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コロナ感染男性は精子濃度が低下する

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

はじめに

COVID-19における罹患後症状(post CoVID-19 conditions)の一つとして、男性の生殖機能低下が懸念されています。SARS-CoV-2は、アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体を通じて宿主細胞内に侵入しますが、ACE2は肺のみならず全身の臓器・組織にも見られるものでもあり、特に精原細胞、ライディッヒ細胞、セルトリ細胞に多く発現しています。そこから、精巣はCOVID-19の標的のひとつになり、男性の生殖に関する健康が損なわれる可能性が懸念されているわけです。

事実、ウイルスに対する炎症反応の結果として生殖腺機能が障害されることや精巣組織で発現する免疫反応が精子形成に悪影響を及ぼすことが示唆されています [1, 2, 3, 4]。COVID-19で死亡した男性患者群の部検では、一部に睾丸炎が認められています。このケースでは、精細管には精子細胞がほとんど存在せず、組織では炎症反応が亢進しており、セルトリ細胞の腫脹とライディッヒ細胞の減少が顕著な所見として示されました [5]

COVID-19罹患患者の回復後において精子数が減少するという海外の報告については、1年以上前に、大阪大学医学部教授忽那賢志氏による解説記事もあります [6]。他方で、精子数、運動率、精子形態などの精子パラメーターに対する感染の影響については散発的な研究段階であり、その理解についてはより多くの研究が必要です。

今回、トルコの研究チームは、COVID-19を回復した男性群と感染歴のない男性群の比較的まとまった検体数について、4つの精子パラメーター(精液量、精子濃度、形態、総運動率)への影響を調べ、COVID-19感染者において精子濃度が低下することを報告しました [7](下図)。このブログ記事で紹介します。

1. 精子が減ることを示したトルコの研究

この調査研究 [7] は、トルコSBU保健省アダナ市研修研究病院で行なわれました。研究への参画に同意した20〜50歳男性(平均で31〜32歳)の患者群(COVID-19回復者)と対照群(非感染者)のすべてから精液試料が採取され、分析されました。研究チームは両群から100人ずつの被検者を選び、精子像を世界保健機構(WHO)の基準に従って分析しました。

その結果、非感染者群の精子濃度はCOVID-19陽性群のそれよりも有意に高いことがわかりました。具体的には、精子濃度値のメディアン値が非感染者で38.0、COVID-19患者で18.0(p<0.001)となりました。* そして、COVID-19患者群においては、100人中4人が無精子症であることが確認されました。

*筆者注:このメディアン値の単位は論文を読んでも不明

一方、精液量、精子の運動性と形態については、両群間に統計的に有意な差は検出されませんでした。これらの結果より、COVID-19が男性の生殖機能に悪影響を及ぼす可能性が示唆されました。従前の研究に比べてサンプル数が多いことから、精子濃度の群間差は有意であり、より確定的な結果になったと考えられます。長期的な精子濃度の変化や男性不妊にどのような影響を与えるかをより理解するために、今後、大規模なサンプルサイズについてのより長期的かつ包括的な研究が必要と思われます。

今回の研究では、COVID-19陽性者の中には無精子症も観察された一方、陰性対照群では、無精子症は一人も観察されませんでした。しかし、無精子症を認めた被験者の過去の精子に関する履歴が不明であるため、COVID-19の影響について明確なコメントをすることはできないと著者らは述べています。

2. 先行研究との比較

SARS-CoV-2が精子形成や男性生殖器系に悪影響を及ぼすとする先行研究はいくつかあり、今回の多人数の検体の研究も合わせて考えると、COVID-19男性患者において精子濃度が低くなることについては明白な事実のようです。しかし、それがCOVID-19による直接的影響なのか、それとも発熱症状がもたらすものなのかについては、まだよくわかっていないようです。発熱がもたらす精子パラメーターへの影響についてはインフルエンザにおいても知られています。

ある研究では、COVID-19の発熱自体で精子形成が阻害される可能性を指摘しています [8]。別の研究では、発熱を呈したCOVID-19患者の精子数は発熱のないCOVID-19患者よりも有意に低かったとしています [9]。さらに、ある報告では、COVID-19患者の精液にはウイルスは検出されず、精子濃度、運動率、形態にも有意差は認められないとしながら、COVID-19が精子パラメータを変化させる理由は、発熱や炎症反応の一時的な障害によるものと見なしています [10]

もう一つの関心事は、COVID-19罹患後の発熱で精子数が低下したとしてもそれが一過性のものか、可逆的なものかということです。いくつかの先行研究では、COVID-19罹患の精液サンプルでは精子濃度が低いとしていますが、時間の経過とともに精子濃度が改善することを示しています。

たとえば、Mannurら [11] の研究では、正常精子数の男性がCOVID-19に罹患し、COVID-19陰性と判定された後の検査で精子欠乏症を認めたとしながら、罹患後135日目の分析では精子数、運動性は改善したことを報告しています。しかし、形態は奇形精子症の特徴を維持していたとしています。Guoら [10] は、COVID-19 から約 56 日後に回復した患者では、総精子数、精子濃度、運動性の進んだ精子の割合が対照群の患者より低いことが確認しましたが、約1ヶ月後に再検査をしたところ、精子濃度と運動率が上昇していることを認めています。

