Dr. Tairaのブログ

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COVID-19の年代別死者数の推移

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)

はじめに

COVID-19パンデミックでは、日本は流行波が襲来する度に健康被害と犠牲を大きくしてきたのは周知の事実です(図1)。特にオミクロン波が訪れて以降、感染者数が爆増し、第8波で死者数は最多となりました。これに対して、COVID-19は致死率が下がっているという錯視効果(→コロナ被害の認知的錯覚による誤解)で被害の実態を矮小化する意見や、「死んでいるのは高齢者」「寿命に近い人が後押しされて死んだだけ」という、言わば命の差別的論調も枚挙にいとまがありません。

これらはいずれも、COVID-19がこれまでもたらした、これから及ぼす可能性のある社会への悪影響とその対策を考える上では何の意味もない、むしろ害になる意見です。いまは、急性パンデミックのみならず、COVID-19のより本質であるこれからの社会の集団的障害を考えることが急務なのです [1]。何よりも、5類化に伴い疫学情報が不可視化されたいまでさえ、第9波流行の猛威の状況があちこちからこぼれ出てくる状況なのですから。

図1. 日本におけるCOVID-19死者数の推移(NewsDigestからの出典、現在このサイトは閉鎖).

日本ではオミクロン波で犠牲者数が最多になりましたが、実は第7、8波流行での死者数の増加割合においては都道府県で大きな違いがあることは、前回のブログ記事で指摘しました(→都道府県で異なるオミクロン死亡割合の要因は?)。COVID-19の致死率が高いのは圧倒的に高齢者層ですが、流行波ごとの死者数は年代別でも異なるはずです。しかし、このような観点から述べた論文、記事、報道は、これまでのところほとんど見当たらないようです。

COVID-19の年代別死者数については、厚生労働省「データからわかる-新型コロナウイルス感染症情報」のオープンデータが利用できます。ここでは、このデータソースを使って、 年代別死者数の推移について述べたいと思います。

1. 年代別のCOVID-19死者数の推移

データ入手が可能な、2020年9月2日の週を基点とする2023年4月25日までの週単位における年代別の累積COVID死者数の推移を図2–6に示します。各世代の傾向をよりわかりやすくするために、縦軸の累計死者数はノーマライズしてあります(各世代のグラフで最大値が大きく異なることに注意)。なお、累積のグラフで一部値が下がっているのは、統計データの集計の途中で下方修正があったためと思われます。

一見してわかることは、世代によって死者数の推移パターンの形が異なるということです。10代や10歳未満の小児においては、70週目前後(2022年1月のオミクロン第6波流行)から、急激に死者数が増加していることがわかります(図2)。

図2. 10歳未満(左)および10代(右)の累計COVID-19死者数の推移(2020年9月2日〜2023年4月25日までの週単位の累積数).

一方、20代では40週(2021年の第4波流行)あたりから波打ちながら急激に伸びていることがわかります(図3左)。30代から50代までの特徴は、55週目あたりで一気に死者数が増えていることです(図3右、図4)。これは2021年の第5波(デルタ波)流行によるものです。

図3. 20代(左)および30代(右)の累計COVID-19死者数の推移(2020年9月2日〜2023年4月25日までの週単位の累積数).

図4. 40代(左)および50代(右)の累計COVID-19死者数の推移(2020年9月2日〜2023年4月25日までの週単位の累積数).

60-70代でも第5波流行による死者数の増加が見られますが、下の世代と比べるとその影響は小さいです(図5)。そして高齢世代の上にいくほどオミクロン流行(70週目以降)での死者数の伸びが顕著になっています(図5、図6)。

図5. 60代(左)および70代(右)の累計COVID-19死者数の推移(2020年9月2日〜2023年4月25日までの週単位の累積数).

図6. 80代(左)および90歳以上(右)の累計COVID-19死者数の推移(2020年9月2日〜2023年4月25日までの週単位の累積数).

2. 各流行波における年代別の死者数

次に、具体的に各流行波ごとの年齢別死者数を見ていきたいと思います。各流行波の範囲を厳密に決めることは困難なので、流行の谷の部分で区切った6つの週期間で見ることにしました。各流行波(6つの週期間)における年代別のCOVID-19死者数を図7–10に示します。このなかで、69〜94週目は第6波と次に来た小さな山を6.5波(図1参照)として示してあります。上記と同じく、各世代の傾向をよりわかりやすくするために、縦軸の死者数はノーマライズしてあります。

死者数の推移パターンの特徴の一つとして、当初ほとんど亡くなることはないと言われてきた20代以下の若年・子ども世代において、流行波を経るごとに死者数が増えていることです(図7)。もちろん、総死者数のなかでは圧倒的に70代以上高齢者が占め(図10)、20代以下のそれは微々たる数字であるわけですが、それでも第8波でこれらの世代の最多の死者数になっていることは注視すべき事実でしょう。そして、10歳未満の小児においては、むしろ第7波で最多になっていることも特徴的です。第7波で最多の死者数を記録した世代はほかにはありません。

図7. 流行波ごとの週期間における20代以下の累計COVID-19死者数.

一方、30-50代では、第5波流行による死者数が最多であり、次いで第8波で多くなっています(図8、図9青グラフ)。60代以上では第8波で最多の死者数になっており(図9赤グラフ、図10)、70代以上に至っては第5波での死者数はむしろ小さくなっています(図10)。なお、第6、8に比べて第7波の週期間で死者数が少なくなっているのは、カウントしている週期間が17週と、前後の流行波の期間(26週)より短いことが影響しています。

図8. 流行波ごとの週期間における30–40代の累計COVID-19死者数.

図9. 流行波ごとの週期間における50–60代の累計COVID-19死者数.

図10. 流行波ごとの週期間における70代以上の累計COVID-19死者数.

3. 流行波による年代別の死者数の違いの理由

COVID-19の致死率は当初の4%から現在では0.1%程度にまで低下しています。しかし、特にオミクロン以降(第6波以降)、SARS-CoV-2ウイルスの感染力と免疫逃避能が高くなってきましたので、その分感染者数が増え、母数が大きくなった分、亡くなる人も増えてきたと言えます。それが如実に反映されているのが図1です。

ただ、上記したように、流行波によって年代別の死者数が大きく異なっています。まず特徴的なのは、これはメディアでもよく取り上げられてきたことですが、第5波流行で30–50代の現役世代の死者数が最多になっていることです(図8、9)。この流行をもたらしたデルタ変異体の高い病毒性によって、本来高齢者層に集中する致死的影響が、より下の世代にまで広がった結果だと考えられます。この時期、高齢者層には先行してワクチン接種が行き届き、重症化や死亡を防ぐ効果があった(図10)のに対し、ワクチン接種が間に合わなかったより若い世代に致死的影響が及んだと考えられます。

次に特徴的なのは、20代以下の若年世代の死亡が流行波を経るごとに増加し、第8波において最多になっていることです(図7)。この事実は専門家もメディアもほとんど触れることはなく、もっぱら「第8波で死んでいるのは高齢者だ」と報じられることで、影に隠れた感じになっています。この世代はワクチン接種率が低く、感染者数の増大に応じてその分犠牲が及んだと考えられます。ただ、10歳未満の子どもの死亡が第7波で最大になっていることなどを考えれば、他の要因もあるかもしれません。

高齢者の死者数が第8波で最多になっていることは、これまで何度となくメディアでも取り上げられてきました。この高齢者の死亡が全体の死者数のパターン(図1)に大きく影響していますが、前の記事(→都道府県で異なるオミクロン死亡割合の要因は?)で指摘したように都道府県で累計死者数の推移パターンは大きく異なっていました。地方は図6に近い累積パターンを示す一方、都市圏や沖縄では図4、図5に近いパターンを示しました。つまり、地方では第8波での高齢者が死者数増加、都市圏ではより若い世代の死者数増加が全体のパターンに影響しているのではないかということが考えられます。

ただ、都市圏に比べて地方においてなぜ第8波の死者数の割合が増えているのか、理由はわかりません。高齢化率の影響は全流行波においてあるはずです。高齢化率が高いことはあっても同時にワクチン、ブースター接種率も高いので、第8波の死者数割合の上昇の理由解明については詳細な分析が必要でしょう。

おわりに

専門家やメディアは、オミクロン流行では「致死率や重症率は下がっている」とか「亡くなっているのは高齢者と基礎疾患を持つ人だ」と散々強調してきました。第8波で死者数が最多となったことについて、「高齢者が亡くなっているためだ」とわけのわからない理由も聞こえてきました。高齢者が亡くなっているのは、パンデミック全期間を通じて言えることであり、第8波で死者数が最多になった理由にはなりません。

政府の感染対策の検証もなしに、もっぱら「高齢者が亡くなっている」、「高齢化の日本で高齢者が亡くなることは仕方のないこと」などと短絡的に述べること、致死率や重症化率などの病気の質のみで語ることは、COVID-19の本質と実害を見えなくしてしまいます。実際は、数の上では小さいですが、20代以下の若年世代の死者数も流行を経るごとに増加し、第8波で最多になっているのです。

これらのデータを見ていて感じることは、感染拡大を許し、感染者数の母数が大きくなれば、分子の死者数も大きくなり、自ずから被害は大きくなるということです。この意味で、感染拡大をいかに抑えるか、感染しないようにするかが、当初から重要であることには変わりはありません。これは、COVID-19回復者の将来の健康、長期コロナ症(long COVID)の社会的影響、経済的負担の大きさ [1, 2, 3, 4, 5] を考えてもきわめて重要になります。

最後に、COVID-19の健康被害と犠牲については、専門家によるより詳細な分析を待ちたいところです。

引用文献

[1] Suran, M.: Long COVID linked with unemployment in new analysis. JAMA. 329, 701-702 (2023). https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2801719

[2] Bach, K.: New data shows long Covid is keeping as many as 4 million people out of work. Brookings August 24, 2022. https://www.brookings.edu/articles/new-data-shows-long-covid-is-keeping-as-many-as-4-million-people-out-of-work/

[3] Iacurei, G.: Long Covid has an ‘underappreciated’ role in labor shortage, study finds. January 30, 2023. https://www.cnbc.com/2023/01/30/long-covid-has-underappreciated-role-in-labor-gap-study.html

[4] Joi, P.: Long COVID has had a brutal effect on the workforce, study finds. VaccinesWork January 26, 2023. https://www.gavi.org/vaccineswork/long-covid-has-had-brutal-effect-workforce-study-finds

[5] Alwan, N. and Ayoubkhani, D.: Thousands of people in the UK are out of work due to long COVID. The Conversation May 22, 2023. https://theconversation.com/thousands-of-people-in-the-uk-are-out-of-work-due-to-long-covid-200297

引用したブログ記事

2023年5月20日 都道府県で異なるオミクロン死亡割合の要因は?

2022年9月4日 コロナ被害の認知的錯覚による誤解

       

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)

日本での第9波のなか、下水データは米国での新たな流行の始まりを示す

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)

はじめに

今日、COVID-19に関する興味深いウェブ記事 [1] に目が留りました。「日本では第9波流行が席巻する中、下水データは米国での新たな流行の始まりを示す」(As ninth COVID wave sweeps Japan, wastewater data show another surge beginning in the US)という題目の記事です。内容は、米国の新規流行の兆候と昨今の日本における第9波流行に触れながら、日本が感染対策を放棄していることを批判し、合わせて世界的な流行の傾向について警鐘を鳴らしています。

記事の最後には、資本主義社会に否定的な見解をもつ筆者の記述があり、資本主義がもたらす矛盾と破壊という問題について「科学的社会主義の革命的原則で武装した労働者階級だけが、全人類の前に設定された最も緊急な課題に取り組む能力を持っている」と結んでいます。

反体制政党である第四インターナショナル国際委員会(ICFI)のウェブサイトでの掲載なので、当然そのような思想的背景のある記事ということはありますが、COVID-19については的を得た記述だと思われますので、ここで紹介したいと思います。

以下、翻訳文です。

             

過去3週間、バイオボット社が提供したCOVID-19を監視する下水データから、米国におけるウイルス感染数が50%増えたことがわかった。これは大きな増加であり、米国はパンデミックの新たな波の初期段階にある可能性を示している。

科学者であり、疾病モデラーでもある J. P. ウェイランド(Weiland)の推計によれば、これらの下水データは、現在、1日あたりおよそ28万人の感染があることを示している。言い換えれば、米国では毎日およそ1,180人に1人が感染しており、平均感染期間がおよそ10日間であることを考えると、現在118人に1人がCOVID-19に感染していることになる。

公衆衛生当局によるCOVID-19の公式検査やデータ収集、メディアによるパンデミックに関する報道が完全に停止されたことを考えると、個々の科学者の努力に頼ることが不可欠となっている。

この夏の感染者の波は米国だけにとどまらず、日本にも新たな波が押し寄せている。日本の厚生労働省は最近、5,000の定点把握指定医療機関から報告されたCOVID-19感染者の平均数が、5月第1週から7月第1週にかけて4倍に増加したと発表した。今回の流行の震源地である沖縄県の数値は全国平均の7倍である。

世界保健機関(WHO)の西太平洋地域事務所長を務めたことのある尾身茂・日本地域医療機構理事長は、先月の記者会見で「第9波が始まったかもしれない」と述べた。「人との接触が増え、感染者が増えているのは予想どおりだ。感染者数が第8波を超えるかどうかはわからないが、死亡者数を減らし、社会活動を継続させることに注力すべきだ」と語った。

言い換えれば、日本は公衆衛生よりも経済関係を優先させるという 「集団免疫 」政策を続ける一方で、高齢者や社会的弱者を深刻な感染症から守るというリップサービスを行っているのである。

日本で2番目に大きな島であり、最北の都道府県である北海道では、先週5つの高校がCOVID感染のために休校を余儀なくされた。221の医療機関を調べると、深川市と札幌市の患者数が最も多く、前週より10%増加していた。地元当局は、先週末に実施されていた学園祭が、こうした 「屋内イベント」での感染者を増やすのではないかと懸念している。

沖縄の南西に位置する八重山諸島では、島の政治的・文化的中心地である石垣市にある基幹病院が、重度のCOVID感染に苦しむ患者の治療に対応するため、手術や基本的な医療処置といった通常のサービスを制限せざるを得なくなっている。また、600人の職員のうち約10%が、COVID-19感染に対処するため休職している。

沖縄県では、医療センターが定員割れやそれに近い状態にあり、病人や体調不良の患者が、治療のための交通手段や利用可能な医療センターを見つけられないという危機的な状況が続いている。

地元紙「沖縄タイムス」は、最近、豊見城市の友愛メディカルセンターで 「高齢者が倒れ、意識不明の様子だった 」と報じた。消防署は現場に医師を派遣するよう要請し、救急部長が患者の手当てに向かった。このような救急隊が出動する事故は5倍に急増しており、沖縄のような資源に乏しい地域では大変な負担となっている。

山内正直医師は地元紙に対し、「何度も受け入れを拒否した昨夏のような事態は避けたい」と語った。

ある看護師は認めているが、これらの症例はCOVID-19に関連している可能性がある。しかし、もはや無症状の人を検査したり診察したりすることはなく、重症度の高い人を優先的にケアしている状況である。「出口の見えないトンネルの中を歩いているようなものです。正直なところ、コロナウイルスに遭遇しない方が肉体的にも経済的にも楽なのですが、そうも言っていられません」とその看護師は語っている。

日本で3番目に大きな島である九州の他の県では、鹿児島、宮崎、熊本、佐賀などでCOVID感染の増加が報告されている。2022年7月、BA.5オミクロン亜変異体の急増により、日本全国で1日の感染者が26万人を超えた。現在、オミクロンXBB.1.5とXBB.1.16の2つの亜型が支配的であり、これは世界の多くの国で見られることである。

WHOが5月上旬、国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)の終了を突然かつ非科学的に宣言したのに伴い、日本政府は、COVID-19のサーベイランス・カテゴリーを2類相当から季節性インフルエンザと同等の5類にいきなり引き下げた。これにより、欧米の疾病対策予防センター(CDC)の勧告と同様に、全症例数を報告しない定点把握(Sentinel surveillance)への移行が進められた(下図)。

事実上、毎日のCOVID感染と入院を追跡調査するのではなく、パンデミックの影響は、指定された医療機関での感染率を監視することによってのみ記録されることになる。感染の詳細とその結果は、もはや公衆衛生システムにはわからない。これは、"forever COVID"(永遠にCOVIDを)という政策を推進するためにはたらくということであり、そしてそれは既に "forget COVID"(COVIDを忘れる)に変化しているのである。

実際、日本におけるCOVID-19パンデミックに関する「データで見る私たちの世界」のウェブサイトを見ると、2023年5月10日に「毎日新たに確認されたCOVID-19の症例」が突然終了している。すべてのリアルタイム・サーベイランスが突然終了したとき、現在進行中の感染の波はかなり進行していたことがわかる。

2022年夏、日本全国でCOVIDによる公式死者が1万人を超えた。パンデミックの深刻な追跡調査がすべて終了した2023年5月までに、75,000人近くの日本人が公式記録として死亡した。パンデミックに関連した超過死亡者数は現在、公式発表の約3倍にあたる22万人強と推定されており、その大部分はパンデミックのオミクロン期間の最後の12ヶ月間に発生している。

このような傾向は、日本に大きな影響を与えている。パンデミック開始当初、日本が感染に対して限定的な緩和主義的アプローチをとっていたことを考えると、これはまた、人口におけるSARS-CoV-2に対する抗体の血清保有率が、欧米の半分近くとかなり低いままであることを意味する。

日本の厚生労働省によると、2023年2月までに日本の人口の42.3%が感染していたのに対し、イギリスでは76%であった。つまり、国民全体、特に高齢者や免疫不全者がオミクロン型COVIDに感染しやすい状態がずっと続いていたのである。

このことは、WHOの完全な怠慢と世界的なパンデミック終息宣言がさらに目につくものになる。変異型の進化は衰えることなく続いており、日本と米国における現在の流行は、XBB変異型の組み換えによって引き起こされている。事実上、WHOやCDCなどの世界的な公衆衛生機関は、乾燥地帯の森でくすぶる炎が燃え続ける中、消防士たちを帰宅させてしまったことになる。

6月までに、オミクロンXBB亜変異型は世界で流通しているSARS-CoV-2の95%を占めるまでに増えたが、一方で新たな亜型も出現している。オーストラリアではデルタ型の変異を持つXBC亜型が増加している。EG.5は、スパイクタンパクのF456L変異を持つXBB.1.9.2亜型であり、免疫逃避を増加させる。2023年2月にインドネシアで初めて塩基配列が決定され、2023年3月に米国で初めて観測されたEG.5は、6月までに全変異体の5%を占めるまでに至っている。

2022年6月に南アフリカで初めて確認された変異型XAYは、デルタとオミクロンの組み換えで、2023年初めにヨーロッパ、特にデンマーク流入し始めた。3月末までに、GL.1とXAY.1.1.1がそれぞれ2つの変異を追加してスペインに出現し、5月までにポルトガルアイルランドイングランドウェールズオーストリア、イタリアに伝播した。

しかし、世界的にシークエンス解析が激減しているため、まるで大雪の中で足跡を追うように、ウイルスの進化を追うことは難しくなっている。

ウイルスの塩基配列の決定と追跡により多くのリソースを振り向ける具体的な取り組みがなく、公衆衛生が完全に放棄されていることを考えると、日本の状況はパンデミックの現状における現在の危険性を象徴している。実際、世界中で何百万人もの人々を危険にさらしかねないパンデミックの軌道修正の前触れかもしれない。

これらの警告は、単なる誇張や恐怖を煽るものではない。これらの警告は、パンデミックの初期段階から、そしてこれらの病原体がもたらす危険に対して資本主義政府が行ってきた犯罪的対応について、注意深く分析することによって導き出されたものである。予防原則は、このような病原体やその他の社会的脅威に対する社会的対応に反映される。

しかし、資本主義関係の崩壊が進んでいる現状では、帝国主義大国が、パンデミックや戦争や地球の破壊を食い止めるために、彼らの無秩序で錯乱した努力によってできることはほとんどない。科学的社会主義の革命的原則で武装した労働者階級だけが、全人類の前に示された最も緊急な課題に取り組む能力を持っている。

             

翻訳は以上です。

筆者あとがき

この記事の筆者であるベンジャミン・マテウス博士は医師であり、彼のツイート を見ると政治やCOVID-19について多くコメントしていることがわかります。

この記事のCOVID-19に関する科学的考察は概ね同意できるものです しかし、最後に突然資本主義体制の批判が出てきて、いささか唐突な感じを受けざるを得ません。とはいえ、パンデミックに限らず、気候変動・地球温暖化のようなグローバルな危機に立ち向かうためには、永遠の利潤追求を是としながら経済活動を優先する特質をもつ資本主義体制がきわめて不向きであることも理解できます。非常に興味深く読みました。

引用文献

[1] Mateus, B.: As ninth COVID wave sweeps Japan, wastewater data show another surge beginning in the US. World Social WebsiteJuly 16, 2023. https://www.wsws.org/en/articles/2023/07/17/covi-j17.html

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)

コロナ流行が及ぼした子どもの心への影響ーマスクの影響は?

