Dr. Tairaのブログ

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ウィズコロナの不平等リスクが顕著化した日本

はじめに

オミクロン変異体BA.5亜系統による第7波流行は、不幸にして急拡大し、犠牲者を増やし続けています。これは、ウィズコロナ戦略における不平等リスクが、政府、為政者の不作為によって、そして担当専門家による認知バイアスによって顕著化した結果と考えられます。このブログ記事でそれを説明しながら、現況を考察したいと思います。

1. 不平等リスクとは

ウィズコロナの不平等リスクとは、一つ目が個人の経済面での不平等、二つ目は病気が社会に及ぼす影響の偏り、そして三つ目として病気が個人に及ぼす影響の偏りを含むものです。つまり、COVID-19はすべての人たち、社会分野、業種などに均等に悪影響を及ぼしているのではなく、経済的弱者や病気の面での脆弱者により集中的に悪影響を及ぼしているということです。

英国の健康財団(Health Foundation)のデビッド・フィンチ(David Finch)は、ウイルスの蔓延を抑えるために一般人に個人的な責任を期待することは、経済的支援が不十分な多くの人々が感染したまま社会に出てしまう危険性を無視していると述べました。英国のウィズコロナ戦略は、COVID-19がこれまでに社会全体に及ぼした不平等な影響と、"コロナとともに生きる "ことによる不平等なリスク(unequal risks from ‘living with covid")を認識すること、およびそれに備えることに「失敗している」と主張しています [1]

経済的不平等リスクの面から言えば、日本では国民全員に10万円給付などの事例はありましたが、経済的弱者である人たちや経済基盤が脆弱な中小企業に対する経済補償、経済支援は十分であるとは言い難い状況です。パンデミック期間で日本全体で自殺者が増加した傾向は見られませんが、女性や若い人に限ってみると増加の傾向があるという報告があります [2] 。その理由として、自殺者が増えていない他の国で十分な支援が受けられている一方、日本では経済的弱者に支援が行き届いていないのではないかと指摘されています。

経済的弱者は、生活のためには、たとえ感染リスクが高い場合においても働かざるを得ない状況にあります。この面で、経済的弱者の支援と公衆衛生対策は一体化したものと考えるべきでしょう。

SARS-CoV-2感染は、多くの無症状者や症状の軽い(いわゆる季節性インフルエンザ並みの)人たちを生じる一方で、病気のリスクは高齢者、基礎疾患を有する人、免疫不全者等の脆弱者に対して著しく高くなることが知られています。このパンデミックの対策の焦点は、当初からこれらの脆弱者対策であり、オミクロン流行になった現在でも変わりません。米CDCも、これらの脆弱者のリスクを最小化するのが肝だと言っています(→COVID-19インパクトの最小化ー米CDCガイドライン)。

日本の高齢化率(65歳以上の全人口に占める割合)は28.7%で世界トップであり、2位のイタリア(23.6%)を大きく引き離しています。他のG7諸国では、順に、6位ドイツ(22.0%)、14位フランス(21.1%)、30位英国(18.9%)、31位カナダ(18.6%)、39位米国(17.0%)と続いています [3]

この意味で、日本は最もコロナ対策に気をつけなければいけないはずですが、残念ながら第7波で死亡者数を急拡大しており、現在、死亡者数、死亡率ともに世界上位クラスになっています(図1)。

図1. 日本、韓国および欧米先進国におけるCOVID-19の死亡者数(上)および死亡率(人口比死者数、下)の推移(Our World in Dataより転載).

一方で、英国は高齢化率で世界30位という比較的低い水準なのに、日本と同様、死亡者という指標で世界のトップクラスに名を連ねています。これは、後述のように、ウィズコロナの不平等リスクが規制全面解除によって顕著化した例だと考えられます。

2. 不平等リスクの無理解

2-1. 重症者重視というバイアス

新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾見茂会長や医療専門家たちは、事あるごとに感染者数よりも「重症者数が重要」と言ってきました。私はこれを聞いていて、全く不適切な発言だと感じてきました。なぜなら、パンデミック対策は、先行指標としての感染者数を把握しながら、脆弱者に対するその影響をどれだけ最小化するのが最重要であり、この面からみると「重症者が重要」というのは的外れの感があるからです。

重症者は感染流行に遅れて生じることは周知の事実であり、重症者の病態も患者によって、そして流行るウイルス変異体によっても変わってきます。重症者だけに目が囚われていると対策が遅れ、かつ一定の基準で重症者が括られることにより、さらに被害の実態からかけ離れた判断ミスになってしまうのです。

今の重症者の基準は、デルタ以前の肺炎を起こして人工呼吸器やECMOを装着された患者に基づいています。政府系分科会や自治体のアドバイザリー委員会が「重症者が重要」と言えば、行政はその基準(定義)に基づいてしっかり重症者をカウントします。ところが、この基準から外れれば、どれだけ重篤化しようが重症者ではないということになってしまいます。

今朝のテレビ番組では、この乖離の実態が示されていました。すなわち、大阪府の第6波以降(オミクロン流行)の死者数2168人の死亡割合を見ると、約9割が軽症、中等症から発生しており、重症者は1割にしか過ぎないのです。

図2.

