Dr. Tairaのブログ

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ステルスオミクロン

はじめに

最近、ステルスオミクロン(Stealth Omicron)という言葉が出てきました。新型コロナウイルスSARS-CoV-2)オミクロン変異体(Omicron variant)に類縁の変異ウイルスを表す言葉のようですが、このブログ記事でステルスオミクロンとは何か、このウイルスに関わる問題を取り上げてみたいと思います。

1. ステルスオミクロンとは

オミクロン変異体BA.1という系統名でよばれていますが、これに類縁する変異体としてBA.2という亜系統(sub-lineageが知られています。この変異体を、一部の科学者がステルスオミクロンとよぶようになりました。

経済誌フォーブスは、英国の保健安全保障庁(UKHSA)が、1月21日、BA.2ウイルスについて、調査していると発表したことを伝えました [1](図1)。UKHSAはBA.2を「調査中の変異体」(variant under investigation)に指定したと述べています。ただし、英国内で確認されたBA.2のサンプル数はまだ非常に少ないようです。

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図1. フォーブスのステルスオミクロンに関する記事 [1].

なぜBA.2変異体がステルスオミクロンとよばれているかと言えば、このウイルスが現行のPCR検査で発見するのが難しい遺伝子構造を持つことが理由です。つまり、PCR検査でSARS-CoV-2としては検出可能であるけれども、さらにゲノム解析をしない限り、それがBA.2かどうかわからない(ステルス状態である)ということです。

もう少し詳しく言うと、サーモフィッシャー(Thermo Fisher)社製のプローブRT-PCRキットTaqPathで採用されている複領域(ORF1、N、S遺伝子標的)検出プライマーにおいて、オミクロンBA.1は、S遺伝子が検出されない(S gene target failure、SGTF)という特徴をもちます [2]。したがって、この特徴を利用して、SGTFをBA.1の代理マーカーとして使うことができるわけですが、BA.2はSGTFを示さず、マーカーとして利用できないのです。

予備的な分析によれば、BA.2は従来のオミクロン(BA.1)と比較して入院件数に差はないということですが、前者が従来型よりも強い感染力を持つものかどうか、ワクチンの効果に影響を与えるものかどうかは確認中ということです。すでに、デンマークなどの北欧を中心に症例が増えており、フランス、インドの一部でもBA.2が流行しているとの報告が相次いでいます。

BA.2は現状ではオミクロンの亜系統に分類されていますが、BA.1との塩基配列(およびアミノ酸配列)の違いはきわめて大きく、オリジナルのSARS-CoV-2(いわゆる武漢型)とアルファ変異体の相違度に相当するようです。この差が、重症度や感染力などの挙動の違いにつながる可能性もあります。

BA.2については、まだ未解明な部分が多く、ワクチンや免疫回避をする能力が高いのか、重症化しやすいのか、BA.1よりも感染力が高いのかなど、その挙動に関するデータはきわめて限られており、今後の症例や研究に待つところが大きいです。

オミクロン変異体には3つの亜系統(BA.1、BA.2、BA.3)がありますが、日本を含めて症例のほとんどはBA.1です。今後、日本でもBA.2が台頭してくる可能性があり、警戒する必要があります。

日本のメディアでも早速ステルスオミクロンをとりあげており、私も以下のようにツイートしました。

なお日本では、BA.2を「オミクロン株の亜種」という伝え方をしていますが、これは不適切な表現です。上述したように、海外では亜系統という言葉でBA.2を表しています。

生物もウイルスも科(family)→属(genus)→種(species)→亜種(subspecies)という階層分類で、それぞれ命名されています。ただし、生物の種は種名は属+種名(ラテン語)の二名方式で表されますが、ウイルスでは二名方式はとらず、命名は自由です。新型コロナで言えば、SARS-CoV-2が種に相当し、亜種は決められておらず、そのウイルスが変異(進化)する度に、それぞれに系統名(言わば家系名)がつけられています。そして宿主や患者からウイルスが分離されればそれが「株」(ウイルスの実体)になります(→日本で変異ウイルスの系統を「株」とよぶ不思議)。

すなわち、オミクロンというのは変異体の系統を指す便宜上の名称であり、株名ではありません。ましてやオミクロン株の亜種という言い方は何の意味かわかりません。もし表現するなら、オミクロン型(変異体)の亜系統とするべきです。日本感染症学会がウイルスの系統(lineage)の変異体(variant)に対して、株(strain)という呼称を用いたことはが間違いであり、この責任は大きいです。

2. オミクロンは抗原検査で検出されない?

