Dr. Tairaのブログ

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統計崩壊で起こった第6波流行ピークのバイアス

2022.02.25.11:45更新

はじめに

COVID-19患者やSARS-CoV-2感染者は、一般にPCR検査の陽性反応をもって確定されます。加えて、しばしば抗原検査でも判定されています。そして日々の新規陽性者数が公表されることで、私たちはおおまかな流行状態を知ることができます。検査には、そのほかのさまざまな目的があることは、前のブログ記事(→国が主導する検査抑制策)でも紹介したとおりです。

感染流行をより正確に把握するには、検査日や確定日に左右されない陽性者の聞き取り発症日に基づくエピカーブを描くことが必要です。このエピカーブを見て、流行がピークに至ったとか、過ぎたとかを判断しているわけです。しかし、発症日によるエピカーブの欠点は、多数の無症状感染者や軽症者を生じるこの感染症ではそれらが除外されることで、どうしてもデータにバイアスを生じることです。流行パターンの把握や制御は感染対策や様々な介入を判断する上できわめて重要ですが、正確性に欠けると対策を誤ることにもなりかねません。

その意味では、下水のウイルス量に基づくエピカーブが最も正確だと思います。下水検査は言わば都市住民のプール検査のようなもので、症状に関わらずウイルスの蔓延状況を把握することができますし、変異ウイルスの動向も知ることができます(→下水のウイルス監視システム下水検査の現状)。主要都市の下水処理場でウイルス監視を行なえばよいと考えますが、残念ながら、日本では一部流行予測に使われている以外は実用化の段階に至っていません。

不幸にして、日本では、当初から検査の限定使用方針があり [1](→あらためて日本のPCR検査方針への疑問、発症者を中心に検査されていますので、軽症者や発症前無症状者、無症候性感染者が除外されがちになります。日本では、古典的医学ドグマに拘泥した医療としての患者確定の検査という意識が強く、パンデミック下の防疫と流行把握という目的の検査の概念が希薄なのです。

このブログ記事では、防疫と流行把握の目的の検査がお粗末であることから生じた、第6波における流行ピークのバイアスの可能性について検証してみたいと思います。

1. 陽性率の意味と新規陽性者数との関係

感染流行が一応制御・把握されていると判断できる指標が検査の陽性率です。世界保健機構WHOは、一応陽性率5%を流行が制御できている目安としましたが、科学的根拠があるわけではありません。とはいえ、5%の陽性率は、すべての感染者を検出できているとするにはもちろん無理がありますが、流行パターンを把握する場合の一応の目安になります。

ところが、上述したように、日本は当初から検査抑制の方針が立てられたことがずうっと尾を引いていて、検査体制の充実ということがなかなか達成されず、第5波以降での検査陽性率(7日間移動平均)はピーク時で20%を超え、第6波では40%超えとともに、ついに検査資源不足という状態に陥りました。その結果、世界でも例がない、いわゆる「みなし陽性」策がとられ、今年1月終わりにはついに「検査を増やすな」という国からの号令もかかるまでに至りました(→国が主導する検査抑制策)。

こうなると、それでなくとも検査が追いついていない状況で、さらに流行ピークを捉えられなくなっている危険性があります。つまり、感染拡大の中で検査数を抑えると、見かけの流行ピークが早く現れ、正しい流行パターンが得られない危険性があるのです。

一般的には、感染者数に対して十分で一定の検査数が実施されれば(たとえば常に陽性率5%以内に抑える十分な検査数)、陽性率と新規陽性者数のピークはほぼ一致します。しかし、感染者が急増すると検査が次第に追いつかなくなり、5%以内に抑えられなくなります。その分検査を増やしていかなければなりませんが、通常ウイルスの伝播スピードにトレーシングは追いつけないので陽性率は上昇していきます。そして、実際の感染者数のピークに近づくと陽性率が最大になります。

このとき、検査数の増加率と潜在的感染者数の増加率が同じであれば両者のピークは一致しますが、後者のスピードが遅くなると、前者のピークは少し早く出現します。一般的に、感染者数が増加している間は検査数を減らすことはないので、この関係(ピークがほぼ一致するか陽性率ピークがやや前にくる)は維持されると考えられます。

2. 第6波におけるバイアスの検証

実際の感染流行で陽性率と新規陽性者数の関係を見てみましょう。図1に、第3波以降の4回の感染流行の時期における新規陽性者数と検査陽性率(いずれも7日間移動平均)の曲線を、それぞれの期間と最大値にノーマライズして示します。第1波と第2波は、検査数が十分でないので、ここでは省略します。ちなみに、第3波、第4波、第5波、第6波の検査陽性率の最大値(7日間移動平均)と日付は、それぞれ11.8%(2020年1月10日)、9.2%(2021年5月4日)、20.7%(2021年8月26日)、そして49.1%(2022年2月16日)でした。

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図1. 第3〜6波流行における新規陽性者数と検査陽性率の推移パターン(データは7日間移動平均でピークの最大値でノーマライズ、縦軸は相対的陽性者数と陽性率、Our World in Dataからのデータをもとに筆者改変).

