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mRNAワクチンと免疫記憶

カテゴリー:感染症とCOVID-19

はじめに

COVID-19 mRNAワクチンは、大量接種プログラムのワクチンとしては前例のないものです。パンデミックという危難時だからこそ、緊急使用許可を経て使われてきました。その効果については一定の治験を経て確認されているわけですが、通常のワクチン開発にかける時間が大幅に省略されており、効果や安全性についてわからないこともたくさんあります。いままさに世界中で「人体実験」されているわけです。

したがって、mRNAワクチンの効果に関する研究報告も後追いするような形で出てきています。最近、mRNAワクチンの意義について、核心部分とも言えるモリーB細胞免疫記憶の誘導に関する論文がネイチャー誌 [1] とサイエンス誌 [2] に掲載されました。このブログではこの論文内容を簡単に紹介したいと思います。

1. 免疫機構の概要

ここで、今回の論文のキーワードとして出てくる免疫記憶とは何か、メモリーB細胞とは何かを理解するために、ヒトの免疫機構について簡単に復習したいと思います。

1-1. 自然免疫

免疫には「自然免疫」と「獲得免疫」があります。自然免疫は先天的に備わっている免疫システムで、病原体が体に侵入してきた際の一次防衛の役割を果たします。侵入してきた病原体をマクロファージ(白血球の一種)が食べたり、ナチュラルキラー(NK)細胞(リンパ球の一種)が攻撃して破壊するといった働きが、これに当たります。一方、獲得免疫は後天的に得られる免疫システムであり、一度身体に侵入してきた病原体の種類を記憶し、再度それが侵入してきた際に排除する機能をもちます。

病原体が体内に侵入すると、まず樹状細胞マクロファージが現場に駆けつけます。樹状細胞は表面にベタベタと病原体をくっつけてその情報を免疫の司令官であるT細胞(リンパ球の一種、Tリンパ球)に伝えます。一方、マクロファージは、上述したように、ウイルスを含めて異物なら何でも食べる大食漢細胞で、その食べかすの情報をやはりT細胞に伝えます。

1-2. 獲得免疫

次にT細胞の出番となりますが、ここからが獲得免疫のプロセスです。T細胞は、細胞傷害性T細胞CTLキラーT細胞ヘルパーT細胞サプレッサー(制御性)T細胞の3種類に大別されます。CTLは、樹状細胞から抗原情報を受け取り、ウイルスに感染した細胞を見つけ出して排除します。ヘルパーT細胞は、樹状細胞やから抗原情報を受け取ると、サイトカインなどの免疫活性化物質などを産生し、マクロファージや抗体を生産するB細胞(リンパ球の一種、Bリンパ球)を活性化します。サプレッサーT細胞は、キラーT細胞の働きを抑制したり、免疫反応を終了させたりする制御の役割をもちます。

以上の、細胞が直接関わる(抗体が関わらない)獲得免疫は細胞性免疫とよばれます。

サイトカインで刺激されたB細胞は形質細胞に分化し、抗体を作り始めます。抗体は体液中を循環して全身に広がり、補体と協力して標的の病原体にくっついて無力化します。この標的病原体に直接効く抗体が中和抗体とよばれるものです。実際には、強い攻撃力を持つCTLや、自然免疫系のNK細胞なども同時協働体制で病原体排除を行ないます。B細胞は、一つの病原体に対して1種類の特異的抗体しか作れません。しかし、抗体遺伝子の組み合わせを変える(DNAスプライシングの組み合わせを変える)ことで、多種多様な病原体に対応できる抗体を生産できます

以上の、B細胞を中心とする抗体による免疫は液性免疫とよばれます。

1-3. 免疫記憶

このように獲得免疫系のT細胞やB細胞は、強力な二次防衛機能として病原体を排除しますが、それらの多くは病原体消失とともに死滅します。しかし、これらの細胞の一部は、病原体が消失した後でもそれを記憶した細胞として長く残り、それぞれモリーT細胞およびモリーB細胞とよばれます。そして、次回に同じ病原体が侵入の場合に、素早く抗体をつくることができます。この働きが免疫記憶とよばれるもので、ワクチンの接種で「免疫をつける」こともこの機構を利用したものです。 

ここで紹介するネイチャーとサイエンスの論文は、mRNAワクチンを接種したあとのメモリー細胞の応答と進化に関するものです。どちらも、mRNAワクチン接種によって、少なくとも半年間におけるメモリーB細胞や細胞性免疫の進化と持続が起こることを証明しており、ワクチンが免疫記憶に果たす有効性を示しています。

