水色のヒストグラム、1週間の平均値):6月11日報道の三菱総研のシミュレーション(青色のライン)および6月13日に筆者が予測したパターン(茶色のライン)(東京新聞の報道 [3]および前のブログ記事(→感染五輪の様相を呈してきた)に基づいてリトレース).

ここで、私がなぜそのような予測をしたかを簡単に説明します。実は6月13日にブログをアップした直後に、なぜそのような予測になるのか、根拠を示せというツイッターのDMがいくつか届きました。そこで、その時に説明した内容を中心にあらためて示したいと思います。

私は、理論疫学の専門家でもシミュレーションの専門家でもない素人(専門は主に微生物学)ですが、今までの感染状況を注意深く見ていれば、素人でも判断できる範囲内の要素に基づいて予測することができると思います。

アルファ(N501Y)変異ウイルスの感染拡大が顕著だったのが、3月下旬から始まった第4波の感染流行です。この感染流行を参考にして、東京都において緊急事態宣言が解除された3月21日から、再発出された4月25日までの約1ヶ月間を、この予測のモデルとしました。この期間の新規陽性者数の1週間移動平均の増加率を計算すると、平均で121%になります。

そして従来株に対するアルファ変異体とデルタ変異体の感染力の強さはそれぞれ1.3倍および1.8倍です(→感染五輪の様相を呈してきた)。そうすると、この時期の東京の状況の条件下でのデルタ株の感染流行の1週間の増加率を想定すると、21×1.8/1.3 = 29%(アルファに比べて1.38倍の感染力)と計算できます。そこで、1週間の増加率を切りよく30%としました。

あと、6月13日時点における東京の新規感染者数の1週間の移動平均は約380人であり、底を打っている状態でした。そこで、前回の緊急事態宣言解除後と同様に、6月20日にそれが解除されると同時にリバウンドすると考え、6月20日の380人を起点に、1週間ごとに130%ずつ増加していくと想定しました。単純にこれだけです。

つまりこの予測は、緊急事態宣言解除時の都民の生態(自粛行動、自粛疲れ、人出と人流、緊急事態宣言に対する都民のマインド(慣れ)など)および変異体の広がりの状況を、最も時期的に近い春の流行状況に近似して想定しただけです。緊急事態宣言慣れと五輪大会突入ムードから、もはや宣言が発令されたとしても自粛による影響はそれほど見込めず、五輪大会開催中もそのまま新規感染者が伸びていくだろうという予測も入っています。

東京での第4波の感染流行をモデルとしてデルタ変異体による第5波に置き換え、起点のバックグランドを変えただけのきわめて簡単な素人の予測ですが(しかしながら現実的)、結果として現実の感染状況にきわめて類似したものになったわけです。

一方で、同時期の大会組織委員会と三菱総研のシミュレーションはどうでしょうか。どういう条件とモデル設定にしたらこのようになるのか?と思えるほど、考えられないようなラインになっています。オリンピック前に感染者が出ないような恣意的な条件設定にしたのではないかと思えるほど、現実離れした予測結果になっています。

大会組織委員会橋本聖子会長は記者会見で「数字は参考になる。この上で何ができるということを再度考える」と話していましたが [3]、この記者会見ためのシミュレーションというほかありません。

2. 国の専門家によるシミュレーション

6月中旬には、感染症学や疫学の専門家グループも感染者数と重症者数のシミュレーションを発表していますので、それを図2に示します。このシミュレーションは、京都大学の古瀬祐気特定准教授と東北大学、それに国立感染症研究所のグループが、6月16日に開かれた厚生労働省の専門家会合で示しました [4]

このシミュレーションはさまざまな条件設定を行なって予測されたものですが、ここでは、新規感染者数について、アルファ株と比べ、デルタ株の感染力1.2倍で、これから8週間かけて8割置き換わる(影響・小)という場合と、アルファ株と比べ、感染力1.5倍で、これから4週間かけて8割置き換わる(影響・大)という場合について、それぞれ緊急事態宣言が有り無しの場合の4つのパターンについて紹介します。

そうすると、デルタ変異体の影響が小さい場合(宣言解除後人流が10→15%増加)および大きい場合(宣言解除後人流が10→15%増加)の、新規陽性者数が1,000人に達する時期は、それぞれ7月23日頃(図2左)、7月5日頃(図2右)になると予測されました。そして緊急事態宣言が発出されると、そこから新規感染者数が減少していくと予測されています(図2下)。

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図2. 専門家による東京都における新規陽性者数の推移のシミュレーション(資料 [4] からの転載).

このシミュレーションは現在の感染流行をかなり近似していると思われます。デルタ変異体の感染力をアルファ株の1.38倍とした私の予測はちょうど、図2右と左の間になるようなラインを描いています。

しかし、当該専門家による考察には以下のことが述べられており、都民の自粛疲れ、宣言慣れによる行動予測を見誤っているように思われます。

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• デルタ株の影響が非常に大きい場合は、7月前半〜中旬にも緊急宣言の再発令が必要となる可能性がある(最も悲観的なシナリオ)。ただし、実際には感染報告者数がシミュレーションのように急増した場合には、宣言が発令される前の段階でも市民が自粛モードとなり、新規感染者数の鈍化が起こると考えられる。

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3. メディアはどのように伝えたか

東京新聞は三菱総研のシミュレーションを報道し [3]NHKはこの国の専門家グループのシミュレーション結果をすぐに報道しました [5]。しかし、NHKが取り上げた絵は、図3のようにデルタ株の影響が少ない(宣言解除後人流が10%増加)とするパターンです。この場合だと、新規陽性者数が1,000人に達するのは、五輪で人流が5%増しになったとしても8月1日頃になります。つまり実際とはかなり外れたシミュレーションになります。

f:id:rplroseus:20210718210050j:plain 図2. NHKが伝えた専門家による東京都における新規陽性者数の推移のシミュレーション [5].

三菱総研のシミュレーションといい、NHKが伝えた国の専門家によるシミュレーション結果といい、東京五輪への影響を少しでも軽く見ようという、何か恣意的な思惑を感じるのですが。

おわりに

上記したように、第4波の感染流行をモデルに、デルタ変異体の感染力を考慮した簡単な予測だけで、(たまたまそうなったかもしれませんが)今回の流行を近似できることがわかりました。実際はデルタ変異体の拡大に伴って、これよりも新規陽性者数は急増していくでしょう。

このように考えると、感染を予測するためのシミュレーションがよく外れるというのは、一つはそれまでの流行パターンや住民の意識や行動生態を考慮せずに、単純にシミュレーション計算のためだけに条件設定するということがあるのではないか、ということを感じました。

そして、三菱総研のシミュレーションにあるように、当事者にとって都合のよい条件設定をすれば、完全に外れてしまうということがありますし、メディアがどのように報道するかで、シミュレーション結果が誤ったメッセージとして伝わる危険性も感じました。

今回の東京五輪は外側では感染流行、バブルの中でも陽性者続出で完全に失敗に終わるでしょう。まさに、カオス状態の、ウイルス交換国際大会になるはずです。酷暑のこの時期に大会を行うという上に、パンデミックというとんでもない状況下で強行しようとしているわけですから、むしろ当然です。もともと、この時期が温暖でスポーツに最適とウソをついて招致したことと、そのようなウソを是とする希薄な倫理観の大会組織委員会の姿勢や危機に対する楽観主義が招いた結果だと思います。

引用文献・記事

[1] 西浦博: 感染症の家庭内伝播の確率モデル: 人工的な実験環境. 統計数理 57, 139–158 (2009). https://www.ism.ac.jp/editsec/toukei/pdf/57-1-139.pdf

[2] 岩永直子: 緊急事態宣言「効果はあったが減らし切れなかった」 もったいない政策を繰り返していいのか? BuzzFeed News 2021.04.10. https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-nishiura-20210409-2

[3] 原田遼: 五輪開催で感染者が急増、東京1日1000人に…政府が試算 パラリンピック開幕を直撃. 東京新聞 2021.06.11. https://www.tokyo-np.co.jp/article/110157

[4] 厚生労働省: 第39回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(令和3年6月16日)資料3-2 鈴木先生提出資料. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000793713.pdf

[5] NHK特設サイト「新型コロナウイルス」: 宣言解除後 人出増えれば 五輪期間中に感染者増の可能性も. 2021.06.16. https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/emergency_third/detail/detail_92.html

引用した拙著ブログ記事

2021年6月13日 感染五輪の様相を呈してきた

2018年5月26日 感染症と集団免疫

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

40-50代の重症者が増えているという情報の検証

はじめに

新聞、テレビ各社は、最近、東京都における新型コロナウイルス感染症患者のなかで、40-50代の入院数と重症者数が増えているということを伝えています [1, 2, 3]。小池知事は7月8日の記者会見で、ワクチン接種で高齢者の重症化が抑えられている可能性を指摘し、「陽性者、入院患者は高齢者から50歳代に移ってきた」、「50代問題と言っても過言ではない」と警戒を呼びかまし [3]

これらの報道に対して、昨日(7月13日)、「40-50代の重症者の急増はウソ」というツイートが目に留まりました(以下)。このツイートには、東京都福祉保健局が発表している7月に入ってからの年代別重症者数と「40–50代の重症者増」を伝えるTBSの報道が引用されており、それらを対比させながら「報道はウソでした」と述べています。

このツイートは、千件以上のリツイートと二千件以上の「いいね」ボタンが押されており、それなりに情報拡散しています。

私はこれらの報道やツイートを見ながら、新型コロナに関するウェブ情報リテラシーの弱さを再認識しました。 なぜそう思うかという理由を述べながら、40-50代の重症者が増えているという情報の真偽の程を検証したいと思います。

1. マスコミは何をどのような根拠で伝えたか

まずは、報道の一例として、テレビ朝日が取り上げた東京都における最近の重症者の年代別内訳の推移を図1に示します。この図は、出典元が明記されているように、7月7日に開催された厚生労働省アドバイザリーボード会議の資料に基づいてリトレースしたものです。各社の報道内容もこのアドバイザリーボードの発表に基づいています。

図1からわかるように、6月下旬から7月上旬にかけて、40-50代の重症者が急増しています。他の年代と比べた時にこの増え方の傾きが急であることは誰の目にも明らかです。そして、アドバイザリーボードも東京都の専門家会議も、この傾向についてはっきりと言及しています。

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図1. 東京都における40-50代の重症者の増加を伝えるテレビ報道(2021.07.08. TV朝日「モーニングショー」より).

