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いま一般人に対するワクチンのブースター接種は必要ない

はじめに

世界のワクチン接種先進国の間では、いまCOVID-19感染のリバウンドやワクチンの効力の低下に鑑みて、完全接種後の余剰分について追加接種(ブースター接種を行なうことを検討しています。イスラエルのように、すでに実施している国もあります。

そのようななか、ブースター接種は慎重に行なうべきであり、ほとんどの人にとって直ちには必要ないと主張する総説が、9月13日付けでランセット雑誌に掲載されました [1]。この論文は、米国食品医薬品局(FDA)のフィリップ・クラウス(Philip R. Krause)博士を筆頭・責任著者として、世界保健機構(WHO)および米国、メキシコ、英国、フランス、南アフリカの大学の研究者の共同執筆によるものです。

国内外のメディアは早速のこの論文について、記事を発信しています [2, 3]。このブログ記事では、この論文の全本文を翻訳しながら紹介したいと思います。

1. ランセット総説本文の翻訳

Considerations in boosting COVID-19 vaccine immune responses [1]

感染力の高いデルタ変異ウイルスを原因とするCOVID-19感染者の新たな増加は、世界の公衆衛生上の危機を悪化させており、ワクチン接種を受けた人々に対するブースター接種潜在的な必要性や最適な時期が検討されている。ワクチン接種者の免疫力を高めることで、COVID-19感染者数をさらに減少させるという考えは魅力的ではあるが、そのような決定を行う場合には、エビデンスに基づき、個人や社会にとってのメリットとリスクを考慮する必要がある。

COVID-19ワクチンは、デルタ変異体によるものも含め、重篤な疾患に対しては引き続き有効である。しかし、この結論の根拠となった観察研究のほとんどは予備的なものであり、おそらく潜在的混同や限定的な報告もあって、正確な解釈は困難である。ブースター接種に関する決定が政治的なものではなく、信頼できる科学に基づいたものであることを保証するためには、日進月歩のデータを慎重に、かつ公的に精査する必要がある。

たとえブースター接種が中期的に重症化リスクを減少させることが最終的に示されたとしても、現在のワクチン供給は、ワクチン接種を受けた集団にブースターとして使用するよりも、以前にワクチン接種を受けていない集団に使用する方がより多くの命を救うことができる。

ブースター接種は、一次予防接種(ここでは各ワクチンの最初の1回または2回の連続接種と定義)では十分な防御効果が得られなかった可能性のある人、たとえば、有効性の低いワクチンの接種者や免疫効果を得られない人などに適している可能性がある(ただし、一次接種に十分な反応を示さなかった人は、ブースターにも十分な反応を示さない可能性あり)。このような免疫不全者が、同じワクチンを追加接種することで、あるいは一次免疫反応を補完するような別のワクチンを追加接種することで、より多くの利益を得られるかどうかは分かっていない。

最終的には、一般の人々にとってブースター接種が必要になるかもしれない。なぜなら、一次接種で獲得した免疫力が低下するからであり、あるいは新しい抗原を発現する変異ウイルスが登場してきて、元のワクチン抗原に対する免疫反応ではそのウイルスの流行に対して十分に防御できなくなるからだ。

COVID-19の一次接種のメリットは、感染リスクを明らかに上回っているが、特に免疫介在の副反応を引き起こす可能性のあるワクチンについては、あまりにもブースター導入が早すぎると、あるいは接種が頻繁でありすぎると、それ自体のリスクを生じる可能性がある。このような副反応としては、一部のmRNAワクチンの2回目の接種後に多く見られる心筋炎や、アデノウイルスベクターワクチンに関連するギラン・バレー症候群などが含まれる。

もし不必要なブースター接種が重大な副反応を引き起こすのであれば、COVID-19ワクチンの有効性を超えて、ワクチンの社会的受容性にも影響を及ぼす可能性がある。したがって、広範囲にわたるブースター接種は、それが適切であるという明確な証拠がある場合にのみ実施すべきである。

無作為試験の結果は、いくつかのワクチンの初期効果が高いことを確実に示しているが、より信頼性の低い観察研究では、特定の変異体への影響やワクチンの効果の持続性、あるいはその両方を評価しようとしてきた。この論文の付録では、これらの研究からの公式および非公式の報告を特定化し、記述している。これらの文献の中には、査読付きの出版物もあるが、そうでないものもあり、いくつかの細かいところで重要な誤りがあったり、特定の結果が不当に恣意的に強調されている可能性がある。しかし、これらの報告書をまとめると、部分的ではあるが、状況の変化を示す有用なスナップショットとなり、いくつかの明確な知見が浮き彫りになる。 

