Dr. Tairaのブログ

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新型コロナ分科会への期待と懸念

はじめに

政府の旧専門家会議が発展的に解消・改組されてできた新型コロナウイルス感染症対策分科会は、昨日(7月6日)、初会合を開きました。昨日、今日とメディアはこの話題を取り上げています。テレビから流れる画像や新聞が伝える内容を参照しながら、ここではこの分科会に寄せる期待と懸念を述べたいと思います。

1. 初会合の概要と担当大臣の会見

分科会は旧専門家会議のメンバーの8人に加え、分野別に医療3人、経済2人、労働・コンサルティング2人、マスコミ1人、リスクコミュニケーション1人、および県知事1人が参画した計18人から構成されています。分科会長は尾身茂氏(地域医療機能推進機構理事長)で、脇田隆字氏(国立感染症研究所 所長)が副会長に就いています。

東京都内では、昨日までに感染者が5日連続で100人超となりましたが、分科会はこの東京都内の感染状況を中心について議論を行ったとメディアは伝えています。具体的には以下のとおりです。

                      

分科会議論内容

●東京および首都圏の感染状況と今後の対応

●7月10日の経済活動緩和について

PCR検査などの拡大

クラスター・市中感染探知

●データ収集体制について

                      

会議後に会見した西村康稔経済再生担当相は、分科会の目的・意義として「感染拡大防止策と社会経済活動の両立を持続させるために幅広い分野の方に入っていただいた」と述べました。そして、いまの感染状況について「感染者は若者が多く、重症者は少ない、医療提供体制はひっ迫していない」した説明した上で、「検査体制も整備されてきた。緊急事態宣言を発出した4月上旬と状況は異なるとの共通認識を得た」と述べました。

確かに、東京都の確定感染者は新宿や池袋など、いわゆる"夜の街"を中心に感染が拡大しており、30代以下の接客業に従事する若年者が多く、重症化する症例が少ない状況にあります。入院患者数も5月初旬ピーク時の1,413人(病床2,000確保)に対して、今日現在413人(病床3,000確保)と余裕があります。また、重症者数も4月下旬ピーク時の105人に対して、今日現在8人と激減しています。

そして、PCR検査の実施件数も、4月上旬に比べて約10倍に伸びています。最近の最大の検査人数は、7月3日で2669人/日を記録しています。PCR検査が可能な病院も3月では68病院であったのに対し、6月段階では218病院に増えています。この主な理由として、唾液検体による検査が可能になったことからと考えられます。

さらに、緊急事態宣言や休業要請を出すべきという意見は政府からも分科会からも出なかったとし、政府が定めた社会経済活動の目安であるイベントの開催人数制限については、当初の予定通り7月10日に一段階緩和することで了承されたと、西村大臣は述べました。

しかしながら、感染経路が不明な陽性者数が一定程度あること、若年者でも重症化する症例があること、中高年の感染者の割合も今後増えてくると予測されることから、予断を許さない状況にあることは確かです。西村大臣は、この日の分科会で「危機感を共有した」と述べています。

いま東京で100人を越える陽性確定者が連日で出ていますが、これらは3–4月のクラスター対策とセットの行政検査ではほとんど探索していなかった(見逃していた)市中感染者を見ているとも言えます(→第1波流行の再燃)。クラスター戦略で見ていた感染者の実体の中心は、これから増えるかもしれない高齢者を中心とする有症状者・重症者ということになるでしょう。

しかし、3–4月の状況と異なることは、無症状者も含めて市中感染者は順次隔離されているということであり、その効果が有症状者・重症者の発生数の抑制となって現れるかもしれません。検査数が増えている分だけ陽性者数が増えることは当然考えられますが、検査数が増えているのに陽性率が高くなることには注意が必要です。それは検査数が追いつかないくらい感染者が増えていることを意味します。その場合、すぐに1日当たり、200人、300人...と新規陽性者が増えていくことになるでしょう。