したがって、マスコミは、この時点においては「40-50代の重症者の急増」を間違いない事実として報道していると言えます。

2. 事実とツイッターでのミスリード

一方、「40-50代の重症者の急増」はウソとした上記ツイートは、7月上旬(7月1日−12日)に限定した情報に基づいています。そこで、東京都福祉保健局の発表データに基づいて、6月20日から7月13日までの重症者数の推移についてグラフ化し、マスコミ報道とツイート内容の真偽を再チェックしてみました。

図2に示すように、6月20日から1週間程は重症者数が減少しており、その後6月26日から7月6日まで増え続けていることが分かります(図2A)。40-50代についての推移をみると、やはり6月26日から増え始め、7月7日までそれが続いていることが分かります(図2B)。60代以上では6月20日からの1週間は減り続け、6月26日から7月7日までは比較的一定の数で推移しているように見え、また7月4日からの約1週間は微増しているように見えます(図2C)。

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図2. 東京都における重症者総数(A)、40–50代の重症者数(b)、および60-80代の重症者数(C)の推移(東京都福祉保健局の報告データに基づいて筆者作図)

図2では、各年代の推移が比較しやすいように6月26日から7月7日の期間に影をつけてあります。要するにアドバイザリーボードやマスコミが言っていることは、この影をつけた期間における40-50代の急増に関してのことであり、その意味では正しいです。

一方、上記ツイートは7月1日以降の数字について述べているのであって、そこに限定すると40-50代の重症者が急増しているようには見えません。そこまでは事実ですが、そこから「マスコミが言っていることはウソ」というと、それこそウソになってしまいます。両者は比べている期間が違うので、一方への見解についてはもう一方は言及することができないのです。

ツイッター上での「マスコミはウソを言っている」というコメントについて、そのまま拡散されているようですが、一次情報をよく確認もせずにリツイートされる結果、いわゆるデマが広がるという怖さを感じます。

3. 重症者の推移で見えること

図2を見ると、40–50代の重症者が増えていることは事実ですが、最近ではその数は落ち着いているようです。小池知事や大方の専門家は、ワクチン接種で高齢者の重症化が抑えられ、その結果ワクチン未接種の40–50代の重症者が増えているという見解を示しています。果たしてそうでしょうか?

気をつけなければならないことは、新規感染者数は1回限りの事例であるので、毎日の数字のダブりはありませんが、重症者数の推移については同じ患者についてのものなのか、違う患者のものなのかが数字を見ただけではわからないことです。そして、回復したり亡くなったりした時点で重症者数としてカウントされなくなります。

たとえば、図2Cの60-80代の高齢者層でみてみましょう。6月20日から6月27日まで重症者数が減少し、その後7月4日まで比較的一定数となり、そして7月10日まで増加してているように見えます。では重症者数が一定である期間(図2Cの影付きの部分)をどのように解釈したらよいでしょうか。

一つの考え方として、6月27日までの減少は第4波感染における重症者に由来するとみなすことが可能です。同様に7月4日から7月10日までの増加は、第5波感染における重症者が現れたものとみなすことができます。そうすると、第4波の減少の続きと第5波の増加の立ち上がり部分ではその二つが重なり、その傾向が相殺されてしまうということが考えられるのです(図3)。

f:id:rplroseus:20210714140006j:plain図3. 東京都における60-80代の重症者数の増減に関する考察.

すなわち、実際は60–80代の高齢者層の重症者も40-50代と同様に増えているのに、数字やグラフ上では、その傾向が見えなくなっていることが考えられます。図2Bと図2Cを比べてみるとわかりますが、現時点での重症者数の増加分は40-50代よりも60-80代の方が多いのです。

40-50代の重症者が増えているのは事実ですが、それは第4波におけるその年代の重症者数が下がりきった状態からの立ち上がりが明確であり、絶対数(例: 図1における6月23日と7月7日の数字)が大きく異なるためにため単純に目立っているだけ、と言えます。

そうやって考えると、高齢者はワクチン接種が進んだために重症化率が減少し、ワクチン未接種の40-50代の重症者が増えているという見解は、いささか状況を見誤っているのではないかという気がします。ワクチンの効果が出ていると考えるには、まだ時期尚早でしょう。

確かに、感染者の年代別割合で見ると第4波と比べて、若年層が増えています(図4)。入院患者数や重症者数は感染者数に関係ありますので、より若い年代で重症者が出る傾向にあるのは当然です。ただし、若年層への広がりは、高齢者へのワクチン接種が本格化(2回接種完了)する以前から続いている傾向であり、若年層に感染が広がりやすい、感染力の強いデルタ型変異ウイルスへの置き換わりと感染拡大に関係していると考えた方が合理的です。この点については前のブログ記事でも述べています(→感染五輪の様相を呈してきた)。

専門家やマスコミは、この傾向をすっ飛ばして、いきなり高齢者へのワクチンの効果と結びつけるべきではありません。

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図4. 東京都における感染者数の年代別割合(NHK特設サイト「新型コロナウイルス感染症」からの転載図).

全人口に対する2回のワクチン接種が完了した人の割合は、現時点で19%にしかすぎません。高齢者での接種率で言えば約50%ですが、感染拡大抑制に及ぼすその効果についてはまだ小さく、7月中旬以降に顕著になってくるのではないでしょうか。

注意しなければならないのは、ICU治療患者、人工呼吸器装着患者、ECMO装着患者のいずれかに該当すれば重症者という厚生労働省の定義と東京都のそれが異なっていることです。東京都はICUに入っているだけでは重症者と認めていないので、全国的な基準に照らし合わされば、重症者の数は公表数よりはるかに多いですそのことが、重症者の実態を見えにくくしています。

もう一つの注意点は、高齢者は実質重症であっても体力に負担がかかる高度医療(ICU治療)を希望せず、中等症病床で治療する人が多いことです。一方、50代以下の患者は重症化するとほぼ高度医療を受けるので、その分統計的に重症者としてカウントされやすくなっていると考えられます。

おわりに

マスコミによって報道された「40-50代の重症者が増えている」というのは事実です。しかし、それをウソと断定したツイートはデマです。そのようなデマ情報を確認もせずに安易に拡散するSNSユーザーの怖さも感じます。

一方で、「40-50代の重症者が増えている」ことを、安易に高齢者層のワクチン接種の効果とみなす東京都やメディアの取り上げ方にも問題があると思います。絶対数でみれば、60代以上の高齢者についても、40-50代以上に重症者が増えているのです。デルタ型変異ウイルスの感染が若年層に広がっているとみなすべきです。

もし、ワクチン接種の促進のために、このような情報の恣意的な誘導があるとしたらこれまた問題です。ワクチン接種については、妄信ということではなく、綿密な科学データの分析と情報公開のもとで進めていただきたいと思います。何しろ、現行のワクチンは前例のない"遺伝子治療"ワクチンですから。

引用記事

[1] FNN ライムオンライン: 40代、50代が危ない…感染再拡大の東京で中高年の陽性者と入院が増加 五輪期間中には1日1192人にも. 2021.07.08. https://www.fnn.jp/articles/-/207428

[2] NHK NEWS WEB: 東京都 40から50代で重症患者増加 第4波のピーク超える. 2021.07.11. https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20210711/1000067139.html

[3] 読売新聞オンライン: 小池知事「東京のコロナ対策は50代問題」…重症者の4割が40~50代に. 2021.07.12. https://www.yomiuri.co.jp/medical/20210712-OYT1T50227/

引用した拙著ブログ記事

2021年6月13日 感染五輪の様相を呈してきた

                 

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

ワクチン推進論文のミスリード−低所得者層が接種をためらう?

