Dr. Tairaのブログ

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第7波流行での行動制限なしの社会実験

いま、COVID-19第7波流行下にある日本ですが、ほんの1ヶ月前は検疫や入国制限が緩和された後でもあり、専門家の間やメディア上で脱マスク論が展開され(→出羽守の脱マスク論)、日本全体でコロナ収束気味の雰囲気でした。折しも、参院選の活動が始まったばかりの頃でもあり、コロナなど念頭にないかのように、感染症対策は公約の隅っこに追いやられていました。

しかし、1ヶ月前の状況からは、この夏に第7波流行が起こることが確実であることも予測できました(→この夏の第7波?流行)。第7波の主体と予測されるのが、オミクロン変異体の亜系統であるBA.5ウイルスであり、この変異ウイルスの性質(感染力の増強、L452R変異、免疫逃避性)や欧州で先行した流行の様子を考えれば(→COVID-19パンデミックにBA.4/BA.5変異体がもたらすもの)、第7波予測はむしろ当然でした。

私はこのブログやSNS上で、感染症においては脆弱者を特定化し、その被害を抑えること、それが他に波及することや逆に脆弱者に影響を及ぼす因子を排除することが、感染症対策の基本であることを何度も指摘してきました。そして、この基本に沿って検査や医療提供の必要量を把握することが重要であり、この把握のために日々発表される感染者数が先行指標として重要であることも述べてきました。

COVID-19における最大の脆弱者は高齢者や基礎疾患を有する人たちであり、オミクロン変異体になってからは小児へのリスクも高まっています。そして、感染は常に活動の量と範囲が大きい若年層を中心に先行して起こり、高齢者層や小児に広がっていくというパターンを示します。若年層にとっては単なる"風邪"程度であっても脆弱者にとっては危険な病気なのです。このコロナの本質(言わば不平等リスク)は第1波から一貫して変わっていません。

そして、日本は人口密度が高く、世界でも断トツの高齢化率を示す国です。肝心の検査・診断・医療提供の人口比キャパシティーは欧米諸国に比べて小さく、特に早期検査・診断の能力はきわめて低いにもかかわらず、これまで改善されていません。医療水準は高いのに、医療提供の管理とロジスティクスがきわめて拙く、医療アクセスの窓口は狭く、対応可能な病床数は不足しています。この日本特有の不都合な条件を念頭に置いておく必要があります。

何をすべきかということはここから明らかです。すなわち、単純に検査・診断・医療提供のキャパ以上に患者を増やさないということです。受ける水桶の大きさが決まっているのに、蛇口のひねりが大きければ、簡単に水はオーバフローしてしまいます。特に若年層の感染を抑えること、若年層から高齢層、小児への伝播を防ぐことが重要です。

問題はそれをどのようにして行なうかですが、今日のNHKクローズアップ現代」に出てきた新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾見茂会長は、感染を一定レベルに抑える必要があると言いながらも、結局感染対策として個人が工夫する必要があると発言しました。つまり、流行がどうなるかは個人の責任であり、国としては何もせず、成り行き任せという姿勢を述べたようなものです。これについて私はツイートで以下のように批判しました。

また、同番組に出演した大阪大学大竹文雄教授(経済学)は、隔離期間の短縮と(感染者数の)全数把握をやめることを提言していました。COVID-19は季節性インフルエンザ並みに軽いものだという彼の認識からです。これに対しても私は上記ツイートのリプ欄で批判しています。

「COVID-19は季節性インフルエンザ(あるいは風邪)のようなもの」という論調は、専門家や識者の間でも見られますし、これを受けてメディアも盛んにCOVIDインフル論が伝えています。埼玉医科大学の岡秀昭教授(感染症専門医)もその中の1人で、先日放送の報道ステーションでもそのように述べていましたが、医療維新に寄稿した論説 [1] では以下のように主張しています。

ただし、季節性インフルエンザのように発熱外来ではなく通常の場で診療するには、いまだ新型コロナの感染性は高く、高齢者などの重症化リスクも高い。大前提として、コロナを日常的な医療提供体制の中に位置付けるためには、ワクチン接種率のさらなる向上が不可欠だ。

