カテゴリー:感染症とCOVID-19
2021.12.08更新
はじめに
COVID-19のパンデミックにおいては、欧米諸国に比べて日本を含む東アジア諸国の感染者数や死者数が少ないことが注目されてきました。その差異について、未知の要因が関わっているのではないかということが推察されており、京都大学教授山中伸弥氏によってファクターXと名付けられました。
私も、一年以上前にもなりますが、このブログでファクターXの候補をいろいろと挙げて考察しました(→日本の新型コロナの死亡率は低い?、COVID-19を巡るアジアと欧米を分ける謎の要因と日本の対策の評価)。その候補の一つとして、HLA(human leukocyte antigen、ヒト白血球抗原)の型に応じた交差免疫性の違いを挙げました。
これに関して、最近、Communications Biology誌に興味深い論文が掲載されました [1]。日本人に多いHLAの型としてHLA-A24がありますが、これに結合するSARS-CoV-2のスパイクタンパク質中のエピトープが同定され、季節性コロナウイルスに対する記憶免疫キラーT細胞(細胞傷害性T細胞)がこのエピトープを交差認識し、SARS-CoV-2に対しても抗ウイルス効果を示すというものです。
HLA-24は、日本人の約6割が持っていますが、欧米人は1−2割しか持っていません。つまり、日本人に多いこの免疫タイプが、ファクターXの候補の一つとして俄然躍り出たということです。このブログでは、簡単にこの成果と意義について記したいと思います。
1. 論文の概要
今回の研究は、理化学研究所の共同研究グループによるものです。下図は論文のトップ画面です。
以下に論文のタイトルとアブストラクト(上図)を翻訳して示します。
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SARS-CoV-2に交差反応する機能的に優れた細胞傷害性T細胞のTCRレパートリーの特定
TCR: T cell receptor
SARS-CoV-2特異的CD8+T細胞は、少ないながらも、非感染者である健康なドナー(UHD)に検出される。既存のヒトコロナウイルス(HCoV)特異的CD8+T細胞が、SARS-CoV-2に交差反応する機能的なT細胞に変換されるかどうかは不明である。我々は、HLA-A24+UHDの季節性コロナウイルス特異的CD8+T細胞が認識できる、SARS-CoV-2のスパイク領域にあるHLA-A24高結合の免疫優占エピトープを同定した。また、免疫抑制状態にある血液悪性腫瘍患者では、交差反応性CD8+T細胞がUHDに比べて明らかに減少していた。さらに、HLA-A24+のドナーでは、選択した優占エピトープに反応するCD8+T細胞が多機能性を示し、HCOV間で交差機能があることが示された。また、CD8+T細胞から分離したT細胞受容体の交差反応性は、単一細胞レベルでの選択的多様性を示した。以上のことから、免疫優占エピトープでよく刺激されれば、高い機能的親和性を持つ選択的な既存のCD8+T細胞は、SARS-CoV-2に対して交差反応性を示す可能性がある。
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2. 成果と意義
HLAはヒト白血球抗原と訳されますが、現在、白血球のみならず全身のほぼすべての細胞の「血液型」を表す分子として認識されています。複数の抗原の組み合わせから構成され、その抗原に数十種類のパターンがあるため、組み合わせによって数万の型があります。
ウイルスが感染すると、そのウイルスの断片(タンパク質)が感染細胞のHLAによってキラーT細胞などに抗原提示されます。それを起点として、キラーT細胞の免疫反応も含めて、様々な免疫反応が引き起こされますが、一方で低親和性の交差反応性T細胞の増加は、感染症の悪化につながる可能性があります。SARS-CoV-2の感染では、HLAを介した免疫反応の結果、一部の感染者においてサイトカインストーム(免疫の暴走)が起こり、重症化することがわかっています。
COVID-19における既存の交差反応性T細胞の役割を明らかにすることは、COVID-19の発症と重症度を理解する上で重要です。そのため、機能的に有能な交差反応性T細胞を同定し、治療や予防面に関して、その働きを拡大させるアプローチを見つけることが重要です。
今回、理研の研究チームは、日本人の約6割が持っているHLA-A24に着目し、SARS-CoV-2に感染した際に、この細胞の表面にどのような種類のペプチドが抗原として現れ、それらにキラーT細胞が反応するかということを調べました。具体的には、SARS-CoV-2と季節性コロナウイルスの間で保存されているスパイクタンパク質のS2領域のアミノ酸配列に着目し(9-merのペプチドを選択)、HLA-A24+UHD(未感染でHLA-A24を有する健常人)の季節性コロナウイルス特異的CD8+T細胞が、SARS-CoV-2の交差免疫性を示すかどうかということを調べました。
