Dr. Tairaのブログ

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SARS-CoV-2の組換えによる変異-オミクロン変異体の出現

はじめに

SARS-COV-2の変異体の一つであるオミクロン変異体(Omicron variant)は、WHOによって「懸念すべき変異体」(variant of concern、VOC)に分類され、いま世界中でその流行拡大が懸念されています。なぜ、この変異体が注目されるかと言えば、スパイクタンパク質に特化して30という異常なアミノ酸変異が起こっているからであり、その事実から感染力の強いウイルスではないかと警戒されているわけです。

これまでブログでも述べてきましたが(→ワクチンと治療薬がスーパー変異体の出現を促す?)、世界中で警戒されていたスーパー変異体が早速現れたかという感じです。

最近、オミクロン変異体がどのようにして生まれてきたのか、その進化プロセスを推測する論文が査読前論文サイト"OSF Preprint"に掲載されました [1]。米国、インド、カナダにあるデータ分析会社nferenceの研究チームによる論文で、筆頭著者はヴェンカタクリシュナン(A. J. Venkatakrishnan)氏、責任著者はヴェンキー・サウンダラジャン氏(Venky Soundararajan)氏です。 ロイターは早速この研究報告を報じました [2]

私のこのプレプリントを読んで、早速以下のようにツイートしました。

この研究を主導したサウンダラジャン氏は、オミクロンはこの変異を成し遂げることで宿主を欺き、ヒトの免疫システムによる攻撃を回避している可能性があると指摘しています。

このブログではこのプレプリントの内容を紹介しながら、オミクロン変異体の進化と病原体としての性質を考察してみたいと思います。

1. 研究の概要

まずは、このプレプリント [1] アブストラクトをそのまま翻訳して以下に記します。

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高度に変異したSARS-CoV-2変異体(B.1.1.529、Omicron)が出現し、発見後1週間で6大陸に拡散したことで、世界的に公衆衛生上の警告が発せられた。オミクロンの変異プロファイルを明らかにすることは、他のSARS-CoV-2変異体と共通する、あるいは特徴的な臨床表現型を解釈するために必要である。我々は、オミクロンの変異を、以前からの懸念すべき変異体(アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ)、注目すべき変異体(ラムダ、ミュー、エタ、イオタ、カッパ)、そして540万のSARS-CoV-2ゲノムを構成する1523のSARS-CoV-2系統すべてと比較した。オミクロンのスパイクタンパク質には、26個のアミノ酸変異(23個の置換、2個の欠失、1個の挿入)があり、他の変異体と比べて特徴的である。置換変異と欠失変異はこれまでのSARS-CoV-2系統で現れているが、挿入変異(ins214EPE)はオミクロン以外のSARS-CoV-2系統ではこれまで観察されていない。ins214EPEをコードするヌクレオチド配列は、SARS-CoV-2と同じ宿主細胞に感染する他のウイルスのゲノムや、SARS-CoV-2に感染した宿主細胞のヒトトランスクリプトームを含む鋳型スイッチングによって獲得された可能性がある。たとえば、COVID-19の患者が季節性コロナウイルス(HCOV-229Eなど)と共感染しているという最近の臨床報告や、呼吸器系や消化器系の細胞でSARS-CoV-2とHCOV-229Eの侵入受容体(ACE2とANPEP)が共発現していることを示す単一細胞のRNA配列データ、ins214EPEをコードするヌクレオチド配列と相同性のある配列を持つHCOVのゲノムなどを考えると、オミクロンの挿入が共感染者の中で進化した可能性は十分に考えられる。オミクロン挿入体の機能を理解し、ヒト宿主細胞がSARS-CoV-2によって宿主ウイルスとウイルス間ゲノムの相互作用の「進化のサンドボックス」として利用されているかどうかを理解する必要がある。

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2. オミクロンの変異の概要

このプレプリントでは、まず、オミクロンの特徴として、その変異量がプロテオームの他の部分よりもスパイクタンパク質で高くなっていることが挙げられています。図1に示すように、デルタ変異体と比較してみると、変異がスパイクタンパク質に集中していることがよく分かります。

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図1. オミクロン変異体(B.1.1.529)とデルタ変異体(B.1.617.2)の全SARS-CoV-2タンパク質の変異負担量の比較(文献 [1] より転載). 2021年11月29日にGISAIDからオミクロンの配列を127件、デルタの配列を169,537件検索した. 各バーは、SARS-CoV-2タンパク質のそれぞれの配列について報告された変異の平均数を表す. エラーバーは平均値の標準誤差を表す.