図は、重症患者(様々な定義があるが)とSARS-CoV-2感染が確認された患者に分けてワクチンの有効性を推定した報告書をまとめたもので、一方を他方に対してプロットしている。一貫して言えることは、重症患者に対するワクチンの有効性は、いかなる感染に対する有効性よりもはるかに高いということである。症候性疾患に対するほとんどのワクチンの有効性は、デルタ型ではアルファ型に比べてやや低いものの、デルタ型による症候性疾患と重症疾患の両方に対して、依然として高いワクチン有効性を示している。

したがって、現在のエビデンスでは、重症疾患に対する有効性が高いままの一般集団においては、ブースター接種の必要性を示していないように思える。

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図. 重症疾患に対するワクチンの有効性とあらゆる感染に対するワクチンの有効性の比較. 重症疾患とあらゆる感染に対する結果を示した観察研究または無作為化研究(付録P3-4)におけるワクチンの有効性(95%CI付き)の公表データおよび非公式の報告をレビューしたもの. 報告されたワクチン効果の逆分散加重平均値(および95%CI)をプロット.(A)あらゆる感染症に対するワクチン効果(50%~80%未満、80%~90%未満、90%以上)で細分化してプロットしたもの. (B) ウイルスの変異体. (C) ワクチンの種類(アデノウイルスベクター,不活化SARS-CoV-2,アジュバントされたタンパク質サブユニット,またはmRNA).(D) 同一観察研究のフォローアップ期間中に、ワクチンの有効性を早期(ワクチン接種に対して最近)または後期(ワクチン接種に対して最近ではない)に報告した研究.

液性免疫が衰えているように見えても、中和抗体価の低下は必ずしもワクチン効果の低下を示唆するものではないし、軽症に対する有効性の低下は、重症に対する(通常よりも高い)低下を必ずしも予測するものではない。 この効果は、重症疾患に対する防御が、ワクチンによっては比較的寿命の短い抗体反応だけでなく、一般的に寿命の長い記憶反応や細胞性免疫によっても媒介されるためと考えられる。

パンデミックの初期段階の抗原(変異体に特異的な抗原ではなく)を提示したワクチンが、現在流行している変異体に対しても液性免疫反応を引き起こすことができる。このことは、これらの変異体が、ワクチンによって誘導される記憶免疫反応から逃避できるらしいと思われるまで程には、まだ進化していないことを示している。 

ワクチンの有効性に変化がなくても、大規模な集団にワクチンを打つことになれば、必然的にブレイクスルー感染の数が増えることになる。特に、ワクチン接種によって接種者の行動に変化が起きる(衛生対策を低くする方向の)場合はそうである。

ランダム化試験は、信頼性の高い解釈が比較的容易であるが、急速なワクチン展開の中で実施された観察研究に基づいて、ワクチンの有効性を推定する場合には大きな課題がある。そこからの推定値は、ワクチン展開開始時の患者の特徴と、電子カルテでは見落とされる時間的に変化する要因の両方によって混同される可能性がある。たとえば、ワクチン未接種と分類された人の中には、実際にはワクチンを接種した人、過去の感染によりすでに防御されている人、COVID-19の症状のためにワクチン接種を延期した人などが含まれている可能性がある。ワクチン接種を受けた人と受けていない人との間に系統的な違いがある可能性は考えられるが、より多くの人が接種を受けたり、接種を受けた人と受けていない人との間の社会的相互作用のパターンが変化したりすれば、その可能性は高くなるだろう。

パンデミックの初期にワクチン接種を受けた人の間で明らかに有効性が低下したのは、感染(または合併症)のリスクが高い人が早期に予防接種を受けることを優先したためとも考えられる。ワクチン接種を受けた人の場合、重症化したケースの多くが免疫不全者である可能性がある。このような人は、他の人に比べてワクチンの有効性が低くても、ワクチン接種を勧められたり、接種を求めたりする場合が多いと考えられる。

検査結果が陽性だった人と陰性だった人のワクチン接種状況を比較する test-negative designs(テストネガティブ・デザイン)は、結果の混同を減らすことができる場合もあるが、いわゆる collider bias (合流点バイアス)による結果の歪みを防ぐことはできない。また、医療機関への負担が変化することで、結果が時系列で影響を受ける可能性もある。しかし、重症者に対する有効性を検証する精密な観察研究は引き続き有用であり、軽症者の観察研究よりも診断に依存した時間経過によるバイアスの影響を受けにくいため、ワクチンの保護の変化を示す有用な指標となり得る。現在までのところ、これらの研究では、有症状疾患に対するワクチンの効果が時系列で低下しているように見えても、重症者に対する防御力が大幅に低下しているという信頼ある証拠は得られていない。

