Dr. Tairaのブログ

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新型コロナの起源に関して改めて論文を読み、戦慄に震える

2021.08.07更新

はじめに

米国下院外交委員会の共和党トップであるマコール議員と同党スタッフは、今年8月1日、「中国・武漢のウイルス研究所から新型コロナウイルスSARS-CoV-2が流出したことを示す多くの証拠がある」とする80ページにもわたる報告書を発表しました。日本の新聞もこの件についてすぐに報道し [1]、今日(8月5日)、テレビ朝日の番組「ワイド!スクランブル」でも取り上げていました

これまで、ネイチャー・メディシン [2ランセット [3] などの著名な雑誌では、SARS-CoV-2について「人為的改変体」や「研究所漏出説」を否定する論文・記事を掲載してきました。ところが、科学ジャーナリスト、ニコラス・ウェイド(Nicolas Waid)氏は、今年5月、これらを覆すような状況証拠をそろえて、武漢研究所漏出説を甦らせる記事を発表しました [4]

サイエンス誌は、同月、COVID-19の起源について再調査すべきというレターを掲載しました [5]。新聞、テレビ、ウェブメディアは、これらの報告を後追いする形で、次々とウイルスの研究所漏出説を再浮上させました [6, 7, 8, 9, 10]。一方で、武漢ウイルス研究所で仕事をしていた海外の研究者からは、安全管理は厳重だったとして、漏出を否定するコメントも出ています [11]

このブログでは、1年以上前にネイチャー・メディシンの論文 [2を紹介しながら、SARS-CoV-2は「人為的改変体ではない」という見解を示しました(→新型コロナウイルスは人為的改変体ではない?)。理由の一つとして、SARS-CoVコロナウイルスの遺伝子操作でSARS-CoV-2が生まれたのであれば、従来のコロナウイルスで使われているreverse-genetic systems(リバースジェネティクス系)(後述)の一つが用いられているはずであるけれでも、当該ウイルスの構造にはそのようなウイルス由来と思われるバックボーンがみられない、ということをあげました。

ところが、ウェイド記事 [4] でキーパーソンの1人としてあげられているラルフ・バリック(Ralf Baric)教授(米国ノースカロライナ大学)(図1上)のグループが、実は、人為的DNA改変の痕跡を残さず、野生型ウイルスと区別できなくするキメラ型ウイルスの作製技術を開発していたのです。

私は、ノーシーアム(no-see-um)あるいはシームレス(seamless)方式といわれるこのDNA組換え技術については、20年近く前に大学院のセミナーで聴いた程度のウロ覚えで、ウイルス機能獲得実験に使われていることはまったく知りませんでした。ネイチャー・メディシンの論文もノーシーアム技術について触れないままに、SARS-CoV-2は人為的改変体ではないと結論づけていました [2]

そこで、改めてウェイド記事とともに、バリック教授の論文やもう1人のキーパーソンとされている、"バットウーマン"こと、石正麗(Zheng-Li Shi)博士(武漢ウイルス研究所)図1下)の過去の論文を読みなおし、キメラウイルスに関する理解を深めることやメディア報道の内容を調べることで、SARS-CoV-2の起源について考えてみました。

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図1. メディアが伝えるSARS-CoV-2の改変疑惑と研究所漏出説にかかわる二人のキーパーソン(2021.08.05. テレビ朝日ワイド!スクランブル」より).

そして、行きついた一つの方向性は、SARS-CoV-2はコウモリから採取されたSARS-CoV様ベータコロナウイルスの改変体であるのではないかということ、そして、過去に米国と中国の共同実験で進められたウイルス機能獲得実験がこのキメラウイルス出現の下地になっているということです。

人為的に作製されたキメラウイルスの漏出によってパンデミックが勃発したということになると、これから起こるかもしれない戦慄のシナリオが想定されます。

1. ウェイド氏の記事

まずはウェイド記事 [4] を振り返ってみたいと思います。この記事はウェブ記事としてはかなり長く、私は以前サラッとしか読んでいなかったので、今回改めて全部を精読しました。この記事では、上記したネイチャー・メディシンの論文の結論を、バリック教授らのノーシーアム技術を考慮していないとして批判しています。そして研究所漏出説を裏付ける数々の状況証拠を提示しています(後述)。

