Dr. Tairaのブログ

生命と環境、微生物、科学と教育、生活科学、時事ネタなどに関する記事紹介

韓国の新型コロナ流行に学ぶ日本の感染対策の弱点

はじめに

昨日、今日とテレビのニュースや情報番組は、海外のCOVID-19感染流行状況や出口戦略を紹介していました。しかし、いささか伝え方に偏向や誤解を招く表現があり、いまの日本のテレビ媒体の劣化を感じています(→日本メディアのコロナ報道にみるバイアス)。

たとえば、昨日のNHK NEWS_WATCH 9では、英国のジョンソン首相の発言を取り上げて「自由を制限することなくみずからを守り、ウイルスとの共生を学んでいこう」と紹介しました(図1上)。しかし、私はツイッターでもブログ上でも何度も指摘していますが、厳密に言えば、ジョンソン首相は「ウイルスとの共生」というフレーズは使っていません。

デンマークの紹介でもそうですが、ウイルスとの共生(共存)というフレーズで規制解除などの報道がなされており、オミクロン変異体の重症化度や致死率の低さに言及しながら、日本もそろそろ出口戦略について考えていなければならないというニュアンスの報道になっています。そこには、日本とは異なる海外の感染状況や感染対策を深堀りすることなしに、安易にポストオミクロンに話が飛んでいるきらいがあります。

一方で、今日テレビは、韓国の感染状況を伝えていましたが、新規陽性者数が17万人を超えたということが真っ先に紹介されていて、欧州の紹介では感染状況は後回しにされることとはちょっと違うという印象を受けました(図1下)。

f:id:rplroseus:20220223204300j:plain

図1. テレビが伝える海外のCOVID-19流行状況や出口戦略(上:2022.02.22 NHK NEW_WATCH 9、下: 2022.02.23 TV朝日「ワイドスクランブル」).

いずれにしても、欧州の場合(とくにデンマークの場合)、人口、検査数やワクチンブースター接種率などの感染対策の程度、文化的背景、衛生学的慣習などが日本とは大きく異なるので、土台比較することに無理があります。

もし比較するなら、地理的にも人種的にもファクターXの面でも(もし恩恵があるとするなら)類似する、お隣の韓国を例に挙げるのがより適切だと考えられます。今日のテレビは韓国が「風土病的な管理への転換が始まった」とも紹介していましたが、韓国の感染対策についてはほとんど紹介なしでした。

そこで、このブログ記事ではもう少し詳しく日本と韓国を比較しながら、その違いから学べることを考えたいと思います。正負の両面から学ぶことができます。

1. 日本 vs. 韓国

2月23日時点での日本の累計感染者数は約461万人で世界19位、韓国のそれは約233万人で世界39位です(図2)。累計死者数は日本で約2万2千人、韓国で約7千6百人であり、これから単純に致命率を求めると、それぞれ0.49%、0.33%になります。そして、現時点での重症者数は日本で1504人、韓国で512人です。

f:id:rplroseus:20220223144604j:plain

図1. 日本と韓国におけるCOVID-19の累計感染者数と死者数(2022年2月23日時点、worldometerより転載).

韓国の人口は日本の約41%ですから、人口比で見る場合は韓国の数字に2.4倍して日本と比較する必要があります。また、致命率は人口には直接関係ありませんが、日本は高齢化率が高いのでその点を考慮する必要があるでしょう。

これらを考慮したとしても、日本の人口比での重症者数や死者数は韓国と比べても多く、致命率も高いということになります。少なくとも現時点では、日本は韓国と比べた場合、被害の大きさが顕著なのです。これを実際の数字やデータで見てみましょう。

昨年6月から現在のオミクロン流行に至る感染状況と検査数を、日本と韓国を比較したのが図2です。まず目立つのが、ここに来ての韓国における感染者数の急増で、冒頭で述べたように最新陽性者数は17万人を超えています。人口比での移動平均で言えば、日本の約3倍の感染者数ということになります(図2左上)。一方で、検査数は一貫して日本よりは充実しており(図2右上)、その結果、最新の陽性率も日本の半分くらいの値です(図2左下)。

f:id:rplroseus:20220223143557j:plain

図2. 日本と韓国における新規陽性者数、検査数、検査陽性率、および実効再生産数の推移(2022年6月2日から現在までの7日間移動平均、Our World in Dataより転載).

