いま日本を席巻している新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、オミクロン変異体から派生したBA.5ウイルスです。この2、3日、20万人/日を超える新規陽性者を記録しています。ただ、検査陽性率が50%を超えることも多い現状や、オミクロン系統には特に感度が悪い迅速抗原検査も多く使われていることから、実態は数字よりはるかに多い感染者数になっているものと推察されます。
このところ、さらに検査キット不足も顕著になってきましたので、検査が抑制気味となり、20万人を大きく超えるような数字はこの先でないと予測されます。発熱相談件数の伸びもこのところ鈍化しているようです。
BA.5の次にやってくるのではないかと恐れられているのがBA.2.75です。この変異体は、今年の6月にインドで最初の感染者が見つかり、現在まで、英国、米国、カナダ、韓国、日本(神戸、大阪、東京で感染確認)などを含む20ヶ国で検出されています。この変異体は、一部でケンタウロス(Centaurus)という俗称でよばれています。
図1. BA.2.75ウイルスの各国における分布(cov-lineages.orgより).
今日のテレビ番組「ゴゴスマ」は、そのままケンタウロスという名前を使いながら、BA.2.75の特性と流行状況を紹介していました。それを観て、私は以下のようにツイートしました。
BA.5の約3倍の感染力をもち自然感染やワクチンの免疫を回避するケンタウロス(BA.2.75)。ヌクレオカプシドにもさらに変異が入っているため迅速抗原検査でもより引っかかりにくくなる可能性がある。BA.5の次の流行ウイルスか。 pic.twitter.com/JOU3SYC5ms
— AKIRA HIRAISHI (@orientis312) 2022年7月25日
ところが、この番組と私のツイートを見たという人からDMが来て、「ケンタウロスとはどんなウイルスか、正式な名称か?」と問われました。私はこのメールに対して、これは世界保健機構(WHO)が正式につけた名称ではなく、ツイッター上で付けられた名前だと回答し、ブログで少し説明するからと応えました。というわけで、いまこのブログを書いているわけです。
BA.2.75は、今月初めのツイッター上で、アカウント名 Xabier Ostale によってケンタウロスと勝手に名付けられました。しかし、"I'm in command of anything pandemic."と言ってるように、この人はかなり傲慢なタイプのように感じます。とはいえ、このケンタウロスという名前はいろいろなウェブ記事 [1, 2, 3] で取り上げられ、急速に広まっているようです。
I have just named BA.2.75 variant after a galaxy.
— Xabier Ostale (@xabitron1) 2022年7月1日
Its new name is Centaurus strain.
Get used to it. Today, I'm in command of anything pandemic. pic.twitter.com/JNkxlRI9Hv
COVID-19について情報発信しているエリック・トポール(Eric Topol)教授(米スクリップス研究所)は、BA.2.75を"scariant"(恐い存在)と形容していますが、同時にインド以外はあまり広がっていないし、他にも気になる新しい変異体があるが、その一つではないとツイートしています。
BA.2.75 is a scariant. It is not spreading anywhere besides a couple of provinces in India without BA.5 to compete with. There will be other new variants to be concerned about but it doesn't look like this is one of them. https://t.co/zDACBOUMgR
— Eric Topol (@EricTopol) 2022年7月19日
YouTubeにも、内科医、肺疾患専門医であるマイク・ハンセン(Mike Hansen)博士によるBA.2.75について簡潔にまとめた動画がありました [4] 。ここでは、それを参考にして説明したいと思います。
オミクロン変異体は当初BA.1、BA.2、およびBA.3に分けられていましたが、BA.2から派生したのがBA.4/BA.5です(図2)。一方で、BA.2から派生したもう一つの亜系統がBA.2.75です。
図2. オミクロン変異体、亜系統BA.4/5、BA.2.75(ケンタウロス)の系統関係([4] からの改変図).
BA.2.75のゲノム上の特徴は、何と言ってもオリジナルの武漢株と比べた場合の変異の多さです。BA.4/5と比べても、共有部分の変異もたくさんありますが、各々の独自の変異の部分で大きく異なることがわかります(図3)。
ゲノムの上流から向かってORF1a、ORF1b、S(スパイクタンパク)、E、M、N(ヌクレオカプシド)のそれぞれに多くの変異があり(もともとオミクロンは組換えで生じた可能性あり)、Nにも欠失や変異が見られますので、武漢株のヌクレオカプシドを標的として設計されたいまの迅速抗原検査キットも反応しにくくなっている可能性があります。
図3. BA.4/5 BA.2.75の変異の違いおよび共有部分([4] からの転載図).
図4にはスパイクタンパク質部分の変異を示します。スパイク部分には36の変異がありますが、このうち、34個はBA.4/5と共有し、2個はBA.2.75独自のものです。BA.4/5で見られたデルタ変異体と共通であるL452Rは、BA.2.75にはありません。
図4. BA.2.75およびBA.4/5のスパイクタンパク質のみられる変異(共有部分は赤字、BA.2.75特有は青字、BA.4/5特有は黒字で表示、[4] からの転載図).
B2A.2.75の表現型の特徴としては、感染力の強さがあり、BA.5の約3.24倍と言われています [1]。武漢株の実効再生産数を3.3とすると、BA.2.75のそれは実に60ということになります。世界保健機関(WHO)は、すでにBA.2.75を「懸念される変異体における監視下の系統」に分類しています。BA.5でも第7波の大流行となっているわけですから、BA.2.75の流行波が来るとすれば、どの程度の感染者数を出すか想像もつきません。
また、スパイクタンパク質に沢山の変異が入っていますので、自然感染や既存ワクチンでできた免疫を回避する能力がさらに強くなっています。他方で重症化の程度や致死率についてはよくわかっていないようです。
いずれにしろ、要警戒のウイルス変異体です。
引用記事
[1] クォン・ジダム、チャン・ヒョヌン: 最強級の感染力…コロナ「ケンタウロス」の感染者を韓国で初確認. Hankyoreh 2022.07.15. https://news.yahoo.co.jp/articles/cb4b1536632b4a598fad2daa46b298d5cc958dea
[2] Lim, V.: CNA Explains: What we know about the new COVID-19 variant BA.2.75 or 'Centaurus’. July 22, 2022. https://www.channelnewsasia.com/singapore/new-covid-variant-centaurus-omicron-infectious-2825556
[3] Krishna, B, Centaurus: what we know about the new COVID variant and why there’s no cause for alarm. Conversation. July 22, 2022. https://theconversation.com/centaurus-what-we-know-about-the-new-covid-variant-and-why-theres-no-cause-for-alarm-187243
[4] Doctor Mike Hansen - BA.2.75 "Centaurus" - The New Covid Variant of Concern - Covid Variant Update. https://www.youtube.com/watch?v=t0Lhnib4KsI
カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)