Dr. Tairaのブログ

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海外のメディアが伝えた日本の第5波流行の減衰

はじめに

日本ではCOVID-19の第5波流行が急速に萎み、現在、昨年の10月を下回る感染状況になっています。今日の新規陽性者数は月曜日ということもありますが、全国で231人、東京で29人です。この急速減衰の理由については理由がはっきりせず、専門家の間でも意見が分かれるところです。私も独自に急速減衰の要因を考察し、先のブログ記事で紹介しました(→第5波感染流行が首都圏で減衰した理由感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長)。

日本の急速な流行減衰については海外のメディアも興味をもって伝えています。今日、YahooニュースでNewsWeekの記事を伝えていました [1]。その内容は、英紙ガーディアン(Guardean) [2] とi 紙 [3] の報道を引用したものであり、きれいにまとめられていますが、元記事の内容で省略されたものもあります。ここでは、英国両紙の記事を翻訳して紹介したいと思います。

1. ガーディアンの記事

ガーディアンの記事 [2] は10月13日に掲載されました(図1)。タイトルに「いかにして日本は驚くべきCOVID成功物語を導いたか」とあります。

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図1. ガーディアンの記事のヘッダー [2].

以下、記事の翻訳です。

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東京オリンピックが閉幕した数日後、日本ではコロナウイルスによる大惨事が発生した。8月13日、東京では、デルタ変異体によるCOVID-19の新規陽性者数が過去最高の5,773人に達した。全国的には25,000人を超えた。

感染者数の増加は、オリンピック開催に反対していた人々の憤りに拍車をかけた。病院はかつてないほどのひっ迫状態となり、病床不足であったため、陽性反応が出た何千人もの人々が自宅療養することを余儀なくされ、場合によっては死亡することもあった。

当時の首相である菅義偉氏は、自らが衛生対策の最高責任者であることを無視して大会を推進したことで、支持率が落ち込んだまま退陣を余儀なくされた。半年近く続いていた首都圏やその他の地域での緊急事態は、さらに延長される可能性が高くなっていた。

ところが、天皇陛下が閉会宣言をされた後の2ヶ月間で、日本では驚くべきことが起こった。

緊急宣言措置が解除されてから約2週間が経過した今週、東京をはじめとする日本全国で新規陽性者数が減少し続けている。英国を含むヨーロッパの一部では、8月以降、世界的に感染者数が減少しているにもかかわらず、感染者数を減らすことに苦慮している。一方、日本では感染者数が1年以上前の最低レベルにまで減少しており、世界第3位の経済大国にとって最悪の事態は終わったのではないかという楽観的な見方が広がっている。

月曜日(10月11日)、東京での感染者数は49人で、昨年6月下旬以来の低水準となり、全国では369人となった。専門家は、驚くほど好転した日本の状況は、単一の要因では説明できないとしている。

しかし、日本のワクチン接種開始が遅々として進まなかった後、大々的な公衆衛生キャンペーンへと変貌を遂げたことについては、大方の意見が一致している。このキャンペーンは、これまでの予防接種に関する複雑な事情にもかかわらず、米国での展開を遅らせたような抵抗をほとんど受けなかった。

現在までに、日本では、1億2,600万人の人口の約70%を保護できるレベルのCOVIDワクチンを接種している。政府は、11月までに希望者全員にワクチンを接種するとしているが、今週、岸田文雄新首相は、12月から医療従事者や高齢者を対象にした追加接種(ブースター)を行うと述べた。

専門家の間で挙げられているワクチン接種以外の要因としては、パンデミック前のインフルエンザシーズンに習慣化されたマスクの着用が広まっていることがある。諸外国では室内などでのマスク着用が義務付けられていないが、多くの日本人にとっては、マスクなしで外出することに未だにゾッとすることだ。

夏のスパイクの終わり

オリンピック期間中の気の緩みが、夏の感染スパイクに貢献したのかもしれない。猛暑が続いた数週間の間、人々は会場に入ることができなくても、グループで過ごす時間を増やした。感染症モデリングの専門で政府顧問である京都大学の西浦博史氏は、「休日には普段あまり会わない人と会い、さらに顔を合わせて食事をする機会が増えた」と語った。

