Dr. Tairaのブログ

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見えてきた第7波流行での最悪の被害

はじめに

今から1ヶ月ちょっと前のブログ記事で、この夏はオミクロン変異体の亜系統ウイルスBA.5による第7波流行に見舞われること、そしてパンデミック以来最悪の被害になりかねないことを述べました(→この夏の第7波?流行)。すでに、1日の新規陽性者数は20万人を超え、この1週間の感染者数は世界最多となっています。残念ながら、第7波では最悪の被害になることは確実なようです。

ここで、なぜパンデミック以来最悪の被害(死亡者数など)になると考えられるのか、4つの理由を挙げて説明したいと思います。

1. BA.5の特性と欧州での先行事例

BA.5は、これまでの中で最強の感染力をもつこと、デルタ変異体と同じL452R変異をもつこと、免疫逃避の能力が高まっていることなどで特徴付けられます。感染力はBA.2の約1.3倍と言われています。

東京大学医科学研究所の佐藤圭教授の研究グループは、先行研究で、L452R/M/Qを持つBA.2関連オミクロン変異体の実効再生産数は、オリジナルのBA.2のそれよりも大きいことを明らかにしました [1, 2]。細胞培養実験やハムスターを用いた感染実験に基づいて、L452R/M/Qを持つBA.2関連オミクロン変異体(特にBA.4とBA.5)は、BA.2より健康リスクが大きい可能性があることが示唆しています。

BA.5の威力は、先に流行が広がったポルトガルでの被害状況である程度推察することができました。Our World in Dataがリアルタイムで示す統計データでは、BA.2の流行に比べてBA.5の流行では感染者数が少ないにも関わらず、死亡者数があまり変わらないことを示していました(→COVID-19パンデミックにBA.4/BA.5変異体がもたらすもの)。つまり、ポルトガルにおけるBA.5の流行では、致死率が高くなっていることを示すものであり、日本と同様に高齢化率の高い国の先行事例として大いに参考にすべきなのです。

このポルトガルでのBA.5流行の臨床データについては、最近プレプリントサーバーに報告されました [3]。 この結果は、エリック・トポール(Eric Topol)教授によって、ツイート上で簡潔に紹介されています。

すなわち、ワクチン接種後およびブースター後の入院率は、BA.2よりもBA.5で3倍以上高く、再感染のリスクも有意に高いことがわかりました。BA.5感染者では,ブースター接種によるCOVID-19入院および死亡のリスク減少は、BA.2においてはそれぞれ93%および94%と高い値を示しましたが、BA.5においては、それぞれ77%および88%と低くなりました。つまり、BA.5はBA.2よりも重症化リスクが高いということです。

この傾向は、デンマークの国立血清学研究所が出したプレプリント [4] でも見ることができます。この報告では、ブースター接種後のBA.5の入院リスクはBA.2よりも1.78倍高くなっていることが示されています。

このようなBA.5の特性と海外の臨床に関する研究結果は、日本における第7波(BA.5)が第6波(BA.1/BA.2)よりも被害が大きくなることを示唆するものです。しかもL452R変異をもつこのウイルスは、東アジア人に多いHLA-A24による細胞免疫から逃避する可能性もあり(→COVID-19パンデミックにBA.4/BA.5変異体がもたらすもの)、日本や韓国における被害をより拡大することも予測されます。

2. 季節性インフルエンザ並み、重症者は少ないのプロパガンダ

上記のように、先行研究では、BA.5流行の被害の大きさが予測されるにもかかわらず、日本政府や報道機関の情報の伝え方がきわめて楽観的になっていることが、被害をさらに大きくしかねないと考えられます。

たとえば、上記のポルトガルの事例について、26日放送のテレビ朝日の「ワイドスクランブル」では、ほとんど無症状・軽症であった、4回目のワクチンで重症化を防いだ、すでに収束に向かっているという楽観的な伝え方で、重症化リスクや致死率が高くなっていることや、高齢化率の高い国でのリスクついては全く触れていませんでした。これについて私は以下のようにツイートしました。