感染対策で重要な位置を占めるのがワクチン接種ですが、ブースター接種でみれば、韓国は日本のはるか上を行っています(図3)。つまり、検査数とブースター接種率でみれば、日本はまったく及ばない状況なのです。これはワクチン接種の意義などは別にして、日韓の政府の感染対策の取り組み具合の現れと捉えることができます。

f:id:rplroseus:20220223143630j:plain

図3. 日本と韓国におけるブースター接種率の推移(2022年6月2日から現在まで、Our World in Dataより転載).

それでは100万人あたりの死者数を比べてみましょう。図1に累計の感染者数と死者数を示しましたが、これまでのパンデミック全体で両国を比べるのは実際はなかなか難しいです。なぜなら、流行の時期やウイルス変異体の種類が異なるからです。

たとえば、図4に示すように、日本ではデルタ流行で9月に死者数のピークがありますが、これはデルタ変異体(B.1.617.2)の亜系統(AY.29 [B.1.617.2.29])によるものです。一方、韓国の場合、この時期の流行は小さく、12月の流行で大きな死者数のピークがあります。これはデルタの亜系統AY.69変異体によるもので、同じデルタ型でも系統が異なります。

そこで一番よく比較できるのは、両国ともいま行を迎えているオミクロン変異体BA.1によるものでしょう。しかし、死者数は新規陽性者数のピークを遅れて増えてくるので、両国で若干異なるオミクロン流行ピークを考えると比較するのは容易ではないです、そこで、とりあえず、日本の新規陽性者の移動平均のピークである2月9日と昨日時点での韓国をピークと考えて比較することにします。

f:id:rplroseus:20220223143644j:plain

図4. 日本と韓国におけるCOVID-19死者数の推移(2022年6月2日から現在までの人口比7日間移動平均、Our World in Dataより転載).

日本の場合、2月9日の新規陽性者数(7日間移動平均)は750/100万人、死者数(7日間移動平均)は0.92/100万人で、致命率は0.12%になります。一方、韓国の場合は2月22日時点で、新規陽性者数(7日間移動平均)は2161/100万人、死者数(7日間移動平均)は1.13/100万人で、致命率は0.052%になります。つまり、オミクロン流行において、韓国は日本に比べて約2.9倍の人口比感染者数を出しながら、致命率は日本の0.4倍にしかならないのです。

今年に入ってからの累計感染者数と累計死亡者に基づいて致命率を計算しても、日本は0.135%、韓国は0.107%になり(多少デルタ流行の死亡の影響がある)、やはり韓国が低くなります。

高齢化率や流行のズレを考慮に入れたとしてもこの差は大きいと考えられます。確保病床の使用率や、重症病床の使用率、自宅療養の状況は両国でそれほど差がないように思われますが、決定的に違うのは、韓国は入院患者が多くとも重症者の絶対数が少なく、まだ医療崩壊を起こしていないということです。この背景にはブースター接種率と検査数で日本を圧倒的に先行し、感染者の早期発見と患者の早期治療が徹底されていることがあり、重症化に至るケースが少ないのでは思われます。

もちろん、日本で現在行なわれている「みなし陽性」とか「検査抑制策」(→国が主導する検査抑制策)は、少なくともこれまではありませんでした。

3. 風土病移行への戦略の第一歩

さて、問題はここからです。韓国ではいま規制緩和に移行し、ロックダウンなどの接触削減策も行なっていません。それが感染拡大に繋がっているとも言えます。これから、さらに急拡大していくでしょう。

デンマークシンガポールなどと同じような状況で、規制緩和をしたところは必ずと言っていい程、感染拡大をもたらしています。しかし、韓国政府は現在のオミクロン流行について、「風土病」(エンデミック、endomic)となる過程の初期段階であると評価しているようで、その線での規制緩和なのでしょう [1]

上述のように、感染確認数は23日で17万人を超え、過去最多になっていますが、重症化指標などが安定的に管理されれば日常回復を進めうるとの考えも明らかにしています。一方で、今後最大で新規陽性者数27万人と予測しています [2]。感染拡大には大統領選最中の大規模集会などの活動も影響していると思われます。

