Dr. Tairaのブログ

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米CDCガイドラインとwithコロナ

はじめに

昨日(8月12日)、このブログで、米国CDCのCOVID-19対策に関する改訂ガイドラインを紹介しました(→COVID-19インパクトの最小化ー米CDCガイドライン)。このガイドラインパンデミック対策の主旨がきわめて明確に記述されています [1]。しかし、同時にwithコロナ(ウィズコロナ)の方針をとる欧米諸国の舵取りの難しさも感じました。日本も然りです。

ちなみに、米国において、直接ウィズコロナ(living with the coronavirus)という言葉を発せられることはないようです。欧州の専門家でもそうであり、この言い方をするのはもっぱら政治家やマスコミです。一方、日本では、政治家、医療専門家、メディア、国民がこぞってこのフレーズを口にします。

日本では、また、メディアが「コロナと共存」(living together...)。「コロナとの共生」(coexit with...)というフレーズを盛んに用いますが、このような言い方は諸外国では、私は聞いたことがありません。それも当然でしょう。なぜなら「共存」という言葉は相手(ウイルス)の存在を許す言い方ですし、「共生」は何らかの相互利益を意味する言葉だからです。

このブログ記事では、米CDCのガイドラインと照らし合わせた流行の状況を踏まえながら、あらためてウィズコロナの現状を考えたいと思います、ここでは、ウィズコロナを「ウイルスの攻撃に対して被害を最小化することで耐え抜き、一定レベルの被害・犠牲が出ることを容認した上で社会経済活動を推進する」という、英国に近い意味で進めます。なおこの意味では、日本の政府、専門家、メディア、一般人のステークホルダ間のリスクコミニュケーションにおいて、明確な合意形成はできていないと思います。

1. 米CDCガイドラインの概要

CDCのガイドラインでは、COVID-19に対する脆弱者として高齢者、基礎疾患を有する人、免疫不全者を挙げ、これらの重症化リスクの高い人たちを防護するために何をなすべきかというパンデミック病の基本を明確に述べ、そのための公衆衛生の取り組みを示しています。ワクチン接種、治療薬などの医薬的介入に加えて、検査・隔離、換気、マスク着用などの非医薬的介入によって、COVID-19のリスクは大幅に低減できたとしています。

医薬的介入においては、ワクチン接種を最新にすることが強調されています。また、COVID-19の治療薬としてラゲブリオ[モルヌピラビル]、パクスロビド[ニルマトルビルおよびリトナビル]などの抵ウイルス剤の具体的名称まで挙げて強調されています。ワクチンと治療薬はもちろんCOVID-19の重症化や死亡を防ぐものとして有用なわけですが、これらが全て米国発であることを考慮しておく必要があります。利権が介在することも考えると、強調しすぎている嫌いもあります。

ワクチンの副作用という言葉も出てきますが、基本的にリスク/ベネフィット比はきわめて小さいというニュアンスで、世界のワクチン推進の先頭に立っている感があります。抵抗ウイルス剤にしても、ラブゲリオは変異原であり、パクスロビドはP450阻害剤入りのきわめて使用が限定される薬剤でありながら、ガイドラインでは非常にポジティブな書き方です。日本では、パクスロビドの使用は低調であることが伝えられています [2]

結論として、COVID-19は、依然として公衆衛生上の脅威ではあるが、その医学的に意味ある病気のリスクはいま大きく低下させることができるとしています。その理由として、ワクチンおよび自然感染によって誘導される国民の免疫性が高いこと、有効な医薬的、非医薬的介入が可能であることが述べられています。そして、これら一連の有効な公衆衛生手段が広く利用可能であることに支えられているからこそ、病気と死亡のリスクを最小化し、医療システムの負担を減らすという目標に焦点を当てることができると強調しています。

1. 米国および他のG7諸国における被害状況

以上のようなCDCのガイドラインがある状況で、米国はいま全数把握をやめ濃厚接触者の隔離も解きながら、社会経済活動を抑制することなくウィズコロナの方針を進めているわけです(ただしウィズコロナという言葉を使っていない)。

それでは米国でのいまの流行状況はどのようなものか、日本やその他のG7諸国と比較しながら見てみましょう。図1に、感染者の全数および発生率(人口比感染者事例)の推移を示します。日本の突出した感染者数と同時に米国での横ばい状況が特徴としてみてとれます(図1上)。発生率においても日本は米国を軽く抜き、いまG7諸国トップ(世界でもトップ)であることがわかります(図下)。

しかし、米国ではCDCガイドラインに示されているように、感染者の追跡はリスクが高い環境に限定し、陽性把握も病院内の患者に限定して行なっていますので(自宅での検査陽性は含まれない)、全数ではないことに注意が必要です。英国でも同様です。図1は、米国においては、実際には、依然として日本より高いレベルでダラダラと流行が続いていることを示唆しています。

図1. G7諸国における最近の感染者の全数(上)および発生率(人口比感染者数、下)の推移(Our Word in Dataより).

