Dr. Tairaのブログ

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SARS-CoV-2感染はDNAを損傷させる

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)

はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について、日本ではインフルエンザ並みとか風邪のようなものだという声がしばしば聞こえてきますが、大きな誤解です。いまだに当初の呼吸器系の疾患という先入観から抜けきれない、ガラパゴス的思考に支配されているのでしょう。日本政府のリスクコミュニケーションやメディア報道に大きな責任があることは否めないと思います。

COVID-19は全身性の疾患であり、循環器系統や脳にダメージを与え、細胞老化を引き起こし、一部の患者にとっては長期コロナ症(long COVID)のリスクがあります。ワクチンの普及によって見かけ上重篤化する率は減りましたが、高齢者、基礎疾患を有する人、免疫不全者などの脆弱者にとっては、なお致死リスクの高い病気です。長期コロナ症は年齢に関係なく、全ての人に起こります。

原因ウイルスであるSARS-CoV-2は、人類の感染症との戦いの歴史のなかでも、最も強い感染力をもつ病原体に進化し、容易に流行を起こすようになりました。そしてこのウイルスのもつ病態に関連する様々な性質が明らかにされつつあります。

今回、Nature Cell Biology誌に、SARS-CoV-2が宿主のDNAを損傷させ、これが細胞老化に繋がるという重要な機構が報告されました [1](下図)。ウイルス感染とDNA損傷に関わる知見は先行研究でも示されており、その中の一つとして、in vitro の実験ですが、スパイクタンパク質が核内に局在し、主要なDNA修復タンパク質であるBRCA1および53BP1の損傷部位へのリクルートを邪魔することにより、DNA損傷修復を阻害するというのがあります [2]

とてもコロナは「風邪のようなものだ」とは言ってられない要素がまた加わりました。このブログ記事で紹介したいと思います。

1. 研究の要旨

まず、今回の論文のアブストラクトをそのまま翻訳して以下に示します。

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重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は、COVID-19パンデミックの原因となったRNAウイルスである。SARS-CoV-2はいくつかの細胞内経路を変化させることが報告されているにもかかわらず、DNAの正常性(完全であること)に対する影響やそのメカニズムは依然として不明である。この報告では、SARS-CoV-2がDNA損傷を引き起こし、DNA損傷応答の変化を誘発することを示す。その機構は、SARS-CoV-2のタンパク質ORF6とNSP13は、それぞれプロテアソームオートファジーを通じて、DNA損傷応答キナーゼCHK1の分解を引き起こすというものである。CHK1の欠損はデオキシヌクレオシド三リン酸(dNTP)の不足を招き、S期進行の障害、DNA損傷、炎症性経路の活性化、細胞老化の原因となる。デオキシヌクレオシドを補充すると、それが軽減される。さらに、SARS-CoV-2のNタンパクは、損傷によって誘導された長鎖ノンコーディングRNAを妨害することによって53BP1のフォーカル・リクルーティングを損ない、DNA修復を低下させる。主要な観察結果は、SARS-CoV-2感染マウスおよびCOVID-19患者において再現された。SARS-CoV-2は、dNTPを減らしてリボヌクレオシド三リン酸レベルを上昇させ、複製を促進し、損傷誘導型ロングノンコーディングRNAの生物学的機構を乗っ取ることによって、ゲノムの完全性を脅かし、DNA損傷応答の活性化、炎症および細胞老化の誘導に変化をもたらすと考えられる。

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このアブストラクトの理解を助けるために、以下に補足説明を付け加えます。

用語の補足説明

プロテアソーム(proteasome)とオートファジー(autophagy):真核生物の細胞内で進化的に保存されされているユビキチン・プロテアソーム系とオートファジー・リソソーム系という二つのタンパク質分解系

長鎖ノンコーディングRNA(long non-coding RNAs):タンパク質をコードしない長鎖(200塩基以上)のRNA

53BPI:DNA損傷(切断)の修復とシグナル伝達に関わるタンパク質(p53結合タンパク1)

フォーカルリクルーティング(focal recruitment):DNA損傷が起きた場合に損傷場所に53BPIが集積すること

簡単に言うと、私たちの細胞には、遺伝情報を司るDNAが障害を受けるとそれを正常に戻す修復機構が備わっていますが、SARS-CoV-2はその修復応答の役割を担うDNA損傷応答キナーゼCHK1を分解してしまう(dNTP不足に至らせる)ことでDNA損傷を引き起こす、そしてDNA修復に関わる53BPIの活性化も阻害してDNA修復を低下させるということです。このように、SARS-CoV-2は、宿主のdNTPを減らすことで逆に自らのゲノムの材料であるリボヌクレオシド三リン酸(rNTP)レベルを上昇させ、複製に利用します。つまり、宿主のDNA合成機構の一部を乗っ取って、増殖するということになります。

