Dr. Tairaのブログ

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SARS-CoV-2スパイクタンパク質とヒト生殖系タンパク質の分子擬態

はじめに

SARS-CoV-2感染症COVID-19)が女性の生殖能力に影響を与える可能性を示唆する新しい研究結果が、イスラエル、イタリア、フランス、ロシアの共同研究チームによって発表されました。本研究の成果は、American Journal of Reproductive Immunology誌に8月18日付けで掲載されています [1]

f:id:rplroseus:20210831202848j:plain研究の主旨は、ウイルスのスパイクタンパク質と女性の生殖に関連するタンパク質との間で多くのペプチド相同性があり、このような分子擬態分子相同性molecular mimicry)が有害な自己抗体の生成につながり、感染者の自己免疫疾患の発症にも関与する可能性があるというものです。つまり、女性の不妊症の原因になるのではないかというものです。

研究チームは、SARS-CoV-2感染が女性の生殖能力に及ぼす可能性についての理解を深めるため、この分子相同性という切り口で系統的分析を行いました。この研究概要はウェブ記事 [2] でも紹介されています。このブログではこのウェブ記事も参照しながら、当該研究の概要と意義について紹介します。

 1. 研究チームの作業仮説 

COVID-19を引き起こすSARS-CoV-2コロナウイルスは、感染した患者に重篤な呼吸器疾患を引き起こすことでよく知られていますが、重要なことは、呼吸器系のみならず、心臓、腎臓、肝臓、脳などの多数の臓器に影響を与えることであり、Long COVIDとして知られる後遺症にも繋がることです。研究チームは、COVID-19が体内の生殖機能(特に女性の生殖機能)にも影響を与え、感染した患者が不妊症になる可能性について探ることにしました。 

卵巣で卵が作られる過程(卵形成)には、卵母細胞を作るための複雑な分化プログラムが存在します。このプロセスは、細かく制御された一連のステップで構成されています。女性の不妊症の原因としては、このプロセスにかかわる遺伝的要因や免疫反応の異常などが考えられます。

SARS-CoV-2の感染が生殖能力に影響を与える可能性については、これまで何度となく問題にされれ、議論されてきました。なぜなら、女性の生殖組織には当該ウイルスの受容体であるアンジオテンシン変換酵素-2(ACE2が多く発現していることがあり、COVID-19のオートファジーの機能不全による生殖細胞(卵母細胞)へのダメージの可能性があるからです。

以上の点から、研究チームは、COVID-19が体内の生殖機能、特に女性の生殖機能にも影響を与える可能性について、以下の三つの作業仮説を考えました。

一つ目は、SARS-CoV-2によるアンジオテンシン変換酵素-2(ACE2)受容体への直接的作用です。ACE2は、腎臓、心臓、甲状腺、脂肪組織、生殖系(精巣、卵巣、子宮、膣、胎盤)に存在し、様々な生理現象に重要な役割を果たしています。女性の生殖系においては、卵胞の発育、排卵、黄体変性、子宮内膜の変化、胚の発育などに関与していることがわかっています。ACE2が受容体としてウイルスの宿主細胞への侵入を促進することで、それを介した生殖器機能の破壊が起こる可能性があります。

二つ目は、SARS-CoV-2が宿主細胞のオートファジー(自食作用)を回避することによる卵子成熟の阻害の可能性です。オートファジーは、細胞が不要なゴミ、変形したタンパク質、損傷した小器官などを除去する自浄作用ですが、このオートファジーと酸化ストレスはともに、卵子の寿命に関与しています。SARS-CoV-2は、宿主細胞のオートファジーを阻害することで、卵子の成熟や受胎能力に影響を与える可能性があります。

三つ目は、宿主とSARS-CoV-2のタンパク質間の分子擬態を介して、受胎能力に影響を与える可能性です。宿主細胞のタンパク質とSARS-CoV-2のタンパク質のアミノ酸配列は類似していることがあります。その結果、感染者が産生する抗体がSARS-CoV-2に対して交差反応を起こし、感染者の細胞が害される自己免疫状態に陥ることが考えられます。

実際、ネズミのミエリン塩基性タンパク質とB型肝炎ウイルス(HBV)の間に短いペプチドが共有されていると、動物モデルにおいて病原性の自己免疫交差反応を引き起こす可能性があることが示されており、HBV感染後に脱髄疾患の発生率が高いことが報告されています [3]

研究チームは、COVID-19感染者において、特にタンパク質の分子相同性に着目し、それが生殖機能に影響を与えるかどうかを調べました。すなわち、この研究の主要な仮説は、SARS-CoV-2タンパク質が卵形成に関与するタンパク質と共通のペプチド配列を共有しており、それによって交差反応性の抗体が産生されるというものであり、この交差反応性抗体が自己免疫疾患の発症につながるのではないかということです。

従来、ペプチド特異的な抗体を誘導し、抗原・抗体反応を起こすエピトープは、最低限5個のアミノ酸からなるペプチド配列(ペンタペプチド)が必要であることが知られています [4]。そこでこの研究では、ペンタペプチドをプローブとして、ヒトの卵形成関連タンパク質とSARS-CoV-2由来のスパイクタンパク質の類似性を調べ、免疫反応性を検討しました。

 2. 研究概要 [1]

研究チームは、卵形成、子宮受容、脱皮、胎盤をキーワードとして、UniProtKBデータベースを用いて、82個のヒト卵形成関連タンパク質のライブラリを作製しました。そして、解析のためにこれらのタンパク質を結合させて、人工的にポリプロテインを構築しました。

