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新型コロナウイルスは宿主のエピジェネティク制御をかく乱する

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

はじめに

新型コロナウイルスSARS-CoV-2)は2019年末に出現し、COVID-19の世界的大流行(パンデミック)を引き起こしました。その感染拡大の一因としては、ウイルスの宿主細胞の応答を効果的に抑制する能力にあるとされています。

最近(10月5日付で)、米国ペンシルバニア大学の研究グループは、SARS-CoV-2のタンパク質が宿主のヒストンタンパク質を模倣することで、エピジェネティック制御を阻害することを、ネイチャー誌に報告しました [1]。非常に興味深く、かつ重要な報告と思われるので、このブログ記事で、その研究概要を紹介したいと思います。

1. 背景

ウイルスのタンパク質は、まれにですが、ヒトのヒストンタンパク質(特に転写制御に必要な翻訳後修飾を含む領域)を模倣することによって、抗ウイルス応答を弱めることが知られています [2, 3]。そして、最近の研究では、SARS-CoV-2が宿主細胞のエピジェネティックな制御を著しく阻害することが示されてきました [4, 5, 6]

しかし、SARS-CoV-2がどのように宿主細胞のエピゲノムを制御しているのかは明らかになっていませんでした。特に、ウイルスの特定タンパク質が、エピジェネティック制御においては鍵になるヒストンを模倣しているのかについては、依然として不明でした。それを今回の研究では、コロナの特定タンパクがヒストンを模倣すること、そしてそれが宿主のエピゲノムをかく乱してしまうことを証明したわけです。

とは言いながら、一般人にとっては、ヒストンやエピジェネティク制御という言葉は馴染みがないかもしれません。そこで、まずこれらについて、教科書程度の簡単な説明を加えておきたいと思います。

1-1. ヒストン

生物の体の設計図はDNAに遺伝暗号として刻み込まれていますが、このDNAは二重らせん構造をとる細くて長い糸のようなものです。そのまま裸の状態ではもつれてしまいます。そこで、真核生物の場合、ヒストンというタンパク質にDNAを巻き付けて安定化させ、これがコイル状に繋がった構造を形成しています。これをヌクレオソームと言います。具体的には、4種類のコアヒストン(H2A, H2B, H3, H4)が2分子ずつから成るヒストン8量体の周囲を、147 塩基対のDNA二重鎖が巻き付いた構造が、ヌクレオソームの基本単位になります。

ヌクレオソームの基本単位がさらに数珠状に連なって、反復を繰り返し、凝縮してクロマチンとよばれる構造体を形成します。これが核内に収納されています。

DNAの遺伝暗号が読み取られるプロセスを転写と言いますが、クロマチン構造のままだと読み取れません。実際は、転写を媒介するRNAポリメラーゼが、ヌクレオソームのヒストンから段階的にDNAを剥がし、転写反応を行なう(RNAを合成する)ことがわかっています。

1-2. エピジェネティクス

エピジェネティクスとは、DNAの塩基配列はそのままで、あとから加わった化学的修飾が遺伝子機能と発現を調節する機構のことを言います。つまり、DNAの配列(遺伝子)は全く変わらないのに、修飾によって発現する性質や表現型が違ってくるわけです。主な修飾は、DNAのメチル化とヒストンの修飾です。これらの修飾を含めたプロセス全体の調節がエピジェネティック制御です。この修飾が、何らかの原因で変化すると、さまざまな疾病につながることがわかっています。

ヒストンの修飾としては、アセチル化、メチル化、リン酸化、ユビキチン化があります。ヒストンが修飾を受けるとクロマチン構造が変化します。その結果、DNAと核内因子(転写因子など)との相互作用が変化し、遺伝子の発現が異なってきます。たとえば、アセチル化は遺伝子発現の活性化に関与します。簡単に言うと、抑制型ヒストン修飾の増加によりクロマチン構造が凝集し、遺伝子発現の活性が抑制されます。一方、活性化型ヒストン修飾の増加によりクロマチン構造が緩むと、遺伝子発現が活性化されます。