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)

はじめに

COVIDパンデミックは、感染による身体への直接的な健康被害のみならず、人々に大きな精神的な悪影響をもたらしています。特に子どものメンタルヘルスへ及ぼす影響が大きいことは、パンデミックが始まった直後から指摘されており、沢山の関連論文も発表されてきました。

それと同時に、ロックダウン、物理的距離の確保、対面制限、リモート授業などの様々な非医薬的感染対策が及ぼす精神的悪影響についても取り沙汰されてきました。特にこのパンデミックを契機にクローズアップされてきたのが、マスク着用で相手の表情が隠れることが、子どもの精神面や社会的発達に影響を及ぼしはしないか、という懸念です [1]

マスク着用の習慣がない欧米はもとより、それが文化・習慣として定着している日本でも、季節性インフルエンザや花粉症などでマスクをつけることは頻繁にあったわけですが、コロナ禍以前は、特段それが子どもの精神や発達に影響があるとして取り沙汰されることはほとんどありませんでした。一方で、欧米では日常的なアクセサリーとしてサングラスを常用していますが、これが子どもの認知機能に影響を及ぼすという話も聞いたことがありません。

そこでこのブログ記事では、コロナ禍が及ぼした子どもの心身への影響と、特にマスク着用が及ぼす影響の可能性について、最新の研究に基づいて解説したいと思います。

1. 抑うつの増加

COVID流行が及ぼした子どもや青少年の精神衛生上の影響については、パンデミック当初から多くの研究報告があります(たとえば文献 [2])。主な精神的影響としては、抑うつや否定感情の現れであり、さらには自殺の増加などにも繋がっています(これには他の要因の指摘もあり検証要)。これらの影響には様々な要因があり、年齢、性別、感染対策、社会との繋がり、家族との関係、TV・インターネット・SNSの利用などが因子として挙げられています。

公衆衛生のパンデミック対策ガイドラインが児童・青少年のメンタルヘルスに及ぼす影響についても、多くの論文で検討されています。感染対策では、物理的および社会的距離を置くといった接触制限の処置が、最も頻繁に報告された対策でした。多くの研究が、このような感染対策が、多かれ少なかれ、抑うつや否定的感情の発生を促したことを報告しています。これらの影響については、Samjiら [3] によって総説されています。

Samjiら [3] の総説で紹介されていますが、物理的制限を伴う感染対策の強化が一般に子どものメンタルヘルスに悪影響を及ぼしたとされる一方で、パンデミック対策が甘いほど、子どもや青少年における内発的・外発的問題の大きさと横断的に関連するという報告もあります [4]。 さらに、ある研究では、公衆衛生ガイドラインの遵守と規制が適切であるという信念が、パンデミックが始まってからのより多くのポジティブな感情と横断的に相関していたという報告もあります [5]

最近の研究報告の一つとしては、12ヵ国にわたる4万人以上の子供と青少年を含む53の縦断的研究を対象としたこの系統的レビューとメタ分析があります [6]。この分析では、COVID-19パンデミック中における抑うつ症状の増加については十分な証拠があり、特に女性や比較的高所得の背景を持つ人の間で増加していることが明らかになったとしています。

2. 集中力・注意力の欠如を招いた

COVIDパンデミック後、子どもが集中力がなくなったという調査もあり、インディペンデント紙で紹介されています [7](下図)

イングランドの学校に勤務する初等教育および幼児教育の教師504人を対象に行われた世論調査によると、84%の教師がパンデミック後、初等教育の子どもたちの注意力が「かつてないほど短くなっている」と感じていることがわかりました。子どもたちの注意力の散漫のために、5人に1人の教師が、1つの活動に平均でわずか10分未満しかかけていないことが報告されています。

子どもの注意力・集中力低下の要因として指摘されているのが、SNSアクセスのタブレット操作の影響です。オンライン教材会社の依頼で実施された世論調査では、TikTokのような SNSサイトの 「スワイプし続けるクセ」が児童の注意力に悪影響を及ぼしていると、多くの教師が感じていることがわかりました。スワイプとは、タブレット画面に指を置いて任意の方向に滑らせる動作です。画面やアプリの切り替え、写真や動画を順に見るときなどに使います。つまり、スマホなどで行なうスライド動作をスワイプと考えればいいでしょう。

似たような動作用語にドラッグがあります。ドラッグも画面上で指を滑らせる動作ですが、スワイプとの違いは、意識したターゲット(選択したもの)を動かす動作だということです。アプリアイコンの移動や、文章の一部をコピーしたり削除したりするときに使います。

COVID流行後、小学校教師の3分の2以上(70%)が子どもたちの授業態度が悪化したと答えています。具体的には、子どもたちが部屋の中を動き回る傾向が強くなった(57%)、退屈だと訴えるのが早くなった(57%)、教室で他の人を困らせたり、挑発したりする傾向が強くなった(55%)と述べています。

また、教師の69%が、パンデミック後に幼い生徒が学校に戻って以来、不注意や白昼夢(daydream)が増えたと答えています。白昼夢は、日中、目覚めている状態で、現実で起きているかのような空想や想像を夢のように映像として見る非現実的な体験、または、そのような非現実的な幻想(願望の空想)にふけっている状態を言います。

この調査結果は、パンデミックによる混乱が、通常の日常生活に長期的な影響を及ぼし、それが特に子どものメンタルヘルスやそれに伴う行動に顕著に現れていることを示すものです。そして、その原因の一つとして、ソーシャルメディアのプレッシャーが問題視されているということでしょう。

3. 就学児・幼児の社会的発達の遅れ

COVIDパンデミックになって世界的にリモート授業や遠隔地学習への切り換えが行なわれましたが、これらは社会的情緒的な観点から生徒にとってつらいものであり、特に幼児において、癇癪、不安、感情管理能力の低下、発達の遅れが増加したことも報告されています。ネイチャー系学術誌で発表されたオックスフォード大学の研究チームの分析によると、子どもたちはパンデミック学習障害を経験し、対面での指導が制限されたことで、正常な社会性の発達に影響を受けたとされています [8]

日本では、コロナ禍が及ぼす幼児の発達への影響に関する研究報告があります。京都大学の佐藤豪竜助教慶應大学の中室牧子教授の共同研究グループは、2020–2021年度の年長クラス(5歳児)の幼稚園・保育園児は、コロナ禍を経験しなかった園児と比べ、社会性や言語理解などの発達が平均約4カ月遅れていた、と発表しました [9]。この報告では、幼児の発達遅延は年齢に関係なく見られること、保育所での保育の質は3歳時の発達と正の相関があり、一方、親のうつ病は、パンデミックと5歳時の発達遅延との関連を増幅させる可能性があることが示されています。

この研究成果は産経新聞でも紹介されましたが [10]、当該記事がパンデミック時の幼児の発達の遅れをマスク着用との関連で報じたことで(以下記事引用)、ツイッター上でも話題と混乱を招きました。

5歳児の発達の遅れについては、コロナ禍での保育施設の閉園やマスク着用などが要因になった可能性があるとしつつ、今後の十分な支援で挽回は可能だという見方を示し、「影響が長期的に及ぶかどうかはさらに追跡調査をしていく必要がある」と述べた。

当該論文ではマスク着用との関係について一切触れられていないにも関わらず、記事では「マスク着用等が要因になった可能性がある」とミスリードしまったのです。これについては筆頭著者の佐藤氏による断りと補足のツイートがあります。

ところが、京都新聞の記事 [11] には佐藤氏自身のコメントとして、以下のように書かれています。

調査を行った京大医学研究科の佐藤豪竜助教は「5歳児の約4カ月の遅れは留意すべき大きさだが、今後の支援で挽回可能な範囲だと考えている。マスク着用のルールなど施設ごとの対応が発達にどう影響したか、さらに調査を進めたい」と話している。

つまり、佐藤氏自身が「マスク着用のルールなど施設ごとの対応が発達にどう影響したか」とコメントしたことで、この部分が新聞に切り取られ、「マスク着用が原因」という飛躍した記事になった可能性は十分に考えられます。実際はどのようにコメントしたかはわかりませんが、この時点でマスクの影響というデリケートな話題に「マスクの影響を調べる」と応えることは、その波及効果を考えれば慎重にすべきだったと思います。インタビューで問われたとしたのなら、単純に「マスク着用の影響はわかりません」で十分だったと言えるでしょう。

4. マスク着用の影響

まえがきでも述べたように、COVIDパンデミック下における、子どもの精神面や認知機能に及ぼすマスク着用の影響の懸念は、当初からあちこちから聞こえてきました。ウェブ記事の一つ [1] は、この問題について、簡潔に経緯と現状を解説しています。

少なくとも現時点で言えることは、マスク着用が及ぼす幼児の発達への影響に関する研究はほとんどないマスクが及ぼす悪影響の科学的証拠はない、しかし、専門家でも意見は分かれているといったところでしょう。たとえば、米国疾病予防管理センター(CDC)は「限られた入手可能なデータによれば、マスク着用が子どもの情緒や言語の発達を損なうという明確な証拠はない」と述べています。

しかし、精神科医などはマスク着用のネガティヴな面を強調する傾向があるようで、これはむしろ当たり前のことかもしれません。なぜなら、マスク着用の影響の科学的検証よりも、それによって問題が起きること、その症例・病態を考えるのが彼らの仕事だからです。精神科医による指摘は、たとえば「マスクで笑顔が失われる」、「コミュニケーションを継続的に損なえば、指導の成功を妨げになる」などです。

一般に表情が見えないことで、相手の感情が読み取れず、恐怖が増幅されます。いくつかの研究が、マスク着用は顔や感情を識別することを難しくすることを示しています。

パンデミック初期に出された数少ない論文では、マスク着用の悪影響が指摘されています。たとえば、Goriら [12] は、マスクの使用は年齢に関係なく表情を推測する能力に影響を与え、マスク着用時の顔の構成から感情を読み取る能力は、特に3–5歳の幼児において著しく低下することを示しました。この観察から、COVID-19パンデミックによって、私たちが経験しているような顔の視覚的特徴の喪失が、幼児期の顔知覚に関連する社会的スキルの発達を変化させたり遅らせたりするのではないか、という懸念が示されました。

ペンシルバニア大学の研究グループは、マスク着用は感情認知への悪影響と関連しており、その程度は、怒っている顔や中立的な顔よりも、幸せな顔、悲しい顔、恐怖を感じる顔でより顕著であったと報告しました [13]パンデミック中とパンデミック前の比較検討結果も含めて、顔の一部分を隠すことと、パンデミックというより広い社会的背景は、ともに学齢期の子どもの情動関連判断に影響を与えると結論づけています。

顔の一部を隠すことで、感情認知に影響を与えることは、子どものみならず大人でも当然予想されるわけですが、上記の研究結果は、マスクで一部が隠されることのみに特化した検討であることに留意する必要があります。日常生活では、特に欧米では、サングラスで顔を隠すこともありますし、発声や身振りによる感情表現も伴います。したがって、より現実的な解釈に近づけるなら、これらの条件も加味した比較検討が必要でしょう。

サングラスとの比較検討では、PLoS Oneに掲載された論文 [14] があります。この論文では、マスク着用が、子どもたち(7〜13歳)の他者の感情を推察して反応する能力や、日常生活における社会的相互作用を劇的に損なうことはないと結論づけられています。実際には、マスクをしていると感情の識別がうまくいかないことは確かに認められましたが、これは子どもたちが日常生活で遭遇するサングラスをかけている顔の構成に対する認識の正確さと有意な差はありませんでした。

さらに、静岡大学の研究チームによるより最近の研究では、やはり、マスクの着用が、未就学児の感情の読み取りに大きな懸念となるほどのネガティブな影響を及ぼさないことが示されています [15]。前提として、まず、3–5歳児は、相手の喜び・悲しみ・怒り・驚きの表情はほぼ100%正解できることが示されています。その上で、これらは相手がマスクを着用していると低下するが、ほぼ90%正答率であること、相手がサングラスを着用していると、ほぼ80%の正解率であること、相手がマスクやサングラスを着用していても、顔の一部が隠れた表情に伴って感情を込めた声が聞こえると、ほぼ100%正解できることが示されています。

したがって、マスクは少なくとサングラスよりも子どもの感情推論に悪影響を与える可能性は低く、日常生活におけるマスク着用によって、子どもたちの社会的相互作用が劇的に損なわれることはないのかもしれません。保育や教育においては顔の一部が見えないハンディを発声や身振りの工夫などの感情表現でカバーできるものと考えられます。

一方で、韓国における若者(平均24歳)を対象とする調査研究では、感情の認識率は、マスク条件下で最も低く、次いでサングラス条件下、マスクなし条件下の順であったと報告されています [16]。感情を識別は顔の異なる部位と関連しており、たとえば、口は幸福、驚き、悲しみ、嫌悪、怒りの認識において最も重要な部位でしたが、恐怖は目から最も認識されました。これはサングラスを常用する欧米とマスクが習慣になっている東アジアの文化的な違いが、顔の一部が隠された場面での感情認識やコミュニケーション能力に微妙に異なる影響を与えている可能性があります。

おわりに

コロナ禍で、世界的に様々な物理的制限が子どもの心に大きな悪影響を及ぼし、抑うつや悲観的な感情形成を増やしたことは確実です。これらの中には、long COVID(長期コロナ症)による神経障害を受けているケースもあるかもしれません。罹患の既往歴がある子どもについては、別途慎重な分析が必要になると思います。

非医薬的感染対策が、子どもの精神面に及ぼした影響も大きいでしょう。それらの影響の中にマスク着用が含まれるかと言えば、これはこれまでのところ確実な証拠はないといったところでしょうか。

既出文献によれば、子どもの相手への感情認識に対するマスク着用の影響は、実際には、サングラスと同等なものであり、話し声による感情表現で認識の正確性はカバーできるというものです [15]。よく日本人は目で感情を読み取り、西洋人は口でそれを認識すると言われますが、それぞれマスクとサングラスという文化的習慣の違いが、そこに現れているのかもしれません。

そして日本にはこれらの文化的習慣があったにもかかわらず、COVIDパンデミック前には、子どもの感情認識についてマスク着用は何ら問題視されず、コロナ禍になって言われるようになったのは、マスク着用時間の長さに関係しているとしても唐突感が否めません。マスク着用が及ぼす影響の可否については、これからの研究に待つところが大きく、現状では感染防止という公衆衛生上の取り組みとのバランスの上に立って、マスクの着脱を慎重に進めるべきだと考えます。つまり、子どもの感情認知やコミュニケーションを盾に、公衆衛生上の道具であるマスクを今積極的に排除する理由はないと考えます。

一方で、文部科学省は子どもの円滑なコミュニケーションということを盾に、脱マスクを推進しています [17]下図)。「学校教育活動の実施」という面からマスク着用を求めないとしています。

本来、マスク着用は感染・伝播防止という公衆衛生上の手段であって、パンデミック感染症流行時の非日常的措置として、生徒の健康を考えてマスク着用が実施されてきたわけです。しかし、上記のメッセージにはこの観点が一切なく、単に「充実した学校生活」という平時の感覚の上に立って脱マスクを推進しています。

実際、現在、小児、子どもの間では、COVID-19のみならず、様々な感染症がまん延しており、彼らの健康を脅かしています。感染対策の緩和、社会活動やインバウンドの促進が原因になっていることは疑いの余地はないでしょう。いまは、生徒の健康を平時の感覚で捉えるべきではなく、したがって社会や学校が率先して脱マスクを推進することは現時点では控えるべきだと考えます。「対応可能な、マスク以外の感染対策を実施せよ」に至っては何をか言わんやでしょう。

引用文献・記事

[1] AFP/France 24: Masks in class -- how damaging to child development? 2022.10.02. https://www.france24.com/en/live-news/20220210-masks-in-class-how-damaging-to-child-development

[2] Racine, N. et al.: Global prevalence of depressive and anxiety symptoms in children and adolescents during covid-19: a meta-analysis. JAMA Pediatr. 175, 1142–1150 (2021). https://jamanetwork.com/journals/jamapediatrics/fullarticle/2782796

[3] Samji, H. et al. Review: Mental health impacts of the COVID-19 pandemic on children and youth-a systematic review. Child Adolesc. Ment. Health 27, 173–189 (2022). https://doi.org/10.1111/camh.12501

[4] Fitzpatrick, O. et al.: Using mixed methods to identify the primary mental health problems and needs of children, adolescents, and their caregivers during the coronavirus (COVID-19) pandemic. Child. Psychiatry Hum. Dev. 52, 1082–1093 (2021). https://doi.org/10.1007/s10578-020-01089-z

[5] Commodari, E. and La Rosa, V.L. (2020). Adolescents in quarantine during COVID-19 pandemic in Italy: Perceived health risk, beliefs, psychological experiences and expectations for the future. Front. Psychol. 11, 559951 (2020).  https://doi.org/10.3389/fpsyg.2020.559951

[6] Madigan, S. et al.: Changes in depression and anxiety among children and adolescents from before to during the COVID-19 pandemic. A systematic review and meta-analysis. JAMA Pediatr. 177, 567–581 (2023). https://jamanetwork.com/journals/jamapediatrics/article-abstract/2804408

[7] Cobham, T.: Children ‘can’t focus for more than 10 minutes’ after Covid. The Independent June 7, 2023. https://www.independent.co.uk/news/education/primary-children-teachers-pandemic-attention-span-b2352945.html

[8] Betthäuser, B. A. et al.: A systematic review and meta-analysis of the evidence on learning during the COVID-19 pandemic. Nat. Hum. Behav. 7, 375–385 (2023). https://doi.org/10.1038/s41562-022-01506-4

[9] Sato, K. et al.: Association between the COVID-19 pandemic and early childhood development. JAMA Pediatr. Published online July 20, 2023. https://jamanetwork.com/journals/jamapediatrics/fullarticle/2807128

[10] 杉侑里香: コロナ禍で5歳児に4カ月の発達の遅れ、施設閉園などが影響か 研究チーム発表. 産經ニュース 2023.07.11. https://www.sankei.com/article/20230711-3XNXG2RQU5IZZGZEHOFBDOCGFE/

[11] 京都新聞: コロナ禍で年長園児に4カ月の発達遅れ 交流減が影響か、京都大など調査. 2023.07.11. https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/1064614

[12] Gori, M. et al.: Masking Emotions: Face Masks Impair How We Read Emotions. Fron. Psychol. 12, published online May 25, 2021. https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyg.2021.669432/full

[13] Chester, M. et al.: The COVID‐19 pandemic, mask‐wearing, and emotion recognition during late‐childhood. Soc. Dev. Published online Aug. 25, 2022. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9538546/pdf/SODE-9999-0.pdf

[14] Ruba, A. L. and Pollak, S. D.: Children’s emotion inferences from masked faces: Implications for social interactions during COVID-19. PLoS One Published online December 23, 2020. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0243708

[15] Furumi, F. et al.: Can preschoolers recognize the facial expressions of people wearing masks and sunglasses? Effects of adding voice information. J. Cogni. Develop. Published online May 24, 2023. https://doi.org/10.1080/15248372.2023.2207665

[16] Kim, S. et al.: Impact of face masks and sunglasses on emotion recognition in South Koreans. PLos One Published online February 3, 2022.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0263466 

