Dr. Tairaのブログ

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菅総理大臣の学術会議任命拒否に対する海外の反応

2020.10.08: 08.06 a.m. 更新

はじめに

2020年10月1日、日本学術会議総会において推薦された新会員105名の内の6名が、菅首相によって任命を拒否されたことがわかりました。これに対し、日本学術会議は首相あてに、任命拒否の理由の説明と新会員候補6名の任命を求める要望書を送付するという、前例のない行動に出ました。
菅首相は「法律に基づき任命した」とお得意の強弁で対応し、加藤官房長官および政府の担当部署も「義務的に任命しなければならないというものではない」と開き直った説明をしています。


任命を拒否されたのは、芦名定道京都大学教授、宇野重視東京大学教授、岡田正則早稲田大学教授、小沢隆東京慈恵会医科大学教授、加藤陽子東京大学大学院教授、松宮孝明立命館大学大学院教授の6名です。この全員がこれまで安保法制・戦争法、特定秘密保護法、および「共謀罪」のいずれかにおいて、反対する見解を示しています。
したがって、各方面から、この人たちの政府方針の批判が今回の任命拒否の理由ではないかという疑念が出され、もしそうであれば、それは憲法第23条に規定される学問の自由への国家による侵害にほかならないという批判が出ています。

菅首相はこれまで任命拒否の理由を一切説明していません。理由を示さないのはなぜでしょうか。一つは、疑念どおりに、もろに政府に反対する学者への見せしめということから、口にできないということがあるでしょう。もう一つは、理由を明かさないことで学者側に「何がいけなかったのか?」と疑心暗鬼の気持ちを抱かせ、政権への忖度を加速させるという意図もあるかもしれません。つまり、萎縮効果を狙ったものです。

彼の官房長官時代の強弁と人事権を盾に官僚支配する態度は、誰の目にも焼き付いています。いずれにせよ、理由を明かせないようなことをやっている自覚はあるわけです。逆に6人以外の99人を任命した理由も言えないでしょう。

最新の世論調査では内閣支持率は高いものの、今回の任命拒否については、国民の過半数が否定的に回答しています。菅首相が任命拒否の理由を一切明かさないという態度を見ていると、あらためて「国民のために働く」と表明したことの薄っぺらさを感じざるを得ません。

国内では、今回の菅首相や政府の対応について多方面から批判が出ていますが、それは学術会議の元会長である広渡清吾氏の論評に代表されます [1]。ここでは、国際的には今回の任命拒否がどう見られているのか、海外メディアや学術雑誌から論評を紹介してみたいと思います。

1. 海外メディアによる報道

1-1. ロイター通信
英国のロイター(Reuter)通信は、10月5日、「日本のスガ、学術会議の任命拒否に炎上した中で弁明」という見出しで、本件を全世界に伝えました [2]図1)。

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図1. ロイター通信が伝える学術会議任命拒否問題.

記事では、菅首相は、携帯料金値下げやデジタル化の政策に賛同する国民による高い内閣支持率に気をよくしているかもしれないが、"安倍政権の政策を批判した学者らを任命拒否"したことで、この蜜月期間に大炎上を引き起こした、と伝えています。

そして、日本学術会議ができた経緯と組織を紹介しながら、野党勢力が本件について菅首相に説明を求めていること、Change.orgが当該週月曜日までに学者任命要望に関する10万人の署名を集めたこと、一方で菅首相が年間10億円を学術会議に拠出していることを挙げながら任命拒否が合法であると主張したこと、などを伝えています

さらに、任命拒否された当該者である岡田教授や宇野教授のコメントも紹介しています。保守層から学術会議と中国との関係を指摘されていることについて、岡田教授はこれを否定していることを伝えています。

記事のトーンは菅政権批判であり、今回の任命拒否は政治の学問への介入と学問の自由への脅威であること、その理由も自身が官房長官を務めていた安倍政権の政策への批判が原因と指摘しています。