しかし、キングス・カレッジ・ロンドンの人口保健研究所の元所長である渋谷健司氏は、「人の流れが8月の感染症を引き起こした」とは疑わしいと述べている。渋谷氏は、「8月の流行は、主に季節的要因、次にワクチン接種、そしておそらく我々が知らないウイルスの特性によって影響を受けた」と述べている。

今のところ、日本では楽観的なムードが漂っており、「普通」が戻ってきているという感覚がある。緊急宣言の間、悪戦苦闘しながら営業していたバーやレストランは、月末までは早めに閉店することが推奨されているものの、再びお酒を提供している。多くの企業が在宅勤務を推奨しなくなったことで、駅は再び通勤客で賑わっている。県境を越えてレジャーに出かけることは、もはや大きなリスクではない。

菅前総理はウイルス対策よりも経済を重視していると批判された。一方で、最近の世論調査では、岸田総理は抗ウイルス剤の早期承認や将来の感染症発生時の対応力強化など、公衆衛生を優先すると予想されている。

しかし、専門家によると、危険が去ったと考えるのは愚かであり、寒い季節が近づき、忘年会シーズンに風通しの悪いバーやレストランで人々が交流するようになると、感染者数が再び増加し始める可能性があると警告している。

政府の主任医療顧問である尾身茂氏は最近、「緊急事態が終わったからといって、100%安心できるわけではない」、「政府は国民に、少しずつしか緩和できないという明確なメッセージを送るべきだ」と警告している。

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以上ガーディアンの記事です。海外からも「菅前首相が、自らが衛生対策の最高責任者であることを無視して大会を推進した」と見られていることは興味深いです。日本の大手メディアだったらこのように書けないでしょう。

西浦氏と渋谷氏のコメントはロイター通信の記事からの引用ですが(後述)、両氏の見解が異なるところも、この第5波流行減衰の解釈が難しいことを物語っています。

2. i 紙の記事

i 紙の記事 [3] はガーディアンよりも先んじて報道されました。10月5日の掲載です(図2)。 こちらはタイトルに「感染は不思議なほどに急落した」とあります。

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図2. i Newsの記事のヘッダー [3].

以下、記事の翻訳です。

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アジア諸国が感染率の上昇に悩まされている中、日本におけるCOVID-19の感染事例が不思議なほどに約1年ぶりの低水準にまで減少している。東京での1日あたりの新規陽性者数は87人となり、2020年11月2日以来の低水準となった。 これは、8月の大流行の際には1日あたり5,000人を超えていたため、大幅に減少したことになる。

この傾向は全国的に見られ、1日あたりの新規陽性者数の平均は、この3週間で8,000人以上減少している。しかし、その理由については専門家の間でも意見が分かれている。

エディンバラ大学の疫学者であるマーク・ウールハウス(Mark Woolhouse)教授は、今回の急落は、日本の8月の流行の原因となったデルタ変異体が「集団の中をより速く移動する」ためではないかと述べている。「デルタ変異体の感染スパイクは、よりとがっている傾向がある。上がるのも下がるのも速いのだ」と彼はiニュースに語った。

彼は、感染者数の減少は、ワクチン接種や緊急事態に伴う最近の規制によるところが大きいとしている。また、夏に急拡大した感染流行は、日本で休暇や交流を楽しむ旅行者が減少して人流が変化したために終わったという説もある。

また、ウイルスはある特定の年齢層を中心に悪循環に陥っているという説もある。

2-1. 予防接種と行動制限

日本のワクチン接種の展開は、英国や他のG7諸国に比べて当初は遅かった。最前線の医療従事者は2月17日に接種されたが、高齢者への展開は4月19日になってからだった。