1. ネイチャー論文の概要

今回の論文 [1] は、米国ロックフェラー大学分子免疫学研究所のミシェル・ヌッセンツバイヒ(Michel C. Nussenzweig)所長の研究チームによるもので、筆頭著者はアリス・チョー(Alice Cho)氏です(下図)。本論文は、このブログ記事を書いている段階では、まだ編集の途中であり、変更があるかもしれないというネイチャー編集部の但し書きがあります。

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以下に、添付した英文アブストラクトの翻訳を示します。

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SARS-CoV-2に感染すると、少なくとも1年間はB細胞の応答が進化し続ける。その間、メモリーB細胞は、VOC(variant of concern、懸念される変異体)に見られる突然変異に耐性のある、ますます広範で強力な抗体を発現する。その結果、COVID-19の回復期にある人に、現在のmRNAワクチンを接種すると、試験したすべての変異体に対して高レベルの血漿中和活性が得られる。ここでは、SARS-CoV-2未感染者のコホートにおいて、モデルナ(mRNA-1273)またはファイザー/ビオンテック(BNT162b2)のmRNAワクチンを接種した際の5カ月後のメモリーB細胞の進化を調べた。接種1回目からブースター接種までの間に、記憶B細胞は中和活性を増強した抗体を産生するが、その後、効力や範囲はそれ以上には増えない。その代わり、ナイーブな人にワクチンを接種してから5カ月後に出現したメモリーB細胞は、初期反応を支配していた抗体と類似した抗体を発現している。自然感染によって選択された個々の記憶抗体は、ワクチン接種によって誘発された抗体よりも効力や幅が大きいが、血漿の全体的な中和力はワクチン接種後に大きくなる。これらの結果は、現在のmRNAワクチンを接種した人にブーストをかけると、血漿中和活性は増加するが、回復期の人にワクチンを接種した場合と同等の広さの抗体は得られない可能性があることを示唆している。

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2. サイエンス論文の概要

今回のサイエンス論文 [2] は、米国ペンシルバニア大学の研究グループを中心とする研究結果をまとめたもので、48人の著者が名を連ねています。筆頭著者はリシ・ゴエル(Rishi R. Goel)氏、責任著者はジョン・ウェリー(E. John Wherry)教授です。

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以下に、添付した英文アブストラクトの翻訳を示します。

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SARS-CoV-2 mRNAワクチン接種後の免疫記憶の持続性はまだ不明である。本研究では,SARS-CoV-2の感染を受けていない人と回復した人を対象に、ワクチン接種後6カ月間の反応を縦断的に観察した。抗体はピーク時から減少していくが,6カ月後もほとんどの被験者で検出可能であった。その結果、mRNAワクチンによって機能的なメモリーB細胞が生成され、その数はワクチン接種後3~6カ月の間に増加し、これらの細胞の大部分はアルファ、ベータ、およびデルタ変異体と交差結合することがわかった。mRNAワクチン接種はさらに、抗原特異的な CD4+ および CD8+ T細胞を誘導し、初期のCD4+ T細胞反応は長期的な液性免疫と相関していた。また、既存の免疫を持っている人のワクチン接種に対する想起反応は、抗体減衰率を大きく変えることなしに、抗体レベルを増加させた。以上の結果を総合すると、SARS-CoV-2およびその変異体に対して、mRNAワクチン接種後少なくとも6カ月間は、強固な細胞性免疫記憶が維持されることが証明されたことになる。

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3. 今回の研究の意義

私たちの身体の中で変化が起こることで、COVID-19のパンデミックの終息につながる希望があるとすれば、それは体中を循環する抗体と免疫記憶にあると言えます。

循環抗体は、自然感染やワクチン接種後すぐにピークに達し、数ヵ月後には消えてしまいます。今回のチョーらの研究では、ワクチンを接種してから、あるいは自然感染から回復してから5カ月以内に、SARS-CoV-2を抑えるのに十分な循環抗体を保持できなくなる人がいることが示されています。一方で、メモリー細胞は生き残り、何十年にもわたって病原体を記憶し、重篤な疾患を予防する可能性があります。

これまで科学者たちは、ワクチン接種によって、自然感染後に見られるような強固なメモリーB細胞の反応が期待できるかどうかについては、答えをもっていませんでした。この意味では、今回のチョーらの論文 [1] やゴエルらの論文 [2] は、mRNAワクチンによっても、長期間の免疫記憶という私たちの体のウイルス防御を成立させる有効性を初めて示したと言えます。

ロックフェラー大学は、今回ネイチャー誌に発表されたチョーらの研究成果について、一般にもわかりやすい解説記事を出しました [3]。そこで、この記事を翻訳しながら、適宜捕捉しながら、彼らの研究成果の意義について考えたいと思います。

