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子どもへのCOVIDワクチンの影響:NEJM vs. デイリー・セプティック

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

最近、子どもに対する COVID-19 mRNAワクチンの効果に関する調査研究結果が、コレスポンデンス論文としてニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)誌に掲載されました [1]。これは、米ノースカロライナ大学 Gillings School of Global Public Health などの研究チーム(ダンユ・リン博士が筆頭著者)によるものですが、著者らがこの結果をワクチンの効果としてポジティブに伝えている一方で、この論文をデイリー・セプティック(Daily Sceptic、DS)が、ワクチンのネガティブ効果として論評しています [2]

このウェブサイトは疑似科学扱いされていることで知られているので気をつけなければいけませんが、今回の論文に対する論評は、ところどころ私が論文に対して疑問に思ったこととダブります。SNS上でもDSのツイートが取り上げられているようなので、リン論文とDSの論評の両方のどこがどのようにおかしいか、このブログで考えてみたいと思います。結論から言うと、リン論文では、データを都合よく解釈している一方(都合の悪いところは考察なし)、DSは考察されていないデータ部分を取り上げて、飛躍した解釈をしています。

1. デイリー・セプティックとは?

DSは、ジャーナリストであるトビー・ヤング(Toby Young)を中心として数人の研究者らを中心として運営されているウェブサイトです。巷の懐疑的な記事、学術論文、インタビューなどを論評したり、また専門家や非専門家が他では発表できないような見解を発表する場として設けられています。しかし、一般的には、DSは極右に偏った疑似科学ウェブサイトであり、COVID-19や科学一般に関する誤った、誤解を招く情報を頻繁に掲載しているとネガティブに評価されています。

ヤング氏は、当該NEJM論文について以下のように「新しい研究はワクチンが自然免疫を破壊することを示している」とツイートしました。しかし、論文にはそのようなことは決して書かれていませんし、そのように解釈することも無理なので、このコメントは間違いです。

このツイートのリプ欄を見るとわかりますが、多くの否定的なコメントが寄せられています。

2. NEJM論文とデイリーセプティックの解釈

では、NEJMに掲載されたリン論文 [1] とDS記事(著者はウィル・ジョーンズ博士)[2] のデータ解釈の違いがどこにあるか、このブログで紹介したいと思います。最初に指摘しておきたいことは、ジョーンズ氏は「NEJM誌に掲載された新しい研究によると、ファイザーワクチンの効果は5カ月以内に意味がなくなる(つまり、ワクチン接種者が未接種者よりも感染しやすくなる)だけではなく、ワクチンによって人が持つ自然免疫による防御力が破壊されてしまうことが明らかになった」と結論づけていますが、これは完全なミスリードです。

この調査研究 [1] では、ノースカロライナ州の5歳から11歳の小児887,193人について、SARS-CoV-2感染歴とワクチンファイザー・ビオンテック製BNT162b2)接種が及ぼす再感染への影響を調べた結果を示しています。パンデミック初期の2020年3月11日から2022年6月3日の間に193,346人が感染し、そのうち入院が判明したのは309人、死亡が判明したのは7人でした。2021年11月1日から2022年6月3日の間に、ワクチンを少なくとも1回接種していた小児は合計273,157人になりました。

これらの調査データについて、Coxモデルの計数過程拡張を用いて、人口動態変数を調整した上で、SARS-CoV-2感染率に対するワクチンとSARS-CoV-2感染歴の時変効果を定式化し、グラフ化したのが図1です。

図1. 小児(5–11歳)における感染症およびコロナウイルス疾患2019関連入院に対するBNT162b2ワクチンの2回投与およびSARS-CoV-2感染歴によりもたらされる防御効果(文献 [1] より転載). (A) ワクチン接種による感染防御効果、(B) 感染歴が及ぼすワクチン接種後の再感染防御効果、(C) ワクチン未接種児における感染歴が及ぼす再感染防御効果、(D) ワクチン接種児における感染歴が及ぼす再感染防御効果、(E) ワクチン接種が及ぼす入院防止効果、(F) 感染歴が及ぼす入院防止効果.

論文では、SARS-CoV-2感染に対して、小児にワクチンを2回接種すると、時間の経過とともに効果が薄れるものの、感染防御として有効であることがわかったとしています。すなわち、初回接種から同程度の日数では、2021年11月に接種した子どもの方がそれ以降の月に接種した子どもよりも有効性が高く(図1A)、B.1.617.2(デルタ)変異体よりもオミクロン変異体に対してワクチン接種が有効ではないことを示す所見でした。そして、ワクチン単独接種の効果は、既感染児の方が既非感染児よりも高くなりました(図1B)。

感染歴がある場合のワクチン未接種と接種との違いは図1B、Cに示されています。論文では、感染により獲得された免疫力は、時間経過とともに低下するものの、接種、未接種とも高く維持されたとしています。すなわち、ワクチン未接種児では、オミクロン感染の再感染に対する推定有効率は2カ月で90.7%、4カ月で62.9%でした(図1C、赤色のライン)。ワクチン接種を受けた小児では、オミクロン感染単独での再感染に対する推定有効率は、2カ月で94.3%、4カ月で79.4%でした(図1D)。ただし、不思議なことに、デルタやそれ以前の変異体に対する効果(青色緑色のライン)への言及はありません。

ワクチン接種を受けた273,157人の小児のうち、入院は合計15件、死亡は確認されませんでした。COVID-19関連入院に対するワクチン2回接種およびSARS-CoV-2感染歴の有効性の推定値は、感染に対する有効性の推定値よりも高い傾向にありましたが、事象数が少ないために不確実性が大きかったとしています(図1E、1F)。