[17] 文部科学省高等教育局高等教育企画課: 令和5年4月1日以降の大学等におけるマスク着用の考え方の見直しと学修者本位の授業の実施等について(周知). 2023.03.17. https://www.mext.go.jp/content/20230317-mxt_kouhou01-000004520_2.pdf

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)

感染対策の緩みとともに襲来した第9波流行

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)

日本ではCOVID-19流行の第9波が襲来しています。この1週間余りの政府のSNS上の発信、メディアの報道、専門家の発言などから、流行の現状を考えてみましょう。そこから見えてくるのは、流行の実態と政府・メディアの認識とのズレです。

政府はともかくとして、この大波が来ることは誰もが予測していました。5類移行前、新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(座長:脇田隆字氏)は、「まだ国内では自然感染の罹患率が低いことを考慮すると第9波の流行は、第8波より大きな規模の流行になる可能性も残されている」と警鐘を鳴らしていました [1]。この感染症5類移行になった5月8日、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会長を務めた尾見茂氏は次のように述べていました [2]

波の高さはともかく、第9波が来ることを想定した方がよい。なぜかと言えば、人の動きが活発になっている。さらに、より感染力が高く、免疫をすり抜ける性質が強いオミクロン株の派生型XBB.1.5の割合が増えている。ただ、新型コロナは季節性インフルエンザと異なり、流行の予測がしづらい。 

同日、私はこのブログで、5類移行で感染対策が事実上放棄され、第9波流行が拡大する懸念を示しました(→コロナ流行を繰り返す日本が感染対策を放棄)。一方で、COVID-19の5類化に伴い、メディアはこの感染症について報道する機会は激減しました。テレビでは、6月下旬になって初めてと言っていいくらい、新規患者数に基づく第9波流行の状況について伝えました。私はそれを以下のようにツイートしました。

この時点(6月20日)で新規感染者数が全国10万人/日を超えていることは容易に想像されるのではないでしょうか。実際にいつ頃から第9波が始まったかと言えば、遅くとも2ヶ月前からでしょう。一地域のデータですが、医療機関で受診した新規患者数および下水中のSARS-CoV-2 RNAコピー数の推移から判断すれば、第9波流行は4月から立ち上がっています(以下のツイート)。

ところが、第9波が来ると言っていた尾見氏自身のこの前後の発言はいささか危機感に欠けるものでした。「(流行の)第9波の入り口に入ったのではないか」[3] とか、「第9波が始まっている可能性」[4] という発言がそれです。さらには、厚生労働省による「緩やかな増加傾向にある」という見解 [5] は、危機感のなさに拍車をかけるものでしょう。それを指摘したのが以下のツイートです。

第9波流行を招いている原因は、偏に政府による現状認識の不足、自己都合による政策・方針変更、適切なリスクコミュニケーションの欠落です。具体的に言えば、政治的都合による5類化、疫学情報収集・開示の放棄(流行実態の不可視化)、脱マスクを含めた感染対策の緩和とコロナ終息感を印象づけるプロパガンダ、これらに追従するメディアの報道です。

リスクコミュニケーションの大失敗の例は、感染対策についての「個人の判断」「個人の主体的な判断を尊重」という厚労省などによる情報発信です。危機管理、災害対応では、命と健康を守ることを第一に、当局は「何をなすべきか」を最優先で国民・市民に伝えることが必要です。ところが、あろうことか、厚労省はそれを「個人の自由です」と、敢えて前置きで伝えてしまったのです。これは公衆衛生の放棄です。

このメッセージによって、国民は公衆衛生上の取り組みという意識から解放され、もはや自由だという感覚と同時に、コロナ終息気味という意識を植え付けられてしまったと言えるでしょう。リスクコミュニケーションのはずが、気の緩みを誘発する終息宣言になってしまったのです。厚労省は、いまなおこの「個人の自由」を、再三再四、SNS上で発信するという愚行を繰り返しています。これに対する批判のツイートが以下です。

いい加減、厚労省はこの「個人の主体的な判断を尊重」というおかしなツイートを止めたどうか。公衆衛生上の意味が全くなくなっていることに気づいてほしい。第9波流行拡大の促進剤にしかなってない。 https://t.co/jRyuYZXccG

Akira HIRAISHI (@orientis312) 2023年6月22日

厚労省によるウェブ上、SNS上の上記の情報発信は、5類移行に伴う法的措置変更の機械的なメッセージにしか過ぎません。「5類化によって行政の法的責任はなくなりました」という意味であり、あとは「個人の責任です」(=公衆衛生の放棄)と言っているに過ぎないのです。ところが、「個人の責任」と言うべきところを「個人の自由、個人を尊重」と発信したため、国民がさらに勘違いする状況になりました。

そしてマスクについては、感染予防の道具として公衆衛生上の有効性が認められてきたものであって、本来感染症法の分類とは無関係のはずです。ところが5類化に伴うこじつけで、政府はマスク着用は個人の判断としてしまいました。これがいささか政治的判断であるということは、従来、同じ5類の季節性インフルエンザの予防についてマスク着用を推奨し、決して「個人の判断」とは前置きしてこなかったことからわかります。

一体、危機管理・災害対応における行動指針において、「個人の判断になりました」と前置きする政府がどこにあるでしょうか。異常かつ無責任なメッセージです。もとより、マスク着用が法的義務化されたことがない日本では着用は個人の判断であるはずですが、それをわざわざ優先して伝えることは、誤った解釈に誘導する効果しかありません。

さらにはマスクについて、「外すこと」を率先して進めようとする日本と、もはや義務化はしないが「自由につけてよい」とする公衆衛生の取り組みが対照的な例を示したのが以下のツイートです。

政府や行政が関わらなくなったら、その分、国民は個人レベルで感染対策を強化する必要がありました。にもかかわらず、政府が責任を放棄すると同時に、国民も感染対策を緩めてしまい、感染拡大という当たり前の結果になりました。これに関するツイートは以下のとおりです。

そもそも、感染症の発生・まん延防止、安定した医療提供という感染症の目的自体は、COVID-19が2類相当であろうが5類であろうが変わらないはずですが、政府は5類移行のどさくさに紛れて、この法律自体の意義も曲げてしまいました(→感染症法を理解しない日本社会)。上記したように、5類移行とは何ら関係ないマスク着用を含めた感染対策をあたかも当然のように変えてしまったのです(図1)

図1. 新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行後の対応について(厚生労働省)[6]. 感染対策は感染症の分類変更とは本来関係ない.

感染拡大の一因になっているのが、実質流行把握の手法として指定医療機関における定点把握に変更されたことです。季節性インフルエンザとは比較にならないほど感染力が強いいまのSARS-CoV-2 XBB亜系統変異体(EG.5が拡大中)の流行を見るのに、インフルエンザで使われているような遅行指標としての定点把握のやり方が機能するわけがないのです。

定点把握は子どもが多く罹るインフルエンザで用いられている手法であり、国はそれをそのままCOVID-19に当てはめています。小児科定点3000カ所に内科を加えた5000カ所が定点とされていますので [7]定点把握を導入したことは、そもそも若者の感染が多くかつ幅広い大人の年齢層の患者が多いCOVID-19の患者を捕捉することからはズレた手法なのです。

その上で想定されることは、感染者は基本的に発症するので病院に行きますが、COVID-19では発症しない、いわゆる無症候性感染者が多数発生し、検査の有料化や「コロナは風邪」という思いこみもあって、実際に受診・検査を経るのは一部の感染者になるということです。

つまり、定点把握という手法は、先行してサイレント・キャリアーの市中伝播が次々と起こっている傍らで、偏った指定医療機関の患者数を見ているだけという、全くの過小評価の後追いの方法です。流行拡大の兆候を見ているのではなく、延焼した後の焼け跡の一部を見ているようなものです。政府はまるで流行を小さく見せるために意図的にこの方法に変えたと思わせるほどです。

実際、定点把握で示される平均患者数が急激に増える段階(たとえば定点あたり20以上)では、医療崩壊一歩手前という状況だと認識すべきでしょう。懸念されるのは流行を先取りしている沖縄の状況です [8]。確実に医療崩壊に向かって進んでいます。そして、この状況はやがて全国に広がっていくでしょう。第9波流行は第8波に匹敵するか、それを上回る規模になると予測されます。なぜなら、脱マスクを含めて感染対策が圧倒的にユルユルになっており、適切な疫学情報も伝えられないからです。

この流行で特に犠牲になるのが小児や生徒です。感染対策の緩和と社会の気の緩みはCOVID-19のみならず様々な感染症をまん延させ、罹患する小児も一気に増やしていくでしょう。どう考えれば、学校で脱マスクを率先して行なうという方針になるのか理解に苦しみますが、その結果、学校でのクラスター発生があちこちで報告されています。これも氷山の一角なのかもしれません。

文部科学省自治体の長、学校関係者は、安易な精神論に基づく脱マスクなどの感染対策緩和の方針が、生徒の健康を阻害し、教育の機会を奪っていくことに気づかないのでしょうか。知らないふりをしているだけでしょうか。この先、若い世代の健康と寿命に多大な影響を与えるリスクの可能性について、真剣に考えてもらいたいと思います。

引用記事

[1] 千葉雄登: 第9波は「第8波より大きな流行になる可能性も」、押谷氏ら. 医療維新 2023/04.19. https://www.m3.com/news/iryoishin/1134011?

[2] 東京新聞 TOKYO Web: 尾身茂氏「第9波を想定した方がよい」 本紙インタビューに語った「首相への異論」と「教訓」<詳報あり>  2023.05.08. https://www.tokyo-np.co.jp/article/248492

[3] 読売新聞オンライン: 尾身茂氏「第9波の入り口に入ったのではないか」…5類移行後1か月で感染2・5倍. 2023.06.14. https://www.yomiuri.co.jp/medical/20230614-OYT1T50182/

[4] NHK NEWS WEB: 新型コロナ「第9波が始まっている可能性」政府分科会 尾身会長. 2023.06.26. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230626/k10014109381000.html

[5] 日テレnews: 新型コロナウイルスの新規感染者数 緩やかな増加傾向続く. Yahoo ニュース Japan 2023.06.23. https://news.yahoo.co.jp/articles/d56ba44b7ddbbb8ec36e4096db919d953aacd11b

[6] 厚生労働省: 新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行後の対応について. https://www.mhlw.go.jp/stf/corona5rui.html

[7] 厚生労働症: 感染症発生動向調査事業. https://www.mhlw.go.jp/jigyo_shiwake/dl/h26_gaiyou01a_day2.pdf

[8] NHK NEWS WEB: 沖縄 コロナ感染急拡大 専用病床ほぼ満床 患者受け入れ困難に. 2023.06.27. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230627/k10014111111000.html

引用したブログ記事

2023年1月22日 感染症法を理解しない日本社会

2023年5月8日 コロナ流行を繰り返す日本が感染対策を放棄

       

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)

室内二酸化炭素濃度によるコロナ空気感染確率の推定

この記事は以下のURLに移動しました。

https://drtaira.hatenablog.com/entry/2023/06/12/202934

 

子どもが感染を拡大させる

はじめに

米国ボストン小児病院などと台湾の共同研究グループは、米国の約85万世帯のCOVID-19感染の70.4%が子どもから広がっているという研究結果を報告しました。この報文は、6月1日付けのJAMA Network Openに掲載されています [1](下図)

この報告はウェブ記事でも取り上げられ [2]ツイッター上でも紹介されています。

今回の報告は、学校が保育施設がCOVID-19を感染拡大させる役割を担っていることを示すものですが、日本の学校では脱マスクをはじめとする感染対策解除への方向へ舵を切っていることに鑑みて、あらためて警鐘を鳴らすものとも言えます。そして、技術的には、スマートフォン接続の体温計を用いた大規模な参加型ネットワークによってデータを収集し、解析を行なった特徴があります。このブログ記事で紹介します。

1. 研究の概要

今回、研究チームは、COVID-19感染症の代理マーカーとして「発熱」を用いました。スマートフォン接続の体温計を被検者(848,591世帯、1,391,095人)に渡し、発熱状態をモニターし、COVID-19の発症分布を推定しました。モニター期間は、2019年10月から2022年10月までの3年間であり、検温回数は23,153,925回に及びました。つまり、調査を始めたのはパンデミック開始直前だったわけですが、結果としてパンデミックの時期と重なったわけです。

発熱の定義は測定部位で異なっています。直腸および耳からの測定では38.0℃以上、口腔からの測定および不明な部位からの測定では37.8℃以上、腋窩からの測定では37.2℃以上と定義されました。そして、34℃から43℃の範囲外の温度測定は、異常値として除外されています。

結果として、全測定値のうち、57.7%は成人からのものでした。世帯の62.3%は1人のみから検温を報告しましたが、残りの37.7%は複数からの報告であり、全測定値の51.6%に及びました。子どもの報告の場合、年齢層は8歳以下が多く(58.0%)、各年齢層で男性より女性が多く含まれていました。

報告があったなかで発熱の基準を満たすと読めるものは15.8%で、発熱件数は779,092件に上りました。これらの症例のうち、15.4%が家庭内感染とされ、その割合は2021年3月から7月の10.1%から、オミクロンBA.1/BA.2流行波では17.5%に上昇しました。発熱は様々な疾患、感染症に由来するものではありますが、パンデミック期間における発熱数は、COVID-19の新規発症例を予測するものであり、発熱を感染の代理として用いることに妥当性があると、研究チームは述べています。

2. 若い子ほどウイルスを伝播させている可能性

大人と子どもの両方が参加したのは、複数参加世帯の51.9%に当たる166,170世帯の516,159人であり、その51.4%が子どもでした。そして、これらの世帯では38,787件の発熱症例が発生しました。同一世帯における最初の発熱と二次症例を比べると、子どもから子どもへが40.8%、子どもから大人へが29.6%、大人から子どもへが20.3%、大人のみが9.3%の割合で起こっていました。初回発熱症例と二次症例の間の連続間隔の中央値は2日でした。

全世帯の感染経路をまとめると、70.4%が小児から始まり、その割合は36.9%から87.5%の間で週ごとに変動していました。小児感染は2020年9月27日の週に68.4%と最高値を記録し、2020年12月27日の週には41.7%と最低値に落ちました。次の高値は2021年5月23日の週の82.0%で、6月27日まで安定し(81.4%)、8月8日には62.5%まで低下しました。

その後、子供から始まる世帯の割合は、9月19日までに78.4%に上昇し、11月14日(80.3%)まで推移し、2022年1月2日の週には54.5%に低下しました。3月6日には83.8%に上昇し、7月24日の週には62.8%に低下し、10月9日の週には84.6%に上昇しました。8歳以下の子供が感染源となる可能性は、9歳から17歳の子供よりも高い傾向にありました(7.6%対5.8%)。そして、パンデミックのほとんどの期間において、小児からの感染割合は、地域のCOVID-19の新規症例と負の相関がありました。

研究チームは、パンデミックのほとんどの期間において、小児のCOVID-19感染が地域の新規感染者と負の相関を示したという知見は、先行研究の知見と一致すると述べています。これは、先行研究において、地域感染の少ない時期には小児が、地域感染の多い時期には大人が、それぞれ主な感染媒介者であったと示されていることと一致しているというものです。

他の研究例では、教育現場におけるSARS-CoV-2感染のリスクは地域感染率と相関があるけれども、学校内の小児の感染拡大は地域内の成人より低いことを示されています。COVID-19の発症率が上昇すれば、コミュニティでの成人の感染リスクが高くなり、結果として大人が家庭内感染の媒介者となる可能性が高まります。一方、COVID-19の発症率が低い場合、非医薬的介入の全体的な頻度が下がり、小児に多いSARS-CoV-2以外の病原体も含めた発症率の増加とともに、小児の媒介頻度が高まる可能性があるというわけです。

3. 対面式の学校が感染伝播の役割

今回の報告では、大人と子供のいる家庭での感染の70%以上は子どもからの感染であることが示されています。この割合は毎週変動して、その時の当局による非医薬的介入の措置や学校の再開などと関係があることが述べられています。

大人と子どもの両方がいる166,000以上の世帯では、600万以上の温度測定値が記録されましたが、2020-2021年と2021-2022年の両期間で学校が再開された後、子どもが感染事例の大半を占めることがわかりました。一方、これらの感染事例は夏期および冬期の学校休暇中に減少しました。これは、登校がSARS-CoV-2の伝播の増加と関連し、学校休暇が伝播の減少を示すものです。すでにインフルエンザを含めた呼吸器系ウイルスの伝播において子どもが重要な役割を果たすことが知られていますが、SARS-CoV-2 の伝播に対する子どもの貢献も明らかになったということになります。

パンデミック初期には、学校閉鎖が世界中で一般的であったため、学校での感染が制限され、SARS-CoV-2感染の推進役としての子どもの重要性は大人よりもはるかに低くなっていました。しかし、2020年秋に学校が再開されると、子どもたちは地域の他の人々とより多く交流することができるようになり、その結果、子どものCOVID-19症例の数は増加し、この増加が全体の拡散に影響を与えたと述べられています。

研究チームは、多数の先行研究で報告されている同様な証拠を挙げています。 たとえば、冬の流行の期間、イギリスの子どもは大人よりも家庭内にウイルスを持ち込む傾向がありました。病院での子どもの症例から、子どもから家庭内の接触者への感染がカリフォルニアとコロラドで頻繁に見られました。デルタ波では、シンガポールの家庭内で子どもが感染を広げる傾向が高くなりました。これらはいずれも、学校登校時に家庭内での感染が拡大し、子どもの役割が重要であったことを示すものです。オミクロン波では家庭内感染が多かったという今回の調査事実も、先行研究と一致しています。

結論として、著者らは、SARS-CoV-2の拡散には子どもが重要な役割を担っており、対面式の学校の活動も実質的な拡散につながったとしています。

4. スマホアプリの活用

これまでの既往研究で、スマートフォン体温計による実際の発熱モニターによって、COVID-19の震源地の検出や、インフルエンザ、およびインフルエンザ様疾患の予測に使用されています。今回の研究でも、スマホアプリの体温計を用いた発熱頻度のモニターによって、集団レベルのCOVID-19患者数を予測することができました。このような参加型デジタルネットワークを通じて、感染を推測できることが証明されたわけです。参加型監視システムは、従来の監視システムを補完する情報を提供し、リアルタイムの重要なデータ源となり得ることが強調されています。

スマートフォン接続機器によるサーベイランスというアプローチでは、調査員や接触トレーサーを必要とせず、家庭内で調査を行うことができます。将来的には、参加型ネットワークから推測される感染を、追加のデータ収集や実験室での確認のために、現地訪問や他の契約追跡アウトリーチで検証することも可能です。著者らは、デジタル技術を活用したシステムについては、公平なアクセスを確保するために、あらゆる努力をしなければならないと結んでいます。

おわりに

感染症は、大人の非特定多数の中で二次伝播が起こり、その感染者が職場や家庭内に病原体持ち込んで感染拡大するというのが一般的です。また施設や学校が二次伝播の震源地になることがあります。その場合でも、最初の持ち込みは感染した大人ということになります。

一旦ある家庭内に病原体が持ち込まれると容易に子どもに感染し、その子どもが登校することによって学級内クラスターが起こり、その二次感染者の子どもが家庭内に持ち込んで家庭内感染が連鎖的に起こるということになります。今回の研究は、デジタルトレーシングというアプローチによって、この連鎖の感染における子どもと学校の役割を明らかにしたものです。これまでのマスク事情は米国と日本で異なりますが、今回の知見は日本にも当てはまると考えられます。

その意味で、対面授業を行っている学校での感染対策がきわめて重要になってくるわけですが、今回の論文では、マスク着用や手洗いを含めた公衆衛生対策については何も触れられていません。一方で、日本ではいま学校の感染対策緩和が進められています。この面で先頭を切っているのが、学校での脱マスク化を進める千葉県です [3]。事は子どもの命と健康の問題であり、学校が感染拡大の震源になっている可能性に鑑みて、文部科学省や各自治体には慎重に対策を進めていただきたいと思います。