いずれにしろ、以前とは異なる疫学情報の中身が、隔離の効果をも含めた予測をむずかしくさせます。その意味で、クラスター対策の初動方針(入院患者へのPCR検査の集中適用)が生んでしまった偏った疫学情は、科学的見地からもつくづく罪だと思います。実効再生産数の計算さえ無意味にしてしまった可能性、そして接触機会8削減の妥当性さえも根拠となる数字が偏っていた可能性があります。

2. 感染症対策と社会経済活動の両立に向けた検査方針

西村経済再生担当相が述べたように、この分科会のミッションは、感染症対策と社会経済活動を両立する施策を提言することです。これはもう「検査と隔離」の基本原則が示すように、総論としては答えは出ています。すなわち、市中にいる感染者の隔離事例が増えれば増えるほど感染の実効再生産数は下がり、それらが人々や社会に安心感を与え、経済活動への動機付けになるということです。したがって、会合で専門家が戦略的な検査体制の構築を提言したということですが、当然のことでしょう。

尾身会長は会合後の記者会見で、「検査の拡充に向けた基本的戦略については十分議論されていなかった」と振り返り、迅速な検査体制構築への必要性を強調しましたが、遅きに逸した感はあります。何せ、最初の国内感染事例からもう半年も経過しようとしています。

そして、ずうっと問題にされてきた疫学情報データの共有という点については、尾見会長は「自治体や保健所に複雑な問題があり、改善されていない」と述べましたが、今さらながらこの状況には呆れるばかりです。

分科会の専門家の提言では、場所や人に応じて感染リスクを3つのカテゴリーに分け、それぞれに応じた適切な検査体制を構築する必要があるとしています。

第1のカテゴリーは症状のある人です。これらの人については、唾液を用いたPCR検査や抗原検査も実施できるようになり、検査を受けやすい環境になっています。尾見会長も医療関係者の負担リスクや感染リスクも軽減され、改善傾向であると述べています。

第2のカテゴリーは、無症状で感染リスクの高い人(場所)です。一度でも感染事例がある病院、高齢者施設、いわゆる"夜の街"のクラスター"関連に当たる人や場所で、濃厚接触者はもちろん該当します。手術前の患者や高齢者施設に入所する人なども、こうした対応を検討すべきとされています。今回、とくに焦点が当てられたのが「無症状者への検査の実施のあり方」であり、このカテゴリーについては徹底的に検査を行なうと提言されていることに、前進の跡がうかがわれます。

そして第3のカテゴリーですが、無症状で感染リスクの低い人(場所)です。これは安心のために検査を受けたい人で、特定のビジネス、スポーツ、映画関係者が該当します。これについては、どのような検査方針でいくのか決定する時期にきているとしています。

第1、2のカテゴリーは、いち早く感染者を隔離するという方針に立っていますが、第3のカテゴリーはこれまでにない概念です。しかし、プロ野球やプロサッカー関係者で独自に先行している実績があります。

感染症対策と社会経済活動の両立を成し遂げるためには、いかに感染者を隔離して感染者数の数字を下げ、非感染者の活動に安心感を与えるかということに尽きるわけです。その意味では、医療専門家だけではなく、社会政策の観点から検査を考えられる経済などの専門家が分科会に入ったことは、それが機能する限りはよかったと思います。

3. 分科会医療専門家への懸念

しかし、一方で分科会への懸念もやっぱりあります。それは、第3のカテゴリーの人への検査の議論で出てきた医療専門家の意見に対して感じました。このカテゴリーには、濃厚接触者ではなく、単に「安心のために検査を受け、地域のなかで社会・経済・文化活動等を行いたい人」が入ります。

このカテゴリーに対する検査についても「一定のコンセンサスを構築する時期にきたのではないか」と指摘されているのはいいですが、その中で偽陰性偽陽性のリスクが持ち出されていたことには驚きました。

つまり、医療専門家から「偽陽性と判定されれば、感染していないにもかかわらず本来必要のない自宅待機やホテル療養などの措置を取られる可能性がある」、「偽陰性であれば知らずに感染を広げてしまうリスクがある」と、従来の検査拡充反対に使われた論理が依然として展開されていたことです。