以下、結論として述べられている部分を抜き出して紹介します。

記事の結論として一つとして挙げられていることは、SARS-CoV-2が実験室で生まれたキメラウイルスだとすればきわめて重要であるにもかかわらず、なぜこのことがもっと広く知られていないのだろうかということ、そしてなぜこの件について話したくない人たちがたくさんいるのだろうという疑念です。

口を閉じている筆頭として挙げられているのが中国当局であり、次に米国やヨーロッパのウイルス学者たちです。自分たちのコミュニティが何年もかけて行ってきたウイルス機能獲得実験について、世間の議論を巻き起こすことに波風立てたくないと思えるような関心のなさを装っていると指摘しています。政治問題に関わることで助成金を受ける立場が危うくなるリスクが、この問題について科学者を後ろ向きにさせる理由の一つであるとウェイド氏は述べています。

米国政府が中国当局と奇妙な共通認識を持っていることも問題視しています。両政府とも、石正麗氏のコロナウイルス研究が米国国立衛生研究所(NIH)から資金提供を受けていたという事実には、目を向けようとしていません。

この件で、国立アレルギー・感染症研究所のアンソニー・ファウチ(Anthony S. Fauci)所長もやり玉に挙がっています。ファウチ氏はトランプ大統領の下ではCOVID-19対策を務め、バイデン政権でもその面でリーダーシップをとり続けています。ところが、米中のウイルス機能獲得実験において資金提供に関わった重要人物でありCOVID-19流行の当初(パンデミックの直前)、中国と大量のメールのやりとりをしていたことも暴かれています [9, 10]

しかし、ウェイド氏が懸念するところは、彼の中国への資金提供における明らかな判断ミスについて、米国議会はファウチ氏を表立って引きずり出そうという気はないのではないかということです。

これらの沈黙の壁に加えて、ウェイド氏は主流メディアの壁があるとしています。300万人の死者を出したウイルスの起源については真剣に調査する価値があり、あるいは、ウイルスの起源に関わらず、機能獲得型の研究を継続すること意義についても検討する価値があるかもしれない、あるいは、機能向上研究への資金提供の問題について調査する価値があるだろうとしながら、メディアの好奇心のなさはどうしたものかと疑念を述べています。

その理由の一つとして、科学記者の立ち位置を指摘しています。政治記者とは異なり、情報源の動機に懐疑的になることはほとんどなく、自分の役割は科学情報を一般大衆に伝えることだと考えています。そのため、科学記者は情報源が協力してくれないと困ってしまうのです。

ウェイド氏は米国のメディアが置かれたもう一つの理由を挙げています。それは、前トランプ政権に対する政治的な左傾化にあるというのです。トランプ大統領が「ウイルスは武漢の研究所から逃げ出した」と言ってもそれを信用せず、ウイルス学者と一緒になって、研究所漏出説を陰謀論とみなしました。この傾向は、バイデン大統領の国家情報局長だったアブリル・ヘインズ(Avril Haines)氏が同じことを言っても、無視されたことにも現れています。

このジャーナリズムの反トランプ(反アジア人種偏見)の姿勢が、科学的であることよりも先に漏出説に蓋をしてしまったという弊害について、いくつかのウェブ記事も指摘しています [7]

最後にウェイド氏は、ウイルス学者のコミュニティは偽りで利己的な言論誘導を行なっているが、覆される日が来るかもしれないと述べています。

2. メディアが伝える状況証拠

上記のように、国内外のメディアは、ウェイド氏の記事や上記共和党の報告書とともに、キメラウイルスの武漢研究所漏出説を裏付ける状況証拠を次々と提示しました。これらの証拠を要約すると以下のようになります。いずれも武漢で最初の患者が公表される前の話です。

1) 2019年9月に研究所のウイルスに関するデータベースが説明なく突然削除された

2) 同年9月から10月にかけて、研究所近くの病院を訪れる人が急増していることを示す衛星写真がある

3) 同年10月18日に武漢で開かれた世界軍人大会に参加する際、選手が空港で検温された

4) 同大会期間中、武漢がロックダウンされていたという選手の証言がある

5) 大会期間中、選手の間でCOVID-19に似た症状が続出した

6) 選手が帰国後スペイン、フランス、イタリアなどで家族が体調を崩した

7) 2019年10-12月ブラジルの下水からSARS-CoV-2が検出された

そのうえで「研究所で研究者が誤って感染し、ウイルスが外部に広がった可能性には、完全な説得力がある」とし、「一連の証拠や中国当局の隠匿は、武漢研究所がこの大流行の起源であることを強く示唆している」と、共和党報告書は結論づけています。

