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新型コロナウイルスはどのように、どこまで変異するのか

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

カテゴリー:ウイルスの話

はじめに

新型コロナウイルスSARS-CoV-2)が媒介するCOVID-19は、今なお世界中に被害をもたらしています。最も困難な問題の一つは、このウイルスのゲノム配列が継続的に変異・進化していることであり、流行の制御が難しいことです。ウイルスの変異は、感染力、病毒性、ワクチン抵抗性などを変化させ、病気の予防と診断を複雑にします。現在、日本は第7波流行の真っただ中ですが、これを媒介しているウイルスは、感染力が強い、ワクチン免疫逃避型のオミクロン変異体の亜系統BA.5です。

COVID-19の病態を理解し、パンデミックの現在を把握し、さらその行方を予測するためには、ウイルスのゲノミクスとサーベイランスへの応用 [1]、そして進化を支える分子メカニズムの解明が必要です 。生物進化においては、中立的分子進化やダーウイン進化という概念がベースになりますが、SARS-CoV-2においてはこの常識を超えて、宿主のRNA編集機能(宿主のRNA脱アミノ化システム [2, 3] や組換え(recombination)がきわめて重要であることが最近の研究でわかってきました。

このブログ記事では、SARS-CoV-2の変異に関する最近の知見を紹介するとともに、この先ウイルスはどのようになるのかを考えてみたいと思います。

1. 背景-変異の概要

SARS-CoV-2は、一本鎖RNAゲノムを持つエンベロープコロナウイルスです。そのゲノム複製には、RNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRP)が働きますが、この複製システムには自動校正機構が組み込まれており(Nsp14タンパク質が担う)、複製や転写の際に生じるコピーミスを修復することができます(→流行減衰の原因ーウイルスが変異し過ぎて自滅?)。それでもこの校正機構をすり抜けてランダムエラーが発生し、突然変異が起こります。

このように複製エラーの校正機能をもつSARS-CoV-2ですが、実際は、自然発生的なランダムエラーとは思えないほど、非常に速いスピードで変異し続けています。この原因として考えられているのが、宿主因子を介したウイルスゲノムの突然変異です。SARS-CoV-2は現れた当初から、そのゲノムに遺伝子のランダムな変異とは異なる、特定の変異パターンが高い頻度で起こることが示されていました [2]。この特異的な変異は、宿主因子によるRNA編集機構によるものと考えられています。

宿主因子によるSARS-CoV-2の変異には、活性酸素種(ROS)が関わるもの、およびヒトのRNAデアミナーゼの2つのファミリーが関与するものがあります。デアミナーゼの一つはADARs (adenosine deaminases acting on RNA) であり、もう一つは APOBECs (apolipoprotein-B (ApoB) mRNA editing enzyme, catalytic polypeptide-like proteins、アポリポプロテインRNA編集酵素) です。

活性酸素はウイルスRNAを酸化して変異を引き起こす可能性があり、G(グアニン)→ U(ウラシル)変異や C(シトシン)→ A(アデニン)変異との関連が提唱されています。ADAR酵素はアデノシンをイノシンに修飾し、二本鎖RNA(dsRNA)のA→G変異を引き起こしますが、これは免疫制御に重要な役割を果たしていると考えられています。

APOBEC酵素は、シトシン(シチジン)デアミナーゼファミリーに属するタンパク質でであり、シトシン(C)を脱アミノ化してウラシル(U)に変換し、ウイルス性病原体に対する自然免疫や適応免疫など、様々な生物学的プロセスに関与しています。APOBEC3サブファミリーに属する7種類の酵素A3A、A3Hなど)は、DNAおよびRNAウイルスに対する抗ウイルス作用を示します。大部分のAPOBECは一本鎖DNAを基質として用いますが、APOBEC1 (A1) 、APOBEC3A (A3A) 、APOBEC3G (A3G) の3つのAPOBEC酵素は、一本鎖RNAを基質として用いることができます。

