Dr. Tairaのブログ

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国が主導する検査抑制策

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年〜)

はじめに

COVID-19パンデミックのいま、にわかに注目を浴びたのがPCR検査を含むSARS-CoV-2ウイルスの検査です。PCRという言葉は、それがどのような技法ということはともかくとして、完全に市民権を得ました。

SARS-CoV-2の検査は、いま世界中で患者確定をはじめとしてさまざまな目的で行なわれていますが、整理すると以下の5項目に大別できます。

1) 患者の確定(医療・感染症対策)

2) 無症候性感染者を含む濃厚接触者のトレーシング(防疫対策)

3) 検疫(水際対策)

4) エピカーブ、ゲノム解析の予備情報付与、下水調査(流行の把握・監視)

5) 社会政策(社会経済活動のための陰性証明など)

ことは命に関わることなので、1)の患者確定のための検査(発症者が対象)が一義的に重要ですが、感染が広がれば広がる程患者も増えるという一般則がありますので、2)〜4)の防疫対策や流行の把握・監視のための検査がないと、患者が増え続けて収拾がつかないということになります。いまのオミクロン変異体による第6波流行は、まさに感染の絶対数が爆発的に増加したことによる、患者の急増と被害拡大をもたらしているわけです。

日本では当初から、先進諸国の検査スタンダートからはかけ離れたPCR検査の抑制(限定使用)方針がありました。現在では相当の検査能力の向上が見られているものの、当初の検査抑制論が尾を引いて、いまだに検査不足に陥っています。第6波の被害拡大は、検査で追跡できない二次感染の連鎖による感染拡大によるところが多分にあります。

そして、ここへきて検査をしなくても濃厚接触者の有症状者を陽性とみなす、いわゆる「みなし陽性」策がとられるようになり、さらには、驚くべきことに、1月終わりから検査抑制を促す計画統制がなされるようになりました。私は、この国の方針以来、全国の検査数の動きを注視してきましたが、見事なくらいに検査数の高止まりになり、その後減り続けています。その結果、日々発表される新規陽性者数などの数字は、さらに意味をなさなくなっています。先進諸国には見られないような検査崩壊統計崩壊の状態です。

1. 検査抑制の通達

日本政府の検査抑制方針については、内閣府地方創成推進室から都道府県宛に送られた、「新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金における「検査促進枠」の取扱いについて」という、1月27日付けの文書の中に記されています [1]

図1に示すように、この文書には具体的に数字を挙げながら、検査を控えるように記されています。すなわち、1月第2週(1月10日を含む週)の日別平均検査数の2倍以上の検査はするな、という通達です(図1注1赤線部)。もし、特別な事情で2倍以上の検査を行なう場合には、事前協議が必要(図1注2赤線部)という内容です。

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図1. 内閣府地方創成推進室による検査抑制に関する通達–1 [1].

さらに、無料検査事業を継続するためには、適切な在庫管理を行なうこと、試薬・キットの発注においてはその規模を抑えること、極力PCRを行政検査に回すこと、というニュアンスの通達がなされています(図2注1)。

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図2. 内閣府地方創成推進室による検査抑制に関する通達–2 [1].

この通達には「各都道府県において引き続き実績に応じて無料検査事業を継続できるよう」ということが記されていますが、第一の理由は検査資源の不足です。そのため、特にPCR検査は、基本的に患者確定にしか検査が使えなくなっているのです。そのための検査抑制策と計画統制です。

私は、中国、台湾、韓国、米国、英国、ドイツに住む知人の研究者に検査事情を尋ねてみましたが、政府による検査抑制や計画統制は聞いたことがない、信じられないという、異口同音の答えでした。

2. 都道府県の検査実態

それでは、内閣府による検査抑制の通達を受けて、都道府県の検査状況はどのように変化したかを見てみましょう。

まず、全国の検査件数の推移を見るのが手っ取り早いので、厚労省が公表している検査件数実績に基づいて、1月10日からの7日間の検査数の日別平均値と1月27日の検査数を調べてみました。図3に示すように、1月10日からの1週間における平均値は118,823件/日となり、1月27日の件数は216,634件でした。