当該報告書は、武漢の研究所に研究資金を提供していた米国のNPO研究団体エコヘルス・アライアンスの代表者(ピーター・ダザック [Peter Daszak] 博士)について、議会で証言させることを求めています。ダザック博士は、研究所漏出説を否定する上記のランセット記事 [3] に名を連ねており、また、世界保健機構WHOが行なったウイルスの起源に関する中国調査における中心人物です。

そして、バイデン米大統領は、5月下旬、研究所流出説も含めて、ウイルスの起源について調査し、90日以内に報告するよう情報機関に指示したことが報道されています [1]

今日のテレビでは、キーパーソンであるバリック教授と石博士が、DNA組換えの痕跡が残らないノーシーアム(シームレス)方式による重症急性呼吸器症候群コロナウイルスSARS-CoV)をバックボーンとするキメラウイルスの作製を行なっていたことを伝えていました(図2)。

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図2. メディアが伝えるSARS-CoVの改変疑惑と研究所漏出説にかかわる二人のキーパーソンと遺伝子改変の痕跡がないキメラウイルス作製の方法(2021.08.05. テレビ朝日ワイド!スクランブル」より).

このキメラウイルスの作製過程でSARS-CoV-2が生まれ、それに研究所員が感染して、知らずして武漢市内で感染を広げたとするなら、それは戦慄の出来事です。DNA組換えの痕跡が残りませんので、ノーシーアム技術を知らなければ、それが野生型なのか人為改変型なのかどうか分かりようがないのです。

3. ノーシーアム(シームレス)技術とは

では、キメラウイルスの作製の証拠を消すノーシーアム技術とはどういうものでしょうか。これは簡単なDNA組換えの技術ですが、以下に概要を説明したいと思います。

あるDNAに外来の特定遺伝子を導入する遺伝子組換え技術では、制限酵素連結酵素(リガーゼ)を使います。これは大学の学生実験で行なう程度の簡単な技法です。制限酵素とは細菌が持っているDNA上の特定の数塩基の配列を認識して切断する酵素で、さまざまな切断部位を認識する酵素遺伝子工学用に市販されています。リガーゼとは、切断された部位同士をくっつける活性を有する酵素です。

つまり、制限酵素という"ハサミ"とリガーゼという"ノリ"を使うことで、DNAからあらゆる遺伝子を自由に切り出し、別のDNA上に導入できるわけです。PCR法が登場した以降は、予め制限酵素部位を含むPCRプライマーセットを設計し、そのセットで標的DNAを次々と増幅し、増幅産物を制限酵素で処理した後リガーゼでくっつけるというのがよくとられるアプローチです。

一般的には異なるDNAの制限酵素部位を切断して、また同じ部位をくっつけて組換えを行なうわけですから、組換えDNAにはその制限酵素切断部位の配列が残ります。ところが、ノーシーアム方式では、それを消すことができるのです。ただし、これには特別な制限酵素を使う必要があります。

ノーシーアム技術を可能とする制限酵素の一つとしてEsp3Iがあります。酵素名が異なりますが、BsmBIも同じ認識配列を切断する制限酵素です(これをイソシゾマーと言います)。これらの酵素の認識部位は CGTCTC(1/5) です。つまり、CGTCTCという配列を認識してその下流側の5塩基の一つ目の部分(CGTCTCN↓NNNN)と相補配列の上流側5塩基配列の外側(GCAGAGNNNNN↑)を切断します。

バリック教授は、総説論文上でEsp3Iを使ったノーシーアム方式を解説しています [12]。それを図3に示します。

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図3. Esp3Iを使った伝統的方法とノーシーアム法(図ではno-see-umではなくno see'mと記載)によるDNA組換え(文献 [12] からの転載図に筆者が部分的に色づけした).