COVID-19患者由来のSARS-CoV-2のゲノム解析では、C→U の変異に強い偏りが見られ、幅広い抗ウイルス活性を持つ宿主APOBECが変異を引き起こしている可能性が強く示唆されてきました。SARS-CoV-2や他のコロナウイルスにおける配列変化の多くが、APOBEC的編集プロセスによって駆動されているという可能性は、これらのウイルスの短期的および長期的進化を理解する上で、きわめて重要な意味をもちます。

このようなC→U変異の偏りは、ウイルスにとって適応的価値のない(非淘汰性の)広範なアミノ酸変化(置換)を生みます。これは、中立的進化やダーウィン的進化の枠組みとは全く異なるものであり、分子疫学調査に用いられる標準モデルには適用できないものです。

宿主のAPOBEC的文脈で C→U 変異が起こるという発見は、抗レトロウイルス防御と知られてきた宿主主導のウイルス編集機構が、SARS-CoV-2にも強力に働いていることを証明しています。そして、非パンデミック性のヒトコロナウイルスに見られる顕著な塩基非対称性(U ≫ A > G ≫ C)低いG+C含有量は、宿主における長期の C→U 超変異の影響である可能性があり、SARS-CoV-2の変異の行方を占うものでもあります [2]。つまり、パンデミックを起こすようなSARS-CoV-2ですが、C→U 変異の蓄積により、いずれは通常のヒトコロナウイルス(いわゆる風邪ウイルス)になるという可能性が示唆されます。

しかし、従来のヒトコロナウイルスと異なることは、ワクチンや抗ウイルス剤の普及により、SARS-CoV-2の新型変異体の出現には薬剤耐性や免疫逃避という強い選択圧がかかっていることです。これは、単純に従来の C→U 変異の蓄積という面からのみ、ウイルスの行方は語れないものです。さらにパンデミックが長期化したことにより、ヒトー動物間のスピルオーバーが起きるようになり(→スピルオーバー:ヒトー野生動物間の新型コロナ感染)、共感染による組換え(いわゆる抗原シフト)の頻度を高め [4, 5]、ウイルスの変異が複雑化しています。

いずれにしろ、まずは、SARS-CoV-2の変異の主因である宿主のRNA編集の機構と意義について精査し、より理解を深めことが必要です。

2. 最新研究でわかったこと

今年の4月に、プレプリントサーバー「リサーチ・スクエア」にきわめて興味深い論文が投稿されました [6]。米国南カリフォルニア大学の研究チーム、Kimらによるこの研究は、APOBECがSARS-CoV-2のRNA配列を直接編集して C→U 変異を発生させることができるかどうかを実験的に調べ、このような変異がウイルスの複製や子孫ウイルス生産に与える影響についても評価したものです。

まだ、最終審査前の段階ですが(6月の段階で major revision の審査結果)、本研究は、APOBECのサブファミリー(APOBEC1、APOBEC3A、APOBEC3G)によるSARS-CoV-2のRNA編集が C→U 変異を生み出すことを実験的に証明した最初の例として非常に価値が高いと思われます。

本研究の最も重要な部分は、A1+A1CF、A3A、A3GのAPOBECがSARS-CoV-2 RNAの特定構造部位を認識して編集しウイルスの複製と体力を強化する変異を引き起こす可能性があることが示されたことです。つまり、宿主酵素のウイルスに対する攻撃が、必ずしもウイルス活性を弱める方向には働かないということです。

このプレプリントの研究の重要性が高いためか、ウェブ記事 [7] としても紹介されています(図1)。

図1. 実験系でAPOBECによるSRARS-CoV-2のRNA編集を証明した研究を紹介するウェブ記事 [7].