下水サーベイランスにしろ今回のアマホアプリによるサーベイランスにしろ、欧米では先行研究事例があり、実用化も進んでいますが、翻って日本の後進ぶりは目を覆うばかりです。日本のCOVID対策では、いまだに非科学的やり方と精神論とアナログ感覚が支配しており、さらに、5類化という日本独自の法的措置に乗じてCOVID被害情報を積み重ねることさえも放棄してしまいました。世の中ではいつのまにか「コロナは終わった」という思いこみが横行している傍ら、学校やコミュニティでの感染者は急増しています。

引用文献・記事

[1] Tseng, Y.-J. et al.: Smart thermometer–based participatory surveillance to discern the role of children in household viral transmission during the COVID-19 pandemic. JAMA Network Open 6,e2316190 (2023). https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2805468

[2] Van Beusekom, M.: More than 70% of US household COVID spread started with a child, study suggests. June 2, 2023. https://www.cidrap.umn.edu/covid-19/more-70-us-household-covid-spread-started-child-study-suggests

[3] 千葉県教育振興部保健体育課長: 学校におけるマスク着用の考え方について(通知). 2023.5.19. https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/anzen/hokenn/documents/mask-kenritsu.pdf

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)

SARS-CoV-2の進化と将来のシナリオ

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

世界保健機構(WHO)は、5月5日、COVID-19に関する「世界の公衆衛生上の緊急事態」(the public health emergency of international concer, PHEIC) の宣言の終了を表明しました。国内では、5月8日、政府がこの感染症症の感染症法上での分類の扱いを5類に引き下げました。世界的には自然感染とワクチン接種による免疫で死亡者が激減していますが、もちろんパンデミックは終わったわけではありません。

この先、原因ウイルスであるSARS-CoV-2がどのようになっていくのか、注目されるところですが、先月ネイチャー系雑誌にこのウイルスの進化に関する総説論文が掲載されました [1](下図)。英国オックスフォード大学のウイルス進化学者、アリス・カツォウラキス教授のグループによる総説で、SARS-CoV-2がCOVID-19の流行や病態との関連でどのように進化してきたのか、この先どうなるかを占うのに理解を助ける格好の論文だと思います。このブログ記事で紹介したいと思います。

本論文は総説なので、文量があり、引用文献も200編を超えています。掲載されている図を見たり、また適宜引用文献も参照しながらでないと理解しにくい部分もありますが、とりあえず本記事では図を引用する形でまとめ、引用文献は省略しました。

以下、筆者による翻訳文です。適宜、注釈をつけています。

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1. 序論

SARS-CoV-2は、世界中で数百万人の死亡と深刻な罹患をもたらしている。このウイルスの生物学を理解するために、科学的努力が精力的に投じられてきた結果、膨大な数のゲノム配列が得られた。また、伝播性、重症度、免疫回避などの異なる表現型を持つ変異体の出現など、以前はほとんど間接的に推測されていた進化的事象を目の当たりにすることができるようになった。

本総説では、SARS-CoV-2の遺伝的変異を生み出すメカニズムについて、これらの事象を支える宿主内および集団レベルのプロセスの基礎を探る。すなわち、パンデミックの最初の年に、より高い伝播性とより高い重症度の進化を促したであろう選択的な力、そして2年目と3年目の抗原進化の役割、さらに免疫回避と再感染の意味、そして組換えの証拠と関連性について述べる。

懸念すべき変異体(VOC)」のような主要な系統がどのように生まれるかを理解するために、VOCの出現の基礎となる慢性感染モデルの証拠およびウイルス進化に動物のリザーバーが関与している可能性を対比させながら、ここでは前者がより可能性が高いと結論づける。不確実性を評価し、将来起こりうるSARS-CoV-2の進化の軌跡に関するシナリオをも概説する。

2. パンデミック期間におけるSARS-CoV-2の多様化

●突然変異率、複製忠実度、宿主を介したゲノム編集

ウイルスが進化する速度の重要な決定要因は、その突然変異率である。これは、ウイルスのポリメラーゼの複製忠実度によって決定される生化学的特性で、複製サイクルごとに遺伝的変化が生じる固有の速度である。これらの遺伝的変化は、選択が起こるための原要素である。ほとんどの変異は有害であり、変異を生じたヴィリオン*は複製に失敗する。SARS-CoV-2の突然変異率は、複製サイクル1回のヌクレオチドあたり約1×10-6〜2×10-6と推定され、他のベータコロナウイルスにおける過去の推定値と一致している。これらの変異率は、C型肝炎ウイルスHCV;複製サイクルあたりヌクレオチドあたり10-5×10-6変異)やヒト免疫不全ウイルス(HIV;複製サイクルあたりヌクレオチドあたり10-4×10-6変異)などの他のRNAウイルスで典型的に見られる変異率の範囲内にある。

*筆者注:ヴィリオン(virion)=宿主外でのウイルス粒子のこと

HCVHIVコロナウイルスとは異なり、その複製機構に3'エキソヌクレアーゼによる校正機構を持たない。たとえば、SARS-CoV-2 アルファ変異体の検出に役立ったS遺伝子脱落の原因となるスパイク遺伝子の69-70位の欠失や、感染力の増大との関連性が報告されているなど、挿入や欠失は複製エラーに起因し、多様性を生み出すことがある。

RNA複製エラーに加えて、宿主を介した自然細胞防御機構によるゲノム編集が、SARS-CoV-2ゲノムに相当数の定型変異を導入し、その進化速度に影響を与えている可能性がある。このような細胞変異促進因子は、SARS-CoV-2を含む多くのDNAおよびRNAウイルスやレトロウイルスゲノムに対して編集活性を示すAPOBEC1、APOBEC3AおよびAPOBEC3Gを含むアポリポプロテインB mRNA編集酵素(APOBEC)ファミリーのメンバーである。

APOBECの活性は、他のすべての変異よりもC→U変異がかなり多いという観察から、バイオインフォマティクスのアプローチによって推測されている. SARS-CoV-2のゲノムは、異なる細胞の抗ウイルスタンパク質(RNA 1に作用するアデノシンデアミナーゼ(ADAR1))によっても編集され、A→G変異(およびアンチゲノム鎖のU→C変異)を引き起こすことがある。

SARS-CoV-2ゲノム配列の編集に関連するC→U変異は、SARS-CoV-2の進化ゲノム解析に複雑な問題をもたらしていると思われる。C→U変異は、SARS-CoV-2ゲノムの非同義変異が同義部位での変異に比べて高い比率であることに反映されている。平均dN/dS比は、非同義部位あたりの非同義変異(dN)と同義部位あたりの同義変異(dS)の比率を示す尺度であり、約0.7から0.8である。このような変異は、抗原性あるいは表現型の変化をもたらす強力な駆動力となるであろう。さらに、C→U変異は、RNA構造や特定の塩基配列によって生じる変異の「ホットスポット」に偏っている可能性がある。C→Uの遷移と選択的復帰が繰り返されることで、多数のホモプラス部位が形成され、異なる株が収斂していく可能性*がある。

*筆者注:独立に進化している異なる株にも関わらず、類似した形質を獲得いく現象をhomoplasy(adj. homoplastic)と言い、このような部位(ホモプラス部位)が増えることで、異なる株が進化的に収斂していく可能性がある

●置換率

よく混同されるが、置換率(分子進化率とも呼ばれる)は変異率とは異なる。置換率は、ウイルスの進化に伴う変異の蓄積のペースを数えたパラメータである。置換率が高いということは、ウイルスが単位時間当たりに多くの変異を獲得していることを意味する。RNAウイルスの場合、置換率は一般的に系統学的手法で推定される。つまり、統計・系統学的手法を用いて、異なる時点で採取したウイルス配列の時間的スパンと変異数の差に関する情報を組み合わせて、置換率を推定するのである。

重要なのは、集団の中で検出可能な頻度に達した変異だけが進化速度の推定に寄与することである(図1)。パンデミックの初期にSARS-CoV-2の置換率を測定する上で重要な障害は、蓄積された進化的変化の量が限られており、確実な推定を行うには不十分であったことだ。懸念すべき変異体(VOC)が出現する以前は、ウイルスは1カ月にほぼ2回の進化的変化を獲得すると推定されていた(1日あたり1部位あたり約2×10-6)(図1a)。

●組換え(recombination)

組換えは、異なる遺伝的背景を持つ変異が集まってハイブリッド変異体を作り出すことであり、ウイルスの適応を促すもう一つのメカニズムである。組換えはベータコロナウイルスの進化に共通する特徴であり、SARS-CoV-2や他のサルベコウイルス*で検出されている。組換えが起こるためには、そしてその後検出されるためには、宿主が2つの遺伝的に異なるウイルスに共感染している必要があり、その組換えによって他の宿主に広がることができる生存可能な子孫が作られる。したがって、SARS-CoV-2の遺伝的分岐が進み、複数の分岐した系統が同一地域内で共存できるようになるとともに、出現から時間が経つにつれて組換え体が検出されやすい状態になる(図2d)。

*筆者注:SARS-CoV-2はベータコロナウイルス属のサルベコウイルス亜属に分類されている

SARS-CoV-2の異系統間組換えの最初の報告例の1つはXA系統であり、英国で初めて検出された。VOC(アルファとデルタ)間の組換えの暫定的な証拠も、日本での小さな症例群で報告されている。その後の研究で、北米で組換えB.1.631/B.1.634系統(Pango命名法ではXB系統と命名)が広がっていることが示された。その後の研究で、3つの組換え系統が発見され、Pango命名法が適用された。2つはデルタとBA.1の組み合わせ(XDとXF)、1つはBA.1/BA.2の組み換え体(XE)であり、さらに最近、いくつかの他のオミクロン組換え体が確認されている。

3. SARS-CoV-2の進化のレベル

●感染急性期における進化

SARS-CoV-2への感染の大部分は急性で、通常、症状発現後10-15日以内に免疫系によって除去される(図2a)。SARS-CoV-2が個体に感染すると、ウイルス粒子は呼吸器内で指数関数的に産生され、感染後2-5日頃に力価がピークに達するが、これは症状の発現時期とほぼ一致する。オミクロンが症状発現後3日頃にピークに達する以外は、ほとんどのSARS-CoV-2の変異体で同様の動態を示す。

ウイルスの宿主内多様性は、通常、ある少数のアレル頻度の閾値(通常2~5%以上)以上に検出される宿主内1塩基変異体(iSNV)の数で定量化される。典型的な急性症状患者では、SARS-CoV-2の宿主内多様性は限られており、ほとんどのサンプルは低頻度でごく少数のiSNVを含んでいる。また、鼻腔環境と口腔環境におけるウイルス集団の不一致によって実証されたように、ウイルスの組織臓器コンパートメント化が起こる*と考えられる。

*筆者注:組織・臓器でウイルスの多様性が異なること

トランスミッションボトルネック

伝播ボトルネックは、感染イベントにおいて、ドナー宿主の遺伝的多様性と比較して、新しい宿主に感染する創始ウイルス集団の遺伝的多様性の量で表される。すなわち、感染ボトルネックは、宿主内の進化過程と宿主間の進化レベルの間のリンクである*

*筆者注:最初に感染した宿主で見られたウイルス多様性が、伝播で次の宿主に引き継がれにくいということ(=伝播ボトルネック

感染後、SARS-CoV-2感染は通常1~2個のヴィリオンによって確立される。つまり、最初の感染過程で生成された変異体のほとんどは失われ、次に偶然感染したものが、新しい宿主に固定されることがある。このことは、iSNVが個体間で共有されることはほとんどないことを示唆している(図2b)。iSNVが伝播ボトルネックを介して伝播する際に確率的な役割が大きいため、選択が非常に強い場合を除き、変異体の選択的優位性の大きさをしっかりと推定することができない。D614Gや、より大きな範囲でのVOCの出現は、すべて顕著な選択的優位性を特徴とする。狭い伝播ボトルネックは、ウイルス伝播の普遍的な特徴であり、ヒトと非ヒトウイルスで同様に観察されている。

●宿主集団における進化

宿主間のスケールで進化を考える場合、宿主内のウイルスの多様性は通常無視され、代わりにコンセンサス配列(ゲノム上の各サイトで最も一般的なiSNVを取った配列)に焦点が当てられる。VOCが出現する以前も、そして現在も、主要なVOC系統の中では、急性感染した個体に存在するウイルスの遺伝的多様性が限られていることと、狭い伝播ボトルネックから、宿主間のコンセンサスレベルで観察される遺伝的多様性のほとんどは、狭い伝播ボトルネックを偶然に克服した、中立的にまたはわずかに劇的に変化した突然変異を表している。このような偶然の変化は遺伝的ドリフトとよばれ、強い選択的優位性を持たない変異が集団の中で循環し、偶然に高い頻度に達する。

狭い伝播ボトルネックだけでなく、ごく一部の感染宿主が伝播の大部分を担う「スーパースプレッディング」も、さらなる確率性の原因であり、したがって遺伝的ドリフトの一因となる。スーパースプレッディングは、二次感染の数に不均質性を導入することで偶然性を高め、その結果、ウイルスの有効な個体数を減少させる。

狭い伝播ボトルネックはしばしば創始者効果(founder effect)をもたらし、1つまたは少数の「創始者」ウイルスだけが、新しい感染の際のすべてのウイルス、およびその後の伝播の連鎖におけるすべての感染の祖先となる。新しいアウトブレイクが最終的に1人の創始者である個体によって引き起こされた場合、その後のすべての感染症は同様のウイルスコンセンサス遺伝子型を持つことになる。

パンデミックの初期には、ある変異体が本質的に有利なために頻度が増加しているのか、それともドリフトや創始者効果などの要因によるものなのかを確認することが困難であった。特に、2020年初頭にD614G変異が世界的に固定化したことで、それが自然選択の結果なのか偶然なのかについての議論が巻き起こった。その後の研究で、この変異は実際に、元のB.1系統に比べて20%近い伝達性の優位性を持つことが示された(図2c、d)。

4. パンデミックの進化フェーズ

●進化が止まったように見える時期

SARS-CoV-2がヒトに出現した後、最初の約8ヶ月間は、ウイルスの進化は限定的であったようだ。これは、世界レベルでのウイルス数が比較的少なく、感染拡大がまだ普遍的ではなかったためであり、また世界の多くの地域で非医薬的介入を行った結果でもあり、部分的にはウイルスのサンプリング不足というによる人為的なものでもあった。これらの要因と、コロナウイルスのポリメラーゼ酵素の校正能力に関する予備知識から、当時はSARS-CoV-2はゆっくりと進化し、パンデミックの展開と制御において進化が重要な役割を果たすことはないだろうと予測された。2020年4月には、D614G置換が最も顕著な進化的変化となり、この時期はウイルスの多様性と進化の例が限定的という特徴があった。

この期間に、SARS-CoV-2の推定置換率は50%近く減少した。これは主に不完全な純化選択の結果であり、短い時間スケールでは、ウイルス集団にまだ純化されていない劇症型変異が過剰に残ってしまう。このため、系統樹の末端枝で表される小さな時間スケールでの進化の割合は、系統樹の内側の枝で表される長期の進化に比べて高くなる(図1a)。この現象は、他のウイルスでも流行の波の過程で推定される置換率を変化させる原因になっていると考えられる。

●分岐の著しい系統の出現

SARS-CoV-2の最初の分岐系統が出現するまでには8ヶ月を要したが、進化の観点から見るとパンデミックの転換点となった。最初の3つの系統は、後にアルファ、ベータ、ガンマと呼ばれるVOCであり、世界の異なる地域で独立して出現し、不可解とも言える高い進化の程度の結果であった。VOCの変異の多さは、進化論的な観点から特に顕著である。アルファとガンマは、それぞれ14個と11個の非同義変異を祖先の系統と比較して余分に持っているのに対し、オミクロンはスパイク遺伝子に数十個以上の変異を有していた。これらの観察結果は、慢性感染時に複製が継続され、ウイルスが多くの進化的変化を獲得することができたという異常な状況によって生まれたと思われる。これは、呼吸器系ウイルスに典型的な急性感染の連鎖とは対照的であり、厳しい伝播ボトルネックを強いることで、突然変異を定期的に排除した結果である(「VOCの進化的成り立ち」の項を参照)。

SARS-CoV-2系統樹における非VOCのバックグランドとVOCのクレード内の間では、全体の進化率の推定値に大きな違いはないが、バックグランドとVOCクレードをつなぐ幹枝の置換率は約2倍から4倍高い(図1b)。この進化速度の違いは非同義置換にのみ見られ、同義置換の速度はVOCクレード内と非VOCクレードの相対的にほぼ同様である。

●系統内の漸進的な進化

2021年11月下旬に発見されたオミクロン変異体は、もともと3つの姉妹系統(BA.1、BA.2、BA.3)から構成されていたが、やがてパンデミックの新しいフェーズが始まった。それは、それまでの分散した系統を生み出した段階とは異なり、オミクロンの亜系統が次々と現れるというものだった。BA.1が世界的に優勢になった直後、BA.2に取って代わられ、さらにBA.2.12.1やBA.2.75などの亜系統に多様化し、さらに、BA.2亜系統とは系統的に異なる、世界的に大流行したBA.5が登場した。BA.5が世界的に優勢になってから、オミクロンのいくつかの亜系統が出現したが、いずれもBA.5を追い越すには至っていない。むしろ、スパイク遺伝子に複数の変異を共有することで、著しい収斂進化を遂げている。

2021年と2022年を通じて、SARS-CoV-2の進化は、主要系統内の分岐が着実に増加し、連続する新しい主要系統に関連して段階的に増加するという特徴があり、進化の全体速度が速くなった。このような系統間進化ダイナミクスは、系統内速度よりも大幅に速いという分子時計に適合している。しかし、BA.5の出現後、SARS-CoV-2がこのように分岐の激しい系統の出現を繰り返す飛躍的な進化を続けるのか、それともより緩やかな適応過程へと移行しているのかは、現在不明である。2022年には、BA.2およびBA.5内で出現した複数の系統が、いくつかのアミノ酸の変化と中程度の感染優位性を持ちながら、より段階的に進化することが観察されており、より緩やかな段階的進化への移行を示す可能性もある(これに関する詳しい考察は「今後考えられるシナリオ」参照)。

5. 伝播性:進化の主要駆動力

●内在性伝達能の進化

寄生体は通常、一時的な生息地を持つ非常に散在的な環境の宿主集団に存在し、そこで内在する伝達能力が、特にウイルスのような絶対的的寄生体にとって重要な適合要素になる。感染可能な期間が短い急性感染を引き起こすウイルスでは、高い伝播性が優先される特性をもつ。このようなウイルスでは、伝播性は通常、純再生産数(Rt:各症例が集団に生み出す二次感染の総数)で表され、宿主集団レベルに適合したものに近いと想定されている。したがって、この種のウイルスがより高い伝播性を目指して継続的に進化することは、適合性を最大化する当然の進化過程として理解することができる。

感染プロセスは、感染宿主からのウイルスの排出、環境中でのウイルスの生存と移動、そして感染先のマクロ生物への定着という3つのステップに分けられる。自然選択は、これらの各ステップを促進するウイルスの特定の形質に作用し、内在する感染性の増加は、これらの感染性を高める形質の継続的進化の結果である(図4)。

例えば、SARS-CoV-2とアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体(主要な細胞侵入経路)との相互作用を最適化すると、2つの方法でウイルスの感染性が高まる。感染細胞の数を増やすことで感染力を高め、感染者の粘膜分泌物中のウイルス量を増加させる。また、それは、そのウイルス系統が新しい宿主で感染を確立する能力を高める(図4b)。スパイクタンパク質の変異は、受容体への結合を強化し、安定化させることができる。これは、D614G変異で初めて観察された。その後、VOCのアルファ、デルタ、オミクロンは、さらに結合をよくする変異を持つことがわかったが、その最もよい例は受容体結合ドメイン(RBD)のN501Y変異である。

