カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年〜)
カテゴリー:ウイルスの話
はじめに
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の起源については、コウモリやセンザンコウに類縁のウイルスが知られているものの [1](→SARS-CoV-2類似のコウモリウイルス発見の意義)、依然として謎であり、中間宿主についても特定されていません。この観点から、野生動物におけるSARS-CoV-2の分布探索は非常に重要です。また、野生動物においてSARS-CoV-2が存在するとなると、ヒトー動物の異種間感染 (宿主乗り換え、スピルオーバー、spillover)の可能性があり、この点でも調査・監視が必須です。
これまで、COVID-19大流行の間に、ヨーロッパでは飼育されているミンクからヒトにSARS-CoV-2が感染し、発症に至った事例があり [2]、香港ではペットショップの従業員がハムスターからSARS-CoV-2に感染した事例が報告されています。このように、ヒトからペット動物や野生動物にウイルスが伝播することはすでに多くの事例で知られており、スピルオーバーの可能性への懸念が示されてきました [3]。
このような中、カナダの政府および学術機関の研究者32人からなる研究チームによる最新の研究で、SARS-CoV-2が北米に生息するオジロジカ(Odocoileus virginianus)からヒトに感染した可能性が高いことが明らかになりました [4, 5]。先行研究では、オミクロン変異体が、ヒトからネズミの感染し、それがまたヒトへ戻ってきたとする二次スピルオーバーの可能性も指摘されています [6, 7]。
このブログでは、ヒト−動物間のすスピルオーバーに関するこれらの研究を紹介するとともに、その意味と波及効果について考えたいと思います。
1. シカ−ヒト間の感染
この研究成果は、プレプリントサーバー「バイオアーカイブ」(bioRxiv)に2月25日付けで公開された査読前論文の中で報告されています [4]。これは、野生動物ーヒト間のSARS-CoV-2のスピルオーバーとしては初の報告となります。ナショナルジオグラフィックも、早速この成果を紹介しました [5]。
この研究では、2021年11月から12月にかけて、カナダ、オンタリオ州南西部と東部においてハンターに仕留められたオジロジカの約300頭の死体から213の鼻腔スワブと294の後咽頭リンパ節の組織が検体として採取され、RT-PCRによるSARS-CoV-2 RNAの検出が行なわれました。その結果、検査した検体の6%にあたる17頭において、SARS-CoV-2が検出されました。
さらに鼻腔スワブ検体から、5つの高品質ゲノムと2つの部分ゲノムが回収されました。これらのゲノム配列は、ヒト RNAse PのPCRおよび非SARS-CoV-2アンプリコンリードの解析から、ヒトのSARS-CoV-2汚染の可能性は極めて低いことが示されました。
最尤法と最大節約法に基づく系統解析の結果、これらのオジロジカ由来ゲノムはB.1 PANGO系統/20C Nextstrain系統の中で高度に分岐したクレードを形成しました(図1)。オジロジカのクレードは非常に長い枝を形成する新規変異体であり、祖先SARS-CoV-2(Wuhan Hu-1)に対して76の保存塩基変異を、他のゲノムとの最も近い共通祖先に対して49の保存塩基変異をもっていました。最類縁の分岐ゲノムは、約1年前(2020年11月・12月)にサンプリングされた米国ミシガン州のヒト由来配列でした。
図1. オンタリオ州オジロジカ(white-tailed deer)の検体から得られたゲノム配列の系統樹(文献 [4] からの転載図に加筆)
これらの結果は、この新規変異体が、デルタやオミクロン変異体よりも前から存在していたことを意味します。さらにこの変異体が既存のCOVID-19ワクチンを回避する可能性があるかどうかを分析したところ、ワクチンの予防効果に大きな影響はないことがわかりました。
SARS-CoV-2が米国のオジロジカの間で広がっていることは、先行研究によってわかっていました [8, 9]。米農務省の研究者らは、2021年1〜3月に米ミシガン州、イリノイ州、ニューヨーク州、ペンシルベニア州で検査したオジロジカの4割から、SARS-CoV-2の抗体を検出していました [10](→新型コロナの起源に関して改めて論文を読み、戦慄に震える)。しかし、オジロジカが保有するウイルスは近くに居住している人がもっていたウイルスと非常によく似ていたため、単にヒトからシカに感染したと考えられていました。
ところが、今回の研究では、オジロジカの中で、ヒトに見られないウイルス変異体の系統が存在すること、そしてオンタリオ州でオジロジカと密接に接触していた人が、まだ1人だけですが、シカと同じ変異体に感染していたことも明らかになりました。
オジロジカがどのようにしてSARS-CoV-2に感染したのかも、まだ解明されていません。しかし、上記の事実から、SARS-CoV-2はシカの間で感染拡大しながら変異を繰り返しており、そのうちの一つが最終的にヒトに感染したことが示唆されています。ゲノム解析の結果は、シカと感染者の間のウイルスの系統の一致を示しており、ヒトへの直接感染が「最も可能性の高いシナリオ」だと研究チームは考えています。
2. 研究の意義と波及効果
現時点では、オンタリオ州のオジロジカと1人のヒトから見つかったウイルスが、シカからヒトへ何度も感染している証拠や、この変異体がヒトからヒトへ持続的に感染が広がっている証拠はないとされています。しかし、論文の著者らも主張しているように、種の壁を越えたSARS-CoV-2の感染を引き起こしうる保有宿主の特定は、ますます重要になるでしょう。すなわち、人間におけるウイルス伝播の監視だけではなく、動物におけるモニタリングも必須になってくるわけです。
今回の研究で明らかになったオジロジカの変異体は、これまで得られているヒトの変異体とは大きく系統が異なっています。ここで気になるのが、いま世界で流行しているオミクロン変異体が系統的に大きく異なるということです。つまり、重要なことは、系統的に大きく離れたウイルス変異体が患者から検出された場合には、それがスピルオーバーによる二次感染である可能性が高いということを意味するのではないかということです。
冒頭でも述べましたが、中国の銭文峰教授らによる研究チームが発表した論文では、オミクロン変異体がネズミから始まったという主張を展開しています [6]。この変異体がヒトの中で進化したのではなく、その祖先変異体が一旦動物に入り、そこで進化してオミクロンとなり、それがヒトに逆流して広がったという、スピルオーバー発生の主張です。この研究では、オミクロン変異体の先祖がヒトからネズミに感染した時期を2020年中頃とみて、そこで1年ほど突然変異を経た後、2020年末に再びヒトに感染したと推定しています。
なぜ、このようにヒトと動物間でSARS-CoV-2で感染が広がっていくかと言えば、一つはウイルスの感染力に関する特性にあると推論できます。SARS-CoV-2は、ヒトのACE2を主要な受容体として宿主細胞へ侵入するので、ACE2とスパイクタンパク質の相互作用が宿主の感染範囲を大きく制限要因となっていると考えられます。