本研究によって、SARS-CoV-2感染によるゲノムの完全性への影響と、COVID-19患者に見られる炎症反応や最近報告されたウイルスによる細胞老化への寄与が明らかになりました。

2. 研究の背景、成果、意義

SARS-CoV-2は約30kbのRNAゲノムをもちます。そこには、16種類の非構造タンパク質(NSP)、ヌクレオカプシド(N)タンパク質などの4種類の構造タンパク質、アクセサリータンパク質6種類を含む26種類のポリペプチドがコードされています。

ウイルス感染は、宿主のタンパク分解機構であるオートファジー経路やユビキチン-プロテアソームシステム(UPS)、DNA損傷応答(DNA damage response、DDRなど、いくつかの細胞内経路に影響を及ぼします。DDRは、DNA損傷を感知し、その存在を知らせ、修復を調整する経路のネットワークです。

しかし、いくつかのDNAウイルスとDDRの相互作用は研究されているものの、RNAウイルスについては、これまであまり知られていませんでした。SARS-CoV-2の感染は、DDR機構の構成要素に関与することが示唆されていますが、SARS-CoV-2のゲノム完全性とDDR関与への影響に関する徹底した特徴づけと機構解明は、まだなされていませんでした。

ウイルスは、自身の複製を促進する戦略として、DDRを含む宿主の細胞活動をハイジャックすることが知られています。これは、細胞に有害な影響を及ぼし、ゲノムの不安定化につながる可能性があります。SARS-CoV-2感染は、様々な宿主経路を変化させ、いくつかのDDRマーカーの活性化と老化に関係することが既に報告されていますが、この相互作用は、いくつかのDDR阻害剤がSARS-CoV-2の複製を減少させるという現象によっても示唆されるものです。

この研究では、SARS-CoV-2感染がDNA損傷を引き起こすことが、不死細胞株、ヒトの培養細胞、マウスとヒトのin vivoで観察されました。SARS-CoV-2感染によるDNA損傷の蓄積には、細胞内のdNTP代謝に影響を与え、DNA複製を阻害するものと、53BP1の活性化を阻害し、DNA修復を低下させるという、少なくとも2つの機構があることがわかりました。SARS-CoV-2に感染すると、CHK1およびP53とともに減少します。このようなDDR因子の分解は、宿主の防御を無効にするという、様々なウイルスに共通する戦略です。

CHK1は、細胞周期進行の重要な制御因子であるE2F転写因子の発現を制御し、その結果、RRM2(ribonucleoside-diphosphate reductase subunit M2)遺伝子を制御してS期におけるDNA合成を可能にすることが知られています。研究チームは、SARS-CoV-2感染により、CHK1の欠損とそれに伴うRRM2の減少、dNTP不足とS期の延長を引き起こし、DNA複製ストレスとDNA損傷の発生とが一致することを実証しました。この一連のイベントは、細胞老化と炎症性経路の活性化につながります。

重要な知見として、SARS-CoV-2感染細胞にデオキシヌクレオシドを投与すると、ウイルスによって誘発されたDNA損傷、DDR活性化、サイトカイン発現が減少したことです。すなわち、これらの事象がdNTP枯渇が原因となって起こっていることを証明したことになります。

著者らは、これらの現象を、SARS-CoV-2がrNTPを大量に必要とすることによるものだと述べています。SARS-CoV-2に感染した細胞の全RNAのうち、なんと3分の2がウイルス由来であることが報告されています。ウイルスは進化的に、増殖のためのrNTPレベルを高める必要に迫られてきたというわけです。

rNTPレベルを上げる一つの方法は、CHK1レベルとRM2活性を低下させ、その結果としてdNTPをrNTPを蓄積に向けさせることです。おもしろいことに、DNAウイルスであるHPV31は、これとは似ているけれども逆の機構によって増殖します。すなわち、このウイルスでは、RRM2を増加させてdNTPを増やし、ゲノムの複製を促進します。

研究チームは、CHK1分解を引き起こすSARS-CoV-2のタンパク質は、少なくとも二つあることを明らかにしました。一つはORF6であり、核膜孔複合体と結合することにより、CHK1の核内取り込みを阻害し、CHK1の細胞質への誤局在化とそれに伴うプロテアソーム分解をもたらします。もう一つはNSP13であり、オートファジー経路を通じてCHK1の枯渇をもたらします。これは、オートファジー阻害剤または主要なオートファジー因子に対するRNAiで処理するとCHK1レベルが回復することからわかりました。