以下、Kimら [6] の研究の概要を紹介します。

本研究では、RNA編集の実験系としてHEK293T細胞アッセイシステムを採用しました。すなわち、細胞にA1(+A1CF [補因子])、A3A、あるいはA3Gを組み込んだ「エディター」コンストラクト、およびSARS-CoV-2 RNAセグメント(200 nt)とeGFPレポーター遺伝子とを組み込んだコンストラクトをトランスフェクションし、APOBECを発現させて選択的C→U編集活性を調べました。このシステムでは、編集活性の程度をレポーター遺伝子の発現による蛍光強度で知ることができます。基質となるRNAセグメントは、5’ UTR-ORF1a、ORF1b [Nsp12]、スパイク (S) 遺伝子RBD部分、S遺伝子、E遺伝子、M遺伝子、N遺伝子に相当する7つ(各々200 nt)です。

RNAの配列解析にはSSS("error-free" safe sequencing system)法を用いました。APOBECで編集されたRNAセグメントをcDNAに逆転写し、それを鋳型として1度PCR増幅し、さらに次世代シーケンサー「イルミナ」(illumina)解析用にアダプターを付加してPCRを行ない、それをイルミナで解読しました。

その結果、3種のAPOBEC酵素は、選択されたRNA転写産物の異なるRNA部位において、さまざまな C→U 編集率を示すことがわかりました。A1+A1CF、A3A、およびA3Gの最も高い編集率は、それぞれ22.2%、4.6%、0.18%となりました(図2)。この編集効率は、コロナウイルスで従来報告されているランダム変異と比べると数オーダー高いことがわかりました。

APOBECによるRNA編集はランダムに起こるわけではなく、たとえばA1+A1CFは、ジヌクレオチドのACモチーフシリーズを標的にして効果的に編集することが示されました。一方、A3AはUCモチーフを標的にすることがわかりました。

しかし、UCやACモチーフだけで効率的に編集が起こるというわけではなく、これらのジヌクレオチドモチーフの周辺にあるRNAの構造が重要であることもわかりました。すなわち、A1やA3Aは、ステムループ(ヘアピン)構造を持つ特定のRNAのジヌクレオチドモチーフを好んで編集することが示唆されました(図2)。とはいえ、編集効率を高める二次構造や三次元構造については、さらなる研究が必要です。

図2. SARS-CoV-2 RNAにおいてAPOBEC編集の最も標的となりやすい配列部位の特徴. A1+A1CF(A)、A3A(B)、A3G(C)による編集度の高い上位3つのCサイト付近の配列の予測RNA二次構造(文献 [6] より転載). 各サイトの編集効率は、各パネルの上部に記載. 二次構造では、標的となるCサイトを赤で、標的Cサイトの-1位置をそれぞれ、Aは緑、Uはピンク、Cは青で色付けしている. パネルAでは、A1+A1CFの提案された canonical mooring 配列(空色でハイライト)は、Cの下流に比較的高いU/A/G含量を含んでいる.

この研究で示されたもう一つ重要なことは、臓器や組織によってAPOBECの種類の発現レベルが異なることとヌクレオチドモチーフとの関係です。自然感染したヒトの細胞や臓器では、A1+A1CFやA3Aは発現していますが、A3Gは発現していません。A3Aの発現は、SARS-CoV-2感染により促進され、肺上皮細胞で起こります。一方、A1(補因子-A1CFとRBM47を含む)は肺での発現はみられず、自然感染した場合に下部消化管や肝臓で発現します。

今回の研究では、ACモチーフ上のA1+A1CFの編集効率は、UCモチーフ上のA3Aよりもはるかに高いことが示されました。さらに、データベースから得られるSARS-CoV-2変異体の配列解析でも、先行研究の結果どおりに、UCモチーフの変異(31.2%)よりもACモチーフの変異(38.3%)が高いことが示されました。