Esp3Iを使う伝統的な組換え方法では、同一のEsp3I切断部位を持つ2つのフラグメント(図3では MHV A サブクローンと MHV B サブクローン)を連結することで、Esp3I部位がそのまま残った組換え標品が得られます(図3上)。

一方、ノーシーアム法では、制限酵素部位の向きを逆にするだけで、2つのフラグメントからEsp3Iサイトを特異的に除去することが可能であり、その結果、制限サイトを含まない組換え標品を得ることができます(図3下)。つまり、ゲノムに固有の制限サイトを組み込むことなく、小さなサブクローンから大きなDNAを組み立てることができるというわけです。

ノーシーアムのリバースジェネティック系では、まずバックボーンとなるウイルスゲノムを選択し、いくつかに分けてプラミスベクターに組み込みクローニングしますが、それぞれのcDNAにノーシーアム制限サイトをつけおきます。これは制限酵素サイトをつけた設計したPCRプライマーで標的領域を増幅し、サブクローニングすればよいだけです。これらを制限酵素切断した後連結しますが、連結したDNAの5'末端にT7ポリメラーゼのプロモーターをつけておけばin vitroRNAを合成できます。この合成RNAを培養細胞に導入し、組換えRNAウイルスを回収します。

バリック教授の研究グループは、2002年に出版した論文でこのノーシーアム技法を最初に報告しました [13]。この研究では、グループIIコロナウイルスであるマウス肝炎ウイルス株A59(MHV-A59)の完全長の感染性cDNAを、ノーシーアムで組み立てました。

すなわち、31.5 kb のMHVゲノムにまたがる7つの連続したcDNAクローンを分離し、これらのcDNAの末端に独自の接合部(Esp3Iサイト)を設け、隣接するcDNAサブクローンのみで組み立てを行ないました。その結果、長さ約 31.5 kb の無傷のMHV-A59 cDNAコンストラクトを得ることができました。各cDNAの末端に位置する相互接合部(Esp3Iサイト)は、全長cDNA製品の組み立て中に除去されるため、ヌクレオチドの変化を導入することなく再組み立てが可能と結論づけられています。

4. 機能獲得実験からSARS-CoV-2発見まで

それでは、キメラウイルスを使った機能獲得実験の一環として行なわれた、2015年に発表されたネイチャー・メディシンの論文 [14] をみてみましょう。これは米中の共同研究グループによる論文で、著者として石博士とバリック教授の名前が見られます

この研究では、リバース・ジェネティック系2を用いて、マウスに適応したSARS-CoVのバックボーンに、中国のカブトコウモリの個体群で循環しているSARS類似ウイルス(SHC014)のスパイクタンパクを発現させたキメラウイルスを作製し、その特性を調べました。

その結果、野生型のバックボーンにSHC014のスパイクをコードするグループ2bウイルスが、SARS受容体であるヒトアンジオテンシン変換酵素II(ACE2)の複数のオルソログを効率的に利用し、ヒト気道細胞で効率的に複製し、SARS-CoVの流行株と同等のin vitro力価を達成できることがわかりました。

さらに、マウスを用いたin vivo実験では、肺でキメラウイルスが複製され、顕著な病原性を示しました。SARSに基づく免疫療法や予防法を検討した結果、モノクローナル抗体やワクチンのアプローチでは、新規スパイクタンパク質を用いたCoVを中和せず、感染を防ぐことができませんでした。

これらの知見により、感染力のある完全長のSHC014組換えウイルスを再構築し、そのキメラウイルスのin vitroおよびin vivoの両方での確実な複製を証明したことになります。そして、この研究は、現在コウモリの集団で流通しているウイルスから、SARS-CoVが再発生する可能性を示唆しています。

この論文では、キメラウイルスの構築にノーシーアム(シームレス)技術を使ったかどうかは直接書かれておらず、用いた方法は過去の文献を引用する形で記載されていました。その引用論文でも直接方法は書かれておらず、結局孫引きした2005年のバリック教授グループの論文 [15] まで辿ることになりました。そこには制限酵素としてEsp3IではなくAarI を使用し、シームレス連結(seamless ligation)でDNAコンストラクトを作製したことが書かれています。

さらに、2017年、武漢ウイルス研究所、石博士の研究グループは、中国雲南省の複数種のカブトコウモリが生息する洞窟での、SARS関連コロナウイルス(SARSr-CoV)の調査結果を報告しました [16]。この研究では、新たに分離された11株のSARSr-CoVの完全長ゲノムが解読され、ヒトSARS-CoVに酷似したコウモリ型SARSr-CoVを初めて発見しています。また、スパイクタンパク質の配列が異なる3種類のSARSr-CoVが、いずれもヒトのACE2を受容体として利用できることが示されています。