今日のワイドスクランブル、TBSの番組「ひるおび」、日本テレビの「ミヤネ屋」などの情報番組でも、「感染者は増えているけども重症者は増えていないと、もっぱら「軽くみる方向」で強調されていました。日本で今重症者と言われているのは、デルタ以前の基準による、肺炎を起こし人工呼吸器やECMOを装着された患者です。オミクロンでは肺炎を起こすことは少なく、軽症や中等症からいきなり衰弱して亡くなることや、たとえ肺炎を起こしても人工呼吸器装着を望まない高齢者もいるという実態がスルーされています。

オミクロンは軽症、重症化しない」、「感染者数よりも重症者数が大事」というフレーズは、BA.1/2の第6波当初から盛んに言われました。専門家の間でも、新型コロナはもはや季節性インフルエンザ並みで、エンデミック(風土病)になるとさえ言われ始めました。これらの言葉の陰で被害を拡大していったのが第6波であり(→「オミクロンは重症化率が低い」に隠れた被害の実態 )、結果としてパンデミック以来最多の死者数を記録してしまいました。

この風潮は第7波になっても続いています。この感染症の本質は、インフルエンザ以下の症状をもつあるいは無症状の多数の感染者を発生させ、そこから脆弱者に容易に伝播し、肺炎のみならず、全身性症状、持病悪化で死亡リスクを高めるというところにあります。にもかかわらず、この本質を飛ばして「季節性インフルエンザ並み」「重症者は少ない」というフレーズがプロパガンダ風に盛んにテレビやSNSなどを通じて流され、国民の意識を緩ませるには十分であったと言えます。

実態は、ワクチン接種おかげで見かけ上重症化率が下がっているだけだという報告もあるように(→オミクロンの重症化率、致死率は従来の変異体と変わらない?)、過去最強と言われたデルタ変異体と比べてもウイルスの病毒性は下がっていない可能性があります。オミクロン変異体の感染力の強さに注目せず、いわばウイルスを舐めたこの風潮が感染拡大の下地を作り、第6波の悲劇が繰り返されるとも言えます。

3. 行動制限なしの方針

きわめつけは、政府の行動制限なしの方針です(→ 第7波流行での行動制限なしの社会実験)。過去最強の感染力を有し、病毒性もデルタと変わらない(ワクチンの効力があるときだけ抑えている)と推察されるBA.5の流行なのに、「何もしない」ということは、過去最多の感染者数を出してしまうことは自明なのです。そして、感染者の絶対数が増えた分医療がひっ迫し、重症者や死亡者の絶対数も増える、高齢者層の死亡が増えれば、若年層の死者数も増えるという、当たり前のことが起きるのです。

海外のウィズコロナの方針で、全面解除された風景を見て、日本政府も専門家集団も「日本もこれで行ける」と何か勘違いし、経済活動推進に舵を切ったのではないかと思われます。しかし、ウィズコロナの理解、国民性、文化・習慣、高齢化率、公衆衛生対策、医療事情(医療提供体制、医療保険など)で大きく異なる海外諸国と、単純に比較して、うわべだけで真似すべきではありません。

ウィズコロナ(living with the coronavirus)には防疫上(感染制御)の戦略は何もありません。あるのは、ワクチンに依存しながらある程度の犠牲者は寛容し、自由と経済活動を選択するという戦略と、その犠牲を最小化するための公衆衛生対策と医療提供体制をとるということだけです。この点で、日本では多くの国民が誤解していると思われ、合意形成も対策の準備もできていないと思います。日本は感染に対してはほとんど無防備であり、犠牲を最小化する体制も脆弱です。

4. 医療提供の窓口の狭さ

そして出てきたのが、医療ひっ迫の問題を感染症上の問題とする風潮です。いわゆる新型コロナの扱いを「2類相当から5類相当にすべき」という意見が盛んに出てきたことです(図1上)。分科会尾見茂会長は「リアリティーとして2類から5類に動いている」と発言しています。厳密に言えば、新型コロナの扱いは2類ではなく、「新型インフルエンザ等感染症」として分類でされており、むしろ2類よりやや厳しいです。

しかし、これはテレビ報道の間違いもあって国民の多くが誤解していると思います。たとえば、7月26日のテレビ番組では、「2類における受診は指定医療機関」「5類では一般医療機関でも対応可能」として紹介していましたが、これは誤りです(図1下)。

図1. テレビの情報番組が伝える感染症法上の2類と5類の違い(2022.07.26. TV朝日「ワイドスクランブルより).

