Dr. Tairaのブログ

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予測不能な病毒性をもつSARS-CoV-2の出現

はじめに

ウイルスのゲノム(DNAまたはRNA)の変異はランダム変異であり、時間軸に対して一定の確率で起こっています。その変異は彼ら自身にとって良くも悪くもなく中立的ですが、そのなかで環境(宿主)に適応したものだけが生き残っていきます(自然選択説)(→流行減衰の原因ーウイルスが変異し過ぎて自滅?)。

そして変異がアミノ酸の置換を伴うような非同義置換であると、そこからつくられるタンパク質の形や機能も変わり、表現型が変化する場合があります。これが進化です。ゲノムの変異はあるのに表現型は変わらないということもあり得ます。

新型コロナウイルスSARS-CoV-2)も同様に中立的に変異しているはずですが(RNAポリメラーゼの複製エラーや紫外線などの変異原の影響)、宿主の免疫やRNA編集機能の圧力を強く受けているので、宿主との相互作用が大きく進化に影響します。ワクチンは宿主の免疫に大きく影響しますので、ワクチンもウイルスの進化への強い選択圧として作用するはずです(→ボッシェ仮説とそれへの批判を考える)。

最近、ネイチャー誌に、SARS-CoV-2の「懸念すべき変異体、variants of concern, VOC」の進化に関する論説が掲載されました [1]イタリア、英国、ドイツの研究者の共同執筆によるもので、ウイルスの抗原進化によって、この先予期せぬ病毒性をもつ新しいVOCが出現するかもしないということが焦点になっています。

この論文は、「ウイルスは宿主を生かすために毒性を弱めるように進化する」という一部の考え方を神話にしかすぎないと切り捨てており、ウイルスの抗原性の変異とともに、伝播力、重症度、および免疫逃避の相互作用の観点から、新しい重症性のVOCの出現に懸念を示しています。

このブログ記事で、この論説を翻訳しながら紹介したいと思います。少し前に、関連する記事(→エンデミック(風土病)の誤解)を書いています。

1. 論説の翻訳文

以下、筆者による全翻訳文を示します。適宜、論文中で引用された文献も示します。

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Antigenic evolution will lead to new SARS-CoV-2 variants with unpredictable severity, by Markov, P. V. et al.

オミクロン変異体による感染が比較的軽症であること、集団免疫レベルが高いことから、パンデミックが減衰することが期待されている。私たちがここで主張したいことは、オミクロンの重症度が低いのは偶然であり、現在進行中の急速な抗原進化が、免疫を逃避しより重症化する可能性のある新しい変異体を生み出すかもしれないということである。

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2型(SARS-CoV-2)は、その感染しやすさ、免疫力の低下、抗原進化、そして多くの潜在的動物リザーバーにより、ヒトで継続的に流行することが予想されている [2]。この継続的な循環の疫学的・臨床的パラメータおよびCOVID-19の将来の人口への影響(負荷)を予測することが重要な課題である。

懸念すべき変異体(VOC)の最新型であるオミクロンが、これまでのVOCと比較して比較的穏やかなレベルの疾病を発生させたことにより、ウイルスの疫学と進化に関するさまざまな希望的観測が再燃している。これらの考え方は、「無害な」流行についての誤った早とちり理論 [3] から、免疫の広がりによって流行の波が安全になるという期待、そしてウイルスが良性に進化するという希望まで、多岐にわたっている。

ウイルスは、宿主を生かすために毒性を弱めるように進化するという考え方は、病原体の進化をめぐる最も根強い神話の一つである。強い進化圧を受けているウイルスの免疫逃避や感染性とは異なり、病原性は通常、宿主と病原体の両方の要因の複雑な相互作用によって形成される副産物である。 たとえば、ウイルスの量が多くなると、伝播性が促進されるだけでなく重症度も高くなる。その場合、病原体はより高い病原性を持つように進化する可能性がある。

もし、SARS-CoV-2が、インフルエンザウイルス、HIVC型肝炎ウイルス、その他多くのウイルスのように、典型的な潜伏期間を経て重症化が感染後期に現れる場合、ウイルスの増殖力が感染伝播の適合性において果たす役割は限られており、進化上選択されないかもしれない。 