これらの結果は、患者由来のSARS-CoV-2ゲノムにおけるACからAUへの変異の多くは、感染に伴う小腸や肝臓でのA1+A1CFを介したRNA編集により引き起こされる可能性があることを示しています。A1によるACからAUへの編集には、補因子であるA1CFが必要ですが、この補因子はウイルスRNAとの相互作用が確認されています。したがって、これらの補因子はA1を利用して、感染宿主細胞内のウイルスRNAを標的としている可能性があります。

この実験では、3つのAPOBECがウイルスの複製と子孫の生成に与える影響についても解析しました。その結果、脱アミノ化とは関係ない増強効果も否定できないものの、A3Aがウイルスゲノムを変異させるデアミナーゼ活性を持つことが、プロウイルス生産に重要な役割を果たすことがわかりました。

 C→U 変異の大部分はウイルスにとって有害であるため、おそらく失われる一方、ウイルスの生存を高めるわずかな変異が選択され、より新しい株が生成されると考えられます。つまり、SARS-CoV-2は、宿主のAPOBEC変異防御機構によって進化していることになります。ウイルスRNAの複製、タンパク質の発現、宿主の免疫反応の回避、受容体の結合と細胞への侵入など、ウイルスにとってポジティヴない意味で変わり得る可能性があります。

A3Aを介した変異が、ウイルスの利益のために利用することが示されたのがU241変異です。今回の実験で、A3Aによる5’ UTR-ORF1aセグメント(この部分は遺伝子をコードしていない)の編集において、UC241よりもUC203がより多く選択されることがわかりました。ところが、2020年からのパンデミック開始以来、データベースから得られるウイルスのこの部分の変異は、逆にUC203よりもUC241をより選択していることがわかりました。すなわち、UC241の変異の大部分が、ウイルスの体力増強のために選択されたことが推察されます。

いまウイルス変異体が、ワクチン接種の有無に関わらず世界中で流行し続けていることや、広範な抗ウイルス剤の使用により、ウイルスの変異には多大な選択圧力がかかっています。したがって、APOBECの標的位置の変異予測解析は、懸念される新しい変異体や薬剤耐性変異体の出現を予測するのに役立つと思われます。

2. スパイク遺伝子

中国の研究チーム、Liuら [8] は、スパイク(S)遺伝子がSARS-CoV-2の全遺伝子の中で高い変異率を持っている謎について、宿主のRNA編集が関わっていることを報告し、RNAの構造が影響していること示唆しました。

RNAの複製において、RdRPはウイルスRNAに沿って移動し、ヌクレオチドごとに反対側の鎖を合成しますが、S遺伝子のような一本鎖のRNA領域はRdRPの動きを速くし、二本鎖のRNA構造はRdRPの動きを阻害します。一般に、合成速度が速いほど、エラー率が高くなる可能性があり、S遺伝子はエラーを起こしやすいと考えられます。

しかし、S遺伝子の本質的に高い複製エラー率を持っているとしても、RNAの脱アミノ化による置換率よりもはるかに低く、ゲノムの突然変異プール全体にわずかに寄与しているに過ぎません。ADARを介した A→I 脱アミノ化、あるいはAPOBECによるC→U脱アミノ化を考える必要があります。この観点から、研究チームはS遺伝子の脱アミノ化の機構について検討しました。

SARS-CoV-2とコウモリ由来の類縁ウイルスRaTG13の間で、固定同義置換変異の発生状況を解析し、データベースから得られる数百万のSARS-CoV-2株の中で、多型同義部位のDAF(derived allele frequency、対立遺伝子頻度)をプロファイリングしました。その結果、固定変異、多型変異ともにS遺伝子が他の遺伝子より高い変異率をもつことがわかりました。そして、変異の大部分は C→U であり、従来提唱されていた A→I の脱アミノ化ではなく、APOBECを介した C→U の脱アミノ化であることが示唆されました。

S遺伝子は他のSARS-CoV-2遺伝子に比べて、二次構造的に一本鎖である可能性が高いことがin silico 解析とin vivo 系の両方で示され、APOBECがssRNAを好むということと一致しました。