はじめに

先月(2021年6月)下旬、日本経済新聞が「ワクチン拒否は1割 全国ネット調査、若い女性目立つ」という記事 [1] を配信しているのが目に留まりました。この記事は、国立精神・神経医療研究センターによる新型コロナウイルスワクチンに関するインターネット調査の結果を紹介したもので、「接種したくない」理由として副作用への懸念が7割を占め、特に若い女性でワクチンをためらう傾向がみられた、と伝えていました。

この時は、「そんなものだろう」とあまり気に留めないで流し読みしていたのですが、数日後に時事メディカルが、この調査結果を引用記事 [2] 付きでツイートしてしているのを見て、少し驚きました。なぜなら「一人暮らし、低所得(年収100万円未満)、学歴が中学校または短期大学/専門学校卒業の者も(ワクチン)忌避率が高かった」と記していたからです。

本当にそうなのか?と思いつつ、引用されていた国立精神・神経医療研究センターの原著論文 [3] を当たってみました。そうしたら、どうやら、この元論文のミスリードぶりがわかってきました。このブログ記事でそれを指摘したいと思います。

1. 時事メディカルの記事

時事メディカルの当該ツイートを以下にリンクします。このツイートには「新型コロナワクチン拒否、その理由は?」という題目のウェブ記事が引用されています。

上記ツイートは、このブログを書いている時点で、引用ツイートも含めて3千以上リツイートされ、「いいね」も2千以上押されていますので、情報がそれなりに拡散し、影響を与えていることが考えられます。

引用されている記事 [2] を見ましたが、この記事自体は原著 [3] の内容をほぼ正確に伝えていました。ただ、当該原著もこの記事も、mRNAワクチンプラットフォーム自体の問題(前例がなく、"遺伝子治療"の審査なしで緊急使用許可 [EUA] されたワクチン)はスルーしているので、それに帰因する受け手の不安感は全く考慮されていません。

その前提しての大きな問題はありますが、原著論文の内容をチェックしながら問題点をあげて行きたいと思います。

2. Okuboらの論文の概要 

当該論文 [3] は国立精神・神経医療研究センターの大久保亮臨床研究計画・解析室長を筆頭著者として、VaccinesというMDPIの電子ジャーナルに掲載されたものであり、ワクチン推進の立場から書かれた論文です。

余談ですが、MDPI系雑誌はかつて”ハゲタカ”ジャーナルとも揶揄され(時事メディカルのツイートに対してもそういうリプが見られました)、審査よりも営利(掲載料金)を優先していると言われた時期もありましたが、今では電子ジャーナル分野の一角を担う地位を確立しています。Vanccine自身も今ではそれなりのインパクトファクター(IF=4.422 [2020])が付与されており、一定の評価を得ているようです。

今回のOkuboらの論文では、日本の全都道府県をカバーする大規模なサンプル(N = 26,000)について、インターネット調査によってデータ収集されました。その結果、日本人におけるCOVID-19ワクチンのためらいは調査対象の11.3%に見られ、忌避の割合は、若年層や女性回答者で高いと述べられています。COVID-19ワクチンをためらう理由のトップは、副反応への懸念で、70%以上の人が言及しており、次いでワクチンの有効性への疑問が20%と示されています。

躊躇する要因としては、女性であること一人暮らしであること社会経済的地位が低いこと重度の心理的苦痛があることなどが挙げられ、若年層よりも高年齢層の方が顕著であったと述べられています。

COVID-19 ワクチンの接種をためらう年齢層別オッズ比をみると、以下のようになりました。

若年層(20-39歳*1)の回答者における有意に関連する因子は、低所得既婚一人暮らし、飲酒中、合併症(高血圧、糖尿病、喘息またはCOPD、慢性疼痛)の有無、コロナ死への恐怖、政府への不信感、重度の心理的苦痛の有無でした。

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*1 本文では20–39歳となっているが、方法や表の記載では15–39歳と示されているので記述ミスだと思われる。

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中年層(40-64歳)では、低所得既婚一人暮らし、医療関係以外の職業、食品産業での必須業務以外の職業、飲酒中、合併症(糖尿病、慢性疼痛、精神疾患)の有無」コロナ死への恐怖、政府のへの不信感、重度の心理的苦痛の有無、が重要な要素となりました。

高齢者(65-79歳)では、女性、低所得既婚一人暮らし、医療関係以外の職業、食品関係以外の職業、低学歴アルコール依存症、合併症(糖尿病、心血管疾患、がん、慢性疼痛、精神疾患)の有無、COVID-19の感染歴、COVID-19による死への恐怖、政府への不信感、COVID-19に感染することが恥ずかしいと思うこと、重度の心理的苦痛があることが因子として抽出されました。

論文の考察では、上記に加えて、政府への不信感やCOVID-19に関する政策への不信感も、接種をためらう要因として観察され、これは過去の研究と一致していると述べています。この要因のオッズ分析については、時事メディカルの記事にもグラフで示されています [2]

さらに、既出の論文 [4] を引用して、COVID-19ワクチンに特有のためらいの理由としては、mRNAの投与という新しいメカニズムを採用していることや、ワクチン接種の承認プロセスが早いことなどが挙げられるとしています。これは、mRNAワクチンプラットフォーム自身の問題ですが、それ以上は論文では触れられていません。

さらに、COVID-19の誤報・不評、政治家の行動の影響、血液凝固異常などの観察された副作用などについては、ワクチン躊躇の変動に関連する要因は評価されていません。

結論として、本論文は、COVID-19ワクチンの接種をためらう要因としては、性別が女性であること一人暮らしであること社会経済的地位が低いこと、特に高齢者では重度の心理的苦痛があることが挙げられるとし、これらの要因を持つ人々にワクチンを確実に届けるために、十分な対策を講じる必要がある、と結んでいます。

3. 論文の結論の問題点

上記論文の結論をみると、あたかも、社会経済的地位の低い一人暮らしの女性が、COVID-19ワクチンに消極的であるような印象を受けます。果たしてそうでしょうか? ここでもう一度、論文のデータを精査してみたいと思います。

表1に、ワクチンためらいの因子としての、低所得(年収100万円以下)、既婚、一人暮らしのオッズ比を論文から拾って、年齢別に並べてみました。そうすると、確かに低所得と一人暮らしは、いずれの年齢層でも1.0を大きく超え、特に高齢層で低所得と一人暮らしが顕著です。

表1. ワクチンためらいの因子としての、年齢層による低所得(年収100万円以下)、既婚、一人暮らしの調整オッズ比(文献 [3] に基づいて作表)

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ここで低所得者層とされた年収100万円以下の女性の生活水準を考えてみましょう。端的に言えば、年収100万円以下で生活できるのかという疑問が出てきます。 不可能ではないにしても、一部自給自足に頼るか、よほど切り詰めた生活をするかでないと無理でしょう。実質困難だと思われます。

そこでこの低所得で暮らしができる条件を想定するならば、これは、親などに養ってもらっている高校生や大学生、あるいは夫や同居者(夫)の収入に全部あるいは一部頼って生活している女性(妻)というポジションしか考えられません。つまり、低所得ではあるけど、必ずしも生活水準は低くないということになります。場合によっては世帯としては富裕層であることも考えられます。少なくともインターネットを利用できる環境にはある人たちです。

したがって、100万円以下の年収の女性を「社会経済的地位が低い」と言うには語弊があり、それを論文では一律に低所得者層と扱っていることが問題なのです。

次に、一人暮らしを考えてみましょう。一人暮らしをするためには、ある程度の年収が必要です。あるいは、相当の仕送り(援助)をしてもらうかです。とても100万円以下の年収では一人暮らしはできないでしょう。したがって、因子として挙げられている低所得と一人暮らしは結びつきません。

しかし、一義的に、女性であること一人暮らしであること社会経済的地位が低いことをワクチンへの忌避の因子として並列的に記述すると、「低所得=低い生活水準の一人暮らしの女性がワクチンを忌避している」という大きなミスリードになる可能性があります。

次に、学歴をみてみましょう。論文中のTable S5の一部分を抜き出して加筆したのが図1です。大卒を対象としたオッズ比では、15–64歳まではそれほど顕著な傾向はありませんが、65–79歳では中卒、高卒、短大卒のオッズ比が高くなり、高齢層の低学歴が因子として見てとれます。

ただ、95%信頼区間をみると、全年代層において、大学院修了(修士、博士)のオッズ比の上限値が低学歴と比べて比較的高いこともわかります。低学歴をワクチンためらいの因子として一般化することはむずかしいでしょう。

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図1. ワクチンのためらいに対する因子として年齢別における学歴(文献 [3] からの転載に加筆).

私の知り合いでもワクチン接種を忌避する人達がいますが、学歴はすべて大学院修了です。そして、ワクチンに関する論文をよく読み、mRNAワクチンプラットフォームの欠陥や遺伝子治療の面の審査が行なわれていないことを問題視し、日本の政府や医者のワクチン妄信ぶりを批判しています。

おわりに

Okuboらの論文で言われている「ワクチンへのためらい」の因子としての「低所得者層」は、インターネット調査の回答を直接見ただけではそうなりますが、これは生活水準、社会経済的地位の低い人がワクチンに消極的ということを意味するものではありません。しかし、論文の結論の書き方ではそう思えてしまうことに問題があります

あらためて、上記の時事メディカルのツイートをみると「ワクチン忌避に関わる要因については、政府やコロナ政策への不信感がある者や、重度の気分の落ち込みがある者で忌避率が高かった」はよしとしても、「一人暮らし、低所得(年収100万円未満)、学歴が中学校または短期大学/専門学校卒業の者も忌避率が高かった」という書き方は問題でしょう。

あたかも、一人暮らしで社会経済的地位が低い低学歴の人がワクチンを嫌っているように見えますが、これはミスリードです。

引用文献・記事

[1] 日本経済新聞: ワクチン拒否は1割 全国ネット調査、若い女性目立つ. 2021.06.25. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE251BP0V20C21A6000000/?n_cid=SNSTW001&n_tw=1624610622

[2] 安部重範: 新型コロナワクチン拒否、その理由は? Medical Tribune/時事メディカル 2021.06.28. https://medical.jiji.com/news/44651

[3] Okubo, R. et al.: COVID-19 vaccine hesitancy and its associated factors in Japan.  Vaccines 9, 662 (2021). https://doi.org/10.3390/vaccines9060662 

[4] Lin, C. et al.: Confidence and receptivity for COVID-19 Vaccines: A rapid systematic review. Vaccines 9, 16 (2020). https://doi.org/10.3390/vaccines9010016

                  

カテゴリー: 感染症とCOVID-19

 

