Dr. Tairaのブログ

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日本はG7諸国の中で最も感染対策が緩い

2022.02.18更新

はじめに

岸田総理大臣は、今日(2月17日)記者会見し、水際対策を3月から緩和すると発表しました [1]オミクロン変異体の感染拡大のペースが落ち着き始めており、第6波の出口に向かって徐々に歩み始めるとも述べました。見かけ上、1月終わり〜2月上旬をピークとして、新規陽性者数は減少傾向に転じており、経済界・海外などからの批判・圧力もあって水際対策の緩和に踏み切った発言です。

しかし、検査資源不足もあって、国策で「検査を増やさない方針」を立てている日本では、もはや統計が崩壊しており、見かけ上の新規陽性者の推移で政策を判断することはきわめて危険です(→国が主導する検査抑制策)。入院患者や自宅療養者の数は減少しておらず、大都市圏では依然として入院率が低下しており、重症者数と死亡者数は増加し続けています。むしろ、このような被害の実態に基づいて政策判断されるべきでしょう。

いま日本がとっている水際対策は、確かに不合理なものです。しかし、その不合理性は経済界が指摘しているものとは別物です。経済界などが水際対策を"鎖国政策"などと揶揄している背景には、経済優先の思惑があるだけであり、感染対策の上で合理的に述べているわけではありません。

感染対策で基本になるのが接触削減検査・隔離ワクチン接種の三本柱です。日本はこの三本柱が徹底しておらず、G7諸国の中で最悪です。すなわち、最も緩い接触削減策、最も少ない人口比検査数、最も低いブースター接種率に甘んじています。結果として、いま感染者数の爆発的増加と相対的な被害の拡大に繋がっているわけです。これらを抜きにして水際対策の緩和は語れないのです。

日本のメディアは、国際的に最悪と言える日本の感染対策を踏まえて水際対策の緩和を述べるべきであるのに、今の報道はこの視点がまったく欠けています。このブログで解説したいと思います。

1. 接触削減対策

物理的な接触削減策は、古典的方法ですが、感染拡大抑制策の中で最も簡単で効果的なものです。各国の接触削減策を客観的に評価することは容易でないですが、一つの物差しとなるのが stringency index(SI)です。この指標は、以下の9項目を総合的に勘案した指数です [1, 2]

1) 休校(school closures)
2) 休業(workplace closures)
3) 公的イベントの停止(cancellation of public events)
4) 公的集会の制限・禁止(restrictions on public gatherings)
5) 公的交通機関の停止(closures of public transport)
6) ステイホーム・自粛要請(stay-at-home requirements)
7) 公的な(感染対策の)情宣(public information campaigns)
8) 移動制限(restrictions on internal movements)
9) 出入国制限(international travel controls)

ここで SI値に基づいて日本の感染症対策を世界と比較してみたいと思います。図1に、パンデミック期間中のG7諸国におけるSI値の推移を示します。一目瞭然なのは日本が一貫して最下位のレベルでSI値が推移していることです。特に、日本の第1〜3波流行に相当する時期(安倍政権時)に他国に大きく引き離されています。

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図1. パンデミック期間中における日本と他のG7国のstringency indexの推移(Our World in Dataより転載).

パンデミックを通じて日本のSI値が低いのは、日本が一貫して国民の自粛に頼るしかない方法をとっているのに対し、海外の先進諸国が法律に基づいて軒並み厳しいロックダウン対策を行なっているためです。

海外では、流行が顕著になると、いきなりロックダウンをはじめとする厳しい対策をとり、流行が落ち着いてくると徐々に緩和するという方法をとっています。日本はまったくその逆で、まずはまん延防止などの緩い方法から入り、その後緊急事態宣言に移行し、流行が下降になると、一気に解除という方法をとっています。第6波に至っては、これまでで最も大規模な流行の波になっているにもかかわらず、緊急事態宣言は発出されないままです。これは早く、強くという感染症対策の基本からは外れています。

私が知る限りでは、この stringency index に基づく日本の感染対策について報道しているメディアは皆無だと思います。

2. 検査数

日本における検査数の少なさは当初からの傾向であり、上記の低SI値の接触削減とともに、脆弱な感染防止体制から日本が抜け出せない根本原因になっています。厚生労働省および周辺感染症コミュニティの、世界のスタンダードからは外れた謎のPCR検査抑制論があり、それが検査資源の充実を含めた検査対策構築に常に阻害的に働き、第6波ではついに検査資源不足から、検査なしの「みなし陽性」策や「検査を増やすな」という号令まで国から出てくる始末です(→国が主導する検査抑制策)。このようなみなし陽性や検査抑制を行なっている国は、少なくとも先進諸国の中では見当たりません。

図2に、G7諸国における人口あたりの新規検査数の推移を示します。もちろん、流行の規模に応じて検査数も増加しますので一概に比較するのは難しいですが、図から明らかなように、日本の検査数はパンデミック期間を通じて最低です。

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図2. パンデミック期間中における日本と他のG7国の日当りの検査数/1000人の推移(Our World in Dataより転載).

第6波では、新規感染者数でG7諸国と肩を並べ、世界のワースト10に入り続けている日本なので、検査数が増えてもいいはずですが、依然として最下位なのです(図3)。その結果、検査陽性率はG7でワースト1になっています。検査数が少ないのにそれでもワースト10に入っているということは、実際の流行との乖離(実際の感染者数は統計よりもはるかに多い)があるということでしょう。ちなみに、2月15日の時点で、G7の中ではドイツと日本だけが実効再生産数が1を超える状態になっています。

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図3. 2022年2月15日時点における日本と他のG7国の新規陽性者数、新規検査数、陽性率、および実効再生産数(全て7日間移動平均、Our World in Dataより転載).

