Dr. Tairaのブログ

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世界が評価する?日本モデルの力?

はじめに

安倍総理大臣は、昨日(5月25日)、緊急事態宣言解除に際しての記者会見で「日本ならではのやり方で、わずか1ヶ月半で今回の流行をほぼ収束させることができた。まさに日本モデルの力を示したと思う」と述べました。そして同日、国連保健機構WHO事務局長A. G. テドロス博士は、定例のPress Conferenceで、日本における感染者のピーク時からの大幅な減衰に触れて「日本の成功を見ることができる」と述べました。

一両日のテレビのニュースやワイドショーはこぞって、この二入の弁を取り上げて、日本の感染症対策が成功したかのごとく、国内の流行が収束に向かったという伝え方をしていました。緊急事態宣言が解除されたからといって、そこから流行が急に終わるわけではないですが、国民の間では、もちろん不安はあるものの、おおむね歓迎する声が多いようです。

もっとも今月末と言われていた解除の時期が前倒しで行われたことは、経済活動を優先した安倍総理の思惑によることは確かであり、政府諮問会議の専門家の間では解除には慎重論が多かったということもテレビが伝えていました。東京都の受診相談窓口においては、今なお千件前後の相談件数があります。経済活動が再開されれば、全国的にも、すぐに感染流行がぶり返すことは確実です。今だからこそ、流行の再燃に備える対策をとるべきだと思います。

私は、あまりにもテレビがWHOの「日本の成功」の弁を大々的に報道するので、本当にそのように言っているのか、当該Press Conferenceの動画をチェックしてみました。すると、テドロス氏は、日本のピーク時からの感染者の激減と死者数が最低限に抑えられるている現状に言及しながら、その事実を"success of Japan"と言っているわけであり、「対策が成功した」と、直接言っているわけではないことがわかりました。

1. 日本メディアが伝える海外メディアによる評価

テレビをはじめとするメディアやSNS上では、相変わらず、欧米と比較しながら「日本では桁違いに感染者数や死者数が抑えられている」として、感染症対策が功を奏したと評価しています。そして、その主因を初期のクラスター対策や、医療水準の高さとともに、国民の衛生意識や同調圧力による自粛性の高さにあるのでは?と伝えています。

たとえば、日本の対策を評価するニュースや記事として、「世界が評価を変え始めた~日本は新型コロナ感染抑止に成功している」[2]、「日本式で勝つコロナ戦──PCR検査こそ少ないが死者は100分の1」[3]、 「「日本は成功」海外メディア、新型コロナで手のひら返し」[4]など、枚挙にいとまがありません。

今日のTBSテレビの番組「ひるおび」でもそのような伝え方でしたが、一方で司会者が「でも不思議なのはなぜか海外メディアによる日本の評価が低い」と述べながら、図1の海外4メディアのコメントを紹介していました。取り上げられていたのは、オーストラリアのABC、英国のBBC、米国のブルームバーグ通信とフォーリン・ポリシーの記事です。いずれの記事も、日本の対策について「謎である」、「不可解」、あるいは「運がよかった」風の論調になっており、必ずしもポジティヴな評価にはなっていません。 

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図1. テレビのワイドショーが伝える各国メディアの日本の対策の評価

今日の朝日新聞デジタルでは、やはり上記のABC、BBCブルームバーグ、フォーリン・ポリシーの論述を紹介していました [5]。さらに、英ガーディアン紙による「日本人の生活習慣が感染拡大を防いだ」とする見方を載せていました。感染者数抑制に貢献した可能性のある、日本人の衛生意識に関するものとして、マスク着用の習慣、あいさつで握手ではなくお辞儀をする習慣、手洗いなどの清潔意識の高さ、家に靴をぬいで入る習慣、などが挙げられています。

当該新聞記事では、浜田篤郎氏(東京医大病院渡航者医療センター教授)の「日本人の清潔志向とマスク文化が、第1波の抑え込みに一定の役割を果たした可能性がある」という話を紹介しています。同時に、「感染者が少なかったということは、免疫を持つ人が少ないということ。第1波より感染者が増える可能性がある」という第2波への警戒感も載せています。