ウィズコロナを意味のないスローガンとして否定するNZ

はじめに

2021年7月7日、ニュージーランド(NZ)が、英国式のCOVID-19と「共存」すべきだという提案(いわゆるウィズコロナ)を退け、ボリス・ジョンソンBoris Johnson)首相が提案した死のレベル(the level of death)は「受け入れられない」と述べたことを、英国ガーディアン(Guardian)誌は伝えました [1]。ここでは、このガーディアンの記事の内容を中心に紹介したいと思います。

1. ガーディアンの記事

記事では、7月5日のジョンソン首相の表明を伝えています。すなわち、彼は、マスクや社会的距離の取り方などの規制を7月19日までに撤廃する計画があるとし、英国はウイルスと共存することを学ばなければならないと述べました。また、2週間以内にCOVID-19感染者が1日5万人に達する可能性があるとし、「悲しいことだが、COVID-19による死亡者が増えることを受け入れなければならない」と述べました。

このような英国式の「COVID-19による死亡者を受け入れるかどうか」という問いに対するアーダーン首相の反応は、次のようなものでした。「国によって選択の仕方は異なる。私にとっての優先事項は、NZが得たものをいかにして維持し続けるか、そしてそれによっていかなる選択肢があるかということである。なぜなら、世界はこのウイルスでまだ終わっていないのだから」。

記事では、アーダーン首相とともに記者会見に列席したCOVID-19対策担当大臣のクリス・ヒプキンス氏(Chris Hipkins)、アシュリー・ブルームフィールド(Ashley Bloomfield)保健省長官、疫学・公衆衛生学者でもあるマイケル・ベイカー(Michael Baker)教授の発言も紹介しています。

ヒプキンス大臣は「NZでは、このような事態(英国式やり方)を喜んで受け入れることはできない」と述べました。

ブルームフィールド長官は、状況を注意深く見守っていると述べ、感染者がコントロールできなくなった場合、英国を飛行禁止リストに載せる可能性があるとしています。NZが4月にインドとの間で行ったように、フライトを停止する可能性があるかどうかについての質問には、「毎週、すべての国のリスク状況を確認していおり、決定を下さなければならないような英国からの入国者にリスクの状況についても注視している」と述べました。

つまり、規制解除により英国での感染者が爆発的に増加した場合、NZは英国を飛行禁止リストに載せることを検討する可能性があるということです。

イカー教授は、NZの将来のロードマップは、高いワクチン接種率、マスク着用の義務化、流行を抑えるための外出制限などの対策の組み合わせになるだろうと述べています。そして、NZは「恵まれた立場」にあり、排除措置を継続するか、方針を変更するかについて、十分な情報を得た上で選択することができると述べています。さらに、NZの排除型アプローチ(いわゆるゼロリスク)は、「公衆衛生の観点からも、公平性の観点からも、自由の観点からも、そして経済の観点からも、すべての指標において いかなる代替策よりも優れている」と強調しています。

記事では、オーストラリアのCOVID-19の現状も伝えています。オーストラリアはNZと状況が似ているけれども、スコット・モリソン(Scott Morrison)首相のレトリックは最近、ジョンソン風にシフトしていること、オーストラリアの再開ロードマップを4段階に分け、第3段階までにCOVID-19をインフルエンザや「他の感染症」と同様に扱うと述べたことを伝えています。

記事では最後に、英国の対策に対する専門家の困惑と批判も伝えています。ベイカー教授によれば、公衆衛生の専門家は、英国がCOVID-19を野放しにしていることに心を痛めており、ウィズコロナ(“living with it”)という言葉は、何百万人もの感染者の影響やウイルス管理のための代替手段を伝えていない、「意味のないスローガン」だと言います。

さらに、「私たちは、パンデミックの制御ができていないヨーロッパや北米から多くのレトリックを、頻繁に吸収している。ボリス・ジョンソンらの言うことに必ずしも従うべきではないと考えるし、ウイルスと共存することを学ばなければならないということも受け入れられない」と述べています。

記事の最後にあるベイカー教授の発言は以下のようになります。

ーーーーーーー

We always have to be a bit sceptical about learning lessons from countries that have failed very badly.

"大失敗した国から教訓を得ることについては、常に少し懐疑的でなければならない"

ーーーーーーー

記事の内容は以上ですが、翻って、日本の場合はどうかと言えば誠にお粗末の一言です。菅首相は「日本は欧米と比べて格段に感染者数と死者数が少ない」と都合良く述べたかと思えば、ウィズコロナの考え方やmRNAワクチンの普及については疑いもなく真似をするという状況になっています。

2. 流行状況

それではNZのCOVID-19の流行状況はどのようになっているのか、同じ島国・地域である、英国、日本、台湾とあらためて比べてみたいと思います。

図1は4カ国の感染状況の推移を示していますが、英国が突出しているので、ほかの3ヶ国の状況が見づらいです。図からは、英国における、デルタ型変異ウイルスによる再燃が見てとれます。

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図1. 英国、日本、台湾、ニュージーランドにおける新規陽性者数(人口百万人当たり)の推移(Our World in Data [2021.07.09]からの転載).

図2は、英国を除いた3ヶ国の流行状況の推移を示します。日本における陽性者数の圧倒的な多さ、台湾での最近の流行とその抑え込み、NZにおける初期の流行などが読み取れます。

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図2. 日本、台湾、ニュージーランドにおける新規陽性者数(人口百万人当たり)の推移(Our World in Data [2021.07.09]からの転載).

図3には4カ国におけるCOVID-19の死者数の推移を示していますが、やはり英国が突出しているので、ほかの3ヶ国の状況が見づらいです。

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図3. 英国、日本、台湾、ニュージーランドにおける新規死者数(人口百万人当たり)の推移(Our World in Data [2021.07.09]からの転載).

図4に英国を除いた死者数の推移を示します。図2に示した流行に対応するように、日本における死者数の多さ、台湾での最近の死者数の増加とその抑え込み、NZにおける初期の死亡事例などが読み取れます。

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図3. 日本、台湾、ニュージーランドにおける新規死者数(人口百万人当たり)の推移(Our World in Data [2021.07.09]からの転載).

このようにしてみると、NZでは初期の流行からすぐに何をなすべきかを学び、ゼロリスクを目指した対策を立て、それが功を奏してきたことがわかります。台湾も同様ですが、ちょっとした防疫対策の気の緩みで、たった1人の国際線パイロットの感染者の侵入を許し、最近の急速な流行拡大に至ったことが分かります。しかしそれも抑え込みに成功しているようです。

一方、日本は最初から何も学ばず、ズルズルとここまできたということでしょう。

おわりに

同じ島国・地域である英国、日本、台湾、NZのなかで、その利点を最大限生かして対策をとったのが台湾とNZということになるでしょう。加えて。NZは人口密度が低いということも味方になったと思います。

しかし、何と言っても今回のガーディアンの記事からもわかるように、アーダーン首相の傑出した能力と指導力・決断力、そしてNZのウィズコロナ否定という独自性がこの国の成功をもたらしている要因ということが言えます。記者会見での記者の質問に的確かつ丁寧に答えるアーダーン首相や担当大臣の姿勢は印象的です。

対照的に、記者の質問には答えず、質問も遮り、科学と学者を軽視し、思いつきと思い込みで突き進むわが国の首相とは雲泥の差です。それが図2、4で示される両国の差になって現れていると思います。

最後に、自国の対策について否定的な見解を取り上げて記事にする英国の新聞についても、本来のマスコミのあり方として印象づけられます。

引用記事

[1] McClure, T.: New Zealand not willing to risk UK-style ‘live with Covid’ policy, says Jacinda Ardern. The Guardian July 7, 2021. https://www.theguardian.com/world/2021/jul/07/new-zealand-not-willing-to-risk-uk-style-live-with-covid-policy-says-jacinda-ardern

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

またもや飲食店狙いの感染対策への疑問

まえがき

昨日(7月8日)、菅義偉首相は、東京都に4度目の緊急事態宣言を発出することを表明しました。東京はCOVID-19の第5波に見舞われつつありますが、前回の宣言解除から3週間も経たたないなかでの宣言になります。新聞報道によれば、東京五輪の開催を最優先した菅政権の対応に、不備はなかったのか、首相の政治責任が大きく問われるとしています [1]

それはともかく、緊急事態宣言に伴って、まともや感染対策に飲食店がやり玉に挙げられ、酒類提供停止が要請されるようです。この政府の動きに対して、私は疑問を抱かざるを得ません。ここでは、その理由を挙げながら、感染拡大抑制策について考えてみたいと思います。

1. メディアの報道

今朝のテレビ朝日の「モーニングショー」では、早速、飲食店の酒類提供の一律停止について伝えていました(図1)。菅首相は、昨日の記者会見において、酒類停止は感染防止に大きな成果を上げてきたことから、緊急事態宣言下の地域ではもちろんのこと、まん延防止措置の地域でも酒類提供は原則禁止という判断をすると述べました(図1右)。

その根拠して挙げられているのが、3人以上の会食における感染リスクが、その回数とともに「酒あり」で大きく上がることです。たとえば、3人で2回以上酒ありで会食すると、3人で1回酒なしで会食した場合に比べて4.94倍感染リスクが上がることが報告されています(図1左)。

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図1. 菅首相による飲食店の酒類提供に関する記者会見コメント(右)および3人以上の会食における感染リスク(後述のアドバイザリーボード資料に基づく)(2021.07.09. TV朝日「モーニングショー」より).

