Dr. Tairaのブログ

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打つ手なしから出てきた5類相当への話

はじめに

新型コロナウイルス感染症COVID-19)は、いま急拡大中です。先月、第7波流行を予測、危惧しましたが(→この夏の第7波?流行)、残念ながらそのとおりの展開になってしまいました。流行の主体として置き換わりが進んでいるオミクロン変異体の亜系統BA.5ウイルスの伝播力(→COVID-19パンデミックにBA.4/BA.5変異体がもたらすもの)、検疫・感染対策の緩和、国民の気の緩み、参議院選挙活動の影響を考えれば、当然の結果でしょう。医療ひっ迫と第6波並みあるいはそれ以上の被害拡大は目前です。

ここへきて、また専門家筋からCOVID-19の感染症上の扱いを5類相当へ移行しようという動きが出てきました。このブログで少しまとめたいと思います。

1. 政府と専門家の発言

政府は、先日の記者会見で、COVID-19の感染症法上の扱いを、季節性インフルエンザと同じ「5類」に引き下げることについて「最大限の警戒局面にある現時点で、5類に変更することは現実的ではない」と否定しました [1]。その理由として、「専門家からはオミクロン株であっても、致死率や重症化率がインフルエンザよりも高く、さらなる変異の可能性もあると指摘をされている」と説明していました。

ところが、7月14日、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は、同日開かれた分科会後の記者会見上で、COVID-19の感染症法上の扱いを季節性インフルエンザと同じ扱いにする必要性を示唆しました [2]。すなわち、COVID-19を「5類」に引き下げることを念頭に、「コロナを一疾病として日常的な医療提供体制の中に位置づけるための検討も始める必要があるのではないか」と提言しました。併せて「世界中が5類に近づいている」とも述べました。

尾身氏によると、分科会では「いまの第7波の感染が落ち着いてきてから議論を始めたらいいのでは」との意見が上がった一方で、保健所のひっ迫などへの懸念から「それでは遅い」との意見が多数を占めたということです。

尾見氏は「5類にやや近づけていくということであって、一番大事なことは、現状を法律に合わせることではなく、結果的にそれが法律でのこれにあたる、というのが筋だと思う」と語っています。必要な対策を議論する中で、結果的に類型が決まるとの考えを示しました。

2. 感染症法上のCOVID-19およびSARS-CoVの危険度

ここで、表1にCOVID-19と他の感染症感染症法上の扱いを比較して示します。COVID-19は指定感染症を外された後、感染症法上の新型インフルエンザ感染症の扱いになっています。メディアなどではよく2類相当の扱いと言っていますが、むしろ2類よりもやや厳しいという感じで、新型インフルエンザ等感染症に仮分類した弊害が出ているかもしれません。

表1. 感染症法上の新型コロナウイルス(COVID-19)およびその他の感染症の分類と措置*  *シンボル: ◯, 該当する; ×, 該当しない; △, 一部該当.

ここで、併せて、新型コロナウイルスSARS-CoV-2)がどの程度危険なウイルスなのか、世界基準の病原体の取り扱いに関するリスクグループやバイオセーフティレベルの分類 [3] から見てみましょう。表2に示すように、SARS-CoV-2は上から2番目に危険なリスクグループ3(BSL-3)に分類されています。これは、SARSやMERSコロナウイルス結核菌と同じレベルです。一方、インフルエンザウイルスは1段階下のリスクグループ2に分類されています。

表2. 病原ウイルスおよび細菌の取り扱い上のリスク分類

ウイルスのリスクグループの分類とそれらが起こす感染症の病態・重篤度とは必ずしも対応していません。とはいえ、SARS-CoV-2を含めてリスクグループ2以上の病原体は、感染症法の4類以上に分類されていることがわかります。リスクグループ3の病原体が5類にされた例はありません。パンデミックを起こすくらいの病原体ですから、むしろ2類相当の扱いは当然だと言えます。