さらに記事では、PCR検査数の少なさについても触れ、浜田教授が「やらなかったのではなく、できなかった」、「検査数を増やせば、症状が軽い陽性患者も出る。当初は宿泊施設での患者の受け入れもできず、病院で収容していたら間違いなく医療崩壊していた」という言述を載せています。

それでは、実際上記の海外メディアの評価はどうだったのか、原著の英文記事を見ながらあらためて紹介したいと思います。日本語の二次記事もありますが、部分的に省略されたり、ニュアンスが異なる部分もあるので、原著 [6–9]に沿って紹介します

2. ABC NEWS [6]

まず、オーストラリア連邦の公共放送局であるABC NEWSの、5月23日の記事です [6]。「日本は米国やイタリアの二の舞になる恐れがあった」が、そうはならず「よもや成功したのは不可解な謎である」という表題の記事です。これは総じて海外のメディアの率直な感想を代表していると思います。

この記事では、冒頭から「混雑した公共交通機関」、「世界で最も高齢化が進んでいる人口」、「クルーズ船での大規模感染」、「ペナルティもない緊急事態宣言」という、日本のデメリットを挙げ、続けて次のように言っています。「それは新型コロナウイルスによる大災害のレシピように思えた。実際、公衆衛生の専門家の間では日本は次のイタリアかニューヨークになる、と恐れられていた」("It sounded like a recipe for a coronavirus catastrophe, and there were fears among public health experts that Japan could become the next Italy or New York")。

しかし、これだけの悪い材料がそろっているにもかかわらず、それは起こらなかったと述べています。つまり、欧米に比べて圧倒的に少ない感染者や死者数を達成した事実についてです。この成功事例について、世界保健機関(WHO)のシニアアドバイザーである進藤奈邦子博士が「人々はこれを 「日本の奇跡」"Japanese miracle" と言っている」と述べたことを、載せています。

しかし、いったい誰が「日本の奇跡」などと言っているのでしょうか? 私は彼女以外の口からそのようなことは聴いたことはありませんし、海外の論文・記事の中にも、"Japanese miracle"のフレーズを目にしたことはありません。

記事ではさらに、進藤氏の「日本が行なったことは本当に素晴らしかった。なぜなら、希望者全員を検査することに意味はないからだ」として、PCR検査率の低さに対する批判は不当であるとの考えを紹介しています。そして「大規模な検査を行うのではなく、クラスターの検出と重症者の管理に集中する方が賢明だ」という、政府の方針に沿ったコメントも紹介しています。

しかし、一方で記事は、日本で実際に起こっていた以下のような事実を指摘しています。
●日本は世界有数の医療制度を有しているにもかかわらず、一部で患者の急増に対応できない事態を生じたこと
●一部の病院が外来患者の受け入れや一部サービスの停止を余儀なくされたこと
●病院が施設内に感染が広がるのを恐れて、感染の疑いのある患者を拒否する例が続出したこと
●発熱と呼吸困難を伴う男性を乗せた救急車が、80の医療機関で受け入れを拒否されたこと
このような、事例を挙げて、日本救急医学会が「感染症への対応で救急医療体制が危機的状況にある」との声明まで出したことも紹介しています。

本記事の取材を受けた本庶佑氏(京都大学名誉教授)は、「なぜ日本の感染率や死亡率がこれほど低いのかは、ほとんどの専門家にとって不可解だ」、「何が要因であるか結論づけるためには調査の時間が必要」と述べています。さらに「日本人は手を洗う習慣があるなどきれい好きで、(人前で)キスやハグもしない」とした上で、「BCGワクチンの影響」にも言及しています。

また、取材を受けた厚生労働省の国際保健・協力室長である田口一穂氏は、日本の成功の理由は特定できないとしながらも、日本における強力な医療制度とマスク着用が助けになったかもしれないと述べています。