想像するに、おそらく、武漢ウイルス研究所におけるこれらの研究過程で新規ウイルス株の分離・キメラ化と機能獲得実験が繰り返され、ノーシーアムのSARS-CoV-2が生まれたのではないでしょうか。上記のテレビ朝日の番組では、バリック教授が「答えは武漢ウイルス研究所のデータベースの中にしか見つけられないだろう」とメディアのインタビューで語ったことを紹介していました。

一方、石博士は「自分たちの実験は機能獲得とは異なる。ウイルスをより危険なものにしようとしたのではなく、ウイルスが種を飛び越えてどのようにジャンプするかを理解しようとしたものだ」と、機能獲得実験を否定しながら答えています [8]

そして、2019年末に武漢での新型コロナウイルス感染症流行が起こります。上海の大学と武漢の病院の共同研究グループは、すぐに患者の気管支肺胞洗浄液を使ったRNAメタゲノミクスSARS-CoV-2(当時は2019-nCoV)の全ゲノム(約3万塩基)を解読し、ネイチャー誌に発表しました [17]。2020年2月3日のことです。ちなみに、この論文には武漢ウイルス研究所のメンバーの名前はありません。

しかし、同じネイチャーの号の隣ページには、石博士の研究チームが、重症肺炎の患者7人(うち6人は武漢の海鮮市場の労働者)から採取した検体を分析した論文が掲載されています [18]。患者由来のウイルスのゲノム塩基配列は、SARS-CoVと79.5%、コウモリコロナウイルスRaTG13と96%の相同性があることが示されており、新型コロナウイルスの発生源がコウモリである可能性が非常に高いことが示唆されています(しかしReceptor-binding domain [RDB] でのアミノ酸配列での相同性は89%)。

石博士らは、このウイルスを「新型コロナウイルス2019(2019-nCoV)」と暫定的に命名し、SARS-CoV同様にACE2受容体によって細胞に侵入すると考察し、さらにこのウイルスを特異的に検出するPCR検査法も提示しています。

当時は、これらの中国研究グループのあまりにもの仕事の速さに、世界中が驚いたものですが、キメラウイルスや機能獲得実験の実績があれば、然もありなんという印象を受けます。

SARS-CoV-2と最類縁のコウモリ由来コロナウイルス株RaTG13との間には、1,000塩基程度の違いがあります。コロナウイルスは自然組換えを起こしやすいとされ、ゲノムの小さな領域ごとに祖先が異なるために進化歴の解析が難しいですが、SARS-CoV-2と最類縁コウモリウイルスはおよそ40~70年前に共通祖先から分岐した可能性が高いと報告されています [19]

しかし、その間の進化距離を埋める近縁ウイルスもコウモリとヒトを繋ぐ中間宿主も見つかっていませんセンザンコウから見つかったウイルスのゲノム情報(ゲノムレベルでは92%の相同性であるが、RBDのアミノ酸配列は97%)に基づいて、センザンコウが中間宿主である可能性が指摘されていますが、ACE2結合に重要な6アミノ酸SARS-CoV-2に完全一致しており、このウイルスさえも人工キメラではないかという指摘もあります [20]

なぜSARS-CoV-2の近縁ウイルスもSARS-CoV-2の中間宿主も見つからないのか、あれだけ精力的な調査研究を行っている武漢ウイルス研究所がなぜそれを見つけることができないのか、それは「SARS-CoV-2は、あるコウモリウイルス株をバックボーンとして異なるウイルスの部品をシームレスで組み込んだ人為的改変体だ」と考えれば納得いきます。しかし、その証拠は、バリック教授が言うように、当局のデータベース(現在非公開)の中にしか見つけられないでしょう。

5. 何が脅威か

今回改めて、SARS-CoV-2の起源やウイルス改変に関する論文や記事を読んで思ったことは、やはり、これが人為改変によるキメラウイルスと疑いが限りなく濃いということです。そのように思わせる痕跡がウイルスの中にあるということです [20]。もちろん、これに対する反証もいくつかあるわけですが、今ひとつ科学的説得力に欠けます。

SARS-CoV-2はスパイクタンパク質を有しますが、そのサブユニットであるS1とS2の間には、非常に特徴的な塩基性アミノ酸解裂部位(polybasic amino acid cleavage)があります [2]図4)。PRRA(プロリン–アルギニン–アルギニン−アラニン)という4つのアミノ酸配列で、真ん中の二つのアルギニンの元の塩基配列はCGG-CGGであり、天然由来とするにはきわめて不自然です。今まで分離されているベータコロナウイルスには、このような塩基性アミノ酸解裂部位も塩基配列も見つかっていません。

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図4. SARS-CoV-2および関連するコロナウイルスのスパイクタンパク質S1、S2サブユニットにまたがる部分のアミノ酸配列(文献 [2] より転載).