私は、似たようなことを、厚労省医系のトップ(医務技監)である鈴木康裕氏が「集中」のインタビュー [1] で述べていたことを思い出しました。すなわち、「検査数は多ければ多い方がよいか?」という問いに対して、彼は「そうではない」と応えています。そして、感度や特異度を持ち出しながら「陽性者の半分が疑陽性(偽陽性)だとしたら、医療機関の病床を本当に必要でない人が埋めてしまう事になる」と、PCR検査の拡大方針を牽制するような主張をしています。

私はまだこんなことを言っているのかと半ばあきれると同時に、「やはり厚生労働省とこのような一部の医療専門家の人たちの言説が、検査拡充方針の障害になっているのだ」とつくづく感じました。新聞もテレビも、分科会によるこの偽陰性偽陽性の指摘を真に受けて、そのまま課題として垂れ流ししている有り様です。

今朝のテレビのワイドショーでも、この偽陰性偽陽性の問題を取り上げていました。念のため言っておきますが、ここで挙げられている感度や特異度は臨床検査の診断特性であり、分析法の感度や特異度とは異なります(→PCR検査をめぐる混乱PCR検査の精度と意義)。つまり、100人の新型コロナ感染者をPCR検査した時に、30人を陰性と判定してしまうとそれは偽陰性となり、70%の感度となります。一方、100人の非感染者を検査した時に、1人を陽性と判定してしまうとそれは偽陽性となり、特異度99%となります(図1左)。

番組ではPCR検査を特異度を99%とすると、1万人を検査した時に100人の感染者を見つけ出したとしても、ほぼそれに相当する99人の偽陽性者が出る危険性があると伝えていました(図1右)。

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図1. 分科会で指摘された感染リスクが低い人への検査で生じる特異度(偽陽性)の問題(2020.07.7 TV朝日「モーニングショー」で図示されたものをリトレース).

図1の仮定のどこがおかしいか、実際の感染者の状況に当てはめてみれば、すぐにわかります。非現実的な空論なのです。

今日現在、厚生労働省の集計データによれば累積PCR検査人数は422,820人です(図2)。そして、今日までの陽性確定者は約20,209人です。これらの人数に図1の考え方を当てはめてみましょう。

特異度99%とするなら、日本でこれまで、(422,820−20209)×0.01=4,026人の偽陽性が出ていることになります。びっくりするような数字ですが、確定陽性者約2万人に対して約4千人もの偽陽性者が出たとするなら、それこそ大変な問題です。

では実際に、これらの数の偽陽性者が病床を埋めて問題になっているでしょうか。そのような報道がなされているでしょうか、それとも政府や専門家会議は大量の偽陽性者が出ていると認識しているでしょうか。答えは否です。そのような事実は一切ありませんし、あり得ない話です。

なぜこのようにおかしな話になるかと言うと、図1の推定が医学の教科書にあるベイズの定理(Bayes' theorem)をそのまま当てはめた確率論だからです。この推定法では一定の偽陽性率(特異度)を前提としていますので、罹患率が低い集団ほど真の陽性に対する偽陽性の割合が高くなり、陽性的中率が低くなるという性質があります。

この推定法は、非特異的反応等による偽陽性を発生すやすい検査の場合は適用できますが、PCRのような非特異的反応が起こりにくい高精度の検査には当てはめることができません。つまり、高精度のPCR検査に感度や特異度を固有値を仮定して、教科書そのままのベイズ推定で偽陰性偽陽性の発生確率や陽性的中率を述べていることが誤りなのです。

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図2. PCR検査の新規実施人数(厚生労働省ホームページより転載).