図1で示した日本における死亡者数の急増が、この判断ミスから起こっているとしたら恐ろしいことです。テレビで顔なじみの専門家が、医療現場に見合った重症者の基準をきちんと修正し、かつ先行指標である感染者の全数把握に基づいて、脆弱者対策をとるように提言していれば、これほどの死亡者急増にならなかったかもしれません。

重症化予防の薬としてはモルヌピラビルパクロキッドがあり、高齢者感染者や基礎疾患を有する感染者に使うことができますが、実際には投薬のタイミングと制限の問題を抱えています。これらは発症から5日以内に処方するというのが条件ですが、このためには、たとえ軽症であったとしても早期の検査と診断が必要なのに、医療崩壊の中で必ずしもうまくいっていません。しかも、これらは国が管理している薬であり、発熱外来のどこでも使えるというものではありません。

現実は、重症者が大事と言いながら、不平等リスクの一つである「脆弱者は誰か」ということ真に目が向けられず、医療面でもうまく対応されていないということになるでしょう。

2-2. 専門家の認知バイアス

担当専門家は、悪化する感染状況に対しては、有効な対応策の提言の必要性に迫られます。このようにして、一生懸命考えようとした結果、かえって脳の誤作動(バグ)が起こったり、想定外のことが重なったり、逆境に追い込まれるとあらぬ方向へ結論を導いたりします。

このような認知バイアスと思われることが、政府系専門家でも起こっています。先日、専門有志は「新型コロナの出口戦略」に関する提言(いわゆる阿南提言)を行ないましたが、どこをどう勘違いしたのか、このパンデミック下で最悪の流行状況にあるにもかかわらず、COVID-19を「当たり前の病気」として考えるエンデミックへの道筋を提示したのです。

COVID-19がエンデミックになるという科学的根拠は依然としてありませんし、欧米が先んじて導入した全面解除のウィズコロナ戦略を真似しても、自動的にエンデミックになるはずもありません。先進国の選択を無批判に無防備状態で導入しても、日本がうまくいくはずもなく、ますます被害拡大させるだけでしょう(→起こるべくして起こった医療崩壊、そして専門家有志提言の無味乾燥感)。

この阿南提言には、そもそもパンデミックという概念が抜けているので、COVID-19の脆弱者や不平等リスクについては、全く念頭にないようです。

海外でも、全面解除で感染制御なしになっている英国と、依然として脅威として考えている米国(→COVID-19インパクトの最小化ー米CDCガイドライン米CDCガイドラインとwithコロナ)の間でも見解、路線の差があります。

このような専門家による認知バイアス、意図的な誘導、誤謬等によって、政府、社会、メディアに大きな影響を及ぼしていると言えるでしょう。あちこちから聞こえてくる「コロナは軽症」、「季節性インフルエンザ並み」、「2類から5類へ」、「全数把握とりやめ」などの声は、この影響を受けたものですが、いま喫緊の課題である第7波感染拡大の抑制には何の役にも立ちません。

2-3. 政府と為政者の勘違い

過去のパンデミックの中で最悪の流行波を迎える段階で、全面規制解除をした国はありません。ロックダウンをするなり、何らかの部分的な非医薬的介入と公衆衛生の取り組みを行なって対処してきました。一方で、日本は過去最悪のBA.5流行になっているのに、岸田政権は行動制限なしという方針を打ち出しました。何というチグハグさでしょう。各国が規制緩和する中で、自分たちもそれで行けると勘違いしたのでしょうか。

第6波と比べて第7波は2倍以上の新規感染者数の発生になっています。この違いは何でしょうか。もちろん、それぞれ流行の主体がBA.1/2型とBA.5型というオミクロン亜系統の違いがありますが(伝播力が後者が前者の1.3倍)、それだけでこの感染者数の開きがあるとも思えません。

大きな違いは政府や自治体の介入の差があります。政府は今年1月9日からの沖縄、山口、広島の3県を皮切りにまん延防止等重点措置を適用し、最終的に対象地域は36都道府県まで拡大しました。加えて県によっては非常事態宣言が発出されました。介入の効果が定かでないと言われるこれらの措置ですが、それが発出されたことによる人々の行動変容や行動自粛に多少なりとも影響した可能性があります。