記事では、渋谷健司氏(英キングス・カレッジ・ロンドン教授)のコメントも紹介しています。日本政府の対応は失敗だったと言っている人です。すなわち、「この第一波を乗り越えることができたのは偶然であり、日本はそれを成功と考えるべきではない。第二波は必ず起きる、そして、それに備えるために日本は体制を整えなければならない」という、彼の警鐘を載せていました。

3. BBC [7]

BBCの当該記事は先月末に出たもので「日本の検査率の低さは疑問」という題目がついています [7]。この題目のとおり、専門家への取材を交えながら、日本におけるPCR検査の問題を中心に言及しています。そして、保健所の検査を巡る異常な体験談も載せています。

まず冒頭で、「日本で起きていることを理解したいという人にとって不可解なのは、なぜCOVID-19の検査がこれほど少ないのか」という、疑問を投げかけています。それは、「ドイツや韓国と比べたとき、日本の検査件数は0を1つ付け忘れているようにみえる」("When you look at Germany or South Korea, Japan's testing figures look like they're missing a zero.")という表現に現れています。

上記のABCでは、進藤氏による「大規模な検査を行うのではなく、クラスターの検出と重症者の管理に集中する方が賢明だ」というコメントを記事にしていますが、このBBC記事では、「東京における検査人数の少なさと、陽性の割合の高さが際立っている」と述べ、日本ではかなり症状が進んだ人だけを検査していると強調しています。

実際に、日本の関連学会などが中心になって作成した医師向けのガイドラインでは、患者が肺炎の疑いがあるなどのときに検査を勧めるべきだとしています(関連ブログ記事「感染症学会のシンポジウムを視聴して思ったこと」「新型コロナ受診の見直しについて思うこと」)。BBC記事ではこのような状況を取り上げ、検査を受けたいと思っている人の中に、異常な経験をした人がいたことを紹介しています。その人は、Jordain Haleyという日本で働く米国人女性ですが、記事には以下のように書かれています。

                                     

Jordainさんの友人は、4月10日に熱と咳を発症しましたが、日本の受診の目安にしたがって、そのまま自宅で静養していました。4月15日になって病院で受診し、レントゲン撮影を受けた結果、COVID-19を疑わせる病状でありましたが、入院するほどではないと医師に言われ、そのまま帰されました。

翌日、Jordainさんは、友人から具合が悪いという電話を受けましたが、その時、彼女は激しくせき込んで息を切らし、何を言っているかわからないほどであり、すでに背後に救急隊員の声が聞こえたそうです。彼女は救急車で運ばれましたが、受け入れてくれる病院が見つかるまで、2時間かかりました。病院に着くと再びX線検査を受け、自宅近くの保健所でPCR検査を受けるようアドバイスされましたが、医師は紹介状を書いてくれませんでした。結局、その友人はタクシーで自宅に戻されました。

4月17日(発症から1週間後)、Jordainさんは近所の保健所に電話しましたが、2時間にわたりたらい回しにされました。そして、いくつもの質問に答えた後、やっと友人の予約が取れました。その際、Jordainさんは保健所からこう告げられました。「どこで検査を受けるか、絶対に誰にも言ってはならない。混乱を招くので」("Jordain was told. "She must not tell anyone where this testing is taking place. It could cause a commotion.")。

                                     

BBC記事は、この保健所の「混乱を招くという」という対応について、「命の危険を感じている人が不安になるという以外に、一体何が重要なのか?」("Apart from the distress caused to someone who thinks their life is in danger, why does this matter? ")と述べています。

この記事では、日本の行政検査という世界にはない特異な方針の下での、ある発症者の受診までの実態が生々しく記述されています。上記した「クラスターの検出と重症者の管理に集中する方が賢明」という医療側の都合が、その実、たくさんの感染患者の苦しみを生んでいる状況が伺われます。この問題についても、先の拙著ブログ記事「無症状の濃厚接触者はPCR検査を受けられない 」「新型コロナ受診の見直しについて思うこと」で取り上げています。