上記のようにヒストンは、DNAの安定化とともに、エピジェネティクスに関わる重要なタンパク質です。したがって、もしSARS-CoV-2の特定タンパク質がヒトのヒストンを模倣できる(具体的には同じアミノ酸配列モチーフをもつ)となると、エピジェネティックな制御に重大な影響があるわけです。

2. 研究の概要

今回研究チームは、ヒストン模倣の候補として、SARS-CoV-2のORF8がコードするタンパク質に着目しました。すなわち、ORFタンパクの50–55位に、ヒストンH3尾部のARKSモチーフに一致するアミノ酸配列があること、さらに6残基のヒストン相同アミノ酸配列を見いだしました(図1a)。そこで、ORF8タンパクがヒストンH3の"ARKS"モチーフの模倣として機能するか、そして宿主細胞のエピジェネティック制御を阻害するかどうかを調べました。

まず、HEK293T細胞にStrepタグ付きORF8をコードするコンストラクトをトランスフェクションし、蛍光染色で検出した結果、ORF8タンパクは細胞質および核の周辺に位置していました。そして、ORF8がラミン(lamin)タンパク質B1およびラミンA/Cと共局在することがわかりました(図1b)。ACE2受容体を発現するA549肺上皮由来細胞株(A549ACE2)にSARS-CoV-2を感染させると、感染細胞でも同様の発現パターンが確認されました(図1c)。

ちなみに、ラミンは細胞核内にある繊維状タンパク質で、A、B、C型があり、核膜のタンパク質とともに膜の内側に核ラミナを形成しています。ラミナは核の構造を安定化し、クロマチンの組織化や遺伝子転写などの役割を担っています。

次に、ORF8がクロマチンと結合しているかどうかを、塩濃度を上げてクロマチン結合の解離を調べました。その結果、ORF8はラミンやヒストンが解離するのと同程度の塩濃度でクロマチン画分から解離することがわかりました(図1d)。一方、ARKSAPモチーフを欠失したORF8(ORF8ΔARKSAP)は、このモチーフを持つORF8と比較して低い塩濃度で解離し、クロマチン画分中に低いレベルで存在しました(図1d)。このことから、推定ヒストン模倣部位はORF8とクロマチンの結合強度に影響することが示されました。

さらに、ORF8がゲノムDNAとどこで結合しているかを調べるために、ORF8のクロマチン免疫沈降と塩基配列決定(ChIP-seq)を実施しました。ORF8は明確に定義されたピークを示しませんでしたが、ORF8免疫沈降は入力対照よりも濃縮され(図1e)、特定のゲノム領域、特にH3K27me3に関連する領域で濃縮されていることがわかりました。

図1. ORF8タンパクはクロマチンと結合している(文献 [1] より転載). a, ORF8はヒストンH3尾部に一致するARKSモチーフを50–55位に持つ. b, Strep-ORF8を発現するようにトランスフェクションしたHEK293T細胞のラミン(Lamin)A/C染色. c, SARS-CoV-2に感染させたA549ACE2細胞のORF8およびラミンA/C染色、感染後48時間. d, ORF8またはORF8ΔARKSAPを発現するHEK293T細胞の連続的な塩抽出. e, ORF8 ChIP-seqの遺伝子トラックは、入力コントロールに正規化. f, ORF8がリジン52でアセチル化されていることを示す、トリプシン消化ORF8の標的質量分析. 2+の電荷を持つ879.9508 m/zの無傷のペプチドまたは前駆体が単離され、断片化. タンデム質量分析スペクトルでは、フラグメントのない前駆体(緑)とプロダクトイオンが質量誤差 10 ppmの範囲で一致している. フラグメントの強度は、m/zの範囲内で最も強度の高いイオンに対する相対値. 各フラグメントの色、文字、番号は、そのフラグメントが大きなペプチドに含まれる配列を示す(上). y(赤)、b(青)フラグメントは、それぞれC末端、N末端にマッチしたフラグメントを示す. g, ORF8発現により histone acetyltransferase KAT2A のレベルが低下. .

