Dr. Tairaのブログ

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PCR検査拡充非合理論の根っこにあるもの

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2020.07.26: 08:25am 更新

昨日(7月24日)、「PCR検査陽性は感染者を直接あらわすものではない」という言述を二度見聴きしました。もちろん新型コロナウイルス感染症COVID-19に関するものです。

一つは、テレビの情報バラエティー番組「ゴゴスマ」での愛知医科大学病院の後藤礼司医師の発言です。彼は、これまで私が見聴きした範囲だけでも「新型コロナは風邪プラス肺炎が起きる程度」、「インフルより感染性は低いので若者はマスクしなくて良い」、「コロナは4月に収束する」、「無症状者にPCR検査は必要ない」、「PCR検査を無症状の人にどんどん行うと偽陰性が増える」などと散々言ってきた人です。

COVID-19のように、新型感染症では当初何もわからない状況なので、(どのような危機の場合もそうですが)最悪を想定して最大限の対策をとるのが原則です。にもかかわらず、ほとんど情報がない中で、しかも「感染症の専門家」というふれこみで、よくここまで思い込みで言えるものだなと常々呆れて観ていましたが、久しぶりに彼のコメントを聴いて何も変わっていないと感じました。

番組では、MCの石井亮次アナウンサーが少々懐疑的にツッコミをいれていましたが、後藤医師はいつもの調子で自論を展開し、「何も対策をやってこなかった結果が現在」といささか無責任、トンチンカンな発言をしたかと思えば、最後には「批判するだけではなく、人が人を思いやる優しさ」など精神論へと展開する、およそ「専門家」とは思われないような述べ方でした。

もう一つはツイッター上での発言で、元厚生労働省医系技官である木村盛世医師によるものです。具体的には、「PCR検査陽性は、検査陽性者であり、感染者や有症状者を直接あらわすものではない」とツイートしています(図1上)。5月当初には、「新型インフルエンザより致死率が低くなるであろうと想定される感染症に対して、社会経済活動を止める合理的な理由が見つからない」と、これまた無責任な発言をしています(図1下)。

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図1. 木村盛世医師によるCOVID-19およびPCR検査に関するツイート.

PCR検査陽性は感染者を直接あらわすものではない」という言述は、細かいところでは間違いではありませんが、正しくもありません。曲解とミスリードに満ちています。PCR検査陽性者のほとんどすべては感染者です。昨日時点で世界で約1,550万人、国内事例で29,022人の陽性者が出ていますが、このような確定診断を否定する発言であり、またすべての臨床検査の診断に当てはまります。

医師の肩書きを表に出す人がテレビやツイッター上でこんなことを発言し、一般人を煙に巻くことをしてはいけません。百歩譲って、仮に発言するなら、世界の1,550万人、国内の29,000人の陽性者の中で、あるいはその他大勢の陰性者の中で、つまりこれまでPCR検査を受けた人の中で、「PCR検査陽性者であって感染者ではない」に該当する人が何人いるのか、そういう報告があるのか、根拠と数字を挙げて具体的に述べるべきでしょう。

木村氏の「有症状者を直接あらわすものではない」もまったく無意味な話です。PCR検査陽性者の中に有症状者と無症状者がいることは、素人であったとしても今や誰もが知っている事実です。

いずれにせよ、このような発言の裏側には、コロナ禍の今の日本を根強く支配する検査拡充不要論があるわけです。このような検査抑制の風潮は、世界のどこを見渡してもなく、日本独自のものです。新型コロナウイルスに対する検査抑制を主旨とする論文も見つけられません。

私は先のブログ「再燃に備えて今こそとるべき感染症対策」、「新型コロナ分科会への期待と懸念」ですでに指摘していますが、厚生労働省の医系技官、周辺の医療専門家や学会がコアとなって、感染症コミュニティが形成され、この集団の独自の考え方と姿勢が検査拡充を拒んでいる最大の要因であると推察してきました。