取材を受けた渋谷教授は、「医療的観点からは軽症は気にせず、重大な症状がみられるケースに集中して命を救う。だから検査は症状がみられる人に重点を置く、というは理にかなっている」と述べています。一方で、公衆衛生の観点からは、「検査を拡大しない日本の姿勢は極めて危険だ」と述べています。

4. ブルームバーグ [8]

ブルームバーグの当該記事は、5月23日に出ました [8]。表題は「日本はロックダウンも大量検査もなしでウイルスに勝ったのか?」というものです。この記事では、主に専門家の意見を交えながら、保健所の活躍やクルーズ船での感染例の経験が、成功の下地になったのでは?としています。この日本の成功物語は、「死者数から見れば日本は成功だったかもしれないが、その理由は専門家さえもわからない」という田中幹人氏(早稲田大学政治経済学術院准教授)の弁に象徴されています。

今回の感染症対策においては、塚本容子氏(北海道医療大学看護福祉学部教授)の弁とともに、保健所が米国疾病管理対策センターCDCのような役目をそれぞれの地方で果たしたと述べ、当初から、感染者との濃厚接触者の追跡に動いたことが効果的であったとし、集団感染(いわゆるクラスター)対策にも貢献したと紹介しています。日本の方法は「きわめてアナログである」「シンガポールのようにアプリを使った追跡ではない」としながらも「とても有効だった」という、鈴木一人氏(北海道大学公共政策大学院教授)の話を伝えています。保健所の泥臭い人海戦術が功を奏したというわけです。

クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号内における感染事例は、欧米諸国が「他人の問題」として中国での感染拡大を見守る中での出来事であり、日本は他国に先駆けて、集団感染対策をとる必要がありました。田中准教授によれば、クルーズ船内の感染拡大は、「日本にとっては家の前で燃えるクルマ(burning car)を見ているような状況であった」とし、そのことが流行に対する警戒感を高めたとしています。

専門家会議は、このクルーズ船での事例やクラスター発生の経験を生かし、国民にわかりやすいように、いわゆる3密条件(3 C’s” -- closed spaces, crowded spaces, and close-contact)を感染リスクが高い場所として伝えました。この情報は、国民の行動変容に大きな影響を与えたことは確かでしょう。

記事は、次にウイルスの変異を要素として挙げています。すなわち、日本で流行したのは感染力の弱いウイルス株だった可能性を挙げています。米国ロスアラモス研究所の論文をはじめとして、アジアの流行とヨーロッパの流行は異なる株によってもたらされた、ということがすでに明らかにされていますが、感染力の程度については検証が必要だと記事は述べています。

さらに、そもそも感染の実態は把握されているのか?という疑問を投げかけています。すなわち、東京の病院がCOVID-19患者ではない受診者に対して行なった抗体検査の、はるかに高い陽性率の結果を挙げています。そして、日本の対策は完全ではなかったというのは事実であり、台湾のはるかに少ない死者数とヴェトナムでは死者はゼロであるということを比較として挙げています。これを示すかのように、「日本の結果は驚くべきことではない」「アジアではすべての国において、西洋諸国よりも1/100の死亡率である」という、菅谷憲夫氏(慶應大学医学部客員教授)のコメントを載せています。

最後に、「第2波は来ると予想しなければならず、そしてそれは第1波よりも悪くなる可能性がある」いう二木芳人氏(昭和大学医学部特任教授)の話を載せて、記事をまとめています。

5. フォーリン・ポリシー [9]

同誌の当該記事は少し前の5月14日に出ました [6]。著者はジャーナリストのウィリアム・スポサト(W. Sposato)氏です。題目の「日本はいい加減な対策だが、何だかうまくいっている」という表現にみられるように、内容はかなり辛辣かつ皮肉に満ちています。