結論として、S遺伝子は二次構造上一本鎖であるため、APOBECによるC-U脱アミノ化の標的となりやすく、他のSARS-CoV-2遺伝子と比較して変異率が非常に高くなるとしています(図3)。

図3. Liuらが提唱するモデル(文献 [8] より転載). (A)S遺伝子が特異的に高い変異率を持つというモデル: S遺伝子はssRNAである可能性が高く、APOBECの標的となりやすくCからUへの脱アミノ化が起こる. SARS-CoV-2 RNAの「編集長」は、ADARではなくAPOBECである. (B)APOBECを介した C→U 脱アミノ化は、2つのウイルス種間の分岐時間の推定に強く影響する. (C)RdRPは、S遺伝子の複製エラー率を高くする原因ともなりうる. (D)それでも、複製エラーの寄与は、RNAの脱アミノ化に比べれば、わずかなものである.

Liuらの報告 [8] は、一見、前出のKimらの報告 [6] と矛盾します。前者では二次構造上の一本鎖になりやすい(ステムループをとりにくい)RNAがAPOBECの標的になりやすく、これがS遺伝子の変異の多さに繋がっていると考察しています。一方、後者ではステムループ構造上のジヌクレオチドモチーフがAPOBECに狙われやすいことを指摘しています。ただ、ヘアピン構造でも標的になるのはステム部分ではなく、ループ上の、あるいはそれに近い一本鎖部分なので、APOBECの基質としては問題ありませんが。

また、Liuらの報告では、S遺伝子を標的としたワクチン(mRNA生物製剤)の普及に伴うウイルスの免疫逃避の選択効果になっていることには全く触れていません。現在の変異体におけるスパイクタンパク質の変異の多さは、ワクチンの淘汰圧が多少なりとも影響していることは確かでしょう。さらに、オミクロンにおけるS遺伝子の変異の多さが組換え起源であること [4, 5] については言及されていません。

Liuらは、ウイルスの感染率と病原性の反相関理論について触れています。感染症の致死率が高ければ伝播しにくいというのは、言わば結果論の帰結による考え方です。一方、現在流行しているオミクロンの致死率は、伝播ー致死関係の閾値よりはるかに低いものです。したがって、感染力の強いオミクロン変異体は、感染力が強いから毒性が弱まっていくというのではなく、C→U 脱アミノ化によって「毒性変異」を獲得し、世界に拡散するチャンスがまだ多く残っているということを述べています。

この例として、Liuらは、中国上海でみられた致死率3%前後(2022年4月25日~28日)の流行に触れ、感染率が高いからと言って、必ずしも病原性が低いとは限らないと述べています(この流行全体としては致死率0.2%)。したがって、SARS-CoV-2の宿主因子の変異を減らすためには、やはりウイルス伝播を防ぐことが有効なアプローチであり、反相関理論にこだわっても、パンデミックの抑制にはつながらないと強調しています。

おわりに

A3Aを含むいくつかのAPOBECは宿主の抗ウイルス因子と考えられていますが、リサーチ・スクエアに投稿されたKimらの研究 [6] は、A3AによるSARS-CoV-2のRNA編集がウイルスの複製/増殖を促進することを明らかにしています。これらの結果は、SARS-CoV-2がAPOBECを介した変異を、進化的に体力維持・増強に利用できることを意味します。

2年前の論文 [2] では、SARS-CoV-2は C→U 変異の蓄積により、いずれは通常の風邪ウイルスになるという可能性が示唆されましたが、そんな単純なものではなさそうです。いまのオミクロン変異体については、しばらくは抗原ドリフトによる小さな変異を繰り返して行く可能性がありますが、Liuら [8] も述べているように、宿主因子による C→U 変異が強毒性獲得の方向に働き、そのようなクローンを選択的生残・拡散させる可能性も、スピルオーバーによる強毒性ウイルスの出現の可能性も大いにあるのです。

