Dr. Tairaのブログ

生命と環境、微生物、科学と教育、生活科学、時事ネタなどに関する記事紹介

被害拡大させて規制緩和する不思議な国

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

はじめに

日本国内の新型コロナウイルスの感染者数の累計は、今日時点で2000万人を超えました [1]。 このわずか2カ月弱で1000万人も増えたことになります。オミクロン変異体亜系統のBA.5ウイルスの伝播力の凄まじさを物語っています。

それにしても、日本は新しい流行の波が来る度に被害を拡大し、犠牲者を増やしていった世界でも珍しい国です。その結果、今の第7波でまた医療崩壊を起こし、最悪の犠牲者数になろうとしています。いかに過去に学ばず、手を打ってこなかったかということが如実に現れていると思います。にもかかわらず、ここに来て今までの規制を次々と緩め始めています。

このブログでも何度となく世界の流行と比較を行なってきましたが、ここでまた、欧米先進国と対照的な日本の時系列的な被害拡大と規制緩和の不思議を見てみたいと思います。

1. COVID-19死亡率の国際比較

まずは、EU先進国のイタリア、スペイン、ドイツ、およびフランスにおけるCOVID-19死亡率(百万人当たりの死者数)の推移を、図1に示します。欧州では大きな波が4度襲ってきましたが、図から分かるように、流行の度に死者数が低下しているのが、よく分かります。COVID-19で多くの死亡を記録したEU諸国ですが、最新のBA.5流行での死亡率は日本よりも低くなっています。

図1. EU先進国におけるCOVID-19死亡率(百万人当たりの死者数)の推移(Our World in Dataから転載).

次に、英国の場合を図2に示します。英国もEU諸国と同様に、新しい波が来るごとに犠牲者の数を減らし、ワクチン完全接種が完了した2021年以降、死者数が激減していることがわかります。最近は統計がしっかりとられていないので、少しグラフがでこぼこしていますが、死亡率はEU諸国と同様な推移を示しています。

図2. 英国における死亡率(百万人当たりの死者数)の推移(Our World in Dataから転載).

一方、北米諸国ではどうでしょうか。米国もカナダでの減り方は欧州ほどではありませんが、少なくとも最新のBA.5流行では、著しく死者数を減らしています(図3)。

図3. 北米諸国における死亡率(百万人当たりの死者数)の推移(Our World in Dataから転載).

それでは世界平均で見たらどうでしょうか。世界の推移は、欧州と北米を合わせたような傾向になっていて、昨年冬以降徐々に死者数を減らし、BA.5流行では大きく低下しています(図4)。

図4. 世界における死亡率(百万人当たりの死者数)の推移(Our World in Dataから転載).

では日本はどうかと言うと、世界とは全く対照的です。オミクロンの第6波で過去最多の死者数を記録したと思ったら、第7波でまたそれを上回ろうとしています(図5)。過去最悪になることは確実です。

図5. 日本における死亡率(百万人当たりの死者数)の推移(Our World in Dataから転載).

このように被害の時系列的推移において対照的な世界と日本ですが、欧米諸国は曲がりなりにも被害や死者数を抑えられるようになったという実績に基づいて、規制解除や規制緩和に踏み切ったと言えます。欧米には、彼らの基準に照らした規制緩和の合理的な理由があるわけです。

たとえば、米国疾病管理予防センター(CDC)は、この8月、COVID-19対策の改訂ガイドラインを発表しましたが、ここには規制緩和の理由が明確に示されています(→COVID-19インパクトの最小化ー米CDCガイドライン)。大まかに言えば、COVID-19は依然として公衆衛生場の脅威ではあるけれども、そのリスクを医薬的、非医薬的介入によって低減できるようになったとし、加えて緩和の理由として国民の高い抗体保有を挙げています。その上で、COVID-19の影響を軽減するための行動を、長期的に持続可能な日常業務に組み込むことは、社会と公衆衛生にとって不可欠であるとしています。

英国は完全解除に至っていますが、ジョンソン前首相の政治的意図が大きいのであまり参考にはできません。とはいえ、過去の波に比べて死亡リスクを大幅に低下させているのは、図2のとおりです。英国に限らず、欧米では過去に比べれば大幅に被害が減っているわけですから、為政者や国民が行動制限やマスク着用なんかする必要もないと考えるのはむしろ当然でしょう。

要約すれば、欧米では、国民の抗体保有率の高さ(全数把握をやめている現状で統計上は人口の3–5割が自然感染)と対策による死亡リスク低減の実績が、規制解除・緩和の大きな理由になっていることがわかります。一方、日本では、この二つの要因が全く当てはまりません。自然感染率は16%ですし、被害や死者数は時を経て激増しています(図4)。

2. 日本の規制緩和

日本は、コロナ被害や死者数を増やしているにも関わらず、検疫緩和、全数把握見直しに続き、次々と規制緩和に乗り出しています。普通は医薬的、非医薬的介入の効果が、被害や犠牲者数の減少という形で現れたときに、規制を緩和していくのが常識だと思うのですが、日本は全く逆です。テレビに出てくる専門家もメディアも、この矛盾を指摘することなく、「欧米ではこうだから」と言いながら、政府の方針、決定を追従するような姿勢を見せていて、全く不思議な国です。