オミクロンのゲノムにはオリジナルのSARS-CoV-2に比べて37個の変異があります(6個の欠失変異、1個の挿入変異、30個のアミノ酸置換)。そのうち16個はCOVID-19の症例が急増した3か月間に変異率が上昇したという、サージ関連変異です。今回の研究では、オミクロンのこれらのスパイクタンパク質の変異を、既存のVOC(アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ)と比較した結果、26の変異がオミクロンに特有のもので、7つの変異がオミクロンとアルファの間で重複していることがわかりました(図2)。 

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図2. SARS-CoV-2の変異体(VOC)における系統特異的なスパイク変異の重複を示すヴェン・ダイアグラム(文献 [1] より転載).SARS-CoV-2のホモ三量体スパイクタンパク質上に、各変異体のスパイクタンパク質で観察された固有の重要な変異が強調されている(球形).B.1.1.529 (Omicron) 変異体は、この観点から見るとスパイクタンパク質のユニークな変異の数が26個と最も多く、この変異体の出現はSARS-CoV-2株の進化における"step function"であると言える.

そして、オミクロンの最大の特徴の一つとして著者らが挙げているのが、スパイクタンパク質の214位にEPE(グルタミン酸プロリングルタミン酸)の新規の挿入ins214EPE)があることです。スパイクの214位は挿入が起こりやすい、「挿入ホットスポット」のようですが、著者らはオミクロン株のEPE挿入は新規性が高いとしています。

こののEPE挿入部は、抗体結合スーパーサイトから離れたN末端ドメイン(NTD)にマッピングされていますが、この挿入があるループは、SARS-CoV-2の既知のヒトT細胞エピトープに対応しているようです。著者らは、この挿入が、SARS-CoV-2がT細胞免疫から逃れるのに役立っているかどうかを理解するには、さらなる研究が必要であると述べています。

さらに、オリジナルのSARS-CoV-2株では、PRRAの挿入により塩基性フーリン切断部位が形成されていること(→新型コロナの起源に関して改めて論文を読み、戦慄に震える)が重要であることを考えると、オミクロン変異体におけるins214EPE挿入の機能的意義と進化的起源を理解することは重要であると述べています。

3. 共感染によるウイルスゲノムの組換えの可能性

研究チームは、GISAIDに登録されているゲノム配列とオミクロンのそれを比較解析しました。その結果、SARS-CoV-2ゲノムの挿入は、ポリメラーゼのスリップや鋳型スイッチングに起因する可能性が高いことが示唆されたとしています。

鋳型スイッチングは、コロナウイルスRNA合成において、サブゲノムRNA(sgRNA)を生成する際に用いられる通常のイベントです。コピー選択組換えとも呼ばれるこのプロセスでは、RNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)と新生鎖が鋳型となるRNA鎖から解離し、新しい鋳型(または同じ鋳型の異なる位置)と再結合して、RNA合成が継続されます。一般的に、このような組み換えは、配列の類似性が高い鋳型を含む「相同組み換え」ですが、異種配列間の「非相同(変則)」組み換えも起こり得るとされています。

著者らは、オミクロンのins214EPEは、SARS-CoV-2と同じ宿主細胞に感染する他のウイルスのゲノム、あるいはSARS-CoV-2に感染した宿主細胞のヒトトランスクリプトームを含む鋳型スイッチングによって獲得された可能性がある、と述べています。実際、COVID-19の患者が、HCOV-229Eなどの季節性コロナウイルスにも感染していたという臨床報告もあるようです。

著者らは、HCoV-229Eのゲノムを検索しながらins214EPEをコードする塩基配列との相同性があるかどうかを調べました。その結果、HCOV-229Eのスパイクタンパク質には同一の配列が存在しており、鋳型の切り替えに利用された可能性があることがわかりました(図3)。

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図3. オミクロンのins214EPEが生成される鋳型スイッチング機構の可能性(文献 [1]より転載).(a) オミクロンの前身となる変異体(青)とヒトコロナウイルスHCOV-229E(オレンジ)にヒトの体と細胞が感染している様子を模式的に示したもの.枠内は、オミクロンの前身となる変異体のゲノムRNA(+)とHCOV-229Eのアンチ-ゲノムRNA(-)が関与する鋳型スイッチングの可能性を示ず.(b) オミクロン・インサートに対応するヌクレオチドとHCOV229Eのホモログマッチの比較.オミクロンスパイクとHCOV-229Eスパイクに対応するゲノム領域の配列アライメントを示す.