データベースにあるSARS-CoV-2ゲノムのACモチーフの変異が高いことは、感染者の体内でのウイルスの消長に関連して興味深いものと言えます。つまり、ウイルスは患者の肺や上気道よりも小腸や肝臓でより長期間残存し、そこでA1+A1CFを介したAC→AU変異を受けており、さらに伝播・拡大していることを想像させるものです。患者が回復し、咽頭スワブ液や唾液などではPCR検査陰性であっても、実は小腸などに長期間ウイルスが潜んでいる可能性があるわけです。

RNA複製や活性酸素によるランダムな変異とは異なり、APOBECによる脱アミノ的変異は、SARS-CoV-2ゲノムRNA上の有限な数として存在するUC/ACモチーフの存在に依存します。つまり、APOBECによって編集されるコード領域と非コード領域の両方の可能な標的C部位をすべて予測することが可能であることを示唆しています。上述したように、こうしたモチーフの位置と数に基づく変異予測解析は、潜在する新たなウイルス変異体や免疫逃避・薬剤耐性株の出現を予測する上で有意義と考えられます。

ちなみに、余談ですが、筑波大学システム情報系准教授掛谷英紀氏は、SARS-CoV-2のC→U変異の偏りに基づいて人工ウイルス説を展開していますが、宿主のRNA編集機能(および組換え)をまったく考慮していません [9]

引用文献

[1] 黒田誠: SARS-CoV-2ゲノミクスとサーベイランスへの応用. ウイルス 70, 147–154 (2020). http://jsv.umin.jp/journal/v70-2pdf/virus70-2_147-154.pdf

[2] Simmonds, P.: Rampant C→U Hypermutation in the genomes of SARS-CoV-2 and other coronaviruses: Causes and consequences for their short- and long-term evolutionary trajectories. mSphere 5, e00408-20 (2020). https://doi.org/10.1128/mSphere.00408-20

[3] Zhao, M. et al.: Nothing in SARS-CoV-2 makes sense except in the light of RNA modification? Future Virol. published online 19 July 19, 2022. https://doi.org/10.2217/fvl-2022-0043

[4] Ou, J. et al. Tracking SARS-CoV-2 Omicron diverse spike gene mutations identifies multiple inter-variant recombination events. Sig. Transduct. Target Ther. 7, artcle number 138 (2022). https://doi.org/10.1038/s41392-022-00992-2

[5] Wang, L. et al.: Potential intervariant and intravariant recombination of Delta and Omicron variants. J. Med. Virol. 94, 4830–4838 (2022). https://doi.org/10.1002/jmv.27939

[6] Kim, K. et al.: The roles of APOBEC-mediated RNA editing in SARS-CoV-2 mutations, replication and fitness. Research Square. Posted April 5, 2022.  https://www.researchsquare.com/article/rs-1524060/v1

[7] Saha, N.: Study explores role of APOBEC-mediated RNA editing in SARS-CoV-2 fitness. News Medical Life Sciences April 14, 2022. https://www.news-medical.net/news/20220414/Study-explores-role-of-APOBEC-mediated-RNA-editing-in-SARS-CoV-2-fitness.aspx

[8] Liu, X. et al.: Rampant C-to-U deamination accounts for the intrinsically high mutation rate in SARS-CoV-2 spike gene. RNA 28, 917–926 (2022). https://rnajournal.cshlp.org/content/28/7/917.long

[9] Kakeya, K. and Matsumoto, Y.: A probabilistic approach to evaluate the likelihood of artificial genetic modification and its application to SARS-CoV-2 Omicron variant. zenodo Mar. 30, 2022. https://zenodo.org/record/6400154#.Y4lGFyHgojZ

引用した拙著ブログ記事

2022年3月9日 スピルオーバー:ヒトー野生動物間の新型コロナ感染

2021年10月31日 流行減衰の原因ーウイルスが変異し過ぎて自滅?

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

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