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「屋外でマスクは不要」キャンペーンの危険性

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年) 

2022.11.29更新

はじめに

前のブログ記事でも述べましたが、SARS-CoV-2オミクロン変異体BA.5は感染力がきわて強く、基本再生産数(R0)は18.6と推定されています。これはオリジナルの武漢型に比べて約6倍、季節性インフルエンザに比べると実に14倍になります。このオミクロン変異体による空気(エアロゾル)感染のリスクが非常に高くなっていると考えられ、マスクなしでの、いわゆる「すれ違い感染 "fleeting infection"[1] にも気をつけなければならないということでしょう。

1. 脱マスクキャンペーン

ところが政府は、COVID-19流行時において「あらたな行動制限はしない」という方針とともに、脱マスクキャンペーン展開しています。厚生労働省は「屋外では原則マスクは不要」のフレーズをSNS発信を続けています(以下そのツイート)。

第8波流行が始まって少しトーンダウンしたかと思いきや、昨日もこのツイートがTL上に流れてきました。

私は、この情報はリスクコミュニケーションとして、きわめて不完全であることを何回もツイッター上で指摘してきました。どこがマズいかと言えば、感染対策としてマスクに触れるなら、いつ、どのように着用するかを優先すべきであって、このように先頭にマスクを外そうのフレーズを示すことは誤ったメッセージになる可能性があるということです(マスクを外すことが優先事項ととられる)。また命と健康に関わるメッセージに、「原則」という言葉は使ってはいけません。いくらでもそれが拡大解釈、偏向解釈ができるからです。

そしてマスクを外せるのは周りに人がいないとき、感染者がいないときであって、屋外で外そうと一義的に言うことは、感染の機会を与えてしまう可能性があります。これを指摘したのが以下のツイートです。

屋外でマスク不要というキャンペーンが危ないのは、実際に屋外で感染した事例がいくつか報告されていること、いま非常に感染力を増したオミクロン変異体が世界中で循環していること、そしていずれ(流行下にもかかわらず)完全な脱マスクキャンペーンにつながるという理由からです。しかるに、厚生労働省のパンフレットは、屋外で人同士がすれ違う時や運動をしている時などにはマスクは必要ないとしていますが [2]図1、この指示はマズいと考えます。多くの自治体の感染防止マニュアルでも、厚労省と同様の指示になっています。

図1. 屋外でマスク着用が推奨される場面およびマスクが不要な場面(厚労省パンフレット [2] より).

実際に、屋外でマスクを外していて、緊密な接触なしで起こったクラスター事例を中国の研究者が最近報告していますので、ここで紹介します。

2. 屋外感染の事例

中国CDCは、重慶市の公園内におけるCOVID-19の屋外感染を報告しました [3]。患者ゼロ(Patient Zero)と呼ばれる男性1人が起点になって、多数の公園訪問者や作業員に二次感染させたという報告です。ここで、この報告の内容を簡単に紹介します。

これは監視国家である、いかにも中国ならではという方法で、クラスター発生が確認された事例です。患者ゼロは検査陽性となる前に倦怠感を発症していました。しかし、それにもかかわらず、発症の翌日(今年の8月15日)市内の公園に向かい、マスクなしでジョギング運動を行ないました。運動時間は35分間です。そして体調をさらに悪くし、当日PCR検査を受け、陽性判定を受けました。

当局は監視カメラの映像を利用して、ジョギングしていた患者ゼロの1メートル以内を通過した256人を接触として特定しました。そしてこのうちの13人(5%)が、PCR陽性となりました。さらに、公園を訪れていた20,496人および清掃作業員が検査され、このうちの20人に感染していることがわかりました。つまり、患者ゼロは合計33人に集団感染の起点になった可能性が浮かび上がりました。これらの感染者発生の時間的経過を示したのが図2です。

図2. 重慶市公園内のジョギング男性(患者ゼロ)を起点とした接触者のPCR検査陽性事例の推移(文献 [1] より転載).