米国ミネソタ州で行われた研究では、入院に対するmRNAワクチンの有効性の点推定値が、2021年7月には、それまでの6ヶ月間よりも低下しているように見えたが、この推定値は信頼区間が広く、上述したいくつかの問題の影響を受けている可能性がある。

興味深いことに、イスラエルで報告されている重症者に対する有効性は、1月または4月に接種した人の方が、2月または3月に接種した人よりも低かったとされている。イスラエルにおいて、ブースター接種が承認され、広く展開され始めた直後の2021年8月の最初の3週間における観察報告では、3回目の接種の有効性(2回目の接種に対する)が示唆されている。しかし、平均追跡調査期間は約7日(しっかりした研究デザインに基づいて予想すればそれは短い)であり、さらに重要なことは、非常に短期間の防御効果が必ずしも価値のある長期的な利益を意味するとは限らないということである。米国の大規模な研究の最近の報告(米国CDCのCOVID-NET13と主要な健康維持組織の二つ)によると、重症や入院に対する完全ワクチン接種の有効性が引き続き高いことが示されている。

ワクチンは、無症候性疾患やウイルス感染に対しては、重症の対する場合よりも効果が低い。しかし、ワクチン接種率がかなり高い集団においては、ワクチン未接種がウイルス伝播の主な媒介者となっており、自身が重篤な疾患の最も高いリスクにさらされている。もし、ウイルスが現在のワクチンから逃避可能な新しい変異体に進化するとしたら、それはすでに広く拡散している株から進化する可能性が高い。現在流行している主要な変異体と、さらに新しい変異体に対するブースターの効果は、そのワクチンの抗原がそれらと一致するように工夫されていれば、より大きく、より長く続く可能性がある。インフルエンザワクチンにも同様の戦略が用いられており、毎年のワクチンは、出回っている株に関する最新のデータに基づいているため、株がさらに進化してもワクチンの効果が維持される可能性が高くなる。

ブースター接種がすぐに必要になるかもしれないというメッセージは、しっかりとしたデータや分析によって正当化されなければ、ワクチンに対する信頼性に悪影響を与え、一次接種の価値に関するメッセージを弱める可能性がある。公衆衛生当局は、特定のワクチンについてのみブースターを推奨することが、一次接種キャンペーンに与える影響についても慎重に検討すべきである。そのため、ブースター接種を広く推奨しようとする場合には、その国で利用可能なすべてのワクチンに関する完全なデータに基づくこと、ワクチン接種のロジスティックスを考慮すること、そして明確な公衆衛生メッセージを作成することが重要となる。

最終的に、ブースター接種を行なう場合は、原株の抗原を発現しているか、変異体抗原を発現しているかに関わらず、ブースターを使用することによる直接的、間接的なベネフィットが、バランスとしても明らかに有益であるような条件を特定する必要がある。 そのような状況を特定するには、さらなる研究が必要である。そして、いくつかのワクチンではしっかりとしたブースター効果が報告されていることから、低用量でも十分なブースター反応が得られる可能性があり、安全性への懸念も軽減される可能性がある。データギャップを考慮すると、ブースターを広範囲に展開する際には、ブースターがどの程度機能しているのか、どの程度安全なのかについて信頼できるデータを収集する計画を伴うべきである。一部の集団では、集団ではなく個人を対象とした極めて大規模な無作為化により、接種展開中にその有効性と安全性を最も確実に評価することができる。

したがって、ブースター接種の必要性や実施時期についてのいかなる決定においても、適切に管理された臨床データや疫学データ、あるいはその両方を慎重に分析し、重篤な疾患が持続的かつ有意に減少することを示すべきである。それとともに、ブースターによって予防できると期待される重篤な症例数を考慮したベネフィット・リスク評価を行い、用いるブースターのやり方が現在流行している変異体に対して安全かつ有効である可能性が高いかどうか、証拠に基づいて行うべきである。より多くの情報が得られるようになれば、一部の集団においてブースター接種が必要であるという証拠が初めて得られるかもしれない。しかし、このような重大な決定は、査読を経て一般に公開される研究データと、しっかりとした国際的な科学的議論に基づいて行われるべきである。

現在利用可能なワクチンは、安全で効果的であり、命を救うものである。限られた供給量の中で、重篤な疾患のリスクが高いワクチン未接種の人々に提供することで、最も多くの命を救うことができる。ブースター接種によって最終的に何らかの利益が得られるとしても、ワクチンを受けていない人に最初の保護を提供することのベネフィットを上回ることはない。ワクチンが最も効果的な場所に配備されれば、変異体のさらなる進化を抑制することで、パンデミックの終息を早めることができる。実際、WHOは、一次予防接種の効果が世界中のより多くの人々に行き渡るまで、ブースター接種のモラトリアムを呼びかけている。