4. 偽陽性の議論ーどこが間違いか

では、ベイス推定に基づく偽陽性の確率論が誤りにかかわらず、なぜこのような議論がされてしまうのでしょうか。それには二つの理由があると思います。

一つは、新型コロナウイルスSARS-CoV-2の確定診断法として使われている、PCR検査の感度特異度についての誤解に由来するものです。今のところ、新型コロナ検査用にPCRより優れた技法がないので、PCRが唯一と言っていいくらい確定診断法として使われています。つまり、比べられる優れた相手がないので、早い話がPCR検査について感度も特異度も固有値として決められないのです。

この前提の上に立てば、図1にある感度70%や特異度99%のような固有値を用いて、仮定の話をすることがナンセンスであることがわかると思います。感度や特異度を論じる時は、あくまでも、PCRによる確定診断時の数(つまり感度100%、特異度100%)に比べて、事前、事後の検査で陽性数、陰性数がどうなったかという、その時々で変化する割合について議論することしかできないのです。

PCR検査で偽陽性が出る原因のほとんどは、非感染者の検体に感染者の検体が混入するという汚染事故(いわゆるコンタミ)がほとんどです。厳密に管理された工程で検査が行なわれれば事故が起こることはなく、1万人の非感染者を検査すれば確実に感染者ゼロと判定できます。したがって、集団の罹患率が低いほど(極端に言えば感染者がいない場合)偽陽性は起こりようがなくなります。このPCR偽陽性の発生メカニズムを理解していないままに、安易に教科書そのままにベイズ定理による確率論を展開しているのが、分科会も含めた感染症コミュニティの人たちです。

そもそも、いま新型コロナの仕事をしている検査技師のなかで、100人あるいは1,000人の検体のうち1つは間違えてしまうというような人は、日本はおろか世界のどこにもいないでしょう。そんな状況では、とても仕事になりません。特異度99%とすることが、いかに空論かつ失礼な話かということにもなります。

二つ目の理由として、PCR検査を医療・研究資源としか捉えられず、そこへの圧迫を避けたい、あるいは検査を広げることで生じるかもしれない市民とのトラブルを回避したいということから、敢えて感度(偽陰性)や特異度(偽陽性)の固有値を持ち出して、PCR検査の精度と言う問題にすり替えていることが挙げられます。

この背景には、感染症対策・研究のコミュニティの中で長年培われてきた常識があり、既得権益を守りたいという思考性があるでしょう。そして、初動方針の無謬性に拘る、そして組織防衛に走るという官僚の特質があるかもしれません。これらは、これまでずうっとこの国の感染症抑制対策を遅らせてきた元凶とも言える構造的体質です。

5. それでも偽陽性偽陰性

新型コロナのPCR検査がいかに高精度で偽陽性が起こりにくいかということは、その原理を考えたらわかります。PCRはDNAを増幅する技術ですが、目的のDNA領域(予めウイルスRNAをDNAに逆転写したもの)を増幅するのに、その両端にプライマーという短いDNAをくっつけてその挟まれた領域をDNA合成酵素で増やしていきます(→PCR検査をめぐる混乱ウイルスの変異とPCR検査)。

プライマーは鋳型となるDNA(SARS-CoV-2のRNAから逆転写したcDNA)にしかない塩基配列を認識して相補的に結合しますので、その2本のプライマーセットの設計がしっかりしていれば、確実にSARS-CoV-2だけを検出します。

そして、実際に使われているPCRでは、プライマー間の領域に別の短い蛍光標識のDNAをプローブ(いわゆるTaqManプローブ)として相補的に結合させ、両側のプライマーから合成が起こってそのブローブが分解される時に蛍光シグナルが出るような仕掛けがしてあります。これをリアルタイムにPCR装置で検出します(プローブRT-PCRと称します)。つまり、確実にプライマーの両側からDNA合成が起こっていることをプローブの分解(蛍光発出)で証明しているわけです。

さらに、標的となるDNA領域を2カ所あるいは3カ所選んで、それらが同時に検出されてはじめて新型コロナ陽性と判定できるようになっています。つまり、3本の特異的プライマー/プローブの組み合わせを最低でも2セット使うことで、限りなく新型コロナだけを検出できるようにしてあります。