ウイルスが体内に侵入すると、免疫細胞は直ちに大量の抗体を作り出します。これらの抗体は、言わば免疫システムの歩兵であり、ワクチンや感染症に応じて、素早く反応しますが、時間とともに減衰していきます。しかし、免疫系にはバックアッププランがあります。それは、モリーB細胞というエリート集団で、循環している抗体よりも長生きして、長期的な保護を提供する記憶抗体を作り出します。

これまでの研究によると、天然痘のメモリーB細胞はワクチン接種後少なくとも60年、スペイン風邪(インフルエンザ)のメモリーB細胞はほぼ100年持続すると言われています。メモリーB細胞は必ずしも再感染を防ぐわけではありませんが、少なくとも重症化を防ぐことができます。

チョーらの研究で明らかになったことは、メモリーB細胞は時間の経過とともに進化し、ウイルスを中和する能力が高く、変異にも対応できるより強力な「記憶抗体」を次々と作り出すようになるということです。しかし、重要な点として、自然感染とワクチン接種とではメモリーB細胞の応答が違うことが挙げられます。

今回、研究チームは、メモリーB細胞の進化の違いを明らかにするために、COVID-19患者の回復期の血液サンプルと、自然感染したことのないmRNAワクチン接種者の血液サンプルを比較しました。

ワクチン接種と自然感染では、同数のメモリーB細胞が誘発されました。メモリーB細胞は、mRNAワクチンの1回目と2回目の投与の間に急速に進化し、増強された記憶抗体を産生しました。しかし、その進化は2ヵ月で失速しました。これらの抗体の中にはデルタ変異体や他の変異ウイルスを中和できるものもありましたが、全体的に幅が広がることはありませんでした。一方、回復期の患者では、感染から1年後までメモリーB細胞が進化し続けました。メモリーB細胞が更新されるたびに、より強力でより広い範囲を中和する記憶抗体が出現していました。

ワクチン接種は自然感染に比べて大量の循環抗体をつくり出しますが、この研究では、すべてのメモリーB細胞が同じように作られるわけではないことが示されています。ワクチン接種では、数週間かけて進化するメモリーB細胞が生まれるのに対し、自然感染では、メモリーB細胞が数ヶ月かけて進化し、ウイルスの変異体であっても排除できる強力な抗体が作られます。

チョーらの研究結果は、ワクチン接種よりも自然感染の方がメモリーB細胞の強化において有利であることを示しています。しかし、COVID-19に罹患することは障害や死亡のリスクがあり、メモリーB細胞が強くなることによるメリットは、このリスクを上回るものではないでしょう。著者らも、「自然感染では、ワクチンよりも広い範囲で抗体の成熟が誘導されるかもしれないが、自然感染では死に至ることもある」、「ワクチンはそのようなことにはならず、むしろ感染による重篤な病気や死亡のリスクを防ぐものだ」と述べています。

研究チームは、自然感染によって作られたメモリーB細胞が、mRNAワクチンによって作られたそれよりも優れていると予想されるいくつかの理由を挙げています。

呼吸器系から侵入したウイルスと、上腕部に注射されたmRNAワクチンとでは、体の反応が異なる可能性があるといいます。あるいは、mRNAワクチンで作られる単独のスパイクタンパク質ではできない方法で、無傷のウイルスが免疫系を刺激するのかもしれないと述べています。また、自然に感染したウイルスが何週間も持続することで、体がしっかりとした反応を起こす時間が増えるということもあるかもしれません。一方、ワクチンは、期待される免疫反応を引き起こした後、わずか数日で体外に排出されてしまいます(筆者注:最近の研究によれば長期間ワクチン成分が留まる可能性がある)。

このような理由の如何を問わず、その意味するところは明らかです。モリーB細胞は、mRNAワクチンに反応して、限られた範囲内で進化を遂げると考えられます。現在実施されているmRNAワクチンでブースターを行うと、メモリー細胞が循環抗体を産生することが期待されますが、その抗体は、オリジナルのウイルスに対しては強い防御力を持つものの、変異ウイルスに対してはやや弱いと、責任著者のヌッセンツバイヒ氏は述べています

「ブースターをいつ投与するかは、ブースター接種の目的によって異なる」と彼は言います。「感染予防が目的であれば、個人の免疫状態にもよりますが、6カ月から18カ月後に投与する必要がある。重篤な病気の予防が目的であれば、何年もかけてブーストを行う必要はないだろう」というのが彼の見解です。

4. ファクターXに関して考えたこと

今回のネイチャーとサイエンス論文は、mRNAワクチン接種後、循環抗体は比較的急速に減衰していくものの、少なくとも試験された半年間くらいは、強固なメモリーT細胞やメモリーB細胞が維持されることを証明しています。そして、チョーらの論文では、ワクチンよりも自然感染の方がメモリーB細胞の強化において有効なことを示しています。