記事は、最後に、「民主主義社会の最大の強みは批判に対してオープンであり、その都度修正していく能力である」という宇野教授の言葉で結んでいます。

1-2. フィナンシャル・タイムズ
英国の経済紙、フィナンシャルタイムズ(Financial Times, FT)も、同日、「日本学術会議スキャンダルがヨシヒデ・スガ政権の蜜月期間を脅かす」という見出しで、大きく取り上げました [3]図2)。本件をすでに"スキャンダル"として取り扱っていることに、海外の認識と問題の大きさがうかがわれます。

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図2. フィナンシャル・タイムズが伝える学術会議任命拒否問題.

FTの記事は有料で詳細を見ることができなかったので、この記事を取りあげているアルメニアン・レポーター(Armenian Reporter)から概要を拾ってみました [4]図3)。アルメニアン・レポーターは米国の独立メディアで、週単位で記事を配信しています。

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図3. アルメニアン・レポーターによるFT記事の要約画面.

記事では、「政権発足早々の最初のスキャンダルで菅政権の蜜月期間は実質終わってしまった、6人を任命拒否したということは、彼の政治的見解を示す明らかな報復である」と冒頭から断言しています(原文↓)。

          

Japan’s brand-new prime minister Yoshihide Suga has actually ended up being involved in his very first scandal after declining to verify the election of 6 teachers to an advisory council, in evident retaliation for their political views.

          

そして、この任命拒否は、鼻っぱしらの強い黒幕(hard-nosed powerbroker)としての菅氏の印象を浮かび上がらせ、今の彼に対するソフトイメージを弱めることになる、と続けています。

記事では、世論調査で70%以上の内閣支持率がありながら、国民の過半数が、彼の任命拒否は間違っていると回答していること、立憲民主党安住淳国会対策委員長が「客観的組織に対する任命は政治的であってはいけない」と主張したこと、6人の学者らが安倍政権時代の安保法制や共謀罪に反対していたこと、を紹介しています。

また、6人のうちの1人である立命館大学教授松宮孝明氏(法学、刑法)が、今回の任命拒否は学界の柔軟性を損なう危険性があると説明したことを取りあげています。

さらに、加藤官房長官が、この任命拒否を合法である、会議に年間10億円の国費を拠出している、彼らは国家公務員である、ことを主張していることに対して、学界のリーダー達は法律違反であると主張していることも紹介しています。

1-3. ル・モンド

フランスの夕刊紙、ル・モンド(Le Monde)も、「日本の菅義偉首相が知的世界と戦争」(Le premier ministre japonais, Yoshihide Suga, en guerre avec le monde intellectuel)というタイトルで、本件を取りあげました [5]。私はフランス語が不得手なので、辞書と格闘しながら読むしかありませんでしたが、フランス語の得意な知人にもアドバイスをもらいました。

記事ではのっけから、「日本の菅新首相は批判的な声が嫌い」(Le nouveau premier ministre japonais, Yoshihide Suga, n’aime pas les voix critiques.)と皮肉たっぷりに表現しながら、日本学術会議推薦候補の6人が前代未聞の任命拒否にあったことを伝えています。

記事では、菅首相がこの任命拒否の理由についていかなる説明していないこと、一方で、ノーベル賞授与者で学術会議現会長の梶田隆章氏が任命拒否の理由説明と撤回を要請したこと、これに対して加藤官房長官が実質的に拒んだことも伝えています。

2. 学術誌による掲載

世界で最も権威があり、高インパクトを有する二大学術雑誌、サイエンス誌(Science)ネイチャー誌(Nature)も、この問題を早速取り扱っています。

2-1. サイエンス

サイエンス誌は、10月5日、「日本の新首相は日本学術会議との闘いを選んでいる」というタイトルで、本件の記事を掲載しました [6]図4)。 

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図4. サイエンス誌が掲載した学術会議任命拒否問題記事のウェブページ.

