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ワクチンと抗体医薬が促す免疫回避ウイルスの出現

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

現在流行のSARS-CoV-2オミクロン変異体は、継続的に進化を続けています。特に医者の中には、今後風邪のようなウイルスになるという人もいますが、それは単なる寓話であり、どのように進化が収束していくかは誰にも予測できません。

一つ言えることは、ワクチンや治療薬が幅広く使われていることによって、これらがウイルスの進化に対する大きな選択圧になっている可能性が大きいことです。次の流行の波は、これまで以上に免疫回避能に優れた変異体によるものになるだろうと、サイエンス誌上で予測・解説されています [1]。

この面で、当初から「ワクチン接種が免疫逃避ウイルスの出現を促す」と警告していたのが、ベルギーのウイルス学者ヴァンデン・ボッシュ(Geert Vanden Bossche)博士です。しかし、このブログでも一年以上前に取り上げたように(→ボッシェ仮説とそれへの批判を考える)、ボッシュ博士の主張はワクチン推進派の専門家から疑似科学呼ばわりされ、批判されてきました。

このような中、最近、中国北京大学の研究チームが、ウイルス進化に関する興味深い論文をプレプリントサーバー「バイオアーカイヴ」に投稿しました [2]ワクチンによって誘発された液性免疫が、ウイルスのRDB(receptor-binding domain)収束的な進化(収斂進化convergent evolution)に働き、深刻な免疫逃避ウイルスの出現を促すという結果を示しています。上記のサイエンスの解説記事でも、彼らの研究が出ています。ここで簡単に、このプレプリントの内容を紹介したいと思います。

ちなみに収斂進化とは、異なる系統の生物、ウイルスが、ある環境要因によって同様の選択圧下に曝された場合に、似かよった表現型へと進化していく現象を言います。

オミクロンの継続的進化は、いま、BA.5を超える増殖力をもつ様々なオミクロン亜型の出現をもたらしています。このように、ウイルスにとって有利な性質をもつ変異体が、同時かつ急速に出現していることは前例がないことです。そして、これらの変異体は進化の過程が異なるにもかかわらず、RDBにおいていくつかのホットスポットを共有していることがわかっています。つまり、収束的に進化(収斂進化)しているのです。

このような収斂進化の原動力や到達点、およびその進化がワクチンや自然感染によって得られる液性免疫に与える影響についてはいまだ不明です。これらの背景から、研究チームは、複数のオミクロン亜型株(BR.2、CA.1、BQ.1.1、XBBなど)について、コロナ感染患者の回復期の血漿や抗体医薬に対する応答を調べました。

調べたオミクロン亜型の系統樹およびRDBにおけるホットスポット図1に示します。亜型は主にBA.5亜系統とBA.2亜系統のクラスターに含まれます(図1a)。ホットスポットとして、R346、K356、K444、L452、N460K、F486が含まれます(図1b)。

図1. オミクロン変異体亜型の全ゲノム最尤系統樹(a)およびRDBホットスポットの主要収束変異(b)(文献 [2] より転載). 系統樹上、オリジナルのBA.5に対して増殖の優位性がある変異体を色付けで示す. 相対的増殖優位性の値は、CoV-Spectrumウェブサイトを使用して計算.

BR.2: BA.2.75.4 sub-lineage with S:R346T

CA.1: Potential BA.2.75.4 sub-lineage with S:R346T

XBB: BJ.1/BM.1.1.1 (=BA.2.75.3.1.1.1) recombinant with breakpoint in S1

結論として、本研究は、オミクロンの収束的変異が、BA.5ブレイクスルー感染によるものを含む回復期の血漿や、エバスヘルド、ベブテロビマブなどの既存の抗体医薬から顕著な回避を引き起こすことを証明しました。この傾向が強いものとしてBR.2、CA.1、BQ.1.1があり、特にXBBは、試験した中で最も抗体回避性の高い株でした。XBBのレベルはBA.5をはるかに超え、SARS-CoV-1重症急性呼吸器症候群コロナウイルス[SARS-CoV]のレベルに匹敵しました。