私はこれらを読んでいて、COVID-19感染者数や死者数における日本を含む東アジアと欧米との大きな差異を生む要因としてのファクターX(→COVID-19を巡るアジアと欧米を分ける謎の要因と日本の対策の評価をあらためて思い起こしました。つまり、東アジアでは、過去の季節性コロナウィルス流行によってメモリーB細胞と交差免疫力が強化されており、SARS-CoV-2に対してもある程度働いているのではないかということです。

私たちはしばしば風邪をひきますが、これらの中には数種のコロナウイルスによるものもあります。風邪に効くワクチンはないと言われますが、逆にコロナウイルスの感染による免疫記憶や交差免疫が備わっており、ワクチンが要らない程の軽い症状ですんでいるのではないかと推察します。

さらに訓練免疫 [4] の関わりを考えることができます。病原体が侵入すると、まず一次防衛隊として、マクロファージ、樹状細胞、NK細胞などからなる自然免疫細胞が働きます。これらは、獲得免疫系と比べて、働きは前座みたいなもので持続時間も短いと考えられてきました。しかし自然免疫細胞も自然感染や生ワクチン接種により強化され、防御作用も持続することが明らかになっています。いわゆる訓練免疫とよばれる機構です。

訓練免疫の例として提唱されているのが、結核菌用のBCG接種です [5]日本株やロシア株を接種している国はCOVID-19による死亡率が低いことが報告されており、これがいわゆるファクターXの候補として当初から挙げられています(→BCG接種が新型コロナウイルス感染抑制に効く?)。

SARS-CoV-2の感染においては、無症候性感染者が多いことも上記の免疫機構が関わっていることをうかがわせるものです。日本人は、コロナウイルスに対するメモリーB細胞や細胞性免疫の強化、交差免疫力の維持、そして訓練免疫の下地があって、欧米に比べてCOVID-19の被害を少なくしているのでは?と、あらためて想像を膨らませました。

ただ、当初からのお粗末さな防疫対策はデルタ変異体には容易に突破され、これらの要素の効き目も薄まり、被害を大きくしたのではないかと思われます。

おわりに

今使用されているmRNAワクチンは、素早い循環抗体の生産と長期間の免疫記憶の強化をもたらすことが明らかになってきました。一方で、従来のワクチンに比べて副反応や接種後の死亡を含めた有害事象がきわめて多いことも周知の事実です。mRNAワクチンの効果の研究は盛んですが、安全性や負の影響に関する研究は少なく、現在の世界中で繰り広げられている人体実験での結果を待つしかないというところでしょうか。

今回のネイチャー論文の著者らは「COVID-19の死亡リスクを考えれば、ワクチンはそのようなことはなく、むしろ感染による重篤な病気や死亡のリスクを防ぐものだ」と述べていまが、これは少なくとも若年層や子供には当てはまらないでしょう。

そして、もし欧米人に比べて日本人がSARS-CoV-2に対する免疫記憶、交差免疫、訓練免疫の点において有利さがあるとしたら、彼らの治験や研究に基づいて立てられたmRNAワクチン・プランをまるごと適用するのは非合理ではないかと思われます。特に子供・若年者への接種やブースター接種は、ベネフィットよりもリスクが上回る可能性もあり、熟考すべきと考えます。

引用文献・記事

[1] Cho, A. et al.: Anti-SARS-CoV-2 receptor binding domain antibody evolution after mRNA vaccination, Nature Published Oct. 7, 2021. https://doi.org/10.1038/s41586-021-04060-7

[2] Goel, R. R. et al.: mRNA vaccines induce durable immune memory to SARS-CoV-2 and variants of concern. Science Published Oct. 14, 2021. https://www.science.org/doi/10.1126/science.abm0829

[3] Rockefeller University: Natural infection versus vaccination: Differences in COVID antibody responses emerge. EurekAlert/AAAS Oct. 7, 2021. https://www.eurekalert.org/news-releases/930912

[4] Netea M. G. et al.: Trained immunity: A program of innate immune memory in health and disease. Science 352, aaf1098 (2016). https://science.sciencemag.org/content/352/6284/aaf1098

[5] de Vrieze, J.: Can a century-old TB vaccine steel the immune system against the new coronavirus? Science Mar. 23, 2020. https://www.sciencemag.org/news/2020/03/can-century-old-tb-vaccine-steel-immune-system-against-new-coronavirus

引用したブログ記事

2020年5月18日 COVID-19を巡るアジアと欧米を分ける謎の要因と日本の対策の評価

2020年3月28日 BCG接種が新型コロナウイルス感染抑制に効く?

                

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