この集団が盛んに挙げるのが、感度(偽陰性)や特異度(偽陽性)という診断特性をベースにしたPCR検査の精度のでっち上げです。PCRの精度と感度や特異度については先のブログ(PCR検査をめぐる混乱PCR検査の精度と意義PCR検査の精度と意義ー補足新型コロナ分科会への期待と懸念)で述べていますので参照いただければと思います。検査のでっち上げまでして検査拡充の非合理性を掲げる理由は何か、少なくとも以下の7つが考えられます。

(1) PCR(とくにSARS-CoV-2検出用の多領域標的プローブRT-PCR)の原理や精度、確定診断もまったく理解していない(プローブRT-PCRを自身で実施したこともない)ことに由来する単なる誤謬

(2) 前回のインフルパンデミック以降、検査拡充の総括提言に対して検査拡充を怠ってきたことを逸らすための理屈付け

(3) クラスター対策と現行の積極的疫学調査を維持・正当化するための検査資源の調整と研究情報の独占

(4) 医療行為としてしか考えられない検査の位置づけ(防疫対策と社会政策としての検査の概念の欠落)と検査資源の出し惜しみ

(5) 偽陽性患者の隔離・入院という人権侵害および医療圧迫の回避という組織防衛

(6) 行政検査(国研・地衛研)が民間検査よりも優れているという特権・差別意識

(7) 世界の感染症対策・研究の流れに乗れない日本の感染症コミュニティの科学レベルの低さ

このように、上に挙げたいずれの可能性もありますし、複数の要因が絡んでいる場合もあります。上記の(2)–(4)については、とくに先のブログ記事「あらためて日本のPCR検査方針への疑問」で述べています。もっと言えば、予算獲得等の既得権益を優先する"感染症ムラ"とも言ってもいい集団が形成されているのかもしれません。なおこの集団に踊らされている一部の医療専門家、医師会、メディアには、そもそも検査拡充抑制に対する確固たる根拠があるはずもありません。

7月23日放送のテレビ朝日「モーニングショー」では、玉川徹氏による政府新型コロナ対策分科会メンバーである小林慶一郎氏へのインタビュー取材がありました。なぜPCR検査拡充が進まないのかということについて、分科会の中に入る小林氏が感じる医療専門家の印象から、答えてもらったというものです。要約すると小林氏は以下のように述べていました。

                    

大規模な検査をすると、一定の偽陽性が発生しまった場合に、隔離をしなければいけなくなる。そのような、人権侵害を起こすことにきわめて慎重になっている。

ある種、感染症対策のコミュニティというのがある。官僚と言っても医系技官という医師の資格を持った官僚の方々であるが、感染症の専門家といわれる、そのような人たちは感染症対策をずっと長年やってきた長い歴史があって、一つの感染症対策のコミュニティをつくっている。

そこでの相場観というか、職業倫理のようなところとして、数字とかによって補強されているわけであるが、根っこにはあるのは「人権侵害をやった」というふうに言われたくないという意識がある。感染の隔離にまつわって人権を制約したというふうに、検査の数を増やせる努力をしようというところまで、あまり至らないのではないか。

                    

つまり、小林氏によれば、厚労省医系技官を中心とする感染症コミュニティの検査に伴う人権侵害批判を過度に嫌う姿勢という、組織防衛に帰因するというものです。

玉川氏は厚生労働省の担当者に上記に関して「偽陽性で隔離ということが人権侵害上問題になるとのコンセンサスあり、検査拡充が進まないのか」という質問を投げかけています。これに対して、厚労省は当然否定する回答を示しています。しかし同時に「国民全員にPCRすると一定の割合で偽陽性が出るだろう。その場合、陽性という判断で入院になり医療資源をひっ迫させてしなうことは考慮しないといけない」と回答しています。これは厚労省の中に、人権侵害回避とともに、医療ひっ迫を恐れるがための、根深い検査抑制の考え方があるとも言えます。

