Dr. Tairaのブログ

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オミクロン亜系統BA.5の拡大:再びマスクの推奨

はじめに

欧州ではこの春から減衰していたCOVID-19の流行が、6月から拡大しています。日本でも第7波の流行が始まろうとしています(→この夏の第7波?流行)。これらの流行の主体になろうとしているのがBA.5変異体です。これは、SARS-CoV-2のB.1.1.529系統、いわゆるオミクロン変異体から派生した変異ウイルスであり、世界保健機構(WHO)をはじめ、各国で「懸念される変異体」(Variant of Concern, VOC)に分類されています [1]

このブログ記事では、欧州での流行の中心になっているフランスの現況を取り上げ、再びマスク着用推奨の声が上がっている状況を紹介します。

1. フランスの状況

ここで、この2ヶ月間における欧州各国のCOVID-19の新規報告事例の推移を示します(図1)。いずれに国においても6月から新規陽性者が増加しており、特にフランスはドイツなどとともに増加傾向が顕著であることがわかります。フランスでの流行はすでにさまざまなメディアで取り上げられています [2]

図1. 欧州各国における新規感染者数の推移(2022年4月30日〜6月26日、Our World in Dataより転載).

一昨日、フランスの友人(微生物学者)とメールのやり取りをする中で、私はフランスのCOVID-19の状況を尋ねてみました。彼女は、特に今月からBA.5変異体の台頭が顕著であることや、感染者の多くはワクチンのブースター接種であることを話してくれました。そして、Le Journal des Femmesに近況が記事 [3] として載っていることを教えてくれました。

Le Journal des Femmesは、フランスの女性向けのウェブメディアで、雑誌も発行しています。当該記事は、Santé(健康・保健)のコーナーで、"Variant Covid BA.5 : symptômes, quelle durée de contagion?"というタイトルで書かれていますが、フランス語が不得手な私は、DeepLで翻訳しながら読んでみました。以下に概要を紹介します。

Santé Publique France によれば、6月6日~12日の週の調査では、配列が解読可能な検体の中で、BA.2が33%、BA.4が6%、BA.5が41%でした。前の週では、BA.2が55%、BA.5が23%というデータでしたので、BA.5が増加していることがわかります。

BA.2は3月の流行の起点となりましたが、すでに12~1月に流行したオミクロン変異体とは異なり、より伝播力を増していました。BA.4とBA.5はさらに伝播性が強くなり、同時にワクチンの逃避性があります。このことは、ウイルスがワクチン免疫をかわすように、かつ感染を拡大させるという進化的な能力を示しています。

BA.4とBA.5はCOVID-19のオミクロン変異体の亜系統です。この2つの亜系統はBA.2とよく似ていますが、スパイクタンパク質にはL452R/F486Vと復帰のR493Qの変異が追加されています。ECDCによると、これらの亜系統は南アフリカで2022年1月と2月に発生し、Santé Publique Franceによるとフランスでは4月上旬に確認されたそうです。ポルトガルでは、5月にこの亜系統による流行がCovid-19の新しい波として拡大し、特に80歳以上の人たちがこの猛威に見舞われました。

Santé Publique Franceによると、BA.4およびBA.5亜型の感染で最も一般的な臨床症状は、疲労、咳、発熱、頭痛です。また、オミクロンの初期変異体であるBA.1に比べて、「嗅覚障害、味覚障害のほか、吐き気、嘔吐、下痢の可能性が高くなる」と当該保健機関は強調しています。臨床症状の持続期間は、平均7日程度であり、他のオミクロンのケースでと比べてやや長くなっています。フランスで調査した症例の年齢中央値は47歳で、BA.1症例の年齢中央値(35歳)より高くなっています。

しかし、「症状が重くならないことも分かっている」と、感染症専門医のAnne-Claude Crémieux氏は6月22日付のFranceinfoで述べています。数カ国で蓄積されたデータでは、BA.4およびBA.5に関連する重症度の増加は観察されていません。 6月15日にSanté Publique Franceが報告した最新のECDC疫学レポートによると、「BA.4またはBA.5に感染したケースでは、他のオミクロン亜系統と比べて重症度に変化があるという証拠は今のところない」としています。

6月7日、Académie de Médecine on EuropeのCovidユニット会長であるイブ・ビュイソン氏は、「BA.4/BA.5は感染力が強く、ワクチン接種後の免疫から少し逃れられるので、今後数週間は新しい患者の増加が続くだろう」と説明しています。

記事の概要は以上です。

彼女(友人の微生物学者)は、フランスでのBA.5拡大に伴い、再びマスク着用が推奨されているとも話していました。フランスでは5月にマスク着用の義務が解除されましたが [4]、今回は義務化ではなく、政府からの強いお願い程度のものだそうです。もともと義務化されたからマスクを着けているという国民の感覚なので、再度着用をお願いしても効果は疑問と彼女は話していました。

とはいえ、やはり専門家は規制解除に慎重であるべきと、マスクも着用すべきという見解をとっていて、政治とのギャップがあると言っていました。市民の中にもマスク着用を主張する人もけっこういるようです。

そして、彼女が心配していたのは、救急病院閉鎖や患者が増えたときの医療ひっ迫です。フランスでは法律で医療従事者はワクチン接種をしていないと従事できないことになっていますが、未接種の医師が結構多く、併せて医者の感染が増えている状況で、病院閉鎖と医療ひっ迫が起きると述べていました。