冒頭から、日本の流行対策について「何から何まで間違っているように思える」"Japan appears to be doing everything wrong"と、例をあげて指摘しています。人口のわずかしか検査しておらず、社会的距離(social distance)は中途半端であり、国民の多くは政府の対策に批判的であるにもかかわらず、現状は「不思議なくらいに、すべてがいい方向に行っているように見える」と伝えています。

日本の戦略の目標は、「感染のピークを遅らせて死亡者を減らす」ことという政府専門家会議副座長の尾身茂氏の弁を紹介し、結果として米国やスペインと比較して著しく死者数を抑えており、成功例として挙げられているドイツと比べても、それが大きく下回っていることを述べています。

記事では、日本人自身が「日本は法治国家で公衆衛生の意識が高い社会」とみなしているものの、全員がまじめに感染予防策を実行したわけでもないと指摘しています。例として、営業自粛の要請に応じないパチンコ店に大勢の人が押し寄せ、各自治体が、営業を続ける店舗の名前を公表する対抗措置を取ったことを挙げています。

日本文化と日本人の質についての、いい面と悪い面も述べられています。相手を気遣い、人との距離を取り、握手をせず、高い清潔意識を持つという日本の文化は、数値化することはむずかしいけれども、大きな役割を果たしたとしています。一方で、よくない面としては、医療従事者や感染患者に対する差別的な言動や、彼らの子供の保育所での拒絶の例などを挙げています。これらは、世界各国で現場で奮闘する医療従事者が称賛されているのと対照的だ、と述べています。

結局記事では、「日本が幸運だったのか、対策がうまくいったのか知ることはむずかしい」と結論づけています。最後に、どの国でも言えることだが、日本にとって大きな懸案は「日本が新たな危機を発生させることなく安全にブレーキから足を外すこと(制限解除)ができるか」、そして「そもそもなぜ諸外国のような感染危機にいたらなかったのか」と結んでいます。

スポサト氏の記事は、すぐに日本のメディアでも取り上げらましたが、原著記事のエッセンスだけが伝えられているので、各論については微妙にニュアンスが違います。とはいえ、彼の指摘は、日本人が多かれ少なかれ感じていることでないでしょうか。すでに、日本は解除に至っていますが、それが新たな危機を生むのか、これからの判断ということになるでしょう。

7. 日本の現状

このようにして、海外メディアの記事や国内のメディアの伝え方を比較してみると、両者で視点が異なっていたり、後者では、都合の良い部分だけが切り取られたりして報道されていることもあるようです。

簡単に言えば、日本のメディアでは、欧米と比べた日本の実績の良さに焦点を当て、それは「対策がよかったから」という伝え方になっているのに対し、海外のメディアは日本の数字上の成功は認めつつ、その要因を必死に探り出そうとして、結局それはミステリーだと言わざるを得なくなっています。朝日新聞 [6] のように、データベースからの最新情報も拾いながら包括的に伝えているメディアもありますが、感染者数や死者数の数字や順位などを挙げても実態はよくわかりません。

ここでもう一度、100万人当たりの死者数(D/M)致死率(感染者数当たりの死者数の割合)に焦点を当てて、それらと検査数との関係を図にしたいと思います。図2は、ヨーロッパ(+米国、カナダ)とアジアの国々おける、D/M値(Y軸)と検査数/感染者1人(比検査数)(X軸)の関係をプロットしたもので、前回のブログ記事で紹介した図のバージョンアップ版です。比検査数の逆数をとると陽性率になります。

前回指摘したとおり、ヨーロッパとアジアでは100倍のD/M値の開きがありますが、それぞれの地域において、D/M値と検査数/感染者1人とは逆相関の関係にあります(ヨーロッパ: p<0.005, n=39; アジア: p<0.01, n=18)。つまり、検査陽性率が低いほど、死者数が少ない、あるいは死者数が多い国ほど検査が追いついておらず、陽性率が高くなるということを示しています。

f:id:rplroseus:20200601202353j:plain図2. ヨーロッパ (+米国、カナダ) (薄青色の囲み) およびアジア (中東を除く) (ピンク色の囲み) の国々における100万人当たりの死者数とPCR検査数/感染者1人との関係:赤色の破線は陽性率7%に相当.