これはちょっと考えればわかることですが、一般人が熱がある、頭痛がある、腹痛がある、というだけではコロナ感染とは判断できないわけであり(ほかの病気かもしれない)、この段階でかかりつけ医とか街角の医院で受診することはもちろん可能なのです。事実、コロナ感染でも、診察自体は多くのかかりつけ医やファストドクターなどが対応しています。

ただ2類相当では、感染を制御するために保健所が介入し、指定の発熱外来を設け、指定病院への入院勧告を行なっているわけであり、現状では、このシステムのマネージメントがうまくいっていないことで問題になっているわけです。簡単に言うと、以下のように、受診の窓口が非常に小さくなっているのです。

自治体は、発熱がある場合は、まずはかかりつけ医や近くの医院に電話で相談するように勧告しています。そこで無事受診できればいいですが、実際は、指定の発熱外来に行くように勧められたり、受診拒否されたりすることが数多くあります。そして、発熱外来に行っても混んでて受診できない、あるいは電話さえ繋がらないということが問題なのです。これが発熱外来が全医療機関の35%にしかなく、医療の窓口が小さくなっているという問題です。これは5類であったとしても同じことになるでしょう。あるいは感染制御もなく一般病院で診療するようになれば院内感染が爆増し、事態がより悪化することは容易に想像されます。

今は、感染者数が増え過ぎて病床が満杯になる、ひっ迫するという状況になり、入院ができない、ほかの緊急の重病でも診てもらえないという、医療崩壊が起きているわけです。要は、偏に、現状の医療提供キャパシティーを超えて、患者が増え過ぎているということに帰因しているわけであり、被害拡大の道を進んでいるのです。

これは感染症法の変更で解決できる問題ではありません。医療提供のマネージメントの問題や「何もしないこと」を棚に上げて、為政者や専門家が2類→5類変更へと論点をすり替えることは問題でしょう(→打つ手なしから出てきた5類相当への話)。さらに、これ以上感染者数が増加していくと、HER-SYSによる全数把握も難しくなり、それをやめるようなルール変更の話も出てくるでしょう。HER-SYS運用の問題点はもう2年前から明らかです(→コロナ禍の社会政策としてPCR検査

おわりに

いまのSARS-CoV-2の変異体の特性を理解せず、季節性インフルエンザ並みとか重症者数が重要とかおまじないのように唱え、確たる戦略もなくウィズコロナのスローガンで経済活動推進、行動制限なしに舵を切った政府ですが、この先に過去最悪の被害(死亡者数最多更新、長期コロナ症患者数の増加)が待ち受けています。そして、社会経済を回すつもりが、多くの感染者と患者を生むことで、かえって社会混乱と経済停滞を招くことになるでしょう。過去に学ばないものは、未来も切り開けないという悪例が繰り返されます。

引用文献・記事

[1] Kimura, I. et al.: Virological characteristics of the novel SARS-CoV-2 Omicron variants including BA.2.12.1, BA.4 and BA.5. bioRxiv Posted May 26, 2022. https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2022.05.26.493539v1

[2] テレ朝 news:「BA.5」肺で増殖か 「BA.2」の18.3倍 病原性も高い可能性 東大医科研. 2022.07.11. https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000261127.html

[3] Kisiaya, I. et al.: SARS-CoV-2 BA.5 vaccine breakthrough risk and severity compared with BA.2: a case-case and cohort study using Electronic Health Records in Portugal. medRxiv Posted July 25, 2022. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2022.07.25.22277996v1

[4] Hansen, C. H. et al.: Risk of reinfection, vaccine protection, and severity of infection with the BA.5 Omicron subvariant: A Danish nation-wide population-based study. SSRN Posted July 18, 2022. https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=4165630

引用した拙著ブログ記事

2022年7月20日 第7波流行での行動制限なしの社会実験

2022年7月15日 打つ手なしから出てきた5類相当への話

2022年7月2日 COVID-19パンデミックにBA.4/BA.5変異体がもたらすもの

2022年6月21日 この夏の第7波?流行

2022年5月6日 オミクロンの重症化率、致死率は従来の変異体と変わらない?

2022年1月30日 「オミクロンは重症化率が低い」に隠れた被害の実態

2020年9月25日 コロナ禍の社会政策としてPCR検査

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)