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オミクロンは軽症なのになぜ病院をひっ迫させるのか?

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

はじめに

私は、前回のブログ記事(→「オミクロンは重症化率が低い」に隠れた被害の実態)で、オミクロン型流行では、病気自体の重症度よりも感染者の絶対数の増大と死亡者数の増加が問題ということを指摘しました。最近、これと同様な見解を示す記事 [1] が、米国NPRによって配信されましたのでここで紹介したいと思います。

NPRは非営利・公共のラジオネットワークであり、以前はNational Public Radioとよばれていましたが、2010年からその略称NPRが正式名称となっています。 

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オミクロン型ではデルタ型に比べては症状が軽いことから、日本では、政治家や専門家の間でさえも「防疫よりも医療(重症化対応)だ」という本末転倒の意見が出ています。この姿勢は、パンデミック当初からあるような印象ですが、元を断たなければ末端の被害は大きくなるという当たり前のことが、スッポリ抜けているようです。

そして、高齢者、基礎疾患を有する人、免疫不全者などの高リスクの人たちが、最も被害を受けやすいというこの病気の本質がオミクロンになってからさらに顕著になってきたと言えます。つまり、肺炎という重症化ではなく、コロナ罹患によってもたらされる脆弱者の非肺炎性の重篤化と死亡です。

以下、筆者による記事の全翻訳文です。

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"Why omicron is crushing hospitals — even though cases are often milder than delta"(オミクロンはデルタよりよい軽症なのに、なぜ病院をつぶしているのか?)[1]

オミクロンは、パンデミックのどの流行の波よりも多くのCOVID-19患者で米国の病院を埋め尽くしてきた。しかし、デルタの日々から続いたこの病気の状況にはある変化がある。入院患者であっても多くの場合、軽症ですぐに治療ができるようになっているのだ。

初期の変異型と同様に、COVID-19は、基礎疾患があるかワクチン接種を受けていない脆弱な患者にとっては、依然として危険で容赦のない病気である。しかし、オミクロンはデルタ型と同じレベルのダメージを与える可能性が低いことも、次第に明らかになってきている。

これは、米国や他の国から得られた現実の世界的な証拠が示し続けていることであり、疾病管理予防センター(CDC)が今週発表したデータもその一つである。患者は初期の変異型の場合よりも低い割合で入院し、ICUに入り、死亡している。

アラバマ大学バーミンガム校の感染症部長であるジャンヌ・マラッツォ(Jeanne Marrazzo)博士は、「オミクロンでの比率はかなり低くなっています」と述べている。

オミクロンは感染力が強いので、たとえ重症化する患者の割合が少なくても、絶対数が膨大になってしまう。その結果、新規の入院患者数は他のどの高熱の流行時期よりも多くなっている

バージニア大学医学部の助教授(assistant professor)で重症患者担当医であるタイソン・ベル(Taison Bell)氏は、ハリケーンが竜巻より穏やかであるのと同じように、オミクロンも穏やかであると話す。竜巻は強風でより破壊的な進路をとるかもしれないが、ハリケーンはより大きな足跡を残すのだ。

ベル氏は言う、「竜巻は強風で破壊的な進路をとりますが、ハリケーンの方がはるかに大きな影響を及ぼします。嵐の影響を受ける人が非常に多い場合、医療制度が圧迫されることになります」。

●より穏やかではあるが軽くない

12月1日から1月中旬の間に約200の米国の病院から収集したデータを分析したCDCの研究によると、オミクロンの急増時には、入院の割合が1000件あたり27件だった。一方、デルタが優勢だった時には1000件あたり78件だった。

これらの結果は、英国や米国の他の研究者が過去の研究で発見したものと一致していると、CDCの著者らは結論付けている。これらの研究では、オミクロン波による入院のリスクはデルタ波による入院の約半分とされているが、オミクロン流行のときに免疫を持っている人が多いことを考慮に入れている。

入院した患者は、パンデミックの初期に比べ、現在ではより良い状態にある傾向がある。CDCの調査によると、オミクロンで集中治療室に入院するリスクはデルタの場合より約26%低く、患者は病院で死亡する可能性も低いことが判明した。院内死亡率はデルタの場合は約12%だったが、オミクロンの場合は7%に低下した。

人のリスクはやはり年齢によって強く左右される。50歳以上の成人の入院患者数は、若い人に比べて3倍近くも多かった。

全体的に改善がみられることは、大部分はワクチン接種と最も脆弱なグループのブースター接種による高いレベルの免疫の結果であると、CDCの研究著者は結論付けている。「重症度を低下させた他の主な要因としては、感染によって獲得した免疫やオミクロン変異体の低病毒性の可能性などがある」と彼らは報告している。

CDCの研究では、ワクチン接種の有無による区別はしていないが、米国で入院した患者を対象とした過去の研究では、オミクロンの入院リスクの低さはワクチン未接種者でも同様であることが分かっている。