病原性の進化を予測することは複雑な作業であり、オミクロンの重症度が低いということが、将来の変異体を予測できる指標にはなりにくい。将来、免疫逃避による再感染能力と高い病原性を併せ持つVOCが出現する可能性は、残念ながらきわめて高い。

また、ワクチンや自然感染による免疫の広がりにより、将来的にSARS-CoV-2感染の軽症化が保証されるという考え方もある。しかし、この考えは、SARS-CoV-2の生物学の中心的特徴である抗原進化、すなわち、宿主の免疫圧に反応してウイルス抗原プロファイルが絶えず変化していることを無視している。 

抗原性の進化が激しいと免疫逃避という結果になり得る。すなわち、再感染を防ぐ宿主の免疫系の能力が低下し、そして重症化する可能性がある。集団レベルでは、抗原進化と免疫逃避は、再感染率と重症化率を増加させ、負担を増大させる可能性がある(図1)。

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図1. VOCにおける伝播力、重症度、および免疫逃避の相互作用が及ぼすSARS-CoV-2集団への影響(文献 [1] より転載).

オミクロンは、SARS-CoV-2が比較的短期間にかなりの抗原性逃避が可能であることを明確に示した。この変異体は、祖先のWuhan-Hu-1基準株と比較して少なくとも50のアミノ酸変異を有し、以前のVOCsとは抗原的に大きく異なっている。それが免疫力の高い集団で爆発的に広がったことは、これらの変異が、すでに感染やワクチン接種で免疫力を持っていたはずの個体にウイルスを容易に感染させることを明らかにした。 

オミクロンの亜系統間では遺伝的差異が著しく、この分岐の機能的重要性は、BA.2系統の比例的増加によって示されている。

2020年9月、当初は比較的進化的に安定していたSARS-CoV-2変異体が、祖先型ウイルスからかなりの抗原差異を持つ変異体に分岐し始めた [4]。少なくとも初期の3つのVOC、ベータ、ガンマ、デルタは免疫逃避変異を備えており、現在のところ、抗原進化が鈍化するといういかなる証拠もない。それどころか、VOCは「進化の氷山」の一角に過ぎないのだ。何百ものSARS-CoV-2の系統は、時間の経過とともに絶えず互いに分岐しており、そして進化理論は、将来、免疫逃避変異体が生まれる可能性が高くなると予測している。

ウイルスの適応力は、実効再生産数(Rt)によって適切に定量化される。Rt は、1つの感染例が集団に生み出す二次感染の総数である。つまり、最も適応性の高いウイルスとは、最も多くの宿主に感染するウイルスである。誰もが感染しやすいナイーヴ集団では、ウイルスはより感染力を高めることでこれを達成することができる。

初期のVOCはこの方法で進化した。アルファ、デルタはそれぞれ先祖の約50%増の伝播力を持ち、それぞれが母集団で優位に立つために急速にその座を奪っていったのである。しかし、免疫力の高い集団では、宿主の感染抵抗力が障害となるため、本質的な感染力が増加しても、伝播力への寄与は相対的に小さくなる。したがって、SARS-CoV-2は、ヒト集団が高免疫レベルに移行するにつれて、高感染性であることよりも、免疫保持者に再感染する能力を磨くことによって、その伝播性(Rt)を最適化していくことが予測される。

つまり、宿主の免疫レベルの向上は抗原進化を加速させ、再感染のリスクと再感染時の重症化率を高める可能性がある。オミクロンの急速な広がりは、免疫のある個体に再感染するその並外れた能力によって促進されたものであり、この進化戦略の例といえるだろう [5]

オミクロンは、他の循環株よりも病毒性が低い最初のVOCであり、これはパンデミックの終息が近づいている兆候であると熱狂的に解釈されている。 しかし、オミクロンの病毒性が低いのはラッキーな偶然に過ぎない。これまでのVOCは病毒性が強いものが多かったが、オミクロンは例外のように見える。免疫の逃避は、常に変化する標的を攻撃する必要がある。オミクロンが多くの人に感染した後、次の変異体は、オミクロンやこれまでのVOCに対する免疫を克服するために、できるだけ抗原的に異なるものである必要がある。

過去に優勢となったVOCは、いずれもその時点で優勢な系統に由来するものではなく、将来のVOCも同様であろう。これまでの抗原変異体がどのような経緯で生まれたのか、ほとんど分かっていないため、将来の変異体の発生時期や抗原性・ウイルス性を予測することは困難である。