SARS-CoV-2は、DNA損傷の誘発に加えて、その修復を阻害します。この研究では、感染細胞では、タンパク質レベルは変化していないにもかかわらず、53BP1タンパクがDDRに対して集積形成する能力が著しく低下していることが観察されました。著者らは、SARS-CoV-2のNタンパクはRNA結合タンパクであり、長鎖ノンコーディングRNAの結合と競合することによって、二本鎖DNA損傷における53BP1の凝縮を阻害していると考えています。

今回のデータは、Nタンパク質の核内での役割を示唆しています。SARS-CoVSARS-CoV-2のNタンパク質はともに機能的な核局在シグナルを持ちますが、核局在は一部のみです。しかし、系統的研究により、Nタンパク質の核局在を促進するモチーフの強化とコロナウイルスの病原性は相関しています。

炎症経路の過剰活性化は、致命的なCOVID-19の症例の原因となっています。DNA損傷の蓄積と慢性的なDDRの活性化は、炎症の強力な誘発因子です。先行研究で示されているように、本研究でも、培養細胞のSARS-CoV-2感染は、CHK1枯渇と同様に、cGAS/STING、STAT1、p38/MAPKなどの複数の炎症性シグナル経路を活性化することが観察されました。CHK1-RRM2経路の破壊が細胞老化を引き起こすという既往研究報告も今回の証拠から支持されました。SARS-CoV-2を介したCHK1欠損が、老化に関連した分泌表現型に似た炎症性プログラムを促進すると考えられるわけです。

研究チームは、SARS-CoV-2感染により、細胞老化のマーカーと相関するDNA損傷の蓄積が起こることを、初代細胞およびin vivoで観察しています。特に、感染した肺細胞は高いp21レベルを発現し、多形核および単球系炎症要素はp16を上昇させることがわかりました。

以上のことから、SARS-CoV-2が誘発するDNA損傷は、細胞内在性の炎症誘発プログラムを引き起こし、免疫反応と協調して、COVID-19患者で観察される強い炎症反応を促進させることが示されました。最近、重症のCOVID-19患者で報告された老化の表現型は、今回の観察結果と一致します。

最後に、著者らは、SARS-CoV-2感染後の細胞老化の特徴である持続的なDNA損傷とDDR活性化が長期コロナ症(long COVID)として知られる病態の慢性化に寄与しているかどうか、興味ある課題として明らかにすべきと結んでいます。

おわりに

最後に、再度今回の研究の知見を、再度、以下の7つとしてまとめたいと思います。

1) SARS-CoV-2は、DNA損傷とDNA修復応答活性化の変化を引き起こす、2) SARS-CoV-2はCHK1レベルを低下させることでdNTP不足をもたらす、3) CHK1の欠損だけで、DNA損傷と炎症を引き起こすのに十分である、4) 2つのタンパク質(ORF6とNSP13)がCHK1の分解を引き起こす、5) ORF6はプロテアソーム経路を通じてCHK1の分解を引き起こす、6) NSP13はオートファジーを通じてCHK1の分解を引き起こす、7) Nタンパク質は二本鎖DNA損傷での53BP1のリクルートを阻害し、53BP1の非相同末端結合を阻害する。

SARS-CoV-2が宿主のDNA損傷を引き起こし、その修復機構を阻害し、COVID-19の炎症を誘発し、細胞老化を促進するというのは、あらためて恐い話だと思います。しかも、これが長期コロナ症にも関係する可能性も考えられるわけで、今後の解明が必要でしょう。重篤化リスクが高い脆弱者はもちろんのこと、健康人も罹ってはいけない病気だということを思い知らされる今回の論文でした。

先行研究では、スパイクタンパク質が適応免疫において有効なV(D)J組換えに必要なDNA損傷修復を著しく阻害することが報告されており、完全長スパイクベースのワクチンの副作用の可能性も指摘されています [2]

引用文献

[1] Gioia, U. et al. SARS-CoV-2 infection induces DNA damage, through CHK1 degradation and impaired 53BP1 recruitment, and cellular senescence. Nat. Cell Biol. Published March 9, 2023. https://doi.org/10.1038/s41556-023-01096-x

[2] Jiang, H. & Mei, Y.-F.: SARS-CoV-2 spike impairs DNA damage repair and inhibits V(D)J recombination in vitro. Viruses 13, 2056 (2021). https://doi.org/10.3390/v13102056
                    

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