それが第7波では何も行動制限がないわけですから、ウイルスに広がって下さいというようなものです。各地で大規模音楽コンサート、花火大会、お祭りのイベントも開催され、感染が広がったこともちらほらニュースになっています。感染者がでない方がおかしいわけで、逆にニュースにならない方が追跡不作為、情報隠蔽を疑ってしまいます。今は医療負荷を極力避けなければいけないのに、結果としてこれらの非日常的活動が追い負荷をかけることになっています。

若年世代で感染が蔓延し、それがリスクが高い高齢者に伝わっていくということを考えれば、これらのイベントの中止や縮小規模開催、人々の県外移動などの自粛を政府がよびかける手段もあったのではないかと思われます(もちろん緊急事態宣言の発出という手もあるわけですが)。介護施設や高齢者施設などにおけるサーベイラインスや高齢者が同居する家庭に対する注意喚起など、いくらでも対策をとることができたはずです。しかし、やっていたことは「野外ではマスクを外しましょう」という大キャンペーンです。

都道府県の知事の対応もおかしいです。第6波で犠牲者が続出した経験が全く生かされていません。たとえば、大阪府は、第6波流行の際、診断から死亡までの期間が従来に比べて短くなっていることを報告しました(→短期間での重篤化・致死はオミクロンの特徴?–その2)が、従来の基準で言う重症化のプロセスを経ないで亡くなっている人が多いことを示唆していました。吉村洋文知事も記者会見でこれに触れていました。にもかかわらず、大阪府は第7波でまた同じことを繰り返し、多数の犠牲者を出しています。

そして、全国知事会や医師会などから出てくる声と言えば、いかにして感染拡大を抑えるかということではなく、その身替わりとして「2類相当見直し」とか「全数把握見直し」とか、ルール変更に関することばかりです。

2-4. メディアの偏向報道ー英国の例

日本のテレビの偏向報道プロパガンダ風の報道は、政府や為政者のコロナ対策の不作為を後押しする形になっています。普段から「コロナと共存」とか「コロナとの共生」などのフレーズを盛んに使いながら、ウィズコロナの不平等リスクという本質を見えなくさせる負の役割を果たしてきたと言えます。

昨日のテレビ朝日報道ステーション」でも英国の特派員の報告を取り上げ、市民は「マスクをしていない」、「風邪のようなもの」と言ってる、「コロナ前の日常を取り戻している」という伝え方で、視聴者の危機感を緩和するのに十分な内容でした。

英国の実情は、日本のメディア報道とはかけ離れたものです。ここで、既出記事、文献、現地専門家からのメール情報などを参考にしながら、やや詳しく英国の現状を紹介したいと思います。

英国では今年の2月に規制が全面解除となりましたが、これは科学的根拠に基づくというよりも、国民の世論向けになされた為政者の政治判断が色濃くにじみ出たものです。全面解除とともに全数把握もなされなくなり(サンプル調査のみ)、国民は流行状況を知ることがなくなりました。

そして、もともとマスク着用の習慣がない国民は規制されることを嫌がり、それが解除されたことであたかも流行前の平時に戻ったように錯覚し、見かけの自由を謳歌し、罹っても「風邪みたいなものだ」と振る舞っているにすぎません。感染の実態と社会的悪影響はまったく別問題であり、図1のように、先進国の中でも高い死亡率になって現れているのです。

ジョンソン首相は、ワクチン接種プログラムの成功、オミクロンの波が去ったこと、イングランドでCOVID-19に感染して入院する人の数が1万人を下回り減少していること、感染と重症化との関連が「かなり弱まった」ことが、全面解除措置を可能にしたと述べました [1]。そして経費面にも言及しており、検査・トレーシング・隔離の体制は、最新の会計年度で157億ポンドの費用がかかっており、縮小しなければならないと主張しました。

しかし、これは上述したように、国民世論を味方にすることに前のめりになった政治判断であることは明らかであり、ジョンソン氏と彼のアドバイザーの間の溝が指摘されています。全面規制解除の当時、依然として感染者が多く、隔離、換気、手洗い、密閉空間でのマスク着用などの公衆衛生対策を維持する必要があることをアドバイザー強調していました [1]。そして、すべての規制を解除する前に感染者数がもっと少なくなることが望まれていました。

英政府の全面解除の決定に対して、3,360人以上の科学者や医師が、イングランドのクリス・ウィティ最高医学責任者とパトリック・バランス英国最高科学顧問に宛てた公開書簡に署名し、政府の決定の根拠を明らかにするよう求めました [1]。この政府の方針が「ウイルスの循環を拡大し、懸念すべき新型ウイルス変異体の可視性をなくす可能性があるという懸念もあるからです。

