Dr. Tairaのブログ

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SARS-CoV-2変異体の疫学的特徴およびワクチン・非医薬的介入の効果

はじめに

現在、日本ではCOVID-19の第5波流行が減衰し、全国の新規陽性者数が数百人のレベルで推移しています。社会・経済活動の再開へ向けてワクチン・検査パッケージといっしょの「実証実験」なるものも行なわれ始め、テレビのワイドショーや情報番組も楽観ムードに包まれている印象を受けます。しかし、確実にやってくる次の流行の波については警戒を怠ることはできません。

世界を見渡せば日本が参考にできる状況が少なからずあります。ワクチン接種先進国の中でも、英国やシンガポールのように感染再拡大を起こしているところもあれば、中国のようにほぼ流行を抑え込んでいるところもあります。

このブログではこれらの国の状況 [1, 2] に簡単に触れながら、そして中国研究チームが出版した最近の総説 [3] を取り上げながら、日本がとるべき今後の対策を考えてみたいと思います。キーポイントはワクチンと非医薬的介入(NPI)の重要性です。

1. ワクチン接種先進国における感染拡大

核酸ワクチン接種で先行した英国ですが、ワクチン接種率が5割ちょっとという早い段階(7月)から制限緩和策に転換し、現在の接種率は68%まで上昇しているものの、感染者数の拡大が続いています [1]。ジョンソン首相は、COVID-19関連のデータ内容が悪化していることを認めた上で(図1)、感染拡大に伴う国家医療制度(NHS)への負荷で今年は厳しい冬になると警戒しています。

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図1. 英国における2020年3月から現在までの新規陽性者数(上)と新規死者数(下)の推移(ブルームバーグの記事 [1] より転載).

英国では過去6週間、週間ベースの死亡者数は毎週800人を超えており、主要な西欧諸国よりも高い水準で推移しています。10月21日には、新規陽性者数が7月中旬以来初めて5万人を超えました。

このように、今後の厳しい状況が危惧されているにもかかわらず、ジョンソン首相は「専門家が予測した範囲内」と述べ、現在の対応策によって新型コロナは引き続き抑制されているとの見方を示しました。そしてワクチンの追加接種を加速すると述べました。これに対し、英国の医師会は「感染拡大を抑制するためのさらなる対策をとらないということは政府の意図的な怠慢」と批判し、医療ひっ迫への懸念を伝えています。

シンガポールは、現在、ワクチン完全接種率84%という高さを達成していますが、やはり制限緩和策が裏目に出て、過去最大の感染状況に見舞われています(図2)。これは検査拡大策を実施した結果でもあり、98%以上は無症状や軽症と言われていますが、死者数は過去になく増えています。

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図1. シンガポールにおける2019年12月31日から現在までの新規陽性者数(左)と新規死者数(右)の推移(Reuters COVID-19 Trackerより転載).

シンガポール政府は、9月末から、社会的交流や外食時の人数を2人までに制限するなどの措置に乗り出していますが、10月20日、感染拡大による医療への圧迫を軽減するため、この規制を1カ月前後延長すると表明しました [2]

リー・シェンロン首相は重症者数や死者数は抑えられていると言っていますが、軽症の感染者が継続的に増加し、病院や医療従事者が一段と圧迫されている状況です。そもそも医療ひっ迫に死者数は関係ありません。感染者数が増え、入院患者が増えれば医療ひっ迫は起きるのです。

政府のコロナウイルス対策本部で共同責任者を務めるローレンス・ウォン財務相は、「病院の隔離病床使用率は90%近くに達し、ICUの病床は3分の2以上が埋まっている」、「病床を増やして機器を追加購入するという単純な話ではない。医療従事者は限界にきており、疲れ切っている」と懸念を表明しています。

英国もシンガポールもワクチン戦略で制限緩和策に転換した結果、感染者数を増やし、医療ひっ迫を起こしている、あるいはそれが懸念される状況になっています。

2. 中国研究チームの見解

同じくワクチン接種先進国(こちらは不活化ワクチン)である中国は、感染の封じ込め策を継続中であり、ほぼ成功していると言えます。過去1年間の新規陽性者数の一週間移動平均は50人以下であり、スパイク的に100人を超える局所的流行が起こっている程度です。

中国のBaiら [3] は、今月、「デルタ型およびラムダ型SARS-CoV-2ウイルスの疫学的特徴とワクチンおよび非医薬的介入の効果」という総説を発表しました。この総説は、中国の考え方のみならず、今のパンデミックを疫学的見地から理解する上で、そしてこれからの対策をとる上においてきわめて有用だと思われます。そこで、この総説の大部分を翻訳して以下に紹介したいと思います。