鳥インフルエンザウイルスの場合、スパイクであるヘマグルチニンに塩基性アミノ酸解裂部位が挿入されると、感染力の強い高病原性になることが報告されています [21]

SARS-CoV-2のスパイクはS1とS2の二量体になっていること、これらの間にプロリン残基を含む塩基性アミノ酸解裂部位をもつこと、そして、これらにまたがる三つのO結合型糖鎖(O-linked glycan)接触部位をもつことで特徴付けられます。このような構造は、宿主のプロテアーゼであるフーリン(furin)による分断を効果的にし、ウイルスの感染力と宿主の範囲を決定づける要因となっていると考えられます [2]

加えて、SARS-CoV-2はRBD中の受容体結合モチーフを介してACE2に結合するわけですが、このモチーフの両端には不思議な制限酵素サイト(EcoRIとBstEII)があります [20]

もしSARS-CoV-2が人為改変体とするなら、自然界の宿主の範囲もよくわからない機能強化された(感染力を増した)ウイルスが世界中に広がり、パンデミックを起こしたことになります。逆に言えば、自然界の選択圧を受けて進化したウイルスではないからこそ、あっという間に拡大し、パンデミックを起こしたとも言えます。つまり、自然淘汰を受けていない外来生物が、いきなり捕食圧のない生態系に侵入してニッチを横取りし、拡大するするようなものです。

この点で懸念される現象が実際に起こっています。野生のシカの間でSARS-CoV-2の集団感染が起こっているという事実です [22]。米国農務省(USDA)が、過去10年間にわたって採取してきた600頭に以上にのぼるオジロジカの血液サンプルを分析したところ、2021年1月〜3月にかけて採取した152頭の40%からSARS-CoV-2の抗体が検出されました。

すなわち、開放環境に生息し、行動生態の上で人間より個体密度が低い(感染しにくい)と考えられる野生動物のなかでSARS-CoV-2の感染が広がっているということを示唆するものです。このウイルスの感染力の強さと広い宿主スペクトラムを示すものです。

一旦解き放された人為的キメラウイルスは、自然淘汰による制御が間に合わず、いきなりパンデミックを引き起こし、感染宿主の膨大なポピュレーションのなかで、容易に変異を繰り返す機会を与えられていると考えられます。その変異の頻度の多さから、人間の手による特異的ワクチンがかえって選択圧となって免疫逃避も繰り返す可能性があります

多数の抗原エピトープを標的とするワクチンは、抗生物質で起こる薬剤耐性などとは異なり、免疫耐性を生み出す変異確率はきわめて低いとされており [23] SARS-CoV-2の場合もこれに該当すると言われています。しかし、実際は、受容体結合ドメインに変異を起こしたいくつかの変異体が、mRNAワクチンで誘導された中和活性に抵抗性を示すことが報告されています [24]

おわりに

ウェイド氏が言うように、SARS-CoV-2の起源に関して武漢研究所からのキメラウイルス漏出説が再燃していることに対して、以前とは異なり為政者と科学者が一応に押し黙っていることついては、かえって漏出説の真実味を高める結果になっています。

もしそうだとすると事態は深刻です。これから起こることが、予測がつかないほどに悲劇的になる可能性もあるからです(現実にパンデミックという悲劇はすでに起こっていますが)。

ウイルス学者のヴァンデン・ボッシュ(Vanden Bossche)博士は、免疫逃避のウイルスを「制御不能な怪物の出現」として警鐘を鳴らす書簡を国際保健当局に対して送りました [25](→mRNAワクチンへの疑念ー脂質ナノ粒子が卵巣に蓄積?)。現在使用されているCOVID-19ワクチン(mRNAワクチン)を中止しなければ、「比類なき世界的大惨事」を引き起こす危険性があるというのです。

しかし、ボッシュ博士の言説は言わば疑似科学扱いされ、全くの見当違いという多くの批判があります [26]。批判の主旨は、免疫逃避を繰り返すウイルスが相手であっても、その都度新しく設計したワクチンで対処すればよいと言うものです。