専門家が危惧した通り、英国は、国民が知ることもない感染流行の継続とともに、長期コロナ症(long Covid)の増加と労働者不足という新たな問題を抱えつつあります [4]。英国の公的医療(NHS)はすでに長い間破綻しており、感染患者や長期コロナ症患者の増加とともに、その他の慢性疾患の患者の診療、治療も滞る状態になっています。COVID-19感染者と長期コロナ症の人の増加は、英国のみならず各国の公共サービスの多くの分野で人手不足をもたらしており、郵便事業、公共交通機関、航空交通、そして緊急サービスにも影響が出ています [5, 6]

エクセター大学医学部のデビッド・ストレイン(David Strain)博士は、「入院と死亡のリスクのみに基づいてCovidを管理するという最近の英国の戦略を考えると、長期コロナ症の症例数が増加していることは全く驚くべきことではない」と述べています [4]。長期コロナ症を抱えたまま放置される人々の数が、これから増え続けるだろうと指摘です。長期コロナ症では、性差、年齢による変化、および免疫と呼吸器の健康状態が発症に影響している可能性があり、併存疾患の多い高齢の勤労者は、特に支援を必要とするという指摘もあります [7]。

おわりに

私は二ヶ月前のブログ記事(→この夏の第7波?流行)でこの夏の第7波流行を予測し、以下のように述べました。

過去最大の被害となった第6波の二の舞だけにはなってほしくありませんが、それも淡い願望に終わるでしょう。なぜなら、もはや国による感染対策の介入がない成り行き任せの現状、改善されていない検査・防疫システム、前のめりの経済優先の姿勢、国民の馴れと嫌気から来る気の緩みなどが、伝播力を増したBA.5の爆発的感染を許すからです。そして、救急医療を含めた医療ひっ迫、医療崩壊が繰り返されるでしょう。

そして、一ヶ月前のブログ記事(→第7波流行での行動制限なしの社会実験)で以下のように述べました。

若年層の病気の"軽さ"を基準にするという、コロナの本質(不平等リスク)を忘れた姿勢、および日本特有の不都合な条件を考えないで経済を回す選択は、感染者と患者を大量発生させ、医療を圧迫し、第6波以上の犠牲者を出すことになり、そして多数の長期コロナ症(long COVID)の人たちを生むことになる可能性大です。

私が予測したとおりのことが、いま目の間の現実として起こりつつあります。こんな簡単なことが、政府は予測できなかったのでしょうか。まったく無防備であることにも気づかず、(あるいは気づいていても)そのままやり過ごし、いずれ流行は減衰するという考えの政権でしたら、即刻退陣を願いたいものです。

引用文献・記事

[1] Limb, M.: Covid-19: Scientists and medics warn that it is too soon to lift all restrictions in England. BMJ 376, o469 (2022). https://doi.org/10.1136/bmj.o469  

[2] Yoshioka, E. et al.: Impact of the COVID-19 pandemic on suicide rates in Japan through December 2021: An interrupted time series analysis. 
Lancet Reg. Health West. Pac. 24, 100480 (2022). https://doi.org/10.1016/j.lanwpc.2022.100480

[3] GLOBAL NOTE: 世界の高齢化率(高齢者人口比率) 国別ランキング・推移. 更新日: 2022.07.29. https://www.globalnote.jp/post-3770.html

[4] Davis, N.: Two million people in UK living with long Covid, find studies The Guardian June 1, 2022. https://www.theguardian.com/world/2022/jun/01/two-million-people-in-uk-living-with-long-covid-say-studies

[5] Reuters: アングル:英経済に人手不足の暗雲、コロナ後遺症やEU離脱で. 2022.05.31. https://jp.reuters.com/article/analysis-britain-workforce-idJPKCN2ND09E

[6] Hofmann, F.: COVID numbers soar causing labor shortage. DW July 1, 2022. https://www.dw.com/en/covid-numbers-soar-causing-labor-shortage/a-62328357

[7] Thompson, E. I. et al.: Long COVID burden and risk factors in 10 UK longitudinal studies and electronic health records. Nat. Commun. 13, 3528 (2022). https://www.nature.com/articles/s41467-022-30836-0

引用した拙著ブログ記事

2022年8月13日 米CDCガイドラインとwithコロナ

2022年8月12日 COVID-19インパクトの最小化ー米CDCガイドライン

2022年8月8日 起こるべくして起こった医療崩壊、そして専門家有志提言の無味乾燥感

2022年7月20日 第7波流行での行動制限なしの社会実験

2022年6月21日 この夏の第7波?流行

2022年3月17日 短期間での重篤化・致死はオミクロンの特徴?–その2

                      

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)