Dr. Tairaのブログ

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ついに検査抑制方針を改善できないまま感染五輪を迎える

はじめに

パンデミック宣言以来、日本はクラスター対策とともにPCR検査抑制を貫いてきたことは公然の事実です。検査を限定するために、当初は「37.5℃で4日間」などの検査の目安さえ設けていました。クラスターに集中して患者確定にPCR検査を集中適用するという方針は、主に無症状のスーパースプレッダーがSARS-CoV-2感染を広げる(→感染者の2%がウイルス伝播の90%に関わるということから考えると、感染拡大を抑えるという面からは完全に的外れなことをやっていたわけです。

しかし、この方針は現在まで基本的に変わっていません。そして、現在、首都圏を中心にして第5波流行の入り口に立っています。政府も分科会専門家もマスコミも、第5波、ワクチン、五輪のことは話題にしても、感染拡大抑制に向けての検査戦略についてはほとんど口にしなくなりました。検査抑制のまま東京五輪と第5波の流行を迎えることになろうしています。

1. 検査陽性率にみる検査抑制

感染者数に検査が追いついているかどうかをみるために、最もよい指標となるのは検査陽性率です。そこで、東アジア・西太平洋の諸国・地域のなかで比較的感染を抑えているシンガポール、ヴェトナム、オーストラリア、ニュージーランド、それにお隣の韓国を加えて、1年間における検査陽性率を日本と比べてみました。

図2から明らかなように、比較した国・地域のなかでは、日本は常に最も高い陽性率で推移しているのがわかります。しかも日本は圧倒的に高い陽性率であり、5%を前後を蛇行しながら、ときには10%を超えることもありました。他の国・地域では5%を超えたことはなく、おおむね3%以内に抑えられています。

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図2. 日本およびその他の東アジア・西太平洋諸国における直近1年間の検査陽性率の推移(Our World in Dataからの転載図に筆者加筆).

図1から学べることは、感染拡大の予兆を感知し、抑制のための手を打つ指標として、検査陽性率をできる限り下げることが重要であり、たとえば、陽性率3%程度が目安になるかもしれないということです。このブログでも検査陽性率3%を指標にすることは何度も言ってきました(→政府分科会が示した感染症対策の指標と目安への疑問遅すぎたそして的外れの"感染再拡大防止の新指標"の提言)。

しかし、政府分科会が感染状況のステージIII/IVの目安としてきたことと言えば、何と陽性率10%です。この10%を今年の4月まで続けていました。これでは、感染拡大の傾向に対して何か手を打ったとしても手遅れになるのは明白です。今年の4月以降この目安は変更されましたが、それでもステージIIIが5%、ステージIVが10%であり、依然としてユルユルです。

ここで図3に、感染被害が顕著な米国および英国の検査陽性率の推移を日本と比較して示します。ここから明らかなように、日本の陽性率の値と変動パターンは米国に類似していることがわかります。一方、英国はむしろ日本よりも低い陽性率で推移しています。つまり、日本の検査陽性率は世界で最多の感染者数を出している米国並みであるということです。

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図2. 日本、米国、および英国における直近1年間の検査陽性率の推移(Our World in Dataからの転載図に筆者加筆).

日本における検査陽性率の意味をよりわかりやすくするために、日本と各国・地域の人口当たりの陽性者数、死者数、および検査数と陽性率の具体的数字を比較して、表1に示します。

表1. 日本と主な国・地域(図1、2掲載)における人口当たりの陽性者数、死者数、検査数と陽性率の比較(wordometerに基づいて作成)

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表1からわかるように、米国は人口比で日本の16倍の感染者数を出しているので、自ずから検査数はそれだけ増えるわけですが、陽性率も6.8%と検査が追いついていないという状況です。とはいえ、100万人当たりの検査数は約152万件になっていますので、数字上は全国民を検査したことになり、人口比で日本の10倍以上は検査していることになります。

英国は、人口比で日本の11倍の感染者数を出しながら、100万人当たりの検査数は約313万件であり、人口の約3倍の検査数を達成しています。その結果陽性率は2.3%と低くなっています。感染対策として努力している証だと言えます。

結局日本は、検査陽性率では感染抑制に比較的成功している東アジア・西太平洋諸国の足下にも及ばず、最悪の感染大国である米国の1/16の感染者数でありながら、米国をちょっと下回る陽性率でしか検査をしていないということになります。そして、東アジア・西太平洋諸国・地域と比べると、高齢者が多いことも一因と思われますが、人口比の死者数(百万人当たり117人)が多いことが目立ちます。

もちろん日本においては、1年前よりは確実に検査は増えていますが、当初の検査抑制方針が今日に至るまでずうっと尾を引き、検査不足状態であることがわかります。それが、ステージIII/IVにおけるユルユルの検査陽性率の指標に現れておりであり、この指標のために感染が拡大してからやっと腰を上げるということになり、その後手後手の対応が重症者を増やし、そして死者数を増やしてきたということになるでしょう。

感染拡大を抑制するという面からは、陽性率はステージIIIで3%ステージIVで5%程度に設定するのが、より合理的だと言えます。

2. 首都圏の現況

検査抑制という消極的戦略が後を引いているのは、東京都の検査数にもそれが現れています。 図3に、直近2ヶ月近くの検査数と検査陽性率(1週間移動平均)の推移を示します。一見して東京都の検査数は下がり続けていることがわかり、5月上旬と比べると現在は67%の検査数しかありません。陽性率も5%前後を推移し、6月13日の3.9%と最低記録したのを最後に上昇転じ、最近は5%を超えています。

第5波に向かっているというのにどうしたことでしょう。東京五輪開催を前に、陽性者数を少なく見せようという意図でもあるのでしょうか? 

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図3. 東京都における最近の検査人数と検査陽性率の推移(東京都新型コロナウイルス感染症対策サイトより転載).

NHKのニュースは、首都圏や関西の府県において、1週間平均の感染者数が前週比で1倍を超えることを報道していました(図4)。このまま検査不足を改善できないまま、デルタ型変異ウイルスの台頭による第5波流行と感染五輪に突っ込むことになります。

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図4. 第5波に入ったことを示す感染者数の週間増加比(2021.07.02. NHK 7NEWSより).

おわりに

結局、日本は当初の検査抑制方針が尾を引き、これまで検査が足りないという問題を克服できませんでした。ステージIII/IVの感染経路不明率の50%という指標にも見られるように、きちんと追跡するという姿勢も見られません。濃厚接触の範囲も狭められたままです。ワクチンもここにきて、自治体の要望に対して供給が足りないという問題が出てきました。

7月11日に期限が切れるまん延防止措置緊急事態宣言再発出についてもどのような判断をするのか、基準が定かではありません。五輪の観客をどうするかという判断も未確定です。もう何もかもが不十分、中途半端のままです。

今、ウイルスとの戦いに敗色濃厚でありながら、なお感染五輪に向かって突き進もうとしています。太平洋戦争中の旧日本軍部のやり方の再現を見るような思いです。

引用した拙著ブログ記事

2021年5月25日 感染者の2%がウイルス伝播の90%に関わる

2021年4月15日 遅すぎたそして的外れの"感染再拡大防止の新指標"の提言

2020年8月8日 政府分科会が示した感染症対策の指標と目安への疑問

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19