Dr. Tairaのブログ

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科学者はより伝播性の強いオミクロンの出現に驚きを隠せない

最近、サイエンス誌にオミクロン変異体BA.2の記事が掲載されました。より感染力の強いオミクロンの突然の出現は科学者たちに驚きを与えている」(Sudden rise of more transmissible form of Omicron catches scientists by surprise)という題目の記事です [1]。冒頭に、「オミクロンの姉妹がオミクロンの急増を拡大する可能性があるが、より深刻な病気を引き起こす証拠はまだない」と記述されています。

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基本的に新しい知見は記されていませんが、BA.2変異体について、これまでの情報を要約して知るのに格好の記事だと思われます。このブログで翻訳文を紹介したいと思います。

以下、筆者による全翻訳文です。

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2021年12月7日、パンデミックコロナウイルスオミクロン変異体が世界を襲い始めたとき、科学者たちは関連株(related strain)を公式に同定した。BA.2はオミクロンのオリジナル系統であるBA.1とは約40の変異の違いがあったが、COVID-19の発症数は非常に少なく、猛威を振るう相手の余興に過ぎないように思われた。

「私は、『BA.1が優勢だ』と思っていました。BA.1が優勢で、BA.2の話はもう聞けないだろうと思っていました」と、スクリップス研究所のゲノム疫学者マーク・ゼラー(Mark Zeller)は振り返る。8週間後、彼は「明らかにそうではないでしょう」と言う。「BA.2は世界中に広がり、すべてではないにしても、ほとんどの国ですぐに支配的な変異型になると確信しています」。

ゼラーと他の科学者たちは、現在、BA.2がなぜ爆発的に増加しているのか、その出現がオミクロンの急増とパンデミック全体に何を意味するのかを解明しようとしている。すでに先週発表された英国の報告書と今週プレプリントとして掲載されたデンマークの大規模な家庭内研究によって、BA.2はBA.1よりも本質的に感染力が強いことが明らかになっており、科学者にとっては、どの変異が優位性をもたらすのかというのが疑問点だ。

しかし、これまでのところ、BA.2はBA.1よりも人々をより重篤にさせてはいないようである。デンマークでは、1月21日までにBA.2がCOVID-19の新規患者の65%を占め、「集中治療室の患者数は継続的に急減し、...今ではSARS-CoV-2に関連した入院患者数も減少しています」と、デンマーク公衆衛生局の感染症疫学者のタイラ・グローブ・クラウス(Tyra Grove Krause)は述べている。実際、デンマーク政府はこの変異型が大きな波風を立てないことを確信しており、2月1日にほとんどすべてのパンデミック規制を解除している。

しかし、BA.2がオミクロンの影響を拡大させると予想する科学者もいる。フレッド・ハッチンソンがん研究センターの計算生物学者トレバー・ベッドフォード(Trevor Bedford)は、1月28日、「BA.2は、BA.1だけでは存在しなかったであろう、かなり長いオミクロンの蔓延の尾を作り出すと推測するが、1月にオミクロンで経験した規模の流行を引き起こすことはない」とツイートしている。南アフリカでは、BA.2がすでに、同国のオミクロンの波が2021年12月にピークに達した後に見られた新規感染者の急速な減少を引き止めている可能性がある。

BA.2は、1月30日現在、世界の主要なウイルスデータベースにおけるオミクロン配列全体の4%未満であるが、57カ国で確認されており、最も早い記録例は11月17日に南アフリカで確認されたものである。テキサス州オースチンのSonic Reference Laboratoryの分子生物学者ビジャヤ・ダカル(Bijaya Dhakal)は、インドの8つの大きな州からアップロードされた配列データを調査し、インドで優勢である可能性が高いと述べている。英国では、1月24日までの7日間で、BA.2と思われる患者の割合が2.2%から4.4%に倍増している。

米国では、疾病管理予防センター(CDC)は、まだBA.2を個別に追跡調査していない。しかし、ベッドフォード(Bedford)は、1月19日の0.7%から、1月30日現在、米国の新規感染者の7%を占めていると推定している。「各国において、また時間を超えて、オミクロンBA.2の流行拡大率はオミクロンBA.1よりも大きいことがわかります」と彼は話す。

先週発表された英国健康安全局(UKHSA)の報告書は、イングランドにおけるこの評価を裏付けるもので、評価に十分なデータが得られたすべての地域で、BA.2がBA.1よりも速く広がっていることを明らかにした。UKHSAのデータでは、2021年12月下旬から1月上旬にかけて、BA.2症例の家庭内接触者の感染率が13.4%と、他のオミクロン症例の接触者(10.3%)より高いことも示されている。

COVID-19に感染したほぼすべての人のウイルスを配列解読したデンマークの研究では、もっと劇的な絵が描かれている。最初の感染者がBA.1であった家庭では、平均して29%の人が他の人に感染していた。最初の感染者がBA.2の場合、世帯員の39%が感染している。