さらに、コロナは「いずれ風土病(かぜのように)になる」という論調も、専門家の間でも枚挙にいとまがありません。たとえば、長崎大学熱帯学研究所の山本太郎教授は以下のように述べています [2]

新型コロナは今、ヒト社会に定着しつつある段階といえる。感染者が増え、ワクチンの接種が進んだことで、集団としての免疫ができつつある。今の乳幼児が大人になる頃には、成長する過程で新型コロナへの感染を繰り返す、あるいはワクチン接種によってほとんどの人が免疫を得る。そのため重症化しにくい、かぜのような存在になっていくだろう。

しかし、新型コロナが風邪になるというのは科学的根拠がなく、単なる寓話に過ぎないというのはウイルス学者の一致した見方です(→エンデミック(風土病)の誤解)。ウイルスは弱毒化、強毒化など、あらゆる方向に進化するポテンシャルをもっており、風邪になるとは断定できないのです。また、ワクチンによって集団免疫ができるというのももはや幻想でしょう(局所的、一時的にはあり得ますが)。

私は世界中に微生物学、ウイルス学、公衆衛生学などを専門とする沢山の知人(大学教授、公的機関の研究者)をもっていますが、彼らの中で、COVID-19が季節性インフルエンザ並みであると言っている専門家は1人もいませんSARS-CoV-2はインフルエンザウイルスよりもはるかに危険なウイルスであり(だからこそインフルエンザよりも上位のリスクグループ3に分類されている)、COVID-19は依然として脅威であり、季節性インフルエンザよりもはるかに懸念される感染症と異口同音に指摘します。世界保健機構(WHO)も同様な見解です。

英米の規制解除(行動制限なし、マスク不要など)は、このような専門家とは異なるあくまでも政府の認識に基づく方針です。ワクチン、治療薬など利権が絡んだ医者や免疫学者、財界の後押しや束縛を嫌う国民の世論も影響しているでしょう。インフエンザ並みと考えた方が、世論対策の上でも経済活動推進の上でも都合がよいということです。

そこには「ワクチン接種と自然感染が進んだ」、「国民の多数が抗体を有している」、「重症化する人が少ない」、「医療提供体制が整っている(罹っても直ぐに診てもらえる)」として、「一定レベルの犠牲者数があるとしても自由と社会経済活動を優先する」という「政府」のウィズコロナの考え方があります。

一方で、日本のウィズコロナ戦略はきわめて不明瞭です。感染対策と経済活動の両立というのも何を言っているのか、具体性に欠けます。日本は、いま、社会経済活動を回すことを選択しているわけですが、文字通りの両立は不可能です。当たり前ですが、社会・経済活動を推進すれば感染者は増え、感染者は一時経済活動からの離脱を余儀なくされ、それがまた経済を停滞させるのです。

今日、全国では15万人以上の新規陽性者数を記録しました(図1)。検査数に連休の影響がほぼなくなる明日は、もっと増えるでしょう。とはいえ、PCR検査能力の問題があるので、抗原検査みなし陽性の上積みがあったとしても、今後20万人/日を超えたところで頭打ちになり、今の2倍に達することはないと思われます。

図1. COVID-19新規陽性者数と死者数の推移(Yahoo新型コロナウイルス感染症まとめより転載).

このような流行状況をみても、日本はいま感染者数では世界トップクラスであり、私は以下のようにツイートしました。

世界でトップクラスの感染者数を出している現状を、メディアは一切報道しません。死亡者もこれから急激に増えていくでしょう。季節性インフルエンザ並みという 「軽さ」の演出と気の緩みがこのような流行状況を生み出していると言っても過言ではなく、いま甚大な被害へと突き進んでいるのです。逆に言えば、打つ手なしの状況であるから、コロナの軽さや感染症上の問題(5類へ変更すべき)をダミーとする「言い訳」が出てくるのかもしれません(→打つ手なしから出てきた5類相当への話)。