次に、SARS-CoV-2のスパイク糖タンパク質の一次配列を、1残基ずつずらしたペンタペプチドに分解し(たとえば、MFVFL、FVFLV、VFLVL、FLVLLなど)、得られたペンタペプチドのポリタンパク質内での出現率を分析しました。 そして、ヒットしたペンタペプチドについて対応するタンパク質のアノテーションを行いました。

SARS-CoV-2スパイク糖タンパク質と卵形成関連タンパク質の間で共有されているペプチドの免疫学的可能性については、Immune Epitope DataBaseを用いて解析しました。すなわち、共有ペンタプタイドを含むSARS-CoV-2スパイク糖タンパク質エピトープを検索し、共通タンパク質の免疫反応性を調べました。

その結果、SARS-CoV-2スパイクタンパク質に見られる41個のペンタペプチドとの相同配列が、27個のヒト卵巣形成関連タンパク質に存在することがわかりました。これらの中には、CXA1 (Gap junction alpha-1 protein, SALGKL, QAGST)、ERCC1 (DNA excision repair protein ERCC-1, GRLQSL, VLGQS)、KiSSR (KiSS-1 receptor、ANLAAT) なども含まれ、ヘキサペプチドや複数のペンタペプチドの共有(水色字)も認められました。

さらに、シンシティン2(SYCY2、Syncytin-2 precursor)も、スパイクタンパク質とLSSTAの共有配列を含むことがわかりました。

ちなみに、シンシティンは、母体と胎児との間で栄養素、ホルモン、ガスの交換に基本的な役割を果たし、正常な胚の成長に必要とされる胎盤タンパク質であり、以前からスパイクと類似性があると噂されています(→COVID-19ワクチンは妊娠、生殖への影響があるか?)。

研究チームによるImmune Epitope データベースを用いた解析の結果、驚くべきことに、一致したペンタペプチドのうち、4つを除くすべてのペンタペプチドがSARS-CoV-2スパイク糖タンパク質由来のエピトープにも存在し、免疫反応性があることが確認されました。これらの発見は、COVID-19患者が生殖能力に影響を及ぼす自己免疫疾患を発症する可能性を示しています。

3. 成果の意義

今回の研究成果で重要なことは、ヒトの卵形成関連タンパク質とSARS-CoV-2のスパイクタンパク質との間には多数のペンタププチドの類似性があることを見いだしたことであり、交差反応性の抗体を産生する可能性を示したことです。これは、感染患者の生殖能力に影響を与え、生殖機能に障害を引き起こす可能性があることを示唆します。

ヒトの卵形成関連タンパク質を攻撃する交差反応性抗体の影響としては、生殖細胞の喪失、精巣や卵巣の著しい縮小、男性の性決定の変化、性転換、卵胞形成の変化、性的二型遺伝子の発現バランスの変化、受胎能力の低下、思春期早発症などの思春期の変化、性成熟の欠如または不完全な状態、生殖機能の障害、非閉塞性無精子症、早発卵巣機能不全などがあります。

ここで注意すべきことは、今回発見された分子相同性は、女性のCOVID-19患者自身の生殖機能障害を示すものではないということを研究チームが強調していることです。 そして、今回の研究結果は予備的なものであり、今後、特にCOVID-19患者から採取した大量の血清を専用アレイで卵形成に関連するヒトタンパク質について検査するなど、より詳細な実験的研究が必要であるとしています。

その上で、SARS-CoV-2に感染した患者が不妊症になる可能性があるという問題については、今後も注意を払う必要があると主張しています。

おわりに

今回の研究 [1] では、SARS-CoV-2スパイク糖タンパク質が、卵形成、子宮受容体、脱皮、胎盤に関連する27種類のヒトタンパク質と、多数の最小免疫決定基(ペンタペプチド)を共有していることがわかり、実験的に免疫反応性が確認されているスパイクタンパク質由来のエピトープにも存在していることが明らかになっています。

ここで気になるのが、いま世界中で使われているスパイクタンパク質をコードするmRNAワクチンアデノウイルスベクターワクチンの影響です。英国インペリアル・カレッジ・ロンドンの生殖免疫学の専門家であるヴィクトリア・メイル(Victoria Male)博士は、COVID-19の自然感染やmRNAワクチンが妊娠や生殖への悪影響を示唆する科学的データはないと述べています [5](→COVID-19ワクチンは妊娠、生殖への影響があるか?)。ワクチンを推進をする人たちの見解も同様です。

果たして、SARS-CoV-2の自然感染およびスパイクをコードする核酸ワクチンの接種は、卵形成関連タンパク質を攻撃する交差反応性抗体を産み出し、生殖系へ悪影響を及ぼすことはないのでしょうか?

引用文献・記事

[1] Dotan, A. et al.: Molecular mimicry between SARS-CoV-2 and the female reproductive system. Am. J. Reprod. Immunol. August 18, 2021. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/aji.13494

[2] Thailand Medical News: BREAKING! New study suggests that SARS-CoV-2 infections can affect fertility In females through molecular mimicry and other ways! 2021.08.30. https://www.thailandmedical.news/news/breaking-new-study-suggests-that-sars-cov-2-infections-can-affect-fertility-in-females-through-molecular-mimicry-and-other-ways

[3] Oldstone MB. Molecular mimicry and immune-mediated diseases. FASEB J.
12, 1255-65 (1998). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7164021/

[4] Kanduc, D. Pentapeptides as minimal functional units in cell biology and immunology. Curr. Protein. Pept. Sci. 14, 111-120 (2013). https://www.eurekaselect.com/108982/article

[5] Male, V.: Are COVID-19 vaccines safe in pregnancy? Nat. Rev. Immunol. 21, 200–201 (2021). https://www.nature.com/articles/s41577-021-00525-y?s=09

引用したブログ記事

2021年6月27日 COVID-19ワクチンは妊娠、生殖への影響があるか?

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19