オミクロンはすでに抗体を回避するための変異を持つことが知られていたが、デンマークの研究者はBA.2がワクチンによる免疫をかわすのにさらに優れている可能性があることも明らかにしている。ワクチンを接種し、さらにブースター接種した人は、BA.2に感染する場合、BA.1に感染した場合の3倍感染しやすいことがわかった。ワクチンを接種したがブーストしていない人は約2.5倍、ワクチンを接種していない人は2.2倍の感受性の高さであった。しかし、英国の初期のデータでは、ワクチン接種者がブーストした場合、BA.1またはBA.2の症状に対する防御率は、それぞれ63%と70%とほぼ同じであった。

デンマークで得られた希望的かつ予想外の結果としては、ワクチンを接種した人、またはワクチンを接種してブーストした人は、BA.1よりもBA.2を家庭内の人にうつす頻度が少なかったことが挙げられる。しかし、ワクチン未接種者では、BA.2を家庭内の人に移す割合はBA.1の2.6倍であった。

数週間前、科学者たちが、デルタや他の変異型に感染したことがあれば、オミクロンから人々を守れるのではないかと考えたように、オミクロンの最初の急増がBA.2に対するシールドになるのかについてのデータを求めている者もいる。「BA.1への感染は、BA.2への再感染をどの程度防いでくれるのだろうか?とツェラー氏(Zeller)は問いかける。「デンマークで見た限りでは、100%ではないでしょう」。

科学者たちは、この変異体がワクチン誘発抗体をかわす能力についても、ラボの培養実験で研究している。製薬会社のグラクソ・スミスクライン社は、Vir Biotechnology社と共同開発したモノクローナル抗体であるソトロビマブを、実験室でBA.2に対して試験中である。これは、BA.1を阻止する唯一の広く認可された抗体である。

科学者たちは、BA.1とBA.2が進化系統上、アルファ、ベータ、ガンマという初期の変異体同士と同じくらい離れていることに注目している(上図を参照)。BA.2はオミクロンと考えるべきでないという意見もある。「近い将来、BA.2が独自の懸念すべき変異体(VOC)のラベルを獲得することを望んでいる」とゼラーは話す。

BA.2は、BA.1の免疫検出回避に役立つ変異をすべて持っているわけではないが、姉妹ウイルスに共通でない変異もいくつか持っている。インペリアル・カレッジ・ロンドンのウイルス学者であるトーマス・ピーコック(Thomas Peacock)によれば、その違いのほとんどは、スパイクタンパク質のN末端ドメイン(NTD)とよばれる、抗体の標的を収容する領域にあるとのことである。ベルン大学の分子疫学者であるエマ・ホドクロフトEmma Hodcroftは、私たちが知らないこととして「変化があるからといって、それが実際に何かをする変化なのか?」と言う。

しかし、BA.1には存在し、BA.2には存在しないアミノ酸69と70の欠失というNTDの違いが、研究者に新型のオミクロン株の広がりを監視するツールを提供する可能性がある。SARS-CoV-2のPCR検査では、ウイルスの3つの遺伝子配列が検出されるが、BA.1のNTD遺伝子に変異があると、そのうちの1つの標的がなくなる。PCR検査では、BA.2の3つの標的すべてを検出し、完全なウイルス配列がない場合にオミクロン株を区別するための代用品とすることができる。

姉妹株はどのようにして生まれたのか、科学者の頭を悩ませている。エディンバラ大学の進化生物学者アンドリュー・ランボー(Andrew Rambaut)は、一人の免疫不全患者のなかでウイルスが進化したというのは一つの説であると言う。「長期間の感染によって、一人の人間の中に非常に多くの多様性が生まれる可能性があります。それはコンパートメント化されている可能性があります。つまり、異なる変異体が体の異なる部位に住んでいるのです」。オミクロンの両株は、ヒトに適応したSARS-CoV-2に感染した動物で進化し、その後再びヒトに広がった可能性もある。

BA.2がなぜ今になって出てきたのかは、もう一つの謎であるとE. ホドクロフトは言う。彼女は、両ウイルス株が最初に同定された南アフリカを出発する以前の便に、どのオミクロンが乗ったかというような単純な要因で説明できるかもしれないと推測している。「BA.2はもう少し長い間、閉じ込められていたのかもしれません。しかし、最終的に外に出て拡散が始まったとき、それは強力な姉(big sister)をしのぐことができることを示し始めたのです」。

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翻訳は以上です。

筆者あとがき

この記事の著者は、メレディス・ワドマン(Meredith Wadman)というサイエンス誌のスタッフ・ライターです。そのせいか、オミクロン変異体のことを、そのまま変異型(variant)と言ったり、株(strain)とよんだりしていて、意味があいまいです。変異型と株は厳密にいうと意味が違うので(→日本で変異ウイルスの系統を「株」とよぶ不思議)、もう少しそれぞれの本来の意味がわかるように、表現に気をつけてほしかったというのが感想です。

引用文献

[1] Wadman, M.: Sudden rise of more transmissible form of Omicron catches scientists by surprise. Science January 31, 2022. https://www.science.org/content/article/sudden-rise-more-transmissible-form-omicron-catches-scientists-surprise

引用したブログ記事

2021年12月29日 日本で変異ウイルスの系統を「株」とよぶ不思議

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年〜)