Dr. Tairaのブログ

生命と環境、微生物、科学と教育、生活科学、時事ネタなどに関する記事紹介

腸内でなかなか消えないコロナウイルスの"ゴースト"

先月、本ブログで、新型コロナウイルスSARS-CoV-2)の消化器感染とlong COVID長期コロナ症)との関係を示唆する論文が出版されたこと、それをBloombergが取り上げたことを紹介しました(→SARS-CoV-2の消化器感染とLong COVID)。最近、この論文の内容を含めたコロナ長期症状に関する論説記事がネイチャー誌に掲載されましたので(下図)[1]、ここで紹介したいと思います。

記事の冒頭で、「科学者たちは、COVID長期症状が、最初の感染から数ヵ月後に体内で発見されるウイルス断片と関連しているかどうかを研究している」とあります。COVID-19が慢性疾患感染症である可能性を強く示唆する記事です。

以下、全文を翻訳して記します。

-----------------------
コロナウイルスが大流行した最初の数ヶ月の混乱の中で、腫瘍学・遺伝学者のアミ・バット(Ami Bhatt)は、SARS-CoV-2感染者の嘔吐と下痢が広く報告されていることに興味を持った。「当時、これは呼吸器系のウイルスだと考えられていました」と彼女は言う。バットたちは、このウイルスと胃腸症状との関連に興味を持ち、COVID-19感染者のふん便の採取を始めた。

バットの研究室から何千マイルも離れたカリフォルニアのスタンフォード・メディシンでは、消化器内科のティモン・アドルフ(Timon Adolph)が感染者の腸の症状についての報告に困惑していた。アドルフとオーストリアインスブルック医科大学の同僚たちは、消化管組織生検の標本を集め始めた。

科学者たちによるこの先見の明は、パンデミックから2年が経過して実を結んできた。両研究チームは、最近、SARS-CoV-2の一部が初感染後数ヵ月にわたって腸内に留まる可能性を示唆する結果を論文発表した [2, 3]。この発見は、ウイルスの持続的な断片(バットはコロナウイルスの「ゴースト」と呼んでいる)が、long COVIDと呼ばれる謎の症状の原因となりうるという仮説を裏付ける証拠が増えてきたことを意味する。

しかし、バットは科学者たちに広い視野を持つよう促すとともに、研究者たちがまだイルス断片の持続性と long COVID との関連性を突き止めてはいないことを警告している。「さらなる研究が必要であり、それは簡単なことではありません」と彼女は話す。

COVID長期症状は、多くの場合、急性感染後12週間を超えて持続する症状と定義されている。この疾患には200以上の症状があり、その重症度は軽度なものから衰弱させるものまで多岐にわたる。その原因については様々な説があり、有害な免疫反応、微小な血栓、体内のウイルスの残留などが挙げられている。多くの研究者は、これらの要因が混ざり合って、世界的な疾病の重荷になっていると考えている。

コロナウイルスが体内で持続する可能性を示す初期のヒントは、ニューヨーク市マウントサイナイ病院アイカーン医科大学の消化器内科医サウラブ・メハンドル(Saurabh Mehandru)とその同僚が、2021年に発表した研究であった。それまでに、腸を覆う細胞が、ウイルスが細胞内に侵入するために使うタンパク質を呈示していることが明らかになった。これによって、SARS-CoV-2は腸に感染することができるのである。

メハンドルのチームは、約4ヵ月前にCOVID-19と診断された人々から胃腸組織を採取し、ウイルスの核酸とタンパク質を見つけた。また、免疫系で重要な役割を果たすメモリーB細胞も調べた。その結果、これらのB細胞が産生する抗体は進化を続けており、初感染から6カ月経過した時点でも、この細胞がSARS-CoV-2が作る分子に反応し続けていることが示唆された。

この研究に触発されたバットらは、軽度または中等度のSARS-CoV-2初感染から7ヵ月後、呼吸器症状が終了した後も、数人の人々が便中にウイルスRNAを排出し続けていることを見いだした。

・ウイルスは腸を狙う

アドルフによると、2021年の論文に刺激されて、研究チームはコロナウイルスの徴候がないか生検サンプルを調べたという。その結果、軽度のCOVID-19を発症した研究参加者46人のうち32人が、急性感染から7カ月後に腸内にウイルス分子の証拠を示していることがわかった。その32人のうち約3分の2は、コロナ長期症状を示していた。

しかし、この研究の参加者は全員、自己免疫疾患の一つである炎症性腸疾患を持っており、当該データがこれらの人々の中に活動中のウイルスが存在すること、あるいはウイルスの物質がコロナ長期症状を引き起こしていることを立証するものではない、とアドルフは注意を促している。