ちなみに感染症法に基づく感染症の分類(1〜5類)は日本独自のものであって、尾見氏が「世界中が5類に近づいている」というのは具体的にどのような状況を指すのか、それだけでは不明です。おそらく英国などでの、規制全面撤廃を指しての言述かと思いますが、それを示さない状態で「5類」という言葉に置き替えて話すのは、無責任だと思います。

3. 5類変更の意味

まずは、巷によくある意見として、現行法下(2類相当)では「一般病院でコロナ患者を診ないから医療がひっ迫する」、「一般病院でコロナを診られるようにすれば解決する」というのがありますが、これは完全な誤解です。いまは、入院措置として指定医療機関が対応するとなっているだけで(表1)、(別に5類にしなくとも)一般病院でももちろん患者を診ることができます。

ただ、電話で相談しても発熱外来を紹介されるだけとか、(設備が)感染症対応になっていないなどの理由で受診拒否されるだけという事情があるわけです。これは5類相当にしたところで同じことです。また一般病院は、もちろんコロナ以外の病気も診るという地域医療の役目を担っているわけですが、その医療バランスは5類にしたところで変わりません。むしろ、5類にすることで、一般病院の地域医療は圧迫を受けるでしょう。

COVID-19が今の2類相当扱いから5類に変更されると、実際国民にとってどのようなメリットとデメリットがあるのでしょうか。東京新聞はこの問いに簡単な回答を記事として掲載しています [4]。端的に言えば、5類変更で都合がよいのは保健所や担当者側であり、現状では国民にとってメリットはほとんどありません

表1に示すように、5類変更となれば、消毒、診断時の届け出、入院勧告、無症状者への適用、就業制限など様々な項目の縛りがなくなりますので、担当する保健所の業務としてはかなり負担が軽くなり、かつ人々も動きやすくなります。一方で、医療費は自己負担となりますので、保険が効くものもあるとは言え、長期入院や高額治療薬を考えると患者は相当な自己負担となります。おそらく受診控えが起こるのではないかと思われますが、そうなると、検査、診療が遅れ、多数の重症の患者を増やす結果になるでしょう。

さらに患者発生の即時の届けや無症状者への適用がなくなりますので、流行の把握ができなくなります。いまテレビなどで伝えられる流行状況の情報がリアルタイムで得られなくなるわけです。人々の行動に縛りがなくなり、感染者が急速にまん延するでしょう。にもかかわらず、ウイルスのまん延状況が掴みにくくなりますので、その警戒感から病院側の診療拒否が起こる可能性があり、これがまた検査・治療の遅れに繋がります。

全体として、5類の流行把握不可の状態では感染者が爆増し、多数の重篤な患者を増やす結果になり、かえって医療はひっ迫し、地域医療はかく乱され、今よりも被害が拡大すると考えられます。つまり、いまは、法律改正云々以前の現行の医療提供体制とロジスティクスの問題であり、それを改善した上で、5類という法令上の緩和で、コロナ被害と医療ひっ迫をより防ぐことが可能か?という観点が必要なのです。

先行事例として、全ての規制を解除し、もはや感染者の追跡も、街角のPCR検査も行なっていない英国をはじめとするいくつかの先進諸国の状況を、5類変更への参考にすることができるでしょう。英国の友人(微生物研究者)から聞いたところでは、サンプル調査で感染者数は30万人以上/日程度出ているようです。彼は、感染情報がわからない潜在的脅威long Covid(長期コロナ症)の広がりが国に与えるダメージを心配していました。そして、すでに医療ひっ迫が起きているようです(公的医療NHSはすでに破綻している)。

また、同様に規制解除が進んでいる米国の知人(ウイルス学の専門家)からは、米国ではワクチン接種さえしていれば濃厚接触者の隔離はないので、これからのBA.5の急拡大が起こるだろうと予測していました。ワクチン至上主義のファウチの国らしいです。ただ、COVID-19は依然として脅威であるという認識は担当部局、専門家で共有されているようです。

