Dr. Tairaのブログ

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"Long COVID"という病気

はじめに

昨日(10月11日)、NHKのテレビ番組「令和未来会議」で、「COVID-19流行下において、感染拡大防止と経済活動のバランスをどう考える?」というテーマで、討論会が行なわれました。参加者は、大学教授、医師、感染症対策の専門家、フリーアナウンサー、タレント、フリーランス訪問看護師などさまざまな職業の人たちです。

その中の1人、高橋泰教授(国際医療福祉大学、医療制度)は「新型コロナを怖がりすぎているのが根本的な問題だと思う」と発言していました。この意見に対して、賛成の意を示していたのがフリーアナウンサー赤江珠緒氏、反対の手を上げたのがタレント武井荘氏です。

赤江氏は「罹っても治せばいいという意識がないと経済生活と罹患の対立構造がつづいてしまう」と述べていました。新型コロナに感染しても、問題なく治って復帰するとこのような考えになるものなのかと、率直に思いました。経済生活と罹患は対立構造にはなり得ないです。なぜなら、経済生活は感染状況や病気の状態に完全に依存するからです。

一方、武井氏は「新型コロナを怖がっているから感染者や死亡者が少ないのでは」、「感染者が少ないのに怖がり過ぎというのはちょっと違う」と発言していました。その意味で、この討論会では、彼の発言だけが際立っていたように思います。

番組のテーマが感染対策と経済のバランスということであったので、COVID-19そのものに焦点が当たることはほとんどありませんでしたが、やはり「コロナを怖がるな」という発言が出てきたことには、ちょっと違和感を抱きました。メディアやSNS上でもよく見られる「罹っても治せばいい」、「罹っても死ななければいい」という主張とともに、COVID-19の本質を表しているとは思われないからです。

COVID-19の特徴として、長く続く症状やいわゆる後遺症があります。国内外でこれらの症状に苦しむ人たちの実態が、論文やメディアを通じて伝わってきています。そしてこれらを包括的に表すものとして、”Long COVID"という新しい用語も出てきました。ここでは"Long COVID"とはどういうものか、紹介してみたいと思います。

1. 長く続く症状と後遺症

COVID-19に罹患して重症化に至り、人工呼吸器やECMOを利用した患者さんには、肺や呼吸器等に機能低下等が起こることが知られています。このため、退院後に呼吸器関連のリハビリを行うことも行なわれています。一方、後遺症として認識されているのは、重症、軽症に関わらず、新型肺炎にかかった多くの患者が、退院後にもさまざまな症状に悩まされていることです。

後遺症の実態が顕著になったのは海外の報告からです。発端の一つとなったのが、7月9日に、イタリアの研究チームがJAMA誌に報告した事例です [1]。この報告では、ローマ病院に入院した患者143人(男女比63:37、年齢19–87歳 [平均56.5歳])の退院後の症状が追跡されています(図1)。入院時では約73%が間質性肺炎を起こしており、15%が非侵襲的換気療法(noninvasive ventilation)、7%が侵襲的換気療法の処置を受けていて、平均入院期間は13.5日でした。

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図1. イタリアの研究チームが報告したCOVID-19の退院後の症状 [1].

退院後の症状(発症から平均2ヶ月後)としては、図1にあるように、多いものから順に倦怠感(fatigue)、呼吸困難(dyspnea)、関節痛(joint pain)、胸痛(chest pain)、(cough)、嗅覚障害(anosmia)、シェーグレン(乾燥)症候群(sicca syndrome)、鼻炎(rhinitis)、眼の充血(red eyes)、味覚障害(dysgeusia)、頭痛(headache)があります。症状は多岐にわたっており、倦怠感や息苦しさなどの入院時と同様なものが上位にありますが、各々の症状の割合は必ずしも入退院時で一致していません。

このイタリアからの報告は、すぐに世界中のメディアで大々的に取りあげられ、日本でもテレビや新聞で報道されています [23]。厚生労働省は、上記のJAMA論文出版と時を同じくして、後遺症の実態を調べる研究を2020年8月から始めることを発表しました [4]

医療レポーターであるElisabeth Mahaseは、7月14にBMJ誌に掲載された記事で、COVID-19の後遺症について、イタリアの事例を取りあげながら報告しています [5]。この記事では冒頭で、英国の感染症の専門家であるPaul Garner教授が、自らがSARS-CoV-2に感染した経験を7週間にわたってBMJ Opinionに詳しくレポートしていることを紹介しています。この教授は入院はしませんでしたが、数週間にわたる闘病を「恐ろしくて長い」と形容し、その長く続く症状とともに、7週間後も回復していない機能があったことが述べられています。

