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検査陽性率の高さはオーバーシュートのはじまり?

今日(4月3日)のテレビは、「新型コロナウイルスの感染者の増加が続いている東京都内で、3日、新たに89人の感染が確認されたことが分かりました」、「都内の感染者はこれで773人になりました」と伝えていました [1]。よく考えてみれば、この伝えかたは厳密には正確ではありません。国の指針に従えば、厳密には「病院収容感染患者として89人が確定された」とすべきです(皮肉を込めて)。

ここで、国が掲げているPCR検査の目的を再度確認してみましょう。2020年2月24日の政府専門家会議は、「急激な感染拡大に備え、限られたPCR検査の資源を、重症化のおそれがある方の検査のために集中させる必要があると考えます」という見解を示しました [2]。

そして翌日、この政府専門会議の見解を受けて、新型コロナウイルス感染症対策本部は、PCR検査の方針変更を表明しました [3]。すなわち、「感染症法に基づく医師の届出により疑似症患者を把握し、医師が必要と認めるPCR検査を実施する」というそれまでの方針を、「地域で患者数が継続的に増えている状況では、入院を要する肺炎患者の治療に必要な確定診断のためのPCR検査に移行しつつ、国内での流行状況等を把握するためのサーベイランスの仕組みを整備する」というように変更しました。

つまりPCR検査の方針が、感染者を探し出すということから、入院させるべき感染者の確定診断へと変わっていることがわかります。これが、上述した「テレビの伝え方が厳密には正確ではない」といった理由です。「検査と隔離」という感染症拡大の予防原則から、この時点においてすでに外れていることがわかります。やるべきことは、患者収容・隔離のためのトリアージであって検査のトリアージではないのです。

検査で網羅的に感染者を探すことをしなければ、正確な感染者数は知ることはできず、常にそれを過小評価する状態に陥り、感染拡大抑制のための有効な対策を打つことはむずかしくなります。この重大な問題については、何度となくこのブログ(下記↓関連ブログ記事参照)とツイッター上で述べてきました。

とくに最近、東京都で感染者(陽性患者)が増大していることは、メディアが連日伝えているところですが、ここで東京都が公表している検査数(検査人数)と陽性患者数 [4]を、再度チェックしたいと思います(図1)。

図1からわかるように、2月から3月下旬にかかるところまで検査数はほぼ横ばいで、大部分が1日当たり100人を切っています。ところが、3月26日以降に急激に検査人数が増え、それとともに陽性患者数も増加しています。

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図1. 東京都におけるPCR検査人数と陽性患者数の推移(2020年2月1日〜4月1日):東京都の公表データ [4] に基づいて作図.

問題は、「最近、感染者数が増えている」ということを示す公表データが、感染拡大の実態をどの程度反映しているか、そしてどの程度警戒しなければならないか、ということです。そこで検査人数に対する確定陽性者の比(陽性率)をチェックしてみます。

図2に東京都における陽性率の推移と移動平均値を示します。検査日と感染者公表日にはズレがあるので、日々の陽性率を正確に算出することはむずかしいですが、大まかな傾向は見ることができます。図から明らかなように、陽性率は3月中旬まで割と一定でしたが、それ以降急激に上昇し、直近1週間での平均値は36%となっています。なお、2月は検査数が極めて少ないので、そのバイアスで陽性率の一時的な上昇がみられています。

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図2. 東京都におけるPCR検査の陽性率の推移(2020年2月1日〜4月1日):東京都の公表データ [4] に基づいて作図.破線は移動平均(2点平均)を示す.

重要なことは、3月下旬はそれまでと比べて大幅に検査数が増えたにも関わらず、陽性率も急に上がっていることです。

前のブログ記事で示したように、日本での検査数トップ12の都道府県における平均陽性率は東京を除いて4.2%です。ちなみに感染者が1万人を突破した韓国の場合、同一検体がダブって検査されているので正確な陽性率を出すことはむずかしいですが、単純に検査件数をベースに算出すると、2–3%の陽性率になります。これらと比べると、東京都の直近1週間の平均陽性率36%というのが、いかに異常な値かわかります。

つまり、東京都では、すでに感染者の増大に検査が追いついておらず、検査のトリアージで単に病院に受け入れるべき感染患者を集中的に確定している状態だと言えます。これが陽性率が異常に高くなっている理由と考えられます。

専門家会議が言う「クラスター」感染に伴う、限りなく陽性者と疑わしい人だけを検査しているとなると、その外に潜在するサイレント・キャリアーはほとんど検査の網にはかからず、市中感染を広げ続けているかもしれないという、恐ろしい現実が想定されるわけです。上記の確定感染者には、半数前後が感染経路不明者として含まれていますが、これは、ほんの一部のサイレント・キャリアーが捉えられた結果であって、36%という陽性率とともに、その背後に多数の感染者がいることを示す危険信号とみなすことができます。

