Dr. Tairaのブログ

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エンデミック(風土病)の誤解

いま、オミクロン変異体によるCOVID-19の第6波流行が急拡大しています。一方で、「オミクロンは軽症だからたいしたことはない」、「風邪のようなものだ」という論調が専門家のなかにさえあり、この変異体の被害を軽視する風潮があります。これは感染対策に及ぼす影響を考えると危険です。第6波流行は、過去の波のなかで最大に被害になる可能性があることは、これまでのブログ記事で指摘しています(→2022年を迎えて−パンデミック考「オミクロンは重症化率が低い」に隠れた被害の実態

同時に、「オミクロンは軽症」に関連して、COVID-19風土病エンデミック、endemic)になるという見解も示されています [1]。エンデミックという言葉は、パンデミックの中でも最も誤用される言葉の一つであり、あたかもCOVID-19が自然に終焉するという意味に誤解している人々も少なくないようです。また、オミクロンを経て風土病になるという証拠も現時点ではありません。

疫学上のエンデミックとは、病気になりうる人々の割合が一定の状態、つまり、感染させる個体数と感染した個体と釣り合うことを意味し、感染状況が静止しているような病気のことをいいます。たとえば、風邪、麻疹、結核マラリアなどはエンデミックの状態です。とはいえ、マラリアは2020年に60万人以上が死亡し、結核では150万人が死亡しています。エンデミックのなかには、きわめて高い致死率の病気もあります。エンデミックだから軽いということもないわけです。

したがって、パンデミックとエンデミックを見かけ上の致死率や死亡者数だけで比較することもあまり意味がなく、より重要なのは、パンデミック下では社会が病気の平衡状態からかく乱状態に移行し、健康被害の発生はもとより、グローバルに社会・経済活動に多大な悪影響を及ぼすということなのです。

局所的に散発的に一定の程度起こるエンデミックに対し、全域的に鋭利的に感染が続発するパンデミックにおいては、一度に多数の感染者が発生することが特徴です。1日数十万人規模の感染者が発生すれば、致死率は低くとも、1日で数百人が亡くなるということも起こるわけです。しばしば、相対的に致死率が低くみえる「錯視効果」で新型コロナはインフルエンザ並みとする論調を見受けますが、パンデミックで起こるこのような瞬発的な絶対数の被害の脅威を無視しています。

最近、COVID-19のエンデミック化という見解に警鐘を鳴らす論説がネイチャー誌に掲載されました [2] ので、ここで紹介したいと思います。この論説を書いたのは、英国の進化ウイルス学者アリス・カッツォウラキス(Aris Katzourakis)博士です。

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彼は、自分の進化ウイルス学者としての立場から、政策立案者がエンデミックという言葉を、ほとんど、あるいは全く何もしないことの言い訳に使うことに苛立ちを覚えると怒りをぶつけています。ある感染症がエンデミックになると言っても、それが静止状態になるまでどのくらいかかるか、患者数、罹患率、死亡率がどの程度になるか、そして重要なのは、どの程度の人口が、どのような人たちが、感染しやすくなるのかについては、何も示していないと指摘しています。

上記したようにエンデミックが被害が軽いというものでもありません。例として、2019年に米国で発生した麻疹が挙げられており、エンデミックの感染による破壊的な波が起こる可能性もあるとし、健康政策と個人の行動が、多くの可能性の中からCOVID-19の流行がどのような形をとるかを決定するとしています。

カッツォウラキス氏が、2020年末にアルファ型が出現して広がった直後主張していたことは、感染を抑制しない限り、ウイルスの進化は速く、予測不可能であり、より危険な特性を持つ新しい変異体が出現するということでした。事実、その後、公衆衛生システムは、感染力が強く、より強毒なデルタ変異体に悩まされることになりました。そして今、免疫システムを回避する実質的な能力を持つオミクロンが、再感染とワクチン・ブレークスルー感染を引き起こしているわけです。

