2020.10.10: 08:15 a.m. 更新
10月に入り、日本はついに、新型コロナウイルス感染症COVID-19の累計陽性者数で中国を抜いてしまいました。10月6日、この件についてツイートしましたが↓、10月8日0:00現在(厚生労働省)の累計陽性者数は 86,571人、累計死者数は1,612人、100万人当たりの死者数は13人です。これらの数字は東アジアの先進諸国の中では最悪の部類になります。
worldometer新型コロナ陽性者数で、ついに日本が中国を抜き東アジア・西太平洋先進諸国の中でトップに躍り出た。日本の上にはもはや医療体制が不備なインドネシアとフィリピンしかいない。 pic.twitter.com/iuvizMox9g
— AKIRA HIRAISHI (@orientis312) 2020年10月6日
一部のジャーナリストや医療専門家が、2–3月の流行の始めに、中国のような感染拡大は起こらないと言っていたことが記憶に残っています。中国は全員検査という明確な方針でとりあえず感染を封じ込め、経済再開に至っています。一方日本はほぼ無策のまま経済再開です。
現在、国内のテレビはGoTo事業キャンペーンの報道でにぎわっています。流行を忘れさせるような画像が流れてきますが、もちろん状況は好転していません。むしろ、これから危機的に悪くなるでしょう。菅政権は感染対策と経済の両立を掲げていますが、「両立という言葉で感染対策がなおざりにされている」ことに、メディアも国民も気づくべきでしょう。
そこで、ここでは、日本の現況をより理解するために、あらためて世界の国々の流行と比べてみたいと思います。ここで示すデータ(図)は、すべてOur World in Dataから取得したものです。
まず、世界全体の流行を示すのが図1です。毎日の新規陽性者数は依然として右肩上がりであり、パンデミックは下降傾向どころか、ますます拡大・進行していることがわかります。最近では30万人/日を超える陽性者が出ています。
図1. 世界における日当りの新規陽性者数.
次に北米(米国およびカナダ)の状況を示したのが図2です。米国は3月と7月に流行の山があり、現在は4–5万人/日の陽性者数で横ばいですが、この冬に向かってまた増えそうな予感のパターンです。カナダは米国比べると圧倒的に陽性者数が少ないですが、すでに陽性者が増え始めています。
図2. 北米における日当りの新規陽性者数.
図3は、日本を含む東アジアと西太平洋先進諸国の新規陽性者数のパターンを示します。上述したように、日本はこの地域の先進諸国の中で最悪の陽性者数を出しています。ちなみに東アジアの中で日本より上位の国は、検査・医療態勢とともに感染症対策が不備なフィリピンとインドネシアだけです(ちなみに、WHOのWestern Pacific Regionにはインドネシアは含まれていない)。
図3. 日本を含む東アジア・西太平洋先進諸国における日当りの新規陽性者数.
具体的に、東アジア・西太平洋諸国における現在の流行のデータを表1に示します。日本は、先進諸国の中では、累積陽性者数でトップであり、死者数や人口当たりの死亡率でもいずれも2位と悪いです。検査陽性率に至っては3.9%と抜きん出ています。この数字自体は低い印象を受けますが、それでも周辺の国々に比べると検査数が追いついていない状況がうかがわれます。
表1. 東アジア・西太平洋主要先進諸国・地域における現在の流行状況(worldometerの統計データに基づいて作表、インドネシア、フィリピンを参考として比較)
日本では4月をピークとする最初の流行を招き、緊急事態宣言に至り、見かけ上流行が減衰した5月下旬に宣言解除となりました。しかし、その後の社会経済活動の再開によって、流行は再燃し(いわゆる第2波流行)、8月初旬にピークとなりました。その後感染拡大は抑えられたような傾向になりましたが、この間、国民の行動変容以外にこれと言った感染症対策がなく、今は下降傾向が止まって新規陽性者数400-600人/日で推移しています。つまり、この高い位置でのベースラインから、いよいよ次の感染拡大が始まると考えられるのです。
流行パターンから見れば、対策も感染者数もまったく異なりますが、米国と似ていると言えなくもありません。一方、周辺諸国における第2波なるものは、日本と比べると格段に抑えられています。
図4は、ヨーロッパの主要先進国(フランス、英国、スペイン、ドイツ、イタリア)の流行パターンを示しています。夏が終わっていずれの国でも陽性者数が増え始めており、フランス、英国、スペインでは第1波を大きく超えています。
図4. ヨーロッパの先進主要国における日当りの新規陽性者数.
日本ではじまったGo To Eatキャンペーンと同様な対策を行っていた英国では、ボリス・ジョンソン首相が「この支援策がCIVID-19再拡大の一因となった」との考えを示しています [1]。英国ではフランス、スペイン共々再ロックダウンも考えられているようです。
比較的抑えていたドイツ、イタリアでも陽性者数が増え始めています。これを受けて、ドイツでは深夜営業禁止などの感染抑制対策の強化が行なわれ、イタリアでは非常事態宣言が延長されました [2]。
ヨーロッパの流行状況は、やはり寒期へ向かうと流行しやすいことを暗示しています。冬は乾燥するので、飛沫からのエアロゾルの発生頻度が高くなり、空気感染が起こりやすくなることが懸念されます。
一方で南半球の国々ではどうなっているでしょうか(図5)。対策が国によって大きく異なり、アルゼンチンのように増え続けている国もありますが、おおむね冬のピークから減衰に向かっているように見えます。
図5. 南半球の主要国における日当りの新規陽性者数.