英国では、2020年12月8日に1回目の接種が行われ、クリスマスイブまでに80万人近くが1回目の接種を受けていた。

しかし、日本はペースを上げ、現在では1億5,800万回以上の接種が行われており、12歳以上の63.5%、つまり人口の57%の人が2回接種を受けている。

さらに言えば、日本の住民は約6ヶ月間の緊急事態宣言下の制限に耐えてきたため、COVID-19の拡散を抑えることができたと思われる。

「これらの措置は、症例数を減少させることを目的としており、成功していると思われる」とウールハウス教授は述べている。症例数の減少自体は「特別な驚き」ではないが、症例数は確かに「急速に」減少している」と彼は語った。

「我々が最初に見たのは、インドで発生したデルタの第一波で、これも同じ特徴を持っていたように、日本でも非常に速く上昇し、非常に速く下降した」。ウールハウス教授によると、デルタ変異体は「世代時間」が短いため、1人の感染者が他の感染者に感染するまでの時間が短くなっているという。

2-2. 夏休み中の人流

京都大学の西浦博史氏は、日本政府の顧問を務めるトップレベルの感染症モデリングの専門家であり、ロイター通信に対して、患者数の減少は行動によるものではないかと述べている。「休日には、普段あまり会わない人と出会い、しかも顔を合わせて食事をする機会が充実している」と彼は語った。

同氏は、韓国やシンガポールでの最近の流行が休暇に関連している可能性を示唆し、欧米の冬の流行がアジアの休暇の季節に到来し、「悪夢」につながった可能性があると述べた。

COVID-19は冬に増殖する季節性ウイルスであることが知られているため、他の専門家はこの説に納得していない。

ロンドンのキングス・カレッジの人口保健研究所の元所長である渋谷健司氏は、ロイター通信に対し、「人の流れ」説がウイルスを動かしている可能性は低いと述べた。日本のワクチン接種活動の一翼を担った渋谷氏は、次のように述べている。「これは主に季節性によって引き起こされ、その後にワクチン接種が行われ、そしておそらく我々が知らないウイルスの特質があるのでないか」。

ウールハウス教授は、行動の変化が感染の減少に一役買っていることは「間違いない」としながらも、「他の要因もあるはずだ」と述べている。

2-3. ウイルスの悪循環

感染症の専門家であるジェイソン・テトロ(Jason Tetro)氏は、「ウイルスは悪循環を繰り返す」という説を提唱している。テトロ氏はロイター通信に対し、ワクチン接種や感染により、ある年齢層がその時点でどれだけの免疫を持っているかによって、その年齢層がウイルス株の活動を維持するための「燃料」になると述べた。

カナダを拠点とする『The Germ Code』の著者であるテトロ氏は、「ウイルスを除去しなければ、人口の85%が支配的な株に対する免疫を持つようになるまで、ウイルスの急増が続くだろう」と述べている。「このような悪循環から抜け出すには、この方法しかない」とテトロは言う。

専門家の中には、COVID-19とその変異体は2ヶ月周期で流行すると指摘する人もいるが、テトロ氏はこの周期は「母なる自然」というよりも「人間の本性」の産物であると述べている。

ウールハウス教授は、特定の人口層に感染スパイクが現れるが、その後病気がコミュニティの他の部分に広がり、スパイクが一般的な流行曲線に吸収されてしまうため、この主張には「完全には納得できない」と述べている。

感染者数の減少の原因が何であるかにかかわらず、専門家たちは、冬の感染者数が増加する前に、今こそ日本は行動を起こすべきであると考えている。渋谷氏は、「1ヶ月」という時間的猶予があるため、病床を確保し、ワクチン接種を強化するために迅速に行動すべきだと語った。

2-4. 日本の教訓とは?