このようにいま使われているPCR検査は、どの標的に何が結合するのか、設計上完全にリファインされた技法であり、この点が、非特異的な反応も起こりやすい抗原検査や簡易抗体検査と違うところです。

それでも非常に稀に偽陽性が出ることはあります。それは上述したように、ほとんどの場合、検体の汚染などの検査ミスで起こります。日本では愛知県で24人、神奈川県で38人の検査ミスによる偽陽性の事例がありました(→PCR検査の管理と体制改善)。これらの検査ミス事例は、検体を「陽性」として報告した後すぐに訂正されました。あとは埼玉県で書類上の取り違えで誤って陽性と判定した事例があります。

日本で公表されている偽陽性の事例については、私が知る限り、上記の2事例62人であり、約40万人の検査陰性者に対する特異度は99.98%です。特異度の固定値を仮定するにしても、この日本の実績を無視して、なぜ分科会の医療専門家の方々は特異度99%を用いるのか、ベイズ定理による確率論を持ち出すのか、意味がわかりません。

SARS-CoV-2の検出については、限りなく偽陽性ということは起こらないので、世界的に見渡しても、偽陽性を問題にした論文もまったくと言っていいほど見当たりません。ましてや、日本の医療専門家が言っているような「偽陽性と判定されれば、非感染者にもかかわらず必要のない自宅待機やホテル療養などの措置を取られる可能性がある」のような主旨の論文や記事は皆無です。

偽陽性に関して、唯一私が目にしたものが米国の研究チームによる論文で、手術前の入院患者に対してSARS-CoV-2をスクリーニングした時に、偽陽性が発生した事例を報告しています [2]。この論文では、偽陽性が発生する可能性を三つ挙げています。一つは検体の汚染、二つ目はSARS-CoV-2に酷似した未知のウイルスが存在した場合、そして三つ目がプローブのオフターゲット結合による非特異的分解です。

未知のウイルスがPCRで引っかかる可能性はまったくゼロではないですが、これは、検出されたアンプリコンの塩基配列を解読しない限りわかりません。ブローブの非特異的結合・分解もやはり考えにくいです。私は、環境や食品からのウイルスや微生物の検出にブローブRT-PCRを数えきれないくらい実施してきましたが、一度たりとも偽陽性の反応が出た経験はありません。

もう一つ、査読前のプレプリント論文に偽陽性を論じているものがありますが、これは従来のウイルスの検出における偽陽性の発生率からSARS-CoV-2における偽陽性の発生を推測したものであり、その原因としてやはり検体の汚染に注意すべきことを述べています [3]

一方、SARS-CoV-2のPCR検査で偽陰性が出ることは割とあります。この原因の多くは、感染の初期段階での検体採取によって、あるいは検体そのものの採り方が悪くて検出限界以下のウイルス量しか存在せず、陰性と判定されてしまうことが挙げられます。

偽陰性の大きな問題は、それを陰性と判断してしまうことで感染を見逃すことです。その結果、院内感染を起こしたりすることもあります。つまり、院内感染防止のためには、時として偽陰性を疑え(陰性とするな)ということです。多くの偽陰性関連の論文では、具体的な数字を挙げての前提そのものはおかしいのですが、症状から見て疑わしい場合は、検査で陰性でも感染を排除せず、再検査するまで総合的に判断するべきという主張になっています [4, 5]

ましてや、PCR検査には偽陰性の問題があるから「検査は無意味」とか「検査を広げるのは問題」という主張の論文は皆無です。上記の偽陰性の論文を取り上げて、ツイッター上などで「検査無意味の論文が出た」などとコメントしている人たちがいることには閉口します。

上記の分科会会合で出た「偽陰性であれば知らずに感染を広げてしまうリスクがある」という言説を唱える人たちは、その論理破綻に気づいていないようです。ここで、100歩譲って感度70%のPCR検査を仮定しましょう。そうすると、100人の感染者を検査した時に70人は感染を検出して隔離できますが、30人は見逃すことになります。一方、まるっきり検査しなかったらどうなるでしょう。100人の感染者を全員見逃し、圧倒的に感染を広げてしまうことになるのです。どうすべきかは明らかです。