本記事は冒頭で、菅首相が学術会議の推薦を拒否したこと、そして研究者たちは学術会議に対するこのような動きを学問の自由の侵害として見ていることを報じています

記事は、学術会議の組織と運営の概要を加えながら、6人の社会科学、法学、人文系の学者がこれまでの慣習を破って任命拒否されたこと、菅首相が拒否の理由を説明しなかったことを伝えています。そして、広報担当が首相は推薦に従う義務はないと述べたことに対して、この6人の学者が、菅首相官房長官を務めていた安倍政権の政策を批判していたという事実を挙げています

さらに、日本科学者会議の井原聰事務局長が「任命拒否が違法である」と主張したことも紹介しています。

記事では最後に、毎日新聞の「この国の学術の自由を脅かす重大な菅政権の介入」という言及を載せており、10月3日の首相官邸前のデモ行進についても伝えています。

2-2. ネイチャー

ネイチャー誌は、10月6日(PDF版は8日付け)、「なぜ今ネイチャーが、かつてないほどに政治を取材しなければならないか」というタイトルで社説を掲載しました [7]図5)。副題で「科学は政治は不可分である」、「今後しばらくの間、より多くの政治ニュースを取り上げるつもり」とあります。

この社説は、科学と政治の関係についての今の世界的な流れを特集したものであり、COVID-19パンデミックや環境問題の中で両者の関係性がより重要になる一方で、学術的な自治が脅かされていることを主旨として述べたものです。

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図5. ネイチャー誌が掲載した科学と政治に関する記事のウェブページ.

社説では、トランプ大統領(名指しは避けていますが)がCOVID-19や環境問題で科学的証拠を無視したり、ブラジルの大統領がアマゾンで森林破壊が加速したという報告書を受け入れなかったり、英国でCOVID-19の統計データが不正確になったりした例を挙げています。そして、「議論の余地のない科学的証拠を為政者が無視する事態が頻繁に起こっている」と指摘しています。ちなみに、トランプ大統領がいかに科学にダメージを与えたかについては、別記事で述べられています [8]

さらに、日本学術会議の会員候補6人の任命拒否問題にも触れ、「学術会議は科学者の声を代弁する独立した組織であるが、菅首相は"政府の政策に批判的"だった6人の学者の任命を拒否した」、「首相が任命する制度になって以来、初めてのことだ」と報じています。

そして、「国が学問の自立性や自由を尊重するという原則は、現代の研究を支える基盤の一つであり、もし政治家がこの原則を破れば、人々の健康、環境、社会を危険にさらす」と懸念を示しています。

ネイチャー誌の記事では、トランプ、ボルソナロ大統領とともに菅首相がやり玉に挙がっているところがミソです。米国、ブラジルはCOVID-19対策で失敗し、世界で最も被害を出している国々です。日本は東アジア・西太平洋先進諸国の中では最悪の被害を出しています(→日本と世界の今の流行ー第1波から何を学んだか?)。

3. 論点のすり替え

上述したように、菅総理の学術会議任命拒否の件について、海外のメディアや学術雑誌はおしなべて批判的です。問題の核心は、「菅首相がなぜ6人に限って任命を拒否したのか?」というきわめて単純で当然な疑問に対して彼が何ら理由を示していないということです。加えて、この政権の姿勢が学界や学者の研究・行動の自由を侵害するのではないか、という懸念と、この任命拒否が、法律に触れる行為ではないかという問題があります。

海外の新聞は本件をスキャンダル扱いし、「なぜ理由を述べないのか」という論点に関連して、世界的な著名学術誌も、ズバリ、「政府に批判的な学者が切られた」というニュアンスで伝えているわけですが、これらの見解は誰が見てもそう捉えるという証明でしょう。しかし、早くも政権や自民党からは、学術会議の活動や組織改革を問うという、論点のすり替えと考えられる動きが出てきています。

