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コロナ被害の認知的錯覚による誤解

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックによる感染者数、重症者数、死者数などは、毎日各々の実数が報告されています。私たちはこれらを参考にしながら、流行や被害の状況を知ることができます。ところが、メディア報道やウェブ記事などを見ていると、これらとは別に、重症化率、致死率、死亡率などとともに他の事象とも比較しながら、実際の被害を矮小化したり、歪めたりするケースも多々あるようです。簡単に言うと、これらの多くは錯視効果(opitical illusion)あるいは認知的錯覚(cognitive Illusion)による、誤った解釈です。

今日も読売新聞の記事 [1] を見ていたら、コロナ死について大阪が東京よりも多い事実を挙げていましたが、「高齢化の割合」や「3世代同居率」をその要因としてあげているところは、どうやら認知的錯覚と思われました。ここでは、この読売の記事を紹介しながら、コロナ被害の認知的錯覚による誤解について説明したいと思います。

1. 認知的錯覚とは

分かりやすくするために、災害の犠牲者をモデルにして、この錯覚を考えてみましょう。たとえば、日本が津波に襲われ、ある島では100人の島民のうち20人が亡くなったとします。一方、本土では100万人が被災し、そのうち1万人が亡くなったとします。被災者や犠牲者の規模からみたら後者の方が圧倒的に大きいことになります。

ところが人口比の死者数でみたらどうなるでしょう。当該の島では100人中20人が亡くなったわけですから死亡率20%です。一方、本土の被災地では100万人のうち1万人の犠牲者数ですから死亡率1%になります。ここで死亡率だけに着目して被害を論じてしまうと、島の方が本土の被災地よりも20倍も被害が大きいという、誤った解釈に導かれてしまいます。これが認知的錯覚です。本来、災害では死亡率などの相対値で言及されることはなく、被害は実数(絶対数)で表されます。

ニューヨークの精神科医であるジョナサン・フォワード(Jonathan Howard)博士は、実際に錯視図を使って認知的錯覚を説明しています [2]図1のオレンジ色の円は同じ大きさですが、周囲の薄青色の円をいっしょに見てしまうと、左側の方が小さく見えてしまいます。

図1. 認知的錯覚の例:左と右のオレンジ円は同じ大きさだが、周囲と比較することによって大きさが異なってみえる(文献 [2] より転載).

ここで災害の犠牲やコロナ死に当てはめてみると、犠牲者数はオレンジ円で表されるのでここだけ見ていればいいことになります。ところが私たちは、周囲の被災者(感染者)もいっしょに見てしまうので、相対的に周囲が小さいほどオレンジ円が大きく見えてしまうのです。つまり、論点としては分子(死亡数)や分母(感染者数)のそれぞれだけを見ていればいいのに、相対的な関係を気にするあまり、分子の絶対数を過小評価したり、被害の全体でさえ矮小化してしまうのです。

COVID-19の重症化率や致死率は病気の性質(危険度)に関するものであって、被害の大きさを表すものではありません。被害の規模は、感染者数、死者数などの実数そのものです。にもかかわらず、しばしば、アルファやデルタ変異体に比べてオミクロン変異体では致死率が低くなったと強調されてきたことで、あたかも被害の程度も小さいかのようにメディアや市民は錯覚してしまう効果があったと思われます。

また、コロナ被害を語る上でよく出てくるものとして、相対的窮乏の誤謬(fallacy of relative privation)があります。これは、ある害が論点にある場合に、より深刻な害を指摘したり、他の害を比較することによって論点の害を最小化、矮小化する誤りのことです。たとえば、2020年の自殺者は2万人を超えるので、自殺に比べればコロナ死者数はたいしたことはないという言い方が、これに当たります。COVID-19とインフエンザの比較でもよく出てくる誤謬です。

2. 読売記事の誤謬

日本はCOVID-19による死者が4万人を超え、世界的には現在最悪の死亡率(100万人当たりの死者数)で推移しています。都道府県別では、大阪府が死者数6千人を突破し、全国最悪の状態が続いています。今回の読売の記事では、人口、感染者がいずれも1.5倍の東京都よりも大阪の死者数が約700人多く、全国の15%を占めているのはなぜなのか、という観点から解説しています。

大阪の死者数が多い要因として記事で挙げられているのが、高齢者の割合が高いこと、3世代同居率が高いこと、そして世帯収入が低いことです(表1)。そして専門家の以下の言述が紹介されています。

名古屋市立大の鈴木貞夫教授(公衆衛生学)は「大阪の高齢者の割合は東京に比べて高いが、それだけで死者が多いことの説明にはならない。3世代同居率が高く、高齢者と若者の接触が多いことも背景にある」と指摘する。

表1. 大阪府と東京都の人口、高齢者の割合、3世代同居率、および世帯収入の比較(文献 [1] より転載).