上記のように、ORF8タンパクはクロマチン関連タンパク質、ヒストン、核ラミナと結合していることがわかり、それ自身もヒストンと同様にヒストン模倣モチーフ内(リジン52)でアセチル化されていること(図1f)、ORF8の発現により、ヒストンアセチルトランスフェラーゼKAT2Aの発現が低下することがわかりました(図1g)。つまり、ORF8の発現により、宿主細胞の修飾制御が阻害されることになります。

主要な知見は以上のとおりですが、ORF8の発現は、複数の重要なヒストン修飾をかく乱し、クロマチン凝縮を促進する一方、ヒストン模擬モチーフを欠くORF8はそのような作用はありませんでした。さらに、ヒト細胞株および死後患者の肺組織におけるSARS-CoV-2感染は、ヒストン模倣モチーフを介して部分的に作用するクロマチンに同様のグローバルな破壊を引き起こすことが判明しました。

著者らは、SARS-CoV-2のORF8タンパク質の欠失の影響は複雑であるとしながらも、明らかにウイルス複製とウイルス量の減少を引き起こすことも示しています。これが、ウイルス生残率への影響は限定的であるようです。

ORF8の意義については、変異株の例を挙げながら考察しています。すなわち、シンガポールで分離されたSARS-CoV-2は、ORF7Bのごく一部とORF8遺伝子の大部分を欠損させる珍しい382塩基の欠損変異株でしたが、この変異が、COVID-19患者における軽症化とインターフェロン反応の改善と関連していることが見いだされていることに触れています。

今回の研究の知見は、患者集団におけるSARS-CoV-2の病原性を高めるるORF8の役割とその根底にエピジェネティックな機構があることを示唆しています。今後、ORF8遺伝子に欠失や変異を持つ新しい変異体が出現した場合に、この知見が、患者におけるCOVID-19の病原性を理解する上で重要な意味を持つと締めくくられています。

おわりに

私は、今朝コーヒーを飲みながら、ネイチャーコンテンツに目を通していて、この論文[1] のタイトルを見て驚きました。コロナのタンパク質がヒストンと同じアミノ酸モチーフをもっていて、それがエピジェネティック制御をかく乱するとは! 直ぐに全文を読みながらこのブログを書き始めました。

SARS-CoV-2の病原性の一部は、おそらくORF8が宿主のエピゲノムに影響を与えることにも関連していることは、今回の論文で推察できることです。ORF8はスパイクタンパク質とは異なる上流の遺伝子領域なので、今のmRNAワクチンには全く影響を受けない部分です。COVID-19の複雑さの一面がまた露になった気がします。

引用文献

[1] Kee, J. et al. : SARS-CoV-2 disrupts host epigenetic regulation via histone mimicry. Nature Published online Oct. 5, 2022. https://doi.org/10.1038/s41586-022-05282-z

[2] Jenuwein, T. & Allis, C. D. Translating the histone code. Science 293, 1074–1080 (2001). https://www.science.org/doi/10.1126/science.1063127

[3] Berger, S. L. The complex language of chromatin regulation during transcription. Nature 447, 407–412 (2007). https://www.nature.com/articles/nature05915 

[4] Ho, J. S. Y. et al. TOP1 inhibition therapy protects against SARS-CoV-2-induced lethal inflammation. Cell 184, 2618–2632 (2021). https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.03.051

[5] Lee, S. et al. Virus-induced senescence is a driver and therapeutic target in COVID-19. Nature 599, 283–289 (2021). https://www.nature.com/articles/s41586-021-03995-1

[6] Zazhytska, M. et al. Non-cell-autonomous disruption of nuclear architecture as a potential cause of COVID-19-induced anosmia. Cell 185, 1052–1064 (2022). https://doi.org/10.1016/j.cell.2022.01.024

                    

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