もとより、菅氏が叩き上げの中で学んだことは、処世術と人事掌握の方法であり、大した知識や政治理念があるとも思えません。政権運営のベースとして、基礎科学に対する理解があるわけでもなく、そこには反知性的な自己流のやり方での実務主義の感覚しかないように思えます。官僚組織とメディアに加えて、政府批判の知識層を忖度・萎縮効果で抑え込んでしまえば、大衆は玉を転がすような存在として見ているかもしれません。このためには論点のすり替えなど何でもないことなのでしょう。

自民党内からは任命拒否についての批判の声はほとんど聞こえてきませんし、今後学術会議のあり方という、論点とは異なる課題を広げる動きがますます顕著化してくると思われます。これらの動きを見えると、ひょっとしたら、与党議員そのものが政権に対する忖度や忠誠に囚われているかもしれません。

おわりに

日本学術会議は、2017年3月、「軍事的安全保障研究に関する声明」を発出し,近年,防衛装備庁が創設した「安全保障技術研究推進制度」に大学等は慎重であるべきことを主張しました。これは、このような軍事研究が、学問の自由および学術の健全な発展に対して、阻害的な緊張関係を生むことを認識したものです。政権の学術会議に対するそれまでの圧力は、これが契機となって強まったことを間違いないと思われます。

この2年前、私が以前勤めていた大学の教授会で、軍事研究の問題が討議されました。当時、防衛装備庁の研究制度を大学の1人の研究者が受託していたからです。私はその会議で「そもそも軍事研究と民生用研究は区別などできるはずがない、それができるとすれば、研究を科研費でやるか防衛装備庁の紐付き補助金でやるかだけだ」と発言しました。その際、誰か援護射撃をしてくれるかと期待していましたが、その場にいたすべての教員が沈黙したままでした。そのとき、大学の教員はこんなにまで保守化・ノンポリ化しているのかと、ふと思ってしまいました。

今はネイチャー誌でさえ、科学は政治は不可分であり、今後政治ニュースを取り上げると言っているわけです。今回の任命拒否の件を受けて、日本のアカデミア人は、全力を上げて声を出すべきではないかと考えます。でなければ、たとえ自覚がなく、否定したとしても、全員がいつのまにか御用学者になっていることでしょう。

引用文献・記事

[1] 広渡清吾: 科学と政治:日本学術会議の会員任命拒否問題をめぐって(広渡清吾). Web評論日本: 2020.10.06. https://www.web-nippyo.jp/20948/2/

[2] Sieg, L. and Takemoto, Y.: Japan's Suga, under fire, defends rejection of scholars for science panel. REUTERS Oct. 5, 2020. https://www.reuters.com/article/uk-japan-politics-academics/japans-suga-under-fire-defends-rejection-of-scholars-for-science-panel-idUKKBN26Q1HO

[3] FInancial Times: Science Council scandal threatens Yoshihide Suga’s honeymoon period. 2020.10.05. https://www.ft.com/content/da2086e9-543d-4784-990f-82c75e66d2c8

[4] Armerian Reporter: Science Council scandal threatens Yoshihide Suga’s honeymoon period. 2020.10.05. https://www.reporter.am/science-council-scandal-threatens-yoshihide-sugas-honeymoon-period/

[5]  Le Monde: Le premier ministre japonais, Yoshihide Suga, en guerre avec le monde intellectuel. 2020.10.06. https://www.lemonde.fr/international/article/2020/10/06/le-premier-ministre-japonais-yoshihide-suga-en-guerre-avec-le-monde-intellectuel_6054962_3210.html

[6] Normile, D.: Japan’s new prime minister picks fight with Science Council. Science Oct. 5, 2020. https://www.sciencemag.org/news/2020/10/japan-s-new-prime-minister-picks-fight-science-council

[7] Nature Editorial: Why Nature needs to cover politics now more than ever. Nature 586, 169-170 (2020). https://www.nature.com/articles/d41586-020-02797-1

[8] Tollefson, J.: How Trump damaged science — and why it could take decades to recover. Nature 586, 190-194 (2020). https://www.nature.com/articles/d41586-020-02800-9

             

カテゴリー:科学技術と教育