政府は若干の含みはもたせていますが、第7波流行への対策として、このまま一切の行動制限なしで進めるようです。つまり、尾見会長が言っていたように、国民自身の行動に委ねるということになります(何もしないということです)。そこには経済活動をとめたくない、とめた場合に甚大な社会・経済的な被害を被るという財界の強い声や、経済優先の人たちの後押しがあるのは明らかでしょう。これに伴い、これまでは自粛されていた大規模なイベントが開催されます。観光やお盆の帰省で民族第移動が起こるでしょう。

言わば、いま、何か成果として期待するという意味では目的がない、大きな社会実験をやっているということになります。国民の行動に責任を押し付けた上で、国自身は何もしないでやり過ごし、やがて減衰すればそれでいいのではないかという、根拠なしの楽観論と結果論が同居する、ウイルスを舐めた社会実験です。どれだけ被害が出ようが国民がそれに耐える、あるいは国民やメディアから批判的意見が出ないまま減衰することを待つ、という意味ではそれが政府の意図なのかもしれません。

上記したように、日本の医療アクセスの窓口は狭く、病床数は足りません。20万人以上/日の感染者数を出してしまったら、それに見合う医療提供力はないのです。医療崩壊救急医療崩壊が確実に起こります。そうすると今度は、防疫や公衆衛生対策の不作為の責任を転嫁するように、感染症法上の分類見直し論や感染全数把握の中止論の声がますます大きくなってくるでしょう。感染者が病院に押し寄せることで、ひょっとして医療提供側が入り口を制限することも起こるかもしれません。

コロナは季節性インフルエンザ並みと唱えたところで、5類に変更しろ [3] と主張したところで、国民の命と健康を救う観点からは何の意味もありません。季節性インフルエンザや風邪並みの病気と考える人たちは、「風邪並みが医療崩壊を起こす」という矛盾にも気づいていません。COVID-19と季節性インフルエンザは感染力や病態において全く異なり、高齢者や基礎疾患を有する人、小児・幼児の脆弱者を攻撃する病気の本質は変わらないし、法律を変えても医療提供キャパ(病床数+人員など)と感染者数の関係も変わらないということです

若年層の病気の"軽さ"を基準にするという、コロナの本質(不平等リスク)を忘れた姿勢、および日本特有の不都合な条件を考えないで経済を回す選択は、感染者と患者を大量発生させ、医療を圧迫し、第6波以上の犠牲者を出すことになり、そして多数の長期コロナ症(long COVID)の人たちを生むことになる可能性大です。

上記のNHK番組で、坂本歴史衣氏(聖路加国際病院感染管理室マネージャー)は、「5類に変更しても病気の性質は変わらない」、「緩和した結果を示し、受け入れるか否かを方針を明確に」と言っていましたが、まさしくそのとおりだと思いました。私はこれまで、「PCR検査の感度は低い」などの彼女の言述を批判してきましたが、ここでは意見が一致しました。

引用記事

[1] 岡秀昭: 豪雨後の河川が氾濫するように入院急増」埋まり始めたコロナ病棟. 医療維新 2022.07.20. https://www.m3.com/news/iryoishin/1061632

[2] 朝日新聞DIGITAL: コロナ感染1000万人、やまぬ波 うち800万人超が「第6波」以降 ワクチンの予防効果、減少懸念. 2022.07.16. https://digital.asahi.com/articles/DA3S15358071.html

[3] デイリー: 三浦瑠麗氏「早く5類にしておけば」「軽症ならPCRにこだわる必要ない」新型コロナ急増で. Yahoo Japanニュース 2022.07.20. https://news.yahoo.co.jp/articles/14787d5770077e798c681534e9e1854d9effcc6c

引用したブログ記事

2022年7月15日 打つ手なしから出てきた5類相当への話

2022年7月2日 COVID-19パンデミックにBA.4/BA.5変異体がもたらすもの

2022年7月1日 出羽守の脱マスク論

2022年6月21日 この夏の第7波?流行

2022年1月31日 エンデミック(風土病)の誤解

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)