以下翻訳文です(ラムダ変異体の部分は省略)。

Epidemiology features and effectiveness of vaccination and non-pharmaceutical interventions of Delta and Lambda SARS-CoV-2 variants (by Bai et al. [3])

SARS-CoV-2ウイルスは、COVID-19の世界的な流行時期の長期化と流行範囲の拡大に伴い、絶えず進化と変異を繰り返し、複数のウイルス変異型を次々と生み出している。近年、中国では、デルタ型ラムダ型のウイルスがその感染力、感染潜伏期間、病原性などの点で注目されている。

2019年12月下旬に武漢で発見されたコロナウイルス感染症2019(COVID-19)は、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2SARS-CoV-2)を原因とする急性呼吸器感染症である。2020年3月13日、世界保健機関(WHO)は、COVID-19を世界的なパンデミックと宣言した。2021年9月21日現在、世界で2億2,800万人以上が感染し、460万人近くが死亡している。

COVID-19のパンデミックの進行と拡大につれて、さまざまなSARS-CoV-2の変異型が出現している。これらの変異型は、複製・伝播速度が速い、病原性が高い、免疫系から逃れられる可能性があるなどの特徴があり、最近では流行の再燃につながっている。

世界保健機構(WHO)は、いくつかの変異型を伝達性と病原性の違いからVOC(variant of concern)VOI(variant of interest)に分類し、残りの子孫系統を監視中の変異型としている。現在、4つのVOCが存在しており、その中でもデルタ変異体は多くの国で優勢になってきている。最近、中国で発生した輸入症例に関連した国内のアウトブレイクは、主にデルタ変異体によって引き起こされた。2つのVOIのうち、ラムダ変異体 は、最近、南米や一部の国で出現し、デルタ型に代わって優勢になる傾向があった。

現在、COVID-19ワクチンは、mRNA-1273 (モデルナ)、BNT162b2 mRNA (ファイザー)、AZD1222(オックスフォード/アストラゼネカ)、Janssen Ad26.CoV2.S (ジョンソン&ジョンソン)など、4種類のワクチンが世界的に使われている。中国では、BBIBP-CorV (シノファーム)、WIBP-CorV (シノファーム)、CanSinoBIO(Ad5-nCoV)、CoronaVac(シノバック・バイオテック)の4種類のCOVID-19ワクチンが承認されている。

2021年9月21日現在、全世界で24.8億人がワクチン接種を完了しており、そのうち上位3カ国は中国、EU、米国で、中国は10.22億人で第1位となっている。SARS-CoV-2ウイルスに対する効果、特に現在主流となっているデルタ変異体に対するワクチン接種の効果は、世界的な関心事となっている。

非医薬的介入(non-parmaceutical interventions, NPI)とは、主に、安全で効果的なワクチンや治療法、その他の予防法がない場合に、ウイルスの拡散を遅らせるために取ることのできる効果的な手段を指す。 中国の武漢で起こったCOVID-19の最初の流行では、社会的距離、個人の衛生管理、マスクの着用、患者の隔離、学校や企業の閉鎖、交通機関の停止、集会の中止などのNPIが、ウイルスの感染拡大を止め、流行のピークを抑えるのに重要な役割を果たしたことが明らかになっている。  

しかし、SARS-CoV-2の優占株はその後大きく変異しており、変異型間の違いは何かという課題に加えて、特に現在優占するデルタ変異体とラムダ変異体に対してNPIはまだ有効なのかという疑問が生じている。

ここでは、これからに向けた事前に準備として、感染制御の根拠を提供するために、デルタとラムダの変異体の病原性、有病率、伝達性、そしてワクチンとNPIの有効性についてレビューする。

2-1. デルタ変異体

デルタ変異体(B.1.617.2)は、2020年10月にインドのマハラシュトラ州で初めて確認され、2021年5月にWHOによってVOCに分類された。2021年7月29日現在、デルタ型は少なくとも132の国や地域で報告されており、多くの国で優占株となっている。

・病原性

デルタ変異体には、スパイク糖タンパク質に3つの必須変異、L452R、E484Q、D614Gを含む10の変異部位が存在する。 L452R変異は、スパイク糖タンパク質のS1領域に位置し、ACE2受容体に直接結合する受容体結合ドメイン(RBD)を持ち、SARS-CoV-2中和抗体の主要な標的でもある。L452R変異は、デルタ型の感染力を高め、中和逃避能力を高めることが示されている。また、S-タンパクのS1/S2切断部位の近傍に位置するP681R変異は、S-タンパクの切断を促進し、これもデルタ変異体の感染力を高め、抗体認識を完全に阻害する。 さらに、いくつかの研究では、T478K変異がウイルスのヒトへの結合能力を高めることがわかっている。