また、西村康稔経済再生担当大臣は、酒の卸売り業者に飲食店との取引停止を要請するとし、飲食店共々要請に応じない場合は、金融機関に情報提供すると述べたことを番組は伝えていました。

しかし、これは菅首相からも「承知していない」と言われ(この発言自体もトボケていて無責任ですが)、与野党から批判を浴び [2]、今日夕方の加藤官房長官の記者会見で「金融機関からの働きかけに」については撤回するとされました。しかし、内閣官房国税庁はすでに連名で、酒店宛に、注文に応じないことを要請する文書を送っています。こちらは撤回されていません。

2. アドバイザリーボードの見解ー会食・酒がリスク因子

これまでも感染リスクが高いとして飲食店が散々やり玉に挙げられてきましたが、菅首相の頭にはそれが完全にインプットされているようです。その情報源は政府アドバイザーボードの見解にあると思われます。

7月7日に開催された第42回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードでは、「新型コロナウイルス感染症の社会行動リスク解析:パイロット調査の暫定報告」という資料が提出されています [3]。これは、国立感染症研究所感染症疫学センターが行なった調査で、東京都内の2医療機関における発熱外来受診者と検査を受けた407名のうち、未成年者、年齢記載なしの人、発症から15日以降の受診者を除いたものについて、過去2週間における行動歴と感染リスクの関係を解析したものです。

検査は、症状ありかつ/または濃厚接触者に実施されており、陽性者と陰性者の行動歴が分析されています。そして陰性者をコントロールとした陽性者のオッズ(odds)比で、その事象の起こりやすさが求められています。ちなみに、ある事象が起こる確率を P とすると、その事象が起こらない確率は 1-P になります。その事象のオッズ比はこの2つの値の比 P/(1-P) になります。

その結果、図2にあるように、「会食2回以上お酒のある会食2回以上で高いオッズ比が出ています。

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図2. 新型コロナウイルス感染症の社会行動リスク解析における行動歴データ([3]より転載).

また、いわゆる「3密」や「5つの場面」に関連するリスク因子として、特に高いオッズ比が出ているのが「大人数や長時間におよび飲食」です(図3)。そのほか、「換気の悪い場所にいた」、「手の届く範囲で会話をする機会」でも、比較的高いオッズ比が見られます。

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図3. 新型コロナウイルス感染症の社会行動リスク解析における3密と5つの場面に関するリスク因子([3]より転載).

図2図3の結果をふまえて、この調査では図4に示す考察がなされています。強調されていることは、リスク因子としての会食です。特に、複数で回数を重ねるお酒付きの会食が感染リスクを高めることが述べられており、米国やフランスにおける「レストランの利用がリスク因子」とする調査結果と一致するとしています。

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図4. 新型コロナウイルス感染症の社会行動リスク解析における考察([3]より転載).

それでは図4で引用されている、Gaimicheらの調査研究 [4] を例に見てみましょう。この研究では、フランスにおける3,426人の症例と1,713人の対照者を対象にした調査の多変量解析を行ない、リスクの高い場所や場所を考察しました。その結果、世帯内に保育園、幼稚園、中学校、高校に通う子どもがいると、感染リスクが高まることがわかりました。また、感染リスクの上昇と個人的な集まりへの参加、バーやレストランへの出入り、屋内でのスポーツ活動との関連性が認められました。

一方で、ショッピング、文化的・宗教的な集会に参加すること、相乗りを除く交通機関を利用については感染リスクの増加は認められれず、テレワークは、感染リスクの低下と関連していました。

すでに多くの論文で指摘されていますが [5]、マスクを外し、口を開き、近接対面で会話も行なうような会食で感染リスクが高まることは、誰でも容易に想像できます。酒が入ればさらにリスクは高まるでしょう。

5. 感染経路での会食の割合は低い

では、いま都市圏を中心に感染が拡大しているわけですが、陽性者の感染経路として会食が中心になっているかと言えば、実状はまったく違います。最近のメディア報道 [6] に基づいて、東京都についてのさまざまな感染経路の割合を示したのが図5左です。感染経路としては家庭内がトップで50%、次が職場内が17%、施設内が11%で、会食となると9%です。

家庭内というのは外から誰かがウイルスを持ってきて、家族に感染が広がるというイメージですが、外での感染経路としては会食は決して上位にはなっていないのです。

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図5. 東京都におけるさまざまな感染経路の割合(左は感染経路がわかっているものだけの割合、左は感染経路不明者を加えた割合、[6]に基づいてグラフ化).

実は図5左は感染経路が分かっている人についての感染経路の割合であり、感染経路不明者を加えると圧倒的にこれがトップになります。それが図5右であり、東京では常に感染経路不明者が6割以上いるので、仮に経路不明者を60%として加え、再グラフ化してあります。そうすると、会食はわずか3%にしかすぎないことが分かります。

つまり、現在リスク因子としてあげられている環境や機会に心当たりのない人達が市中感染していて、それを家庭に持ち込むことにより感染を広げているということが推察されます。また上記の例にあるように、幼稚園や中学校、高校が感染源になり、家庭内感染を広げていることも考えられます。

上述したように、会食やお酒がリスク因子として高いことは事実ですが、現在の感染状況でそれが主要な感染経路になっているかと言えば、はなはだ疑問なのです。今回の国立感染のリスク行動分析はきわめて限られた範囲の限られた人数を対象としたものであり、分析をするならば、図5右にある感染経路不明者を含めてやるべきなのです。それとも図2、3のデータは、感染経路不明者も含めた解析から導き出されたものでしょうか。

感染経路不明者ということは、3密とか会食とか感染リスクの高い経験に心当たりのない陽性者ということでしょうから、おそらくは図23には含まれていないと想像されます。

今回の緊急事態宣言も含めて、主要感染経路ではない、非常に低い割合の会食をやり玉に挙げながら、感染対策を講じているのが現在の政府です。そしてこの会食制限と禁酒令が唯一の策とも言ってもいいくらいの、中途半端な対策が問題だと言えます。これが今の政府の感染対策へ抱く私の疑問の理由であり、アドバイザリーボードの分析と提言についても疑問を抱かざるを得ません。

この背景にある一つの大きな問題は、厚生労働省SARS-CoV-2空気感染(エアロゾル感染)を(言葉上)認めていないことです(→あらためて空気感染を考える)。感染力を増した変異ウイルスの場合は、特に空気感染が考慮しなければなりません。言葉上だけならいいですが、古典的医学ドグマに拘泥して、空気感染をきわめて限定してリスク因子分析をしているとするなら、明らかに手落ちです。

おわりに

先のブログで感染拡大抑制に向けた政府がとるべき対策について提言しました(→下げ止まりの時こそ行なうべき強化策)。基本は濃厚接触者の範囲を取払い、ウイルス排出量の高い感染者周辺の面的な検査拡大を行なうことです。英国や豪州のように、下水検査を駆使した地域の網羅的検査も有効です。感染リスク因子については、空気感染を想定して、感染経路不明者を対象としたより幅広い環境と行動歴の分析が必要だと思われます。

しかし、面的な検査拡大の戦略はこれ以上感染者が増えると困難になりますし、政府はもとより検査拡大を行なうつもりもないようです。リスク因子分析も然りで、有症状者と狭い範囲の濃厚接触者に限定して行なう方針は変わらないようです。

飲食店対策の一つとしては、換気と席数制限とともに、飲食店利用者に事前に簡易抗原検査やPCR検査を受けてもらい、陰性者のみ店を利用できるような仕組みを導入できないものでしょうか。そして飲食店への営業制限を要請するなら、その分協力金による補償を急ぐべきでしょう。

菅首相の頭の中にはワクチンと前述のような飲食店対策しかありません。思いつきと思い込みで途中で修正が効かないことが今の政府の最大の欠点です。これが彼が首相に就任してから14,000人近い死者数と東アジア・西太平洋地域で2番目の被害を出している理由の一つです。おそらくこの被害の重みの自覚はないと思いますが。

引用文献・記事

[1] 西村圭史ら: 五輪を最優先、崩れた方程式 楽観論に流された菅首相. 朝日新聞デジタル 2021.07.09. https://www.asahi.com/articles/ASP787H28P78UTFK007.html?oai=ASP786TD7P78ULBJ01J&ref=yahoo

[2] JIJI.COM: 西村担当相、要請拒否の店舗情報を金融機関に 菅首相「承知せず」、野党反発. Yahoo ニュース 2021.07.09.
https://news.yahoo.co.jp/articles/e1d67c29c9fa71c0b88d3b852466745d61c6982a

[3] 厚生労働省: 第42回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(令和3年7月7日)資料. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000803143.pdf

[4] Galmiche, S. et al.: Exposures associated with SARS-CoV-2 infection in France: A nationwide online case-control study. Lancet Reg. Health 7, 100148 (2021) https://doi.org/10.1016/j.lanepe.2021.100148

[5] Chang, S. et al.: Mobility network models of COVID-19 explain inequities and inform reopening. Nature 589, 82–87 (2021). https://www.nature.com/articles/s41586-020-2923-3

[6] FNNプライムオンライン: 感染再拡大の予兆みられる」 宣言解除後に人出が増加…東京で“感染者急増”に現実味. Yahoo Japanニュース 2021.06.24. https://news.yahoo.co.jp/articles/57181dc6535c027f837ea98c6e013b00bbf56360

引用した拙著ブログ記事

2021年 7月5日 あらためて空気感染を考える

2021年 6月14日 下げ止まりの時こそ行なうべき強化策

                

カテゴリー: 感染症とCOVID-19

 

あらためて空気感染を考える

はじめに

新型コロナウイルスウイルスSARS-CoV-2の感染については、飛沫感染接触感染エアロゾル感染の三つの感染様式があると言われてきました。1年以上も前、このブログでもそれらを取り上げました(→新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効果)。しかし、この1年間の研究調査データから、研究者は一つの事実を明らかにしつつあります。それは主要感染経路が空気感染(airborne transmission)であるということです。それも新しい概念の空気感染です。

