Dr. Tairaのブログ

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海外出羽守の脱マスク論

今日(7月1日)、ツイッターのタイムラインを見ていたら、BuzzFeed Japan Medicalの以下のツイートが目にとまりました。デンマーク在住のジャーナリスト井上陽子氏による「日本のマスク着用に違和感」という内容の記事の紹介です。

私は早速 BuzzFeed の当該記事 [1] にアクセスし、読んでみました。読んだ後の感想で浮かんだフレーズは「出羽守の脱マスク論」です。なぜそう思うかと言えば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する感染対策が全く異なる日本とデンマークの事情を抜きにしてマスク着用を論じるべきではないし、かつ感染防止策としてのマスク着用の有効性に関する科学的知見 [2](→地域社会のマスク着用向上がコロナ感染を減少させる)を抜きに語るべきではないからです。

記事から一部を抜粋してみましょう。

最初の頃は、多くの人がワクチン接種を終え、相当数が一度は感染したデンマークの人々とは違って、日本ではコロナへの警戒感がまだ強く、感染対策を徹底しているのだと思っていた。

しかしそれにしては、スーパーやコンビニの列に並んでいても、後ろの人がけっこう間を詰めてくる。デンマークではソーシャルディスタンスを取る習慣が残っているので、これほど距離を詰められると、ちょっと居心地が悪い。

さらに言えば、消毒液を使っている人がほとんどいない。

店に入る時に消毒液を使っているのが、私とデンマーク人の夫くらい。しかも、夕食の時間帯になると、居酒屋などではコロナ前のように、普通にマスクなしで盛り上がったりしている。

じゃあやっぱり、コロナ感染をすごく警戒しているというわけじゃないのか。

そうなると、マスクを外さないのは、よく言われる”同調圧力”なのかなと思ったのだが、周りの人の話を聞いていると、どうも好んで着けている人も一定程度いるとわかってきた。

記事からわかるように、日本のマスク着用に違和感を覚えながら、なぜ日本人はマスクをしているのかという疑問を展開させています。当たっている部分もあり、??と思える部分もあります。

まず、デンマークはマスクの習慣がなく、政府によるマスク義務化と義務解除に従って国民はメリハリをつけて着用、脱マスクを行なっていることを踏まえておく必要があります。一方、日本は元々花粉症や風邪などで多くの人がマスクをする習慣があり(人々も見慣れている)、いわば文化として根付いている部分もあります。政府がマスク着用を義務化しなくとも、感染に対する警戒感もあって、推奨というだけで割とすんなりとマスクをつけている事情があります。満員電車に揺られて通勤、東アジア特有の人口密度の高い都市という、いわゆる3密条件に曝される環境も影響しているでしょう。

つまり、両国のマスクに対する考え方や習慣、環境が全く異なるわけであり、日本人の付和雷同性(同調圧力に従順)ということを考慮しても、ここを抜きにして語るべきではないのです。簡単に言えば余計なお世話です。

逆に、社会的距離(ソーシャルディスタンス)をとらない、消毒液を使う人が少ない、というのは、まさしく日本人にはそのような習慣がないからであり、義務化もされていないからです。したがって、多くの人がそれらを忘れてしまう行動の現れだと思います。そして社会的距離について言えば、そもそも肝心の政府や専門家がそれを強く推奨する場面もきわめて少なく、日本人の頭にあまり入っていないでは思います。

続いて、当該記事の核心部分を以下に引用します。

ワクチン接種が進んだことで、コロナ規制が撤廃となったデンマークでも、病院やハイリスクの高齢者がいる施設では、マスク着用のルールは続いている。

こうした脆弱な層への配慮は続ける一方で、さまざまな年齢層で構成する社会全体として、「生きる」だけではなく「より良く生きる」ことも大事、という考え方が、規制撤廃の背景にあったように私は理解している。特に子供たちへの目配せがしっかりしていた。

ワクチン接種が進んだいま、日本では「コロナ感染のリスク」と「コロナ対策による悪影響」が逆転している状況が出ているのではないだろうか。特に、子供への悪影響が心配だ。

専門家で作る厚生労働省のコロナ対策アドバイザリーボードは、「過度な感染予防策によって子どもたちの遊びと学びを奪うのではなく、周囲の大人達が適切に感染対策を実施することなどで対応すべき」と指摘している

上記のように「コロナ感染のリスク」に対して「より良く生きる」、「コロナ対策による悪影響」というフレーズを引用して、暗に感染リスク防止の行動(マスク着用)を否定する展開になっています。これは一種のストローマン論法であり、詭弁になりかねません。つまり、感染リスクと対策の悪影響は言わば特殊なトレードオフの関係であり、一方だけを引き立てて一方を否定することはできないのです。