しかし、高齢者の割合と3世代同居率に関しては全く的外れだと思います。なぜなら、大阪の感染者数自体が東京の67%しかなく、高齢者の感染者数も少ないからです。つまり、大阪では東京に比べて高齢者の感染者数がより少ないのに、死者数はより多いという事実があり、これに対して、高齢者が多いからという理由付けはできないのです。

全く同じことは3世代同居率にもいえます。3世代同居が多いということは感染の機会は増えるとしても、同じ高齢感染者であるなら、同居でも施設でも一人暮らしでも死亡のリスクはほとんど同じでしょう。3世代同居していると死亡リスクが高くなるとはとても思えません。何よりも大阪は高齢の感染者数が東京より少ないのですから、高齢化率も同居率も死亡の高さの理由付けにはできないのです。関係するとすれば感染の機会が増えるということですが、大阪と東京の感染者数はほぼ人口比率で記録されていますから、これも否定されます。

なぜこのような誤謬が出てくるのかと言えば、被害の実数(高齢の感染者数および死者数)をよく見ずに、高齢化率や3世代同居率などを単純に引き出して結びつけているからです。つまり、然したる科学的根拠も考察もなしに、自らが認知的錯覚を起こすことで誤解してしまったということが言えます。

3番目の理由として挙げられている世帯収入については、日本人研究者による原著論文 [3] があり、収入が低い人は感染しやすく、死亡しやすいというのは世界的傾向にあることが述べられています。これは、収入が少ないと医療アクセスへの機会や治療の機会が少なくなるからだと思われます。

この論文では、47都道府県を対象とした調査の結果が示されており、COVID-19の患者数および死亡数が多いのは、世帯収入が低い、生活保護受給者の割合が高い、失業率が高い、小売業、運送・郵便業、飲食業の従事者が多い、世帯の混雑度が高い、喫煙率および肥満率が高い、などの条件を満たす場合と結論づけられています [3]。一方、保健所の体制や医療提供体制については、特段述べられていません。

大阪の世帯収入は34位とありますので [1]、この条件の一部に入ると思われます。上記の要件は複雑で、もっぱら政策に関わることなので、やはり大阪府政の出来具合が死亡の高さに関わっているとも言えるでしょう。

読売記事にはそのほかにも誤謬が出てきます。たとえば、以下の記述で「国民皆保険で医療アクセスがよいとされた日本」がありますが、COVID-19に関しては全く医療アクセスが悪く(発熱外来が全医療機関の35%しかない、オンライン診療が普及していないなど)、感染者がオーバーフローしてしまい、医療崩壊を起こしてしまったことは周知の事実です。

三つめは、経済格差。健康と経済には強い相関関係があるとされる。新型コロナでも欧米では関わりが強いと指摘されたが、国民皆保険で医療へのアクセスがよいとされた日本でも、その関係が示された。

記事の後半部分には、致死率(記事では死亡率)に基づいた錯視効果がまた出てきますので以下に引用します。

第5波で3・7%、第6波で2・1%だった60歳以上の死亡率も、第7波では、0・48%で、朝野氏は「8月下旬の60歳以上の死亡率は、厚労省の提示した季節性インフルエンザの死亡率(60歳以上0・55%)と、ほぼ同じ水準になったと言える」と話す。

第7波では、第5波、第6波と比べて致死率0.08%へと大きく下がり、高齢者のそれも0.48%と低くなったと記述されていますが、被害の実態を見れば大きく改善されたとは思えません(図2)。致死率で第5波0.4%、第7波0.08%と記載してしまうと、一見、感染対策が大幅に向上した印象を受けますが、これは主にウイルス変異体や病気の質が変わったことによる現象であって、被害の規模は第7波の方が圧倒的に大きいわけです。まだこの波は途中ですが、最終的には第6波を超える死者数になるのではないかと予測されます。

図2. 大阪府におけるCOVID-19の死者数の推移(FNNプライムオンラインより転載).

おわりに

重症化率や致死率に基づいて、コロナ被害を一見低く思わせるような専門家の言述やメディア記事は枚挙にいとまがありません。おそらく、語っている本人が認知的錯覚による誤謬だと気づいていない例がほとんどでしょう。繰り返しますが、重症化率や致死率は病気の質に関する指標であって、被害の実態を表すものではありません。被害の規模は、感染者数や死者数のような実数で表されるべきです。

同じ実数でも、「感染者数よりも重症者数が重要」という専門家の発言やメディアの報道も、被害の実態を矮小化してしまう錯視敵効果があったと考えられます。科学的根拠の基づかない専門家やメディアの取り上げ方に、ここでも日本の科学の脆弱性を思い知った次第です。

引用文献・記事

[1] 読売新聞オンライン: コロナ死者なぜか大阪最多、東京と比較した3要因…府は変異株に翻弄され続ける.  Yahoo Japan ニュース 2022.09.04. https://news.yahoo.co.jp/articles/0a33d7624b142b14f3cb7f12b5dcbb5f3af2cc57

[2] Howard, J.: Cognitive illusions and how not to write about COVID-19 and children. Science-Based Medicine July 30, 2021. https://sciencebasedmedicine.org/cognitive-illusions-and-how-not-to-write-about-covid-19-and-children/

[3] Yoshikawa, Y. and Kawachi, I.: Association of Socioeconomic Characteristics With Disparities in COVID-19 Outcomes in Japan. JAMA Netw. Open 4, e2117060 (2021). https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2781935

                     

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