感染者数で国際比較するのは、もはや無理があるので、より統計的把握がしっかりしている死亡者数でみてみましょう。図2に、死亡の全数および死亡率(人口比死亡者数)の最近の推移を示します。

死亡者数の推移をみて顕著なのは、米国が圧倒的に多く(4百−5百人/日規模)、しかもダラダラと微増していることです(図2上)。人口が多いので当然とも言えますが、図1上の感染者数と比較してみれば、流行が全く減衰しておらず、一定レベルで続いている(むしろ上昇している)ことをうかがわせるものです。BA.5流行が続く欧州でも死者数が増加していましたが、今は減衰に向かっています。そして、これは過去の流行の波に比べると小さいものです。

図2. G7諸国における最近の死亡者の全数(上)および死亡率(人口比感染者数、下)の推移(Our Word in Dataより).

このようにしてみると、今の米国の流行(400人以上/日の死者数)は依然として日本よりも被害が大きい状況にあると考えられます。しかし、これまでの2千人以上/日の犠牲者を出した4つの大きな波に比べれば、今は減衰状態にあるとみなせるということなのでしょう(死亡率自体は日本よりはるかに下 [図2下])。それが、CDCガイドラインにあるように、COVID-19は依然として公衆衛生上の脅威ではあるが、医学的に意味ある病気のリスクはいま大きく低下していると言わしめているところでしょう。

つまり、米国は、自国内だけで見れば、オミクロン流行になってから確実に被害を最小化し、リスクを低減しているということなのです。これは欧州でも同じで、対策が有効に働き、過去の波に比べればオミクロン流行で確実に被害を低下させているという実績が見えます。その上で、ウィズコロナ戦略を貫いているということです。

ただ、この戦略には、長期コロナ症(long Covid)が社会に及ぼす影響が考慮されていません(米国での長期コロナ症は現役世代だけでも1,600万人)。感染によって起こる労働者不足と生産性の低下は、いま欧米で深刻な問題になっています。世界のウィズコロナ戦略の舵取りの難しい面があります。

2. 日本の対策の失敗

一方で日本はどうでしょうか。形だけのウィズコロナを進める日本は第7波でまたまた医療崩壊を起こし、防疫、公衆衛生対策は完全に失敗という状況です(元々防疫対策は無きに等しいですが)。それはパンデミック全期間における感染全数と死者数の推移を見れば明らかです。

図2に日本と世界平均を比較した流行パターンを示しますが、日本は流行の波を経るごとに被害と犠牲者を増やしていることがよくわかります。現在、世界平均をはるかに上回る勢いで推移しています。流行を追うごとに犠牲者数を減らしている欧米諸国とは、きわめて対照的です。いかに日本が過去に学ばず、有効な対策を打ち出せず、放置してきたかが分かるデータです。

図2. パンデミック期間における日本と世界の感染発生率(人口比感染者数)と死亡率(人口比死亡者数)の推移(Our Word in Dataより).

被害を最小化するためにやるべきこと(検査拡充、無症状者のサーベイランス、医療窓口とアクセスの拡大、コロナ専門病院の設置、感染症法上の運用の効率化、リスクコミュニケーションの徹底など)をほとんどやらず、ほぼ成り行き任せにしてきた政府と政府系専門家の責任が問われるべきでしょう。たとえば米国では、発熱外来ではなくオンライン診療が基本であり、無料検査(専用サイトで無料キット申し込み可能)が充実し、CDCがCOVIDガイドラインを出していますが、日本ではこのような取り組みはありません。

そしていま、専門家は、防疫、公衆衛生、医療提供体制に関する方策の強化に関する提言をすべきなのに、蔓延状態で手に負えなくなり、「医療を守る」名目での医療アクセス制限に言及する始末です。さらに、コロナは「一般の病気」論を持ち出して、国民の自己責任に押し付けようとしています。