現在、韓国におけるCOVID-19の致死率は1.7%、日本では2.6%となっています。この差は何度も指摘していますが、日本における感染者の母数が(検査控えで)過小評価されているためと思われます。以前より日本の致死率が下がってきたのは、50歳以下の若年層の感染者が増えたことによると思われ、感染者の年齢構成や高齢化率も両国で差がなくなってきています。

日本における今日時点での感染者数は2,617人ですが、仮に韓国と同じ致死率として補正すれば、推定感染者は約3,800人となります。実際には日本全国で同様に感染者が増えているのではなく、地域差があり、東京の増加分が全体の約40%を占めています。だとすると、これらの値から現時点での東京の感染者の1日の増加分は、約140人と推定することができます。とっくに三桁を超えている可能性があるのです。

ただ、日本と韓国の致死率の差がそのまま事実とするなら、日本独自のクラスター・医療対策が、韓国の「検査と隔離」対策よりも劣っているということにもなります。これから陽性者数、死者数が増えるにつれて、致死率や死亡率(人口当たりの死者数)も変化していくと思います。流行が収束状態になったとき、死者数、致死率、死亡率などで日本が韓国やその他の周辺諸国並みであれば、対策が一応成功した、悪くなれば失敗だったと言うことになるでしょう。

上記した陽性患者の公表データと推定値、サンレント・キャリアーの存在、そしてこれらのデータは2週間前の感染を見ていることを考え合わせると、東京都では、政府専門家会議がいう「オーバーシュート的感染拡大がすでに始まっていると思います。これを裏付けるものとして、直近半月分の増え方を時間軸に対してlogスケールに変換すると、ほぼ直線の指数関数的増加になること(とくに直近2週間)が挙げられます(図3)。

この指数関数的増加の回帰式から得られる倍加時間は、約7日間です。したがって、専門家会議がいう「2、3日で感染者が倍増すること」というオーバーシュートの定義には当てはまりませんが、スピードが違うだけで本格的な増加モードに入っていることは確かです。

しかもこれは、背後のサイレント・キャリアーは、捉えられていないと思われる中での指数関数的増加です。現行の検査体制では、感染拡大の実態は誰にもわかりません。仮にこのオーバーシュートが起こっていたとしても日本の検査体制では知る由もないのです。

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図3. 東京都における陽性患者数の推移(2020年3月10日〜4月2日):検査が控えられているために陽性者の落ち込みが見られる月曜日のデータは除く.

感染拡大は当初から予想されていたわけですが、いまだに「持ちこたえている」と言う専門家会議や政権の姿勢はちょっと信じられません。もとより「検査と隔離」という予防原則を無視するかのように、まったくあべこべの方針で進めてきた国の責任は重大です。

病院での感染者の受入数が増大すると、医療崩壊の危機に至ることは誰にでもわかります。であるなら、繰り返しになりますが、軽症感染者の分別隔離が徹底され、重症者治療現場の負担が少しでも軽減されるべきでしょう。そして、その前段階での検査で感染者を把握できなければ、隔離も不可能であり、感染拡大も抑制できないのです。この予防原則が、なぜ日本で徹底されてこなかったのか、誠に不思議です。

感染症法にある指定感染症の処置を厳守することだけを考えて、それよりも優先されるべき国民の命と財産が軽んじられ、法律の弾力的運用ができない厚生労働省の硬直した姿と、厚労省の意向そのままの政府専門家会議の姿が見えてきます。

PCR検査の保険適用で検査を受けやすくなり、民間会社での検査数も増えると国は言ってきましたが、検査のハードルは依然として高く、民間会社での検査実績は検査全体の7%しかありません。厚生労働省は、やっと軽症者の分別収容をあらためて公式に通知しましたが、その内容は「自宅療養」であり、まったくの人任せの方針です。

政権は布マスクの配布を決めたかと思ったら、それに批判が集中すると、あわてたかのように国民への1世帯30万円の給付を決めましたが、給付対象の線引きは未確定です。経済支援はもちろん重要ですがそれにしても遅すぎます。緊急事態宣言と経済支援・補償をセットに打ち出す時期はもうとっくに過ぎています。早急の対応を!!

引用文献・記事

[1] 日本テレビ:東京都 89人の感染確認 773人に. Yahooニュース. 2020.04.03. https://news.yahoo.co.jp/pickup/6356064

[2] 厚生労働省: 新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた見解-
2020年2月24日 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/newpage_00006.html

[3] 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策本部」: 新型コロナウイルス感染症対策の基本方針. 2020年2月25日. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000599698.pdf

[4] 東京都新型コロナウイルス感染症サイト: 都内の最新感染動向. https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題

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