データを比較すれば、日本の主要な報道機関では否定的な記事がしばしば見出しになるが、日本は他のG7諸国に比べてパンデミックへの対応がおおむね良好であることがわかっている。

CTスキャナーでみれば、英国の人口100万人あたり9台に対し、日本は人口100万人あたり111台と、世界で最も多く設置されている。CTスキャナーは、COVIDに関連した間質性肺炎の患者を特定することができる。

また、日本には英国よりもはるかに多くのECMO装置がある。ICUに収容されているCOVID患者の治療にこの装置が使用された場合、生存率は80%に達する。

日本は英国や他のG7諸国に比べて、一人当たりの病床数は多いが、患者を治療する医師や看護師の数は少ない。

日本ではワクチン接種の開始が遅かったものの、現在では高齢者の90%以上が完全接種を受けているが、英国では83%と遅れている。

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筆者あとがき

海外からの報道をみると、日本国内での見方とはちょっと異なることがわかります。またメディアでも異なります。日本の流行減衰については、ガーディアンでは「成功」という伝え方ですが、i 紙では「ミステリアス」というニュアンスです。第1波の流行減衰でも多くの海外メディアはミステリアス、謎めいたという言葉を使いました(→世界が評価する?日本モデルの力?)。

i 紙が伝えたウールハウス教授のコメントは示唆的です。感染力が強く伝播が速いウイルスでは流行の立ち上がりも減衰も速いことは、先のブログ記事で書いたとおりです(→第5波感染流行が首都圏で減衰した理由)。なぜなら、宿主リザーバーの数は一定なので、速くそれが埋まれば速く収束し、遅い場合はその分収束も遅くなるからです。そして、公衆衛生対策や予防接種による介入は流行ピークの高さに影響を与えます。

英国のメディアの記事は、やはり欧州と日本との比較ベースでしか記事が書けないことがわかります。「日本は他のG7諸国に比べてパンデミックへの対応がおおむね良好」というところにそれが現れています。東アジア・西太平洋諸国の中では、日本は最悪レベルの流行であることまでには想像が行っていません。CTやECMOの比較に至っては的外れであり、ガーディアンが自宅療養には触れているものの、日本が医療崩壊を起こしたことまでにはたどり着いていません。

ワクチン接種の効果については、日本のメディアでも英国のメディアでも専門家の間でも大方の一致があります。しかし、前のブログ記事(→東アジア・西太平洋地域の感染流行から見えてくるもの)でも紹介したように、ワクチンの効果と一元的に論じるのも危険です。日本とほぼ同じワクチン接種率であり、部分的ロックダウンも行なっているマレーシアでは感染ピークが穏やかです(図3)。その国独自の対策やその他の要因の影響があることをうかがわせるものです。専門家には慎重な検証をお願いしたいところです。

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図3. 日本とマレーシアの感染事例数の推移(Our World in Dataより).

i 紙の記事にもあるように、日本はこの冬の第6波について至急防疫対策をとるべきです。SARS-CoV-2の感染力はデルタ変異体でひとまず最適化したように思われます。第6波は、とくにデルタ変異体の亜系統の変異ウイルス [4] に要注意です。

引用文献・記事

[1] NewsWeek 青葉やまと: 日本のコロナ感染者数の急減は「驚くべき成功例」─英紙報道. Yahooニュース 2021.10.18. https://news.yahoo.co.jp/articles/90555a85cf4fc1e5457e21be7208ec629ef994b9

[2] McCurry, J.: Back from the brink: how Japan became a surprise Covid success story. Guardian Oct. 13, 2021. https://www.theguardian.com/world/2021/oct/13/back-from-the-brink-how-japan-became-a-surprise-covid-success-story

[3] Dimsdale, C.: Covid cases in Japan have mysteriously plummeted, and scientists have a few theories about why. i News Oct. 5, 2021. https://inews.co.uk/news/world/covid-cases-japan-rate-plummeted-scientists-theories-why-explained-1233148

[4] Bai, W. et al.: Epidemiology features and effectiveness of vaccination and non-pharmaceutical interventions of Delta and Lambda SARS-CoV-2 variants. China CDC weekly 3, 863-868 (2021). http://weekly.chinacdc.cn/fileCCDCW/journal/article/ccdcw/newcreate/CCDCW210195.pdf

引用したブログ記事

2021年10月3日 東アジア・西太平洋地域の感染流行から見えてくるもの

2021年9月27日 感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長

2021年9月7日 第5波感染流行が首都圏で減衰した理由

2020年5月26日 世界が評価する?日本モデルの力?

                                  

カテゴリー:感染症とCOVID-19