XBBは図1系統樹に名前がありませんが、BA.2亜系統のBJ.1とBM.1.1.1(BA.2.75.3.1.1.1)の組換え体です。いわゆる抗原シフトの例です。

この収束的進化の起源を明らかにするために、BA.2およびBA.5のブレイクスルー感染回復者から分離したモノクローナル抗体(mAbs)の逃避変異プロファイルと中和活性を測定しました。その結果、液性免疫の刷り込み(humoral immune imprinting)により、BA.2、特にBA.5ブレイクスルー感染では、中和抗体のエピトープ多様性が著しく減少し、非中和抗体の割合が増加し、これが液性免疫圧を上げてRBDの収斂進化を促進することがわかりました。

さらに、様々な免疫の来歴をもつmAb(合計3051mAb)に対する中和活性で重み付けしたDMS(deep mutation scannning)プロファイリングを行ない、BA.2.75/BA.5亜型の正確な収束RBD変異と進化傾向を推測しました。DMSは、無数に起こり得る変異を実験的に再現する技法です。すなわち、受容体hACE2の結合特異性に着目し、RDBタンパク質がとり得る可能性のある膨大な数の変異を、オリジナルの武漢株のRDB配列に基づく変異PCRで取得し、それをプラミドに組み込んで酵母に形質転換しました。そのプラスミドを抽出して次世代シーケンサーで解読しました。

その結果、BA.5またはBA.2.75を土台として、わずか5個の追加の収束変異が、十分なhACE2結合親和性を保持しながら、BA.5ブレイクスルー感染によるものを含むほとんどの血漿試料を完全に回避できることが明らかになりました。今回の研究結果は、現在の集団免疫とBA.5ワクチンのブースター接種は、感染に対しては十分に防御にならないことを意味しています。

本研究は、オミクロンのRBDの収束進化が深刻な免疫回避を引き起こすことを示唆していますが、免疫刷り込みの存在を考えると、新しい変異体が感染した場合、液性免疫レパートリーが効果的に機能しない一方で、RBDに対する免疫圧はますます高くなり、収束的進化を促進することが考えられます。 感染に対して効果的に多様化しない抗体レパートリーと収斂進化の相互作用により、最終的には高度に免疫回避の変異体が出現し、現在のワクチンや抗体医薬に大きな問題を与えることになるでしょう。 

特に、CA.1, BQ.1.1, XBB, および構築した収束変異体の抗体回避能は、すでにSARS-CoV-1に匹敵し、あるいはそれを超えており、広範囲な抗原性ドリフトがあることがわかります。 SARS-CoV-1とSARS-CoV-2のRBDには約50種類の異なるアミノ酸が存在しますが、BQ.1.1のRBDには祖先株と比較してわずか21種類の変異しかありません。このことは、世界的大流行がウイルスの免疫逃避変異の進化効率を大きく促進したことを示すものです。

加えて、これらの収斂進化変異体は、大多数の中和抗体の結合を免れているため、これらの変異体が感染しても、中和抗体をコードする既存のモリーB細胞はほとんど甦らず、非中和抗体をコードするメモリーB細胞のみが呼び起こされる可能性があります。このため、感染後の血漿中和レベルの上昇を引き起こすことができず、患者は重症化する割合が高くなる可能性があります。 従って、新しい収束型ウイルスによる疾患の重症化には注意が必要だと思われます。

今回の変異予測モデルは、次々と出現するSARS-CoV-2変異体に対して、中和抗体製剤やワクチンの開発に役立つ可能性があります。 SARS-CoV-2のワクチンや抗体医薬の開発は、最優先事項であり、構築された収束変異体は、それらの有効性を事前に検証するのに役立つと考えられます。

この冬は第8波の流行が予測されますが、免疫回避の変異体の流行になることは確実でしょう。そして新しい収斂進化型ウイルスがもたらす重症化の可能性についても要注意です。

引用文献

[1] Vogel, G.: Big COVID-19 waves may be coming, new Omicron strains suggest. Science Sept 27, 2022. https://www.science.org/content/article/big-covid-19-waves-may-be-coming-new-omicron-strains-suggest

[1] Cao, Y. et al.: Imprinted SARS-CoV-2 humoral immunity induces convergent Omicron RBD evolution. bioRxiv Posted Oct. 4, 2022. https://doi.org/10.1101/2022.09.15.507787

                   

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