Mahase氏は、JAMA誌に発表したローマ病院での事例 [1] をかいつまんで紹介しています。患者の87%は退院後2か月で、少なくとも1つの何らかの症状が残っており、まったく症状がなかったのは13%であったこと、そして32%の人は1つか2つの症状があり、55%の患者は3つ以上の症状がまだ残っていたこと報告しています。

上記の患者の中で、熱や急性疾患の兆候や症状を示した人はいませんでしたが、多くの人がなお、疲労感(53%)、呼吸困難(43%)、関節痛(27%)、胸痛(22%)を訴えていました(図1)。そして40%の人たちが生活の質が悪くなったと報告しています。

後遺症については、米国や英国を含む多くの国で報告されています。基礎疾患がない若年成人でも、かなりの割合で通常の健康状態にまで回復していないことが報告されており、入院時の重症度や年齢とは関係ない症状として認められています。世界保健機関WHOは「呼吸器だけでなく心血管や末梢神経への後遺症」、「精神的な後遺症」も報告されていると指摘しており、各国に継続的な追跡と支援が必要と訴えています。

日本国内では、ツイッター上でも「#コロナ後遺症」のハッシュタグとともに、後遺症に苦しむ様子が投稿され、一躍注目され始めました [6]。しかし、なぜかそれに対する非難・中傷も多く、理解不足を嘆く声が多く寄せられています。罹患した人、医療従事者に対する差別や中傷が多いことは、とくに日本に多く見られる現象のようです。

2. "Long COVID"とは?

WHOはまだ正式に"Long COVID"という用語を認知していないものの、後述のように高い関心を持って注視しているようです。そして、すでに世界中の研究者や専門家が、この用語の概念に関心を寄せています。上述したBMJ記事で、Mahase氏は、”Long COVID-19"を次のように説明しています [5]

            

“Long covid” is a term being used to describe illness in people who have either recovered from covid-19 but are still report lasting effects of the infection or have had the usual symptoms for far longer than would be expected.

            

すなわち、COVID-19が治ったとされていても感染の持続的な影響があるか、もしくは通常の症状が予想よりもはるかに長期間持続し、改善されないという状態を示す用語である、と説明しています。

 "Long COVID"という言葉は、最初に、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのElisa Perego博士によって、ツイッター上でハッシュタグとして使われました。2020年5月のことです。

彼女の研究グループは、10月1日にBMJ誌に掲載された論説で、「なぜ"Long COVID"という言葉を使うべきか」を解説しています [7]そこで、その意義が以下のように要約されています。

 1) 病気の原因や病状の進行は未知であることの認知
 2) 軽症者とされても必ずしも軽症ではないことの明確化
 3) 慢性、後遺症、症候群といった呼称の回避
 4) Long COVIDは病気であることへの注目
 5) 障害者への関心の集中

3. ネイチャーの記事

英国サウサンプトン大学の公衆衛生の専門家であるNisreen A. Alwan准教授は、8月11日、ネイチャー誌に"Long COVID"に関する論説を発表しました [8]。この論説の主旨は、検査の陰性は回復を意味しないということ、そして検査陰性だけに頼らない新しいCOVID-19治癒の基準を求めていることにあります。

ネイチャー編集部は、10月9日、COVID-19患者をどう捉えるかという観点においては、「長引く症状(後遺症)」と「回復をどう定義するか」を考慮すべきである、という記事を掲載しました [9]。上述したように、息苦しさと倦怠感は、COVID-19を発症した後長期間続く症状であり、治癒したと宣告された後でもしばしば観察されます。

記事では、研究者や医者はこれらの症状についての病名についてまだ合意に達していないこと、文献上は”COVID後遺症(post-COVID syndrome)とか慢性COVID-19と呼ばれていること、そして今、研究者や患者は”Long COVID”と呼ぶべきと主張し始めていることを紹介しています。

そして、Alwan准教授が先行してネイチャー誌で論じているように、検査が陰性というだけではなく、胸の重苦しさ、息苦しさ、筋肉痛、動悸、倦怠感などの症状を含めた新しい基準に照らしたCOVID-19治癒の定義が求められていることを述べています。

さらに、WHOがこの話題の動向を注意深くフォローしていること、研究者や研究資金配分機関もまた、COVID治癒の定義と“longCOVID”の呼称を採用するかどうかについて緊急に考えなければいけないこと、そしてこのプロセスの中心に患者の声を反映させる必要性についても指摘しています。

記事では、"Long COVID"をどのように扱うかを決定する場合には、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)の症例を注意深く考慮する必要があると述べています。なぜなら、ME/CFSを煩った人たちは、特定の医療的処置と研究が必要な症状に長年苦しんでいますが、これは"Long COVID"と共通した症状であるからです。