膜融合を媒介とした細胞侵入に不可欠な因子は、スパイクタンパク質の切断である。フェレットモデルでは、フーリン切断部位の挿入がウイルス感染に必須であった。アルファとオミクロンのP681H、デルタのP681Rの変異は、スパイクタンパク質をほぼ完全に切断するため、ウイルスの侵入を促進し、最終的に感染を促すことになる。全体として、受容体結合とスパイクの切断を促進する変異は、感染力と感染性の両方を高め、それぞれの系統の拡散を改善するようである。ヌクレオカプシドの変異(R203K + G204R)は、複製と伝播性を高める可能性がある。アルファでは、スパイク以外の進化として、ヌクレオカプシド、ORF9b、ORF6遺伝子のサブゲノムRNAレベルが増加し、自然免疫の逃避と伝播力の向上につながるようだ。

また、ウイルスは、より伝播しやすい組織や臓器への向性を進化させることで、伝播性を高めることができる。気管支や肺の細胞に感染する祖先型SARS-CoV-2とは異なり、オミクロンBA.1は、エアロゾルが入りやすい鼻咽頭で効率的に複製するように進化した。また、BA.1は、生体外気管支培養では他のVOCよりも速く複製するが、肺細胞ではうまく複製できないようである。

宿主外でのウイルスの安定性は、固有の感染性の不可欠な要素であり、ウイルスの適合性に大きな影響を与えると思われる。SARS-CoV-2がエアロゾルに留まる能力は、パンデミックの系統によって異なることが証明されている。エアロゾルの安定性に関する研究では、祖先の系統と比較してアルファとベータは半減期が長く、デルタとオミクロンは祖先と同程度の安定性であることが明らかになっている。別の研究では、VOC間のエアロゾル中におけるヴィリオンの寿命が極めて低くて類似することから、進化する系統間の差が大きくない限り、エアロゾル中の安定性は感染性の進化において決定的な要因とはならない可能性が示唆されている。

ウイルスは、本質的に伝播力が強いだけでなく、伝播力の持続によって再生産数(Rt)を最大化することができる。宿主への感染が長ければ長いほど、より多くの二次感染を引き起こすことができ、その結果、ウイルスの再生産数は増加する。したがって、感染力の持続時間は、それ自体が進化可能な形質である。

固有の伝播力が同じレベルの2つのウイルスを考えた場合、感染開始時期が早ければ、一方のウイルスが他方より早く感染する可能性がある。潜伏期は疫学的な特性であり、ある個体が感染してから他の個体に感染し始めるまでの時間を表している。潜伏期間が短いと、宿主が感染してからすぐに感染させることになり、あるレベルのRtであれば、エピデミック*が発生する可能性がある。オミクロンBA.1では、デルタと比較して感染開始時期が早いことが確認されているが、その感染力の持続性は短時間であることが確認されている。

*筆者注:エピデミック(epidemic)は単に「流行病」を意味する用語であり、その範囲や時間的スケールの概念は含まない

●免疫集団における伝播性:免疫逃避の進化

RNAウイルスは、免疫を標的とするゲノムコード領域の適応的変化である抗原性について、かなり進化させることが知られている。抗原ドリフトは、しばしば免疫逃避(液性または細胞性免疫が病原体を認識または中和できないこと)を引き起こす。ナイーヴな宿主集団では、ウイルスの適応的特性は固有の伝播性で支配されるが、高度な免疫集団では、宿主の抵抗力に打ち勝つ能力が、少なくとも適合決定因子として同等に重要になる。たとえ伝播力の強いウイルスであっても、抵抗力のある宿主の間では感染を広げることはできない。免疫逃避変異は、免疫個体の再感染を可能にし、免疫逃避系統の新しい生態学的ニッチ*(再感染というニッチ)を効果的に開くことになる。

*筆者注:生態学ニッチとは、ある種が関わる(地位を獲得する)まとまった環境要因

SARS-CoV-2では、2020年後半に抗原進化の兆候がVOCのベータとガンマで確認され、それぞれ抗体認識と中和を低下させる変異、特にE484K変異を持つことが分かった。これらの系統が最初に確認された南アフリカとブラジルの初期発症データは、他の系統が循環している地域と比較して再感染率が高いことを示しており、免疫集団において高い感染性を維持するために免疫逃避変異が重要な役割を果たしていることを示している(図4c)。

2021年秋にオミクロンが出現すると、この変異体はそれ以前のどの変異体よりも再感染を引き起こす能力が非常に高いことがすぐに認識された。スパイクの主要なVOC変異の多くは、中和抗体結合が最も強力であるRBDとアミノ末端ドメインに見られる。網羅的突然変異スキャンニングの研究により、これらの変異がACE2結合親和性を高め、抗体結合を逃れる能力について多くのデータが得られている。特に、E484(K、P、Qへのアミノ酸変化)部位とN501(Y、Tへのアミノ酸変化)部位が、それぞれウイルスの血漿抗体中和とACE2結合親和性に大きな影響を与えることを示している。

オミクロンの最初の2系統(BA.1およびBA.2)には、30以上のアミノ酸置換といくつかの欠失や挿入が見られるが、初期のVOCsと比較すると、系統的に深く分岐している。これらのオミクロン亜系統で生じた新しい変異は、やはり主にRBDに集中しており、自然感染者やワクチン接種者の血清の中和価を著しく低下させたが、ACE2結合親和性にはわずかな影響しか及ぼさなかったと考えられる。BA.4およびBA.5系統の子孫は、初期のオミクロン系統と比較してRBDにL452RやF486Vなどの変異があり、免疫逃避特性に大きく寄与することが示されている。ワクチン接種とブースターを受けた個体の血清は、BA.1およびBA.2と比較して、これらの系統の中和が低下していることも示されている。

S1サブユニットは、RBDとN末端ドメインを持ち、高度に分岐し、免疫回避する新しい変異体の間で共有される変異を相当数持っていて、適応進化の強い兆候を示している。つまり、主にこれらの系統が免疫集団で伝達する能力の向上を反映しており、特にオミクロン出現後でそうである(図3a)。予想通り、これらの変異は、適合力増強の側面とも関連していた(図3c)。

SARS-CoV-2の進化における細胞免疫からの逃避の寄与は、液性免疫からの逃避の寄与に比べてあまり明確になっていない。T細胞エピトープの大部分は、プロトタイプ株とVOCの間で不変である。スパイク変異P272Lは、支配的なT細胞エピトープの免疫逃避をもたらすことが示され、T細胞エピトープの他のいくつかの変異は、MHCクラスI提示を減少または直接阻害する。

自然免疫の他に、ワクチン接種も免疫逃避の原動力となることがある。特にSARS-CoV-2の決定的な違いは、非経口ワクチン接種後の粘膜免疫の欠如である。ウイルスは依然として上気道の粘膜で複製され、感染する可能性があるため、SARS-CoV-2の進化を促す要因としてのワクチン接種の役割は、自然感染の場合と比較して弱い可能性がある。自然感染とのもう一つの重要な違いは、多くの一般的なワクチンが標的とする抗原領域が、スパイクタンパク質、あるいはRBDだけと、かなり狭いことである。このため、当然、免疫逃避の選択圧はこれらの領域だけに制限される。とはいえ、ワクチンに関連した免疫逃避は、ベータとオミクロンの両方で示されており、予想通り、抗RBD誘発抗体が焦点となっている。

さらに、ワクチンによる液性免疫からの逃避は、デルタ変異体でが証明された。祖先株を用いた集団ワクチン接種により、より一定で予測可能な免疫圧力が生まれている可能性がある。一方、病原体の拡散と継続的な進化により、自然免疫はよりダイナミックな選択力を持つようになっている。免疫環境が変化するということは、いつでも、その免疫環境に対して高い逃避性を持つ変異体が集団の中で急速に広がり、潜在的に、免疫を誘発する変異体を凌駕する可能性があることを意味する。

SARS-CoV-2に対する免疫に特徴的なことと言えば、時間経過とともに衰える免疫力であるが、これは、ウイルスの免疫逃避の集団レベルの進化を遅らせる要因であると考えられる。免疫力の低下により、再感染に対する完全耐性者は部分免疫者よりも少なくなるのが一般的であるため、本質的に伝達可能なウイルス系統は、非感染者集団において免疫逃避がなくても高い適合力を維持できる。

6. 病毒性の進化

(病)毒性(virulence)という用語は、学問分野によって定義が異なる。生態学では、病毒性は、寄生体が宿主の体力を低下させる度合いと正式に定義されている。臨床医学や実験的健康科学では、病原体が宿主に与える害の程度を示すために、しばしば同義語の「病原性」(pathogenecity)が好まれる。また、臨床医学における病原性は、病原体が引き起こす特定の症状の観点から説明されることもある。病原体を特徴づける病原性とは異なり、関連する用語である「重症度」(severity)は、臨床症状の重さを表すために使用される。

病毒性は、生物学的な意味での実際の形質ではない。むしろ、相互作用の特性であり、宿主と寄生体という2つの種の間の生態学的関係の産物である。この病毒性の「相対性」は、同じ病原体が異なる宿主種に感染した場合、全く異なるレベルの病毒性を示すという事実がよく示している。複雑で多因子にわたる相互作用から生じる生態学的な結果として、病毒性をモデル化し予測することは困難である。とはいえ、その構成要素を理解することで、部分的にはその進化についてある程度の予測をすることができる。

病原性の変化はアルファで初めて報告された。その後、オミクロンが現れるまでのVOC(ベータ、ガンマ、デルタ)は、祖先の系統と比較して入院や死亡率(mortality rate)の増加を引き起こしていた。後に出現したオミクロンBA.1およびBA.2系統は、いずれも祖先株と比較して疾患の重症度が低くなっており、異なる変異体の病原性レベルはいかなる方向性のパターンも示さなかった。もちろん、ウイルスの系統が変化するだけでなく、宿主の耐性状況も変化するため、このような比較は難しい。ワクチン接種や過去の感染による宿主の抵抗力も変化するため、オミクロンの感染拡大は、集団免疫レベルがはるかに高い状態のもとで起こったことになる。

SARS-CoV-2の病毒性研究の多くは、当然のことながらスパイクタンパク質の役割に焦点を当てているが、ゲノムの他の部分もこの性質に寄与している。祖先ウイルスのバックボーンゲノムにオミクロン BA.1のスパイクを持つキメラウイルスを用いた動物モデル実験では、スパイクタンパク質が重要な役割に加えて、他のゲノム部分に病毒性因子が存在することが実証された。

SARS-CoV-2の文脈で頻繁に言及されることとして、病毒性の進化に関する一般的かつ誤った見解がある。それは、長期的には病原体は病毒性を低下させるように進化する傾向があるというものであり、強毒な病原体がやたら宿主を殺してしまえば、必然的に宿主とともに滅びるという理由からだ。この単純すぎる論理には、重大な欠陥がある。まず、ウイルスの実際の適応環境は、単一の宿主ではなく、宿主の集団であるという事実を無視している。多くの病原体において、重篤な疾患は新しい宿主に感染した後に発現する。SARS-CoV-2は、感染後3週間目以降に重症化・死亡する傾向があるが、感染期間は通常2日目から15日目までであり、死亡する平均的な時期以前にすでに90%の感染が達成されている。ウイルスの系統が他の複数の宿主に感染することに成功する限り、最初の宿主の最終的な運命がウイルスの適合力に大きな影響を与えることはない。このような状況では、高い病毒性はウイルスの適合面での障害にはならず、病毒低下が選択されることはないだろう。

特別で稀な状況を除いて、微生物は病毒性の面で直接利益を得ることはない。しかし、病毒性は病原体の他の特性(適応的なもの)と相関している可能性がある。つまり、病毒性の向上は、ウイルス進化の副産物である可能性がある。ウイルスが進化することでその適合力が向上し、病原性に関連する他の形質が最大化される。このような状況の例として、SARS-CoV-2のウイルス量が挙げられる。ウイルスの量が増えれば、感染の可能性が高くなるが、これはウイルスにとって重要な適性特性である。しかし、ウイルス量が多いほど重症化する可能性もある。このような状況では、ウイルスがより高い病原性を持つように進化する可能性がある(正味の適合力が向上する場合)。

病毒性に関連する重要かつ過小評価されている点として、感染致死率が低いにもかかわらず、伝播力の高い病原体(本質的な伝播力が高いか、免疫の逃避によるものかは別として)が集団レベルで高い疾病負担をもたらしていることであり、それが高病原性、低伝播性の病原体の影に隠れてしまうことがある(図4c)。この例として、MERS-CoVSARS-CoVが挙げられる。MERS-CoVの場合は、感染致死率が30%以上と驚異的であるにもかかわらず、2012年以降の死亡は935人である。対照的に、SARS-CoV-2は、感染致死率が1%以下と推定されるが、今日までに1800万人以上の死亡者を出している。

病原性は多因子で生態学的な性質があり、また、関係する多くのパラメータについて信頼できる推定値が少ないため、病原性の進化をモデル化し予測することは困難である。感染と重症化の相対的なタイミングや、病原性と適応形質との間の生活史的な関連性を考えると、ウイルスが宿主集団に長期的に適応する際に、必ずしも進化的な力に頼って病原性を低下させることはできないことが分かっている。特定の状況の組み合わせによって、SARS-CoV-2の毒性は上昇することもあれば下降することもある

7. VOCの進化的な成り立ち

●アルファからオミクロンへ

2020年12月下旬、イギリスの一部で急速に拡大し、スパイク領域に多数の変異を持つ新しいSARS-CoV-2の系統が確認された。この系統は、後にPango B.1.1.7に分類され、世界保健機関(WHO)によってVOC アルファと命名された。その後数週間のうちに、南アフリカとブラジルは、さらに2つの急拡大する系統、VOCベータ(Pango系統B.1.351)114とガンマ(Pango系統P.1)を報告した。これらの系統は、それぞれ、バックグラウンドのウイルス集団と比較して多くの遺伝的差異を有しており、その中には、伝播性の向上や免疫逃避の特性を示すものがあった。デルタ系統(パンゴ系統B.1.617.2)は、2021年5月にVOCとして認定されたが、インドではその数ヶ月前から流行しており、急速に以前のVOCに取って代わるようになり世界中で患者数が激増した。

2021年11月、南アフリカボツワナで発見されたオミクロン(Pango系統BA.1-BA.5)が、新たな世界的流行の波を起こし始めた。これらのVOCは世界の異なる地域で出現したが、一連の変異(例えば、N501Y、E484K、ΔH69/V70)を共有しており、収斂進化の可能性を示している。これらのVOCはそれぞれ、直近の祖先変異体と比較して、著しく高い増殖優位性を持っていた。

アルファは最初に発見されたVOCであるが、系統的推定によると、ベータが2020年10月に報告される数ヶ月前の2020年6月以前に出現した可能性が高い。アルファの出現は2020年9月上旬、ガンマの出現は2020年11月中旬と推定された。中間的なアルファ様ゲノムとガンマ様ゲノムは、それぞれのVOCクレードが最初に出現する数カ月前に検出されている。インド国内でのデルタの起源と拡散の始まりは不明だが、グローバルデータに基づく系統推定では、2020年10月中旬に出現したと考えられる。他のVOCとは異なり、デルタの発見後、その頻度が大幅に増加したのはずっと後の2021年3月である。オミクロンの最初の3系統(BA.1、BA.2、BA.3)はすべて2021年10月の同時期に独立して出現し、次いで2021年12月中旬にBA.4、2022年1月にBA.5と続いた。BA.3の系統の出現は、BA.1とBA.2の間の祖先の組換えイベントの結果であることが示唆されている。また、新たに同定されたBA.4/BA.5系統の出現は、事前の異系統組換え事象を経たものと考えられる。

VOCの進化的起源のメカニズムについては、まだ議論の余地があるが、その出現を説明するいくつかの仮説が提示されてきている。ゲノム監視が不十分な地域でSARS-CoV-2がヒトに持続的にステルス感染しているとか、動物が感染源となり人獣共通感染症として循環しているとか、免疫不全の特定の個人で慢性感染している(図5)などがその例である。

●仮説1:ヒトにおける未検出の感染経路

SARS-CoV-2の世界的なゲノムサーベイランスは、他のどの病原体よりも圧倒的に詳細に行なわれているが(図3)、多くの低・中所得国においては、症例の0.5%未満しか配列決定されておらず、極めて地域間で不均一である。このような極端なサンプリング不足により、一部のウイルス系統が検出されずに循環しており、長期にわたるステルスウイルス進化を可能にしている。これは、パンデミック中にウイルスの持続的な流行を経験した、ゲノムサーベイランスが不十分な国に特に当てはまる。ゲノムサーベイランスが不十分な場合、SARS-CoV-2の慢性感染の検出が不十分となり、その結果、ウイルスの進化が検出されなくなる可能性がある(「仮説3:人間の慢性感染」参照;図5)。

進化の観点からすると、例えば12個の新規変異を持つ新規で感染力の高い変異体が、1ヶ月に2個の割合で徐々に置換を積み重ねて出現した場合、その変異体が報告されるまでに6ヶ月近く検出されないままになる。変異の一部がウイルスにとって有利で、より早く高い頻度に達することができれば、変異の蓄積はより早く起こるかもしれない。しかし、デルタとオミクロンは、わずか数ヶ月の間に世界中に拡散した。世界的な相互情報リンクを考えると、このような進化する系統は、この突然変異の蓄積過程のより早い段階で阻止される可能性が高い。さらに、ウイルスの進化が加速されない限り、その系統は、置換を徐々に蓄積するだけでは、置換率から予想される以上の10-12個の変異を獲得することはできない。したがって、複数回の急性感染の伝播連鎖の中で新規変異が出現する可能性は低いと思われる。

●仮説2:動物における感染

SARS-CoV-2に寛容な動物種は数多く存在するにも関わらず、このウイルスを効果的に媒介する種は、シリアンハムスター、ミンク、オジロジカの3種のみであり、現在、オジロジカが野生動物の感染源として唯一知られているだけである。現在までのところ、シリアンハムスターでは、ウイルス遺伝子の特異的な適応は観察されていない。ミンクとオジロジカで見つかったSARS-CoV-2の変異は、いずれも動物宿主に特異的であると考えられる。ミンクからの分離株の変異は、ミンクのACE2レセプターへのウイルスの結合を高めるが、オジロジカからの分離株は、主にスパイクタンパク質の外側に変化を持つことが判明している。

VOCのアルファ、ベータ、およびガンマに見られるN501Yスパイク変異は、これらの変異体が野生型マウスに感染することを可能にするが、これは動物への適応というよりも、ヒトを宿主とする進化から生じた偶然の一致であると考えられる。N501Yはオミクロンのスパイクタンパク質にも存在するが、オミクロンBA.1ではBalb/C実験用マウスへの感染が非効率的であった。しかし、祖先のバックボーンにオミクロンスパイクを持つキメラウイルスの場合、マウスへの感染性は著しく改善された。このことは、スパイク領域以外の他の変異もマウスにおける感受性に関与している可能性を示唆しており、ヒトACE2を発現するK18-hACE2トランスジェニックマウスでも確認されている。

オランダの養殖ミンクとカナダのオジロジカのSARS-CoV-2配列の乖離は、進化の加速と動物からヒトへの感染の可能性を示すサインを示している。しかし、これらのウイルスの変異の組み合わせは、ヒトのVOCで見られるものとは非常に異なっており、異なる進化の道筋を示唆するものだ。データはオジロジカのような新しい動物宿主にこれらのウイルス株が適応し続けていることを示しており、独自の進化を立証している。ただ、動物からヒトへのスピルバック*の可能性は残っている。

*筆者注:感染症の異種間伝播をスピルオーバー(spillover)と言い、動物種からヒトへの逆伝播をスピルバック(spillback)と呼ぶ

オミクロン以前の系統はすべて、シリアンハムスター、K18-hACE2トランスジェニックマウス、フェレットで同様の感染および病原性パターンを示した。しかし、オミクロン BA.1はフェレットに感染することができず、その進化が動物への適応でない可能性を示している。 さらに、SARS-CoV-2の動物種での継代や動物種への適応は、ほとんどのVOCsの中心的な特徴であるヒトの免疫逃避特性を引き出す可能性は低い。実際、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質で主に発生する多数の変異は、ヒトでかなりの免疫逃避を引き起こすため、ヒト内での長期進化を強く示唆しており、免疫抑制された個人ですでに報告されている。