図1からわかるように、第3から第5波まで、陽性率のピーク(赤矢印)と新規陽性者数のピーク(青矢印)はほとんど一致するか、前者が後者の少し前に出ていること(第4波の場合)がわかります。第4波は関西と関東で流行ピークが1ヶ月ズレているので、その影響があるかもしれません。それらを考慮すれば、上記した両者の関係(ピークがほぼ一致する)が成立していると考えられます。

ところが第6波ではどうでしょうか。新規陽性者数のピーク(2月9日)から陽性率のピークが1週間後ろにズレる(2月16日)という異常なパターンになっています。これは普通(世界標準)の検査体勢では考えられないことです。この希有なパターンの解釈としては、「みなし陽性」を含めた上に全国的に検査を減らし続けたことで起こった現象と考えられます。

内閣府は1月27日付で、全国の都道府県に1月10日の週の2倍以内になるように検査を調整することを通達しました(→国が主導する検査抑制策)。こう書くとそれほど問題はない(検査は減らない)ような印象ですが、実は1月10日の週の検査数の2倍に当たる検査数が1月27日前後の時点ですでに到達していたので、何のことはない、「これ以上検査を増やすな」という意味の別の表現での通達だったのです。

2月9日に見られる新規陽性者数のピークは、検査を減らし続けたことによる影響を受けており、早くそこに達した可能性があります。検査を減らしていなければもっとピークは高くなり、そして後ろ(2月16日付近)にズレていたでしょう。今、大都市圏ではトロトロと新規陽性者数が減少していますが、検査数を抑制していなければ新規陽性者数はもっと上にあり、減少の勾配も大きくなっていたことでしょう。

3. 海外の状況

それでは海外ではどうでしょうか。例として、英国と米国を挙げてみましょう(図2)。両国ともオミクロン流行は減衰していますが、どちらも陽性率のピーク(それぞれ11.1%、29.1%)が新規陽性者数のピークよりも若干早く出る一般的な傾向を示しています。

 

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図2. 英国および米国のオミクロン流行における新規陽性者数と検査陽性率の推移(データは7日間移動平均でピークの最大値でノーマライズ、縦軸は相対的陽性者数と陽性率、Our World in Dataからのデータをもとに筆者改変).

ドイツはいま日本と同様な流行状態にあり、陽性率も40%を超えていますが、やはり陽性率のピーク(2月6日)が、新規陽性者数のピーク(2月9日)よりも若干早く出ています。

そのほか、私が調べた範囲では、オミクロン流行においてどの国においても検査陽性率と新規陽性者数のピークはほぼ一致しているか、あるいは若干陽性率のピークが早く出る傾向にあり、上述した一般則に適合しています。

3. 第6波における統計崩壊

厚生労働省は約39万件/日のPCR検査能力があると言ってきましたが、第6波での最大PCR検査数は約24万件/日であり、そこからすでに50%までに減少しています。図1図2から分かるように、通常、陽性率は新規陽性者数のピークを過ぎると急速に低下していきます。しかし、意図的な検査数減少の影響を受けた第6波では急速には下がっていかないでしょう。そしてこれが統計崩壊の証明でもあります。

ここで問題になるのが、第6波における発症日によるエピカーブです。普通、検査日や検査数には影響は受けにくいのですが、検査を減らし続けて異常なくらいに陽性率が上がったとすると、無症状感染者の追跡はともかくとして、有症状者自体も相当数検査から外れていることが推察されます。神奈川県のように、陽性率が飽和してしまい、報告も遅れ、公表をやめたところもあるくらいです。そうすると、陽性者数の統計自体がもはや壊れており、より正確なエピカーブを描けなくなっていると考えられます。

このような統計崩壊の上で描かれたエピカーブ [2, 3] は信頼性に欠けるということになりますが、これに基づいてアドバイザリーボードは真面目な議論をしているのでしょうか。脇田隆字座長は、2月上旬に流行のピークが過ぎたと述べましたが、検査数の減少による言及はありませんでした [4]。実際の流行ピークはもっと後ろでしょう。