野生型SARS-CoV-2およびSタンパク質中のフーリン切断部位を欠くSARS-CoV疑似型ウイルスを用いて、異なる動物種の14種のACE2オルソログの受容体活性について調べた結果では、幅広い動物種においてACE2を利用した宿主細胞に侵入が見いだされています [11]。これらはアカゲザル、マウス、ハクビシン、フェレット、アナグマ、ネコなどです。
また、フーリン切断部位を欠いた変異体の実験では、ヒト呼吸器細胞株での複製が減少し、ハムスターおよびhACE2トランスジェニックマウスにおいて病原性が減弱することが示されていますので、この部位が感染力増強に寄与していることは間違いないでしょう [12]。想像するに、SARS-CoV-2がフーリン切断部位を獲得した後の最初の感染対象がヒトであり、そこを起点にヒトと野生動物間で広がったのではないでしょうか。
おわりに
このように野生動物の間でSARS-CoV-2が広がっていくと、ヒトー動物間の新たな感染が懸念されます。もしパンデミックが収まったとしても、野生動物の変異体からヒトへの新たな感染が起こり、それが新たなパンデミックを引き起こす危険性もあるわけです。野生動物にウイルスが広がれば、ワクチン戦略もより困難性を伴います。厄介になってきました。
SARS-CoV-2は人獣共通感染症(zoonotic infectious disease、zoonosis)としての認識が必要です。そして、考えたくはないですが、ウイルスによる哺乳類種の大量絶滅に繋がる可能性もでてきました。
これから動物におけるSARS-CoV-2の監視が非常に重要になると思われます。それと同時に、ますますSARS-CoV-2の起源に関する探索が難しくなるかもしれません(もっとも人為起源なら半永久的にわからない)。
引用文献
[1] Temmam, S. et al.: Bat coronaviruses related to SARS-CoV-2 and infectious for human cells. Nature, published Feb. 16, 2022. https://doi.org/10.1038/s41586-022-04532-4
[2] Oude Munnink, B. B. et al.: Transmission of SARS-CoV-2 on mink farms between humans and mink and back to humans. Science 371, 172–177 (2021). https://www.science.org/doi/10.1126/science.abe5901
[3] Meekins, D. A. et al.: Natural and experimental SARS-CoV-2 infection in domestic and wild animals. Viruses 13, 1993 (2021). https://doi.org/10.3390/v13101993
[4] Pickering, B. et al.: Highly divergent white-tailed deer SARS-CoV-2 with potential deer-to-human transmission. bioRxiv posted February 25, 2022. https://doi.org/10.1101/2022.02.22.481551
[5] ナショナル ジオグラフィック日本版: シカからヒトに新型コロナが感染、初の報告、カナダのオジロジカ. menuニュース 2022.03.09. https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/natgeo/world/natgeo-0000Aqoc
[6] Wei, C. et al.: Evidence for a mouse origin of the SARS-CoV-2 Omicron variant. J. Gen. Genomics 48, 1111–1121 (2021). https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1673852721003738
[7] チョ・ホンソブ: 中国の研究チーム「オミクロン株、ヒト→ネズミ→ヒトと宿主を変えた」. HANKYOREH 2022.01.07. http://japan.hani.co.kr/arti/politics/42211.html?_ga=2.165474431.1396263221.1646959158-1822165932.1645591781
[8] Kuchipudi, S. V. et al.: Multiple spillovers and onward transmission of SARS-CoV-2 in free-living and captive white-tailed deer. bioRxiv Posted November 6, 2021. https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2021.10.31.466677v2
[9] Hale, V. L. et al.: SARS-CoV-2 infection in free-ranging white-tailed deer. Nature 602, 481–486 (2022). https://www.nature.com/articles/s41586-021-04353-x
[10] Chandler, J. C.: SARS-CoV-2 exposure in wild white-tailed deer (Odocoileus virginianus). bioRxiv Posted July 29, 2021. https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2021.07.29.454326v1
[11] Zhao, X. et al.: Broad and Differential Animal Angiotensin-Converting Enzyme2 Receptor Usage by SARS-CoV-2. J. Virol. 94, e00940-20 (2020). https://doi.org/10.1128/JVI.00940-20
[12] Johnson, B. A. et al.: Loss of furin cleavage site attenuates SARS-CoV-2 pathogenesis. Nature 591, 293–299 (2021). https://www.nature.com/articles/s41586-021-03237-4
引用したブログ記事
2022年2月17日 SARS-CoV-2類似のコウモリウイルス発見の意義
2021年8月5日 新型コロナの起源に関して改めて論文を読み、戦慄に震える
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