私は、「ワクチンを中止しろ」という主張にも「新しいワクチンで対処できる」という見解のどちらにも同意するものではありませんが、SARS-CoV-2が制御不能なウイルスになり得るという懸念は抱いています。

その理由は上述したように、それが感染力を増した改変キメラウイルスとするなら、元々ヒトと触れることがなかった山奥の洞窟に棲むコウモリ起源のウイルスを母体として、宿主への自然淘汰がなされていない起点から感染が始まるからであり、だからこそ感染者と宿主範囲を広げて行く可能性があり、それだけ変異の機会をもつことになるからです。その都度新しく設計し直したワクチンを接種するという考えはいささかナイーブであり、到底追いつかない可能性があります。

結局は、中国、台湾、ニュージーランドで成功しているような検査・隔離とセットの物理的封じ込め(非医薬的介入)が強力でないと、ウイルスに対処できないかもしれません。

そもそも人類はかつてパンデミックをワクチン(人為的集団免疫獲得)で制御した経験がありません。今主流のmRNAワクチンの連続使用が、理論上はそうであっても、実際上うまくいくという保証もありません。今世界中で人体実験の最中です。少なくともワクチンで対処できるという当初の見込みが甘かったことが拭いきれないことは、ブースター接種後も含めたワクチン・ブレイクスルー感染などの最新のデータが示しつつあります。

WHOは、現在のデルタ変異体の流行が終息するとき、次のパンデミックを導く、新しい変異株に神経を尖らせています。多くの国で発見されたエタ(Eta)、インドで発生したカッパ(Kappa)、ニューヨークで発生したイオタ(Iota)、2回のワクチン接種を終えた人々を感染させた、ペルーのラムダ(Lamda)変異などが、いま注目されています。デルタ変異体の亜系統である、AY.12、AY.23、AY.25、AY.4なども要注意です。SARS-CoV-2の感染制御が難しいという兆候はもう現れているのです。

2021.08.07更新

SARS-CoV-2の起源と進化については、名古屋市立大学大学院理学研究科教授鈴木善幸氏による優れた日本語総説 [27] がありましたので、ここで引用して紹介しておきます

引用文献・記事

[1] 大島孝:「新型コロナ、武漢から流出」米共和党議員が報告書. 朝日新聞デジタル 2021.08.03. https://digital.asahi.com/articles/ASP832QM5P82UHBI02P.html?_requesturl=articles%2FASP832QM5P82UHBI02P.html&pn=5

[2] Andersen, K. G. et al.: The proximal origin of SARS-CoV-2. Nat. Med. 17 March 2020. https://www.nature.com/articles/s41591-020-0820-9

[3] Calisher, C. et al: Statement in support of the scientists, public health professionals, and medical professionals of China combatting COVID-19. Lancet 395, E42-E43 (2020). https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)30418-9

[4] Waid, N.: The origin of COVID: Did people or nature open Pandora’s box at Wuhan? Bull. Atom Sci. May 5, 2021. https://thebulletin.org/2021/05/the-origin-of-covid-did-people-or-nature-open-pandoras-box-at-wuhan/

[5] Bloom, J. D. et al.: Investigate the origins of COVID-19. Science 372, 692 (2021). https://science.sciencemag.org/content/372/6543/694.1.full

[6] Forbes Japan: コロナの武漢起源説」が再燃、著名科学者らが調査呼びかけ. Yahoo Japan ニュース 2021.05.26 https://news.yahoo.co.jp/articles/1d44d5fdb82a870a4ca395f0c73fe208a42a0c5f?page=1

[7] 山川真智子: 再燃するウイルス流出説 これまで否定されたのはトランプ氏のせい? NewSphere 2021.06.03. https://newsphere.jp/national/20210603-2/

[8] 西岡省二: 新型コロナ渦中の“コウモリ女”がNYタイムズの追及で連発した検証困難な「ノー」. Yahoo Japan ニュース. 2021.06.17. https://news.yahoo.co.jp/byline/nishiokashoji/20210617-00243408 

[9] 藤和彦: 武漢ウイルス研究所流出説、海外で再び広がる…ファウチ所長のメール公開、風向き変わる. Buisiness Journal 2021.06.21. https://biz-journal.jp/2021/06/post_231608.html