臨床所見の変化も医師が見ているものを反映している。しかし、COVID-19がまったく「軽い」病気になってしまったという物語に翻弄されているのではないかという憂慮がある。これは、バージニア大学のベル博士がICUの中で見ているものを思うと、現実離れした話ではない。

デルタ流行と同様、病院を埋め尽くし、最も病状が悪化しているのは、主にワクチン未接種の患者であると医師は言う。ミシガン州のボーモント・ヘルス社の感染症研究部長マシュー・シムズ博士は、「ICUに入院している患者や人工呼吸器が必要な患者を見ると、ワクチン未接種の患者の方が多い」と話す。

この数字はオミクロンが急増した時の多くの病院の状況を反映している。しかし、その内訳は地域社会全体のワクチン接種率に依存する。

オミクロンは、予防接種を受けていない人の中で、高リスクと見なされないような人たちでも病気にすることがある。「もし彼らが若いか中年で、基礎疾患があまりなく、COVIDでICUにいるのなら、未接種の患者であることはなんとなくわかる」とベルは話す。

12月下旬の時点で、CDCの最新データによると、COVID-19による入院は、ワクチン接種者と比較してワクチン未接種者では16倍となっており、デルタとオミクロンの区別はない。

ワクチン接種を受けた患者について言えば、COVID-19で入院中の患者の圧倒的大多数は、病気になる可能性がずっと高くなるような深刻な基礎疾患を抱えている場合と医師は言う。

スタンフォード大学ICUで患者の記録を調べた医学部臨床准教授のエロール・オズダルガ(Errol Ozdalga)博士は言う、「かなり多くの患者が重度の免疫不全か素因を持っています。免疫不全の患者であっても、ワクチンは非常に有効です。ただ、一部の患者が病気になった場合、その患者は免疫不全である可能性が高いのです」。

これらの患者は、化学療法中の癌患者、臓器移植を受けた患者、慢性肺疾患や免疫系を抑制する症状を持つ患者である傾向があると、彼は話す。

ボーモント・ヘルス(Beaumont Health)のシムズ(Sims)氏は、「正しいことをすべて行っているのに、医学的な問題のために、ワクチンの効果を十分に得ることができないのですから、そのような患者さんには申し訳なく思います」と言う。

メリーランド州のPHIヘルスケアの最高医療責任者で重症患者担当医師であるミラド・ポアラン(Milad Pooran)は、この予防注射のおかげで多くの弱者が重症にならずにすんだようだと話す。「この2カ月間で、ICUで重症化した患者のうち、ブースター接種を受けた患者はおそらく1人でしょう」と言う。「ブースターがICUに入るのを防いでいるのは確かです」。

●より軽い肺の症状、必要性が減った人工呼吸器

医師たちは、COVID-19がそれぞれの病院でどのように見えているかについて、これまでといくつかの重要な違いがあると言う。最も顕著なのは、酸素濃度の低下や呼吸困難に陥っている患者がそれほど多くないということだ。

ダラスのUTサウスウェスタン医療センターで肺と重症患者を専門とするソニア・バルトロメ(Sonja Bartolome)博士は、「ウイルスの作用とその主症状は、今回は明らかに異なっています」と言う。患者は喘鳴や咳などの上気道症状を訴えて来院しますが、危険な低酸素状態に陥るような深刻な下肺の問題を抱える可能性は低いのです」。

バルトロメ氏によると、COVID-19の症状がある患者のうち、この高熱時に酸素吸入を必要としたのは約40%で、残りは主に他の症状で来院しているとのことだ。これに対して、デルタ流行やそれ以前は、「ほとんど全員が呼吸器系の問題を抱えており、少なくとも来院時に酸素を必要としていました」と彼女は話す。

このような症状の変化は、オミクロンがどのように肺組織に感染するかを研究している科学者たちが実験室で見ていることと同じである。この変異型はデルタ型ほど肺の奥深くの細胞には感染しない。

オミクロン一般では、肺に負担がかからないと思われるため、肺の気嚢に液体が溜まって急性呼吸窮迫症候群を発症する患者の割合が少なく、人工呼吸器を使用する必要がある患者も少なくなっている。

CDCの新しいデータによると、人工呼吸器を必要とする患者の割合は、昨年の冬の急増時に比べて約半分になっている。また、カイザー・パーマネンテKaiser Permanenteの研究者によると、入院患者が人工呼吸器を使用する可能性は、デルタに感染した患者より74%低いことがわかった。

しかし、医師たちは、オミクロンは依然としてこの病気の特徴である肺の問題を全く同じように引き起こすことができると強調している。「今現在、ICUで人工呼吸器をつけている人の中にも同じような人がたくさんいます」とバルトロメは言う。