私は英国のウイルス研究者にも訊いてみましたが、やはり専門家は全ての規制解除に反対が多かったのに対し、世論とジョンソン首相の政治的思惑の流れで、一気に規制解除が進んだと言っていました。そして、感染者と長期コロナ症(LongCovid)による労働者不足は深刻であり、医療提供にも影響があると話していました(ちなみに一般医療のみで公的な国民保健サービス [NHS] は慢性崩壊)。このような欧州における政治と専門家の見解のギャップや医療ひっ迫も含めた感染拡大の社会的影響は、日本のテレビ報道からは全くわかりませんね。

2. 再びマスク着用を推奨

彼女とのメールのやりとりをした後、ちょうど英国のメディアが「新型コロナウイルスがフランスを襲い、人々は「公共交通機関では再びマスクを着用すべき」と主張」というタイトルの記事 [5] を出しているのが目にとまりました。これも少し紹介したいと思います。

先月末から、フランスでの新規感染者は着実に増加しており、1日の新規感染者の7日間移動平均は、5月27日の17,705人から月曜日の71,018人と4倍以上に増加しています。今のところ、この数字は年初に記録した366,179人の5分の1にとどまっている段階です。

フランスの Brigitte Bourguignon 保健相は、公共交通機関、職場、店舗などの密閉空間でマスクを着用することは、「市民の義務」であると述べました。「強制すべきとは言わないが、公共交通機関ではマスクを着用するようフランス国民にお願いしている」と語っています。

フランスの予防接種責任者であるアラン・フィッシャー氏は先週、この国は他のヨーロッパ諸国と同様、新しいCOVIDの波の中にあると述べました。そして、公共交通機関でのフェイスマスク着用義務化の復活に賛成であると主張しました。

フランスの病院で治療を受けている人の数は、6月18日に6カ月ぶりの低水準となる13,876人に減少したが、その後1,223人増の15,099人となり、4週間ぶりの高水準となりました。COVIDの感染者と入院者の間には2週間の遅れがあり、その後COVID関連の死亡者数にも同様の遅れがあるのが通例です。フランスのCOVIDによる死亡者数は24時間で48人増加し、149,406人となりました。

イングランドの病院では、6月27日に7,822人の患者がコロナウイルスに感染し、前週より37%増加したことがNHSの数字で示されています。これは約2ヶ月ぶりの高数値ですが、今年初めのオミクロンBA.2感染のピーク時である16,600人を、まだ大きく下回っています。

BA.5はBA.2よりも約35%増殖が速く、BA.4は19%速く増殖します。つまり、BA.5がまもなく英国におけるCOVIDの主流となる可能性があることが、英国健康安全局の調査によって示唆されています。しかし、この2つの亜型が以前の亜型よりも重症化させるという証拠は「今のところ」ありません。

記事の概要は以上です。

おわりに

日本のテレビは、海外ではマスクもしていない、インフルエンザのようなものだという人々の活動を取り上げた表面的な報道しかせず、ウィズコロナ戦略における(戦略という大それたものは元々ないですが)、政治と専門家との見解のギャップや感染拡大が社会活動に及ぼしている深刻な悪影響については今のところ一切言及していません。

欧州ではBA.5による流行の波が訪れていますが、すでに前のブログ記事でも指摘したように、日本でも8月に向けて急拡大していくでしょう(→この夏の第7波?流行)。今年は梅雨が早く明けてしまい、猛暑による部屋の締め切り冷房と雨が降らないことが、残念ながらウイルスの伝播・拡大を促進する方向に働くかもしれません。相変わらず、政府のCOVID-19対策はお粗末であり、もはや今回の流行に対する介入はないでしょう。第6波のように、感染者の爆発的増加と死者数の増加になりかねないこと、そして前波以上の被害になるかもしれないことを案じています。

引用文献・記事

[1] 国立感染症研究所: 感染・伝播性の増加や抗原性の変化が懸念される 新型コロナウイルスSARS-CoV-2)の変異株について (第17報) . 2022.06.03. https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2551-cepr/11180-covid19-17.html

[2] ロイター: 仏で再びコロナ感染の波、オミクロン派生型が拡大=当局者. 2022.06.22. https://jp.reuters.com/article/health-coronavirus-france-infections-idJPKBN2O4056

[3] Ducoudray, M.: Nouveau Variant Covid BA.5 : symptômes, 41% en France. Le Journal des Femmes 2022.06.24. https://sante.journaldesfemmes.fr/fiches-maladies/2822907-nouveau-variant-covid-ba4-ba5-symptomes-frequent-france/

[4] FRANCE 24: Covid-19: Masking requirements to be lifted on French transport, European flights. 2022.05.11. https://www.france24.com/en/europe/20220511-covid-19-france-to-end-mask-requirement-on-transport

[5] sky news: COVID-19: People in France 'should wear masks again on public transport' as new coronavirus wave hits nation. June 27, 2022. https://news.sky.com/story/covid-19-people-in-france-should-wear-masks-again-on-public-transport-as-new-coronavirus-wave-hits-nation-12641476

引用したブログ記事

2022年6月21日 この夏の第7波?流行

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)