尾見茂分科会会長は流行カーブが富士山型になると国会で述べましたが、どのような根拠で言ったのか今ひとつよくわかりません(→ピークアウト後は富士山型?)。検査数を減らしている現状では富士山型になりようがありません。

このバイアスがかかった新規陽性者数の流行ピークは、富士山型というより、右側の肩が落ちた山形(ピークがつぶれ右肩がなだらかに落ちていく山形)になるでしょう。すなわち、2月初旬の見かけのピークのあと、緩やかに減少し続けるパターンになります。

これには、検査不足に加えて、同時にBA.2感染者数の増加がバックグランドにある(BA.1の減少が部分的にBA.2の増加で相殺されている)ことも想定する必要があります(→ステルスオミクロン)。そしてBA.2増加がBA.1減少を上回り始めたところで再拡大する(おそらく3月下旬)と予測されます。つまり、見かけの「第7波」が来ます。BA.1では空港検疫での陽性者数は増加して1ヶ月後にピークになりました。いま検疫での陽性者はすでに増加に転じています。これが3月下旬と予測する根拠です。

おわりに

オミクロン変異体は世代時間が2日、潜伏期が3日と言われており、非常に伝播力が高いウイルスです。したがって、特に大都市圏では濃厚接触者の隔離・検査がとても間に合わず、三次伝播以降の拡大を防ぐことは実質困難と考えられます。しかも、多数の濃厚接触者の保留が社会機能不全を起こすという問題もあります。

対処方針の一つとして、濃厚接触者のしばりの緩和と同時に積極的疫学調査を縮小し、発症者の早期検査と隔離あるいは入院という検査に集中転換することは、実際考えられるところです。しかしながら、如何せんパンデミック当初からずうっと検査が抑制気味であって検査拡充を怠り、挙げ句には検査資源不足を起こしてしまい、多くの有症状者が検査までたどり着けない状況になっているという根本問題があります。発症者が検査できないということはあってはいけません。それが今回の異常な新規陽性者数と検査陽性率のピーク(統計崩壊)になって現れたと思います。疫学調査縮小以前の問題なのです。

厚生労働省や政府分科会、アドバイザリーボードの専門家を言動を見ていると、この根本問題に対する意識が希薄であるように思われます。何しろ、検査抑制論をつくった当事者たちなのですから。当初から医療に検査集中すべきという意識に傾き過ぎ、その結果、オミクロンの前では医療用の検査さえできなくなったという始末です。

ここまで書いたところで、スマホ画面から、ロシアのウクライナ侵攻が始まったことが流れてきました。海外のメディアは全面侵攻(full-scale invation)と言っています。一気に脱力感が出てきました。

2022.02.25.11:45更新

このブログ記事を書いた後に、2月24日のアドバイザリーボード会合の資料が公開されされました。このなかに、阿南英明氏ら11名の連名による「オミクロン株感染蔓延期における『濃厚接触者』に関する作戦転換」という資料 [4] があります。まさしく、このブログ記事の最後で書いたような濃厚接触者と疫学調査縮小に関することが述べられています。しかし、作戦転換の実際については何も書かれていませんし、そもそも検査抑制論に事を発している問題が根底にある限りは有効な対策は打ち出せないでしょう。根本問題の総括なしに、作戦は立てようがないのです。

引用文献・記事

[1] 井上靖史: PCRが受けられない」訴えの裏で… 厚労省は抑制に奔走していた. 東京新聞 TOKYO Web 2020.10.11. https://www.tokyo-np.co.jp/article/61139

[2] 新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード: 最近の感染状況等について. 2022.02.16. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000898595.pdf

[3] 新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード: 都道府県別エピカーブ(2021/10/1から2022/2/13まで). 2022.02.16. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000898601.pdf

[4] NHK News Web: 脇田座長「第6波 2月上旬にピーク越えた」厚労省 専門家会合. 2022.02.16. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220216/k10013488041000.html

[4] 新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード: オミクロン株感染蔓延期における「濃厚接触者」に関する作戦転換. 2020.02.24. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000901902.pdf

引用したブログ記事

2022年2月14日 国が主導する検査抑制策

2022年2月9日 ピークアウト後は富士山型?

2022年1月24日 ステルスオミクロン

2021年3月30日 下水検査の現状

2020年5月29日 下水のウイルス監視システム

2020年4月6日 あらためて日本のPCR検査方針への疑問

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年〜)