2類から5類への論争は、まったく見ているが違うところから起こっているようです。5類変更を推進したい人は、主に保健所業務の軽減など、病気を管理・診療する側の運用上のメリットから主張しているのであって、病気や患者そのものを見ているわけではありません。他方で、5類変更に慎重な立場の人は、病気の流布や患者そのものの状況の観点から主張しているわけです [5]

ちなみに、SNSを見ていると、5類変更することによって、あたかも病気そのものが軽くなったように錯覚している人もいるようですが、これは論外です。

4. 流行と対策の現実

ここで実際の流行状況を見てみましょう。図1パンデミック期間中の、日本の流行パターンを世界およびアジアのそれと比較して示します。感染者数でみれば、第5波で世界、アジア平均を上回るピークになり、第6波でそれがより顕著になっていることがわかります(図1上)。つまり、前の流行波に学んで次の流行波の対策に生かし、被害を軽減するという世界標準のアプローチが日本はできていないということです。

死者数についても同じことが言えます(図1下)。第6波で世界・アジア平均を上回る最多の死者数を出したことは、それまでの経験が対策に生かされていないということです。世界全体としては、ワクチン接種の効果もあって、死者数がかなり抑えられてきましたが、ワクチン逃避型のBA.5流行によって先進国では再び死者数が増加しています。日本の第7波ではどうなることでしょう。第6波以上の犠牲者が出ることを危惧します。

図1. 日本のCOVID-19流行の推移(世界およびアジアとの比較、Our World in Dataより転載).

いま置き換わりが進行中のBA.5はBA.2の約1.3倍の伝播力を有し、過去最強の感染力と病毒性の強まりが懸念されるL452R変異をもっています。第7波の感染者は爆発的に増え、今日の新規陽性者数は全国で10万人を超えました。医療がひっ迫することは確実です。このような状況下で「2類から5類へ」という話が尾見会長から出てくること自体が奇妙であり、「国民の命と健康を守る」、「医療ひっ迫を防ぐ」という観点からは何ら解決にはなりません。それどころか、状況も悪くする可能性に方が高いのです。

岸田文雄首相は7月14日の記者会見で「新たな行動制限は現時点では考えていない」と述べました。これは、岸田首相と尾身会長も事前会談で「必要ないのではないか」と述べたことを踏まえた上での発言です。

しかし、これらの言葉とは裏腹に、14日午前の分科会で示された専門家らによる提言には、医療ひっ迫が生じる場合は「人々の行動や接触を抑える施策も選択肢の一つ」と記されています。専門家らは、感染の拡大が進んだ場合は「行動制限の他に打つ手がない」とみているのが実態です [6]。さらに、経済との両立に向けた対策の緩和について、季節性インフルエンザ並みの扱いを想定して専門家らが水面下でつくった、一定の感染拡大を許容する社会をめざす「行程表」の提出は見送られました。とても出せる状況ではないということでしょう。

この先、さらに感染拡大した場合はどうなるでしょう。政府が行動制限を実施するとしても、まん延防止などは飲食店中心の制限になり、国民の理解を得られにくくなっている上、効果があるのかも見通せていません。第1〜5波のデータを見れば、行動制限が一定の効果を示したことは明らかにように思いますが、発出するタイミングが悪すぎました(つまり発出の遅れ)。

医療ひっ迫の兆候は、すでに起きています。発熱外来には患者が殺到し、救急や一般医療で診療制限が始まりました。医療機関の職員が濃厚接触者となって欠勤し、入院を断らざるを得ないケースも発生しています。

頼みの遺伝子ワクチンも期待はずれでした。政府や医療専門家は盛んに3回目、4回目接種を促していますが、ブースターが高い感染予防効果を示す証拠はなく、その対象を拡大したとしても感染拡大抑制には繋がらないでしょう。中和抗体価の上昇を示すデータはあっても、一方で、ブースターによる細胞性免疫低下、抗体依存性増強(ADE)などの可能性は一切無視されています。

おわりに

いま、COVID-19は、実質、2類相当の扱いはされていません。感染者の原則入院はなく、多くが自宅療養であり、濃厚接触者の隔離措置や就業制限も緩和されています。まん延時には無症状者は検査されず、濃厚接触者のトレーシングも行なわれません。このような状況で5類相当にしても、患者側にとっては医療費負担が伸し掛かってくだけでメリットはほとんどないでしょう。