現在までに、デルタ変異体はデルタプラス(Delta plus)変異体としてさらに派生しているが、これは後にAY.1変異体と名付けられている。AY変異体には、イギリスのAY.4-AY.11、イスラエルのAY.12、シンガポールインドネシアのAY.23、そして北米で流通しているAY.25がある。 このデルタプラス変異体には、オリジナルのデルタ型と比較して、K417NというS-タンパクの変異が追加されている。この変異はベータおよびガンマ変異体にも見られた。デルタプラス変異体は、元々のデルタ型よりも感染力や病原性が高いとの報告もある。

・疫学的特徴

2021年4月中旬に英国で最初のデルタ型感染者が確認された後、デルタ型が原因でSARS-CoV-2の第3波が発生し、英国政府は全面的な再開を6月21日まで延期せざるを得なくなった。 英国以外では、デンマークでもデルタ型の感染者が着実に増加し、デルタ型が主流となった。米国では、全国規模のサンプリング調査で、ウイルスの原型であるアルファ型の割合が4月下旬には70%以上あったのが、2021年6月中旬には約42%にまで減少し、すでにデルタ型が優勢になっていたことがわかった。

アフリカでは、コンゴマラウイウガンダ南アフリカでデルタ型に感染した症例が報告されており、ワクチンへのアクセスが限られているため、アフリカ諸国で症例が急増し、アフリカにとって最大のリスクとなることが懸念されている。

デルタプラス変異体については、GISAID(Global Initiative on Sharing All Influenza Data)関連のオンラインウイルス統計データベースであるREGENERONによると、イスラエルで現在発生している症例の70%以上がデルタプラスであり、その中にはAY.12、  AY.12、AY.4、AY.5、AY.6、AY.9が含まれていた。 また、ラテンアメリカ(AY.12、AY.4)、シンガポール(AY.23)、インドネシアでは、全症例に占めるデルタプラスの割合は、それぞれ38%、98%、71%であった。

・感染力と伝播性

デルタ変異体の高い感染力とウイルス量は、世界的なCOVID-19パンデミックの継続の大きな要因になっている。 英国での研究によると、デルタ型の入院リスクと感染力はアルファ型よりもそれぞれ100%と60%高い。また、デルタ型の感染力は武漢で分離された原型株(2~3人)よりも多く、5~9人に感染する可能性があることが示された。

広州で発生したデルタ変異体による集団感染では、他のSARS-CoV-2と比較して、第1世代、第2世代、第3世代の感染者の潜伏期間はそれぞれ4日、5~6日、10日と5日短縮され、感染してから感染するまでの日数は約2~4日と大幅に短縮された。 デルタ型に感染した人は、感染後2~3日で典型的な臨床症状を呈し、10日以内に5世代の症例を引き起こす可能性があり、基本再生産数R0は4.04~5.0で、武漢で分離されたプロトタイプ株のR0(2.2~3.77)よりもはるかに高かった。

・ワクチン効果

重症化や死亡を防ぐための重要な手段の一つにワクチン接種があるが、デルタ変異体によってワクチンの効果が弱まり、ブレイクスルー感染が継続的に報告されている。

ある研究では、デルタ変異体は、ファイザーによるワクチン接種の1ヵ月後に、他の先行株に比べて中和力価が2倍に低下することがわかった。 シンガポールの研究では、5つの研究施設におけるデルタ型感染218件のうち、全体で71件がワクチンブレイクスルーの定義に合致した。

英国の研究では、アストラゼネカ社とファイザー社のワクチン接種者から採取した血清中のデルタ変異体の6種類の中和抗体が5倍以上減少したことがわかった。別の英国の研究では、アストラゼネカ社またはファイザー社のワクチンを1回接種することで、デルタ型の個人感染のリスクを33%減少させることができたが、これはアルファ型のリスク(50%)よりも低いものだった。 さらに、アストラゼネカ社のワクチンを2回接種した場合、デルタ型に対する予防効果は60%増加したが、これはアルファ型に対する予防効果(66%)よりも低かった。一方、ファイザー社のワクチンを2回接種した場合、デルタ型に対する予防効果は88%増加したが、アルファ型に対する予防効果は93%だった。

イスラエルの研究では、2回目のファイザーワクチン接種後4日から14日の間に、デルタ型では中和力価が2.5倍に低下し、アルファ型では1.7倍、ベータ型では10倍、ガンマ型では2倍に低下した。その結果、デルタ型の症候性感染に対する防御率は39%にとどまった。