これらの結果から、COVID-19は精子の数と質に悪影響を及ぼす可能性がありますが、少なくとも精子濃度については可逆的であることが言えるようです。COVID-19による発熱が精液のパラメーターを変化させ、これらのパラメーターが元の状態に戻るには3ヶ月かかるとする報告があります [12]

おわりに

今回のトルコの研究の意義は、まとまった数の男性患者を比較することで、COVID-19罹患が精子数の低下をもたらす(部分的には無精子症になる)ことを、ほぼ確実にしたことです。ただこの悪影響は、どうやら発熱による可能性が高く、数ヶ月すれば回復するということも示唆されています。とはいえ、精子の質(たとえば形態、DNAレベルでの損傷)へ及ぼす影響については、まだ分からないことが多く、この理解にはより大規模な検体についての研究が必要でしょう。

今のところ、SARS-CoV-2の感染そのものが精子パラメーターに影響がある可能性は小さいですが、懸念事項があるとすればmRNAワクチンの影響です。それはこのmRNA生物製剤が、ACE2受容体と結合するスパイクタンパク質をコードし、大量のスパイクタンパクの体内生産を指示しているからです。しかし、ファイザー/ビオンテックmRNAワクチン(BNT162b2)は、接種後6~14ヶ月という比較的長い期間において、いかなる精子パラメータにも影響を及ぼさないことが報告されています [13]

話は少しズレますが、COVID-19やmRNAワクチンとの関係で言えば、男性の生殖細胞レトロエレメント(逆転写酵素をもち、RNAをDNAに統合させる機能要素)の存在がより気になるところです。生殖細胞エピゲノムやレトロエレメント [14] に及ぼすCOVID-19の影響、スパイクタンパク質mRNAのDNA統合などの可能性(→なぜmRNAワクチンのレトロポジションの可能性が無視されるのか)について精査していくべきでしょう。

それしても、コロナ感染で回復しても数ヶ月間は精子濃度が減少する(場合によって無精子になる)ということは、一時期であっても男性不妊の可能性が高くなるということを意味します。加えて、精子の質への影響についてはよくわかっておらず、遺伝的影響についてもまったく情報がありません。これは少子化が進む日本においては特に懸念すべき問題であり、長期コロナ症(long Covid)の面も考えると、若年層においては「コロナは風邪程度」とか言ってられない状況です。

引用文献

[1] Achua, J. K. et al. Histopathology and ultrastructural findings of fatal COVID-19 infections on testis. World J Mens Health. 39, 65- 74 (2021). https://doi.org/10.5534/wjmh.200170

[2] Temiz, M. Z. et al. Investigation of SARS-CoV-2 in semen samples. Andrologia. 53, 13912 (2021). https://doi.org/10.1111/and.13912

[3] Rajak, P. et al. Understanding the cross-talk between mediators of infertility and COVID-19. Reprod. Biol. 21, 100559 (2021). https://doi.org/10.1016/j.repbio.2021.100559

[4] Collins, A. B. et al.: Impact of COVID-19 on male fertility. Urology 164, 33-39 2022. https://doi.org/10.1016/j.urology.2021.12.025

[5] Patel, D. P., et al.: The impact of SARS-CoV-2 and COVID-19 on male reproduction and men's health. Fertil. Steril. 115, 813- 823 (2021). https://doi.org/10.1016/j.fertnstert.2020.12.033

[6] 忽那賢志: 新型コロナは一過性の男性不妊の原因になるのか. 回復後に精子が減少するという海外の報告. Yahoo Japan ニュース. 2021.05.23. https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20210523-00239323

[7] Aksak, T. et al.: Investigation of the effect of COVID-19 on sperm count, motility, and morphology. J. Med. Virol. 94, 5201-5205 (2022). https://doi.org/10.1002/jmv.27971

[8]. Bendayan, M. et al.: COVID‐19 in men: with or without virus in semen, spermatogenesis may be impaired. Andrologia. 53, e13878 (2020). https://doi.org/10.1111/and.13878

[9]. Holtmann, N. et al.: Assesment of SARSCoV‐2 in human semen— a cohort study. Fertil. Steril. 114, 233‐238 (2020). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7256599/

[10] Guo, L. et al. Absence of SARSCOV‐2 in semen of a COVID‐19 patient cohort. Andrology. 9, 42‐47 (2021). https://doi.org/10.1111/andr.12848

[11] Mannur, S. et al.: Post‐COVID‐19‐associated decline in long‐term male fertility and embryo quality during assisted reproductive technology. Int. J. Med. 114, 328‐330 (2021). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7928660/

[12] Boitrelle, F. & Bendayan, M.: COVID‐19 and impairment of spermatogenesis: what if fever was the only cause? EClinicalMedicine. 29, 100670 (2020). https://doi.org/10.1016/j.eclinm.2020.100604

[13] Karavani, G. et al.: Sperm quality is not affected by the BNT162b2 mRNA SARS-CoV-2 vaccine: results of a 6–14 months follow-up. J. Assist. Reprod. Genet. 39, 2249–2254 (2022). https://doi.org/10.1007/s10815-022-02621-x

[14] Fukuda, K. et al: Potential role of KRAB-ZFP binding and transcriptional states on DNA methylation of retroelements in human male germ cells. eLife, May 22, 2022. https://doi.org/10.7554/eLife.76822

引用したブログ記事

2022年10月31日 なぜmRNAワクチンのレトロポジションの可能性が無視されるのか

                            

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)