第6波の実情は、発症した人のCOVID-19患者確定の検査で手一杯で、発症前感染者や濃厚接触者の検査にまで手が回らない(あるいはあえて抑えている)というところでしょう。検査までたどり着けない発症者も、相当数いることと思われます。行政検査の陽性率が80%とか90%とかいう自治体も出てくる現況は、それを露呈しています。国は1日のPCR検査能力を39万件と言ってきましたが、実際これまで行なわれた最多の実施件数は24万件であり、この1週間はほとんど15万件を下回っています。

3. ブースター接種率

私は、いまのmRNAワクチンの効果と安全性には今ひとつ懐疑的ですが、それでも第6波に向けては高齢者を対象とする3回目のブースター接種を速やかに進めるべきと、ブログにも書きました(→2022年を迎えて−パンデミック考)。いまのファイザー製やモデルナ製のmRNAワクチンは、武漢型ウイルスのスパイクをもとに設計されたものであって、オミクロン変異体に対しては効力は低下すると予想されるものの、依然として高齢者の重症化予防としては有効だと思われるからです。

残念ながら、日本においてはブースターは思った程進んでおらず、接種率は13%弱です(図4)。この数字はG7諸国の中で最低であり、世界平均よりも成績が悪いです。

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図4. 日本および他のG7国のブースター接種率の推移(Our World in Dataより転載).

4. withコロナ戦略と文化的背景

欧米を中心とする先進諸国はいまwithコロナ戦略(live with the coronavirus)に舵を切っています。このブログでも繰り返し述べていますが、これは「コロナの存在や一定の被害を受け入れる、それらに耐える」という考え方であって、日本のメディアがよく使う「コロナとの共生」や「コロナとの共存」という意味ではありません(→日本メディアのコロナ報道にみるバイアス)。

このwithコロナ戦略を進める背景には、上記のような接触削減、検査数、ブースター接種率、医療提供体制などの国の対策への国民の納得感と文化・習慣の違い(マスク着用の習慣がないなど)の上に成り立っているということを忘れてはならないでしょう。

感染と一定の被害を受け入れるというwithコロナ戦略とともに、感染対策が進んでいる先進諸国と、withコロナ戦略の実態もあいまいで感染対策が進ます、医療提供体制も脆弱な日本を直接比較しながら、出口戦略など追従しようとすることには土台無理があります。

おわりに

上述したように、日本はG7諸国の中で、SI値で表される接触削減策が最も緩やかなレベルにあり、検査数およびブースター接種率においても最低です。つまり、感染対策や公衆衛生対策が最も緩やかな国が日本なのです。その結果として、第6波では、世界のワースト10に入る新規陽性者者の絶対数を記録し続けています。欧米に比べて感染は抑えられているとか、ある時は「さざ波」とか呼んでいた声はすっかり影を潜めてしまいました。

繰り返しますが、日本メディアは、世界のワースト10の新規陽性者数やG7諸国の中での最も緩い感染対策の現状については一切報道していません。

一方で、日本政府はG7の中で最も厳しい水際対策をとっていると言っています。しかし、この実体は何のことはない、ビザ発給停止などによる入国制限を指しての話であり、海外の日本人は入国させていることからも考えて、そこに合理性はないのです。しかも、入国者の待機施設の不足や運用上の管理・感染対策のチグハグさにおいても合理性に欠けています。

その意味で、経済界から批判が出ることは当然なことですが、一方で緩やかな感染対策の現状や入国管理運用の不合理性をそのままにしておいて、入国制限だけを緩和では全く片手落ちの話になるわけです。入国緩和をするなら、その分、感染対策を強化するなどのバックアップが必要です。パンツの紐を緩めるなら、ずり落ちないような吊り紐の手当てが必要になるわけです。そして経済を推進したいなら、感染者数そのもの抑える防疫対策が一番なのです。

水際対策で言えば、入り口の検疫と検査・隔離の徹底が重要な位置を占めます。ところが、日本の検疫では、一昨年の7月からなぜかPCR検査に代わって、より精度の低い抗原定量検査が用いられるようになり、検疫体制を弱めてしまいました。検疫における精度の高い感染者と変異ウイルスの監視は流行把握にとっては必須の作業です。国内外でまん延してしまったら水際対策は意味がないという人がいますが、まったくの誤解です。今で言えば、特にBA.2変異体(→ステルスオミクロンの監視ですが、すでに市中感染が見られるようです。

先進諸国の中では最も緩い感染対策しかしていない日本なのに、それを考慮しないままに海外の例を挙げながらwithコロナ戦略や出口戦略の話が持ち出されたり、水際対策の緩和の話が出てきたりで、ずうっと本末転倒の議論がなされています。

2022年2月18日更新

図3とその説明文を挿入しました。

引用文献・記事

[1] 読売新聞オンライン: 首相、水際対策を3月から緩和…「まずは第1段階」入国上限1日5千人に. Yahoo Japanニュース2022.02.17. https://news.yahoo.co.jp/articles/1346cea46b3bc56188629f43cba974c6033a3629

[2] Ritchie, H., et al.: "Coronavirus Pandemic (COVID-19)". Published online at OurWorldInData.org (2020). Retrieved from: https://ourworldindata.org/coronavirus [Online Resource].

[3[ Roser, M. et al.: COVID-19: Stringency Index. https://ourworldindata.org/covid-stringency-index

引用したブログ記事

2022年2月14日 国が主導する検査抑制策

2022年2月13日 日本メディアのコロナ報道にみるバイアス

2022年1月24日 ステルスオミクロン

2022年1月2日 2022年を迎えて−パンデミック考

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年〜)