さらに、単一細胞のRNA seqデータを解析した結果、SARS-CoV-2の受容体であるACE2とHCOV-229Eの受容体であるANPEPは、消化管組織(腸管細胞など)と呼吸器組織(呼吸繊毛細胞など)で共発現していることがわかりました。このことから、共感染者のこのような細胞が、異なるウイルス間のゲノムの相互作用の場として利用されている可能性が考えられると著者らは述べています。

4. ヒトゲノムの挿入

以上のような、異なるコロナウイルスとの共感染による組換えに加えて、ヒトゲノムの組み込みも考えられています。SARS-CoV-2のゲノムに存在する挿入変異は、ヒトの宿主ゲノムに由来する可能性が以前から指摘されています。

著者らはオミクロンの挿入配列と、ヒトゲノムやトランスクリプトームの断片について相同性解析を行ないました。その結果、ins214EPEをコードする配列と同一のヌクレオチド配列を持つヒトゲノムの断片は750以上あり、SLCA7とTMEM245のmRNAがトップヒットしました。

これらのうち、SARS-CoV-2に感染したヒトの宿主細胞(肺胞細胞、腸球など)で特異的に発現する転写産物は、ins214EPEの配列の起源の候補となり得ます。したがって、オミクロン変異体のユニークな挿入の進化は、ウイルスの共同感染時にRNA鋳型が切り替わることに基づいているか、あるいはヒトゲノムに広く存在するトランクリプトームの鋳型に基づいている可能性があると著者らは推察しています。

5. ワクチン接種との関係

COVID-19ワクチンの接種が進行している現在においても、国よるワクチンの不公平感があり、またワクチンを躊躇する気持ちが一定数あります。このようなワクチン接種の同調性のなさが、オミクロンの出現の一因であると推測されていることも、ヴェンカタクリシュナンらの論文で述べられています

ワシントンポスト紙は、一部の公衆衛生の専門家が、変異体とワクチンの不公平感との関連性をいち早くソーシャルメディア上で指摘していることを報じました [3]。この記事では、ハーバード大学T.H.チャン公衆衛生大学院のウイルス免疫学者であるKizzmekia Corbett氏の話が紹介されています。彼は「1つの変異体を検出した時には、別の変異体がすでに水面下で広がっている。ワクチンの接種率が不十分で、ワクチンへのアクセスが不公平であるため、私たちは延々と変異体を追いかけることになる」と述べています。

ヴェンカタクリシュナンらの論文は、世界的なワクチン接種の実現には何年もかかるため、SARS-CoV-2の新たな変異体の出現につながる可能性のある変異の状況の変化を注意深く監視することが重要であると指摘しています。そして、ウイルスに感染している人のSARS-CoV-2ゲノムをシーケンスする必要があり、一般的には、変異プロファイルに基づいて懸念される変異体を早期に検出する「変異体警告システム」を開発する必要があると述べています。

おわりに

これまでの研究および今回のプレプリント論文 [1] によると、ヒトの肺や消化器系の細胞は、SARS-CoV-2と季節性コロナウイルスに同時に感染し得ます。こうした同時感染が起きれば、同じ宿主細胞に存在する二つの異なるウイルスが相互に作用しながら複製し、双方の遺伝情報のコピーを生成する「ウイルス組み換え」の場になり得ます。論文で指摘されている挿入配列は、コロナウイルス以外にも、エイズウイルス(HIVでも確認されているようです [2]

風邪のコロナウイルスとの共感染によって組換えられたSARS-CoV-2は、人により感染しやすくなる一方で、症状が軽症または無症状になる可能性もあります(プレプリントでは直接触れられていない)。とはいえ、オミクロンが他の変異体と比べて感染力が強いかどうか、より重症化をもたらしやすいかどうか、デルタ変異体に代わって主流になるかどうかはまだ分かっていません。その情報が得られるにはあと数週間近く待たなくてはいけないでしょう。

論文にもあるように、またメディアでも報じられたように、世界におけるワクチン接種の不公平がオミクロンのような変異体を出現させているという指摘がありますが、私はこれに必ずしも同意しません。むしろ、ブレイクスルー感染の多さを考慮すると、ワクチン接種や治療薬投与の進行が、このようなスーパー変異体の出現を促しているのではないかと考えています(→ワクチンと治療薬がスーパー変異体の出現を促す?)。

引用文献・記事

[1] Venkatakrishnan , A. J. et al.: Omicron variant of SARS-CoV-2 harbors a unique insertion mutation of putative viral or human genomic origin. OSF Preprints. December 3, 2021. https://doi.org/10.31219/osf.io/f7txy

[2] Lapid, N.: Omicron variant may have picked up a piece of common-cold virus. Reuters December 4, 2021. https://www.reuters.com/business/healthcare-pharmaceuticals/omicron-variant-may-have-picked-up-piece-common-cold-virus-2021-12-03/

[3] Pai, M.: Officials: Variants ‘haunt’ world with vaccine imbalance between rich and poor nations - The Washington Post, November 27, 2021. McGill University News and Events December 3, 2021. https://www.mcgill.ca/channels/channels/news/officials-variants-haunt-world-vaccine-imbalance-between-rich-and-poor-nations-washington-post-335307

引用したブログ記事

2021年11月22日 ワクチンと治療薬がスーパー変異体の出現を促す?

2021年8月5日 新型コロナの起源に関して改めて論文を読み、戦慄に震える

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

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