ここから言えることは、内閣府は、感染拡大が著しかった1月27日直前の数字をみて、それ以上に検査をしないようにするためには、約1/2の検査数となる1月10日を含む週を規準として、2倍以上にならないようにしろ、と言えばよいということにしたのだと思います。

つまり、「これ以上検査数を増やすな」と言うのではなく「1月10日の週の検査数を規準として2倍以内に検査を抑えろ」と言い換えたわけです。いかにもお役所らしい言い方だと思います。

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図3. PCR検査数の全国実施件数と1月10日の週の検査数の平均(NHK特設サイト「新型コロナウイルス感染症」からの転載図に筆者加筆).

図3に見られるように、この内閣府の通達は早速効果を発揮し、1月27日以降、検査は減り続けています。とにかく1月10日週の2倍以内に検査を抑えればよいわけですから、濃厚接触者の追跡や検査を止めれば一番手っ取り早いですし、いくらでも検査の手抜きができます。それこそ日頃の激務があって手が足りない中に、政府のお墨付きがきたわけですから、渡りに船とばかり、最低限の発症患者の検査をやっていればいいわけです。

検査数が1月27日以降横ばいになっておらず、むしろ減少傾向にあるのは、実際に流行がピークを過ぎて、感染者数(検査対象者)が減っていることも考えられます。この場合、検査陽性率が横ばいになるか低下することによって、その傾向を見ることができます。しかし、実際は1月27日以降も検査陽性率は直線的に急上昇しており、第5波をも超える40%以上に達しています(図4)。これは今先進諸国の中では最高の検査陽性率です。

つまり、1月27日以降、感染者数が減っているから検査数が減っていると断定するのは無理で、「検査不足で見かけ上陽性者数が減っているように見える」という疑いは払拭できないということになります。ただ、直近では検査数の報告の遅れの影響も考慮する必要があります。

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図4. 日本における検査陽性率の推移(2021年6月25日〜2022年2月11日、Our World in Dataから転載).

次に、東京の検査数(陽性者数と陰性者数の総和)の推移を見たのが図5です。全国における検査数の推移と類似しており、1月27日の検査人数が32,283人に対し、1月10日の週はその約1/2の16,013人です。そして、1月27日以降検査人数は減少を続けていますが、陽性率は微増であるものの、上昇し続けています。

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図5. 東京都における検査人数の推移と1月10日の週の検査数の平均(東京都新型コロナウイルス感染症対策サイトからの転載図に筆者加筆).

つまり東京でも、検査が意図的に抑えられているという傾向は明確に見られるわけです。これで、緊急事態宣言の新規陽性者数の規準である2万4千人になることはまずないだろうということになりました。

そして、見かけ上新規陽性者巣は減少傾向にあっても、これを(新規陽性者ベースでの)流行ピークが過ぎたと今断定するのは難しいとも言えます。

おわりに

日本は当初のPCR検査抑制方針がたたり、第6波になっても検査不足が全く解消されていません。先進国の検査スタンダードからは大きく離れています。政府が行なうべきことは検査資源の充実・確保だったはずであり、その不作為を誤摩化すようにこの期に及んで、なし崩し的にみなし陽性策をとったり、検査抑制、計画統制策を行なっていることは失策の上塗り行為です。

その現状の中にありながら、流行ピークが過ぎたとか、今後どうなるとか、専門家やメディアがまことしやかに述べている姿は滑稽にしか映りません。結果としてそのような傾向があるにしても、解釈の限界をきちんと述べておくのが科学的態度です。間違ったリスクコミュニケーションの最大の被害者は国民であり、これまで散々それを繰り返しているわけですから。

引用文献

[1] 内閣府地方創成推進室: 新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金における「検査促進枠」の取扱いについて. 2022.01.27. https://www.chisou.go.jp/tiiki/rinjikoufukin/pdf/20220128_jimurenraku.pdf

                     

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