空気感染については、特に感染力が高い変異型ウイルスへの対策として考慮すべきであり、マスクの着用の仕方も強化すべきことだと思われます(→感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスク)。しかし、科学論文上はもとより、さまざまなウェブ記事、SNS上でも空気感染という言葉について混乱があります。このブログ記事で、あらためて空気感染とは何かについてまとめてみたいと思います。

1. 用語の定義

まずは、呼吸器系感染症の病原体の感染に関する用語の定義を示したいと思います。2014年に報告された世界保健機構WHOによる見解と用語の定義を、室内環境学会がまとめていますので [1]、それを表1に示します。

表1. 呼吸器系感染症の感染に関する用語の定義(文献 [1] に基づいて作成)

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表1によれば、飛沫感染は 5 μm より大きい飛散・吸入性エアロゾルにより、1 m 以内の距離で生じる感染と定義されます。それに対し、空気感染は飛沫核(5 μmより小さいエアロゾルが乾燥した残渣)の吸入により感染ということになります。医学・微生物学の古典的概念でも、5 μm を基準にして、それ以下のエアロゾルによる感染を空気感染、それ以上の場合を飛沫感染と考えています。

それでは、エアロゾルとは何かということになりますが、日本エアロゾル学会によれば、「気体中に浮遊する微小な液体または固体の粒子と周囲の気体の混合体」をエアロゾル(aerosol)と言う、と示されています [2]

エアロゾル粒子は,その生成過程の違いから粉じん(dust)、フューム(fume)、ミスト(mist)、ばいじん (smoke dust))などとも呼ばれ、粒径や化学組成,形状,光学的・電気的特性など多くの因子によって表され,きわめて複雑であると述べられています。そして、大きさ(粒径)についていえば,分子やイオンとほぼ等しい 0.001 μm=1 nm 程度から、100 μm 程度まで約5桁にわたる広い範囲が対象となるとあります。

したがって、エアロゾル感染という言い方をした場合、その範囲はきわめて広く、空中に浮遊する飛沫から飛沫核に至るまでの吸入による感染ということになるでしょう。そして、WHOの見解(表1)に照らし合わせれば、病原体の最大濃度部分から 1 m 以上の距離を超えて感染が起こる場合がエアロゾル感染ということになり、そのうち乾燥したエアロゾル、すなわち、飛沫核による感染が古典的(狭義の)空気感染ということになるでしょう。

2. 感染様式とエアロゾル感染

SARS-CoV-2を含めた呼吸器系病原ウイルスの感染・伝播様式については、国内外のたくさんの論文やウェブ記事の紹介があります。ここでは、Nature Review Microbiology に掲載されたナンシー・リョン博士の総説論文 [3] のなかで挙げられている図解がわかりやすいので、それを引用しながら説明したいと思います。

この総説では、呼吸器系ウイルスは、直接(物理的)接触、間接接触フォマイト)、飛沫、エアロゾルという4つの主要な感染様式で感染すると書かれています。さらに、一次感染者の排出から short range(短時間内)で起こるものと long range(長時間の範囲)で起こるものがあるとしています。

図1のように、短時間で起こる感染として、飛沫、エアロゾル、直接接触、間接接触による感染があります(図1左)。長時間にわたるものとしては、エアロゾルと付着物(フォマイト)を介した接触感染があります(図1右)。

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図1. 呼吸器系ウイルスの主要感染様式(文献 [3] からの転載図).

上記のように、この総説では空気感染(airborne transmission)という言葉は使われていません。おそらくエアロゾルの範囲を飛沫核まで広くとり、エアロゾルによる感染で空気感染を網羅しているというニュアンスです。一方、飛沫感染の"飛沫"は短時間で消失する(落下する)ものという捉え方です。

実際、エアロゾル感染(空気感染)と飛沫感染という2つの感染経路は、必ずしも相互に排他的ではなく、「飛沫」と「エアロゾル」の定義が問題となります。英国レイチェスター・ロイヤル病院のコンサルタントウイルス学者であるジュリアン・タン(J. Tang)博士は、「用語を変えるべき」、「飛沫は地面に落ちたもので、吸い込むものではない」と述べています [4]

Lancet Rspiratory Medicine に掲載された論文は、さまざまな呼吸器感染症の患者の咳のエアロゾルや呼気の研究によれば、小さな粒子(< 5 μm)に病原体が多く含まれていることがわかっていると報告しています [5]。これにはウイルスも結核菌のような細菌も同じです。

従来、呼吸器ウイルスは接触飛沫感染すると考えられており、エアロゾル感染の可能性を考慮する際には注意が必要とされてきました。 しかし、近年では、エアロゾル感染の重要性を認識する研究者が増え、特にSARS-CoV-2のエアロゾル感染に関する最近の見解では、各感染経路の相対的な重要性を評価する上で中心になっています。

3. SARS-CoV-2の空気感染についてのWHOの見解

WHOは当初、SARS-CoV-2の空気感染を認めておらず、主な感染経路は飛沫と付着物であるという認識でした。2020年2月28日に発表された「コロナウイルス感染症に関するWHO-中国合同ミッション2019」の報告書には、「COVID-19については空気感染の報告はなく、既知情報からは感染の主要な要因とは考えられないが、医療施設で特定のエアロゾルを発生させる処置が行われた場合には想定される」と記載されています。

しかし、SARS-CoV-2の感染に関するデータが増えるにつれ、空気感染という言葉を使うようになりました。続く3月には、飛沫感染とは、感染者の周辺環境にある直径 5 μm以上、10 μm 以下の感染性呼吸器飛沫や付着物を介して起こる感染であり、空気感染とは、5 μm 以下の感染性飛沫核を介して起こる感染であると、古典的概念で述べています [6]

さらに、2020年7月、豪州、欧米、中国、日本などの研究者が連名で、"It is time to address airborne transmission of COVID-19"と題した声明の論文(著者は二人)を発表し、COVID-19の空気感染に対応すべきと訴えました [7]。強調されたのは、公共施設、学校、病院、オフィスなどの効果的な換気です。

WHOは直ぐに反応し、7月9日に Sciemtific Brief を出し、初めてまともにSARS-CoV-2の空気感染について取り上げました [8]。これが現在までの最新の見解です。

そこでは、空気感染を、「空気中に浮遊した状態で感染力を維持する飛沫核が長距離・長時間にわたって拡散すること」と定義しています。 そして、SARS-CoV-2の空気感染は、エアロゾルを発生させる医療行為で起こる可能性があると述べる同時に、換気の悪い屋内環境でも伝播する可能性があるということについて、議論・評価してきたと述べています。

また、呼気や流体の物理学の観点から、エアロゾルを介したSARS-CoV-2感染の可能性のあるメカニズムについてのいくつかの仮説があることを述べています。これらの仮説理論は、1)多数の呼吸器の飛沫が蒸発することで微細なエアロゾル(≤ 5 μm)を生成する2)通常の呼吸や会話によって呼気エアロゾルが発生する、というものです。

そして、感染しやすい人がエアロゾルを吸い込み、そのエアロゾルに十分な量の感染性ウイルスが含まれていれば、感染する可能性があるとしています。しかし、呼気中の飛沫が蒸発してエアロゾルを生成する割合や、他の人に感染を引き起こすのに必要な感染性SARS-CoV-2の量は不明であるとしています。

以上のように、WHOはCOVID-19の空気感染を認めていますが、依然として 5 μm 以下の飛沫核に拘泥しているようです。2020年12月のマスク使用に関する中間報告書では、「SARS-CoV-2は、感染者が咳やくしゃみをしたり、歌ったり、大きく息をしたり、話したりしたときに広がるが、この液体粒子の大きさはさまざまで、大きな呼吸系飛沫から小さなエアロゾルまである」と述べています [9]

4. 米国CDCの空気感染に関する見解

米国CDCもSARS-CoV-2の感染様式について逐次情報をアップデートしています。2020年10月のバージョンでは空気感染という言葉を使っていたのですが(→感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスク)、2021年5月の最新アップデート版ではそれが消えました [10]。それどころか、エアロゾル感染、飛沫感染接触感染という直接的な言葉もありません。非常に慎重な物言いになっており、そして、以下のように感染の3様式について具体的に触れています。

・ウイルスの吸入(inhalation of virus)

・露出した粘膜へのウイルスの沈着(deposition of virus on exposed mucous membranes)

・ウイルスで汚染された手で粘膜に触れること(touching mucous membranes with soiled hands contaminated with virus)

このなかで、「ウイルスの吸入」が空気感染に相当するものと思われます。それについて次のような説明があります。

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Inhalation of air carrying very small fine droplets and aerosol particles that contain infectious virus. Risk of transmission is greatest within three to six feet of an infectious source where the concentration of these very fine droplets and particles is greatest.