ネブラスカ大学医療センターで感染管理・病院疫学部門の副部長を務める重症患者担当医ケリー・コーカット(Kelly Cawcutt)氏は、「深刻な呼吸器疾患を抱える患者が減ったため、他の症状で病院に来る人が増える傾向にあります」と話す。「消化器系に多くの問題を抱えているのです。嘔吐や下痢があるかもしれません。弱っているし、脱水症状を起こしているのです」。

そして、一般的に、患者はそれほど長い期間入院することはない。CDCによれば、オミクロンの平均入院日数は5.5日であるが、以前の変異型では7〜8日であったという。

これは、メリーランド州での急増時にポーランPooran博士が患者に対して気づいたことと一致する。「回復期が長引くデルタとは異なり、回復する人はより早く回復するのです。しかし、好転しそうにない患者について、彼には患者が「全く同じ」ように見えている。

「肺がダメになる。肺が悪くなり、硬くなり、腎臓が悪くなる。そして、心臓がストレスを感じ始め、多臓器不全になります」とポーラン氏は言う。「そして、最終的には、これらの患者の大多数は、病気に負けるのです」。

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翻訳は以上です。

筆者あとがき

当該記事 [1] を読んでみると、オミクロンの被害が世界的に大きくなっている理由が米国の事例からもよくわかります。デルタが竜巻、オミクロンが台風というたとえは、それをよく言い表していると思います。「COVID-19がまったく軽い病気になってしまったという物語に翻弄されている心配がある」というのも、現状を言い表しています。日本も同じです。

オミクロンの問題は、まずは、感染者・患者の絶対数の爆発的増加が本質です。軽い病気でも絶対数が増えれば、重症の度合いも死亡数も増えるという当たり前のことです。そして、重症の度合いを高めているのが、ワクチン未接種者、基礎疾患を抱える患者、免疫不全者という見解もわかります。事実、日本でも未接種の子供の感染が増えています。

つまり、オミクロンでは感染の絶対数増加に加えて、従来の定義に基づく重症者という目印を飛び越して、高齢者、持病を抱える人などの脆弱者が軽症、中等症からいきなり死に至るということも本質なのです。この面で、デルタ以前の人工呼吸器・ECMO装着で定義される重症者のカテゴリーを見直す必要があります。

記事で紹介されているのは、ファイザー、モデルナの本家である米国での事例と医者の言述なので、その分割り引いて見る必要もありますが、ワクチンの効果が強調されています。実際、米国と日本ではワクチン接種の状況が異なるで、オミクロン感染急拡大とワクチン未接種との関係は複雑です(図1)。完全接種率では日本が高く(図1左下)、ブースターでは米国にはるかに及ばないという状況です(図1右下)。

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図1. 日本と米国における100人当たりのワクチン接種回数(左上)、(少なくとも)1回接種した割合(右上)、完全接種率(左下)、およびブースター接種率(右下)(Our World in Dataからの転載図).

高齢者や基礎疾患を抱える患者がより重症化し易い(従来の重症化の定義以外も含めて)ということを考えれば、少なくとも、これらを対象とした日本でのブースター接種の遅れは致命的と言えるかもしれません。

ただ、ワクチン未接種者が最もウイルスの攻撃を受けやすいというのはありますが、米国よりも高いブースター接種率にあるカナダ、欧州先進国、イスラエルなどでも軒並みデルタ波よりもオミクロン波で高い死者数になっています。ワクチン未接種というよりも、マスク着用や接触削減などの非医薬的介入の不徹底が感染者の絶対数の増加を促し、それに伴って死者数が増えているということが言えます。

なお、日本ではSNS上で、オミクロンでの死者の増加傾向について「死んでいるのは高齢者だ」と半ば嘲笑するようなコメントが散見されますが、まったく本末転倒で視野狭窄的な愚見です。新型コロナではどの流行の場合でも、真っ先に重篤な被害を受けるのは高齢者や基礎疾患を抱える人などの脆弱者であり、オミクロンだからということではないのです。。

感染症対策では脆弱者は誰かということを特定化し、それらを被害をいかに最小化するか、被害がそのほかに拡大するのをいかに防ぐかというのが命題です。その筋から、今回の米国での事例も紹介されているわけです。

最後に、オミクロン型はデルタ型よりも軽く、回復も速いが、より重症な患者については、「従来とまったく同じ病気のように見える」という、記事での医者の弁も印象的です。特に日本では、オミクロンは「軽い」、従来の重症化の定義に拘泥した「重症化しにくい」という先入観に囚われ、感染の炎症が脆弱な患者に深刻なダメージを与えるというコロナの本質が忘れられているような気がします。

引用した記事

[1] NPR: Why omicron is crushing hospitals — even though cases are often milder than delta. January 29, 2022. https://www.npr.org/sections/health-shots/2022/01/29/1075871661/omicron-symptoms-treatment-hospital

引用したブログ記事

2022年1月30日 「オミクロンは重症化率が低い」に隠れた被害の実態

      

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)