[10] BS-TBS: 再浮上“武漢”起源説 米ファウチ博士に浮上した“疑惑”とは】報道1930まとめ21/7/27放送. 2021.07.27. https://www.youtube.com/watch?v=VY9yvEqKc6c

[11] Cortez, M. F: The last—and only—foreign scientist in the Wuhan Lab speaks out. Bloomberg 2021.06.28. https://www.bloomberg.com/news/features/2021-06-27/did-covid-come-from-a-lab-scientist-at-wuhan-institute-speaks-out

[12] Baric, R. S. & Sims, A. C.: Development of mouse hepatitis virus and SARS-CoV infectious cDNA constructs. CTMI 287, 229–252 (2005). (2005). https://www.researchgate.net/publication/8119695

[13] Yount, B. et al.: Systematic assembly of a full-Length Infectious cDNA of mouse hepatitis virus strain A59. J. Virol. 76, 11065–11078 (2002). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC136593/

[14] Menachery, V. D. et al.: A SARS-like cluster of circulating bat coronaviruses shows potential for human emergence. Nat. Med. 21, 1508–1513 (2015). https://www.nature.com/articles/nm.3985

[15] Yount, B, et al.: Severe acute respiratory syndrome coronavirus group-specific open reading frames encode nonessential functions for replication in cell cultures and mice. J. Virol. 79, 14909-14922 (2005). https://doi.org/10.1128/JVI.79.23.14909-14922.2005

[16] Hu, D. et al: Discovery of a rich gene pool of bat SARS-related coronaviruses provides new insights into the origin of SARS coronavirus. PLoS Pathog. Published Nov. 30, 2017. https://doi.org/10.1371/journal.ppat.1006698

[17] Wu, F. et al: A new coronavirus associated with human respiratory disease in China. Nature 579, 265–269 (2020). https://doi.org/10.1038/s41586-020-2008-3

[18] Zhou, P. et al.: A pneumonia outbreak associated with a new coronavirus of probable bat origin. Nature 579, 270–273 (2020). https://www.nature.com/articles/s41586-020-2012-7

[19] Boni, M. F. et al.: Evolutionary origins of the SARS-CoV-2 sarbecovirus lineage responsible for the COVID-19 pandemic. Nat. Microbiol. 5, 1408–1417 (2020). https://www.nature.com/articles/s41564-020-0771-4

[20] Li-Meng, Y. et al.: Unusual features of the SARS-CoV-2 genome suggesting sophisticated laboratory modification rather than natural evolution and delineation of its probable synthetic route. Zenodo Sept. 14, 2020. https://zenodo.org/record/4028830#.YTFiVdW2zEo

[21] Alexander, D. J. & Brown, I. H.: History of highly pathogenic avian influenza. Rev. Sci. Tech. Off. Int. Epiz. 28, 19-38 (2009). http://dx.doi.org/10.20506/rst.28.1.1856

[22] Chandler, J. C.: SARS-CoV-2 exposure in wild white-tailed deer (Odocoileus virginianus). bioRxiv Posted July 29, 2021. https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2021.07.29.454326v1

[23] Why does drug resistance readily evolve but vaccine resistance does not? Proc. Biol. Sci. 284, 20162562 (2017). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5378080/

[24] Garcia-Beltran, W. F. et al.: Multiple SARS-CoV-2 variants escape neutralization by vaccine-induced humoral immunity. Cell 184, 2372-2383.E9 (2021). https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.03.013

[25] Geert Vanden Bossche (DVM, PhD): https://www.geertvandenbossche.org/

[26] Jarry, J.: The doomsday prophecy of Dr. Geert Vanden Bossche. Office for Science and Society, McGill University, March, 24, 2021. https://www.mcgill.ca/oss/article/covid-19-critical-thinking-pseudoscience/doomsday-prophecy-dr-geert-vanden-bossche

[27] 鈴木善幸: 重症急性呼吸器症候群2 (SARS-CoV-2) の起源と進化. 生物の科学 遺伝 75, 34–42 (2020). https://www.nsc.nagoya-cu.ac.jp/~yossuzuk/MyPapers.dir/34.pdf

引用したブログ記事

2021年6月28日 mRNAワクチンへの疑念ー脂質ナノ粒子が卵巣に蓄積?

2020年3月19日 新型コロナウイルスは人為的改変体ではない?

                     

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