その結果、選定したペプチドの1つであるPep#3(QYIペプチド:QYIKWPWYI)は、HLA-A24+UHDから回収した約83%の細胞において、SARS-CoV-2交差反応性CD8+T細胞を誘導することがわかりました。これらのUHDのPep#3(QYI)特異的CD8+T細胞は、季節性コロナウイルスに対しても同様の細胞毒性を示しました。
HLA-A24+UHDの多くがこの交差反応性キラーT細胞を持っているのに対し、造血器腫瘍患者では少ないことが分かりました。しかし、造血器腫瘍患者でも効率よくキラーT細胞を誘導できるエピトープ群が集中する「ホットスポット」があり、このエピトープでSARS-CoV-2感染細胞を刺激すると、眠っていた季節性コロナウイルスに対する記憶免疫キラーT細胞が極めてよく反応することも分かりました。
つまり、この研究では、ヒトの体内に既に存在する季節性コロナウイルスに対する「記憶免疫キラーT細胞」が認識する抗原部位(エピトープ)が明らかにされ、その部位がSARS-CoV-2のスパイクタンパク質領域にも強く交差反応することがわかったということです。
さらに、この仕組みを治療薬やワクチンとして利用できる可能性もあります。すなわち、QYIペプチドをワクチンとして投与すれば、既存のCD8+T細胞を誘導し、その交差反応によって重症化を抑制できるかもしれません。
おわりに
既存の記憶免疫キラーT細胞による交差反応は、ファクターXの候補として最も想定されやすいものの一つでしたが、今回の研究成果によって一段とその可能性が高まったと言えます。ただ、気になるのはHLA-A24を介する交差反応は変異体の種類によって変わってくるのではないかということです。
デルタ変異体ではスパイクにL452RとY453Fの変異があり、HLA-A24依存の細胞免疫を逃避する可能性が報告されています [2]。初期の欧州由来ウイルス(第1波)、国内変異体(第2、3波)、アルファ変異体(第4波)に比べて、デルタ変異体(第5波)では圧倒的に感染爆発し、ファクターXの恩恵がなかったような印象がありますが、この免疫逃避の機能が働いたことも考えられます。
オミクロン変異体ではスパイクに30のアミノ酸変異がありますが [3](→ SARS-CoV-2の組換えによる変異-オミクロン変異体の出現)、L452RとY453Fは含まれていません。
いずれにしろ、記憶免疫キラーT細胞による交差反応を誘導するペプチドワクチンの可能性については、今後の展開を期待したいものです。
2021.12.08更新
このブログ記事を書いた後、理研の当該研究チームによって研究の概要がプレスリリースされました [4]。また新聞がこの研究の成果を伝えました [5]。これらの記事にわかりやすく解説されているのでここで引用しておきます。
引用文献・記事
[1] Shimizu, K. et al.: Identification of TCR repertoires in functionally competent cytotoxic T cells cross-reactive to SARS-CoV-2. Commun. Biol. 4, 1365 (2021). https://doi.org/10.1038/s42003-021-02885-6
[2] Motozono, C. et al.: SARS-CoV-2 spike L452R variant evades cellular immunity and increases infectivity. Cell Host Microbe Published online June 14, 2021. https://doi.org/10.1016/j.chom.2021.06.006
[3] Venkatakrishnan , A. J. et al.: Omicron variant of SARS-CoV-2 harbors a unique insertion mutation of putative viral or human genomic origin. OSF Preprints. December 3, 2021. https://doi.org/10.31219/osf.io/f7txy
[4] 理化学研究所: 新型コロナウイルスに殺傷効果を持つ記憶免疫キラーT細胞. 2021.12.08. https://www.riken.jp/press/2021/20211208_1/index.html
[5] 産經新聞: 理研がコロナの「ファクターX」一部解明 オミクロン株に効果か.2021.12.08. https://www.sankei.com/article/20211208-IN7K2SA2IJP73CKR5H6K3SN4T4/
引用したブログ記事
2021年12月5日 SARS-CoV-2の組換えによる変異-オミクロン変異体の出現
2020年5月18日 COVID-19を巡るアジアと欧米を分ける謎の要因と日本の対策の評価
2020年5月13日 日本の新型コロナの死亡率は低い?
カテゴリー:感染症とCOVID-19