このように世界や東アジアの流行状況と比べてみると、日本政府は最初の流行への対策の失敗からほとんど何も学ばず、第2波の流行を招いてしまったということが言えます。
第2波では、それまで発症者検査限定で見逃されていた若年層を中心とする無症状の人が優占陽性者として多数検出されているため、見かけ上致死率は大幅に下がっています。しかし、累積死者数1612人のうちの40%は、7月1日以降の第2波で生じていることは、第1波から学んだことが十分な生かされていない(学んでいない)ということが言えます。
かろうじてこの流行水準を保っているのは、ひとえに国民の自粛や行動変容が徹底されたこと、PCR検査が増え、検査の対応が早くなったこと、それに医療現場の対処療法が進歩したことによるものだと思います。国はGoTo事業を始めとする、経済を回すことに注力していて、防疫対策としては実質無策です。菅総理大臣は新型コロナ感染症に関心がないようにさえ思われます。
シンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ(API、船橋洋一理事長)」が発足させた「新型コロナ対応・民間臨時調査会」は、昨日(10月8日)、第1波の流行に関する報告書を発表しました。本調査会の小林善光委員長は記者会見で、安倍前首相がいう「日本モデル」(→世界が評価する?日本モデルの力?)とされる政府対応について、「戦略的な政策パッケージではなく、場当たり的な判断の積み重ねだった」と総括・批判しています。
新聞はこの報告書の概要をまとめています [3, 4]。とくにPCR検査に関わる部分をまとめると以下のようになります。
・厚労省は当初、PCR検査を、中国湖北省などに渡航歴がある人、濃厚接触者も含めて有症状の人に限定し、無症状は対象外だった。
・厚労省と国立感染症研究所は2月10日までには不顕性感染が低くないことを認識していたが、公に認めようとしなかった。
・新型コロナはの感染は発症直前がピークという論文が4月15日に発表されたが、厚労省が、無症状でも医師が必要と認めれば検査できると表明したのは5月15日であり、無症状の濃厚接触者も検査の対象になったのは同29日であった。
私はまだ民間臨時調査会の報告者は読んではいませんが、メディアの報道から伝わってくることを参照すると、最初の流行時の節目節目において、政府がエリートパニックを起こし、情報を恣意的に曲げたり、隠したりして、対策が遅れてしまった様子がうかがわれます。世界保健機構WHOからも指摘されていますが、日本のリスクコミュニケーションのシステムが、きわめて脆弱であることを物語るものです(→新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本)。
そして、時間の力で検査を増やさざるを得ない状況にはなったものの、第1波の反省も十分にないままに、第2波を迎えてしまい、図3、表1に示すように、東アジア・西太平洋先進諸国の中で最悪の結果を招いているということが言えます。
ヨーロッパ(図4)と南半球(図5)の国々の対照的な流行を参照すると、晩秋から冬にかけて、日本では大規模な流行が起こると予測されます。しかし、これに向けての近隣かかりつけ医の相談・診療体制や検査体制は不備であり、かついろいろと疑問の余地が残ります(→今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?)。
そして、肝心の陽性患者を引き受ける医療体制の整備は大丈夫でしょうか。とくに、冬の感染拡大に備えるべき、重症・中等症患者を引き受ける専門病院の財政的支援や看護師などの人的補充は不十分のように思えます。
諸外国では、インフルエンザウイルスとSARS-CoV-2の同時検出を行なうマルチプレックスRT-PCRのキットがすでに緊急認可されており、日本でも30分以内に検査が完了できるポータブルRT-PCR装置が市販されたりしています。しかし、日本政府はなぜか町の病院の検査レベルでは、精度ではるかに劣る抗原検査キットを主として勧める方針のようです [5]。このままでは大きな混乱を生じることが目に見えています。
上述したように、冬は乾燥するので空気感染が起こりやすくなると推察されます。こういう時にこそ、スパコン富岳のシミュレーションの出番だと思うのですが、どうなっているのでしょうか。
そして先月末も述べましたが(今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?)、早急に高リスクの環境(飲食業や介護施設)やエッセンシャルワーカーの事前スクリーニング検査を徹底し、市中感染者のあぶり出しをやるべきです。でなければ、これから確実に爆発的感染拡大に見舞われることになります。しかもベースラインが高い分、これまでとはるかに大きい感染の規模になることが予想されます。とくに先に冬を迎えている北日本は危ないです。すぐに対応すべきでしょう。
引用文献・記事
[1] 松丸さとみ: イギリス版Go To Eatが「コロナ感染拡大の一因に」、英首相認める. Newsweek日本版. 2020.10.08. https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/10/go-to-eat.php
[2] Reuters: 欧州でコロナ再拡大、イタリア非常事態延長 ドイツ抑制策強化. 2020.10.08. https://www.reuters.com/article/health-coronavirus-italy-idJPKBN26S36H
[3] 姫野直行: コロナ政府対応は「場当たり的だった」 民間臨調が検証. 朝日新聞DIGITAL. 2020.10.08. https://digital.asahi.com/articles/ASNB80SXKNB7ULBJ01C.html?iref=pc_rellink_01
[4] 阿部彰芳: 無症状でも感染、背を向けた厚労省 「パニックになる」. 朝日新聞DIGITAL. 2020.10.09. https://digital.asahi.com/articles/ASNB92FL2NB8ULBJ011.html
[5] 首相官邸政策会議: 新型コロナウイルス感染症対策本部(第 43 回). 2020.09.25.
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/th_siryou/sidai_r020925.pdf
引用した拙著ブログ記事
2020年9月30日 今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?
2020年8月30日 新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本
2020年5月26日 世界が評価する?日本モデルの力?
カテゴリー:感染症とCOVID-19