とはいえ、ME/CFSを煩う患者の声は隅に追いやられているという問題があり、ME/CFS自体もよく研究されていないという現状があります。症状の輪郭がクリアでないME/CFS同様、"Long COVID"が抱える病気の認知の課題があります。この点で、鍵になるのは、"Long COVID"というネーミングについての合意を見ることであるという、グラスゴー大学Felicity Callardの弁を記事は伝えています。

少なくともWHOは、"Long COVID"認知の声を前向きに捉えているようです。記事では、テドロス事務局長がCOVID患者の会合で語った「あなた方のSOS発信は受け取った、まさにここからWHOが対処すべき、Long COVIDの認知、ガイドライン、研究、患者の声の必要性は明確にわかった」という回答を載せています。

おわりに

冒頭で述べたように、日本ではしばしば「新型コロナを怖がるな」と言う人がいますが、この主張はもとより「正しく恐れる」というフレーズも私は好きではありません。というか、意味がよくわかりません。なぜなら、正しく恐れようにも、COVID-19およびその原因となるウイルスのことが、よく理解されているとは言えないからです。

まず、パンデミックについては、終息の目処がまったく立っていないどころか、拡大し続けています。ここで紹介した後遺症を含めた"Long COVID"については、原因もわからず治療法も確立されていません。また、SARS-CoV-2に対する抗体の発現や持続性についても明確でなく、「一度罹ったからもう罹らない」といった免疫にも期待できない可能性もあります。さらには、効果的なワクチンがうまく実用化されるかどうかについても現時点ではまだまだ不透明です。

私たちは、日常の生活においては、疲労感・倦怠感と言っても数日休めば回復すると考えがちですが、"Long COVID"の場合は、生活に支障をきたすほどの疲労感をもたらしています。そして、これがいつまで続くのかわからないといった精神的悪影響もあります。海外やWHOの動きを見ていると、こういう症状を単にコロナの後遺症と捉えるのではなく、COVID-19の長引く症状をも含めて、"Long COVID"という病気としてみるべきという動きが急速化しています。

"Long COVID"という用語自体は、世界的にもまだ正式に受け入れられている状況ではありませんが、一方の日本では、"Long COVID"の認識さえまだ不十分です。日本語の対訳も確定していません。ロイターの邦訳記事では、「長期コロナ感染症」と表現しています [10]

日本では病気としてではなく、後遺症という捉え方が主流のようですが、関連学会も実態を調べ始めていまようです [6]厚労省による後遺症の調査も始まったばかりであり、結果が出るのは来年の3月だと言います。感染抑制対策もお粗末な日本ですが、"Long COVID"の対策についても周回遅れという状況のようです。

引用文献・記事

[1] Carfi, A. et al.: Persistent symptoms in patients after acute COVID-19. JAMA 324, 603-605 (2020). https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2768351

[2] 熊井洋美、三上元、合田禄: 治っても後遺症? 新型コロナの恐ろしさ、新たな闘い. 朝日新聞DIGITAL 2020.07.18. https://digital.asahi.com/articles/ASN7K41JSN7FULBJ005.html

[3] 今村節、赤川肇: 抜け毛300本、無味無臭、息切れ…「#コロナ後遺症」解明が本格化. 東京新聞 2020.09.25. https://www.tokyo-np.co.jp/article/57563

[4] NHK NEWS WEB: 新型コロナ 後遺症の実態を研究へ 2000人対象 厚労省https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200710/k10012508211000.html

[5] Mahase, E.: Covid-19: What do we know about “long covid”? BMJ 370, m2815 (2020) doi: https://doi.org/10.1136/bmj.m2815

[6] NHK NEWS WEB: コロナ陰性後も続く“後遺症” 実態調査へ 日本呼吸器学会. 2020.07.02. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200702/k10012492951000.html

[7] Perego, E. et al.: Why we need to keep using the patient made term “Long Covid”. BMJ October 1, 2020. https://blogs.bmj.com/bmj/2020/10/01/why-we-need-to-keep-using-the-patient-made-term-long-covid/

[8] Alwan, N. A.: A negative COVID-19 test does not mean recovery. Nature 11 August 2020. https://www.nature.com/articles/d41586-020-02335-z

[9] Nature Editorial: Long COVID: let patients help define long-lasting COVID symptoms. Nature 07 October 2020. https://www.nature.com/articles/d41586-020-02796-2

[10] REUTERS: アングル:治癒後も続くコロナ後遺症、完治のめどなく心にも傷. 2020.09.05. https://jp.reuters.com/article/coronavirus-long-haulers-idJPKBN25V0HD

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19