BA.5まで変異が進んだ段階で、SARS-CoV-2の病毒性が軽くなっているという証拠はありませんし、無論、季節性インフルエンザ並みということもありません。ウイルス病原体は病毒性が低下する方向に進化するという説も、科学的データはなく、単なる寓話にすぎません [7, 8]エンデミック(風土病)の誤解予測不能な病毒性をもつSARS-CoV-2の出現)。

分科会委員の一人は、尾見氏の一連の発言について「行動制限をかけたくない政府の気持ちをくみ取ったのだろうが、先走りすぎだ」と話しています [6]。どうやら、ここにきての5類相当への変更の話は、新型コロナが季節性インフルエンザに近づいたという思い込みと、「もう打つ手なし」という焦りと諦めと政権への忖度が合わさって出てきた専門家筋からの話ということになるでしょう。英国のように規制解除して全面自己責任にしてしまえば、はるかに楽なわけです。

感染の急拡大によって、感染対策と経済活動の両立も遠のきつつあります。もとより、社会経済活動を維持するために、感染者数を一定レベル以下に制御する必要があるのです。そういう意味で先行指標としての感染者数はきわめて重要なのです。

私は、今回の5類変更の話を受けて、以下のようにツイートしました。

もう世界中で、規制緩和や追跡中止に伴い、新型コロナに関する統計情報は壊れつつあります。被害の実態もわかりにくくなっています。海外の表面的な動きや数字に惑わされないように、慎重なコロナ対策が求められるでしょう。ひょっとしたら、長期コロナ症を含むCOVID-19とワクチンの両方によって、知らず知らずのうちに日本人のみならず、人類全体の健康が損なわれているということになりかねないですから。

引用文献・記事

[1] ロイター: 新型コロナの2類から5類への変更、現実的でない=官房長官. 2022.07.13. https://jp.reuters.com/article/matsuno-comment-covid-idJPKBN2OO0IU

[2] 高橋杏璃、市野塊: 「5類に近い方向」検討を 尾身氏、コロナの感染症法分類めぐり提言. 朝日新聞DIGTAL 2022.07.14. https://digital.asahi.com/articles/ASQ7G7JW5Q7GUTFK026.html

[3] Kaufer, A. M. et al.: Laboratory biosafety measures involving SARS-CoV-2 and the classification as a Risk Group 3 biological agent. Pathology 52, 790-795 (2020). https://doi.org/10.1016/j.pathol.2020.09.006

[4] 柚木まり: <Q&A>新型コロナを「2類相当」から「5類」に引き下げると何が変わる? 東京新聞 2022.02.20. https://www.tokyo-np.co.jp/article/161261 

[5] JIJI.COM:「2類相当」見直し、国に要請 新型コロナ、「5類」には慎重―知事会. 2022.05.10. https://www.jiji.com/jc/article?k=2022050900875&g=pol

[6] 枝松佑樹: 政府否定の行動制限、でも実際は「他に打つ手ない」 遠のく対策緩和. 2022.07.14. https://digital.asahi.com/articles/ASQ7G6SVJQ7GUTFL01L.html?iref=pc_extlink

[7] Katzourakis, A.: COVID-19: endemic doesn’t mean harmless. Nature 601, 485 (2022). https://doi.org/10.1038/d41586-022-00155-x

[8] Markov, P. V. et al.: Antigenic evolution will lead to new SARS-CoV-2 variants with unpredictable severity. Nat. Rev. Microbiol. 20, 251–252 (2022).  https://doi.org/10.1038/s41579-022-00722-z

引用したブログ記事

2022年7月2日 COVID-19パンデミックにBA.4/BA.5変異体がもたらすもの

2022年6月21日 この夏の第7波?流行

2022年3月16日 予測不能な病毒性をもつSARS-CoV-2の出現

2022年1月31日 エンデミック(風土病)の誤解

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)