Dr. Tairaのブログ

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東京オリパラと第5波感染流行

はじめに

今年の夏は東京オリパラと第5波COVID-19流行の夏でした。図1に、6月23日から昨日(9月5日)までの、全国および東京都における新規陽性者数の推移を示します。7月23日に東京オリンピックが始まる前後から新規陽性者数が急増し、8月半ばから下旬にかけてピークに達し、そして昨日(9月5日)東京パラリンピックが終わる頃までには減衰が明白になりました。これから急速に減衰していくでしょう(減少要因については後のブログで検証)。

まさに東京オリンッピクとともに大流行が始まり、パラリンピックとともに減少し始めるというパターンを示しています。ただし、実際の感染は陽性者検出時よりも1–2週間前だと考えられますので、大会開催前から感染急増していたことになります。

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図1. 全国(上)および東京都(下)における新規陽性者数の推移(6月23日〜9月5日、NHK特設サイト「新型コロナウイルス」からの転載図に加筆).

よく見ると東京での陽性者ピークはお盆の頃にありますが(発症日に基づくピークは8月10日)、全国でのピークは約1週間遅れているように見えます(1週間の移動平均 [図中黒線] ではピークが遅れて出ることに注意)。そして、東京での上昇は7月末にはすでになだらかになっています。見かけ上、実効再生産数が低下していることが推察されますが、検査が追いついていないという統計・疫学情報の不正確さはどうしようもないです。

図1の流行パターンから見ると、東京が震源地となって感染爆発し、その後に全国に染み込むように拡大していったことが読み取れます。

1. 第5波流行に影響した人為的要因

感染流行に及ぼした東京オリンピックの影響を検証することは容易ではありません。なぜなら、オリンピックを開催しなかった場合のコントロールデータがないからです。しかし、この祭典開催が人々の高揚感と気の緩みを誘導したことは間違いないでしょう。大会開催機運の高まりとともにそれまでの自粛行動から解放され、7月12日に緊急事態宣言が発出されるも、人流抑制にそれほど機能しなかったことを考えれば、これは明白です。

もっとも、今年からずうっと緊急事態宣言続きなので、人流はパンデミック直前と比べてそもそも2–3割減程度で続いていますので、7月12日の発出で少しぐらい人出が減ったとしてもそれほど目立たなかったということでしょう。実際は、首都圏では8月初めの緊急事態宣言拡大からオリンピック閉会の時期にかけて、徐々にですが人出が減り続けています。オリンピックが終わってやっと我に返り、危機回避行動に移ったということが言えなくもありません。

だとすれば、東京オリンピックが開催されるという機運と実際の大会開催が直接的、間接的に首都圏での人流に伴う感染増加に影響し、夏休みと重なった全国への人流で感染が拡大したと見なせなくもありません。少なくとも、東京オリンピックを中止してその分の資金や資源を防疫や医療提供体制につぎ込み、政府がコロナ対策に集中していたならば、人流抑制効果はもっと高まり、今よりはるかに被害が少なかったであろうということは否定できないでしょう。

不幸なことに、東京オリンピックバブル方式の感染抑制作戦と医療提供にワクチン接種プログラムが重なり、この二つのオペレーションに多くの医療従事者の労力が割かれました。これらは時給が高いということで、現場のコロナ対応を避けて選択するインセンティヴになった可能性もあります。

もちろん、ワクチン接種は必要ですが、東京オリンピックを強行するにしても、それへの重なりを避けて早く行なうべきでした。当初のワクチン戦略の失敗と言えますし、それにも増して、東京オリンピックは、国民の命と健康を守るという優先課題にとってはつくづく負担になっていたと感じさせられます。

加えて、特措法31条の2には、「都道府県知事は医療機関が不足し、医療の提供に支障があるときは臨時の医療施設を作って医療を提供しなければならない」と明示されていますが、これはほとんど実行されませんでした。東京オリンピックとワクチン接種への医療従事者の労力分散は、法律の順守・励行さえ阻害的に働いたかもしれません。

政府は東京オリンピックに伴う人為的要因と第5波流行との関係について検証を行ない、国民の前に報告する義務があると思います。しかし多分やる気がないでしょうね。この国の行政は、いわゆるPDCAサイクルのCAが欠けるという欠点があります。つまり、政策の結果を検証し、失敗した場合にはそれを認め、改善していく力がきわめて弱いです。ひたすら無謬性に拘泥します。