米国CDCの報告によると、デルタ型感染に対するワクチン接種後の防御率は66%で、継続的なワクチン接種キャンペーンの後にわずかに低下したと考えられている。米国の老人ホームを対象とした別の研究では、デルタ変異体への感染を予防するためのmRNAワクチンの効果が、この変異型が出現する前の2021年3月1日から5月9日の間に74.7%だったのに対し、デルタ型が国内で優占になった後には53.1%と大幅に低下したことが報告されている。

最近、広東省で発生したアウトブレイクでは、中国で開発された不活化ワクチンが、デルタ変異体に対して、感染を69%予防し、重症化を95%以上予防するなど、高い効果があることが明らかになった。 Jiffy 遺伝子組換えCOVID-19ワクチンの第3相臨床データによると、総防御効率は82%、デルタ変異体に対する防御率は78%だった。

2-2. 対策と予防について

COVID-19の世界的な大流行は現在も続いており、ウイルスは感染性、伝達性、病原性などの特性を変えながら適応を続けている。 2021年8月30日、WHOはミュー変異体(B.1.621)を発表し、免疫逃避の可能性がある変異を持つVOIに分類した。  ミュー変異体の表現型と臨床的特徴のさらなる研究と、デルタ、ラムダ、およびその他の変異体の流行に伴う変化の監視が必要である。

SARS-CoV-2の変異体の出現は、疫病の予防と制御に大きな課題を投げかけている。WHOは、現在進行中のパンデミック予防戦略と対策が、変異体に対しても継続して取り組むことを推奨している。  中国の経験によれば、ウイルスの極めて短い潜伏期間のために、ワクチン接種だけでは感染と伝播をブロックできないことを示している。

デルタ型とラムダ型の変異体の感染を予防・制御するために、中国は引き続き積極的な戦略を採用し、一連のNPIを実施する。さらに、デルタおよびラムダの変異体に関する研究、特に免疫認識とワクチン効果に関連する変異部位に関する研究をさらに推進する必要がある。

WHOは、各国が遺伝子モニタリングとウイルスシークエンスの能力を強化することを奨励し、バリエーションのモニタリングと変異体の生物学的特性の評価を強化するために各国が緊密に協力することを求めている。重要な免疫逃避性変異体の可能性を早期に警告するためにタイムリーに情報を共有する必要がある。

以上がBaiらの総説 [3] の主要部分の翻訳です。中国ではワクチン接種拡大はもとより、従来の非医薬的介入を継続して、ウイルスを抑え込む戦略をとっていることがわかります。これはおそらく先進国の中でウイルスの怖さを一番よく認識しており(本質に迫るデータを持っている)、ワクチン接種だけでは感染拡大抑制はできないと理解しているからだと思います。そして、科学技術力は世界トップにありながら、なぜ核酸ワクチンではなく、不活化ワクチンを使っているのかも示唆的です。

なお、デルタ変異体には多くの亜系統があり、上記の総説にもあったように現在はAY変異体として名称変更されています。それぞれの亜系統の発生時期はほぼ同じです。ちなみに日本の第5波流行は、国内変異のAY.29変異体によるものです。

おわりに

ワクチン接種先進国である英国、シンガポール、中国のコロナ戦略と現況を比べてみると日本でも大いに参考になる部分があります。日本は今流行が収束気味で、気を抜いているようなところがありますが、感染拡大を抑えるためにはワクチン接種に加えて従来の非医薬的介入による公衆衛生対策が必須だということが理解できます。つまり、ワクチン接種をしようがしまいが、先端的な検査に加えて古典的な物理化学的対策を継続することが大事だということです。

今の世界の流行状況を見ると、デルタ変異体でひとまず適応しきったように見えます。これからは、その亜系統であるデルタプラス (デルタ型にK417N変異が起こったもの)の進化系が、流行の主体になることが予測されます。その意味で、遺伝子モニタリングとゲノム解析による監視が非常に重要になります。日本ではAY.29の置き換わりが起こる始める時が要警戒です。

引用文献・記事

[1] Mayes, J & Ashton E.: U.K.’s Boris Johnson predicts difficult winter as Covid deaths rise. Bloomberg 2021.10.19. https://www.bloomberg.com/news/articles/2021-10-19/u-k-s-johnson-predicts-difficult-winter-as-covid-deaths-rise

[2] ロイター編集: シンガポールがコロナ規制を1カ月延長、感染者増で医療逼迫. 2021.10.21. https://jp.reuters.com/article/health-coronavirus-singapore-idJPKBN2HA2PE

[3] Bai, W. et al.: Epidemiology features and effectiveness of vaccination and non-pharmaceutical interventions of Delta and Lambda SARS-CoV-2 variants. China CDC weekly 3, 863-868 (2021). http://weekly.chinacdc.cn/fileCCDCW/journal/article/ccdcw/newcreate/CCDCW210195.pdf

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19