一方、腸の外に持続的ウイルスの貯蔵庫があることを示唆する研究も増えている。別の研究チームは、COVID-19と診断された44人の剖検から採取した組織を調査し、心臓、目、脳を含む多くの部位にウイルスRNAの証拠を得た。ウイルスRNAとタンパク質は、感染から230日後まで検出された。この研究をまとめた論文は、まだ査読が済んでいない。

・ウイルスの隠れ家

そのサンプル源であるほぼ全員が重度のCOVID-19を発症していたが、軽度のCOVID-19の後にコロナ長期症状を呈した2人を対象とした別の調査では、虫垂と乳房にウイルスRNAが検出された。シンガポールの科学技術研究庁分子細胞生物学研究所の病理学者ジョー・ヨング(Joe Yeong)は、この論文の共著者だが、これはまだ査読を受けていない。ウイルスは、体のさまざまな組織に存在するマクロファージという免疫細胞に浸潤して潜伏するのではないかと推測している。

これらの研究はすべて、長期間のウイルス貯留がコロナ長期症状に寄与している可能性を裏付けるものであるが、関連性を決定的に示すにはさらなる研究が必要であるとメハンドルは話す。研究者たちは、コロナウイルスが免疫不全でない人々で進化していることを証明する必要があり、その進化とコロナ長期症状とを関連付ける必要がある。「今のところ、逸話的な証拠はありますが、未知の部分がたくさんあります」とメハンドルは語る。

バットは、ウイルス貯留説を検証するためのサンプルが入手できるようになることを期待している。たとえば、米国国立衛生研究所は、long COVIDの原因に取り組むことを目的とした"RECOVER"という大規模な研究を実施しており、一部の参加者の下腸から生検を採取する予定だ。

しかし、Shengは、もっと多くのサンプルを得るために10億ドルの研究を待つ必要はないと話す。コロナ長期症状の人々による組織から連絡があり、感染後に癌診断など様々な理由で生検を受けたメンバーのサンプルを送るというのだ。「本当にランダムなんです、組織はどこからでも手に入るんです。しかし、彼らは待ちたくはないのです」。

-----------------------

翻訳文は以上です。

筆者あとがき

このネイチャー記事 [1] でも紹介されているバットらの論文は電子ジャーナルMedに掲載されたものです [2]。その内容はBloombergなどのメディアによっても既に紹介されています(→SARS-CoV-2の消化器感染とLong COVID)。

消化器やその他の臓器にSARS-CoV-2(その一部)が長期間残留することが、コロナ長期症状(長期コロナ症)の原因になるというもっともらしい仮説として浮上しているわけですが、少なくともCOVID-19患者(の一部)が、長期間ウイルス断片を保持することは明らかでしょう。

ウイルスの長期残留が長期コロナ症の原因だということになれば、以前からも言われていますが、COVID-19は単なる急性呼吸器感染症ではなく、慢性疾患を起こす全身性、神経性感染症であるというのが本質ということになるでしょう。ましてや、COVID-19がインフルエンザや風邪などと同じとみなすのは荒唐無稽ということになります。

これは果たして「生のウイルス」が残存するということでしょうか。私はこれらの知見に触れて、SARS-CoV-2のRNAレトロポジション現象によってDNAに統合されるという先の研究成果(→新型コロナウイルスのRNAがヒトのDNAに組み込まれる)が思い浮かびました。まさかとは思いますが、宿主DNAに組み込まれたSARS-CoV-2の情報が長期間発現して、悪影響を及ぼしているということではないと信じたいですが。

最後に、ネイチャー記事の最後に出てくるShengという人物が誰かはわかりませんでした。

引用文献

[1] Ledford, H: Coronavirus ‘ghosts’ found lingering in the gut. Nature 11 may 2022. https://doi.org/10.1038/d41586-022-01280-3

[2] Natarajan, A. et al.: Gastrointestinal symptoms and fecal shedding of SARS-CoV-2 RNA suggest prolonged gastrointestinal infection. Med Published April 12, 2022. https://doi.org/10.1016/j.medj.2022.04.001

[3] Zollner A et al.: Post-acute COVID-19 is characterized by gut viral antigen persistence in inflammatory boweldiseases, Gastroenterology Published online (2022). https://doi.org/10.1053/j.gastro.2022.04.03

引用したブログ記事

2022年4月18日 SARS-CoV-2の消化器感染とLong COVID

2021年5月15日 新型コロナウイルスのRNAがヒトのDNAに組み込まれる

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)