同じウイルスでも、風土病(エンデミック)、流行病(アウトブレイク)、大流行病(パンデミック)のどれを引き起こすかは、人口構造、集団の行動、感受性と免疫、さらにそれらの相互作用に左右されます。 世界各地の異なる条件下で、より拡散しやすい変異体が進化し、それが新たな流行の波となる可能性があります。これらの変異体は、その地域の政策決定や感染症への対応能力と強く結びついています。たとえある地域で病気や死亡が少ない、あるいは多いという平衡状態に達したとしても、新たな特徴を持つ変異体が登場すれば、それは乱されるかもしれないと論文では指摘されています。

論文で強調されていることは、「ウイルスは時間とともに進化して、より良性になるというバラ色の誤解が広まっている」ということです。特にSARS-CoV-2のように、ウイルスが重症度を高くする間に、大きく伝播拡大してしまったものはそうではありません。アルファとデルタは、中国の武漢で最初に発見された株よりも強毒性でしたし、1918年のインフルエンザ大流行の第2波は、第1波よりもはるかに致死率が高かったことが挙げられています。

カッツォウラキス氏は、ウイルスが進化するに対して私たちの戦いを有利にするために、多くのことを行うことができるとして、以下の四つのことを挙げています。

1) 怠惰な楽観主義を捨てなければならない

2) 死亡、障害、疾病の起こりうるレベルについて現実的に考えなければならない:循環するウイルスが新たな変異体を生み出す危険性を考慮して削減目標を設定する

3) 有効なワクチン、抗ウイルス剤、診断テスト、マスク着用、距離の取り方、換気とろ過による空気中のウイルスの阻止に関するより深い理解など、利用できる強力な武器を世界的に使用しなければならない

4) より広範な変異体から身を守るワクチンに投資しなければならない

さらに、ワクチンの公平性を含め、多くの統合的な公衆衛生的介入が必要であると指摘しています。ウイルスが複製されればされるほど、問題のある変異体が発生する可能性が高くなり、最も感染が広がる場所で発生することも自明です。アルファ型は英国で、デルタ型はインドで、オミクロン型はアフリカ南部で最初に発見されましたが、これらはすべて感染が蔓延している場所だったということがそれを物語っています。

今回の論文を読んでみて感じることは、生物の進化、微生物学、ウイルス学を専門とする科学者なら誰もがそう思うだろうということです。そして楽観主義に陥りやすいのは為政者や感染対策担当者の常です。日本のテレビでも、専門家と称する人たちが出てきてウイルスは宿主を生かすために毒性を弱める方向に進化する」とか「オミクロンは軽症だからこの先エンデミックになる」とか散々言っていましたが、何の科学根拠もありません。そして、専門家と言ってもこの手の主張をする人は、多くがウイルスとは関係ない医療や感染症(治療する側)の専門家です。

論文の最後にも述べられているように、予期せぬ大発生を含め、人類はさらに長い間、病気に悩まされることになるというのは事実そうかもしれません。

個人的に思うことは、論文ではとくに触れてはいませんが、スパイクタンパク質に特化したmRNAワクチンの広がりが選択圧となって、免疫逃避の新たな変異体の出現を促進している可能性は高いでしょう(→ボッシェ仮説とそれへの批判を考える)。論文中の「より広範な変異体から身を守るワクチンに投資しなければならない」の指摘は、暗にこれをほのめかしています。

これまでは、パンデミックからエンデミックへ移行する場合は「高いワクチン接種率」と「感染者による自然免疫」の両立が必要というのが常識でした。COVID-19はすでにこの条件に当てはまると思われますが、この病気と免疫に関する知見、およびウイルスの変異メカニズムに関する知見はまだ不十分だと思います。そして、エンデミックになる見通しは立っていないように思います。

引用文献・記事

[1] WoW Korea: WHO「3月、ヨーロッパ人の60%がオミクロン株に感染」…「エンデミックになるかも」. Yahoo Japan ニュース. 2022.01.24. https://news.yahoo.co.jp/articles/a653efdb18defc5efe3451da53bfada17a779a67

[2] Katzourakis, A.: COVID-19: endemic doesn’t mean harmless. Nature 601, 485 (2022). https://doi.org/10.1038/d41586-022-00155-x

引用したブログ記事

2022年1月30日 「オミクロンは重症化率が低い」に隠れた被害の実態

2022年1月2日 2022年を迎えて−パンデミック考

2021年8月14日 ボッシェ仮説とそれへの批判を考える

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)