偏に、パンデミック当初の対策の不備、準備不足がずうっと尾を引いていて、改善が追いつかないまま第7波に至っていると言えます。政府の力のなさ、登用した専門家集団の力のなさと言ってしまえばそれまでですが、それにしてもお粗末すぎます。そして、為政者や専門家は、感染症法の弾力的運用ができず、蔓延した状態で手に負えなくなると、今度は感染症法の縛りが悪いと見直しを言い出し、責任を転嫁しようとしているわけです(→打つ手なしから出てきた5類相当への話)。

おわりに

米CDCのガイドラインと日本の分科会や専門家有志の提言を比べてみたら、その差がよく分かります。CDCは、COVID-19に対してリスクが高い人は誰かを明確化し、そのリスクを最小化するための公衆衛生学的取り組みを具体的に述べています。ワクチンや治療薬などの医薬的介入に加えて、検査・隔離、換気、マスク着用、無症状者のサーベイランスなどの非医薬的介入の重要性を挙げています。

一方、日本の分科会や専門家有志が提言していることは、現在の医療崩壊に対する対処療法的な方策に終始し、依然として防疫・公衆衛生学的取り組みにおいては全くと言っていいくらい触れていません。すなわち、「外来・入院対応可能な医療機関を拡大」、「重症患者以外は今後保険診療で対応」、「全数把握をやめ重症化懸念患者の情報把握を継続」などを述べているに過ぎず、パンデミック下において脆弱者をどのようにして保護し、被害を最小化するかという観点はありません [3]

その上で、蔓延している状態を感染力の強いウイルス変異体の出現のせいにしたり、コロナを「普通の病気」としてみなすべきとか、国民の一人一人の努力が大事という自己責任論にまで言及する始末です [4](→起こるべくして起こった医療崩壊、そして専門家有志提言の無味乾燥感)。諸外国との被害の推移を見れば、ウイルス変異体のせいにすることはできないはずです。

普通の病気と言ったところで、カゼみたいなものと言ったところで、コロナの性質が変わるわけでもなく、公衆衛生学的に改善されるわけでもなく、被害が少なくなるわけでもありません。逆に彼らの言うことを認めれば、日本は「普通の病気」で、「カゼみたいなもの」で医療崩壊している、ますますんでもない国になります。

ここまで来るともう精神論の世界であり、合理的な具体策を打ち出せない言い訳として、国民の自己責任論になるのだと思います。

このような非常に危なっかしい状況で、日本は「感染対策と経済活動の両立」という単なるスローガンでウィズコロナを進めているのです。土台政府が進める有効な感染対策などありません。第6波に続いて第7波の被害拡大(おそらく最悪の犠牲者数)は、行動制限なしも手伝って、起こるべくして起こったと言うべきでしょう。国民もウィズコロナを勘違いすべきではありません。

ウィズコロナで社会を進める難しさは世界共通です。日本のテレビは、欧米では「マスクもつけていない」、「日常の生活に戻っている」風の伝え方をしますが、COVID流行はまったく終わっていないのです。とはいえ、少なくとも欧米は公衆衛生学的取り組みの基本がある一方で、日本にはそれがなく、被害を拡大しているという状況です。

引用記事

[1] Massetti,, G. M. et al.: Summary of guidance for minimizing the impact of COVID-19 on individual persons, communities, and health care systems — United States, August 2022. MMWR Early Release August 11, 2022. https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/71/wr/mm7133e1.htm

[2] 産經新聞: ファイザー飲み薬、投与敬遠 併用不可多く「活用低調」. Yahoo Japanニュース/ 2022.08.12. https://news.yahoo.co.jp/articles/50c8ad645e8f49f91f7fbed53cc3ba283cebed48

[3] NHK特設サイト「新型コロナウイルス」: 新型コロナ 専門家の有志が今後の医療や保健所の対応で提言. 2022.08.02. https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/medical/detail/detail_255.html

[4] 日刊ゲンダイDIGITAL: 尾身会長がNHKで“職務放棄”の仰天発言!コロナ対策は自助で、犠牲は国民の「許容度」の問題. 2022.07.25. https://news.yahoo.co.jp/articles/bbf6c5a1347727b4ac9001925e3013f8b0bc2f74

引用した拙著ブログ記事

2022年8月12日 COVID-19インパクトの最小化ー米CDCガイドライン

2022年8月8日 起こるべくして起こった医療崩壊、そして専門家有志提言の無味乾燥感

2022年7月15日 打つ手なしから出てきた5類相当への話

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)