より病原性の高い将来のVOCは、オミクロンを一掃し、その重症度を低くする特徴(肺組織よりも上気道を好む、細胞-細胞融合を誘発する傾向が低い)と共に置き換わるだろう。

分子時計分析では、オミクロンが他のSARS-CoV-2系統から分かれたのは、流行開始の1年以上前であることがわかった。このことは、抗原的に分岐した他の変異体が現存する、あるいは現在形成されている、まだ出現していない可能性を示唆するものである。

COVID-19の将来の影響(負荷)を理解するためには、抗原性逃避と疾患の重症度との関係を探るほかに、抗原性の高い分岐した変異体の生成機構とその出現の背景を精査する必要がある。これには、免疫不全者における抗原進化パターンや、ヒトに近接したSARS-CoV-2感染動物種における抗原進化パターンを調べることが含まれる。これらの要因を理解することで、ヒトにおける将来の集団感染リスクをより確実に評価し、計画を立て準備することが可能になる。

筆者あとがき

ワクチン接種プログラムが進行し、感染流行の主体が「軽症」、「重症化しにくい」と言われるオミクロン変異体に替わって、主な先進諸国は規制緩和に転じています。お隣の韓国も数十万人の新規陽性者数を出しながら、重症化は増えていないという理由で規制緩和を行なっています。

パンデミックで楽観主義に陥りやすいのは、経済活動が頭にある時の為政者や感染対策担当者の常ですが、医療専門家でさえ、「無害な流行へ移る」という考えとともにこの手の傾向が見られ、今回の論説ではこれを「早とちり理論」と揶揄しています。

SARS-CoV-2は常に進化し、ワクチンや治療薬が変異を免疫逃避の方向へいくことを促し(→ボッシェ仮説とそれへの批判を考えるワクチンと治療薬がスーパー変異体の出現を促す?)、抗原性の変異が病害性の程度と関係ないことも、今回も含めて論文上で指摘されています。そして、SARS-CoV-2が感染が野生動物の間に広がることによって、新たな変異体が出現する機会も広がっていると考えられます(→スピルオーバー:ヒトー野生動物間の新型コロナ感染 )。数理モデルを使った先行研究では、抗原性シフトが、宿主の死亡率(病原性)を高める、より感染率の高い急性感染症を選択することを明らかにしています [6]

この先の新たなウイルス変異体の出現について、その病毒性に関してはまったく予測不能であり、そのリスクが減るということは断定できないでのです。つまり、現時点でエンデミックになるという主張は、まったくの寓話にしかすぎません。

引用文献

[1] Markov, P. V. et al.: Antigenic evolution will lead to new SARS-CoV-2 variants with unpredictable severity. Nat. Rev. Microbiol. Published March 14, 2022. https://doi.org/10.1038/s41579-022-00722-z

[2] Shaman, J. & Galanti, M.: Will SARS-CoV-2 become endemic? Science 370, 527–529 (2020). https://www.science.org/doi/full/10.1126/science.abe5960

[3] Katzourakis, A.: COVID-19: endemic doesn’t mean harmless. Nature 601, 485 (2022). https://www.nature.com/articles/d41586-022-00155-x

[4] Tao, K. et al. The biological and clinical significance of emerging SARS-CoV-2 variants. Nat. Rev. Genet. 22, 757–773 (2021). https://www.nature.com/articles/s41576-021-00408-x

[5] Meng, B. et al.: Altered TMPRSS2 usage by SARS-CoV-2 Omicron impacts tropism and fusogenicity. Nature Published Fbruary 2, 2022. https://doi.org/10.1038/s41586-022-04474-x (2022). https://www.nature.com/articles/s41586-022-04474-x

[6] Sasaki, A. et al.: Antigenic escape selects for the evolution of higher pathogen transmission and virulence. Nat. Ecol. Evol. 6, 51–62 (2022). https://doi.org/10.1038/s41559-021-01603-z

引用したブログ記事

2022年1月31日 エンデミック(風土病)の誤解

2022年10月31日 流行減衰の原因ーウイルスが変異し過ぎて自滅?

2021年8月14日 ボッシェ仮説とそれへの批判を考える

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年〜)