オミクロンは特にヒトへの適応の産物であると考えられ、実験室で効率的に感染させることができるのは、シリアンハムスターのような少数の、特に感受性の高い動物種に限られる。現在のところ、VOCの起源が動物のリザーバーにあることを支持する説得力のある論拠は存在しない。しかし、逆のスピルオーバーによる長期的なリスクは考えられるため、オジロジカのような新しい動物リザーバーにおけるSARS-CoV-2の進化を注意深く監視・研究する必要がある。

●仮説3:ヒトの慢性感染症

感染者からのSARS-CoV-2の長期間の排出は、例えば、いくつかの癌、免疫抑制療法、AIDSなどにより、免疫力が低下している患者において報告されている。このような患者では、免疫システムの欠陥により、急性感染時にウイルスを排除することができず、ウイルスが長期的に持続することになる。慢性感染症から採取されたウイルス系統に多くのアミノ酸の変化が見られることから、このような慢性感染状態がSARS-CoV-2の高度に分岐した複数の変異体の出現に関与しているという仮説が立てられている。この仮説を支持する重要な証拠は、慢性感染症から同定された一連の変異がVOCでも共有されているという観察結果である。そのような変異の例は、E484K(ベータとガンマに見られる)、N501Y(アルファ、ベータ、ガンマ)、ΔH69-V70(アルファ、イータ、一部のオミクロン変種)、H655Y(ミュー)、R346I(オミクロン)である。

さらに、オミクロンのスパイクにおいて、蓄積された非同義変異の数が極めて多いこととは対照的に同義変異の数は極めて少ないことは、VOCの起源として現在最も信頼できる仮説、すなわち、慢性感染過程における進化によるものとする仮説と一致する。同義語変異の数が少ないということは、中立進化の割合が低いということであり、直前の過去に伝播ボトルネックの数が少なかったことを間接的に示している可能性がある。これは、感染の連鎖ではなく、単一個体の持続感染における長期進化のシナリオを支持している。

地理的に局地的な廃水処理場の都市下水から分離されたウイルス株は、これまでサンプリングされなかった変異を含む、不可解な独自の系統を示しているが、これはヒトの慢性感染の可能性を示唆するもう一つの間接的なシグナルである。

慢性感染者におけるウイルスの進化選択は、回復期血漿モノクローナル抗体などの治療(Box 1)によってもたらされると考えられる。これは、ウイルス集団に選択圧をかけるには十分だが排除するには不十分な弱い免疫応答によって引き起こされるが、受容体結合や複製能力など他の選択圧もあり得るだろう。慢性感染者に対する抗体療法は、主にSARS-CoV-2のスパイクタンパク質を標的とすることから、スパイクに集中する変化や、VOCの多くに見られるような再感染を容易にする免疫逃避変異を選択すると予想される。重要なことは、慢性的に感染している患者からの突然変異が、積極的に伝播されていることである。モノクローナル抗体の使用頻度が高い場合(おそらくケアハウス)では、個人間で素早く感染するウイルスの多様性を生み出す環境が提供されている可能性がある。

慢性感染者の一部では選択の明確な証拠が観察されているが、すべての慢性感染者におけるSARS-CoV-2の進化の明確なパターンや、これらの感染中での感染増強変異体の出現がどの程度一般的であるかについては、まだ一貫した理解が得られていない。例えば、P681H/Rのような世界的に発生するVOCのスパイク変異のいくつかは、一部の慢性感染症の患者では観察されない。この説明として考えられるのは、免疫逃避変異と伝播性のトレードオフである。慢性感染症のウイルスとは異なり、グローバルに伝播するウイルス系統はその影響を受けていると考えられる。また、どのような免疫抑制が慢性感染症に関連しているのかも不明であり、集団内でのそれらの有病率も不明である。

全体として、慢性感染症が免疫逃避変異を引き起こすことを示唆する現在の証拠を考慮すると、このような感染症が、VOCの少なくとも一部の出現の原因である可能性が高いと考えるのは妥当である。このことから、慢性感染者を発見し治療することは、公衆衛生上の高い優先順位である必要性が示唆される。さらに、慢性感染時のSARS-CoV-2の進化的ダイナミクスを理解することで、将来出現する可能性のある免疫逃避型変異体を知ることができる。

8. 考えられる将来へのシナリオ

オミクロンが出現する前の2021年後半まで、アルファやデルタなどのVOCは、主に伝播性の向上と適度な免疫逃避性に関連していた。しかし、現在の証拠によれば、免疫逃避という特性が、デルタがオミクロンによって置き換えられた主な要因であることが示唆されている。このことは、より長い時間スケールで、将来の系統が持つ固有の伝播性と系統間の交差免疫の程度に応じて、2つ以上の系統が共存するシナリオや、ある系統が他の系統を絶滅に追いやるシナリオを想像することができることを意味している。このような相互作用は、支配的な系統の伝播性と病毒性、および抗原的に異なる系統が導入される免疫学的状況によって、公衆衛生に重大な影響を及ぼす可能性がある。例えば、免疫力の低下と抗原性の違いが、周期的に新しい感染の波を引き起こすというシナリオを想定することができる。

いくつかの研究では、ACE2を介した感染性や集団レベルの免疫に対する抵抗性を持つ重要な変異体を、新しいVOCの出現よりもずっと早く特定できる可能性があることが示されている。しかし、これらの変異の多くは、他の変異が存在しない限り、公衆衛生上の脅威とならないかもしれない。例えば、注目のシータ型は、スパイクタンパク質にD614G、N501Y、E484Kなどの決定的な変異を含んでいたため、科学者に警告を与える変異のパターンであったが、その広がりは限定的だった。将来のVOCに対する効果的な早期警告システムには、固有の伝播性、向性、免疫逃避、病毒性、利用可能な治療法に対する感受性などの変異体に関する豊富な情報と、循環する変異体の相対的な感染性、家庭内感染調査による二次攻撃率などの疫学データを結びつける必要がある。配列データのみからこれらの特徴のいくつかを予測できるモデルを開発することができるかもしれない。

下水サーベイランスは、配列情報の補完的な情報源となり、個人レベルで同定される前に、変異体のアンダーグランドでの伝播を明らかにすることができる。免疫逃避変異の役割とその予測は、その適合結果が免疫ランドスケープに依存するため、非常に困難である。例えば、ベータとガンマのVOCは、局所的に有利であったにもかかわらず、最初に同定された地域以外にはあまり広がらなかったし、オミクロンBA.1は動物モデルではアルファとデルタの両方に勝つことはなかった。

上記の注意点を踏まえて、SARS-CoV-2の将来の進化について考えられる最良のシナリオは、オミクロン系統の中で抗原ドリフトが継続し、短中期的にワクチン接種と先行感染の組み合わせで誘発される免疫が再感染時の重症化から身を守り、ウイルスのかなりの継続進化に対応できる広い免疫応答を提供するというものだ。最良のシナリオでは、おそらく将来の適合向上変異の大部分は、宿主免疫からの逃避に限定されるであろう。オミクロンの亜系統の現在の傾向から、ウイルスがさらに4ヶ月間循環するごとに新しい感染の波が来ると予想されているが、この周期性が維持されるかどうかは知る由もない。

例として、免疫のある人がSARS-CoV-2に感染した場合の致死率が季節性インフルエンザと同様であると仮定した場合、年間インフルエンザの2〜3倍の疾病負担が予想される。これは、COVID-19罹患後症状long COVIDとも呼ばれる)に起因する追加負担を無視した場合である。このシナリオでは、ウイルスの長期的な影響は、その病原性のレベルによって決定されることになる。また、他のヒト型コロナウイルスと同様に、より規則的な季節的発生パターンに従うようになるとも予想されている。オミクロン由来の系統による2022年の夏の流行は、規則的な季節的パターンがすぐに到来しないかもしれないことを示唆している。

最良のシナリオに代わる可能性のあるシナリオは、全く異なる変異と表現特性を持つ新しい変異型の出現によって抗原進化が阻害され、ウイルスが過去の感染やワクチンによって確立された免疫から逃れることができるようになることだ。これは、免疫不全の人が、全く異なる変異型が流行していた時により基本的なウイルス株をたまたま保持していて、長期間持続している間に、ウイルスの進化が加速されることによって起こりうる。

例えば、野生動物における唯一の新しい感染源として知られるオジロジカに循環するウイルス系統と、都市下水から発見された風変わりな系統は、いずれもオミクロン以前の、さらにはVOC以前の基本株を備えており、基本株の持続性が証明されている。病毒性の進化は予測不可能であるため、このような系統はオミクロンよりも病毒性が高く、おそらくより多くの人々に深刻な病気を引き起こす可能性がある。このような場合、公衆衛生上の全体的な影響は、感染症の重症度と残存する集団の交差免疫のバランスによって決定されるであろう。

VOC や将来的に抗原的に異なる系統が出現する可能性は、「シフトのような出来事」と考えることができる。シフトの典型的な発生源は組換えである。現在のところ、オミクロンを含むVOCの起源に組換えが関与していることを示唆する証拠はないが、組換えは依然として潜在的な懸念材料である。例えば、ある系統の免疫逃避特性を付与する変異と、別の系統の感染性(および潜在的な病毒性)を高める変異を組み合わせるなど、高度に分岐した系統間の組換え事象は、潜在的に不利な表現型特性を一緒にすることになる。

組換えによるものではないと思われるが、各VOCの出現現象は、シフトのような特徴を有している。長期間にわたるよく分からない進化の後、各VOCは予期せぬ形で出現し、多数の変異を持ち、疫学的または臨床的な特徴を大きく変化させたと考えられている。将来の主要な系統がウイルス遺伝的多様性のどの部分に由来し、2022年を通じて「シフト的」進化を遂げるのか、それともオミクロンクレード*のような緩やかな「ドリフト的」進化を遂げるのかを予測することは困難である。

*筆者注:クレード(clade)=系統学的用語で単一の起源をもつ分類群のこと

このほかにも、将来起こりうるまれなインパクトのある進化的事象があるとすれば、状況は一変することもがあるが、その可能性は限りがない。例えば、SARS-CoV-2と他のウイルスとの組み換えによる表現型の大幅な変化、動物の感染源からヒトへの変貌を遂げた変異体のスピルバック、動物のコロナウイルスである伝達性胃腸炎ウイルスに見られるような感染様式の完全変化、重症化や死亡に対する予防効果を急速に損なう新しい形態のワクチン逃避などがある。

SARS-CoV-2の進化が人間の健康に及ぼす影響を描くためには、その疫学と進化の間の相互関係を考慮する必要がある。ウイルスを根絶しない限り、流行が続く可能性が高く、それは数年から数十年続く可能性がある。たとえば、季節的な変動があり、季節外れのピークを伴わないなどのパターンが毎年繰り返されるようであれば、エンデミックへ入ったことの証明になる。最終的な感染拡大と疾病負担は、抗原的に異なるウイルス系統の出現率、ワクチンの普及と対応力、病原性の将来的な軌跡によって決まる(図4c)。SARS-CoV-2パンデミックの将来的な管理のしやすさは、さらなる進化的変化の強さに大きく影響を受け、世界的な流行規模に依存することになるだろう。

SARS-CoV-2がヒトに出現してからの進化を研究することによって、私たちは多くのことを学び、次に何が起こりそうか、あるいは起こりそうにないかを十分に推測することができる。しかし、そのプロセスが非常に多因子的で確率的であるため、ウイルスの将来の進化の軌道は、その重要な部分の多くにおいて常に本質的に不明である。一方、病原体の疫学に焦点を当てると、SARS-CoV-2のパンデミックから将来のエンデミックへの移行は、短期間で明確に切り替わるのではなく、長く不規則である可能性が高い。この流行は、「安全な感染」、軽い症状、低い死亡率、疾病負担の軽さと同義語ではないことを覚えておく必要がある。

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以上が翻訳文です。

筆者あとがき

ところどころDeepLも利用しながらの翻訳作業でしたが、文量が多い上に、専門的な論文なので、DeepL翻訳の全面的な修正が必要で、最初のバージョンを作成してからだいぶ時間がかかりました。読んだ感想は、SARS-CoV-2の進化とCOVID-19の病態との関係、パンデミックの移り変わりとの関係を理解するのに、今最もよい論文の一つだということです。

この総説論文の責任著者の一人であるA. カツォウラキス教授は、ウイルス進化学の第一人者であり、以前にも安易なコロナのエンデミック化の風潮に警鐘を鳴らす論説を書いています [2](→エンデミック(風土病)の誤解)。科学者らしく、慎重に、客観的に、あらゆる可能性を加味しながら、パンデミックの将来へのシナリオを描いています。

この論文でも出てくる重要なキーワードは収斂進化です。いまの様々なオミクロン亜系統がスパイクタンパク質のいくつかの変異を共有しながら、一つの方向へ収斂進化しているという事実が挙げられています。東大医科研の佐藤圭教授のグループは、オミクロンBQ.1.1を例にとりながら、それが祖先型であるオミクロンBA.5よりも高い適応度を示す理由として、3つの収斂変異を追加で獲得することにより、液性免疫に対する逃避能、ACE2結合能、そして感染性を上昇させたことを報告しています [3]

COVID-19パンデミックは、欧米を中心とする自然感染率の高さとワクチン接種によって死亡例は減ってきましたが、流行そのものはまだ予断を許さないという状況であることは、論文を読んでもよく理解できます。いつかはエンデミックになる?としても、現時点での安易な楽観論は避けるべきでしょう。

引用文献

[1] Markov, P. V. et al.: The evolution of SARS-CoV-2. Nat. Rev. Microbiol. 21, 361–379 (2023). https://doi.org/10.1038/s41579-023-00878-2

[2] Katzourakis, A.: COVID-19: endemic doesn’t mean harmless. Nature 601, 485 (2022). https://doi.org/10.1038/d41586-022-00155-x

[3] Ito, J. et al.: Convergent evolution of SARS-CoV-2 Omicron subvariants leading to the emergence of BQ.1.1 variant. Nat. Commun. 14, 2671 (2023). https://doi.org/10.1038/s41467-023-38188-z

引用したブログ記事

2022年1月31日 エンデミック(風土病)の誤解

       

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年) 

都道府県で異なるオミクロン死亡割合の要因は?

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)

はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、2023年5月8日、感染症法の分類における位置づけが5類になりました。この措置に伴って、様々な疫学・感染情報の報告が制限あるいは中止されることになりました。そして、ウェブ上にあるこれまでの統計情報も逐次変更・削除される可能性もあります。

日本はかねてより国の基幹統計データの取り方でいろいろと問題があることが指摘されてきたわけですが、ここにきて、コロナ関連の統計データも記録を止めるという情報薄弱の姿をまたもや露呈させてしまいました。G7諸国は、日単位(日、仏、独、伊)、週単位(加、米)、月単位(英)でCOVID死者数を報告してきましたが、その記録を放棄してしまった国は日本だけです。

このような中で、私は、関連する統計データや文書などが消去される前にできる限り残しておこうと、一ヶ月程前からかき集める作業を行なってきました。そうしたら、これらの過程でCOVID-19死亡について奇妙な傾向に気づきました。それは都道府県によってオミクロン波流行(とくに第7、第8波)の死亡割合が極端に違うということです。

よく知られているように、日本は流行の波を経るごとに、COVID死亡を増やしてきました(図1)。そして直近の第8波では過去最多の死者数となりました。政府もメディアも医療専門家もこの傾向について、「死亡が増えているのは高齢者死亡の割合が増えているためだ」とまるで言い訳のように述べていますが、第8波で現役世代や若者の死者数も最多となっています。

図1. パンデミック期間における日本のCOVID死者数の推移(白線が累計死者数、黄色が新規報告死者数/日)(資料 [1] より転載).

図1から分かるように、繰り返しますが、オミクロン波流行では、第6波、第7波、第8波となるにつれてCOVID死者数の増加が見られます。ところが、実は都道府県別で見ると、このパターンに大きな違いがあったわけです。

そこで、このブログ記事で、特に顕著である第7、8波における都道府県の死者数の増加割合の違いを紹介するとともに、その違いを生んでいる要因について考察したいと思います。

1. データソースと解析法

感染者数および死者数のデータは、すべて、JX通信社「新型コロナウイルス最新感染状況マップ」[1]NHK「新型コロナと感染症・医療情報」[2] から取得し、適宜厚生労働省のオープンデータで確認しました。ワクチン接種率に関するデータは、ウェブサイト「【都道府県別】新型コロナウイルスワクチン接種率の推移」[3] から取得しました。救急困難事例に関するデータは、「新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード」の資料 [4] から取得しました。

解析にあたっては、第7波流行については2022年6月15日から10月12日までの範囲で、第8波流行については2022年10月13日から2023年4月24日までの範囲で累計感染者数を取得しました。死者数についてはそれぞれの期間の2週間遅れの範囲で集計しました。各パラメータの相関関係の分析、p 値の算出にはMicrosoft Excelを利用し、PowerPointを用いて図示化しました。

2. 分析結果

2-1. 大都市圏と地方との違い

まず、都道府県で異なる流行波の死亡数増加率について、典型的なパターンを図2に示します。図2左は、東京都、神奈川県、大阪府兵庫県の大都市圏のパターンを示し、図2右は、地方の代表的なものとして岩手、秋田、島根、鳥取の各県のパターンを示します。

大都市圏と地方を比べてみると、前者では累積死亡カーブが流行の波を経るごとに階段状に伸びていっているのに対し、後者では第7波以降(図中赤線以降)に急激に上昇し、特に第8波以降この傾向が著しいことがわかりました。

図2. 大都市圏(左)および地方(右)の都府県におけるCOVID死亡数の推移:新規報告死亡者数(黄色)と累計死亡者数のカーブ(白線)(資料 [1] からの転載). 赤線は第7波の死亡報告が始まる大まかな位置を示す.

図2左のパターンは、愛知、福岡などの大都市を抱える県でも見られる一方、地方の多くの県は図2右のパターンを示しました。例外的に、沖縄県図2左の大都市圏と同じようなパターンを示しました。都道府県におけるパンデミック期間の累計死者数に対する第7-8波の死者数の割合(%))を、図3まとめています

図3. 47都道府県におけるパンデミック全期間の死者数に対する第7-8波死者数の割合 (%).

2-2. 感染者数と死者数との関係

上記のように、大都市圏および沖縄と地方の自治体で第7、8波流行時の死者数増加に大きな違いが見られたわけですが、一方で感染者数はどうなのでしょうか。感染者数が増えれば、相対的に死者数も増えるのは自明ですが、果たして地方の県においてより感染者数の増加率が大きかったのでしょうか。

図4は感染者数の推移を表しています。図2と同様に、左に大都市圏の都府県、右に地方の県の感染者数のパターンを示します。地方ではやはり第8波における増加率が大きいことが見てとれる一方、大都市圏ではむしろ第8波で第7波よりも感染者数の伸びが小さいことがわかりました。しかし、大都市圏と地方とでは、図2の死者数のパターンほどには、あまり違いがないこともわかりました。

ただ、感染者数の統計の取り方は、流行波ごとに違っていること、過小評価されていることには留意しなければなりません。

図4. 大都市圏(左)および地方(右)の都府県におけるCOVID感染者数の推移:新規報告死亡者数(黄色)と累計感染者数(白線上)、要入院・療養者数のカーブ(白線下)(資料 [1] からの転載)

そこで、全都道府県において、全流行期間における第7-8波の死者数の割合(%)に対する感染者数の割合(%)をプロットしてみました。図5に示すように、両者は高い正の相関関係にあることがわかりました。そして地方の県(代表として島根、鳥取、秋田、岩手、山梨を図中明示)では、全期間中における第7–8波における割合が大都市圏の都府県(代表として東京、神奈川、大阪、兵庫を図中明示)よりも大きい傾向にありました。特徴的なのは沖縄県で、第7–8波の感染者数・死者数の割合は大都市圏と同様に低いことがわかりました。

図5の結果は、都道府県によって第7–8波における感染者数の大きさの違いはあるけれども、かつ全流行期間における第7–8波の割合も違うけれども、両波流行において感染者が爆発的に増えたことにより、相対的に死者数も増えたということを示しています。

図5. 47都道府県の全パンデミック期間中における第7–8波死者数割合(%)と第7–8波感染者数割合(%)との相関関係(r =0.8905, p =00000).