"感染性ウイルスと一緒の非常に微細な飛沫やエアロゾル粒子を含む空気を吸い込むこと。感染のリスクは、これらの非常に微細な飛沫や粒子の濃度が最も高い感染源から3~6フィート以内で最大となる"

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微細な飛沫やエアロゾル粒子を含む"空気を吸い込むことによる感染"と表現していますので、これは”実際上の空気感染”に他ならないと思います。

5. 空気感染とエアロゾルの拡大

2020年10月、サイエンス誌に掲載されたPratherらのLetterでは、COVID-19は空中に漂うウイルスを吸入することによって感染するという圧倒的な証拠があるとして、エアロゾルと飛沫を区別する用語を明確にする必要があると提言しています [11]。すなわち、エアロゾルの空気力学的挙動、吸入能力、介入の効果をより効果的に分けるために、従来の基準の 5 µm ではなく、100 µm サイズの閾値を使用する必要があるとしています。

その根拠として、液滴(100 µm以上)に含まれるウイルスは、通常、発生源から 2 m以内であれば数秒で地面に落下することを挙げ、飛沫の飛散範囲は限られているため、物理的に距離を取ることで、飛沫への曝露を減らすことができるとしています。一方、エアロゾル(100 µm 以下)に含まれるウイルスは、煙のように数秒から数時間にわたって空気中に浮遊し、2 m以上も移動し、換気の悪い室内の空気中に蓄積され、スーパースプレッダー現象を引き起こすこともあるとしています。

著者らが強調していることは、SARS-CoV-2の感染者は、その多くが無症状であり、呼吸や会話の際に数千個のウイルスを含んだエアロゾルを放出するが、飛沫の数ははるかに少ないということです。そのため、飛沫を浴びるよりもエアロゾルを吸い込む方がはるかに多く、空気感染(=エアロゾル感染)を防ぐことに注意を向けなければならないとしています。

最後に、マスク着用、社会的距離の取り方、衛生面での処置といった従来の努力義務に加えて、屋外での活動、換気やろ過による室内空気の改善、リスクの高い労働者の保護の改善の重要性について、公衆衛生当局が明確な指針を加えることを強く求めると提言しています。

2021年4月には、「空気感染を支持する10の科学的理由」と題する論文がランセット誌に掲載されました [12]。この論文でも、エアロゾルや液滴の直接測定では、呼吸器系の活動で発生するエアロゾルの数が圧倒的に多いことや、エアロゾルと液滴の粒径の境界が 100 μm ではなく、5 μm という恣意的なものであることなどの欠陥を指摘しています。その上で、空気感染を支持する以下の理由を挙げています。

1) スーパースプレッダー現象、2) 対面したことない離れた場所での感染、3) 咳やくしゃみをしていない無症状者からの感染が3–6割、4) 屋内感染が換気で減少、5) 厳格な接触・飛沫予防策がとられた病院での院内感染、6) 空中からの感染性ウイルスの検出、7) 病院のエアフィルターや建物のダクトからのウイルス検出、8) 別ゲージに入れられた動物の送風管を通じた感染、9) 空気感染を否定する強力かつ一貫した証拠を示した研究はなし、10) 近距離での感染と、空気を共有した際の遠距離での少数感染は、感染者からの距離に応じた呼気エアロゾルの希釈によって説明可能。

これらの論文に共通することおよび公衆衛生分野の世界的潮流は、5 μm 粒子を閾値にする空気感染の古典的な医学的概念・ドグマから脱却して、エアロゾル吸引を含めて空気感染としてとらえ、適切な危機管理の範囲を考えようということです。そのことで換気対策などを施し、COVID-19の拡大を抑えようという狙いがあります。

古典的空気感染の概念に当てはまらない事例や考え方が出てきたことで、上記のように、逆に米国CDCは空気感染という言葉を使うことを止め、「エアロゾルを含む空気を吸うことによる感染」という表現に変えているのだと思います。

メディアもCOVID-19は空気感染であるという記事を配信し、関係公共機関もそれを支持していると伝えています [13]。 

6. ウイルスの残存性

SARS-CoV-2が空気感染あるいはエアロゾル感染するなら、実際にエアロゾルの中でどのくらいの時間まで感染力を維持して残存できるのかというのが問題になります。実際に患者が入院している病室の空気から、感染性のあるウイルスが分離された例もあります [14]

残存性についてはいくつかの報文がありますが、その一つにコレスポンデンスとしてNEJM誌に掲載された論文があります [15]。この論文は昨年4月に掲載されて以来、被引用数が3千回を超える有名な論文です。

それによると、感染性SARS-CoV-2は3時間以上にわたってエアロゾル(< 5 μm)中から検出され、SARS-CoV-1並みの残存力だとされました(図2)。ベイズ回帰モデルを使った減衰パターンに基づく解析では、エアロゾル中の半減期は 0.64–2.64 h となりました。固形物での残存性はより長く、ステンレスおよびプラスチック上の半減期のメディアン値は、それぞれ 5.6 h および 6.8 h となりました。

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図2. SARS-CoV-2およびSARS-COV-1のエアロゾル中、銅、ステンレス、およびプラスチック上における残存性(文献 [15]からの転載図).

米国安全保障省のウェブサイトには、SARS-CoV-2 Airborne Decay Calculator というページがあり、紫外線、温度、相対湿度のパラメータを変えることで、ウイルスが空気中でどの程度残存するかを計算することができます [16]。UVインデックス=2、温度=20℃、相対湿度=40%で計算すると、50% 残存性は約10分、1% 残存性は約1.1時間となります。

ウイルスの二次感染性は、感染者のウイルス排出量に関わってきますので、感染リスクを空中の残存性の時間から単純に判断するのは危険です。スーパースプレッダーと呼ばれるウイルス排出量が高い感染者は、1%の残存量でも十分な感染性ウイルスが含まれます。

7. 厚生労働省の見解

翻って、厚生労働省のCOVID-19感染に関する認識はどうかというと、これはもう絶望的なくらい情報が遅れていて(あるいは恣意的にそうしているのか)用をなしていません。例として、厚労省のホームページにある一般向けのQ&Aコーナーにある「新型コロナウイルス感染症はどのように感染しますか」という問いに対する答えが以下です。1年以上も前に掲載されてから更新されていません

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一般的に飛沫感染接触感染で感染するとあり、空気感染はもとより空気、エアロゾルという言葉も出てきません。主に、飛沫が飛んできてそれを吸って感染するというようなイメージにとれます。感染様式についてWHOのリンクを参照しろというような主体性のなさも問題です。

日本では、政府や厚労省に忖度しているのか、NHK理研のシミュレーションなどにおいても、「エアロゾル」や「空気」という言葉を使わず、マイクロ飛沫(microdroplets)なる言葉を使っています。COVID-19感染についてマイクロ飛沫感染なんて言っている論文はほとんどありません。ちなみに、microdroplets, transmission, SARS-CoV-2というキーワード、直近1年間の条件でPubmed検索すると、20件ほどしか出てきません。一方、aerosol, transmission, SARS-CoV-2だと945件ヒットします。同様に、airborne, transmission, SARS-CoV-2では454件です。

専門家の間では空気感染という言葉がだんだんとメジャーになっている印象は受けます。そのなかで、坂本史衣氏によるCDCの見解を中心とする記事 [17] はほぼ正確なものですが、「こびナビ」を紹介しているところは、後述の理由で、個人的にはいただけません。彼女はことさらPCR検査の精度を問題にし、感度70%を広めた当事者でもあります。

おわりに

世界の医学、微生物・ウイルス学、公衆衛生学分野は、明らかにSARS-CoV-2は空気感染するという認識に変わっています。しかもそれは、医学ドグマにあるような古典的空気感染ではなく、「感染性ウイルスと一緒のエアロゾルを含む空気を吸うことによる感染」という新しい概念です(WHOは依然として飛沫核による感染という風に捉えているようですが)。何よりも一般人には、エアロゾルとか飛沫核とか言われるよりも、病原体を含む空気を吸って感染することを空気感染と言われた方が理解しやすいです。

一方で、厚労省は依然としてSARS-CoV-2の感染についての古い認識をアップデートしておらず、危機管理意識が低いままであり、国民に誤ったメッセージを発信し続けています。「3密の回避」という日本発のオリジナル感染対策は、空気感染(エアロゾル感染)防止のためにあるようなスローガンですが、一体どうしたことでしょう。

周辺の医療クラスター、研究者、メディアも厚労省の認識を追従している状態です。いい例が、「こびナビ」というCOVID-19やワクチンの情報サイトです。ここのメンバーには、ベイズ定理を用いたPCR検査の精度に関する数々の学術論文を曲解し、検査抑制論に走った人達がいますが、SARS-CoV-2の空気感染についても、古典的医学ドグマに拘泥し、アップデートな情報を読み誤っています [18]

引用文献・記事

[1] 篠原直秀: 新型コロナウイルスの感染対策に有用な室内環境に関連する研究事例の紹介(第一版). 室内環境学会. http://www.siej.org/sub/sarscov2v1.html

[2] 日本アエロゾル学会:エアロゾルとは. https://www.jaast.jp/new/about_aerosol.html

[3] Leung, N. H.: Transmissibility and transmission of respiratory viruses. Nat. Rev. Microbiol. Published: March 22, 2021. https://doi.org/10.1038/s41579-021-00535-6

[4] Baraniuk, C.: Covid-19: What do we know about airborne transmission of SARS-CoV-2?. BMJ 373, n1030 (2021). https://doi.org/10.1136/bmj.n1030

[5] Fennelly, K. P.: Particle sizes of infectious aerosols: implications for infection control. Lacet Res. Med. 8, 914–924 (2021). https://doi.org/10.1016/S2213-2600(20)30323-4

[6] World Health Organization: Modes of transmission of virus causing COVID-19: implications for IPC precaution recommendations: scientific brief, 29 March 2020. World Health Organization. https://apps.who.int/iris/handle/10665/331616.