ここで「特殊」と言ったのは、本来「コロナ感染」は全く不要のものであり、それがなければリスクも存在しないという意味からです。

そのトレードオフの関係を、デンマークにおいては、政府による義務化・その解除という手段をとることで、国民が考慮することなく行動しやすくなっていると言えます。一方、日本では、国民自身がそれを考慮しながら手探りで慎重に対処しているわけです。繰り返しますが、政府の介入の仕方が異なり、国民の習慣・文化も異なり、上記のトレードオフの関係を抜きにして、マスク着用の是非に関する比較はできないのです。

ここで、あらためて日本とデンマークの感染状況や対策を比較してみましょう。表1に示すように、デンマークではこれまで国民の2人に1人が感染しており、人口比で日本の約7倍の感染率になります。死亡率も日本に比べて約4.4倍高いです。一方で、検査数をみれば、国民1人が約22回検査を受けたことに相当する数字であり、日本の約49倍に当たります。単純に感染率で割ると、日本の7倍多く検査していることになります。

表1. 日本およびデンマークのCOVID-19感染者数、死者数、検査数(いずれも累計)の比較.

このように感染状況は両国で大きく異なりますが、いわゆるファクターXの恩恵の有無が関係しているのかもしれません。ちなみに、ワクチン接種率はブースターも含めて両国では大きな違いはありませんので要因としては考えにくいです。

一方、前のブログ記事(→日本メディアのコロナ報道にみるバイアス)でも述べたように、デンマークでは感染対策における政府の介入が厳しく、検査やゲノム解析も徹底しているなど、日本とは比べようがありません。その上で「自由を得るためにある程度の犠牲を受け入れる」withコロナの方針をとっています。日本は、withコロナを(犠牲の容認をすっ飛ばして)単に社会・経済活動を促進することと誤解し、「コロナとの共生(共存)」などとわけの分からないことを言っている状態です。

日本と異なり、マスクを義務化しない限り、デンマーク国民はマスクをつけないでしょう。デンマークに限らず欧州諸国はみなそうです。それが最近になって、フランスをはじめとしてBA.5変異体による流行が拡大しつつあることで、再びマスク着用推奨がなされるようになっています(→オミクロン亜系統BA.5の拡大:再びマスクの推奨)。図1に示すように、デンマークでも、フランスほどではないですが、感染者が増加中です(ただし従来のようにトレーシングを行なっていない)。このあと、どうなるでしょうか。おそらくマスク着用が再び議論されることでしょう。

図1. 日本およびデンマークにおける最近の感染者数の推移(2022年4月24日〜6月30日、Our World in Dataより転載).

COVID-19の流行は、政府の介入の程度や人々の行動の仕方で大きく変わりますので、マスク着用だけで論じることはできません。しかし、マスク着用率が高ければコロナ感染のリスクを減少させるという科学的根拠があります(地域社会のマスク着用向上がコロナ感染を減少させる)。

パンデミックは依然として進行中であり、日本では第7波が始まっています(→この夏の第7波?流行)。この時点での「日本では「コロナ感染のリスク」と「コロナ対策による悪影響」が逆転している状況がある」という一過性の指摘 [1] は、実際、全くの害にしかならないと思います。

コロナ感染のリスク軽減は必要であり、この面でマスク着用は科学的に有用なのです。その悪影響があるとするなら、それがどのようなものか、科学的にも社会的もにきちんと検証し、感染リスク軽減とのバランスの上で対策を講じるべきです。今は第7波流行下での感染リスクを睨みながら、マスク着用の意味を考えるべきです。

その前提として、日本のwithコロナ戦略を明確にし、世界のスタンダードに近づけるメリハリの効いた感染対策を政府も専門家も出すべきでしょう。「コロナとの共生」など曖昧なフレーズを唱えるべきではありません。実際、文字どおりの共生(co-existing, living together)は不可能であり、何ら意味のないスローガンです(元々withコロナ自体に感染対策上の意味はない)。

しかし、BuzzFeedは、ことコロナに関しては、害にしかならないような記事を配信し続けていますね。

引用文献・記事

[1] 井上陽子: 一時帰国した日本で見るマスクを外さない子供たち そのコロナ対策、子供に悪影響を与えませんか? BuzzFeed 2022.07.01. https://www.buzzfeed.com/jp/yokoinoue/mask-kids

[2]  Leech, G. et al.: Mask wearing in community settings reduces SARS-CoV-2 transmission. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 119, e2119266119 (2022).
https://doi.org/10.1073/pnas.2119266119

引用したブログ記事

2022年6月28日 オミクロン亜系統BA.5の拡大:再びマスクの推奨

2022年6月21日 この夏の第7波?流行

2022年6月3日 地域社会のマスク着用向上がコロナ感染を減少させる

2022年2月13日 日本メディアのコロナ報道にみるバイアス

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)