防疫当局は、感染拡大抑制から管理へと転換する防疫システム、およびオミクロン変異体と生きるためのシステムへの移行過程を説明しています。すなわち、現在はオミクロン変異体の危険度の確認を続けつつ、風土病的な管理システムへと転換を始めた初期段階とし、今後も低い致命率を保ち、流行が安定的に管理できれば、最終的に他の感染症と同じ管理システムへと移行可能であると語っています [1]。

その上で、今後の流行におけるこれらの状況(ピークの時点)や、その時の重症者数と死者数の推移、医療システムの余力を総合的に評価して、出口戦略構想に入らなければならないということなのでしょう。

しかし、感染者の絶対数が増えれば、相対的に重症者も死亡者も増えまし、病床数も限界があります。果たして、韓国が今後感染拡大を抑え、医療崩壊もしないで、出口戦略に到達できるのでしょうか。私個人としては、今回の規制緩和はまったく早すぎたと思いますし、少なくとも、オミクロン後の風土病化はまだ難しいのではないかと考えています。検査と隔離という基本政策を忠実に行なってきた韓国ですが、ここに来て、それを半ば諦めたことで、これから最悪の結果を迎えることになるでしょう。

おわりに

このようにして見てみると、少なくともこれまでは、韓国は防疫対策において日本よりもはるかに基本に忠実で徹底しているということが伺われ、具体的な感染対策を踏まえた上で出口戦略を模索しているということが言えます。当初遅れたワクチン戦略ですが、ブースターでは盛り返し、従来からの検査での早期発見、早期治療を展開しています。

その裏付けがあって規制緩和に転換したのでしょうし、感染拡大した現在の状況でも、少なくとも日本よりは、重症化と死亡を防いでいるという事実があります。とはいえ、韓国当局の判断の時期が正しかったかどうかは、これからの被害状況次第です。すなわち、基本に忠実であったとしても判断の時期を間違うと失敗するということです。そこには、大統領選を踏まえた政治判断が大きな影響を与えたと推察されます。つまり、たとえ専門家の適切な提言、助言があったとしてもそこに政治判断が加わり、誤った対策・政策に繋がることがあるということです。

具体性という点で言えば、嘉泉大学医学部予防医学科のチョン・ジェフン教授の話に象徴されます。彼は「感染者数はPCR検査ベースか迅速抗原検査ベースかによって変わりうる。ピークにいつ到達するのか、研究チームの推計を見ることがもっとも重要だ」と述べているようですが [2]、このような発言は、日本の専門家からはまず出てきません。韓国の専門家は政府に対してきわめて妥当な提言をしていると思われますが、為政者の判断がそこからズレて来ているように思われます。

翻って、世界標準から外れた日本の対策は異常過ぎるのです(→日本はG7諸国の中で最も感染対策が緩い)。日本は当初から防疫と感染対策の基本ができておらず、ずうっとそれが尾を引いています。検査資源不足など考えられない事態を起こしています。韓国では27万人の感染者が予測されていますが、それはそれだけ検査が可能であるということです。日本では検査不足で、たとえば20万人を超える感染者が(潜在的にいたとしても)記録されることは、まず考えられません。

それさえもできていない状況を無視して、海外と比較しながら出口戦略とか言い出すメディアもどうかと思います。視点を広げるべきなのです。そして、基本に忠実であったとしても、規制緩和のタイミングを誤ると感染急拡大に繋がるということであり、その意味で、韓国の感染対策の正負の両面から学ぶべきなのです。

引用記事

[1] パク・ジュニョン & イム・ジェヒ: 韓国政府「風土病への転換の過程…コロナ禍の出口を探す第一歩」. HANKYOREH 2022.02.23. http://japan.hani.co.kr/arti/politics/42637.html

[2] イム・ジェヒら:韓国政府「コロナのピークは今月末~3月中旬…感染確認14万~27万人」. HANKYOREH 2022.02.22. http://japan.hani.co.kr/arti/politics/42629.html

引用したブログ記事

2022年2月17日 日本はG7諸国の中で最も感染対策が緩い

2022年2月14日 国が主導する検査抑制策

2022年2月13日 日本メディアのコロナ報道にみるバイアス

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年〜)