[7] Morawska, L. & Milton, D. K.: It is time to address airborne transmission of coronavirus disease 2019 (COVID-19). Clin. Infect. Dis. 71, 2311–2313 (2020). https://doi.org/10.1093/cid/ciaa939

[8] World Health Organization: Transmission of SARS-CoV-2: implications for infection prevention precautions. July 9, 2020. https://www.who.int/news-room/commentaries/detail/transmission-of-sars-cov-2-implications-for-infection-prevention-precautions

[9] World Health Organization: Mask use in the context of COVID-19. Interim guidance. Dec. 1, 2020. https://apps.who.int/iris/handle/10665/337199

[10] Centers for Disease Control and Prevention: Scientific Brief: SARS-CoV-2 transmission. Updated May 7, 2021. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/science/science-briefs/scientific-brief-sars-cov-2.html?CDC_AA_refVal=https%3A%2F%2Fwww.cdc.gov%2Fcoronavirus%2F2019-ncov%2Fmore%2Fscientific-brief-sars-cov-2.html

[11] Prather, K.A. et al.: Airborne transmission of SARS-CoV-2. Science 370, 303-304 (2020). https://science.sciencemag.org/content/370/6514/303.2

[12] Greenhalgh, T. et al.: Ten scientific reasons in support of airborne transmission of SARS-CoV-2. Lancet 397, 1603-1605 (2021) https://www.thelancet.com/article/S0140-6736(21)00869-2/fulltext

[13] Gale, J: Covid is airborne, scientists say. Now authorities think so, too. Bloomberg 2021.05.17. https://www.bloomberg.com/news/articles/2021-05-16/covid-is-airborne-scientists-say-now-authorities-think-so-too

[14] Lednicky J. A. et al. Viable SARS-CoV-2 in the air of a hospital room with COVID-19 patients. Int. J. Infect. Dis. 100, 476–482 (2020). https://doi.org/10.1016/j.ijid.2020.09.025

[15] van Doremalen, N. et al. Aerosol and surface stability of SARS-CoV-2 as compared with SARS-CoV-1. N. Engl. J. Med. 382, 1564–1567 (2020). https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMc2004973

[16] U.S. Department of Homeland Security: Estimated airborne decay of SARS-CoV-2 (virus that causes COVID-19). https://www.dhs.gov/science-and-technology/sars-airborne-calculator

[17] 坂本史衣: 新型コロナの感染経路 いま分かっていること、いまできること. Yahoo Japn News 2021.05.08. https://news.yahoo.co.jp/byline/sakamotofumie/20210508-00236853/

[18] こびナビ: 新型コロナウイルスは、空気感染するのか?(5月13日こびナビTwitterspacesまとめ). note 2021.06.24. https://note.com/cov_navi/n/nc18332e1f521

引用したブログ記事

2021年4月13日 感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスク

                         

カテゴリー: 感染症とCOVID-19

 

ついに検査抑制方針を改善できないまま感染五輪を迎える

はじめに

パンデミック宣言以来、日本はクラスター対策とともにPCR検査抑制を貫いてきたことは公然の事実です。検査を限定するために、当初は「37.5℃で4日間」などの検査の目安さえ設けていました。クラスターに集中して患者確定にPCR検査を集中適用するという方針は、主に無症状のスーパースプレッダーがSARS-CoV-2感染を広げる(→感染者の2%がウイルス伝播の90%に関わるということから考えると、感染拡大を抑えるという面からは完全に的外れなことをやっていたわけです。

しかし、この方針は現在まで基本的に変わっていません。そして、現在、首都圏を中心にして第5波流行の入り口に立っています。政府も分科会専門家もマスコミも、第5波、ワクチン、五輪のことは話題にしても、感染拡大抑制に向けての検査戦略についてはほとんど口にしなくなりました。検査抑制のまま東京五輪と第5波の流行を迎えることになろうしています。

1. 検査陽性率にみる検査抑制

感染者数に検査が追いついているかどうかをみるために、最もよい指標となるのは検査陽性率です。そこで、東アジア・西太平洋の諸国・地域のなかで比較的感染を抑えているシンガポール、ヴェトナム、オーストラリア、ニュージーランド、それにお隣の韓国を加えて、1年間における検査陽性率を日本と比べてみました。

図2から明らかなように、比較した国・地域のなかでは、日本は常に最も高い陽性率で推移しているのがわかります。しかも日本は圧倒的に高い陽性率であり、5%を前後を蛇行しながら、ときには10%を超えることもありました。他の国・地域では5%を超えたことはなく、おおむね3%以内に抑えられています。

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図2. 日本およびその他の東アジア・西太平洋諸国における直近1年間の検査陽性率の推移(Our World in Dataからの転載図に筆者加筆).

図1から学べることは、感染拡大の予兆を感知し、抑制のための手を打つ指標として、検査陽性率をできる限り下げることが重要であり、たとえば、陽性率3%程度が目安になるかもしれないということです。このブログでも検査陽性率3%を指標にすることは何度も言ってきました(→政府分科会が示した感染症対策の指標と目安への疑問遅すぎたそして的外れの"感染再拡大防止の新指標"の提言)。

しかし、政府分科会が感染状況のステージIII/IVの目安としてきたことと言えば、何と陽性率10%です。この10%を今年の4月まで続けていました。これでは、感染拡大の傾向に対して何か手を打ったとしても手遅れになるのは明白です。今年の4月以降この目安は変更されましたが、それでもステージIIIが5%、ステージIVが10%であり、依然としてユルユルです。

ここで図3に、感染被害が顕著な米国および英国の検査陽性率の推移を日本と比較して示します。ここから明らかなように、日本の陽性率の値と変動パターンは米国に類似していることがわかります。一方、英国はむしろ日本よりも低い陽性率で推移しています。つまり、日本の検査陽性率は世界で最多の感染者数を出している米国並みであるということです。

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図2. 日本、米国、および英国における直近1年間の検査陽性率の推移(Our World in Dataからの転載図に筆者加筆).

日本における検査陽性率の意味をよりわかりやすくするために、日本と各国・地域の人口当たりの陽性者数、死者数、および検査数と陽性率の具体的数字を比較して、表1に示します。

表1. 日本と主な国・地域(図1、2掲載)における人口当たりの陽性者数、死者数、検査数と陽性率の比較(wordometerに基づいて作成)

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表1からわかるように、米国は人口比で日本の16倍の感染者数を出しているので、自ずから検査数はそれだけ増えるわけですが、陽性率も6.8%と検査が追いついていないという状況です。とはいえ、100万人当たりの検査数は約152万件になっていますので、数字上は全国民を検査したことになり、人口比で日本の10倍以上は検査していることになります。

英国は、人口比で日本の11倍の感染者数を出しながら、100万人当たりの検査数は約313万件であり、人口の約3倍の検査数を達成しています。その結果陽性率は2.3%と低くなっています。感染対策として努力している証だと言えます。

結局日本は、検査陽性率では感染抑制に比較的成功している東アジア・西太平洋諸国の足下にも及ばず、最悪の感染大国である米国の1/16の感染者数でありながら、米国をちょっと下回る陽性率でしか検査をしていないということになります。そして、東アジア・西太平洋諸国・地域と比べると、高齢者が多いことも一因と思われますが、人口比の死者数(百万人当たり117人)が多いことが目立ちます。

もちろん日本においては、1年前よりは確実に検査は増えていますが、当初の検査抑制方針が今日に至るまでずうっと尾を引き、検査不足状態であることがわかります。それが、ステージIII/IVにおけるユルユルの検査陽性率の指標に現れておりであり、この指標のために感染が拡大してからやっと腰を上げるということになり、その後手後手の対応が重症者を増やし、そして死者数を増やしてきたということになるでしょう。

感染拡大を抑制するという面からは、陽性率はステージIIIで3%ステージIVで5%程度に設定するのが、より合理的だと言えます。

2. 首都圏の現況

検査抑制という消極的戦略が後を引いているのは、東京都の検査数にもそれが現れています。 図3に、直近2ヶ月近くの検査数と検査陽性率(1週間移動平均)の推移を示します。一見して東京都の検査数は下がり続けていることがわかり、5月上旬と比べると現在は67%の検査数しかありません。陽性率も5%前後を推移し、6月13日の3.9%と最低記録したのを最後に上昇転じ、最近は5%を超えています。

第5波に向かっているというのにどうしたことでしょう。東京五輪開催を前に、陽性者数を少なく見せようという意図でもあるのでしょうか? 

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図3. 東京都における最近の検査人数と検査陽性率の推移(東京都新型コロナウイルス感染症対策サイトより転載).

NHKのニュースは、首都圏や関西の府県において、1週間平均の感染者数が前週比で1倍を超えることを報道していました(図4)。このまま検査不足を改善できないまま、デルタ型変異ウイルスの台頭による第5波流行と感染五輪に突っ込むことになります。

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図4. 第5波に入ったことを示す感染者数の週間増加比(2021.07.02. NHK 7NEWSより).

おわりに

結局、日本は当初の検査抑制方針が尾を引き、これまで検査が足りないという問題を克服できませんでした。ステージIII/IVの感染経路不明率の50%という指標にも見られるように、きちんと追跡するという姿勢も見られません。濃厚接触の範囲も狭められたままです。ワクチンもここにきて、自治体の要望に対して供給が足りないという問題が出てきました。

7月11日に期限が切れるまん延防止措置緊急事態宣言再発出についてもどのような判断をするのか、基準が定かではありません。五輪の観客をどうするかという判断も未確定です。もう何もかもが不十分、中途半端のままです。

今、ウイルスとの戦いに敗色濃厚でありながら、なお感染五輪に向かって突き進もうとしています。太平洋戦争中の旧日本軍部のやり方の再現を見るような思いです。

引用した拙著ブログ記事

2021年5月25日 感染者の2%がウイルス伝播の90%に関わる

2021年4月15日 遅すぎたそして的外れの"感染再拡大防止の新指標"の提言

2020年8月8日 政府分科会が示した感染症対策の指標と目安への疑問

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19