このような厚労省の姿勢は、政府分科会が示す検査の方針に投影されています(→新型コロナ分科会への期待と懸念)。すなわち、日本の検査(行政検査)は、1) 発熱等の有症状者、2) 濃厚接触者、3) 感染リスクが高い無症状者の三つに限定されています。感染リスクの低い無症状者の検査や社会政策としての検査は念頭にありません。

今の行政検査の方針は、すでにいくつかの感染事例で問題となって現れています。千葉県松戸市特別養護老人ホームで発生したクラスター事例はこの典型例です。

この施設では6月29日に30代職員1人の感染が判明しました。続いて7月1日から10日にかけて30代職員2人と80-90代入所者2人の陽性が判明し、合計5人の陽性者が出ました。ところがこの間、施設側が入所者・職員160人の全員検査を依頼したにもかかわらず、行政検査の対象となったのは陽性職員などの濃厚接触者約40人だけでした。施設側は自費で残り全員の検査を行なった結果、幸いにも、全員陰性でした。

日本独自の検査抑制論および政府によるGoToトラベルに伴う社会経済活動の促進を見るにつけ、戦前の日本軍部の姿勢とダブってきます。

太平洋戦争の開戦に当たっては、エリートの精鋭を集めたシンクタンク総力戦研究所」が組織され、その見通しが研究されていました [2]。その研究結果が示すことは、開戦しても初戦や奇襲作戦は成功する可能性があるが、結局負けるというものでした。それにもかかわらず、当時の軍部はこれを聞き入れず、何とかなるという観念的精神論で戦争に突入し、日本を壊滅的敗北に導きました。そしていざ形勢不利となると、満州関東軍ソ連の侵攻の際、日本国民を現地に置き去りにしたまま退却するという恥ずべきことを行ないました。組織防衛を優先したわけです。

根拠に基づく合理的判断ができず政策の見切り発車をするところや、本来の目的から離れて組織防衛に走るという本末転倒の姿勢は、今の安倍政権や厚労省に繋がることではないでしょうか。つまり、政府専門家会議の科学的提言に耳を傾けようとせず、代わりにそれを自らの考えのお墨付き組織としての分科会に改組し、経済活動の再開に突っ走った政権の姿勢が挙げられます。

さらに今の日本の不幸は、既得権益と自己防衛への拘泥に染まった厚労省医系官僚を中心とする感染症コミュニティの思想が政府分科会に影を落とし、分科会自身が真っ当な科学的提言さえできない状況にあることです。

今日の新聞記事は、「PCRの戦略的拡大いまこそ 感染伝播の抑制に大きな力」という記事のサブタイトルとともに、沖縄臨床研修センター長である徳田安春氏の言述を紹介していました。「PCR検査の感度と特異度の議論はもう終わりにしましょう。今こそ、検査数を世界の国々なみに拡充させることが、経済と感染抑制の両方を達成するために必要なのです」。

引用文献・記事

[1] 朝日新聞DIGITAL: 千葉県で新たに13人感染 松戸の特養でクラスター発生. 2020.07.11. https://digital.asahi.com/articles/ASN7C739GN7CUDCB003.html

[2] 中公文庫編集部: 日本は必ず敗戦する…エリート集団「総力戦研究所」の予言が生かされなかった理由. 婦人公論.jp. 2020.07.24. https://fujinkoron.jp/articles/-/2321

[3] しんぶん赤旗: 新型コロナ 感染急拡大の現状と対策. 2020.07.25. https://rplroseus.hatenablog.com/entry/2020/06/01/173312. 2020;07/25. http://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2020-07-25/2020072503_01_0.html

引用した拙著ブログ記事

2020年7月7日 新型コロナ分科会への期待と懸念

2020年6月8日 PCR検査の精度と意義ー補足

2020年6月1日 PCR検査の精度と意義

2020年6月1日 再燃に備えて今こそとるべき感染症対策

2020年4月6日 あらためて日本のPCR検査方針への疑問

2020年3月24日 PCR検査をめぐる混乱

          

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題