オリンピックの報道で騒いでいたマスコミもそれが終わってしまうとまるで何事もなかったかのように、今の感染流行への影響については言及していません。

2. この夏の被害状況

日本国民はこの期間甚大な命と健康の被害を受けています。それを忘れてはいけないのです。図2に、全国の重症者数と日ごとの死者数の推移を示します。重症者数は新規陽性者数に遅れて増加し始め、昨日時点では2,207人に至っています。この数は今世界12位のレベルです。死者数はさらに遅れて増加傾向にあり、50人を超える日も出るようになっています。そして全国の自宅療養者数は13万人に達しています。

東京オリンピックが始まってパラリンピックが終わるまでの期間(7月23日〜9月5日)に限って言えば、累計感染者数は約712,138人、累計死者数は約1,242人に上ります。

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図2. 全国の重症者数(上)と死者数の推移(6月23日〜9月5日、NHK特設サイト「新型コロナウイルス」からの転載).

これだけのコロナ被害があったわけですから、デルタ変異体の感染流行に東京オリンピックが重なって被害が拡大したと考えてもおかしくないように思います。

そしたら今朝、ウェークアップのMCを務めている野村修也氏による以下のツイートが目に留まりました。

オリンピック・パラリンピックの開催という回避できない国際社会への約束を、もがきながらも果たすことができた日本の底力を誇りに思う。様々な思惑が絡んだネガティヴ・キャンペーンに国民が扇動される中、それに屈しない頑固親父が、全ての責任を背負う覚悟で総理を辞任されることを忘れずにいたい。

私は、感染流行と被害に一切触れないで、日本の底力という形容でオリンピックを行ったことを讃えた彼の言葉に著しく違和感を感じ、以下のように引用ツイートしました。

日本の底力と言うなら、東京大会を開催してなお感染流行を抑えられたという成果があってこその表現であるべきでしょう。事実はまったく逆であり、パンデミック以来最大の感染被害を出す波になりました。

もっと言えば、菅政権が発足してから(2020年9月16日から)今日までの累計感染者数は1,505,090人累計死者数は14,910人です。政権として感染対策をきちんと覚悟をもってやったとは、とても言えない数字だと思います。

3. 他国との比較

これらの数字の意味を考えるために累計死者数について、東アジア・西太平洋の先進諸国・地域との比較を行なってみましょう。図3に、菅政権発足後の期間における100万人当たりの累計死者数の推移を示します。この期間、各国における死者数は横ばいか、少し増える程度でしたが、日本は比較にならない程増え続けているのがわかります。

ちなみに、mRNAワクチンや、アデノウイルスベクターワクチンの接種率で言えば、、シンガポールを除いて日本より下位の国・地域ばかりです。つまり、他国では、検査・隔離・追跡・医療という基本の防疫・感染対策がしっかりなされ、死者数を抑えているということがわかります。ワクチン接種前の昨年から横ばい状態・微増状態が続いていることがそれを明確に物語っています(ただ、シンガポールでは行動緩和策に舵を切り、感染者が増え始めている)。

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図3. 東アジア・西太平洋の先進諸国におけるCOVID-19死者数の推移(Our World in Dataより).

おわりに

第5波の感染流行は、デルタ型ウイルスが広がりつつあった頃から、それなりに予測できました(→感染五輪の様相を呈してきた下げ止まりの時こそ行なうべき強化策ついに検査抑制方針を改善できないまま感染五輪を迎えるシミュレーションによる感染予測はなぜ外れるか)。

それにもかかわらず、菅政権、そしてそれを支えた与党は、検査・隔離、医療提供体制・治療の改善・強化という面でほぼ無策でした。菅首相は、東京オリンピックを前にして「国民の命と健康を守ることが大前提、そのことが私の基準」と言いながら、具体的な基準を示しませんでした。これまでの緊急事態宣言の発出・解除基準についても、政権は「総合的に判断する」という曖昧な答弁に終始しています。

この政治的不作為が、上記したような甚大なコロナ被害を出し、今なおそれが継続中であることは誠に悲しい限りであり、国民にとって大きな不幸です。東京オリンピックの強行開催は、医療の分散という面から、おそらく、この被害を拡大させる方向に働いたのではないかと思いますが、専門家による検証を待ちたいところです。

引用したブログ記事

2021年7月17日 シミュレーションによる感染予測はなぜ外れるか

2021年7月2日 ついに検査抑制方針を改善できないまま感染五輪を迎える

2021年6月14日 下げ止まりの時こそ行なうべき強化策

2021年6月13日 感染五輪の様相を呈してきた

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題