図3は、図1に示した国々のすべてについてY軸に致死率、X軸に比検査数をプロットしたものです。致死率と比検査数とは、弱い逆相関(p<0.01, n=57)の関係にあることがわかりました。

図中1つだけ、シンガポールのプロットが離れていますが、これは死者数や致死率はきわめて低く抑えているにもかかわらず、急激な海外労働者の感染者増加に検査が追いつかなくなり、陽性率が高くなっているためです。このプロットを除くとより相関は強くなります。

日本の位置をみると、致死率は現時点で5.1%であり、ヨーロッパとアジアの中でも決して低いとは言えません。もっともこれは、検査数が少なくて母数になる陽性者数が少なく見積もられている?という影響もあります。

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図3. 世界の国々における致死率(死者数/感染者数の%)とPCR検査数/感染者1人との関係:赤色の破線は陽性率7%に相当.

図4は、アジアの国々におけるD/M値(左)と致死率(右)を示します。いずれにおいても日本は上位にあることがわかります。

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図4. アジア(中東を除く)における死者数/人口100万人当たり(左)と致死率(死者数/感染者数の%)の国別順位(右):日本は赤棒グラフで示す.

図2–4からわかるように、欧米とアジアとの間にある、100倍の死者数の違いに何らかの要因が絡んでいるということを考慮すれば、死者数からみた日本の状況は決して良好な成績とは言えないのです。高齢ほど致死率が高いので、日本の感染者の高齢化率が関係しているのかもしれませんし、上述したように検査数の少なさの影響もあるでしょう。

日本の方針は、「集中的に重症傾向者をPCR検査で探し出し、早期に治療して致死に至ることを防止する」というはずでした。しかしながら、上記のABCやBBCの記事にも見られるように、病床数オーバーを防ごうとするあまり、検査を控えて有症者の入院を遅らせた結果、かえって入院時での重症化率を増やしてしまい、死者数を増やしているのではないかと言えるかもしれません。そのことが、アジアで上位のD/M値や見かけの致死率の高さになっている原因の一つと推察されます。

つまり、病院での医療崩壊はギリギリ防いだものの、入院前の患者予備軍を大量に発生させ、救急病人が病院に入れないという、地域医療・救急医療体制の機能不全に繋がっていたのではないかということを想像させるものです。

日本のメディアは、今なお毎日10人以上の死者数が出ていることをサラッと伝えていますが、韓国、台湾、シンガポール、オーストラリアなどの、検査と隔離を徹底したアジア・西太平洋の国々ではありえないことです。これらの国々では、1ヶ月から1ヶ月半で死者数の指数的増加がプラトーに達していますが、日本では依然としてプラトーにならず、増え続けています(図5)。欧米を含めて世界的には、ほぼ共通して図6のような指数的増加が1ヶ月程度で屈曲するパターンを見せています。

これが進藤氏が言う"Japanese miracle"なのでしょうか?

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図5. アジア・西太平洋諸国の中で検査と隔離を徹底した国々と日本の死者数の経時的増加の比較:5番目の死者を確定した時点を起点とする(出展元: Our World in Data).

朝日新聞の記事あった、PCR検査数の少なさについての「やらなかったのではなく、できなかった」、「検査数を増やせば、症状が軽い陽性患者も出る。当初は宿泊施設での患者の受け入れもできず、病院で収容していたら間違いなく医療崩壊していた」という浜田教授の言述は、詭弁のような気がします。なぜなら、やらなかったとか、できなかったというのではなく、「やろうという気がなかった」というのがより適切ではないかと思います。