全数把握見直しについては、患者が増え過ぎて手に負えなくなったという理由なのに、大流行の最中に、「もはや必要ない」という雰囲気で当然のごとくで決定してしまいました。日本にはせっかく国民皆保険制度があるのに、これを全数把握に活用しなかったのは何とも不思議です。つまりこれをデータベース化し、ハーシス(HER-SYS)とリンクしておけば、検査陽性確定現場で医者や患者自身が保険者番号だけ入力すれば、大幅に作業が軽減できたはずです(→全数把握見直しをめぐる混乱と問題)。韓国はこのような国民番号で全数把握を実現しています。

加藤勝信厚生労働相は、9月7日、新型コロナ感染者が療養のため待機する期間を原則10日間から7日間に短縮する措置を適用すると記者会見で語りました [1]。無症状の場合は検査で陰性と確認できれば7日間を5日間にするということです。そして、自宅療養中の外出については、症状軽快から24時間経過した場合や、無症状の場合にマスクを着用するなどの対策を前提に、食料品の買い出しといった必要最低限の外出を認めることになりました。

加藤氏は、尾身氏もメンバーとして参加している厚労省の専門家会議「アドバイザリーボード」での長い議論を強調しながら、「何人かの方からは、リスクの観点から懸念を示す意見があったが、多くの方からは『理解する』と意見をいただいた」と語りました。しかし、上記のように、日本の流行状況が改善しているわけでもなく、待機期間をめぐっては、単純に5日間の待機を求めている米国などの例を参考しているだけのように思われます。

米国では、感染者は5日間以上隔離し、他の人と一緒にいる必要がある場合は、密着性の高品質のマスクを着用する必要があるとしています。薬を使わずに24時間以上熱がなく、他のすべての症状が改善した場合にのみ隔離を終了することができ、10日目までは家庭や公共の場でマスクや呼吸器を着用し続ける必要があるとしています。

尾見氏は、待機期間の変更について「短縮に懸念を持つ専門家が十分に議論する場がなかった」と苦言を呈しながら、「政府と専門家の間のコミュニケーションが前に比べて希薄になっていた。今回は少し距離感が出てきたというのが多くの専門家の感覚だ」と述べました [2]。加藤氏は「専門家とは意見が異なったり見解が異なったりすることはあるが、よくコミュニケーションをはかっていくことが大事だ」と話している一方で、今のウィズコロナの方針は専門家のお墨付きだと発言しています [3]

ここにいまの岸田政権の質がよく出ているように思われます。専門家の意見を軽視したり、科学的根拠に基づかない独断的方針は、岸田政権に限らず、安倍政権、菅政権と続いてきた傾向ですが、今の政権では第7波の「行動制限なし」に見られるように、特に顕著になっているように思います。週刊誌の報道では、岸田政権は濃厚接触者も就労を許容するという「ダメもと案」を用意していたようです [4]

岸田首相は、経済活動を推進する一方で、感染症対策にほとんど関心がないのではないでしょうか。それが、いま世界最悪のCOVID-19死亡率(人口比死者数)を出しながら、規制緩和をするということに現れていると思います。

おわりに

パンデミック期間中死亡リスクを大幅に低下させ、規制を緩和してきた欧米と対照的に、日本は現在死者数を激増させ、世界最悪の死亡率で推移しているにもかかわらず規制を緩めています。このブログでもSNS上でも何度も指摘してきましたが、日本メディアは、海外での状況を「日常に戻っている」「マスクも着用していない」と、表面的にとらえて報道するのみで、規制緩和に至った背景や要因を一切とりあげません。これでは、日本国民は、岸田政権が何もせずに世界最悪の被害を発生させている状況など知る由もなく、「海外そうなのだから日本もそうすべき」と単純に思ってしまうかもしれません。

もう一つ気をつけなければいけないことは、欧米における死亡率のレベルです。欧米は死亡リスクを低下させたと言っても、その死亡率は日本をやや下回るレベルであって、現在の流行状況は日本に匹敵すると考えた方がよさそうです。つまり、COVID-19は今なお世界的に流行段階であり、いつまた新しいウイルス変異体(→新型コロナウイルスはどのように、どこまで変異するのか)が次の流行をもたらすかわからない状況なのです。

医療提供体制も感染対策も改善されていない状況で規制緩和に走った日本は、この秋冬、またもや大きな流行の波に襲われ、多大な被害を出すことになるでしょう。

引用記事

[1] 日本経済新聞: コロナ療養7日間に短縮、即日適用 買い出し容認. 2022.09.06. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA0633I0W2A900C2000000/?unlock=1

[2] 原田啓之: 尾身氏「政府と距離感」療養期間の短縮で苦言「十分な議論ない」. 毎日新聞 2022.09.08. https://mainichi.jp/articles/20220908/k00/00m/010/336000c

[3] 枝松佑樹: 厚労相、ウィズコロナは専門家の「お墨付き」強調 尾身氏の発言に. 朝日新聞アピタル 2022.09.09. https://digital.asahi.com/articles/ASQ9945T9Q99UTFL00R.html

[4] FLASH: 岸田首相の場当たり的コロナ対策を示す秘密資料入手「濃厚接触者も就労を許容」の“ダメ元”提案. Yahoo Japan ニュース 2022.09.08. https://news.yahoo.co.jp/articles/51b6d7cceac5b5dd9ab2f9ea845001f43b2dedaa

引用した拙著ブログ記事

2022年8月28日 新型コロナウイルスはどのように、どこまで変異するのか

2022年8月27日 全数把握見直しをめぐる混乱と問題

2022年8月12日 COVID-19インパクトの最小化ー米CDCガイドライン

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)