2. 各国と日本の動き

世界で最も早くワクチン接種が進んだイスラエルでは、8月1日から2回目の接種から5ヵ月が経った60歳以上の高齢者を対象にブースター接種が始まり、8月29日からは対象年齢が12歳以上に引き下げられました [4]。バイデン米政権は今月20日からブースター接種を開始したい意向のようですが、これにはFDAと米国疾病管理センター(CDC)の承認が必要です [2, 4]。一方で英国は、全員にはブースターは必要ないとしています [5]

日本では、9月9日、政府分科会の尾見茂会長が「ワクチン3回目の接種検討を」と政府に提案しています。田村憲久厚生労働相は14日の閣議後の記者会見で、COVID-19ワクチンの3回目接種(ブースター接種)や、異なる種類のワクチンを打つ「異種混合接種」について17日の審議会で検討を始めると発表し、専門家の意見を踏まえ「結論はなるべく早く出していきたい」と語っています [6]

すでに先月、河野太郎規制改革担当相は、日本テレビのCS番組で、ブースター接種について、「米ファイザー製、米モデルナ製を今年2回打った方が(3回目を)打つのに十分な数は確保している」と明らかにしています [7]

おわりに

世界で2億人以上が感染した今回のパンデミックですが、これだけ拡大するとワクチンによる終息というシナリオは到底望めないでしょう。なぜなら、国・地域的に接種にムラを生じ、ウイルスのリザーバーの不均衡から、常にどこかで感染流行しているという状態を生じるからです。そしてワクチン接種を行なえば行なう程、免疫逃避をする変異ウイルスの出現を促すという悪循環もあります。そもそもCOVID-19ワクチンは、発症や重症化を防ぐものであり、感染を防いだり、伝播を防ぐものでもありません。

そういうなかでのブースター接種は、どういう意味があるかと言えば、局所的な一時しのぎに過ぎないのかもしれません。少なくとも、今回のランセット論文にある、「ブースター接種によって最終的に何らかの利益が得られるとしても、ワクチン未接種者に保護を提供することのベネフィットを上回ることはない」という主張は、まさにそのとおりだと思います

しかし各国は政治的判断でブースターを進めるでしょう。論文が主張する、「ブースター接種に関する決定が政治的なものではなく、信頼できる科学に基づいたものであることを保証するためにはデータを精査せよ」という主張は、各国政府の耳には届かないかもしれません。

WHOはマスク着用や空気感染について、米国FDAはイベルメクチンに関しておかしな言動や科学的誤謬も多い(多かった)組織ですが、論文のブースター接種に関する主張には、同意するところが多いです。ただし、たとえウイルスが進化しても、変異体の抗原に合わせてワクチン設計を工夫すればよいという見解は少し甘い気がします。到底時間的に間に合わないし、効果も限定的になるでしょう。

ワクチン接種率がかなり高い集団においては、ワクチン未接種がウイルス伝播の主な媒介者となっている」という言述も正しくないと思います。無症候性ブレイクスルー感染者の役割を過小評価していると思います。

引用文献・記事

[1] Krause, P. R. et al.: Considerations in boosting COVID-19 vaccine immune responses. Lancet Published Sept. 13, 2021. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(21)02046-8

[2]  Kresge, N.: Most people don’t need Covid vaccine booster, scientists say, Bloomberg 2021.09.13. https://www.bloomberg.com/news/articles/2021-09-13/most-people-don-t-need-covid-vaccine-boosters-scientists-find

[3] 中央日報: WHOとFDAの科学者「一般人はブースター接種必要ない」. Yahooニュース 2021.09.15. https://news.yahoo.co.jp/articles/97b1ab0cb16f32477c014cf7fc9b3134fd572161

[4] デイリー新潮: イスラエルは4回目?ブースター接種を控えればワクチン先進国のメリットにもなる理由. Yahooニュース 2021.09.13. https://news.yahoo.co.jp/articles/7eae1c94e363018d7cdb16d45a0bb5e823472009

[5] ライト, K.: ブースター接種,「全員に必要ではない」英ワクチン開発者が主張. BBC News Japan. 2021.09.10. https://www.bbc.com/japanese/58512490 

[6] 日本経済新聞: ワクチン3回目や混合接種検討へ 厚労相表明. 2021.09.14. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA142Y80U1A910C2000000/

[7] JIJI.COM: ワクチン3回目分を確保 河野担当相. 2021.08.16. https://www.jiji.com/jc/article?k=2021081600948&g=pol

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19