厚生労働省が定めた2009年の「新型インフルエンザウイルス診断検査の方針と手引き」には、「疫学調査により感染源が特定できなくなったらPCR検査を中心とした検査から、ウイルス性状解析を中心としたウイルスサーベイランス体制へ移行する」という趣旨が書いてあります。今回の政府専門家会議がクラスター戦略を採るに当たり、2月25日に、ほぼこれを踏襲した同様な方針が変更がなされ、「地方衛生研究所をはじめとする関係機関(民間の検査機関を含む)における検査機能の向上を図る」という方針は削除されています(→ブログ記事「感染症学会のシンポジウムを視聴して思ったこと」)。最初から、検査拡充を行う気がなかったことがわかります。

今回の流行で、入院が遅れた結果死亡に至った、あるいは入院できずに自宅で死亡した事例もあることも考えると、日本がとった方針によって、本来なら死なずに済んだ人が、犠牲になってしまったという可能性はないか、十分に検証されなければいけません。

8. 実体のない日本モデル

日本のメディアによる「日本は欧米に比べて感染を抑えている」とする上向きな報道に比べて、海外のメディアは一応にこの事実を認めながらも、懐疑的、ミステリー、不可解という言葉に形容されるような印象をもっていることがわかります。海外は日本の感染者数と死者数が少ないことだけを評価しているのであって、その要因は理解不能としているわけです。海外のこのような論調も、日本のメディアが取り上げるときも少しバイアスがかかっているように思えます。

そして、政府の対策を成功したと挙げている海外メディアはほぼ皆無です。政府専門家会議が自画自賛しているクラスター対策や医療体制についても、成功の理由として挙げているところもほとんどありません。一方で、日本のマスク着用や手洗いなどの衛生意識の高さや文化・習慣の違いが、感染拡大抑制の一因になったというのが大方の見方です。海外のメディアによる評価の妥当性は、何よりも日本の世論調査における安倍政権の対策やリーダーシップについて評価が非常に低いことに現れています。

結局のところ、安倍総理が述べた「日本モデルの力」というのは、日本の習慣と国民の意識が大きな力となった結果論のみに基づいた観念論であり、海外のメディアをも唸らせる合理的対策としては、実態がないものであったということでしょう。モデルというなら他者の手本になるべきですが、それは一体なんでしょうか?

マスク着用などについては世界に浸透したとも言えますが、韓国、台湾などの多くのアジア諸国や一部のヨーロッパの国もに見られる習慣・変容行動であり、日本独自のものでもありません。ましてや、マスク着用や手洗い励行の違いだけで100倍もの感染者数や死者数を生じるとも思えません。

詰まる所日本モデルというのは、合理的説明ができない限り、誰にも真似ができない、そしてこれからも真似しようともしない、不可解な代物ということではないでしょうか。

おわりにーいまとるべき対策

安倍総理は「日本ならではのやり方で、わずか1ヶ月半で今回の流行をほぼ収束させることができた」と述べましたが、浮かれているべきではありません。そして、メディアも日本国民もそうです。流行を収束に至らせる日本モデルの対策などそもそもなく、運がよかっただけなのです。緊急事態宣言は全面解除となったものの、個人的にはこの解除は早すぎたと考えています。おそらく政府専門家会議のみなさんも同様な考えではないでしょうか。

なぜなら、感染者がゼロという日が少なくとも2週間以上続かなければ収束したとは言えず、第1波の残り火がくすぶっている状態だけなのです(→緊急事態宣言の継続・解除の基準)。3月以降新規感染者ゼロの日は1日たりともなく、収束と考えるのはまったくの勘違いです。検査の網から漏れた若年層を中心とするサイレントキャリアーがたくさんいて、火種としてあちこちに残っていると考えるべきです、

今後、経済活動が再開されれば、これまでとは異なる網羅的な「検査と隔離」および「接触追跡」が積極的に行なわれない限り、1ヶ月後には確実に再燃しますこれは、クラスター斑の西浦博教授のモデルでも予測されていることです [10]