それでは、致死率の違いはどうでしょうか。地方の県で第8波における死亡者数の割合が高いということは、ひょっとして大都市圏よりも致死率が高かったということなのでしょうか。そこで、各都道府県における第7–8波の死者数の割合に対して同時期のCOVID致死率をプロットしてみました。

図6に示すように、両者には弱い正の相関関係がありましたが(p <0.005で有意性なし)、プロットはバラツキが大きいものでした(致死率は0.09–0.35%の範囲でバラツキがある)。そして、地方において高知、秋田、岩手などのように致死率の高い県(それぞれ0.35、0.31、および0.26%)もありましたが、一方で新潟、福井などのように最も小さい致死率の県(両県とも0.09%)もありました。したがって、地方において第7–8波の死者数の割合が高いことは、必ずしも致死率が高かったためとは言えないようです。

図6. 47都道府県の全パンデミック期間中における第7–8波死者数割合(%)と第7–8波におけるCOVID致死率との相関関係(r =0.3700, p =0.00963).

ちなみに、第7–8波における全国の致死率は0.18%ですが、首都圏4都府県のそれは千葉0.21%、埼玉0.19%、神奈川0.14%、東京0.13%であり、千葉のように致死率が比較的高い大都市圏の自治体もありました。千葉県はパンデミック全体でも致死率で全国ワースト5にランクしています。

ここで、注意しなければいけないことは、感染者数は検査数に依存するということです。致死率算出のための母数となる感染者数(実際は医療機関からの報告数)が多ければ多いほど、無症候性感染者も増えますので、自ずから致死率は下がります。オミクロン変異体の亜系統によって病毒性の違いがあることは指摘されていませんので、致死率の変化は、算出の母数の大きさや医療事情に影響を受けると考えられます。

そこで、大都市圏と地方、それに沖縄を加えた9都府県における第7波と第8波における致死率を算出してみました。その結果、いずれの自治体においても第8波において致死率が大きく(2倍程度あるいはそれ以上に)上昇していることがわかりました。ちなみに、第8波における致死率は第6波におけるそれ(約0.1%)に比べても大きく上回っています。

図7. 大都市圏(東京、神奈川、大阪、兵庫)、地方(岩手、秋田、鳥取、島根)、および沖縄における第7波および第8波流行時のCOVID致死率.

2-3. 高齢化率との関係

上記のデータは、大都市圏よりも地方の県で、感染者数、死者数ともに第7波、第8で大きく増加したことを示していますが、これは必ずしも地方で致死率が高かったということではないようです(図6)。人口構成でみれば、年代構成、男女比、高齢化率は同じ自治体内であればパンデミック期間でほぼ同一条件になりますので、これらが第7波、第8の感染割合、死亡割合増加に影響したとも考えにくいです。

しかし、高齢者の割合が高い県は、感染者の爆発増加によって医療提供が間に合わず、高齢者の死亡を多くしてしまったことも考えられます(ただし、上記のように、致死率の上昇には必ずしもつながっていない)。そこで第7–8波死亡割合と高齢化率との関系を見てみました。

図8に示すように、第7–8波死亡割合と高齢化率との間には高い正の相関関係がありました。やはり、高齢化率の高い自治体ほどオミクロン波のダメージが大きかったようです。

図8. 47都道府県の全パンデミック期間中における第7–8波死者数割合(%)と高齢化率(都道府県内全人口に対する65歳以上人口の%)との相関関係(r =0.7595, p =6.071E–10).

2-4. ワクチン接種率

パンデミック期間において経時的に最も異なる要因はワクチン接種率です。図9に、大都市圏と地方の代表的な自治体における完全(2回)接種率(図9上左)、3回目接種率(図9上右)、4回目接種率(図9下左)、5回目接種率(図9下右)の推移を示します。図10には全都道府県におけるそれぞれの接種率を示してあります。

完全接種率(2回接種)は全国的にデルタ波後にほぼ完了し、都道府県における接種率の差は小さいものです。一方、3回目および4回目のブースター接種率の差はより大きく、オミクロンの第7波のピーク(2022年8月)、第8波のピーク(2023年2月)の前にプラトーに達していますの、第7–8波死亡への影響を見るには適していると考えられます。

図9. 大都市圏および地方におけるワクチン接種率(2回、3回、4回、および5回接種人口の全人口に対する比率)の推移(資料 [3] からの転載図に加筆、赤線は2022年1月および2023年1月の時点を示す).

図10. 全国および47都道府県のワクチン接種率(2回、3回、4回接種人口の全人口に対する比率)(資料 [3] よりの転載図に加筆、赤色の影をつけた).

図10から明らかなように、大都市圏においてワクチン完全接種率、ブースター接種率ともに低く、地方の県ほど高いことがわかりました。そして沖縄県は全国で最も低いワクチン接種率でした。

2-5. 死亡増加とワクチン接種率との関係

そこで、上述したワクチン接種率のうち、3回目と4回目の接種率と第7–8波死亡割合との関係を考えてみました。図11に3回目接種率との関係、図12に4回目接種率との関係を示します。両方の接種率ともに第7–8波死亡割合と正の相関関係が認められました。つまり、ブースター接種が進んだ地方の県ほど第7–8波で死亡者を沢山出していることになります。

図11. 47都道府県の全パンデミック期間中の第7+8波死亡者数割合(%)と3回目接種率との相関関係(r =0.5813, p =1.828E-05).

図12. 47都道府県の全パンデミック期間中の第7+8波死亡者数割合(%)と4回目接種率との相関関係(r =0.6329, p =1.817E–06).

さらに、最も多い死者数を記録した第8波の死亡割合に対する4回目接種率の関係を見てみました。その結果、両者の関係は上記(図11、12)よりもより高い相関関係になりました。

図13. 47都道府県の全パンデミック期間中の第8波死亡者数割合(%)と4回目接種率との相関関係(r =0.6754, p =1.914E–07).

ワクチン接種率は年齢によって異なります。そこで65歳以上の3回目接種率と第7-8波死亡割合との関係を調べてみましたが、両者に相関は認められませんでした。

図11-14の結果に基づくと、地方において第7波、第8波で死者数が増加した要因として、一見ブースター接種があるように思われます。しかし、地方においては全人口に対する高齢者の割合が高いためにブースター接種が進んだとも考えられます。そこで高齢化率と4回目接種率の関係を調べてみました。

図14示すように、両者は高い相関関係にありました。つまり、地方において第7–8波死亡割合が高いことは、ブースター接種が関係するというよりも高齢者が多いということに帰因するように思われます。

図14. 47都道府県におけるブースター(4回目)接種率と高齢化率との相関関係(r =0.7631, p =4.5045E–10).

2-6. 救急搬送困難事例

第7、8波において地方でより感染者数が増加し、そして死者数が高くなったことが言えそうですが、特に致死率が高かった県においては、救急搬送や入院が遅れて死亡者を多く出してしまったということはないでしょうか。そこで大都市圏と地方における救急搬送困難事例の推移について見てみました。

図15に示すように、救急搬送困難事例は常に大都市圏において高く、第7、8波においてそれが地方で増えたという傾向はないように思われました。第7波、第8波において致死率が高かった岩手や秋田においても、救急搬送困難事例が以前の流行波に比較して顕著に特に増加したということはありませんでした。

図13. 大都市圏(東京、神奈川、大阪、兵庫)および地方(岩手、秋田、鳥取、島根)における救急搬送困難事例の発生(文献 [4] からの転載).

3. 考察

オミクロン波流行になって、全国的に感染者数と死者数が増加したことは周知の事実です。特に死者数は第6、7、8波と経るにつれて増加しました。ところが、この記事で示したように、第7、8波における死者数の増加率については、大都市圏と都府県と地方の県とでは大きく異なることがわかりました。すなわち、地方において圧倒的に増加率が高かったということです(図2、図3)。たとえば、鳥取や島根では、パンデミック期間の死亡の90%以上が第7–8波に集中していました。

都道府県での第7–8波死亡の割合が異なる要因として、ここでは感染者数の増加、高齢化率、致死率、ワクチンブースター接種率を考慮しました。これは大都市圏と地方とでの異なる要因は何か、オミクロン前とオミクロン後(特に第7、8波以降)で異なる要因は何か、という点から考えた選択です。

まず要因としての感染者数ですが、第7、8波で感染者数が爆発的に増え、それに伴い死者数が増えた、そしてその傾向は大都市圏よりも地方でより顕著だったということは言えそうです。問題は、なぜ大都市圏よりも地方でより感染者数の経時的割合が増えたのかということです。この要因についてははっきり分かりませんが、よく言われているように、大都市圏よりも地方の方がそれまでの自然感染率が低く(免疫性がなく)、第7、8波で感染しやすかったということでしょうか?

高齢化率では地方自治体の方が大都市圏よりも高く、感染者数が増えればそれだけ重症化・死亡リスクが高くなったと言えます。第7-8波死者数の割合と高齢化率は高い相関関係にあり(図8)、高齢者の相対割合が高い地方がよりダメージを受けたということが言えそうです。

そうなると、第7-8波流行においては死者数の割合とCOVID致死率に相関があってもよさそうですが、その相関関係は弱いものでした(p <0.005で有意性なし)。そして高齢化率が高い地方でのCOVID致死率が高くなっているという傾向も顕著ではありませんでした。地方においても、きわめて低い致死率の県がいくつか見られました。

地方において第7-8波死亡が増加したことと高齢化率、あるいは致死率との関係は、実際の死亡者の年齢構成を大都市圏のそれと比較しながら詳しく見る必要があります。とはいえ、致死率については、第7波から第8波において2倍程度に上昇しており、そしてこれは都道府県に関係なく見られる傾向でした。なぜこのようなことになったのでしょうか。

第8波での全国的な致死率の上昇は、第一に考えられることとして、検査が抑えられて実際の感染者の母数が小さくなったこと(サイレント・キャリアーが多く存在した)が推察されます。第6波において、検査抑制と同時に濃厚接触みなし陽性が行なわれるようになりましたが、第7波以降では濃厚接触者のトレーシングが行なわれなくなりました。したがって無症状の陽性者(無症候性感染者)はカウントされなくなり、(知人の医者の情報によれば)みなし陽性も一部カウントされていない可能性があります。

さらには、第8波では高齢者や基礎疾患を有する人以外の感染者はすべて自宅療養となり、自主検査の結果も申告登録となりましたので、申告をしない人や軽症で検査をしなかった人もカウントから外れます。このようにして感染者の母数が実態よりも小さくなった可能性があるのです。厚労省のオープンデータにある新規陽性者数は、実際は流行の波を経るにつれて数え方が異なっていると推察されます。

第二点として、検査の遅れのために入院・治療が遅れたこと、救急搬送困難事案が増えて自宅死や手遅れの死が増えたことなどが影響したと考えられ、これらは多少なりとも致死率の上昇の要因になっているかもしれません。救急搬送困難事案は実際は大都市圏で圧倒的多かったわけですが(図13)、地方においては県によって大きな違いがあった可能性もあります。

ワクチン接種は、死亡や致死率に複雑な影響を与えています。2021年春にCOVID-19ワクチンが広く普及してから、ワクチン未接種者とワクチン接種者の間で死亡者数に大きな開きが出てきました。そして、2022年の終わりごろには、世界的にCOVID-19による死亡者のほとんどがワクチン接種者であることがデータで示されました。しかし、これはワクチンやブースターが効果がないわけではなく、ワクチン接種人口が大きく増えたために、死亡者も非接種者よりも相対的に増えただけのことだと思われます。

上記したように、第7-8波死亡割合の増加とブースター接種率とは、見かけ上、高い正の相関がありました。これだけを見ていると、あたかもブースター接種によって死亡を促進したように思いますが、高齢化率が高い県ほどブースター接種も進んでいるので、第7-8波死亡割合の増加は高齢化率との関係とみなすべきでしょう。第7-8波死亡割合とブースター接種率の高い相関関係は二次的なものだと思われます。

米国疾病管理予防センター(CDC)の報告によると、COVID-19ワクチンの一次接種およびブースター接種を受けた人と非接種の人を比べると、後者で有意に死亡リスクが高くなっています [5]。COVID-19のワクチン接種は、感染による死亡リスクを完全に排除するものではありませんが、そのリスクを減少させることにおいて重要だと思われます。

ただ不思議なのは、オミクロン波になってから、特に7–8波において、多くの高齢者や持病持ちの人たちが重症化する(重度の肺炎になる)ことなく、全身衰弱であっという間に亡くなっていることです。これが地方で増えたということでしょう。これに対してはよく「コロナで直接死んだのではない」という言い方がされますが、いつまでも「コロナ死=肺炎死」、「重症化患者=人工呼吸器装着、ICU患者」という定義に拘泥して、犠牲を矮小化する風潮はいかがなものかと思います。

詳しいデータが手元にないので何とも言えないところはありますが、これらの死亡者の多くはブースター接種を受けていたと思われます。結局、基礎疾患がある人や高齢者には接種の効果はなかったということになりますが、本当のところはどうなのでしょう。死亡者の接種履歴との検証が必要だと思います。

結局のところ、図2、3で示したような地方における第7-8波での死亡割合の増加の原因はよくわかりません。地方のワクチン接種率は高いので、せいぜい自然感染率の低さや高齢化率が影響しているのでは?と考えるのが関の山です。

おわりに

今回の分析のまとめを以下に記します。

パンデミック期間における累計死者数に対する第7–8波死者数の割合の増加は、大都市圏よりも地方において顕著だった

第7–8波死者数の割合は感染者数のそれと相関があったが、感染者数の増加率自体は大都市圏と地方との差はより小さかった

第7–8波死者数の割合とCOVID致死率は弱い相関があった

第7波に比べて第8波では致死率が2倍ほどに上昇した

第7–8波死者数の割合は高齢化率と相関があった

第7–8波死者数の割合はワクチンブースター接種率と相関があった(第8波死者数割合と4回目接種率でより相関が高い)

高齢化率とブースター接種率も相関があり、第7–8波死者数の割合とブースター接種率との相関は二次的なものと考えられた

パンデミック全期間中、第7-8波の死亡割合が地方で高かったことは、専門家による詳細な解析を期待したいところです。残念ながら、政府アドバイザリボードの資料 [6] にはこの視点がありません。この要因究明が、今後のCOVID流行や新しいパンデミックにおける防疫・感染対策の立案に有用な情報をもたらすと考えます。

参考文献・資料

[1] JX通信社: 新型コロナウイルス最新感染状況マップ. https://newsdigest.jp/pages/coronavirus/
[2] NHK: 新型コロナと感染症・医療情報. https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/

[3] 厚生労働省: オープンデータ. https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/open-data.html

[3]【都道府県別】新型コロナウイルスワクチン接種率の推移. https://web.sapmed.ac.jp/canmol/coronavirus/japan_vaccine.html?d=2&a=1

[4] 厚生労働省: 第121回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(令和5年4月19日). 資料3-5 中島先生提出資料. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001088926.pdf

[5] Johnson, A. G. et al.: COVID-19 incidence and mortality among unvaccinated and vaccinated persons aged ≥12 years by receipt of bivalent booster doses and time since vaccination — 24 U.S. Jurisdictions, October 3, 2021–December 24, 2022. MMWR 72, 145–152 (2023). https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/72/wr/mm7206a3.htm

[6] 今村顕史ら: オミクロン株による第8波における死亡者数の増加に関する考察. 第117回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード資料. 2023.02.22. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001062650.pdf

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)

コロナ流行を繰り返す日本が感染対策を放棄

今日(5月8日)、COVID-19感染症上の分類が2類相当から5類に引き下げられました。5類になると政府や行政による介入措置が一切なくなります。言い換えれば、委ねられていた政府の責任がなくなるわけです。対策本部も解散されますし、感染状況に関する統計上の追跡もなくなります。

つまり簡単に言えば、5類への引き下げは、COVID感染に関する政府・行政の責任をなくし、疫学・感染情報を遮断するということになります。昨日、今日の厚生労働省のツイートは、「国民の皆様の主体的な選択を尊重し、個人や事業者の判断が基本になります」と言い換えながら、「われ関知せず」と自らの責任放棄を堂々と宣言しています。

これに先んじて、政府主導の脱マスクの動きも3月から始まっています。感染症法の分類と公衆衛生上の道具であるマスク着用は本来直接関係ないはずですが、この機に乗じて、政府はTVでも脱マスクプロパガンダを流し始めています。あろうことか、ここでもマスク着用を「個人の判断に委ねる」としています。

世界広しと言えども、マスク着用やその他の感染対策について、優先的メッセージとして「個人の選択、個人の判断」を掲げる国など、私が知る限りありません。それも当然でしょう。パンデミック感染症に対して国民の生命と健康に責任をもつべき国であるならば、とても恥ずかしく、言えることではないのです。危機や災害の対策において「個人の自由」とする無責任さ、意味のなさに国は気づいていないのでしょうか。

メディアは、5類移行でどのようになるか?ということについて、もっぱらコロナに感染した場合の医療アクセスと医療事情に焦点を当てるばかりで、本質である防疫に関する措置と情報がなくなること(=感染対策の放棄)については全くと言っていいほど報道しません。もちろん、この面からの日本政府の無責任主義を取り上げた報道は皆無です。

いま日本では第9波の流行が始まっています。この時点で、疫学・感染情報がなくなり、メディアでも報道されなくなることは非常に危険だと感じます。COVID-19は高齢者にとっては依然として致死リスクが高い病気ですし、それ以上に、この先長い人生を送る子どもや若者にとっては、感染による長期症状の影響が懸念されます。情報がなくなることは、知らず知らずに感染の機会を増やすことになり、身体が蝕まれ、人生に影響を与え、寿命を縮める可能性があるのです。

5類になったことで、今まで以上に季節性インフルエンザと比較されるCOVID-19ですが、もとより両者は全く異なります。このブログでもSNS上でも何度も指摘してきましたが、COVID-19の本質は、全身性の疾患であること、少なからぬ割合で長期症状を起こすこと、そして様々な臓器、組織、そしてDNAにダメージを与えることです。これらは、急性期における症状の程度に関わらず見られ、たとえ無症状であっても、基礎疾患のない若者においても、後発的に合併症として出てくる可能性があります。

さらに、忘れてならないのは、季節性インフルエンザの20倍以上の感染力をもって伝播するという、これまでにない強力な感染症であるということです。従来の発熱外来と同様な分別診療でなければ、一般病院でたちまち院内感染が起こり、地域医療が崩壊する危険性もあります。

上述した意味で、私が懸念するのは、特にヒト−ヒトを介するウイルス感染症という観点からの感染予防策がなくなったことあり、子どもや若者が感染の脅威に曝されていることです。具体的に言えば、5類移行に伴って「濃厚接触」という枠がなくなり、行動制限がなくなったことです。これは先進諸国には見られないことであり、世界の中で際立っています。これから感染者が急増していくことは火を見るよりあきらかと言えるでしょう。

ここで実際に学校におけるCOVID-19対策がどのように変えられたのか、千葉県の例を挙げて考えてみたいと思います [1]。基本的に国による5類移行と感染対策の変更、文部科学省からの通達に従って、コロナ対応への指針が示されています。

この中で驚くことは、「新型コロナウイルス感染症が流行する以前に、日常の学校生活において行なわれていた対応を基本とする」と明示されていることです。つまり、「コロナはなかった」ことを前提として今後の対応を行なうということです。その上で、給食における黙食はやめる(図1注1)、登校前の健康観察は不要(図1注2)、マスク着用は個人の自由(図1注3)とされています。

図1. 学校生活におけるCOVID-19に係る対応の基本的取り扱い(文献 [1] より抜粋したものに加筆)

図1で目立つことは、COVID-19の感染対策としての公衆衛生上の指針であるべきなのに、精神論が併記されていることです。このような精神論は熊谷俊人知事も度々言及していることでもあります。たとえば注1では、「社交性及び協同の精神を養う」とか「和やかで楽しく食事ができる機会を確保するために」とか述べてありますが、これは本来一切不要で、単に「黙食を行なわない」でいいはずです。

黙食を導入した理由が、感染リスクを考慮した上でのことなので、そのリスクがないと判断したことが黙食中止の理由ならば、敢えて書くとしたらそれを明示すべきです。それを給食本来の目的に関する精神論に代替して明示することは筋違いです。これは、もし黙食中止で感染者が出た場合の言い訳として捉えられかねないメッセージです。

さらに注3で、マスク着用について「児童生徒の判断を尊重」というのも驚きで、政府の「個人の判断に委ねる」を踏襲した責任逃れの言い方です。つまり、脱マスクで感染者が出た場合の言い逃れになっていて、リスクコミュニケーションとしてきわめて不適切です。

そして、濃厚接触時の行動については一切の指針がありません。有症状者は休む、自宅隔離するというのは世界共通のルールですが、肝心なのは無症状者を介してCOVID-19は伝播するという点であり、この意味で濃厚接触者の扱いがきわめて重要にもかかわらず、5類移行ということで指針がないのです。

欧米に目を向ければ、日本ときわめて対照的です。COVID-19は依然として脅威という認識から、従来どおりの防疫対策が維持されています。たとえば、米国やカナダでは、政府や保健当局の方針に従って、各自治体において、濃厚接触者の定義とその行動制限についての詳しい指針が示されています。

ここで例として、カナダのトロント市の場合を見てみましょう [2]図2)。濃厚接触者とは何か?という具体的記述とともに、もしそれに該当した場合に何をなすべきかが詳述されています。

図2. カナダトロント市の濃厚接触者の行動制限に関する指針(文献 [2] より転載).