6. もう一つの懸念

安倍政権はコロナ禍の中経済活動促進へ舵を切っています。その最たるものの一つがGo Toキャンペーン事業です。そして政府専門家会議を廃止して分科会へと移行させたことは、政権の意向に沿うように組み替えしたともとれます。

そこで懸念されることは、政権の経済活動方針にそのままお墨付きを与える専門家組織として分科会が利用されることです。つまり、官邸や官僚が打ち出した結論を、そのまま了承する単なる御用会議に陥ってしまう懸念があるということです。分科会は独自性を出せるかどうか、その存在意義を問われていると思いますし、それがうまく機能すれば有効なコロナ対策が出てくると期待されます。

おわりに

分科会への、感染拡大防止策と社会経済活動の両立を持続させる方策の提言というミッションには、名目上は期待するものがあります。一方で、防疫対策と経済対策は本来分離・独立して進められるべき危機管理の原則があります。日本政府は敢えてこの原則に則らない方針を立てたわけです。その意味で、感染症専門家によるアドバイザリーボードの提言がより重要になってくるでしょう。

尾身分科会長は「経済との両立が求められており、感染リスクをどこまで許容できて、どこまで防ぎたいのか、国民的なコンセンサスが必要」との考えを述べましたが、まずは分科会には、防疫対策としての検査拡充へのより明確な方策を出してもらいたいと思います。

一方で、懸念されることは、いまだに医療専門家が専門用語を持ち出して主張することによって、検査拡大の方針の議論が歪められる可能性があることです。また、医療に関する指標(入院患者数、重症患者数、空き病床数など)は、感染症拡大抑制策とは直接関係なく、議論がすり替えられる懸念もあります。現在の防疫上の大きな課題は、感染症の治療に向けての医療態勢を考えることよりも、いかにして市中の感染拡大を抑え、安全安心の社会を保証するかということです。

医療専門家以外の方々が分科会に参画したことは、一応歓迎できるものです。とはいえ、経済の専門家が、感染拡大抑制が最大の経済対策であるということを再認識できるかということ、かつ彼らが医療専門家らの煙に撒く話に惑わされないことが重要になってきます。感染抑制対策も不十分なままに、政府による前のめりの経済活動の意図に利用されることもないように願いたいものです。人間の都合だけで、感染の広がりは抑えられるものではありません。

引用文献・記事

[1] 集中・MediCon:「新型コロナ対策」として 厚生労働省が行ってきた事. 2020.06.01. https://www.medical-confidential.com/2020/06/01/post-10798/

[2] Katz, A. P. et al.: False‐positive reverse transcriptase polymerase chain reaction screening for SARSCoV‐2 in the setting of urgent head and neck surgery and otolaryngologic emergencies during the pandemic: Clinical implications. Head & Neck First published 12 June 2020. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/hed.26317

[3] Cohen, A. N. and Kessel, B.: False positives in reverse transcription PCR testing for SARS-CoV-2. medRxiv Posted May 20, 2020. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.04.26.20080911v2

[4] Kucirka, L. M.: Variation in false-negative rate of reverse transcriptase polymerase chain reaction–based SARS-CoV-2 tests by time since exposure. Anal. Int. Med. 13 May 2020. https://www.acpjournals.org/doi/pdf/10.7326/M20-1495

[5] Woloshin, S. et al.: False negative tests for SARS-CoV-2 infection — Challenges and implications. N. Engl. J. Med. June 05, 2020. https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp2015897

拙著引用ブログ記事

2020年7月3日 第1波流行の再燃

2020年6月11日 ウイルスの変異とPCR検査

2020年6月1日 PCR検査の精度と意義

2020年5月2日 PCR検査の管理と体制改善

2020年3月24日 PCR検査をめぐる混乱

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題