図1をよく見ると、一次的な広がり(8月19日まで)の後に二次的な広がりがあることを示唆しています。

一つの疑問は、これらの33人が本当に患者ゼロからの二次感染、三次感染によるものか、つまり、患者ゼロからのウイルスが伝播したものかということです。そこでCDCは、それぞれの感染者+公園以外の濃厚接触者6人についてウイルスのゲノム配列を解析しました。その結果、配列決定できた34例のうち、29例は患者ゼロと配列が完全に一致し、5例は変異を1つ持っていることがわかりました。検出されたウイルスはオミクロンBA.2.76でした。

今回の調査結果は、この患者ゼロがオミクロン BA.2.76に感染し、公園内をジョギングしている間に、33人の訪問者と二人の公園清掃員に感染させたことを示しています。重要なこととして、中国では屋外でもマスク着用が義務化されていますが、これらすべての人々はマスクをしていませんでした。全体としては、39人中38人(33人+公園以外の接触者6人)の感染者がマスクをしていませんでした。

一般的に屋外での感染リスクは室内よりも低下します。しかしながら屋外での感染を報告したいくつかの論文がすでにあります。今回のケースは患者ゼロが公園をジョギングしている間に、直接的な接触なしに感染を起こしたことを示しています。

屋外での感染の要因としては、ウイルスの感染力、暴露時間、暴露の頻度、人混みの程度、日光、気温、湿度、それにマスク着用等が考えられます。感染力で言えば、インドの事例で、BA.2.76とBA.2.75は他の系統よりも速く増殖することが知られています。

モデル研究では、ランナーは呼気の排出と吸い込み量の上昇でCOVIDに感染しやすく、感染させやすくなることがわかっています。患者ゼロは、ジョギングする一日前に倦怠感がありましたから、当日のジョギング時の荒い、深い呼吸で伝播性が上がっていました。患者ゼロは35分間ジョギングをしていましたが、この間、高濃度のウイルスが排出されたことは明らかです。33人の公園訪問者は朝のエクササイズ中であり、感染リスクが高くなっていたと思われます。さらに、運動時の激しくかく乱される空気の流れでより伝播の機会が高まったと思われます。

おわりに

政府や厚生労働省は、オミクロンで重症化率が低くなった、季節性インフルエンザに近づきつつあると言いながら、いまの2類相当の扱いから5類相当への引き下げを検討し始めました。もちろんこれは政府系専門家のアドバイスを受けてのことと思われます。一方で、感染力から見れば、SARS-CoV-2は季節性インフルエンザウイルスどころか、どんどんそれから遠ざかりつつあります。非常に感染しやすくなっているのです。

オミクロン変異体で感染力が高まっていること、そのために感染者数が爆増し、その分被害や高齢者等の脆弱者の犠牲者数が多くなり、第6波、第7波で過去最悪の犠牲者数を更新続けたことは記憶に新しいところです。脆弱者を保護し、犠牲を最小化することが感染対策の基本(ウィズコロナであっても基本)であるのに、最近の脱マスクキャンペーンと5類引き下げの検討は、これらの目標とオミクロン変異体の感染力を無視するような動きでしょう。

その意味で、中国での屋外でのスレ違い感染の事例は、安易な屋外脱マスクへの警鐘となっています。屋外でも、特に息が荒くなるような場所、呼吸が荒くなっている人とのマスクなしでの近接、すれ違いは気をつけた方がよいでしょう [4]。つまり、屋外でも状況に応じてマスクをした方がよいということになります。いまのオミクロン変異体は、以前のコロナと比べれは、感染力において格段に威力を増していることを再認識すべきです。

それにしても、今回の報告は中国だからこそできたことでしょう。日本ではこのような調査研究は、物理的にも、ヤル気の問題としても不可能です。調べもしないで、屋外感染はないことにしてしまっている日本の状況です。

2022.11.29更新

図1とそれに関する説明文を追加しました。文献を追加しました。

引用文献

[1] Graham, B.: New restrictions in Sydney after ‘fleeting’ infection in Bondi. News.com.au June, 18, 2021. https://www.news.com.au/world/coronavirus/australia/leading-epidemiologist-warns-that-sydney-is-in-trouble-as-cases-grow/news-story/056df3396661b74770d2b547e945766e#.01ia3

[2] 厚生労働省: 屋外・室内でのマスク着用について. https://www.mhlw.go.jp/content/000942601.pdf

[3] Qi, L. et al: An outbreak of SARS-CoV-2 subvariant BA.2.76 in an outdoor park–Chongquing Municipalty, China, August 2022. China CDC Weekly 4, 1039–1042 (2022) https://covid.dropcite.com/articles/0bda88cc-8aaf-4de6-94f2-4bd23ee5c036

[4] 西村秀一:「ほとんどの人が毎日使う」屋外でもマスクを着けたほうがいい"意外な場所" 「急いでいる人」は重症化リスク大. 2021.07.12. President Online https://president.jp/articles/-/47677?page=1

                     

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