トロント市における子どもの濃厚接触者の行動制限に関する指針は、具体的には以下のとおりです。

1) 症状がない限り、保育所や学校に通うことが可能で、これは家族の一員にも適用される
2) 有症状者または検査陽性の人と濃厚接触した者は、その開始時から10日間は以下の行動をとる

症状の有無を確認する

●症状が出た場合は、自宅隔離し、「保育・学校スクリーニング調査票」PDFの指示に従うこと

●すべての公共の場(学校/保育所を含む、2歳未満を除く)で、密着性のあるマスクを着用する

●マスクを外す必要があるような活動(例:外食、管楽器の演奏、マスクを安全に着用できないハイコンタクトスポーツ)は避ける(ただし、学校で共有スペースで食事をするときなど、合理的な例外はできるだけ距離を置いて行う

●高齢者や免疫不全の人がいる場所など、リスクの高い人や環境(病院、長期介護施設など)には行かないこと

●COVID-19の検査で陰性だった場合や、検査をしなかった場合でも、この指針に従うこと

非常に具体的に明確に述べられており、これらの対策が、COVID-19や呼吸器系ウイルスの拡散を防ぐための追加的な予防策であることも明示されています。米国の州の TK-12(小学校から高校まで)向けの濃厚接触者の指針では、カナダの場合と基本的に同じですが、さらに2回の検査が必須要件として明示されています(例:LA county [3])。

世界保健機構(WHO)は、5月5日、「世界の公衆衛生上の緊急事態」(the public health emergency of international concer, PHEIC) の宣言の終了を表明しました。その経緯は以下のツイートで示されています。

同時にテドロス事務局長は、パンデミックは継続中であり、なおコロナ対策を実行していく必要性があると発言し、最悪なことは、PHEIC終了を口実に「コロナは終わった」というメッセージを送ることだと警鐘を鳴らしています。これはまさしく、5類移行を契機に防疫対策を放棄した日本に当てはまることではないでしょうか。私はこれについて以下のようにツイートしました。

どうやら、日本は、感染症法の分類変更という日本独自の内向きな方法で、世界のスタンダードとはかけ離れた道にまた突き進み始めたようです。もとより、COVID-19の5類移行は、流行を国民の目から背け、G7サミットを控えた岸田首相の政治的判断であることは明らかと思いますが、その実G7諸国を迎える前に、日本を公衆衛生上最も遅れた脆弱な国に仕立ててしまったというのは皮肉です。LGBTQ法案で遅れをとっていることとダブります。

この先、5類化に伴って施された感染対策緩和が、第9波流行拡大や他の感染症のまん延を許し、地域医療の崩壊をもたらすことは目に見えている気がします。特に心配なのが、脱マスク方針が進む学校で多数の感染者が出ることです。COVIDクラスタがあちこちで発生し、学級・学校閉鎖が次々に起こるのではないでしょうか。学校関係者は、予測できることに目を背けることなく、大人の都合ではなく、教育と生徒の健康を第一に考えてもらいたいと願うばかりです。

引用記事

[1] 千葉県教育振興部保健体育課: 令和5年5月8日以降の学校生活における新型コロナウイルス感染症に係る対応の基本的取り扱いについて(通知). 2023年4月28日.  https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/anzen/hokenn/documents/ikoutaiou-kenritsu.pdf

[2] City of Toronto: COVID-19: What to Do if You Are a Close Contact. Last updated: April 28, 2023. https://www.toronto.ca/community-people/health-wellness-care/health-programs-advice/respiratory-viruses/covid-19/covid-19-what-you-should-do/covid-19-what-to-do-if-you-are-a-close-contact/

[3] Los Angeles County Department of Public Health Guidelines: COVID-19 Exposure Management Plan for TK-12 Schools. March 31, 2023. http://publichealth.lacounty.gov/media/coronavirus/docs/protocols/ExposureManagementPlan_K12Schools.pdf

                    

カテゴリー: 感染症とCOVID-19(2023年)

サーベイランス検査の感染予防効果

はじめに

COVID-19感染症の伝播・感染予防にサーベーランス(監視的)検査が有効であることは、このパンデミックの当初から世界的に主張されてきました。これは、無症状者(発症前の感染者や無症候性感染者)が病気の伝播の重要な媒介者となるためです。そのため、COVID-19の定期的なサーベイランス検査は、米国をはじめ世界各国において、リスクの高いメンバーを抱える多くの組織や、医療施設、刑務所、一部の職場などの閉鎖環境のコミュニティで義務化されてきました。

サーベイランス検査の有用性と費用対効果は、すでに多数のモデル研究によって裏付けられています [1, 2, 3, 4, 5, 6]。国家規模では、中国のゼロコロナ政策における大規模プール式サーベイランス検査と隔離の実例があります。人権制限という負の面はともかくとして、公衆衛生学的には大規模検査・隔離は伝播を最小限に抑える効果はあったと思われます。なぜなら、中国政府がこの戦略を止めた途端に感染大爆発したからです。

しかし、大規模な集団を対象としたさまざまな検査戦略の結果を長期にわたって調査し、感染・死亡予防と関連づけるデータはあまり得られてきませんでした。今回、米国の研究チームは大規模な集団に関する検査、症例、死亡等のデータベースを用いて、サーベイランス検査の有効性を調査し、それが感染と死亡の予防に役立つことを、先月のNEJM誌に報告しました [7]。このブログで紹介したいと思います。

1. 背景

米国におけるサーベイランス検査が特に重要な環境として、熟練看護施設(skilled nursing facilities)があります。なぜなら、その居住者とスタッフは米国人口の2%未満でありながら、2021年末までにCOVID-19関連死亡の20%以上を占めており、この施設にSARS-CoV-2を持ち込む主要因はおそらく無症状のスタッフであると思われるからです。

連邦当局は、感染リスクが高い地域の熟練看護施設において、無症状の職員を対象とした定期スクリーニング検査を週2回まで実施することを提案していますが、人出不足などの問題から、2021年までに多くの施設で実施できませんでした。実際、これらの施設は170万人の職員と400万人以上の短期および長期滞在の入居者を抱える大規模な集団であり、15,000以上の施設においてサーベーランス検査の採用はかなりのバラツキがありました。

とはいえ、この監視プログラムの採用の有る無しが、逆にサーベーランス検査アプローチの現実の有効性を評価する絶好の機会を与えてくれました。研究チームは、連邦政府公認のすべての熟練看護施設におけるCOVID-19検査実施、職員と入居者の症例、および死亡に関する包括的なデータ(Covid-19 Nursing Home Database of the Centers for Medicare and Medicaid Services [CMS])を用いて、検査戦略(PCRおよびpoint of care [POC] 検査 [現場迅速抗原検査]、検査頻度、検査所要時間)と、感染発生と死亡に関するリスクの関係について検討しました。

2. 結果の概要

調査対象となったデータは、202年11月22日から2022年5月15日の期間のものです。感染発生の可能性については、施設内でCOVID-19症例が2週間連続で報告されなかった後、職員または入居者の間で感染症例が報告された最初の週を、施設内での「潜在的発生(potential outbreak)」の開始と定義しました。潜在的発生の1週目からの後の週は、2週連続で新しい職員または入居者の症例がなくなるまで、または7回のフォローアップ週のどちらか早いほうで追跡調査しました。

その結果、潜在的発生中、高検査施設では低検査施設よりも調整後のCOVID-19症例および入居者の死亡が少ないことがわかりました(図1)。全研究期間中、高検査施設では、潜在的発生100件当たりの居住者の累積症例数が519.7件であったのに対し、低検査施設では潜在的発生100件当たり591.2件で、調整後の差が–71.5件でした。

図1. スタッフのサーベイランス検査量と入居者のCOVID-19発生との関連性(文献 [7]より転載). 熟練看護施設の入居者におけるCOVID-19症例(パネルA)および死亡(パネルB)を、職員のサーベイランス検査のレベルに応じて回帰分析した結果を示す(100件の潜在的発生あたりの入居者症例数または死亡数として測定). 各パネル左のグラフでは、研究期間全体(2020年11月22日から2022年3月20日までの潜在的発生)について、真ん中のグラフでは、ワクチンが利用可能になる前の期間(2020年11月22日から2021年1月17日)について、右のグラフでは、ワクチン接種前、B.1.1.529(オミクロン)変異体の波前(2021年1月18日~10月31日)、オミクロン波中(2021年11月1日~2022年3月20日)における高検査施設と低検査施設の差について示す.

一方、COVID-19死亡数については、高検査施設では、潜在的発生100件当たりの累積値が42.7人であったのに対し、低検査施設では49.8人でした(調整済み差、–7.1)。職員については、高検査施設では、低検査施設よりもCOVID症例が約15%多く、死亡者数には顕著な差はありませんでした。

高検査施設と低検査施設の差は、ワクチンが利用できるようになった後よりも、ワクチン接種前の期間の方が大きくなっていました。高検査施設では759.9件であったのに対し、低検査施設では潜在的発生100件当たり1060.2件でした(調整済み差、–300.3)。

この期間、高検査施設では潜在的発生100件あたりの死亡者数が125.2人だったのに対し、低検査施設では166.8人でした(調整済み差、–41.6)。ワクチン接種前の期間に観察された相対リスクの外挿では、全施設でスタッフ1人当たり週1回の追加検査(すなわち、週約110万回の追加検査)の実施は、検査強化の週あたり、入居者症例の3079件減少(30.5%減)および入居者死亡の427件減少(26.4%減)に関連していました。

パンデミックのワクチン接種前の段階において、スタッフ1人当たり週に1回の追加検査の実施は、入居者のCOVID-19症例の30%減少、および関連する入居者の死亡の26%減少と関連していることが判明しました。さらに、非POC検査(PCR検査)を主に行っていた施設では、検査所要時間の短縮(3日以上に対して2日以下)が、症例数と死亡数の減少に関連していました。

全研究期間において、非POC検査の使用は、症例数のわずかな減少および死亡数の減少にしか関連していませんでした。POC検査は非POC検査よりも安価であるため(1回あたり5ドル対100ドル)、頻繁な検査はPOC検査の方が財政的に実現可能であると言えます。さらに、POC検査の使用は、非POCのような操作時間の遅れを回避することができる利点があります。

上記のように、熟練看護施設の職員に対するサーベイランス検査の強化は,特にワクチン接種プログラムが始まる前において、臨床的に意味のあるCOVID-19症例および入居者の死亡の減少に関連していることがわかりました。また、サーベイランス検査の強化は、潜在的発生時における職員のCOVID-19症例の増加とも関連しており、職員のCOVID-19検出の増加による入居者の保護と一致する所見でした。つまり、検査でできる限り多くの感染者を見つけることで、同居者への感染を防いだということになります。

さらに、このような検査による検出は、感染経過の早いタイミングで行われた可能性があり、それによって潜在的なウイルス感染の連鎖を中断させることができたと考えられます。POC検査を主に使用する施設と非POC検査を使用する施設との間には、ほとんど差が認められませんでしたが、検査結果までの所要時間の短縮は、検査室での処理時間を必要とする非POC検査(PCR検査)への依存度が高い施設においては、入居者の死亡の減少に関連していました。つまり、感染からPCR検査の結果が早く出るほど、死亡を防ぐことができたということです。

これまでのシミュレーションに基づく研究では、効果的なサーベイランス検査システムの重要な事項として、高リスク環境での少なくとも週2回の検査実施や検査結果の即時提供などが示唆されています。今回のリアル調査での結果は、モデル研究の結論をほぼ支持していると言えます。

サーベイランス検査は、オミクロン波前の患者数や死亡数の差と強い関連はありませんでした。この結果は、利用可能なCOVID-19ワクチンがSARS-CoV-2感染と重症化の両方を防ぐのに高い効果があったことを示すデータと一致しています。

同様に、居住者の症例数は少ないですが、オミクロン波においてサーベイランス検査の頻度が高いほど、居住者のCOVID-19による死亡には差がないという結果は、感染予防のワクチン効果は低下するけれども、入院や死亡を予防する効果は維持するという記録と一致しています。

本研究にはいくつかの限界があります。この調査研究は観察研究デザインであるため、因果関係を直接結論づけることはできません。また、施設や郡レベルの共変量で調整したとはいえ、相対的な検査率が高い施設と低い施設の違いの要因として、測定不能な交絡因子の可能性を排除することはできないこともあります。

しかし、検査件数が多いほど入居者の感染例数は少なく、職員の症例数は多いという結果は、検査率という指標が、施設の質やCOVID-19の発生の根本的なリスクの単なる代理ではないことを示唆するもので、両者は職員と入居者の症例に同じ方向に影響を与えるはずです。

パンデミック下においては、感染制御のために2021年以前の熟練看護施設では訪問者はほとんど禁止されていたため、この要因がワクチン前の推定値に偏りを与えることはないと思われます。

今回の研究で、米国の熟練看護施設では、職員に対するサーベイランス検査の実施率が高いほど、検査方法(POCまたは非POC)にかかわらず、入居者のCOVID-19症例数および死亡数が少ないことに関連することがわかりました。これらの効果は、ワクチン接種プログラム前の期間に最も顕著であり、非POC検査の実施タイミングがより早い施設において顕著でした。

おわりに

今回のNEJM論文は、感染リスクの高い環境において、サーベイランス検査を強化すると、感染と死亡リスク低減の両面で効果があることを、実データによって明確にしています。従来の沢山のシミュレーションによる仮説が裏付けられた結果です。すなわち、無症状者に対する定期的な検査回数を増やし、検査のタイミングを早くすれば、そこからの二次伝播を防ぐ効果があり、結果として死亡リスクも下げられるということです。

ここで、思い浮かぶのがパンデミック当初から検査抑制に走った日本の結果です。先般出版された「新型コロナウイルス感染症対応記録.」(尾見茂、脇田隆字監修, 日本公衆衛生協会)に鈴木貞夫氏(名古屋市立大学医学研究科公衆衛生学分野教授)の担当記事 [8] がありますので、それを参考にすることができます。この記事では、日本の検査数の少なさの弁護と「うまくいった」という論調が展開されています。

政府分科会は、検査を優先する対象者として、有症状者と感染リスク(及び検査前確率)が高い場所の無症状者を挙げました。これ自体は間違っておらず、きちんと機能すれば、おそらく現在の犠牲者数と健康被害は随分減らせた可能性があります。しかし、実際は検査が主に重症化リスクの高い有症状者に限定され、検査も遅れた(悪名高い「37℃、4日間は待ちましょう」もあった)ために、積極的疫学調査によるクラスター追跡でもダダ漏れが起こり、犠牲者数も増やしてしまった経緯があります。

つまり、検査キャパシティの絶対的不足のために、感染・伝播の担い手である無症状者のサーベイランス検査がほとんど機能せず、被害を拡大したと言えます。検査数不足と検査の遅れという問題は、十分に改善されないまま今日に至っています。

いわゆる感染症コミュニティーの人たちによって、無症状者へのPCR検査は、たとえ感染リスクの高い環境にあっても徹底的に貶されました。その理由として、PCR検査の精度の低さを挙げる非科学的論調さえ生まれました。

小島氏の記事は以下のように述べています。

仕分けエンジンとしてのPCR検査の圧倒的なパフォーマンス不足を考慮していない。検査精度については特に感度の低さが問題である。一般に70%といわれるPCR検査の感度は、30%の見落としがあることと同義であり、病院での検査をすり抜けた偽陰性例からのクラスターはよく報道された。 PCR検査の欠点を結果的に補完したのは、積極的疫学調査であった。...検査前確率の高い群が同定されることで、PCR検査が有効に機能し、少ない検査でより多くの症例の発見が可能である。

「検査をすりぬけた偽陰性からのクラスター」と表現していますが、偽陰性を陰性と判定したためのクラスター発生の間違いです。偽陰性と認識していれば再度検査できるはずで、確定診断すればすり抜けは起こりません。パンデミック3年も経過していて、いまだに感度70%と主張している非科学性も問題です。「PCR検査の感度70%」論の間違いは以前のブログ記事で述べたとおりです(→再びPCR検査の精度と「感度70%」論の解釈)。さらに、小島氏は以下のように述べています。

単にPCR検査が「足りない」や「増やせ」ではなく、少ないのに国際的に感染者数が少なく、寿命の短縮もなかったのはなぜかについて深く考える必要があった。今後も、エビデンスと正しい理路に立った検査の在り方を論じる必要がある。

「検査数が少なくてうまくいった」と肯定的に述べており、国際的にと表現する際の比較相手は欧米という不適切さもあります。マスク着用、衛生意識などを含めた文化・習慣の異なり、人種.遺伝的特性も異なる欧米と比較すべきではなく、比較するなら東アジア諸国でしょう。ただ、オミクロン波になってからの日本の流行は、むしろ世界最悪の部類(欧米と肩を並べるかあるいはそれを凌ぐ)に入ります。

引用文献

[1] Grassly, N. C. et al.: Comparison of molecular testing strategies for COVID-19 control: a mathematical modelling study. Lancet Infect. Dis. 20, 1381-1389 (2020). https://doi.org/10.1016/S1473-3099(20)30630-7

[2] Chin, E. T. et al.: Frequency of routine testing for coronavirus disease 2019 (COVID-19) in high-risk healthcare environments to reduce outbreaks. Clin. Infect. Dis. 73, e3127-e3129 (2021). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7797732/

[3] Evans, S. et al.: The impact of testing and infection prevention and control strategies on within-hospital transmission dynamics of COVID-19 in English hospitals. Philos. Trans. R. Soc. Lond. B Biol. Sci. 376, 20200268-20200268 (2021). https://doi.org/10.1098/rstb.2020.0268

[4] Wells, C. R. et al.: Optimal COVID-19 quarantine and testing strategies. Nat. Commun. 12, 356-356 (2021). https://www.nature.com/articles/s41467-020-20742-8

[5] Larremore, D. B. et al. Test sensitivity is secondary to frequency and turnaround time for COVID-19 screening. Sci. Adv. 7, eabd5393-eabd5393 (2021).  https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abd5393

[6] Paltiel, A. D. et al.: Clinical and economic effects of widespread rapid testing to decrease SARS-CoV-2 transmission. Ann. Intern. Med. 174, 803-810 (2021). https://doi.org/10.7326/M21-0510

[7] McGarry, B. E. et al.: Covid-19 surveillance testing and resident outcomes in nursing homes. N. Eng. J. Med. 388, 1101–1110 (2023). https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2210063

[8] 鈴木貞夫: 日本の検査の実施に関する教訓. 新型コロナウイルス感染症対応記録. 尾見茂、脇田隆字監修, 日本公衆衛生協会, 2023.03. pp. 263–267. http://www.jpha.or.jp/sub/topics/20230427_1.pdf

引用したブログ記事

2021年5月19日 再びPCR検査の精度と「感度70%」論の解釈

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)