日本ではいま検査試薬や検査キット不足が叫ばれていますが、実はオミクロン系統のBA.1やBA.2の場合は、抗原検査キットで検出されないことが以前よりも高くなっている可能性があります。

最近、スイスの研究チームは、抗原検査キットを用いた抗原検出迅速診断法(Ag-RDT)のオミクロン変異体に対する感度を調べ、従来のデルタ型などのSARS-CoV-2変異体に比べて感度が落ちることを、プレプリントで報告しました [3]

SARS-CoV-2の懸念される変異体(VOCs)は経時的に出現しています。したがって、Ag-RDTを含む現行の診断検査の性能に及ぼす潜在的な影響を調べる必要があります。新たに出現したオミクロン変異体は、Ag-RDTで検出可能であるという情報も流れていますが、感度に関するデータはほとんどありません。このような背景から、研究チームは市販の種々の抗原検査キットのオミクロン検出の感度を調べました。

方法として、8種類のAg-RDTキットを用いて、培養ウイルスを用いた分析感度試験を行いました(表1)。これらはすべてクレオカプシドを標的とする抗原検査キットです。抗原検査では、スパイクタンパクのように局所を標的とした場合は感度が落ちるので、ヌクレオカプシド全体を標的とするのが普通です。

表1. 研究で用いられたAg-EDTキットのリスト(文献 [3] より転載)

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これらのキットのうち、7種類について、オミクロン型(n=18)またはデルタ型(n=17)のブレイクスルー感染を起こしたワクチン接種者の臨床検体を用いた二重のレトロスペクティブ試験を実施しました。

その結果、Ag-RDTは、オミクロンに対して全体としてバラバラな検出特性を持っていました。また、培養ウイルスを用いた場合、初期流行のSARS-CoV-2や他のVOCと比較して、オミクロンの検出感度が低い傾向が認められました。

7つのAg-RDTで比較可能な臨床検体を用いてデルタとオミクロンの性能を比較すると、デルタ検体では156/238 (65.6%) に対して、オミクロンでは124/252 (49.2%) が陽性となりました.オミクロンとデルタの感度は、Ag-RDTキット間で大きく変動しました(表2)。7つのAg-RDTキットのうち、4つはデルタと比較してオミクロンの検出感度が有意に低く(p<0.001)、3つはデルタと同等の感度でした。

表2. 7種類のAg-RDTキットを用いた臨床検体におけるデルタ型およびオミクロン型の検出感度(RT-PCRに対する感度)(文献 [3] より転載)

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結論として、著者らは、 オミクロン変異体の検出感度はAg-RDTキットにより大きく異なるため、感染予防対策に用いる場合は注意が必要であると指摘しています。つまり、分析上の検査では、性能データを得るための代理的かつ迅速な方法として用いることができますが、緊急に必要とされる臨床評価の代替とはならないと注意を促しています。

おわりに

いま日本ではオミクロン変異体による感染拡大が著しく、医療ひっ迫、社会活動阻害の可能性、および抗原検査キット不足で混乱しています。この変異ウイルスでは、重症化しないから、風邪みたいなものだからとタカをくくり、感染者数の増加そのものが被害の大きさや社会に多大な影響を及ぼすことが念頭になかったのでしょうか。感染流行では常に感染拡大を抑えることが一義的に重要であり、そこに検査が大きく関わるということを、この国はパンデミックから2年経過しても学んでいないような気がします。

日本での検査はいまパンク状態です。発症患者の早期確定さえ追いついていない状況であり、検査をしないで陽性診断という話も出る始末です。BA.1かBA.2かも見分ける余裕もないのかもしれません。ボーッとしているといつの間にかBA.2に置き換わっていたということになりかねません。それこそステルスウイルスです。

抗原検査で言えば、もちろんPCR検査よりもはるかに感度が悪いわけですが、ことオミクロンについては、見逃す可能性がさらに高まっているでしょう。簡易抗原検査キットを使う限り、BA.2どころか、BA.1そのものがステルス状態になる危険性です。

今回の研究チームは、いくつかの抗原検査キットで変異ウイルスの検出に失敗したことについて、生物学的および技術的な両面から、その理由についてさらに調査される必要があるとしています [3] 。考えられる理由の一つとして、オミクロンではヌクレオカプシドにも変異が加わっているので、従来の抗原検査キットでは捕らえにくいということなのでしょう。

第6波の見かけ上の流行ピークを越えた後は特に注意が必要です。なぜなら、検査陽性率が急上昇しているために(現在の7日間移動平均は25%)検査飽和に近づき、検査陽性率の高さとBA.2への置き替わり拡大で感染者数が相殺されるために、ピークを過ぎても新規陽性者数は急減せず、トロトロと下がっていくと予測されるからです。空港検疫で11%がBA.2というのは、すでに黄色信号であり、検疫で陽性者数が増加するようであれば、再拡大(第7波)への赤信号です。

引用文献・記事

[1] Hart, R.: Here’s what we know about ‘Stealth Omicron’ — The fast moving sub-lineage of the variant ‘gaining ground’ in Europe. Forbes January 21, 2022. https://www.forbes.com/sites/roberthart/2022/01/21/heres-what-we-know-about-stealth-omicron---the-fast-moving-sub-lineage-of-the-variant-gaining-ground-in-europe/?sh=407940497725

[2] 国立感染症研究所: SARS-CoV-2の変異株B.1.1.529系統(オミクロン株)について(第2報). 2021.11.28. https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2551-cepr/10792-cepr-b11529-2.html

[3] Bekliz, M. et al.: Sensitivity of SARS-CoV-2 antigen-detecting rapid tests for Omicron variant. medRiv Posted January 17, 2022. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.12.18.21268018v2

引用したブログ記事

2021年12月29日 日本で変異ウイルスの系統を「株」とよぶ不思議

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年〜) 

カテゴリー:ウイルスの話