経済活動再開に向けて動き出した今だからこそ政府が行なうべきことは、検査体制の拡充および入所・入店QRコードとリンクした接触追跡アプリの導入です。まずは、東京都民の検体プール検査(1回当たり10検体)が1ヶ月で完了できる、首都圏1日5万件のPCR検査態勢を全自動検査機の導入とともに至急進め、区域毎のサーベイランス・ローリング作戦を開始すべきだと考えます。

そして職種を、1) エッセンシャルワーカー(医療、消防、食料品スーパー・コンビニなど)、2) 接客業従事者(レストラン、理美容、娯楽施設など)、3) リモートワーカー(IT、金融、法律など在宅可能な勤務)などに分け、とくに1)、2)については、定期的PCR検査も実施すべきでしょう。

このような検査のために、検査時間を短縮でき、簡易化できる等温反応のポータブル型DNA検出機器(LAMP、SmartAmpなど)の拡充も大至急進められるべきだと考えます。まもなく唾液を検体とする検査が国に認められることになると思いますので、検査拡充は格段に進めやすくなります。

そして新型コロナ用に構築してきた隔離用ホテルの室数や病床数の確保も含めた医療体制は、一般用に戻すことなく、むしろ流行再燃に備えて強化されるべきだと思います。そのために政府は、医療従事者に対するインセンティブを与えると同時に、病院に対する経済支援を至急行なうべきだと考えます。

最後に再度一言、日本はいま収束気分ですがそれは間違いです。

引用文献・記事

[1] 首相官邸: 安倍内閣総理大臣記者会見―令和2年5月25日. https://www.youtube.com/watch?v=5cblkkIMl_4

[2] ニッポン放送NEWS ONLINE: 世界が評価を変え始めた~日本は新型コロナ感染抑止に成功している. 2020.05.13. https://news.1242.com/article/223470

[3] 道越一郎: 日本式で勝つコロナ戦──PCR検査こそ少ないが死者は100分の1. livedoor NEWS 2020.05.17. https://news.livedoor.com/article/detail/18274096/

[4] 猪瀬聖「日本は成功」海外メディア、新型コロナで手のひら返し. 2020.05.24. YAHOO JAPAN ニュース. https://news.yahoo.co.jp/byline/inosehijiri/20200524-00180130/

[5] 坂本進、半田尚子: 不可解な謎」欧米メディアが驚く、日本のコロナ対策. 朝日新聞DIGITAL. 2020.05.26. https://digital.asahi.com/articles/ASN5V3CQQN5TUHBI00S.html

[6] Strummer ,J. and Asada, Y.: Japan was feared to be the next US or Italy. Instead their coronavirus success is a puzzling 'mystery' ABC NEWS 2020.05.23. https://www.abc.net.au/news/2020-05-23/japan-was-meant-to-be-the-next-italy-on-coronavirus/12266912

[7] Wingfield-Hayes, R.: Coronavirus: Japan's low testing rate raises questions. BBC NEWS: 2020.04.30.https://www.bbc.com/news/world-asia-52466834

[8] Du, R. and Huang, G.: Did Japan Just Beat the Virus Without Lockdowns Or Mass Testing? Bloomberg Law. 2020.05.25. https://news.bloomberglaw.com/coronavirus/did-japan-just-beat-the-virus-without-lockdowns-or-mass-testing

[9] Sposato, W.: Japan’s Halfhearted Coronavirus Measures Are Working Anyway. Foreign Policy 2020.05.14. https://foreignpolicy.com/2020/05/14/japan-coronavirus-pandemic-lockdown-testing/

[10] 東京動画: 令和2年5月15日 東京都新型コロナウイルス感染症最新情報 ~小池知事から都民の皆様へ~<アーカイブ版>. https://tokyodouga.jp/ai8zvzadstm.html

引用拙著ブログ記事

2020年5月15日 緊急事態宣言の継続・解除の基準

2020年5月7日 新型コロナ受診の見直しについて思うこと

2020年4月19日 感染症学会のシンポジウムを視聴して思ったこと

2020年4月7日 無症状の濃厚接触者はPCR検査を受けられない 

                

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