では、ジョーンズ氏によるDS記事では、図1のデータに対してどのようなコメントをしているのでしょうか。

まず、図1Aでは、11月と12月にワクチン接種を受けた子どもを表すの線が、最初の注射から5カ月以内にゼロから負の領域に入り、急激な勾配になっていることに注目してほしいと言っています。これを見る限り、ワクチンの有効性はマイナスの領域に深く落ち込んでいくように見えますし、図1Bでも、ワクチン接種後5ヶ月以内に再び急勾配でゼロを通過していることがわかるとコメントしています。

そして、自然免疫を持っている人が、持っていない人よりも感染しやすいとは考えられず、かつ自然感染の免疫を持つワクチン接種者がマイナスの効果を示していることは驚きであると述べています。

図1C、Dは、リンらとジョーンズ氏の見解の核心部分でしょう。リン論文では、上記のように、オミクロン(のライン)には言及しているものの、なぜかデルタ(のライン)やそれ以前(のライン)については触れていません。一方、ジョーンズ氏は、図1Dラインが示す過去に感染したワクチン接種者の間のデルタ変異体に対する防御が、7ヶ月以内に急勾配でゼロになっているのと対照的に、図1Cのライン(以前に感染したワクチン未接種者のデルタに対する防御)は減衰がずっとゆっくりで、8ヶ月後にはまだ50%以上と非常に高い正の領域にあると述べています。同じことが初期の変異型に対する自然免疫(のライン)にも言え、こちらはゆっくりと減少し、16ヵ月後も保たれているとしています。

図1は、ワクチン未接種者では自然感染免疫が防御力を維持しているのに対し、ワクチン接種者では自然免疫があっても「防御力」がマイナスになっています。この疑問に対してジョーンズ氏は 「これは、ワクチンが数ヶ月後に負の防御効果を与えるだけでなく、自然免疫によって提供されるはずの防御を破壊することを示唆しており、非常に憂慮すべきことである」と述べています。つまり、ワクチン接種は自然感染免疫を破壊し、以前よりも感染しやすくしているように見えると語っています。

そして、最近の研究では、ファイザー社のようなmRNAワクチンは、他の病原体に対する免疫系の反応を阻害することが判明したとしながら、犯人はワクチンのmRNAを運ぶ脂質ナノ粒子(LNP)であると思われるとしています。

最後には、mRNAワクチン技術の市場投入を急いだのは間違いであり、その効果の全容と安全性プロファイルがもっとよく理解されるまで、このワクチンを使用中止にして研究段階に戻す必要があることはますます明白になってきていると結んでいます。

上記のように、「ワクチン接種が自然免疫によって提供されるはずの防御を破壊する」とジョーンズ氏が述べているところは、明らかに飛躍し過ぎです。リン論文の中では、これに関連するいかなる考察もありません。

一方で、図1A, Bにあるワクチンの経時的防御効果がゼロを越えてマイナスになる意味については論文中では全く触れられていません。さらに、図1Cのワクチン未接種者と図1Dのワクチン接種者を比べると、明らかにワクチン未接種の方が感染防御の持続効果が高いと思われるのに、論文では、なぜか、同じような効果に見えるオミクロン(赤いライン)についてのみ言及されています。少なくとも論文では、ワクチン接種の防御効果が時間が経つにつれてマイナスになることについて、そしてワクチン未接種の方が防御の持続性が高いことについて、説明・考察すべきだと思います。

おわりに

今回のNEJM論文 [1] の内容とDS記事 [2] の比較をすることで、双方のおかしいところが分かりました。一次情報に触れることなく、ウェブサイトのフィルターを通して情報を受け取ってしまうと、その情報のバイアスにも、元の論文のおかしいところにも気がつかず、それがSNS上で拡散されてしまうという恐さがあります。

NEJM論文では、ワクチン未接種の方がワクチン接種よりも自然感染の免疫性が高いと思われるのに、それに全く言及していないことは、明らかに恣意的と思われます。普通の基礎科学系の雑誌でしたら、このようなデータの考察を欠く論文の場合、査読過程で書き直しを指摘されたり、掲載却下されたりします。一方で、NEJM誌のような医学系雑誌の場合は、割とこのような都合のよい解釈の論文が掲載されたりします(今回はコレスポンデンスですが)。逆に、ワクチンに対して否定的な見解を示す論文原稿は、現段階においてはまず通らないでしょう。

一方で、ジョーンズ氏のDS記事は、論文に対する疑問や目の付け所はいいのですが、そこから出てくる解釈や結論が飛躍し過ぎていて、記事自体の信頼性を下げていると言えるでしょう。今回で言えば、「ワクチン接種が自然免疫を低下させている可能性がある」程度に留めておけばよかったのですが、「自然免疫を破壊することが研究によってわかった」と断定的に述べてしまいました。これが一部で疑似科学よばわりされる所以でしょうか。

引用文献・記事

[1] Dan-Yu Lin, et al.: Effects of Vaccination and Previous Infection on Omicron Infections in Children. N. Eng. J. Med. Sept, 7, 2022. https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMc2209371

[2] Jones, W.: Covid Vaccine Destroys Natural Immunity, NEJM Study Shows. The Daily Sceptic September 12, 2022. https://dailysceptic.org/2022/09/12/covid-vaccine-destroys-natural-immunity-nejm-study-shows/

                    

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